この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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34話

 幼少のころからダクネスに対して偏執的な執着を見せていた領主アルダープ。

 ダクネスの父が歳の差を理由に何回断っても、何度となく婚姻を申し込んでくるほどで、そのアルダープにひとつ借りを……できることなら何でも言うことをひとつ聞くという条件を出したことで、屋敷の弁償とカズマが魔王軍の手の者ではないと身の潔白を証明するための時間をもらった。

 無罪を勝ち取ったわけではない。このせいで、ダクネスはしばらくパーティから外れて実家へ帰ってしまった。けれど、ダクネスが作ってくれたこのチャンスをふいにしないためにも、やるべきことは二つ。

 

 一つは、魔王軍の手の者ではないと証明すること。

 そして二つ目の課題は、領主の屋敷の弁償。

 

 裁判が終わってからここ数日、金策を検討していたが……『すごろく場』での荒稼ぎは、出禁のためできない。

 そういうわけで次案として、知り合いのウィズの魔道具店で商売をすることにした。この世界にはない、ライターなど100円ショップで売られてたような元の世界の小道具を売りに出そうかと画策。まだ構想だけだが、それの許可はもらっておいた。

 それから、魔王軍関係者の疑いを晴らすために……

 

『やはり貴様は、魔王軍の手の者だったのか! 街周辺に、冬眠中だった蛙たちが這い出してきてるぞ!』

 

 ご立腹な検察官セナの発言は言いがかりに程があると思いきや、どうやらギルド職員からの報告によると、何かに怯えるように地上へ這い出してきた模様。

 で、連日、街のすぐそばで爆裂魔法を連発して住人を脅かしてくれた人物がいたような……

 

『待ってください、話を聞いてください、私はアクアに命令されてやっただけなのです! 実行犯は確かに私ですが、主犯はアクアです!』

『めぐみんズルいわ! 話を持ち掛けたときはノリノリだったじゃないの! 我が力を見るがいいとか言ってたくせに!』

『醜い言い争いをしてる場合か! お前らがやらかした後始末をしに行くぞ!』

 

 

 そんなわけで、この冬の時期に、一面が雪景色に覆われた街の外へ出立した。

 魔王幹部討伐に続いてこの前の高額賞金首『デストロイヤー』の報奨金が入り、ほとんどの冒険者たちはその稼業をお休みにしているせいか、ジャイアント・トードたちは誰に憚れることなく蛙飛びを謳歌している。

 

「いやー! もういやあああ! カエルに食べられるのは、もういやあああああっ!!」

「ここのカエルはこの寒さの中でも動きが鈍くならないんだなあ。普段と変わらない速さで活動してやがる。この辺りの連中は、生き物と言い野菜と言い、どいつもこいつも逞し過ぎやしないか」

「過酷な世界だからこそ、生き物は皆、その時その時を精一杯に生きるのです。私達も負けてはいられませんよ。もっともっと強くなって、過酷なこの世界を生き抜くのです」

 

 雪原の中カエルに追われるアクアを眺めながら、しみじみと呟くカズマに、めぐみんが真面目な顔で応じる。……肩から下をカエルに呑まれた状態で。

 

 もうカエルに呑まれることなど慣れっこなのか、最初に比べると随分と落ち着き払っており、特に抵抗もせず、なされるがままになっている。

 すでにめぐみんは、爆裂魔法をぶっ放して数多くのカエルを撃破。一度に八匹も蒸発させてくれたが、後が続かない。

 

「待ってろ、今助けてやるからな」

 

「いえ、アクアを追っているカエルを倒し終わってからでいいですよ、外は寒いですし。カエルの中は温いのです」

 

 こうなればもう、カエルに捕食されて、時間を稼ぐことしかできないだろう。ついでに外は冬で寒い。唾液がねちょねちょとしてて臭いが、慣れてくればどうってことはない。

 

「そうか、わかった」

 

 本人からの申告もあったので、しばらく放置で構わないだろう。

 

「あ、あなたは、仲間がカエルに呑まれ、更には別の仲間が追いかけられているというのに、随分と冷静ですね」

 

 立会人としてついてきた検察官には、これは異様な光景に映るようだ。確かに、カズマも最初のころは慌てふためいたが、すぐこんなのは日常の一部に組み込まれた。

 

 

『たーげっとろっく。えりー、コウゲキシマス』

 

 

 この見渡す限り白一色の雪原に、機械音声が聴こえた途端、轟ッ! と豪快に振り切られた片手斧がカエルの胴体をぶった切った。

 片手で振るっているがそのサイズは大柄な冒険者が両手でなくては持てないような大斧だ。それが人力を上回るマシンパワーにより繰り出される強力な一撃によって、肉厚で巨大なカエルも一刀両断。

