この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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35話

 里からの手紙が届いた。

 

『ねぇ、弟子君、あなたとんでもないモノに喧嘩を売っちゃった?』

 

 その差出人は意外にもとんぬら三人目の師匠の凄腕占い師のそけっとからだった。

 『全てを見通す悪魔』の力を一部借り受けてるだとかで、その占いの精度はほぼ確実に当たる。

 そんなそけっとが、とんぬらの運勢がハチャメチャで先が読めないという。元々、占い師にも予想し辛い不幸体質だったが、ここ最近ますますひどくなっているそうだ。輝かしい女神の加護とドロドロとした悪魔の呪いが入り混じって、もはや混沌(カオス)だと称されるほど。

 ただ言えるのは、このままだと想像を絶する困難が待ち受けているから気を付けなさいとのことで、

 

『ちょっと直接、弟子君の運勢を見てみたいし、早く里へ帰ってきなさい。もうゆんゆんが上級魔法を習得しているのはわかっているから。族長も首をながーくして待ってるわ。

 

 

 追伸:この『ベルゼルグ』では、15歳で成年、16歳から20歳の間に結婚するのが一般的だけど、法律上は14歳からでも結婚はできるのよ。来月には弟子君は何歳になるんだっけ?』

 

 ……占い師の警告には従いたいものだが、追伸で迷いが生じてしまう。

 

「とんぬらー、誰から手紙が届いたのー?」

 

 昨日の騒ぎで泥んこになった服を干していたゆんゆんが、ベランダからこちらへひょっこりと顔を出す。

 

「別に。大したことは……いや」

 

 彼女を見て口を噤むと、考え直す。

 

「なあ、ゆんゆん」

 

「なあに?」

 

「装備が使えないんじゃ今日予定していたクエストはお休みでいいよな?」

 

「う、ごめんなさい」

 

「いや、そんな気にしなくていいんだ。話し合いたいこともあるし、ちょうどいいというかだな」

 

 ガシガシと頭を掻いてから、改まって、

 

「ゆんゆん、今日はデートしよう」

 

「え」

 

 パサッと洗濯物がベランダの床に落ちた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 高額賞金首『デストロイヤー』退治の報酬による経済効果を期待して、駆け出し冒険者の街『アクセル』にジワリジワリと色んな人が集まってきており、今ではあちこちに縁日の路上屋台が並んでいて、ちょっとしたお祭り騒ぎとなっていた。

 この裏通りにある家を出て表通りに行けば、多くの人々で溢れかえっている。露店も様々で、程度の差こそあれ、どこも一様に繁盛しているようだ。

 

「と、とんぬら、待った……?」

 

「待ったも何も一緒に家を出てきてるだろうに」

 

「そうだよね、うん!」

 

 “デート”と言ったのは、失敗だったろうかと早速思い始めたがもう後には引けない。

 

「ゆんゆん、そんな緊張することは」

「お、お腹空いてるよね! 朝食まだだったし! 私が買ってきてあげるね! いつも奢ってもらってるから! 遠慮しないで!」

 

 落ち着かせようとしたが、それより早く暴走してしまうパートナー。ここ最近の彼女のブレーキ具合を点検したい。

 

(……デートと言わなくても、同じようなことはもう何度もやって来てるだろうに)

 

 かくいうとんぬらもなんかこう無性に頬をかきたくなるような心境ではあるが。しかしそれにしても、どうにも焦燥というか切羽詰まっている感がする。

 それで、ひとりでおつかいに行ったゆんゆんは露店に出ている食べ物を物欲しそうに眺めつつ、店の周りをウロウロとしている。やがて狙いをつけてる露店に客がやってきては、談笑の後に3本ほど購入。それを見て、踏ん切りがついた彼女は露店に行き……前の客と同じように串焼きを3本買った。

 

 ……どうやらひとりで、露店で物を買うのは初めてなようで、なんて注文していいのかわからなかったのか。

 店を出たときの顔に『1本余計に買っちゃった』と明らかに出ていた。『読唇術』スキルなど使わずとも気落ちした表情から簡単に読み取れてしまう。

 

 投げたボールを取ってきた犬のように駆け足でこちらへ戻ってきたゆんゆんに、とんぬらは苦笑を堪えるよう片目を瞑りつつ、

 

「気が利くな、ゆんゆん。今日はお腹がやけに空いててな、1本じゃ足りないと思っていたところなんだ」

 

「そ、そうなの。……じゃなくて、そうでしょ! とんぬらのことはちゃんとお見通しなんだから」

 

