この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

50 / 150
50話

「とんぬら君とゆんゆんさん、でしたかな? 家の娘ととても仲良くしてくれてるそうだね。親として、心から感謝する」

 

 言いながら、ひょいざぶろーはぺこりと頭を下げる。

 

「あ、い、いえ、私の方こそ、めぐみんと、友、達……?」

「なんでそこで自信なさげになるんだ。ライバルだけど、友達でも構わないだろう」

 

「ふふ、二人は本当に仲が良いのねぇ」

 

 そして、その隣にめぐみんと似ている、黒く艶やかな長い髪の、若干口元や目元に小じわのある綺麗な女性が腰を下ろして……さりげなく、夫の脇に置いてあるチーズケーキの箱やら保存食類を自らの脇へ寄せる。

 

「ふふ、ゆんゆんさんは族長の娘でしたね。少し奥手みたいだけどお行儀の良い娘で……家の娘はお転婆だから、もっと女の子らしくなってくれたらなと。……大きく産んであげられなかったのは私のせいだけど……だから、ゆんゆんさんみたいな娘が傍にいてくれるのは喜ばしいわ。是非、これからもめぐみんと良いお付き合いをしてくださいね?」

 

「は、はい! こちらこそよろしくお願いします」

 

 めぐみんの母親ゆいゆいに深々と頭を下げるゆんゆん。その際に揺れる豊かな胸部を見て羨ましそうに、また申し訳なさそうに目を僅かに細めたが……

 ゆいゆいは次に隣のとんぬらに視線をスライドさせて、

 

「それで、とんぬら君も。娘から送られてくる手紙にはよく書かれているわ」

 

「あまり良い評価は期待できませんが」

 

「いいえ、娘は同い年でとんぬら君ほど頼りになるのはいないと褒めているのよ……?」

 

 ゆいゆいは頬に手を当てて、

 

「そうね。手紙では、上位悪魔から大勢の冒険者を守り、機動要塞『デストロイヤー』に風穴を開け、更には魔王軍の幹部バニルに憑依された仲間の『クルセイダー』を救い出したとか、とても多大な活躍をされているそうで」

 

 ……いや、別に情報に虚偽が混ざっているわけではないのだが。

 自分には何かと厳しめなめぐみんのことだから、こき下ろされているだろうと思っていたとんぬらとしてはこそばゆくなってしまう。

 そんな頬を掻いてしまうとんぬらに、ひょいざぶろーが自慢気に、

 

「そして、娘が君たちの健闘に応えて、トドメを刺してきたと。上位悪魔も、機動要塞『デストロイヤー』も、そして、魔王軍の幹部バニルも、二人が苦戦した相手を一撃で撃退して、街ではその名を聞いて畏怖を覚えない者はいないエースになっているそうじゃないか! うんうん、流石は我が娘、素晴らしい大活躍だ!」

 

 ……確かに、ウソではない。アーネスとホーストも、『デストロイヤー』も、それにバニルも最後の最後で美味しいトコどりをしてきたのは、めぐみんで、とんぬらもそうなるようにフォローしたこともあった。そして、街では頭のおかしい爆裂娘として名を馳せているめぐみんは、迂闊に刺激したらポンッとなりそうな危険物として恐れられている。物は言いようである。

 別に引き立て役にされていようが、それが事実なので文句は言わない。

 

「それで、同郷のふたりがヘタレで、なかなかくっつかないから姉ちゃんがしょうがなく背中を押して面倒を見たって! これも右腕と左腕をまとめあげる頭脳(リーダー)の務めなんだよね!」

 

「……まあ、お世話になったことはあるな」

 

「さっすがお姉ちゃん大人だ!」

 

 ホースト風船を抱いて、無邪気に言うこめっこ。

 まだ『アクセル』で冒険者稼業を始めたばかりのころ爆裂騒動で門番にしょっ引かれた姉を引き取ったり、『ジャイアントトード』に丸呑みにされているところを救助したり、アレの思い付きで相当苦労させられたりもしたが、幼子の夢を壊したりはしない。

 