 

『かえるニホショクサレタヨウキュウジョシャ、カクホシマシタ』

 

「ご、ゴーレム!? どうしてこんなところに!?」

 

 そして、現れたその2mほどの武骨なぽんこつ兵に目を剥くセナ。うん、カズマも最初はこのマシンゴーレムにはビビったが、魔道具屋で普通に荷物整理等力仕事をしてるのを見かけているから慣れた。

 その巨体と巨大カエルを圧倒する馬力。またカエルは金属を嫌うというし、全身鎧の『クルセイダー』ダクネスがいない今、頼りになる壁役である。

 

「がうっ!」

 

「ええっ!? あれは、まさか初心者殺し!?」

 

 余所見をしているうちに遠方では、アクアと追いかけっこをしていたカエルに、豹モンスターが飛び掛かる。山羊をも丸呑みするジャイアント・トードよりも小さいが、その体躯は獅子よりもデカい豹モンスター。打撃には滅法強いデブカエルも、尖った牙と鋭い爪には無残に食い裂かれる。

 漆黒の体色の通常個体とは違うようだがあれは、駆け出し冒険者の要警戒魔物であり、それを倒せてこそ中堅冒険者を名乗れる“初心者殺し”と異名を持つモンスターだ。

 雑魚モンスターで冒険者を釣り上げるくらいに知能が高く、また嗅覚も鋭いため、地中から出てこようとするのを事前に察知しては、カエルが顔出す直後に爪を立てて倒していく。

 

 冒険者でもない事務職な検察官のセナがパニックになるのも無理はなく……とまあ、これもカズマらには見慣れたものだ。

 

「エリーにゲレゲレが来てるってことは……」

 

 街の正門の方を見やれば、少年少女の冒険者ペア。

 先程の爆裂魔法での騒音で誘き寄せられた巨大カエルの大群に囲まれているが、二人は特に騒いだりすることもなく、

 

「ゆんゆん」

「『光刃付加』!」

 

 仮面の少年が構えた鉄扇に、少女の銀色ワンドから放たれた稲妻が落ちたかのように雷光が迸る。ぐるんと独楽のようにその場で旋回した少年は、勢いをつけて全身を使って己が得物を投擲した。

 

「『ギガスロー』――ッ!」

 

 光り輝く空を切る円盤が、十数匹のカエルに包囲される状況で障害などないかのように二人の周囲を巡り巡って、少年の手に戻ったとき、そこに上半身下半身を切り分けられていないモンスターはいなかった。

 ツーカーで息の合った夫婦連携。もうベテラン冒険者の域に達しているはずだろうに慢心せず、ますます磨きがかかっているようだ。

 

「今のは上級魔法……! それを他者に発動させた……!? こんな駆け出しの街に、熟達した魔法使いがいるなんて……ああ、初心者殺しに襲われる!?」

 

「いや、大丈夫ですよ。あのキラーパンサーとそこのぽんこつ兵は、あいつらの飼い魔物ですから」

 

「え」

 

 後ろのセナが驚きの声を上げる中、初心者殺しならぬカエル殺しな豹モンスターが二人組の冒険者に駆け寄る。

 それに悲鳴をあげる検察官に、カズマは落ち着いた声で指摘すれば、驚愕のあまりに息を止めてしまうも、向こうは呑気にじゃれてきたゲレゲレの顎下を撫でて相手をしている。

 

「遅れちまったみたいだけど、注文の品をお届けに来たぜ、兄ちゃん」

 

「いや、こっちも待ち合わせしてたのに先に行っちまって悪かった。めぐみんがどうにもお前らよりも先にカエルを一網打尽にすると言って聞かなくて。とにかく助けてくれてありがとな、とんぬら、ゆんゆん」

 

 颯爽と白の肩掛けに水色の和服を着こなす仮面の少年とんぬらに、カズマは頭を下げた。

 礼を言うと、黒のローブに身を包んだ相方の少女ゆんゆんは、恥ずかしそうに頬を染め、

 

「た、助けたわけじゃないですから。ライバルがカエルなんかにやられたりしたら、私の立場がないから……」

 

 頷きながらボソボソと口籠り、粘液塗れな我がパーティの『アークウィザード』を窺う。めぐみんの方も同郷の登場にアクションを起こしたいところだがまだ動けないようで、仕方ないので、カズマの少ない魔力を『ドレインタッチ』で分けてやる。

 そうして、ヨロヨロとふらつきながらもなんとか立ち上がっためぐみんは、勝ち誇った笑みを浮かべ、

 

「ふふん。ふたりが出遅れてる間に、我が力で、愚かなカエルたちをたった一撃で8匹を蒸発させてやりましたよ」

 