 ぱぁと表情を明るくし、やっと余裕の出てきたゆんゆんはとんぬらに串焼き2本を手渡すと自身も幸せそうに串焼きを頬張る。

 それから二人は肩を並べて適当に出店を覗いていく。

 

「あ、『冬将軍』のぬいぐるみ……」

「あれが欲しいのか?」

 

 矢尻を丸くした本物の弓矢を使った射的場。

 カップル客がよく挑戦するところを見るに、デート中の男女に狙いを絞った露店のよう。置いてある景品を見れば女子が欲しそうな小物ばかりだ。

 

「じゃ、串焼きのお礼にさくっと取ってこようか」

 

 一回分の挑戦料を払い、店主のおじさんから弓と矢を受け取る。

 とんぬらは弓の調子を確かめるよう、張り詰めた弦をピンと弾いてから、矢を一本番える。

 

「なんだか手馴れてるねとんぬら」

 

「『アーチャー』の『弓』に『狙撃』スキルこそ持ってないが、何でも神主ならば弓矢の扱いは必須だとご先祖様からの教訓があってな」

 

 ストン、と狙っていた景品の頭に的中。

 その様に、ほう、と見惚れるゆんゆんは呆けて、

 

「撃つ姿勢も綺麗……とんぬらって本当に『アークウィザード』なの?」

 

「魔法使いだからって何でもかんでも魔力頼みじゃやってけないだろ」

 

 二の矢を番えながら、『悟りの書』に記された教訓を口ずさむ。

 

「『一射目は技術で、二射目が体力で、三射目は精神力で中てる。四射目は人格者でなければ中らない』……と予期せぬ神風がありそうな長距離は自信ないが、不確定要素の絡まないこの程度の距離なら持ち前の器用さでやれるさ。他に欲しいものがあるかゆんゆん? 俺は体力にも精神力にも自信はある。それから日頃の行いにもな」

 

「それじゃあ……」

 

 二の矢、三の矢と注文通りに的中させて見せる。中るたびに頬を赤くしたゆんゆんから拍手が送られ、それに調子を良くしてリズミカルに四の矢も成功させ、見事に皆中を達成。

 それから最後の五本目の矢を手に取って……番えず。弓と矢を添えて一緒にゆんゆんへ差し出す。

 

「じゃ、最後は、ゆんゆんがやってくれ」

 

「え……」

 

「本当は、ゆんゆんもやってみたかったんだろ?」

 

「でも、私、弓なんて初めてだし、絶対に中らない……」

 

「なら軽くレクチャーしようか」

 

 とんぬらは弓と矢を取らせると抱きしめるように腕を回し、背後からゆんゆんの両腕を取った。

 

「え、え、ええっ!?」

 

「まずは狙いのつけ方からだ。こうして姿勢を真っ直ぐにしてな」

 

 当然というかなんというか……ぼっちだった少女にはこれは過度な接触である。魔法使いながら前衛をこなせる彼の引き締まった胸の感触が、熱いくらいに背中越しに伝わってくる。

 

「構えに変なクセがつくと修正が大変だからな。弓は教わった方が、上達が早い」

 

「きゅ、急に抱きしめられちゃうと、その……心の準備が……」

 

 教えてくれるのは嬉しいが、正直余計に気が散ってしまう。

 

「肘を曲げず、手は水平……そう……そこから放った矢は弧を描いて飛ぶということも計算する。雷撃と違って真っ直ぐには行かないから、魔法とは勝手が違うぞ」

 

(あうあう……そんな、耳元で囁かれるのは……ぅぅ~~~っ)

 

 案の定、借りてきた猫のように畏縮してしまう。それを見たとんぬらは、更に体を密着させ、

 

「型が崩れているぞ。もう少しこう、真っ直ぐに……」

 

 やや強引にされど丁寧になった指導に、更に集中が乱れるゆんゆん。赤く危険信号を発してるだけではなく。グルグル目で軽くパニくってる。雑念が入りまくりである。

 

(困る、何というかこういうのすごく困るわよ~~っ!)

 

「おい、落ち着けゆんゆん。モンスターを相手にしてるわけじゃない。的だって逃げないんだから」

 

(私がもうとんぬらに捕まってるというか。何考えてるのよ私~~~っ!?)