「それで、家の娘には良い人はいないのかしら……? 娘からの手紙には、カズマさん、という殿方の事が頻繁に書かれたりするのだけど……」

 

 やんわりと笑みを見せながらゆいゆいが自然に話題を放蕩娘へと向けると、ひょいざぶろーがキッと表情を引き締める。その様子に発言は慎重に選ばなければならないと判断したとんぬらはまずは情報量がどれほど深いものなのかを知るために一石を投じてみる。

 

「ええ、まあ、めぐみんのパーティですし、個人的な付き合いもありますが、一体手紙にはどんなことが?」

 

「そうですね、例えば……家の娘はカズマさんと行動を共にしてから、二度も粘液でヌルヌルにされ、トイレを我慢していた際にはそっと空の瓶を差し出されたり。それで一緒にお風呂に入ったりだとか……そんなセクハラは日常茶飯事な間柄のようでして」

 

「ええっ!? めぐみん、カ、カズマさんとそんな……」

 

 ゆいゆいの語る内容に目を剥くゆんゆん。とんぬらもこれが事実であれば、弁護するのは厳しいところだ。

 続くひょいざぶろーが、荒々し気に吐き捨て、

 

「それでも、放っておけない大切な仲間だから、と。たとえ借金まみれでスケベで中途半端な戦闘力しかなく、口を開けば暴言ばかりで常識もない男でも、私が目を離すと簡単に死ぬから、と。娘がそこまでいうからには、きっと何かあるのだろうとは思っているが……」

 

 ……まあ、とりあえず、大切な仲間だと思っているには違いない。

 

「人柄については直接見てからでないと何とも言えませんが、ただ凄い借金持ちだと聞いてまして。娘のパーティの事ですし、何とか助けてあげたいところですけど……家もあまり裕福ではないもので……」

 

「いえ、借金の方はすでに返済されておりますよ」

 

 彼の知的財産権で三億もの収入が得られることは黙っておいた方が良さそうだが、借金持ちという不名誉な評価は撤回させた方が良いだろう。

 

「元々不当な借金ではあったんですが、カズマ兄ちゃんはどうにか完済しました。ですから、その辺りの心配は問題ないかと」

 

「……そうか。だが、腕っぷりがあまり情けないというのは、男として……」

 

「確かに、個人としての戦闘力で真っ当な強さは持ち合わせてはおりませんが、その分頭が回る男です。機動要塞『デストロイヤー』の防衛戦においても指揮官を任されるほど機転が利きます。めぐみんも、自身を巧く使ってくれると評価していることでしょう。パーティのメイン火力ではありますが、それを活躍させてくれるのはカズマ兄ちゃんの指揮があっての事ですから」

 

「まぁ」

「むぅ」

 

「そして、運がずば抜けて凄い。商人としては間違いなく大成する才覚の持ち主です。冒険者としてもその高い運でもって、パーティの仲間を何度も救っていることでしょう」

 

 ここまでなら問題ないだろう。

 屋敷持ちで三億以上の資産を手に入れているなど、余計なことを話せばこの二人が暴走してしまいそうだ。

 

 

「……それで、君たちはこの紅魔族随一の発明家であるワシの『試練』を受けに来たでいいのかな?」

 

 さて、挨拶からの近況報告が長話となってしまったが、そろそろ本題に入ろう。

 

「ふっ、娘に及ばずながら大層な活躍をしているようだが、若造にワシをウンと唸らせることができるかな」

 

「それもありますが、まずは仕事についてお話させていただきたいと思います」

 

 腕を組んだ威厳あるポーズを取ったひょいざぶろーは、とんぬらに『待った』と掌を向けられ、肩透かしを食らう。

 

「仕事とは?」

 

「めぐみんからの手紙に書かれているかもしれませんが、俺とゆんゆんはウィズさんの魔道具店にバイトで働かせてもらっているんです」

 

「ああ、ウィズさんの店にか! うむ、あの人はワシの発明品を理解してくださっている方だ」

 

 得意顔で頷くひょいざぶろー。

 なかなか理解者に恵まれない職人人生であったが、やっと光が差してきて……とんぬらの隣でゆんゆんが曇り顔になるのを、妻のゆいゆいは気づいた。

 それでも捨てない希望観測で、恐る恐る訪ねる。

 