「さっき俺達が一撃で、15匹を倒したのを見てなかったのか?」

 

「ふん。私はひとりで、あなた達はふたりでの成果でしょう? 一人当たりに成果を換算すれば、自ずとどちらが上なのかは明白です」

 

「生憎と全滅しても15匹以上はいなかったからな。だいたいめぐみんが、ひとりでカエル狩りにでたらさっきのように丸呑みされるのは目に見えているのだが。実際、『アクセル』に来た最初の方はそうだったし」

 

「過去は過去、今は今です」

 

「今も昔も大して変わってないだろこのエクスプロージョン娘」

 

「言い訳が見苦しいですよ人間パルプンテ。ちゃんと負けを認めたらどうです」

 

 めぐみんの勝利宣言に噛みついてきたのは、ライバルのゆんゆん。

 

「ちょっと、それは認められないわよめぐみん! さっきカエルに呑まれそうなところを助けたのに」

 

「何を言いますか、私はカエルに呑まれていたのではなく、カエルの口内で寒さを凌いでいたのです。勘違いしないでください」

 

「もうめぐみんの意地っ張り! 素直にカエルに食われたって認めたらどうなのよ!」

 

「だとしても、ゆんゆんに下げる頭などありません。私の入っていたカエルを倒したのはエリーですし、それにさっきあなたは私を助けたわけではないと自分の口で言ってたではないですか」

 

「そ、そうだけど……! も、もう! こうなったら勝負よ、めぐみん! 一対一で白黒つけるの!」

 

「嫌ですよ、魔力を使い果たしてしまいましたし、あと寒いですし」

 

「ええっ!?」

 

 早速いつもの儀式をおっぱじめた二人を他所に、セナに軽く会釈して挨拶を済ませたとんぬらは肩に掛けていた物を、カズマに手渡す。

 

「おお、これが俺の新しい相棒か……!」

 

「預けてくれた『風切りの弓』を『錬金術』スキルで加工してみた。良い出来だと思うぞ」

 

 黄のグラデーションが掛かっているように両端が色づけされた羽飾りのついた弓。

 それは『すごろく場』で入手した『風切りの弓』を基に、指輪の材料で余った『雷の珠』を取り込ませ、弦を『雨露の糸』に張り替えたもの。

 

「ちょっとした効果のついた……いわば、魔弓だな。風の力で矢の射程距離に射撃威力が強化される」

 

「すげぇな! まさか本当に、魔弓になるとは……」

 

「思い付きで試してみたが、俺も驚いた。とはいえ、それはミツルギの魔剣『グラム』ほどの効果はないし、あと使用には条件がある」

 

「条件、ってなんだ?」

 

「魔力を使って矢を放つから、初級風魔法『ウインドブレス』ができないと効果を発揮できない」

 

 『狙撃』スキルは持っていても『初級魔法』は習得できない『アーチャー』には、魔弓の恩恵には預かれない。かといって、『初級魔法』を覚えられても『狙撃』スキルは習得できない『ウィザード』には弓矢を使いこなせない。

 

「だから、『狙撃』も『初級魔法』も覚えている『冒険者』で、命中補正を必中にまで高める幸運持ちな兄ちゃんにしか十全に使いこなせない」

 

「うおお! なんだよ! 専用装備って感じでますますいいじゃねぇか、こういうのに憧れてたんだよ」

 

 感激するカズマ。

 折角の特典をバカなことに消費してしまったために苦労したが、やっとこれで冒険者らしい戦いができるかもしれない。

 

「気に入ってもらえて何よりだ。……で、早速、試し撃ちしてみたらどうだ?」

 

 とんぬらが指を差す方には、いつの間にかまたカエルに追われて、泣き叫んでいるアクアがいた。

 

「もうカエルに追われるのはいやああ! 助けてー! 誰でもいいから早く助けてー!!」

 

 ……もうちょっとあの特典(駄女神)を追い込んでみたい気がするが、それよりも早く新しい相棒の力を試したい気持ちが勝った。

 矢を番え、弓を引き絞ると、アクアを追うカエルに狙いを定め……!

 

「『ウインドブレス』! ――『狙撃』!」

 

 魔弓より放たれた一矢は、渦巻く気流を纏い、加速する。

 速度を落とすことなく一直線に突き進んでいく矢は、アクアの頭上の毛先を掠め、そのまま狙い違わずカエルの眉間を貫いた。

 

「おお……」

 

 思わず感嘆が口から洩れる。半泣きのアクアが急いでこちらに避難しようと駆け寄ってくるが、そんなのが目に入らないくらい実感を噛みしめていた。

 そこでさらにとんぬらがイタズラ小僧みたいな企みを含んだ笑みを浮かべて、それを渡す。

 

「思い付き第二弾だ。今度はこいつを射ってみてくれないか」

 

 そう言って、カズマが受け取ったのは、神社とかで売ってそうな破魔矢。

 さっき放った一般の矢とは違い、先端の鏃が赤い。

 この特注の矢を番え、今度はもっと遠くにいたカエルへ狙いを定め……!

