この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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28話

 ――このパーティは偏り過ぎていて、バランスが悪い。

 

 あらゆる回復魔法を操る『アークプリースト』。

 他の追随を許さぬ防御力を持つ『クルセイダー』。

 最大瞬間火力ではトップクラスだが一発限りの『アークウィザード』。

 三人ともある意味プロフェッショナルだから、役割分担ははっきりしている。そう考えると完璧な布陣のように見えるかもしれないが、しかし、そこに安定性が欠けている。

 

 故に、自由の利く『冒険者』職がここは穴を埋めていくべきなのだろう。

 これまでに習得スキル構成は、『アーチャー』の暗視と遠視を可能とする『千里眼』。『盗賊』の『敵感知』と『潜伏』は戦闘を回避するのに役立つ、それからずば抜けて高い幸運値を活かせる『窃盗』だ。他に片手剣スキルや初級魔法を覚えて、魔法剣士スタイルを目指している。とはいえ、最弱職の『冒険者』では限界がある。

 

 レベルの上がりやすい『冒険者』で、連日休まずクエストを受けてるせいか、レベルは上がってきていて、ポイントにも余裕が出てきている。

 そこで、他にはない、『冒険者』だからできる“武器”を手に入れようと思う。

 

「おし、着いたぞ。いいかアクア。今のうちに言っとくが、絶対に暴れるなよ。喧嘩するなよ。魔法使うなよ。わかったか?」

 

「ちょっと、なんで私がそんなことしなきゃなんないのよ。一度言っときたいんだけど、カズマって私を何だと思ってるの? 私、チンピラや無法者じゃないのよ? 女神よ? 神様なのよ?」

 

 一応、念のために連れてきた対抗者は、リードを引っ張っても猪突猛進をやめない躾に失敗した狂犬と同じなので不安がある。厳重に注意を言い聞かせてから、その小さなマジックアイテムを扱っている魔道具店のドアを開け中に入る。

 

「いらっしゃ……。ああっ!?」

 

「あああっ!? 出たわねこのクソアンデッド! あんた、こんなところで店なんて出してたの!? 女神であるこの私が馬小屋で寝泊まりしてるってのに、あんたは店の経営者ってわけ リッチーのくせに生意気よ! こんな店、神の名の下に燃やしていだいっ!?」

 

 やっぱりである。

 元なんちゃら様という躾のなってない狂犬をダガーの柄で小突いて下がらせると、以前、墓場で知り合った伝説のアンデッドモンスター・リッチーな店主に挨拶を。

 

「ようウィズ、久しぶり。約束通り来たぞ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 リッチーを『薄暗くてじめじめしたところが大好きな、ナメクジの親戚みたいな連中』と騒ぎ立てるアクアを黙らせつつ、どうにかウィズからアンデッド特有のスキルを習得できた。

 相手の体力や魔力を吸い取り、また、自らの体力や魔力を相手に分け与えることができる『ドレインタッチ』。このスキルを上手く使えれば、使いようによってはアンバランスなパーティの安定性を生み出すことができるかもしれない。

 あとついでに、ウィズが魔王幹部、でも結界の維持だけ担当するなんちゃって幹部というのが判明して驚かされたが。

 

 ――と、こちらの用件がちょうど終わった時だった。

 

「おはようございます、ウィズ店長。試作品ができあがったのでみていただけませんか?」

 

 言いながら、店先の鐘を鳴らしながら入ってきたのは、仮面の少年だった。

 

 

「とんぬら、お前、ウィズのところに働いていたのか?」

「ちょっと、ダメダメ! 女神としてうちの子がこの店で働くことなんて認められないわ! そうよ! ねぇ、実はこいつ魔王の幹ぶぎゃっ!?」

 

 強めにダガーの柄で脳天を引っ叩いて狂犬女神を黙らせる。とんぬら、それから豹の魔物を連れたゆんゆんは、女神だのなんだのと騒いだそのやりとりを見なかったことにしてくれたのかさして追及はせず。

 

「そうだ、兄ちゃん。こっちも事情があってこのウィズ店長の下で働かせてもらってる。だから、止めることはできないし、あと俺はアクシズ教じゃないですアクア様。……それから、ウィズ店長……」

 

「ウィズさん、大丈夫ですか? なんだかお加減が良くないようですが」

 

「はい、大丈夫ですよゆんゆんさん、とんぬら君。蒸発しかかっちゃいましたけど、少し休めば問題ないので」

 