「それは……家の人から新しい商品を買い付けたいということなのかしら?」

 

「いいえ、残念ながら違います。回りくどいことは止めにして、本題に入らせてもらいます」

 

 とんぬらは仮面如き無表情を夫妻に向ける。

 大きく息を吸い込み、破滅の刻を告げるようにその何よりも恐るべき呪文を口に出す。

 

 

「当店とひょいざぶろーさんと結ばせてもらっている契約を打ち切りにさせてもらいにきました」

 

「………」

「………」

 

 

 とんぬらがそれを告げると、夫妻は口にチャックでもかけられたかのように押し黙った。

 うんともすんとも言えなくなる中、ゆんゆんが道具袋から渡された封筒をとんぬらが中身を取り出してから、封筒の上に重ねて差し出す。

 

「こちらはその書類になります。家の前にエリー…魔導ゴーレムが返品される発明品を持ってきてあります」

 

 署名に印の押されている書類を見て、これが冗談ではないと理解。

 そしてそれぞれ、視線を絡ませ、相手の思考を読むかのように会話のない相談をしようとする。

 それは無駄な動作だが、せずにはいられない人の(さが)でもあった。

 やがて――咳払いがひとつ、場に生まれる。

 

「こほんっ……母さん、一番いいお茶を!」

「家にお茶なんて一種類しかありません、すぐ淹れて参りますので、お待ちくださいね!」

 

 急激に態度を下手(しもて)にさせる職人夫妻の手首には回転機能が備わっているのだろうか。

 笑みを浮かべる二人だが、それは水中で懸命に足を動かす白鳥のように、表面的には余裕を見せながら必死なものであった。

 ゆいゆいが笑顔で急ぎ支度をしてきたお茶をとんぬらとゆんゆんの前に置いて、勧める。

 

「いただきます。あっ、ありがとうございます」

 

「ごめんなさいね。家の人ったら、ちょっと偉ぶりたいお年頃で、つい心にもないことを言うことがあるの」

 

「お気になさらず、ひょいざぶろーさんのおっしゃる通り、自分たちが未熟な若輩者であるのは承知していますので」

 

 娘と同じ年頃に気を遣うのは大変だろうし、またゆんゆんも大変委縮してしまっている。

 そんな中でとんぬらは毅然と対応する。

 家の主はひょいざぶろーであるが、今この場を支配するのは目にも明らかだろう。

 

「それで、何か、問題でもありましたでしょうか……?」

 

「非常に言い難いことですが」

 

 探るように訊ねるゆいゆいに、とんぬらは無表情のまま、だが有無を言わせない事実を述べる。

 

「新しく入ったマネージャーに、ひょいざぶろーさんの発明品は皆、“売れる見込みのないガラクタ”と判断されました」

 

「なああああああああああああああああああ!」

「あなたあああああああ! 止めてっ! ちゃぶ台ひっくり返して壊すのはもうやめてください! 今後の収入が危ういんですからあああああああ!」

 

 バンッ!! とひょいざぶろーにひっくり返されようとしたちゃぶ台を座ったままとんぬらが右手で抑えつけた。

 いくつも重石が山と積まれたかのように持ち上がらなくなるちゃぶ台。それが少年の腕一本でやられているのに、ひょいざぶろーは目を瞠る。見れば、肉体強化魔法も使っている形跡もないし、素の力のみで止めたのだろう。

 大人げなく子供に力負けしたのが少々癪に障ったものの、ひょいざぶろーは冷静になった。

 

「失礼、取り乱した。いや、いきなりのことで気が動転してしまってね」

 

 妻のゆいゆいが淹れてくれたお茶を啜り、ひとまず留飲を腹に流し込む。

 

「ふん。しかしだね。一度も顔を合わせたことのない新参者が、ワシの作品をガラクタなどと……」

 

「いえ、マネージャーは全てお見通しでしょう」

 

「と、言いますと?」

 

 ゆいゆいの問いにとんぬらは『ふぅ……』と溜息を吐き、こめかみに指を当て、困った顔つきになる。

 