 

 密着状態では中々気が落ち着くことはなく。目も><となったままでは狙いも定まらない。

 

「ほら、あそこにあるデカい雪精クッション。あれなら中てられるはず」

 

 とんぬらの声に導かれ、薄目で確認すると、雪精クッションの隣に何かが視界に入った。

 それは、石鹸。ただ、これまた器用に彫刻像のよう削られ、フィギュアのような精巧な飾り石鹸だ。石鹸と言えば、清潔な水が原材料であるのでアクシズ教団の特産物として売られているのだが、その横に置かれた『著・アクア』を見る限り、これはやはり知り合いの創作物のようだ。

 そして、その造形は……最小限にしか秘所を隠さぬ扇情的な下着姿のようなロリっ娘。それも見覚えのある。そうだ、あの夜に忍び入ったサキュバス――

 

「……とんぬら、目を瞑ってて」

 

「はあ? 突然、何を」

 

「い・い・か・ら」

 

「オーケーわかった」

 

 『絶対に見るな』と言外に滲ませながら一言一言区切る彼女に、仮面の少年は固く目を閉じた。

 

「お、お嬢ちゃん……? ウチは中てたらもらえるってことにしてるから、そんな力一杯に引き絞らなくても……」

 

 ぎりぃぃぃぃ……!

 

「ご存分にどうぞ」

 

 鬼気迫るプレッシャーに店主のおじさんも、口出しを控えた。

 ターゲットロックとばかりに◎◎と鋭く赤い眼光。悲鳴のような音を立てて限界までしなる弓。魔力が篭められていくかのように、赤く光りを放つ鏃。

 

「もう……さない……今度は……一発で……るッ!!」

 

 デビルスレイヤーゆんゆんの放った矢は雷撃魔法のように一直線に飛び、景品の中で最も小さいのを穿つ。

 丸くした矢尻であったのに、飾り石鹸が砕かれたのを見て、店主のおじさんは震えを禁じ得ない。これ以降、店主からお触れが発せられて、『仮面をつけた少年』には『楽園』に関する情報を一切伏せられることとなった。

 

 最後の五射目は、女子力(物理)で中てた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「さあ、次の挑戦者はー! 次の挑戦者はいませんかー?」

 

 声高らかに呼びかける露天商。

 彼の周りには人だかり、それも屈強な大男ばかり。

 

「おし! 次は俺が行くぜ!」

 

 我こそはと用意されたハンマーを手にしたのは、筋骨隆々の冒険者。

 普段着姿なので職業まではわからないが、その体格から間違いなく前衛職。

 

「だあああああああ!」

 

 気合を入れて大きく振りかぶったハンマーを、地面に、そこに置かれた小石に叩きつける。

 渾身の一撃を喰らったその石からは小さな火花が飛び散った、が無傷。

 

「クソッ、これでもダメか……」

 

 悔しそうに呟く男を見て、露天商が周囲を煽らんと場を盛り上げる。

 

「今回のお兄さんも無理でした! さあ、次の賞金は12万5000エリス! 参加費は1万エリスだよ! お客さん一人が失敗する毎に、5000エリスが賞金に上乗せされます! 腕力自慢はいませんか? 魔法を使っても結構ですよ! これを破壊できるものは、一流冒険者を名乗っても良いと言われる『アダマンタイト』! さあ、ご自分の腕を試したいと思いませんか?」

 

 射的場からぶらついたとんぬらは、ゆんゆんに訊ねる。

 

「魔法を使っても良いそうだ。ゆんゆん、『アダマンタイト砕き』やってみるか?」

 

「いくら上級魔法を使えても私じゃ無理よ、『アダマンタイト』なんて……。それこそ高破壊力を持つ、爆発系の魔法でもないと。爆裂魔法なんて無茶は言わないけど、爆発魔法か、せめて炸裂魔法は使わないと……」

 

 苦笑して返される。

 そんなやりとりをしてる間にも、列に並ぶ挑戦者たちは次々と挑戦していき、散っていく。

 あっという間に賞金は、20万を超えていて、人だかりも雪だるま式に増していく。露天商のおじさんはますます調子に乗って、声を張る。

 

「この街の冒険者には、『アダマンタイト』は荷が重かったのでしょうか! 機動要塞『デストロイヤー』を倒したと聞き、わざわざこの街にやって来たのですが? さあ、このまま、誰にも破壊できないのでしょうか! さあ、さあ、さあ! 挑戦者はいないのかっ!?」

 

 絶好調になる口上。冒険者たちは、互いにつつき合い、お前が行けと促す。この挑発が露天商の作戦だとみんなわかっている。それでも、このまま誰も破壊できないというのは冒険者として忸怩たる思いだ。

 それに……

 

「マズい。あれは、どこかの天才バカの琴線を刺激し過ぎる」

 

「うん……あんなの見たら、間違いなく爆裂魔法をぶっ放そうとするわね」

 