 ウィズを心配するゆんゆんが彼女の傍に駆け寄り、店の奥へ肩を貸して送りながら容体を窺う。それをどこか驚いたようにパチパチと仮面の奥の眼を瞬きしながら見やってから、とんぬらはこちらに向き直す。

 

「こりゃ、ウィズ店長に頼むのか無理っぽいな。なあ、兄ちゃんたち、ちょっと試食してみてくれないか。この店で売り出そうかと考えている新商品だ」

 

 彼らの店長を消耗させてしまったのは、こちらが原因なので二つ返事で了承した。

 

「へぇ、なになに、これって、チーズか?」

 

「ああ、『錬金術』スキルで作ってみた、魔道具店らしくちょっとした効果を付けている、保存性の高い携帯食で、冒険者向けのおやつ、ってところだな。これ1ブロックをクリムゾンビアと同じくらいで、種類は別々でも4ブロック・ワンホールで買うとセット料金で値を下げてお得感を出して売り出そうかと考えてる」

 

 お茶を淹れ直しながら、テーブルにホールケーキのようにまとめて差し出したのは、四等分に四種類に分けられたチーズ。

 赤、青、白、黄と色付けされていて、見た目も鮮やか。

 

「効果ってどんなのだ?」

 

「この赤い辛口チーズは、耐寒効果がある。ようは体があったまるから、この冬場の時期にうってつけだ。逆に青い氷菓チーズは、耐暑効果だ。これは夏になってからだな。それでこの白の癒しのチーズは、応急処置程度の状態異常回復だ。あと黄のはりきりチーズは、栄養ドリンクのような活力効果だな」

 

「はー……こりゃすごいな」

 

「効果はそれほど強くないがな。でもまあ、品質と味については保証する。ゆんゆんにも味見してもらった」

 

「どれどれ……」

 

 一口サイズに切ってもらったのを、刺した爪楊枝を取って頂いてみる。

 おお、普通にイケるぞこれ!

 辛口チーズは辛めでちと刺激が強いが、はりきりチーズは普通のと変わらない感じ。それから、氷菓チーズはシャーベットなアイスで、癒しのチーズは、チーズケーキみたいだ。

 

「いいわね、おつまみにもデザートにもイケるわ! ねぇ、これ、魔道具屋で売り出すんじゃなくて、アクシズ教団の教会で配らない?」

 

「アクシズ教団にはすでに食べられる石鹸と飲める洗剤という特産品があります」

 

「石鹸や洗剤って口にしてもいいもんなのか? でも、アクアの言う通りだ。全然いけるよ。氷菓チーズを食べたら相殺されたけど、辛口チーズを食べたとき結構ポカポカしてきたし、こりゃ冬場のクエストじゃ重宝されんじゃないか? もうちょい値を上げても売れると思うぞ」

 

「ウィズ店長の仕入れる魔道具は値段も高く、その分効果は強力だが、クセも強い玄人向きだからな。こっちは、駆け出しにも手が出せるお手頃価格路線でいきたい。それに原材料は安いから、これでも十分儲けは出るんだ」

 

 まさしく、錬金術だ。

 パーティに欲しいこの人材!

 

「『錬金術』スキルか……それって、魔法使い職のスキルなんだよな」

 

「『冒険者』の兄ちゃんにも覚えることができるぞ。ただこれは魔力と知力、それから器用度が作品の出来が依存するものだからな。兄ちゃんの幸運値を活かせるものじゃないぞ」

 

「じゃあ、俺がやっても大して効果は出ないか……なら、めぐみんはどうなんだ? あいつ、『錬金術』スキルを使えたりしないのか?」

 

「『アークウィザード』だからめぐみんにも習得は可能だ。紅魔族の中でも知力と魔力は高い方だし……ただ、あいつは細かな魔力制御というのがとんと苦手でな。これは体内に保有してる魔力量が大き過ぎるせいでもあるんだが、覚えてるのが一発限りの爆裂魔法のみでは魔力制御の訓練もままならん。一度、服屋のバイトで魔力繊維を使ったことがあるんだが、その時も魔力を篭めすぎて危うく店が吹っ飛ぶところだった」

 

 あと……と眉間に指を当て悩まし気なポーズを取り、

 

「今、このウィズ魔道具店に置かれてる最もクセの強い地雷物の魔道具の大半を手掛けている魔道具職人は、めぐみんの父ひょいざぶろーさんだ」

 

 やめておこう。

 さっきちらっと見たが、ここにある物は駆け出し冒険者が手を出すには危険すぎる。センスまで遺伝するとは思わないが、回復ポーションを作ったら、全部爆発ポーションになってるなんてことはありうる。