「残念なことに……新しく入ったマネージャーというのが、全てを見通す悪魔バニル。あなた方の娘めぐみんに残機を減らされて生まれ変わった元魔王軍で、今は冒険者ギルドで無害なものと判断されていますが、未だに公爵級の力は健在です。本当に少しは弱ってくれた方が可愛げがあったんですが憎々しいくらいにこの世を謳歌しています。ですから、このままひょいざぶろーさんの作品を店の棚に並べてもまったく売れない未来も見通してしまっているでしょう」

 

 公爵級の悪魔……それは神話級の戦いに出てくるような超越者だ。

 魔王軍幹部の進軍を軽くケチらせる紅魔族と言えど、容易ならない相手である。まったく売れない魔道具店を復興させようなどとマネージャーをやっているのがおかしな話だ。

 

「ちなみに、この件に関してはウィズ店長を頼るのは期待できないでしょう。彼女はバニルに契約しておりまして、まったく需要のない商品を店に並べるのはそれに反していることでしょうから」

 

 ここで問題なのは、ひょいざぶろーの発明品がバニルに売れないガラクタと見限られていることなのだ。

 二人は静かに、けれど確かに理解した。

 ゆいゆいは咳払いをした。

 

「こほんっ……お若いですが、なかなかしっかりとしていらして……私、お二人の事を応援します。ね、あなたもそう思うでしょ?」

 

「うむ。『試練』など課す必要もない。里の将来は安泰のようだ」

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

 どうやら、仲介役のこちらを懐柔しようとしたのか、いきなり奨励の言葉をポンと投げかけた。

 感激しているチョロいパートナーは例外として、どこをどう考えても話の持っていき方が不自然さ全開であり、流石にとんぬらも少し引いた。

 

「侮らないでいただきたい! 受けて立った『試練』を勝ち得ずして何が紅魔族か! それに今はあなた方の先の話をしているんです!」

 

 そもそも、仲介役とはいえ一介のバイトにそこまでの権限など与えられてなどいない。こちらを頼ろうなどお門違いである。

 とんぬらは、憤然として立ち上がると激しい口調で叫ぶように叱責した。

 そして、激情のうねりに耐えるように肩を震わせた。

 場は水を打ったように静かになり、夫妻はばつの悪い顔になり――やがて、ひょいざぶろーが顔を厳しくする。

 

「……そうだな。キミの言う通りだ。これと『試練』は別の話だ。そして、惜しいがウィズさんの個人雇用契約は切るしかない。ワシの作品を理解できん、無碍に扱うような相手とはこちらもお付き合いは出来んからな」

 

「そうなれば、生活は苦しくなるでしょう。これを機に、まともな魔道具を造る気はありませんか? 魔道具に扱われている素材も高価、それにひょいざぶろーさんの腕もある。その身に有する多大な魔力を全力で篭めようとさえしなければ、癖のない真っ当で高品質な魔道具は造れるはず。紅魔族随一の職人を名乗ることもできるでしょうに」

 

 爆発系の魔法も、爆裂魔法は威力が高すぎてネタ魔法扱いであるが、そうではない爆発魔法に炸裂魔法は大変需要があるものだ。習得していれば、土木関連の国家公務員に有利になる。

 ひょいざぶろーの発明もこれと同じ。デメリットが出ない程度に加減してくれれば、本当に優秀な魔道具なのだ。

 

 そして、爆裂魔法使いの娘に爆裂魔法を止めさせるのと同じで、この嘆願を聞き入れてもらうのは至難である。

 

「それは、できん。ワシは一品ごとにどれも魂を込めて造っている。手抜きなどした作品など恥ずかしくて売れんわ」

 

「しかし、造り出せば売れるでしょう。そちらのこめっこをひもじい思いになどさせなくてすむだけの稼ぎが得られるはず」

 

「こちらの家の事情は、他所のキミが口出しすべき問題ではない。さっきも言ったがそれとこれとは話が別だ。個人雇用契約が打ち切られようともそれ以前に野良職人からどうにか生活は出来ていた。またそれに戻るだけの事だ」

