この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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4話

 三歳から九年間、親に連れられ里の外を旅していた紅魔族随一の神主代行とんぬらには、師と呼べる者が3人いる。

 

 ひとりは、奇跡魔法を伝授した父親の紅魔族随一の神主。

 そして、奇跡魔法の複合属性である水と土にそれぞれひとりずつ。

 

 ひとりは、初めて冒険者カードを作った水と温泉の都で知己だと父親から紹介された、次期最高司祭の教団最高責任者。

 もうひとりは、初めてひとりで挑んだダンジョンで、地の底に迷い込んだ先で出会った、自らモンスターになった悪い魔法使い。

 そして、『青は藍より出でて藍より青し』ととんぬらは師を超えることこそ弟子として孝行者であり、両方を乗り越えるべき壁と定めている。ただし抱く感情は、逆ベクトルである。

 悪い魔法使いには、尊敬と感謝の念しかなく、将来成長した力で不死から解放させてみせると誓い、

 次期最高司祭にはいろいろと恨みが積もっていて、その教団を将来ぶっ潰すと誓っている。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「………」

 

 この文武両道を地で行く、成績でいつも二番手の好成績を取る自称ライバルとやらは実は頭が悪いんじゃないんだろうか?

 

「お、おはよう、めぐみん」

 

 朝、教室に入ると、“左目に眼帯を付けた”ゆんゆんを見つけた。

 片目が視えないことに慣れてるようには見えず、歩く姿はどこかふらふらとしている。

 あの(紅魔族の中で)変わり者で、そのようなオシャレには拒否反応が出るのに今日に限って眼帯をしていて、それも似合わないという残念さ。

 本当にめんどうくさい乙女心だ。よく『恋は人を変える』といわれるのはプラス方面ばかりだと思ってたが、どうやらケースバイケースらしい。ただでさえぼっちなのに、今、彼女は知人だと思われたくないレベルだ。

 思わずこれの面倒を見ていた猫耳フェチの“こん畜生”を聖人であるかのように尊敬してしまったではないか。

 

「ね、ねぇ、今、私どう見えるかしら?」

 

「とっても――アホに見えますよゆんゆん」

 

「ええ!? そうなの!? ど、どこが悪いのめぐみん!?」

 

「有体に言えば、頭でしょうね。ほら、いいからその似合わない眼帯を外しなさい」

 

「ま、待ってよ! まだ見せてないから……」

 

 眼帯を分捕ってやろうとするこちらに抵抗し、頭を抱え込んでガードする色々と拗らせてしまってるぼっち少女。きっとあの“こん畜生”も今のゆんゆんを見れば、頭を抱えること請け合いだ。これ以上恥を上塗りさせる前に止めてやるのがこの娘のためだろう

 

「おはようめぐみん」

 

 どうにかこのアホなぼっち娘から眼帯を毟りとれたそのとき、めぐみんの後ろより声がかけられる。反応して振り向けば、そこに本家眼帯少女が……

 

「あるえ、おは――」

 

 姿を見て、固まってしまう。本日二度目の硬直。

 それは、取られた眼帯を奪い返そうとしていたゆんゆんも、大きく瞠目してしまってる。

 眠たげに小さく欠伸を零す彼女に、震える指先を向け、

 

「あるえ、その、頭のそれは……」

 

「ああ、これかい?」

 

 いつも蝙蝠羽のリボンを付けていたところが、今日は違っていた。

 ふさふさの黒毛の生える、あの猫耳バンドに。

 

「イメチェン、かな」

 

 そう、女子クラスで一番大人っぽいミステリアスな少女は、意味深に微笑んで見せたのであった。

 

 

「……めぐみん! …………あとゆんゆん!」

 

「………」

 

 そして、アホなぼっち少女は敗北感に打ちひしがれるように、HRが始まって、珍しく自分の名前を呼ばれたのに真っ白になって固まったままだった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

『先日、里のニート……手の空いていた勇敢なる者たちを引き連れ、里周辺のモンスターを駆除したことは知っているな? おかげで現在、里の周りには強いモンスターがいない。弱いモンスターはあえて残してもらって、危険なものだけを駆除してもらった。今日、昼休みの後の午後は野外での実戦をするので、準備のあるものはそれまでに済ませておくように! 以上だ』

 