 

「『ウインドブレス』! ――『狙撃』ッッ!!」

 

 風の力が付加されて放たれた矢は、これまた一直線に飛んで、カエルに着弾。途端、カエルが突然発火し、体の中から燃え上がるように迸る、火炎に包まれた。

 

「うおおおおっ! 何だ今のは! あれまさか魔法なのか!?」

 

「ああ、その通りだ兄ちゃん。『吸魔石』を鏃に加工した呪矢だ」

 

「『吸魔石』?」

 

 聴き慣れない単語を訊き返せば、とんぬらは懐から碁石のような白いものを取り出す。

 

「魔力を吸い取り蓄積する特性をもった、魔法使いの必需品だ。この前、討伐賞金でウィズ店長が大量に仕入れたんだが、残念ながら駆け出し冒険者の街に魔法使い職は少ない。そのままじゃ大量に在庫が余る。てなわけでこれを売り捌くために、誰にでも魔法が扱えるような魔道具に『錬金術』で加工してみた」

 

「なにこれ! 白くて小さくてかわいいの!」

 

 駆け寄ってきたアクアが興味津々と『吸魔石』を見つめれば、人見知りながらバイト経験で少しは接客スキルが鍛えられたゆんゆんが、店長のセールストークばりの紹介をする。

 

「はい! これは『吸魔石』、結構面白い魔道具なんですよ。魔力を吸うと色が変わるアイテムなんです! 少々お高いですが、これがあればいざというとき魔力切れを起こした時に便利です。アクアさんも購入してみませんか?」

 

「色が変わるだけ? ゆんゆんったらまだまだ子供ね。私くらいのお姉さんになるとそんなオモチャみたいなものじゃ喜べないわね」

 

「えっ!?」

 

「それに私ってば魔力量が超すごいから、そもそも魔力切れを起こしたことがないのよね」

 

「ふぇぇっ!?」

 

 ゆんゆんの精一杯の商売文句は、あっさりと惨敗した。

 

「私もいりませんね。爆裂魔法は全魔力を使い果たしますから。その消耗分を賄うのは『吸魔石』などでは無理でしょうから」

 

「そ、そんな……」

 

 さらにめぐみんより追い打ちをかけられ、意気消沈して項垂れてしまう。

 

 お前ら……ちょっとは興味あるフリしてやれよ。アクアもあそこで梯子を外すとかないだろ……

 

 マッチ売りの少女を見やるような哀れんだ目を向けるカズマに、嘆息を洩らすとんぬらが説明を続ける。

 手のひらの白い小石を握り締めて、パッとパーに開くと見る角度によって色合いを変える虹色に染めてみせ、

 

「この通り、石に魔力を篭めると魔力の性質によって色が変わるんだ。『吸魔石』の使い道は、中に事前に魔力を吸収させておくことにより、いざというときに魔力を引き出せる」

 

 いわば、充電式のマナタイト結晶なのだろう。

 

「へぇ、何々じゃあ私も」

 

 さっきあんなことを言っていたが、色が鮮やかに変わるのを見て、アクアもひとつ試しに握る。すると、『吸魔石』は眩いばかりの青白い輝きを放ち始め……!

 と、とんぬらが突然、アクアから光り輝く石を取り上げた。

 それを慌てて無人の雪原へと放り投げ、

 

「『雪月花』!」

 

 急いで鉄扇を扇いで、雪精が舞う凍える冬風で、『吸魔石』を氷漬けにした。

 そして、青い顔のとんぬらが、顎の下にかいた冷や汗を拭い、

 

「危なかった。あやうくボンってなるところだった」

 

「え、何かまずいことしちゃったの? 私、魔力を篭めただけなんだけど……」

 

「『吸魔石』には篭められる魔力の許容限界があるんです。その、アクア様の魔力量で力一杯にやられると蓄えるのは無理でして」

 

「ほほう! なるほどそういうこと。つまり、私が凄すぎるせいってことね」

 

「ええ、まあ、そういうことです」

 

 称賛を受けたように胸を張るアクアだが、つまりはこの駄女神の馬鹿(魔)力のせいで危うくここで大爆発が起こるところだったということで、

 

「ドヤ顔してないで反省しろ、アクア!」

 

「まあまあ、兄ちゃん。俺も説明が足らなかったところがあるし、その辺で」

 