 二人は同郷の問題児を脳裏に浮かべ、危機意識を共有。

 爆裂娘がやってくる前に『アダマンタイト砕き』は店仕舞いにさせてやらねば、大変なことになる。

 

「仕方がない。……俺が行くか」

 

「大丈夫なの? 奇跡魔法って、その当たり外れがあるし、隕石なんて落としたら爆裂魔法以上の被害になりそうなんだけど」

 

「俺を奇跡魔法だけの男と侮ってくれるなゆんゆん。紅魔族随一の神主代行でもあるが、元国随一の宮廷魔導士の弟子でもあるんだぞ? それに偶に魔法を使ってるところを見せないと俺が『アークウィザード』なのか疑問を持たれるからな」

 

「だったら、ちゃんと中級魔法か上級魔法を覚えなさいよもう……頑張ってね、とんぬら」

 

 ゆんゆんの応援を背に受けて、とんぬらは人混みをかき分けて露天商の前に立つ。

 

「あいつは怪物ルーキー……!」

「紅魔族なのに前衛やっている紅魔族の変異種……!」

「『アダマンタイト』も魔法(物理)でやっちまうのか!」

 

 前に出た瞬間、周囲の冒険者たちが騒めく。散々な言われようで、顔は覚えられていても魔法使いとしての認知度が低い。一方、初顔合わせとなる露天商は、ほいほいとやってきたお得意様、それも子供ににんまりと笑う。

 

「おおっと、今度のチャレンジャーは子供のようだ! 皆さん、応援してあげてください! きっと記念になるでしょうから!」

 

「いや、道具(ハンマー)はいらん。俺は『アークウィザード』だからな」

 

 露天商が差し出すハンマーを断り、両手を前に突き出す。

 

「『ティンダー』! 『フリーズ』!」

 

 唱えたのは、初級魔法。

 右手に炎を、左手に氷を。同時に魔法を行使する腕前は、なかなかの制御力だろうが、それでも所詮、初級魔法。露天商は失笑してしまう。

 上級魔法であっても破壊困難な『アダマンタイト』をそんなお子様な魔法では傷ひとつつけるのも無理だろう。『アークウィザード』というからにはとんでもない魔法が飛び出すかと内心身構えたが、これでは……

 

「――錬成ッ!」

 

 手を合わせ、炎と氷の魔法が『錬金術』スキルで混ざり合う。そして、弓を引くように腕を構えると右手と左手につきたてのお餅のように伸びる光。それは徐々に収束されて細く細く引き絞られていく。

 魔法を合体させた……!?

 この異様な現象は、周囲の喧騒を黙らせ、観客らの息を飲ませ、注目を一点に集めさせる。

 そして、

 

 

「『メヒャド』――ッ!!」

 

 

 激しくスパークして放たれた小さな光の矢が、『アダマンタイト』鉱石を射抜き、地面に風穴を開けて煙を上げる。破壊力が一点に凝縮されているからか、着弾箇所のみを破壊して、その周りには罅ひとつ生じさせていない。

 そして、一点集中の破壊は、鉱石を粉々に砕け散らせていた。

 

「我が名はとんぬら! 紅魔族随一の異才にして、一流冒険者を名乗る者!」

 

 とんぬらが口上を上げると共に、冒険者たちがワッと歓声を上げた。

 ゆんゆんも目を輝かせてパチパチと拍手を送っている。これまでの鬱憤を解消できた中々上出来な見世物になったようだ。

 

「しょ、初級魔法で、『アダマンタイト』を……?」

 

「じゃ、賞金は頂いていくな」

 

 あんぐりと口と目を大きく開けて呆然とする露天商から催促して賞金をゲットしたとんぬらは、とっとと場を後にする。

 

「やっぱ、紅魔族はどいつもこいつも頭がおかしい!」

「ま、ドンマイだ。でも、これで運が良かったんだぜ!」

「ああ、本当に頭がおかしい爆裂娘だったら街が吹っ飛んでたろうからな!」

 

 ガハハッと笑いながら、意気消沈する露天商の肩を叩いて、陽気に慰める冒険者たち。

 頭がおかしいが定着してしまった紅魔族の評判を回復することは叶わなかったが、魔法使いとしての名声は高められたようだ。

 

 それでまだ興奮冷めきらぬと煌々とした目が物語る相方が飛びつくようにお出迎えされた。

 

「え、今の初級魔法よね!? それで、なんで『アダマンタイト』を破壊できるの!? どうなってるのとんぬら!?」

 

「落ち着け、ゆんゆん」

 

「落ち着いてなんかいられないわよもう! ちゃんと説明してとんぬら!」

 