 

「いや、そうはいったがめぐみんは、案外まともだぞ。病治療のポーションも調合できるし、妹の面倒を見てたから料理もできる。魔力のコントロールができればいけるんじゃないか……まあ、スキルを覚える以前に、めぐみんが爆裂魔法以外にスキルポイントを費やそうかなど考えるとは思えんがな」

 

「そうだよなー……本当、だから困ってんだよ」

 

 威力は一撃必殺ものだが、一発でガス欠。中級魔法も上級魔法も覚える気はない。スキルポイントは全部爆裂魔法一択に注ぎ込むと宣言している。

 さっき覚えた『ドレインタッチ』があるからダウン状態からどうにか動けるようになるまで回復させてやることはできるようになったけど、それでもお荷物となってしまうことには変わりない。

 

「ねね、もっとおかわりないの? チーズもっと欲しいんだけど」

 

 頬をリスのように膨らませるアクア。

 どうやら黙々と食べこんでいたようだ。

 

「意地汚い奴だな。お前は試食コーナーを遠慮なく全部平らげちまうお子様かよ」

 

「何言ってんのよカズマ! 私は女神よ。だから、献上されたものは残さず頂いてあげるのが女神としての礼儀じゃない」

 

「試作品はまだあるんだが、もらってくか?」

 

「いいのか!」

「やったわ!」

 

「まあ、よかったら宣伝してくれ」

 

 苦笑しながら、残りのチーズを包んでくれる。困窮しているときにこれはありがたい。

 

「いや、日持ちのする食い物は本当に助かる。まだ飢えるほど食うのに困っちゃいないが、余裕があるわけじゃないしな」

 

「兄ちゃんたちも色々と大変なようだな……あ、そういえば、ひとつ兄ちゃんに合ってるかもしれない儲け話があるんだが」

 

 とんぬらは何かを思い出したように、懐から二枚の券を取り出して、

 

「ちょっと闇のゲームで、一獲千金を狙ってみないか?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 そこは、休んで回復したウィズに頼んで送ってもらった世界最大のダンジョン……から小一時間ほど歩いた先の森の奥にあった隠れ家のような祠。

 しかし、中は拡張の魔法でもかけられているのか、洞窟だがドームのように天井は高く、広く大きい。もしかすると、『アクセル』の街くらいの面積があるかもしれない。

 そして、その広大なフィールドのほとんどが遊戯盤として使われている。

 

「ここが、『すごろく場』か……!」

 

「ああ、ここが隣国の『エルロード』のカジノに匹敵する大型娯楽施設『すごろく場』だ」

 

 とんぬらに誘われてからパーティと一緒にやってきたのは、『初代すごろくキング』なる者が創設し、ダンジョンマスターとして運営しているとも噂される『すごろく場』。

 しばらく感嘆しながらゲームに参加してる盤上の冒険者たちを眺めていたら、受付を済ませてきたとんぬらが戻ってきた。

 

「主催者の『筋書きのないドラマが見たい』とかいう道楽で造られたダンジョンだそうだ。ここでプレイヤーは自分たちを駒として、ゲームに参加し、止まったマスの課題(イベント)をクリアしながらゴールを目指す。モンスターとも戦わされることもあるし、怪我をしても治療費は払われないし、壊した武器の修理費もない自己責任な闇のゲームだけど、途中退場は自由で、いつだってリタイアしても構わない。その場合でも、集めたお金やアイテムは回収されないし、参加者の物だ。そして、ゴールすればお宝がもらえる」

 

「おおっ! この世界のはふざけたものばっかりだったけど、こういうのは良いな!」

 

「あと、出現するモンスターも挑戦するパーティ全員のレベルに合わせてくれるそうだ。だから、この攻略にもっとも重要となるなのは、運、だ」

 

 とんぬらがにやりと笑みを作りながら、こちらを見る。

 

「さいころ任せの運否天賦だから必勝法はない。でも、兄ちゃんならゴールまで行けるんじゃないか?」

 

 テンションが上がってきた。

 一獲千金で借金返済も夢ではないのもそうだが、ここまで自分におあつらえ向けのステージに自然、不敵な笑みを浮かべてしまう。

 

「まかせておけ、とんぬら」

 

「頼もしいな。……で、参加できるのは1パーティに3人までで、ちょうど半々に班分けしなくちゃいけない。そこで、勝ちを狙えそうなチーム構成を考えてみた」

 