 アクアを庇うようカズマを宥めすかし、話を戻すとんぬら。

 つまりは、この破魔矢は、魔法使いの必需品でもある『吸魔石』を鏃に加工した呪矢である。ただし、上級魔法は容量限界を超えて無理。あの通り、魔力を吸い過ぎて爆発する『吸魔石』では消費魔力が大き過ぎるのである。

 

「魔法使いの魔力を篭められる『吸魔石』の鏃は、魔法を篭めることができるスクロールを矢にしたマジックアローだ。一回放てば、魔力は消費されるが、魔法使い以外にも魔法が扱える。『吸魔石』の鏃さえ回収すれば再利用はできる。パーティにひとりでも魔法使い職がいればそいつの魔法を中級魔法までなら封入可能だ。とりあえず、ゆんゆんから『パラライズ』、『スリープ』、『ファイアーボール』、『ライトニング』を入れてもらったものを各三本ずつ作ってあるから、兄ちゃんにやろう」

 

「いいのか? そんなのもらっちまって……」

 

 言葉を濁すが、カズマは魔弓の代金も払えそうにない。

 『デストロイヤー』討伐で入ってくる賞金をあてにして依頼していたのだが、逆に負債を抱え込んでしまったためそのような余裕はない。

 

「気にするな。魔弓の分は、今は借金で金が払えないのはわかってるから出世払いで構わないぞ。呪矢の方は、出所祝いだな。……結局、裁判で助けることはできなかったし」

 

 申し訳なさそうに視線を伏せるとんぬら。

 嫌疑を晴らすことはできなかったが、そう、責任を感じることではない。本当ならば、彼の弁舌で弁償をしなければならなかっただろうが、無罪放免であったはずだった。それをよくわからんインチキが働いたのか、領主様の鶴の一声で覆ってしまったが。

 

「それこそ気にすんなって。アクアやめぐみんはともかく、お前とダクネスには感謝してる」

 

「そういってもらえると気楽になる。ま、試供品だから遠慮するな。それで良かったら宣伝してくれ。ああ、それから魔弓の銘をつけなきゃな。適当に『嵐の弓』と俺は呼んでるが、これから兄ちゃんの相棒になるんだ。銘は、兄ちゃんが考えてやってくれ」

 

 とんぬらはそう言って、一枚の札を差し出す。

 弓の銘か……

 この専用武器も同然と言える弓を見ながら、考え込む。ゲームとかで刀や剣はたくさん名前が出てくるが、弓はそれより少ない。

 

「こっちは気にせずゆっくりと考えな」

 

 カズマが思索に耽るのを見て、とんぬらは邪魔せぬよう、先ほど射った破魔矢を回収しがてら、代わりに新たなに地中から顔を出してきたカエル退治を請け負う。

 

「この世界にひとつしかない俺の相棒だ。気合を入れて決めないとな。……しっかし、弓となるとどんなのがあったか……」

 

「『らんらん』」

 

「……弓と言えば、扇の的を射った那須与一が思い浮かぶんだが、あれって何か名称は……」

 

「ですから、カズマ、『らんらん』です。この弓の名前は『らんらん』がいいでしょう」

 

 といつの間にか、めぐみんが、ペタッと弓の持ち手の部分に貼る。

 すでにしっかりと銘が書かれた札を。

 

「そんなキテレツな名前を付けられるか。世界にひとつしかない特注品で、俺の専用武器、つまり代名詞になるんだぞ? 俺の相棒として、ここは是非とも格好いい名前を……」

 

「あー……いや、兄ちゃん、もう遅い」

 

 カエルをさくっと退治してきたとんぬらが弓を見て指摘する。

 つられて弓を見ると、弓の持ち手部分には魔法のかかった札が張り付いている。

 札にかかれている文字は……

 

 それを見た、とんぬらと一緒にカエル狩りに場を外していた紅魔族だけど感性は常識人なゆんゆんは、頬を引くつかせながら、下手人に問う。

 

「……めぐみん、銘を刻んじゃったの……?」

 

「刻んでしまいました。今日よりこの弓は『らんらん』です。ゆんゆんがとんぬらの作った矢に魔法を篭めたのなら、私は弓の名付け親になってあげましょう。紅魔族三人の合作ですよカズマ! これは神器級にすごいものになるに違いありません!」

 

「おお、お前、何してくれてんだ! ああ……俺の弓が……! え、これってもう訂正できないのか?」

 

「解呪魔法なら取れるかもしれんが、その場合、もう銘が弓に刻まれちまってるし、魔弓の効能までも消してしまいかねないな」

 

「ほんと、どうしてくれるんだよ」

 

「せっかく格好いい名前を付けてあげたのに何が不満なのですか」

 