「わかったわかった。説明する。と言っても、種明かしはそんな難しいことじゃない。爆発系の魔法は、火と風の複合属性だと言うだろ? さっきのあれは火と氷の属性を、爆発系と同じように複合属性にしたんだ」

 

「簡単に言ってくれるけど、それって簡単に出来ることじゃないわよね……火と氷なんて、普通は混ぜ合わせられないし」

 

「その不可能を『錬金術』スキルで可能にする。そして、相反する冷気と熱気を同一合成させることで、あらゆる物質を破壊する魔法力を生み出すのが、ロマンあふれる消滅魔法だ。お師匠様が考案したオリジナルの魔法というか、技法だよ。

 まあ、本来なら、上級魔法でやるんだが、俺は上級魔法を習得してないしな。だから、難易度を低くした消滅魔法の初級魔法バージョンってとこだ」

 

「それでも、『アダマンタイト』を破壊できるなんて……本当に爆発系と同等の破壊力があるんじゃない?」

 

「ああ、その通りだ。たった一度だけ、ダンジョンに新しい通路を掘るとかで極大消滅魔法をみせてもらったことがあったが、あの威力は爆裂魔法にも劣らなかった。範囲では負けても、一点に絞った貫通力は上だろうな」

 

 とはいえ、これは、スキルポイントで得られる魔法スキルではない、システム外スキルだ。教えられてできるようなものではない。上級魔法を同時行使し、かつ完全制御するなどリッチーとなった宮廷魔導士が長い時間をかけてやっと究められたもので、同じことをやるには人間の寿命ではとても足らないだろう。よほどの才能がなければ、極大消滅魔法は到底無理。これは紅魔族の里の大人達でもいるかいないかだ。

 

 

 そうして、魔法談義に花を咲かせながらとんぬらとゆんゆんが去った後で、入れ違いに同郷の『アークウィザード』とその保護者が露店の前に現れた。

 

「くっ……! 真打ちが登場したというのに、もう店仕舞いだなんて……! これもカズマがもたつくから! 折角、爆発ソムリエのあなたに感動を共有させてやろうと思ったのに!」

「俺としてはめぐみんが来る前に店仕舞いしてくれてめちゃくちゃ安心してるんだが。こんな街中で爆裂魔法なんてぶっ放したら、正真正銘のテロリストになるじゃねーか」

「ああっ! 破壊できたのに! 我が爆裂魔法なら、間違いなく破壊できたのに! 店主! 紅魔族随一の天才に先んじて、『アダマンタイト砕き』をしてくれたのはどこのどいつですか!」

「ひいいいいっ!」

「オイ止めろ! おっちゃんにつっかかるな!」

「あ、あんたと同じ紅魔族だよ! 仮面をつけてて、それで『とんぬら』と名乗り上げてた」

「何ですと! やってくれましたね紅魔族の変異種! この私から『アダマンタイトブレイカー』の称号を奪ってくれるとは!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「お、王国随一の芸人であるこのパノンが……」

 

 路上パフォーマンスが盛んに行われていたその歩行者天国は、独壇場だった。

 その者は、道行く人々に芸を披露してお金を稼いでいた芸人の隣でもっと凄い芸を無償でやり、集めた客たちの注目を奪ってしまう。連戦連勝とこのストリートにいた全員の芸人を泣かせて、そして、人々を笑わせる。

 この行いに『田舎に帰って実家の農業を継ぐ僕にはもう、必要のないものですからどうぞ受け取ってください』などと芸人たちは己の仕事道具を彼女へ渡し、去っていく。

 

「さあ、最後に拝みなさい、フィナーレの『花鳥風月』!」

 

 そんな芸人の人生を狂わせていく青き髪の覇王が披露する水芸――その水飛沫が、キラキラと輝く六花に変わった。

 

「『氷の魔女』との戦いの果てにオリジナル宴会芸スキルに昇華した、『雪月花』を超えた『雪月花』……これぞ、『風花雪月』!」

 

 氷の花吹雪を散らして、この歩行者天国に現れたのは、扇を構える仮面の少年。

 

「横槍は無粋と百も承知。しかし、貴女様の芸を魅せられては、こちらも芸を返さずにはいられない! この芸人の性ゆえに!」

 

「構わないわ、ここにいるのは同じ芸人、無礼講よ! ならばこそ、この水の女神に奉納してみせなさいあなたの魂の芸能を!」

 

「感謝する! いざ、神の一手に挑ませてもらおうか!」

 

 

 十分後、ゆんゆんの前に完全燃焼してひとり膝をついたパートナーの姿があった。

 

「クッ……! まだ頂点は遥か、か……」

 