 前衛と後衛のバランスに配慮し、かつ回復役をそれぞれに一人ずつ入れた、そして、ゴールまで辿り着けそうな、とんぬらの考案したチーム構成は以下の通り。

 

「つまり、これは私がカズマよりも先にゴールに辿り着いて、女神様としての格を見せつけろってことね。あ、それとそれぞれが手に入れた報酬はその人のものってことにしましょ!」

 

「このパーティに壁役ができそうなのは私しかいない。つまり、これは私が独り占めできるってことだな!」

 

「え、私、とんぬらと別々なの……」

 

 アクアチーム。

 優れた回復役の『アークプリースト』、

 鉄壁の守りを誇る前衛の『クルセイダー』、

 上級魔法を覚えた高火力持ちの後衛の『アークウィザード』。

 

「お前、そう言ってキャベツの時にレタスばっかりで泣いたんだろうが、ま、この勝負、運のない駄女神に負ける気は一切しないけどな」

 

「魔法使いだけど僧侶の資質もある賢者タイプだ。本職には及ばないだろうが、前衛と回復役を担当しよう」

 

「ここはダンジョンですが、爆裂魔法をぶっ放して問題なさそうな広さですし。コースの損壊は主催者側の負担だと確認してあります。問題ありません」

 

 カズマチーム。

 運がチートしていて小技の得意な『冒険者』、

 多芸で本職ではないが前衛もこなせる『アークウィザード』、

 一発限りだが一撃必殺の魔法の放てる最終兵器の『アークウィザード』。

 

 即興で考えたが、なかなかよくできたメンバー分けだろう。ただし、ひとりやや不満がありそうなのが……

 

「私ととんぬらは一緒じゃないの?」

 

「まず、俺とアクア様は分けておかないとならないだろう。回復ができるのが二人とも固まるのは非効率だし、もう片方のチームが大変になる。そして、前衛ができそうなのも俺かダクネスさんくらいだ。自然、俺と、アクア様ダクネスさんのペアは別々になるのが決まる。

 それで次に考えるのは後衛なんだが、一発屋のめぐみんを不器用なダクネスさんと一緒にしてしまうと、一回の戦闘でアウトになりそうだからな。だから、アクア様の方には安定した高火力持ちのゆんゆんに入ってもらいたい。こっちは俺とそれから兄ちゃんで、めぐみんを温存しながら進んでいけるだろうからな」

 

「………」

 

 理路整然と言葉を並べていくのだが、相方はしこりが残っているような顔で、無言で右手人差し指に触って目で訴えてくる。

 ここで甘やかすのはためにならんと言い聞かせ、

 

「それにほら、上級魔法を覚えたら、めぐみんと『アークウィザード』として一切小細工なしで勝負すると決めてたんだろ。まあ、これは3対3のチームでの勝負だけど、そこで俺が介入して『ドラゴンロード』の力を使ってしまっては納得できないだろう?」

 

「それは……そうね、とんぬらの力を借りて勝っても、ライバルに勝利したとは言えないわ」

 

「別に私は構いませんよ。二人がかりでも、私の爆裂魔法は無敵です」

 

「あんたはいつもややこしくしてくれるよな。……ったく、ちょっとこっちに来てくれ」

 

 少し離れた所へとんぬらはめぐみんを連れ出す。

 

「で、ゆんゆんが付けてる指輪は何です? 里へ報告しますから教えてください」

 

「それに関しては黙秘権を使わせてもらう。で、実は兄ちゃんと俺のチームにいてくれるとめぐみんには素晴らしい想いができるかもしれない」

 

 その可能性を耳打ちすると、めぐみんはカッと目を開き、身体が震え始める。わなわなと震えながら、真っ赤に光る目で食いつくようにとんぬらへ、

 

「それは、本当に可能なんですか……!」

 

「あくまで、可能性だ。だがそれが叶ったら、間違いなく、今日の『すごろく場』のすごろくキングに……いや、すごろく魔王として君臨するだろう」

 

「……わかりました、とんぬらの提案に乗りましょう」

 

 そして、めぐみんはマントを翻して、ゆんゆんの前に戻る。

 

「いいでしょう。この班分けで勝負しましょう、ゆんゆん。チームの火力担当である私とゆんゆんのどちらかが先のゴールにいるボスモンスターを倒した方が勝ち……で、どうですか?」

 

「ええ、構わないわ。めぐみん、上級魔法を習得し、あなたと長きに亘る決着をつけて、紅魔族随一の座を手に入れたときこそ、私は、族長の椅子に座ることが許されるわ! そして、族長になることはつまり、里の誰にも文句を言わせず、()()の一員として認められるということ――そうでしょ?」