「不満だらけだ……! 万一俺がこの弓で魔王を倒そうもんなら、伝説の勇者の魔弓らんらんとかプレートに書かれて、博物館に展示されちゃうんだぞ」

 

 

 その後、モグラ叩きのように地中から顔を出してくるカエルに、鬱憤を晴らすかのように矢を撃ちまくったカズマは……バテた。

 

「ぜひゅー……ぜひゅー……」

 

「兄ちゃん、これは魔弓だ。効果を発揮しようとすれば、魔力を使うし、あんまり乱発すると魔力切れを起こしてバテるぞ」

 

「そう、みたいだな……今後、気を付ける」

 

「そうだな。胸の前で手を合わせ深呼吸してみてくれ」

 

「なに?」

 

「魔法使いのちょっとした小技だ。こうやって深呼吸することで大気中の魔力を取り込み、消費した魔力を回復するんだ。魔力が切れたときとかにこの技術があると重宝する」

 

「へぇ、そうなのか。初めて聞くなそれ」

 

「まあ、兄ちゃんのパーティメンバーにはあんまり役に立たない技だからな」

 

 魔法が使えないダクネスは論外として、元々の魔力量が超すごいアクアにはそもそも魔力切れを起こしたことがない。それから、爆裂魔法一発で全魔力を消費するめぐみんにはちょっとやそっと魔力が回復したところで、その日にもう一度魔法が使えるようになるのは不可能。

 つくづくピーキーな曲者揃いのパーティである。

 

「うぅ……とんぬらぁ……めぐみんに、私、汚されちゃったよぉ……」

 

 深呼吸して気息を落ち着けさせていると、泣きの声が耳朶を叩く。

 振り向けば、カズマがカエルを撃ちまくっている間に、カエルの分泌液べっとりなめぐみんとじゃれ合い、オイルレスリングをしてヌルヌルしているゆんゆんがいた。

 発育不良な同年代の少女と比較しなくても、年不相応に成長しているスタイルの少女が、ローション塗れのように艶やかな姿は、とんぬらには目に毒である。涙目であることも相まって、嗜虐心を煽ってくるというのが、カエルの臭いなどよりも一大事である。

 

「と、とんぬら!? ゲレゲレも凄く距離を取ってるけど、そんなに私って、カエル臭いの!?」

 

「あー……エリー、ゆんゆんにこれを渡してくれ。それから先に帰って、風呂を沸かしておいてくれ」

 

「リョウカイシマシタ、ますたー」

 

 豹モンスターが敬遠してるほど、鼻が曲がる臭いなど関係ない機械な飼い魔物に身体を覆い隠せるほど大きなタオルを出すよう指示を出してくれたが、ふいっとパートナーから視線を逸らされる対応に、ゆんゆんは乙女心に会心の一撃クラスのショックを受ける。真っ白になってブレーカーが落ちてしまう。これはもう今日のお風呂はいつもより長風呂になるだろう。

 それで、下手人であり、勝者なめぐみんが、手をずいっと差し出す。

 

「今日も私が勝ちました。せっかくゆんゆんの得意な体術で勝負してあげたのにあっけなかったですね」

 

「いや、端から口上での心理戦に持ち込むつもりでいてあれはもう体術とか関係ないだろ。同じ目に遭わせる気満々だったろ」

 

「友人というのは苦難を分かち合うものです。というわけで、戦利品を所望しますとんぬら。金目の物か、カズマのように私にも爆裂魔法に役立つ魔道具をください」

 

「そこで遠慮なく要求できるめぐみんは大物というかがめついというか。ゆんゆんとめぐみんが納得しての勝負だから物言いはせんが……じゃあ、ほれ」

 

 道具袋をガサゴソと漁るとんぬら。

 

 元々お守りを作る神主として魔道具作成に才能があったのか、それとも転生者に数多くの神器を与えてきた女神の加護が強いせいか、手掛ける魔道具は中々に強力である。

 そんな、困ったときのお助けネコ型ロボットのように、ぱんぱかぱーん! と取り出したのは……

 

「紅魔族のレッドカラーな『赤猫耳バンド』だ。ゲレゲレの毛を拝借して、あの『賢王』が考案した錬金レシピをアレンジして作製したものだ。これで、ちょむすけとの交流を深めるといい」

 

「おい、私は金目の物か、役立つ物といったんです。猫フェチの変態欲求を満たす道具を寄越せとは一言も言ってません」

 

「あんたは本当に俺に対して遠慮ないよな。まあ、別にいいが……じゃあ、魔道具の必需品である『吸魔石』をいくつかわけてやろう」

 