 予想通り。今日は、我が紅魔族に伝わる『養殖』が行われることとなった。

 だけど、予想以上にあのぼっち娘はめんどうくさかった。

 

「……、……。……ぁ、……」

 

 本家眼帯娘のあるえは今日はやけに寝不足なのか、昼食も取らず机に突っ伏して寝ている。

 そして、なんちゃって眼帯娘のゆんゆんはあれからまた眼帯を付けるようになった。とりあえず周りには病気だと言っておいた。目ではなく頭のとは言わなかったが。なんにせよ普通の社会であれば突っ込まれただろうが、ここは紅魔の里。眼帯スタイルは十分自然体の範疇に入ってる。

 

 それからというものの、休み時間となるたびにしょっちゅうソワソワと教室の扉の方を期待するように窺ったり、眼帯の位置を直したり、または掃除でもないのにロッカーを開けたりする奇行が目立つ。本当にイラッと来る感じに目につく。

 もうこのころになるとめぐみんは無視するようにしてたのだが、それでも視界に入ってくるのだこのぼっち娘は。

 

(どうして今日は来ないんですかあの“こん畜生”は!)

 

 自分が言っても聞きやしないのは今朝にわかっていたので、このぼっち娘をおかしくさせてる元凶であり同時に正道に諭せるだろう神主代行の到来をめぐみんも待ち望んでいたわけだが、一向に来やしない。ついでに紅魔族随一の天才の肩書を賭けての勝負を挑もうとしていたが来ないと話にならない。いや別に約束してるわけではないのだが、それでも恨まずにはいられないのだ。

 この心境を例えるなら、図書室にある剣客商売を題材にした小説に登場する『大剣豪ミヤモトムサシ』に盛大に遅刻されてイライラさせられた『大剣豪ササキコジロウ』だ。

 『養殖』に向けて英気を養いたいところなのに、これでは全く集中できない。

 もう、何だっていいから、気を紛らわしてくれるものが来てくれ――と、

 

 

「――ちょっとゆんゆん。今日のあんた、いつもより挙動不審だけどどうしたの? ここ最近友達作りに励んでたみたいだけど、それならあたしがなってあげよっか?」

 

 

 突然、横合いから声をかけてきたのは、クラスメイトの…………ふにくら?

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ふにふらでした。

 

「でさー、絶対あの人って、あたしに気があると思うわけよ!」

 

 あれから誘われたゆんゆん、そのゆんゆんの持つ弁当をライフラインとするめぐみんは、クラスメイトのふにふらとどどんこたちと一緒に食事をとることにした。

 『友達になりましょ?』という万年ぼっちの胸を衝く殺し文句には、今のゆんゆんであっても抵抗できぬ効果を発揮したようで、喜び勇んで彼女の誘いに乗った。

 

「でもどうしよう、あたしってさ、ほら、前世で、生まれ変わったら次も一緒になろうって誓い合った相手がいるじゃん? だからこれって浮気? みたいなね」

 

「いいんじゃないの、前世は前世、今は今。私の運命の相手は最も深いダンジョンの底に封印されてるイケメンな設定……じゃない、そのはずだから、私の場合は早く魔法を覚えて彼を助けに行かないとだし」

 

 まるで理解できない、痛々しい会話である。

 けれど、女が三人集まれば姦しいとは言うものの、その喧しさにぼっち娘は幾分か気が晴れてくれたようだ。

 

「そ、そうなんだ、凄いね二人とも!」

 

 人付き合いに緊張しながらも、笑みを作って相槌を打つ。

 脳内で作られた恋人の話と現実がごっちゃになった謎の恋バナだが、空想の友人(イマジナリーフレンド)をもつゆんゆんにはついていける。

 よしよし。この調子なら元に……と安心するにはまだ早かった。

 

「で、ゆんゆんは? ゆんゆんの好みのタイプ……じゃないや、前世での恋人ってどんな人だったの?」

 

「私!? その、頼りがいがあって、引っ張ってくれる感じで、私がどんな話をしても『わかったわかった』って言いながら最後まで付き合ってくれる、優しい人が……」

 

 その口調は誰がモデルなのか? 頭の賢い紅魔族でなかったとしてもめぐみんはわかっただろう。

 『物静かで大人しい感じで、私がその日にあった出来事を話すのを、隣で『うんうん』って聞いてくれる優しい人が……』とこの前言ってた内容と微妙に違ってきてるし、未練タラタラだこのぼっち。