 

 とそこで、ゆんゆんがとんぬらを見る。途中、やけに強調した単語からこの相方の考えてることはわかった。

 無茶苦茶な論理だが、ノリのいい紅魔族の人間ならそれも通ってしまいそうだ。

 

「おい待て、ゆんゆん、それは」

「ゆんゆん、勝負を受けるには前々から対価が必要だという取り決めでしたね?」

 

 とんぬらが、燃え上がってしまってるゆんゆんを冷静になるよう説こうとしたが、それを前に出ためぐみんに遮られる。説得を邪魔してくれた下手人は、ちらりとこちらに目配せを送ってきた。

 イヤな予感がする。そう、この紅魔族随一の天才が提案することに自分が苦労しなかったことはこれまでになかった。

 

「そうだったわね、めぐみん。じゃあ、対価はこのマナタイト結晶。かなりの純度の一級品よ! 魔法使いなら、喉から手が出るほど欲しいアイテムよ!」

 

 ゆんゆんが出してきたのは小さな宝石。

 ウィズ店長が仕入れた、駆け出し冒険者には手が出せないし、値を張るのに使い捨ての消耗品だが、金に余裕のある上級者にはとてもお得で質の高い、一級品のマナタイト結晶だ。

 めぐみんはそれを見て、しかし首を横に振る。

 

「いりませんよ。マナタイト結晶は、魔法を使う際の魔力消費を肩代わりしてくれる便利な物。しかし、その純度と大きさでは、我が爆裂魔法の膨大な魔力消費を肩代わりなんてできません。それは、その辺の普通の魔法使いなら重宝するでしょうが、私ぐらいの規格外な大魔導士には無用の物なのです。なので」

 

 とそこで、めぐみんがとんぬらの腕を捕まえた。

 

「ゆんゆんのパートナーのとんぬらを対価にしてもらいましょう。私が勝ったら、とんぬらは私たちのパーティに移籍してもらいます」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 スタートマスで渡されたのは、子供の拳ほどもあるサイコロが、十個。

 使い捨てのこれを一ターンにつき、一個転がし、そして、全部使いきったらゲームオーバー。すごろく盤の中にはさいころを補充できるマスもあるが、だいたい十ターンで終わると考えていい。

 すごろく盤は、毎日地形やマスを変えていたりしていて、分かれ道もあるが、最短距離の正解ルートを進んでいければ四十~五十マス分のところでゴールになる。

 そして、一マスは公園ほどの広さだ。すごろく盤としては随分とデカいが、モンスターとも戦闘させられることも考えれば、これくらいの面積は必要なのだろう。

 またすごろく盤はスタートのある地下から、さっきまでいた観客らにも見える表舞台の二階層。後半までやってこられたパーティが目立てる仕様になっている。

 

「さーあ、景気よく転がれよっ!」

 

 カズマは天高くさいころを投げた。

 つまり――賽は投げられた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「お、幸先いいじゃん! 最初の目は六だ!」

 

 出た目のマスまで、各教室の並んだ学校の廊下にも似た移動用の通路を通って、進む。

 そして、指定されたマスの扉を開けて入ると、その部屋の中には、真ん中にテーブルがひとつある。その上には、一枚の小切手があった。

 

「どうやら、ここはお金がもらえるマスのようだ。20万エリスだな」

 

「よっし! 一気にクエスト一回分も稼げたぞ」

 

 ガッツポーズを取る。

 この調子でいけば、本当に借金が返済できるかもしれない。

 

 

 と、そこで、隣の五マス目の部屋から悲鳴が聴こえた。

 

『ええっ!? どういうことよ! 借金10万エリスって!?』

 

 

「アクア……っ」

 

 どうやら女神に賽を振らせるのはダメなようだ。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 次に出た目もまた六。

 しかし今度は、マスの部屋の扉には『入るか否かを選択できる』と書かれていた。

 

「どうします、カズマ?」

 

「もしかしたらこの中にモンスターがいるかもしれないってことだろ。実は微妙に『敵感知』スキルに反応がある」

 

「モンスターのレベルはパーティ全員の平均値辺りで決まり、終盤に行けば行くほど強くなるそうだ。だから、まだこの序盤に出てくるのなら問題ないと思うぞ」

 

 今日は、臨時メンバーにとんぬらが入ってる。

 また大金をゲットできるチャンスでもあるし、それに向こうがまた新たに借金を作っていると考えれば……

 

 

「なんだあれ、あれもモンスターなのか?」

 