「観客は皆大盛況だったじゃない。私から見ても、とんぬらとアクアさんにそれほど差はないように思えたけど?」

 

「これは、同じ芸の道を行く者の目線でなければわからないんだゆんゆん。だが、これで初心を思い出せた。これから、もっと宴会芸を究めないと!」

 

「魔法を究めなさいよ魔法を! あなた『アークウィザード』でしょ!」

 

 励ますというか説教して立ち直させたとんぬらは、ゆんゆんを近場の喫茶店へランチに誘うと、神妙な顔を作り、

 

「ゆんゆん、少し大事な話がある」

 

 ゴクリと唾を呑み込んで、ゆんゆんは恐る恐る……

 

「わ、別れ話?」

 

「なんでそうなる」

 

「だ、だって、とんぬらがデートなんて言うから……」

 

 ご先祖様の話ではないが、パルプンテってる。

 

「とんぬらは優しいから、別れる前に思い出作りをしてくれたのかな、って……」

 

「そんな死刑囚へ送る最後の贅沢な食事のようなサービスはした覚えはないからな。違うぞ」

 

 どこか焦っていた理由はこれだったのか。否定されて安堵の息を零すゆんゆんに、しょうがないなととんぬらも溜息を吐く。

 

「じゃあ、話って何なの?」

 

「今のごたごたが片付いたら、里へ帰らないか?」

 

 この提案に、ゆんゆんは驚いたように目を瞬きさせる。

 

「え……それじゃあ、『アクセル』を拠点に冒険者をするのをやめるってこと……?」

 

「それは、里に帰ってから考える。里からの手紙で早く帰ってくるよう催促されてるから、一度は顔見せに行かないと向こうも心配するだろうと思ってな。

 ……ただ、ゆんゆんは、紅魔族の次期族長……言ってみれば、大事なお姫様だ。だから、上級魔法を覚えたことを機に、危険な冒険者稼業も潮時とするのもアリなのかもしれない。そのあたりも族長と改めて相談する必要があるだろうな」

 

「お父さんと……」

 

 『いずれ紅魔族の長となる者』と自ら名乗りを上げているように、ゆんゆん自身にも己が里の珠玉であることの自覚は持っているだろう。

 

「『ドラゴンナイト』はまだ直接は会えてないけど、『竜言語魔法』という収穫がある。これは十分な成果とみても良いはずだ。……だから、ゆんゆんが里に居たいのなら、それでいいと俺は思っている」

 

「とんぬらは……どうするの?」

 

「そうだな。お師匠様との約束を果たしたい。だから、それを叶えるまでは里に居付くつもりはないが……いつまでも神社の管理を族長に任せきりにするのは無責任だし、終わったら里に帰るかもしれないな」

 

「そう……じゃあ、私もそれに付き合うわ! めぐみんとの決着だってあるし! ……でも、お父さんに反対されたら……」

 

「あれやこれと考える前に、まずは一度里に帰って、族長と話し合う方が良いだろ。……それでもし、ゆんゆんが族長に反対されても冒険者を続けたいなら、そのときは……パートナーの側についてやるさ」

 

 その言葉に、ゆんゆんはどこか期待するような上擦った声で、

 

「わ、私を、攫ってってくれるの……?」

 

「いや、そんな真似はしない」

 

「そ、う」

 

 しょんぼりと視線が下に向くパートナー。

 期待通りの答えではないのは、わかってはいるのだが、とんぬらにはできそうもない。だって、

 

「ゆんゆん、族長はそれほど堅物な人だったか?」

 

「え……」

 

「さっきはお姫様だと言ったけど、本当のお姫様とは違うだろ? 『悪い魔法使い』や『最年少のドラゴンナイト』が相手をしたのは、国を背負う王様だった。まあ、紅魔族の里の総力は魔王軍でも相手したくないほどだろうけど、族長は娘を里に閉じ込めて、籠の鳥とするような人じゃない。実際、こうして武者修行を許してくれているんだからな」

 

「あ」

 

「あの人は族長だけど、同時に紅魔族。話が通用しない人じゃないよ」

 

 先人と比べれば恵まれている。

 それに美辞麗句で飾り立てようにも先人の話は、失敗談であろう。

 『悪い魔法使い』は人間を辞めて暗い地下のダンジョンに篭るようになり、『最年少のドラゴンナイト』は下級貴族としての地位も家も、竜騎士の称号も失った。悲劇である方が、話は盛り上がるのだろうが、生憎と、そんな自虐ネタで場を沸かす気はとんぬらにはない。

 