 でも、セーフだ。当人も気づかず無意識に言ってしまってるようだから。このまま何事もなく――とはいかなかった。

 

「そういえば、あるえもやるわよねー。昨日、とんぬらを部屋に連れ込んだらしいわよ」

「あ、見た見た。二人一緒に手を繋いで帰ってたわね。あるえがあんなに楽しそうにしてたの初めて見たかも」

 

「――はい、私の前世は破壊神のはずでしたから、恋人はいませんでした。でも、浮気する野郎は見つけ次第爆裂魔法をぶち込んでやりましたよ」

 

 ブレーカーの落ちたゆんゆんを回収し、めぐみんはその話題が聴こえない距離まで引き摺って行った。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「――というわけで、紅魔族随一の天才の肩書を賭けて、勝負しますよ」

 

「何が“というわけ”なんだ。ちゃんと略さず説明しろ首席」

 

 野外実習の時間となり、森の中に男女クラス集合。そこへクラスメイトと話しながらのこのことやってきた“こん畜生”の前にめぐみんは立ちはだかり、ズビシッと指を差す。

 

「この期に及んで今更何もわからないとは言わせませんよ! さあ今のうちに自分が仕出かした罪を数えると良いです」

 

「すまん。いや、本当、わからん」

 

 何故こんなにもめぐみんが怒り狂ってるのかわからないとんぬらは、事情を知ってそうな少女の姿を捜し――ぬっとその視界を遮るよう、小さな体が割って入る。

 

「ゆんゆんに近寄らないでもらえますか、彼女に猫耳を強制する変態神主」

 

「おい、変態神主ってなんだ? 謂れのない罪でキレられるのは俺は非常に嫌なんだが。今日はやけに敵意剥き出しだな首席」

 

「ふん。あなたと私はいずれ覇を争う者同士なのはわかっていたではありませんか」

 

「まだ覚えてないくせに、それはいささか気が早いんじゃないか首席」

 

「ええ、私がまだ魔法を覚えてなくて命拾いしましたね。この溜まりに溜まった鬱憤を火力に変えてぶつけてやってましたから」

 

「それほどにか……わかった、いいだろう。勝負を受ける」

 

 勝負に乗った。

 めぐみんの瞳が赤く燃える。

 

「負けたら金輪際、ゆんゆんに話しかけないでください」

 

「……もう氏子の勧誘はやってないつもりなんだが」

 

「それはあなたが勝手にやったことです。私には何も話は通されていませんし、撤回したつもりもありません」

 

「そうだったな。てっきりゆんゆんから聞かされてるものだとばかり思ってた」

 

 いや、ゆんゆんからその件は話された。というか、ここ最近はこの“こん畜生”のことばかり聞かされてた気がする。

 

「まあ別にあのぼっちに構わなくなればあなたも結構ではないですか。彼女との時間も増えますよ」

 

 とにかくこのままではいつまでも引き摺りそうな自称ライバルに変わって、自分が面倒を見てやるのだとめぐみんは決めたのだ。

 『養殖』の狩りでどちらがより大物を倒すかと決まったところで、とんぬらはこの合同授業での相方を務めるはずだったクラスメイトに声をかけた。

 

「もょもと、すまんが、お前とのパーティはなかったことにしてくれ」

 

「……おい、ひとりでいく気か、とんぬら! 奴の力は強大だ。これまで我々の世代で敵う者は一人もいなかった魔王だぞ!」

 

「俺が来るまでは、な。どうやらこの頂上決戦は避けられない運命(さだめ)のようだ。ここは、ひとりで行かせてほしい」

 

「ふっ、わかったぜ。そこまで言うなら俺は手出ししねぇよ。だがその前に言わせてくれ。とんぬら、お前が、ナンバーワンだ」

 

「ああ、伝説に終止符を打ってこよう」

 

「みんなで祝杯を用意して待ってるからな」

 

 男子同士のノリのいいテンポでグータッチし、不敵な笑みを交わすふたり。

 

 

「……どうして私が魔王に……いえ、将来は魔王を倒し新たなる魔王として君臨するつもりですが、この流れはヤバい気がします! 確かこの前の授業でぷっちん先生が言っていた戦闘中にやらせてはいけない展開に酷似してる気が……」

 