「おおっ! あれは、カモネギです! 倒すのは簡単なのに大量の経験値を得られるレアモンスターな上に、食べるとすごく美味しいんです!」

 

「それに持ってるネギは薬の材料にもなる、一石三鳥なモンスターだ」

 

「何だそれ最高じゃねぇか!」

 

 カズマは、レベルが一気に2つ上がった。

 

 

 と、少し遠くの方から悲鳴が、

 

『おおっ! こいつは一撃熊じゃないか! この強烈な攻撃を一回その身で受けてみたいと思っていたんだ!』

 

『ダクネスさん!? そんなに前に出たら危ないですよ! ――『フリーズ・バインド』!』

 

 

 ♢♢♢

 

 

 次に出た目は、五。

 けれど、入ったマス部屋には、宝箱があった。

 

 

「『罠感知』は習得してないが、『敵感知』では何も感じないな」

 

「念のために、小石を放ってみたが反応はない。多分普通の宝箱だろう」

 

「開けましょう! ここで宝を見逃すという選択肢は私にはありません!」

 

 宝箱を開けると、中には羽飾りのついた弓と矢が入っていた。

 

「『風切の弓』……魔力を篭めれば、放った矢に風の加護がつくそうだ。触ってる感じからしても、本物の魔弓だな」

 

「じゃあ、俺が貰ってもいいか? ちょうどさっきの2ポイント分でこの前キースに教えてもらってた『アーチャー』スキルの『弓』と『狙撃』を取るからさ」

 

 

 ……遠くの方から。

 

『やったわ! 宝箱よ! 早速開けましょう!』

 

『待ってください!? その前に確認しますから――『エネミー・サーチ』! 『トラップ・サーチ』! ……あ、これ、おそらくダンジョン擬きです』

 

 

 ♢♢♢

 

 

「今度は、私にさいころを投げさせてください」

 

 次はめぐみんがサイコロを振り、出た目は三。

 そして、辿り着いたマス部屋に待ち構えていたのは、

 

 

「おっ、あれはファイアドレイクか。そけっと師匠の好物だな」

 

「おい、なんかすげぇ火を吹いてるけど大丈夫なのか!? 普通に強そうなんだけど!」

 

「カズマ、ファイアドレイクは、紅魔の里の人間には雑魚モンスターです」

 

「マジかよ!?」

 

「ああ、問題ない。よし、さっき話した戦法を試してみるか」

 

 とんぬらが前に出て、久しぶりに相対したこの懐かしきモンスターに向けて、抜いた鉄扇を振り抜く。

 

「『花鳥風月』! そして、『雪月花』!」

 

 撃ち出された聖水の水鉄砲がファイアドレイクの炎のブレスを消火して、その身体をびしょ濡れにし、続けて雪精が舞う冬の冷風を浴びせられる。爬虫類系のモンスターは体を冷ましてしまうと動きを鈍らせる性質があり、また里を出てから大分レベルが上がっているとんぬらの技は、濡れネズミなファイアドレイクを氷漬けにしてしまうだけの威力があった。

 そして、

 

「今だ兄ちゃん!」

 

「――『狙撃』っ!」

 

 つい先ほど習得した『弓』スキルは、素人でもいきなり一端の弓の扱いができるようになるもの。そして、『狙撃』スキルは、飛び道具を扱う際の飛距離が伸び、運が強いほどに命中率が増すという、幸運値の非常に高いカズマにはうってつけのもの。

 動きを止めたファイアドレイクへ引き絞った弓の照準を合わせて撃ち放つ。

 そして、飛来した矢の先端部には紙が結ばれていて――着弾すると同時に、爆発した。

 

「おお……! あんな強そうなモンスターを一撃で……!」

 

「『錬金術』スキルで調合できるようになった『聖水に触れると爆発するポーション』を、染み込ませた紙が、さっき矢につけた起爆札だ。こっちが聖水でモンスターを濡らして、動きを止めてくから、兄ちゃんはそのまま後方でめぐみんと『潜伏』しながら次々と射ってくれ」

 

「おう、わかった! ……くぅ、なんだか良いな! いつもなら避けるモンスターでも連携で狩っていくのは!」

 

 とんぬらとの連携に軽い感動を覚えながら、一矢爆殺でファイアドレイクを仕留めていき、またレベルが上がった。

 

 

「よし! じゃあ今度はとんぬらがさいころを振ってくれっ!」

 

「いいのか? 言っておくが、俺は運のなさには自信があるぞ」

 

「構わねぇよ! 今なら、どんなモンスターが出たって倒せる気がするしな!」

 