「俺はその一時限りの幸せだけで満足させる気はないし、満足する気もない。面倒を見ると決めたのなら、一生分を見てやるさ。だから、認めさせる。……娘を預けても大丈夫だってな」

 

「そ、そそそれって、つまり!」

 

「……そうだな。俺はゆんゆんを単なるパートナーとしてじゃなく……」

 

 一旦、そこで間をおいて、大きく深呼吸した。そのとき、

 

 

「――ったく、どうなってる? 『キールのダンジョン』に潜ったら高レベルモンスターがうじゃうじゃと出てきやがった……!?」

「ああ、あんなおっかない場所なんて近づかねぇ方が良い。すぐギルド本部へ報告しないと!」

 

 

 店に入ってきた二人組の冒険者の愚痴が耳に入った。

 ……『キールのダンジョン』で、異常事態だと?

 

「すまん、ゆんゆん……!」

「とんぬら!?」

 

 とんぬらの頭からゆんゆんへ言いかけた言葉が吹っ飛んでしまうほど、聞き捨てならない内容。話の途中であったがとても無視できず、すぐさま席を立ち、彼らを引き止めた。

 

「なあ、あんたら、その話、詳しく聞かせてくれないか?」

 

 

 そして、知る。

 駆け出し冒険者御用達であった『キールのダンジョン』が、高レベルモンスターの巣窟となり、そこから溢れ出たオーガゾンビやトロールがダンジョン近辺を荒らし回っていることを。

 その原因が、ダンジョン主が暴走しているせいであると噂されているとも。

 

 ギルド本部は事態を深刻とみて、かつて上位悪魔ホーストと魔王幹部ベルディア同様、王都へ大至急に依頼する。

 暴走するダンジョン主リッチー・キールの討伐を。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 あれからすぐにギルド本部へ行った。

 冒険者ギルドより近づくのを禁じられたが、これまで上位悪魔と魔王幹部らを撃破してきた実績もあることから、王都から派遣された騎士団が到着するまでの、“実地調査”の依頼としてダンジョンに立ち入ることが許可された。

 そして、魔道具店でダンジョン探索に使えそうな道具を見繕って準備を済ませ、明日の調査のための英気を養うために早めに家で休むことにする。

 

「……とんぬら、そのクエスト、受けるの?」

 

 寝室に入ると、思い詰めたような表情のゆんゆんが、

 

「もしもリッチーと戦闘になったら死んじゃうかもしれないのよ。だったら、騎士団が来るまでダンジョンから出てきたモンスターだけを退治して、被害が出ないように現状維持さえしてれば、十分……」

 

 いつもは自分が貧乏くじを引いてでも誰かを助けようとする、正義感が強くお人好しのゆんゆんが、そんな珍しいことを言ってきた。

 里を出てからいろんな経験を積んで成長したのかもしれない。ちょっとだけ世渡りを覚えたようだが、それ以上にこの提案は、相方を慮ってのものだろう。

 

「そうだな、暴走しているだなんて信じたくない。だって、お師匠様だ。恩人だ。……だからこそ、他の、何も知らない冒険者に騎士団に倒されるのなら、俺が……引導を渡す」

 

「無理、してない?」

 

「ここで無理してでも行かなかったら、これから先ずっと後悔する」

 

「……とんぬらは、凄いね。リッチー相手に、挑みに行くなんて。それも、お師匠様なのに」

 

「師匠を超えることこそが弟子にできる最大の孝行だろ」

 

「そう、だね。でも、私が知り合いとどうしても戦わなくちゃいけなくなったら、部屋に引き籠って、うじうじと悩んでたと思うよ」

 

 テーブルひとつを挟んで並んだツインベッド。互いのベッドに腰を下ろして、言葉を続ける。

 

「正直に言うとね? 最初、奇跡魔法なんて覚えてるとんぬらは、男子クラスの首席だけどめぐみん以上に頭が悪い子だと思ったわ」

 

「おい」

 

「でも、そのあとにめぐみんが爆裂魔法を覚えたから、ああ、首席二人はどっこいどっこいの馬鹿なんだなあって思ったから!」

 

「それは何の慰めにもなってないぞ」

 

「奇跡魔法を滑ったら、宴会芸で誤魔化そうとして格好つけるのなんて……。もう、もうね……」

 

「その辺は思い返すと恥ずかしい黒歴史だから、あまりほじくり返さないでくれないか」

 

「――でも」

 

 そこで、ゆんゆんは布団に潜り込む、

 

「でも、奇跡魔法で何度も奇跡を叶えてきたとんぬらは、いつだって格好良いし、凄いと思ってるし……」

 