 紅魔族が戦闘で勝つために最も大事とするのは、仲間でも、火力でもない。戦闘前のやりとりでフラグを立てることだ。

 これさえ間違えなければ、たとえ武器が大根一本だろうと、ひとりで百万の軍勢に立ち向かおうが死ぬことはなく、逆に、どんな強大な力を持っていても『冥途の土産に教えてやろう。我の戦闘力は53万です』や『私に勝つ確率は0.1%だ。貴様らの敗北は決定してる』などとのたまうと、高い確率で死ぬ。

 

 と紅魔族流のやり取りを終えて、再び、とんぬらは、勝手に魔王ポジションにされ雰囲気的に気圧されてるめぐみんの前に立つ。

 

「ああ、あんたはパーティを組んでやると良い。その全員の総合点で構わないぞ」

 

「どういうつもりですか」

 

「もちろん勝つつもりだが。どうやらこれは負けられない戦いみたいだからな。本気でやりたいんだよ」

 

 ピクッと頬筋を強張らせためぐみんに、大きく息を吐いてみせるとんぬら。

 

「最初に言っただろ。俺は九年間外にいた。里の中にいた学生に負けるつもりはないって。それはあんたも同じだ首席」

 

「だから、ハンデを付けたと?」

 

「ああ、魔法も覚えてない女子と本気で競争できるか。特に体育の授業をしょっちゅうサボってる首席は特にな。だから、俺が本気でやれるためにハンデを付けさせてもらった。この勝負、手を抜きたくはないからな」

 

「余裕ですね。私もここまでなめられたのは初めてですよ。あなたが同世代の中でずば抜けて動けるのは知っていますが、それでも所詮は、『アークウィザード』。野外実習とはいえ『養殖』で用意されるモンスターはほとんど無抵抗で、倒すのに力も技術も必要ありません。手数の増える多人数(パーティ)が圧倒的に有利です」

 

「なら、この状況は望むところだ。俺は師匠から『ハードラック』と呼ばれてるからな」

 

 赤々と光っていたとんぬらの目が、その一瞬、別の色に瞬いて――

 

「勝っても天才の肩書はいらん。代わりに俺が勝ったらどうしてこんな真似をしたのか、きちんと理由を聞かせろ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ……まずい、が。

 

 いつの間に、掌に汗をかいていた。常に頂点だった神童は今、足元が揺れる感覚を覚えた。

 こちらが先導したはずなのに、場の流れは向こうが握ってる。しかしこの緊張感あるやりとりを楽しんでいる自分がいることに、吊り上がった口角より自覚する。

 こちらにも負けられない理由はあるのだ。

 そのためならば、この孤高の頂から一時降りようではないか。

 

(この私が他人(パーティ)に頼ろうなど、これまで考えたことないですが……)

 

 めぐみんは、ただ今教師の用意した武器に群がる生徒たちを、そして今時限りの己の相棒を見定める。

 

「……我が魔力よ、我が血脈を通り我が四肢に力を与えよ」

「この子、私の持てるすべての魔力を注いでも壊れないだなんて……! さあ、あなたに名前をあげる! そう、今日からあなたの名前は……!」

「フッ!! ……へぇ、今の素振りにも耐えるなんて、なかなかの業物ね。いいわ、これなら私の命を預けられる……!」

 

 生徒の身の丈をも超える大剣、自分の胴幅よりも大きな刃を持つ斧、オーガすら振り回せそうにもないモーニングスターなど、とても女子に貸し与えるような武器ではない。

 だが、紅魔族は自らの体に宿る魔力を肉体の隅々にまで行き渡らせることで、一時的に肉体を強化させることができる――と担任は語る。

 

「私の魔力ならば、これぐらいいけるはず……!」

 

 手にしたのは用意された武器の中で一番巨大な斧だ。

 

「……くっ、まだ魔力が足りないようですね……! 我が魔力よ燃え上がれ……! さあ、その力を、その恩恵を我に……!」

 

 ふらつきながらも、徐々に持ち上げる。

 でも、まだ魔力が足りない!

 紅魔族において随一の天才として、これくらい――!