「ふん。売ればそれなりにするでしょうが。上級魔法分でパンクするようなものでは、我が爆裂魔法に消費する魔力量は賄うことはできませんね」

 

「『吸魔石』は別に魔力を貯蓄するだけのものじゃない。爆発しない程度に魔力を篭めることで、魔力制御の鍛錬にもなる。……どこかの誰かが好んで使う爆裂魔法はこの世で最も制御を誤っちゃいけない魔法だからな」

 

 不穏な発言に、息を整えてだいぶ楽になってきたカズマはつい口を挟む。

 

「もし失敗したらどうなるんだ……?」

 

「もしここで爆裂魔法が魔力暴走なんて起こしていたら……『アクセル』がボンッとなくなるな」

 

「はぁ!?」

 

 冗談ではなく、我がパーティの最大火力持ちは人間コロナタイトであるらしい。

 その発言は、カエル退治なんかそっちのけでゲレゲレに芸を仕込もうとしていたアクアの琴線に触れたのか、目を輝かせて、

 

「何それすごーい! めぐみん、偶には失敗しても良いのよ。私のいないところで。主にギルド本部とか警察署とかで」

 

「いいわけあるか!」

 

 幸いにも初心者殺しのゲレゲレを敬遠して、お目付け役のセナはこちらから距離を取っているが、この問題発言が検察官の耳に入ったら余計に大変になるところだった。

 

「爆裂魔法は、魔法を究めた熟練の魔法使いですら制御率は九割くらいです」

 

「九割!? つまり一割は制御不能に陥って全員大爆発ってことか!?」

 

「な、何を言うのですか! この私の制御率は98%くらいです! そこいらの魔法使いと一緒にしないでほしいものですね」

 

「失敗率2%……いや、十分怖いわ!」

 

「いやにリアルな数字だな。しっかり自己分析ができてるのは褒めるところだが、それでも躊躇なくやるんだからどうしようもないというか……」

 

「めぐみん。成功率が100%になるまで爆裂魔法使用禁止な」

 

「バカなっ!?」

 

「バカなはこっちの台詞だよ! この大事なことよくも今まで黙ってくれやがったな!」

 

「くっ! とんぬら、よくも余計なことを……!」

 

「魔法使いなら魔力制御を毎日特訓するのは大事なことだろうが。魔力の制御は強い精神力で掌握するか、多めの魔力を注ぎ込んで強引に安定させるか、大まかにその二択だが、極めて己の魔力を掌握できれば、そんな無駄はなくなるわけだ。

 ……実際、爆裂魔法ではないが制御の難しい爆発系の爆発魔法をお手玉のようにポンポン複数完全制御できたり、違う魔法を右手と左手で同時発動できるようになったりもするのを見たことがあるしな」

 

 とんぬらは懐かしむよう遠い目をして、

 

「魔法に優秀な紅魔族でも、制御に関しては日々の鍛錬を積み重ねるしかない。めぐみんも爆裂魔法を究めるというのなら、破壊力だけでなく、無詠唱で発動できるくらいになってみろ」

 

「何を言いますかとんぬら。格好良い詠唱を省くなど、紅魔族にはあるまじきことですよ」

 

「格好つけでやられたら、この上なく格好悪い魔法使いだろうよ」

 

 そして、紅魔族の学院で男女クラス首席の二人の論争が始まりかけたところで、ようやくゲレゲレとエリーを受け入れるだけの心の準備を済ませたセナが、やや腰が引けながらも厳しい視線をカズマへ飛ばす。

 

「もうあらかた『ジャイアント・トード』は退治できたようですね。では、自分も今日のところはこれで……サトウ=カズマさん、今日の最初はあまりにもあんまりな冒険の姿でしたが、これが、自分の目を欺くための演技だという可能性も捨ててはいませんよ。……自分はまだ、アナタを信用してませんから」

 

 そう言ってから、堅物検察官は溜息を吐き、

 

「……それで、そのヌラー様……この前の弁護人は……?」

 

 借りてきた猫のように、カズマに向けるのとは態度が急変し、口篭るセナは、キョロキョロと忙しく視線を巡らせ、その影がないことに残念そうに消沈する。

 ……まさか、お目付け役を買って出たのは、それが目的だったりするのだろうか?