 布団を被ってもわかるくらいに目を赤く光らせて、

 

「単なるパートナー、だって言い訳はもうしたくない、かな」

 

 おやすみ! と寝てしまう。

 それに、とんぬらは、気恥ずかしそうに頬を掻くと、消灯して、静かに就寝の挨拶を口にした。

 

 

 ……寝れない。

 床に就く前にあんな告白をしてしまったのだから、恥ずかしさに悶えて眠れない。……それに、眠るつもりはなかった。

 

 とんぬらは、首席でめぐみんにも負けないくらい優秀な成績を収めていて、僧侶の資質もある賢者タイプで、魔法使いだけど剣も弓も扱えて、普通では考えつかないようなことをやってのけて……私の前ではいつも不敵で、強がろうとしてくれている。

 大抵のことを何でもやれてしまう器用貧乏というか完璧超人であるからなのもあるけど、これまで一度だって、このパートナーにも、弱みというのを見せたことがない。

 めぐみんだって、一度だけ、爆裂魔法のことで不安を打ち明けられたことがあるのに、とんぬらは、ないのだ。

 

 ……でも、わかる。

 いつだって見てきた彼のことだから、本当は、こんな形で師匠に挑みたくないことくらい、お見通しだ。本当はもっと時間をかけて覚悟を決めたかったはずなんだ。

 後悔するというのは本音でも、もしこれで師匠を斃したら禍根を残す。きっと。

 

 ゆんゆんは、音を立てず、身体を起こす。

 

(やっぱり、とんぬらは戦っちゃダメだよ)

 

 これは、勝率の問題じゃない。

 

(だから、私が、戦うわ)

 

 たったひとりで、リッチーに挑もうとするなんて、自殺行為も同然だ。

 だからそこは、めぐみんたちに頼もうと考えてる。

 『アーチャー』の『千里眼』に、『盗賊』の『潜伏』、『敵感知』とダンジョンに有利なスキルを持った『冒険者』のカズマさん、

 あのデュラハンにだって効くほど強力な神聖魔法が使える『アークプリースト』のアクアさん、

 そして、爆裂魔法を操るめぐみん。

 『クルセイダー』のダクネスさんに、それから元凄腕冒険者のウィズさんは新しい魔道具を仕入れようと出張していて、今はいないけど、彼らの協力が得られたらとても心強い。ひとりじゃ、戦いを挑む勇気はないけど、これならきっと……とんぬらがいなくても、いけるはず。

 

「とんぬら、ごめんね」

 

 寝息を立てる彼に、小さな声で謝り、そっと銀色のワンドを向け、睡眠魔法『スリープ』を唱え――

 

「謝らなくていいぞ、ゆんゆん」

「ッ!?」

 

 ガバッと急に起きたとんぬらに杖を持った右手を掴まれ、そのまま抱き込むようにベッドへ押し倒される。

 

「起きてたの!?」

 

「そりゃ寝る前にあんなことを言われたらこっちも悶々とする。……それに、考えることは一緒みたいだからな」

 

「え」

 

「でも、紅魔族にとって、美味しいところを持っていかれるのは何よりの屈辱だし、俺個人としてもこればっかりは譲ることができない。こっちの我儘を通させてもらうぞ」

 

 チクッと微かに身体に刺さる痛み。

 反射的にその方を見れば、ゆんゆんの杖腕を押さえてる手とは逆の手で一本の矢を握っていた。

 それは、ゆんゆんの『スリープ』の魔法が封入された、破魔矢だ。どうやら、とんぬらは準備万端に構えていて……

 

「おやすみ、お姫様」

 

 自分自身の魔法を受け、抗い難い睡魔が襲っ――

 

 

 ♢♢♢

 

 

「……エリー、ゆんゆんが起きたら、鎮静作用のあるスープを馳走してやってくれ。きっとカッカと荒れるだろうから」

 

「リョウカイシマシタ、ますたー」

 

 準備支度を整えたとんぬらはこれ以上寝顔を覗いて未練が出来てしまう前に頬を一撫でして見納める。『来るのならカズマパーティを頼り、そして帰ってこないと判断すればめぐみんの爆裂魔法で魔物が溢れ出す出入り口を封鎖するように』としたためた置手紙を昏睡するゆんゆんの枕元に忍ばせて、外に出ると、豹モンスターのゲレゲレを呼ぶ。

 

「がう~~っ」

 

「眠ってるところを悪いなゲレゲレ。だが、お前の脚で、誰よりも早く、俺をダンジョンへ連れてって欲しい。半日かかる道のりでもゲレゲレなら1時間で行けるはずだ」


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