 

 歯を食い縛りながら斧を持ち上げようと奮闘するめぐみんに、自前の武器である鉄扇の具合を確認していたとんぬらがポツリと、

 

「おい首席。気づいておらんようだが、用意されたの全部ハリボテだぞ。金属メッキがされてそれっぽく見せてるようだが、普通に軽い木と変わらん」

 

「それを早く言いなさいこの今畜生!」

 

 放り投げた斧は軽々と片手でキャッチされ、めぐみんは一番小さい木剣を拾い上げた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 武器は期待外れもいいところだったが、お次は仲間。

 野外授業で11人の女子クラスは、三人グループを三つとペアをひとつ作るようにと言われている。

 クラスメイトの中で頼れそうなものとめぐみんは考えて、最初に浮かんだのは、自称ライバルの顔。女子の中では体格はいい方だし、運動神経も優れる文武両道。それにどうせぼっちだから、グループからあぶれてひとり寂しくして、オドオドしながらこちらを見てる。仕方ないから手を伸ばし……

 

「ねーゆんゆん、あたしたちと一緒に組むでしょ?」

「うんうん。いつもあぶれてるよね? 入れてあげるよ」

 

 ……たところを、先ほど昼食を共にしたふにふらとどどんこに誘われた。

 

「えっと……でも……」

 

「ほら、行こーよゆんゆん。クラスメイトなんだしさ」

「そうそう、友達でしょ?」

 

「!? とっ、友だ……! う、うん、それじゃあ……」

 

 チョロい、なんてチョロいんだあのぼっち。

 やはりこの子は、悪い男に振り回されるダメな女の典型だ。自分がなんとかしないと……!

 

 

「これが、寝取られ……」

「ね、寝取られじゃない!」

 

 トンビに油揚げならぬクラスメイトにぼっちを掻っ攫われためぐみんに、声をかけてきたのはあるえ。

 

「めぐみん、組む人はいる? いないなら私と組まないか?」

 

 あるえ。今回の件で、彼女が悪いわけではないとはわかっているのだが、頭を悩ませる一因でもある相手。それでなくとも、自分と同じ12歳とは思えない巨乳を持ってる。

 あるえは、実習前の準備運動のつもりなのか、首をひねった後、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 それに合わせてその胸が……………やっぱり、こいつは敵。

 ――でも、昨日の敵は今日の友、難敵であればあるほどそれは頼もしい味方となる。

 

「いいでしょう。私の調べた統計学に照らし合わせると、あなたは将来、凄腕の大魔法使いになる可能性が高いです」

 

 そう、あのとき、爆裂魔法を放ったお姉さんは、巨乳だった!

 

 もうひとり誘って三人のグループにすることは叶わなかったが、それでも女子クラス三番手の優等生あるえと組むことができた。

 

「あるえと組んだのか、首席」

 

 余ったハリボテ武器を回収する教師を手伝っていたとんぬらが、意外そうに言う。

 “こん畜生”お目当てのぼっちはクラスメイトに連れられ、まだ授業は始まってないが、もう実習が行われる森の中に入ってる。

 

「ゆんゆんなら、“友達”と一緒に先へ行きましたよ」

 

 わざとらしく強調して言ってやれば、“今畜生”は目を何度か瞬きした後、

 

「そういうことか……まあ、そう落ち込むな首席」

 

 なるほど、と納得したように頷く。

 思ったよりも驚いたりせず、余裕のある態度になんとなくムカつく。それに何故かこちらを見る目が優し気になって、慰められるのも気にくわない。

 

「これで神主代行はお役御免ですね。まさかゆんゆんに友達ができるとは思ってもみなかったでしょう」

 

「いいや。ゆんゆんが良い娘なのは最初からわかってたし、それほど驚くことでもない。最初の一歩さえ踏み出せればすぐに友達は作れたさ。そんなことは俺よりも首席の方がわかってるだろうに。ただ、最初の友達があんたじゃなかったのが意外だっただけだ」

 

 言い返せず、口を噤んでしまう。

 “こん畜生”のくせして、よく見てる。

 

「随分と、めぐみんに睨まれてるようだね。いったい何をしたんだいとんぬら?」

 

 黙ってしまっためぐみんに代わり、“こん畜生”の対峙を興味深げに観察していたペアのあるえが口を挟んできた。

 

「さあな。俺もよくわからん。しかし何にせよ、俺と首席は一目見たときからピンと、いずれどちらが上かと決めねばならん相手だとわかってたからな。これも良い機会だ」

 

「なるほど。野外実習で勝負する気なんだね」

 