「『養殖』で随分と自信をつけたようですねカズマは。……ですが、とんぬらの不幸っぷりはあまり甘く見ない方が良いですよ」

 

 そして、とんぬらが出した目は、四。

 それはちょうど階段を上がり、表舞台のステージを出たところにあるマスで……

 

 

 ♢♢♢

 

 

「あらあら! 今度のお客さんは若いのね。あたし張り切っちゃおうかしら!」

 

 表舞台に出て、最初に行き合ったのは、何だかけばけばしいピンクの色合いで染められたマス部屋、奥の方にベッドがあり、何だか生活感のあるここは休憩所かと思うだろう。

 部屋の真ん中にポツンと立つ人影がなければ、であるが。

 

「なあ、あれは何なんだ?」

 

 初めて見るモンスターにカズマが訊ねようと振り返ると、紅魔族の二人がピシリと固まっていた。特にとんぬらの方は顔面筋が痙攣を起こしてるかのように震えてる。

 とても答えられそうにない状態なので、めぐみんが回答した。

 

「カズマ、あれはオークです」

 

「へぇ、あれが、オークか」

 

 それは思っていたよりも、ずっと人に近い姿をしていた。

 鼻と耳は豚で、緑色の肌をしてるが、顔の造形はかなり人に近いものがある。また一丁前に服なんかも来ていて、ザンバラであるも髪もあった。

 パッと見には本当に人に近い亜人。

 それがこの世界の『オーク』だという。

 

 そして、ゲームの設定では、オークは豚の頭を持つ二足歩行型のモンスターで、繁殖能力が高く年中発情している生物。人型の生物ならほとんどの種と交配可能で、こいつらに捕まった場合は間違いなく悲惨な目に遭う。

 あのドM女騎士ダクネスが好みそうな展開になるのである。となると、ここはめぐみんを下がらせて方が良いだろう。

 

「よし、めぐみんは下がっててくれ。襲われたら大変だしな。とんぬら、また前衛を頼む。さっきと同じ必勝パターンで仕留めていこうぜ」

 

「兄ちゃんは、随分と酷なことを要求してくれるな。オークの前に立てだなんて……俺に死ねと言っているのか?」

 

「え?」

 

「カズマ、いくらなんでもその指示は冗談ですよね? 流石にとんぬらがかわいそうですよ」

 

 二人の思わぬ反応に戸惑ってしまう。

 ゲームではコボルトやゴブリンと並ぶ大変メジャーな雑魚モンスター。

 武器らしい武器も持っておらず、これではさっき戦闘したファイアドレイクの方が強そうだ。

 が、そいつは、甲高い流暢な言葉をしゃべってきた。

 

「ふふ! まずは仮面がチャームポイントなあなたが相手してくれるの? じゃあ、ちょっとこのベッドに寝て頂戴。お姉さんがぱふぱふしてあげる」

 

 …………おや? もしかして、こいつはメスなのか。

 なんてこった、これは予想外だ。

 オークだって生物なのだから、メスはいる。他種族と交配するほど繁殖力旺盛だろうし、ぱっと見、人に近い姿をしているのだとしても、それはあくまで“モンスターからすれば”というのが前に付く。

 そして、全体的に丸い体形で、のしかかれたら圧し潰れそうな重量感。

 これを女性としてストライクゾーンに見れるのは普通いないだろう。

 当然、ターゲットロックされたとんぬらはばっさり断る。

 

「断固却下だ。俺は変態師匠とは違うし、それに大人になるまでは一線を超えんと操を立ててる」

 

「あらそう、残念ね。あたしは合意の上での方が良かったんだけど」

 

 だがそれをあっさり断るオーク。

 黄色い歯を剥き出しにして、にたりと笑う。そんなキラースマイルを向けられたとんぬらはぶるりと震え、顔を蒼褪める。

 

 というか、合意の上だとか何言ってやがるんだコイツ。

 

「ああ、そういえば。ひとりメスがいるけど、彼女は通っていいわよ。あなたともうひとりのオスは、そうねぇ……。私をたっぷりと愉しませるまではここから出さないわ。リタイア宣言も聞かないからよろしく!」

 

 性欲旺盛なオーク。

 なんてとんでもないもんを用意してるんだこの『すごろく場』。こいつとの濡れ場を観客らにも見える表舞台の初っ端でやらされるなんて誰得だよ。公開処刑だぞ。

 

「すまん、とんぬら……こいつがメスのオークだって気づかなかった」

 

「そうか……兄ちゃんは、オークのことを良く知らないのか」

 