 今日、さりげなくセナからは距離を置いていたとんぬらは気まずげに視線を逸らし、それをしらっとした目でめぐみんが責めるように見ている。

 アクアはカエルの肉が傷む前にギルド職員へクエスト終了の手配をしに行ったので、仕方なく、

 

「あいつは、その日限りの付き合いなんで俺達も良く知らないんすよ」

 

「そう、ですか……やはり、アクシズ教の教会に行くべき……」

 

 ぶつぶつと呟きながら、街へ帰っていくセナ。

 それに仮面の少年は、ほっと胸を撫で下ろす……のは、少々早かった。

 

「とんぬらぁ……」

 

「!?」

 

 あわや悲鳴を上げかけたとんぬら。すぐそちらへ顔を向けると、タオルを頭に被ってはいるものの、肢体がテラテラとしているゆんゆんが、焦点のない芒とした赤目でこちらを見ていた。

 

「お、おい、ゆんゆん…さん? この前のあれは演出上止むを得なくと話がついたはずではありませんか?」

 

「ねぇ……私たち、パートナーだよね。なら、苦難も分かち合うものだと思うの」

 

「待て落ち着こう。わかってないんだろうが、今のゆんゆんに抱き着かれるのは俺の中のドラゴンが落ち着かないというか男の心情的によろしくないというか……いや、そうではなく! 今、俺の着てるのは、『風の肩掛け(マント)』にアクア様の羽衣を参考に、『雨露の糸』で織り込んでみた『水の和服』で、昨日やっと錬成強化できたばかりの新装備なんだ。汚れるのは止むを得ないが、いきなりヌルヌルになってしまうのは遠慮したいというかだな」

 

「大丈夫よ。私が後でちゃんと服は洗濯するし、体も洗うから!」

 

「恥じらいを持てっ! 服とか臭いとか以前に、めぐみんとやってたのと同じように俺と全身ねっちょりさせて寝技をかけるのは大いに羞恥責めの難易度が違ってくるのがわからんのか!? くぅ、エリー……は家に帰らせていない! ゲレゲレ……は逃げたか!」

 

「『アンクルスネア』!」

 

 縛り上げられ、粘液塗れのゆんゆんに迫られるとんぬらは、傍観してるこちらへ手を伸ばす。

 

「兄ちゃん! めぐみん! 助けてくれ! どうにかこのブレーキが働いてない娘を説得して止めてくれ!」

 

「さあ、帰りましょうか。あのバカップルの邪魔をしてはいけません」

 

「だな。冷えてきたし、とっとと帰ろう」

 

「おい! 人間助け合っていくもんじゃないのか! 困ったらお互い様って言わないか?」

 

「こんな外で、しかも縛られながらヌルヌルプレイなんて、お金を払ったってそうできるものではありませんよ」

 

「まあ、これくらいのインパクトが強い奴じゃないと、この前のオークのぱふぱふは忘れられないだろうし、ちょうどいいんじゃないか?」

 

「そうでしたね。ならば、私も目を瞑りましょう。とはいえ、上級者にしても目に余るものですから、これもきっちりと族長へ報告しておきますが」

 

「だってよ。とんぬら、いい機会だからゆんゆんにトラウマを慰めてもらえ」

 

「ちょ」

「『パラライズ』!」

 

 無情にもカズマとめぐみんにも見放され、ついでに意識が向こうに逸れたところで麻痺魔法を不意打ちされた。

 

「逃げようとしたって無駄よ。とんぬらが拘束系スキルも逃れるほどの『縄抜け』スキルが熟達してるのも知ってるんだから!」

 

「この容赦のなさをどうしてめぐみんとの勝負事に発揮しないんだゆんゆん!」

 

 沸点に達したときの爆発力は、里一番の天才でも手を焼く族長の娘。

 だが、そんなことは百も承知の里一番の異才は用意周到。

 

「しかし甘い。ドラゴンに生半可な麻痺は通用しないし、こんなこともあろうかと状態異常を治す『癒しのチーズ』を常備している!」

「そんなことくらいお見通しよ!」

 

 とんぬらが痺れる身体に鞭を打って動かし、チーズを口に放り込んだと同時、ゆんゆんもまた懐から取り出した特定の魔法効果を上昇させるポーションを一気に煽り、

 

「『ボトムレス・スワンプ』!」

 

 オイルレスリングは、泥仕合に移行する。

 

「このおバカっ! 何でこんなしょうもないことに魔法連発するんだ! しかも魔道具にまで頼って!?」

「これで流石のとんぬらも動けないわよね! ウィズさんがお勧めしてくれたこの新商品の魔法効果上昇ポーションで――あぷっ!?」

 

「ウィズ店長の勧める魔道具は地雷だっていい加減に学習しろ! 泥沼魔法用ポーションは使うと術者も溺れるくらいに範囲が拡大されんだよ!」

「だって、だってぇ……こうでもしないととんぬらは逃げるじゃない……」

 

「ああもうっ! わかったわかった! すぐ助けに行くから、そこでじっとしてろゆんゆん!」

「とんぬらぁ……」

 

 その後、パートナーの少女を救助した仮面の少年は、どうにか言葉を尽くして話し合いに持ち込んだ。




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