「そうだよ。ああ、勝負するのは、めぐみんとペアのあるえのふたりになるか」

 

「へぇ……」

 

 しまった、とめぐみんは焦る。

 ペアにしたはいいがあるえは、“こん畜生”の彼女だ。勝負事に邪魔をするような性格ではないだろうが、それでも負けさせたくないと思って――とその憶測とは意外な方向に物事は進んだ。

 

「それじゃあ、私たちが勝ったら、私もとんぬらにパートナーの件を考えてもらえないか、再考してもらおう」

 

 そう言って、あるえは力を封印するためという設定で常につけていた中二病ファッションの眼帯を外した。

 魔力制御うんうんは置いておいて、両目が見えるようになったということは距離感も取り戻せて段違いに動き易くなるだろう。それでも、この紅魔族としての信条を一時だがやめるということは、それだけ彼女が本気ということ。

 

 初めてあるえが眼帯を取ったのを見て、目を白黒とさせためぐみんだが、ペアがその気にならそれに越したことはない。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 武器と仲間を揃え、そして――我に秘策あり。

 

「もし何かあったら大声を出すように。では、始め!」

 

 ノリノリで教師が実習開始を告げたと同時、いの一番に先頭へ飛び出したのは、男子クラスの成績トップのとんぬら。

 めぐみんとあるえもそれを追うも、向こうの足が速く、また木々の狭い間を慣れた調子で抜けていく。

 里の外に広がる森の中で、教師たちの『フリーズ・バインド』で、首から下を氷漬けにされた小さく呻く大トカゲを発見するや否や、とんぬらは得物の鉄扇を構え、

 

「まずは、ひとつ――」

 

 一撃で止めを刺さんと叩き込もうとした、そのとき、

 

 

「さあ、クロよ! 我が使い魔としての使命を全うし、あの“こん畜生”の気を逸らすのです!」

 

 

 それまで背中にへばりついていた使い魔クロを引き剥がすと、まったくあらぬ方向へ、思い切り投げた。

 

「おいいいいい!? あんた鬼か首席!?」

 

「勝負に勝つためなら鬼にもなりましょう。さあ、あなたの女神が向こうに行っちゃいましたよ」

 

 猫を霊獣と崇める猫耳神社の神主代行に、それは無視できないものであった。

 この何だか猫っぽいクロは、翼が生えてるのだがとても実用性があるとは思えない。必死に羽ばたいても一秒も滞空できずに落ちるだろう。

 

「猫は高いところから落ちてもうまく着地するものです。だから、あの毛玉も大丈夫ですよ、たぶん」

 

「わかった! 妹だけでなく、あんたにも説教してやらないといけないってな! 覚えておけよ!」

 

「ずるい、卑怯は、敗者の戯言! そんなのはすぐに忘れてしまいますね!」

 

 氷漬けの大トカゲへの攻撃を中断。すぐさまUターンし、黒猫が投げ飛ばされた方向へ全力疾走でとんぬらは駆ける。

 

 よし。

 これで、チャンス到来。

 

「まずは、ひとーつ!」

 

 とんぬらが倒すはずだったモンスターにめぐみんが木剣を叩きこんだ。

 

「流石は首席、発想が違うね!」

 

 流石のあるえも若干引きながらも、好機を見逃す気はないのか。めぐみんの軽い一撃では倒しきれなかった大トカゲへハリボテの大剣を両手で構えて振りかぶる。

 

「その生命を以て、我が力の糧となるがいいっ!」

 

 トカゲの頭に叩き込まれた大剣は、モンスターの息の根を今度こそ止めた。

 その証拠にあるえの冒険者カードに表記されていたレベルがひとつあがっていた。

 そう。

 この『養殖』はレベル上げにはもってこい、スキルポイントを稼ぐ絶好の授業なのだ。勝負云々がなくとも、魔法を習得するために経験値の素であるモンスターを狩りまくるつもりだった。うまくいけば、今日中に望んだあの魔法を習得することもありうる。

 

「では次に行きましょう。一番の競争相手(しょうがい)がクロを助けて、説教しにこちらを追ってくる前に獲物を全部先取りして周回遅れにするくらいの差をつけておくんです」

 

「めぐみんは使い魔を迷わず助けると疑わないくらいに彼を信じてるのに、どうしてそんなに敵意剥き出しなんだい?」

 