 震える身体に喝を入れ、得物を握る手に力を篭めるとんぬらは教えてくれた。

 

「現在、この世に、オークのオスは存在しない。とっくの昔に絶滅した。たまにオークのオスが生まれても、大人になる前にメス共のオモチャにされて干乾びて死ぬ。おかげで、今いるオークは混血に混血を重ね、各種族の優秀な遺伝子を兼ね備えた、もはやオークなどと呼べないモンスターとなり果てている。

 そして、メスのオークは、縄張りに入った他種族を捕らえ、集落に連れ帰り…………搾り取る。俺達男性の天敵だ。それから」

 

 

「……まあまあ、まだ子供みたいだけど、とてつもなく強い生存本能をビンビン感じるわ。あたしの勘が言ってる。絶対にあなたは逃がしちゃダメだって! 全力で子作り頑張っちゃうわ!!」

 

 

「優秀な遺伝子を持つ強いオスを欲している」

 

 身の毛もよだつ子作り宣言と同時に、荒い息で迫るオーク。

 

「……めぐみん、もし捕まったら、ゆんゆんにとんぬらは潔く舌を噛んで自害したと伝えてくれ」

 

「とんぬらそれは建ててはいけないフラグですよ!」

 

 その猛進の目標とされ、唯一止められるとんぬらが悲壮な覚悟を決めて、構える。

 

「よおーし! あたしのぱふぱふで昇天させてあげる……!」

 

 そう言いながら、フライングボディプレスを仕掛けるオーク。

 

「『パルプンテ』――ッ!!」

 

 奇跡魔法を発動。

 効果は、力がみなぎる。

 一撃に限り英雄の如き剛力を得たとんぬらは、のしかかりを仕掛けてきたオークの喉笛へと鉄扇をねじり込むように突きを放つ。

 急所へ会心の一撃ッ! だが、

 

「ぐふふ! 物凄い突き上げね。一瞬、昇天しちゃったわよ。これほどのは今までになかった! やはりあたしの勘に狂いはなかったわ……!」

 

「なにっ!?」

 

 耐えた。優秀な遺伝子の良いとこ取りをしたオークのタフネスと、強いオスを求める本能はとんぬらの計算を超えていた。そして、喉元に鉄扇が突き立ったまま、グググッ! と強引に首をすっぽんのように伸ばしてきた……!

 

「じゃあ、お返しにあたしからものすんごいっディープキスをして、昇天させてあげる! ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふーっ! レロレロレロレロ――」

 

「臭い!? 息臭っ!? 体臭いし、硬重っ!? あ――うおおおおっ!?!? もう目の前まで――」

 

 これはあかんっ! ()らなきゃ()られるっ!

 きっとこのオークは長いことこの『すごろく場』で何人もの冒険者を狩ってきた古強者だったのだろう。

 横綱相撲の押し合いのように鬩ぎ合いながら、背中を限界まで逸らして仮面の顔を遠ざけようとするとんぬらと、押し倒そうと体重をかけて、本当に首を伸ばしてくるオーク。蛇のように長い舌をその眼前にチロチロとさせていて、もう!

 同じ男としてとても見てられない状況だけど、見捨てるのはできないっ!

 

「『クリエイト・アース』! ――『ウインド・ブレス』!」

 

「ッ!?」

 

 目潰し用の土を生成し、風の魔法でオークに飛ばす。

 

「とんぬらっ! 本当に嫌だろうがっ! そのまま押さえててくれっ!」

 

「わかったっ! 前衛として務めを果たすっ! だから、こいつを早くっ!」

 

 不意打ちの目潰しに目をやられ、オークが呻いて怯んだ。そこへ、カズマは素早く駆け寄ると、素手でオークに掴み掛かる。

 

「『ドレインタッチ』――ッ!!」

 

 リッチーから伝授してもらった『ドレインタッチ』でオークから意識が落ちるまで生命力を吸い上げる!

 

「ファイトオオオオオッ!!」「一ッ発アアアアアアツッ!!」

 

 

 そして……

 

「よしっ! とんぬらっ! 大丈夫かっ!」

 

「ああっ! 無事だ兄ちゃんっ! でも、舌先が鼻先に掠ったような気が……っ」

 

「無茶振りをしてすまん本当すまんっ! もう何も言うなっ! 何も思い出すんじゃないっ! めぐみん! 早くこの部屋を出るぞ!」

 

「わかりましたっ!」

 

 ゴールのボス部屋よりも最大の難関をカズマチームは突破した。




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