 心底不思議そうにいうあるえの言葉を聞き流し、さらなる獲物を求め視線を巡らす。

 すぐ首から下を氷漬けにされた角の生えたウサギを見つけ、その前で騒いでる三人組(グループ)がめぐみんの視界に入った。

 

「ゆ、ゆんゆん、早く()りなよ! 早く狩って、次に行かないとさ!」

「そ、そうそう、成績二番手の優等生なんだから、まずはゆんゆんがお手本を見せてよ!」

 

 悲しげな目で命乞いをするかのようにキューキューと鳴く一角ウサギを前に、止めを刺せずに固まっているのは、ふにふらとどどんこ。そして、彼女たちに引き抜かれた、ゆんゆんだ。

 

「ご、ごめん、この子と目が合っちゃって……! ごめん、無理!」

 

 自前の銀剣を手にしたままゆんゆんは動けない。でも三人の中で唯一本物の武器を握ってるゆんゆんを、グループのふたりが急かしている。

 

「今からそんなことでどーすんの! あたしたち紅魔族は、そんな甘っちょろい種族じゃないっしょ? そんなんじゃ舐められるから!」

「そそ、そうそう、動かないんだから簡単よ、クラス二番手の実力を見せてよ! それでサクッと……!」

 

 まったく。

 こんなことに構ってる場合じゃないというのに……

 

「ここはひとつ、首席の私が直々に指導してやりますか」

 

 そちらへ足を向けためぐみんは、小さな欠伸を耳が拾う。

 ちらと見れば、あるえが口元に手を当てていた。

 

「すまないねめぐみん。昨日は徹夜で、まだちょっと眠い……ふわぁ」

 

「実習前に興奮して眠れなかったんですか。意外に子供っぽいんですね、あるえ」

 

「いや。昨日はとんぬらと夜通し一緒の部屋で張り切り過ぎてしまってね。彼は中々テクニシャンで――」

 

 

 ザシュッ! と、ゆんゆんのナイフが氷漬けのウサギの肉を刺す生々しい音が、少し離れていためぐみんの耳にまで届いた。

 

 

 それは、蚊も殺せぬ、花も踏めぬような優しい少女が、モンスターを倒した、この『養殖』の野外実習でひとつ大人になったということ。本来ならば安心し、成長を喜ぶべき場面なのだろうが、音はまだ断続的に響いてる。

 

 ザシュッ! ザシュッ!

 

 再び両手で逆手に握ったナイフをすでに息絶えた一角ウサギに再び振り下ろし、引き抜き、また持ち上げたナイフを振り下ろす。

 機械的に繰り返す彼女に、同じグループのふたりが慌てて止めに入る。

 

「やめて! もうやめて! ゆんゆんこの子もう死んでるから!」

「やめてぇっ! これ以上ぐちゃぐちゃにしないであげてっ!」

 

「――えっ……? わ、きゃあ!?」

 

 ふにふらとどどんこに両脇から挟むように抑えられて、それまで死んだ目の色をしていたゆんゆんの目に光が戻る。心優しい少女に戻った彼女は最初、肉の塊へと解体されたモンスターを見て驚いて、血濡れたナイフを見て悲鳴を上げる。自分でも何をやったのかわかってないようである。

 

 よかった。

 でも、こちらが金縛りに遭うくらいに、雰囲気が病み始めてるこのぼっちの少女の先行きに不安を感じずにはいられない。

 とはいえ、ひとまずこの場は落ち着いて、緩んだ空気――それを塗り潰す漆黒の影。

 

 

「っ!?」

 

 キ・キ・キキ……と革を擦るような音を耳にした時、めぐみんは鳥肌を立てた。漠とした不安に震えながら悪寒を感じるその方へ振り向き――絶句した。

 

「おい、何かヤバいのがいるんだけど」

 

 わずかに遅れて気づいたあるえが空から舞い降りた黒い何かを指差して呟いだ。

 そこに一体のモンスター。

 両手には鋭い爪を、全身は漆黒の毛皮に覆われ、蝙蝠の翼を生やした人型の悪魔。

 爬虫類の顔にクチバシのついた恐竜じみた顔が、こちらに向けられていた。

 これまでに狩った『養殖』用のモンスターとは比較にならない強さなのは知識がなくともすぐわかったし、何よりも、それは氷漬けにされていなかった。


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