 

「かつて、お宅のめぐみんは、里の農家から農作物を窃盗した事があります。理由は腹を空かせた妹の空腹を満たすため。ご在知ですよね? その時代に戻るだけの事とあなたは仰いましたが、それは最低限の生活も確保できないほどに困窮している状態ではないのですか?」

 

「それでも、ワシはこの道を行くと決めた。妻と娘に苦労を掛けるのは重々承知しているが、譲りたくないものは譲れん」

 

 頑固一徹の我が道を行く職人。

 それに、とんぬらは笑ってやる。

 思いきり、バカにするように。

 そして、これまでの敬語をぶん投げたような不遜な口調で、ほざいた。

 

「なんだ大したことないな。紅魔族随一の発明家の看板も取り下げたらどうだ。小物のあんたには、荷が重い」

 

「何?」

 

 紅魔族は、肩書を侮辱するのは許さない。

 室内の空気が薄まるような息苦しさを感じながらも、とんぬらは目を逸らす気はなかった。

 そして、なるべく、客人として丁寧な言葉遣いで、ひょいざぶろーは最後通牒を言い渡す。

 

「今、何と言ったか、もう一度訊ねてもいいかな?」

 

「小物と言った。一作入魂された作品をガラクタ呼ばわりするのは許せないと言ったが、あなた方が何よりも魂を込めてつくられた二人の子宝を蔑ろにしているのは、あんた自身ではないか! 自らの子供を飢えさせる生活を強いらなければならないくらい懐の狭い奴だったんなら、ロクでなしのガラクタ職人と言われるのも仕方がない」

 

「貴様……」

 

「あんたが本当に里で最も優れた職人を名乗るのならば、家族と夢を両立させて、俺を感服させてみやがれってんだ! それができないようなら、あんたは親失格だ――!」

 

「中々吼えてくれるではないか――!」

 

 ひょいざぶろーの瞳に、赤々と感情の色が浮かぶ。無論、怒り。

 ちゃぶ台が割れんばかりに腕を叩きつけて勢いよく立ち上がり――けれど、そんなひょいざぶろーが掴みかかろうとするよりも早く諫める声が割って入った。

 

「言い過ぎよ、とんぬら」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 今朝、めぐみん宅へ向かう道中での作戦会議。

 

「これから、七面倒な交渉に臨むわけだが、ゆんゆん、俺に話を合わせてくれないか?」

 

「うん? いいけど」

 

「俺は前回、変態師匠の影武者としてアクシズ教団を指揮したときにチームプレイの大切さを学んでいる。かつて裁判の時に生涯無敗の仮面弁護人という一人芝居(スタンドアップコメディ)に酔い過ぎてしまい、最後の最後で逆転されてしまった。あれには反省した」

 

「そうね、注意されてもコーヒー飲むから冷や冷やしたし、裁判中に検察官の人を口説くのはやり過ぎたと思ったわね」

 

「だから、あれは違うと……まあ、とにかくだ。俺が主導で話を進めることになる。そのように会話を運ぶつもりだ。それで合図があるまでゆんゆんは、言動を控えていてほしい」

 

「予言の時と同じね、わかった。頑張るわ。それでその合図って?」

 

「俺が“親失格”という言葉を口にしたら、ひょいざぶろーさんを庇ってほしい」

 

「庇う? とんぬらの援護じゃなくて、相手の弁護をしろってことなの?」

 

「ああ、頭の中で仮想相手として『めぐみんに上級魔法を覚えさせる』というシチュエーションを行ったんだが、押し一辺倒では無理だ。本音でぶつかり合わないとダメだろうが、引き際を見誤ると余計に拗れそうだし、向こうも意固地になる。そうなったら話は聞き入れてもらえなくなってしまう」

 

「そうね、それは困るわ。でも、とんぬらがあまり憎まれ役をするのはいやなんだけど」

 

「いいや、遠慮してくれるな。ひとりが相手を脅し嫌われれば、もうひとりのガードは緩くなる。こちら側へ引き込もうと親しく歓迎してくれるはずだ。自然、意見も聞き入れてもらえ易くなるだろう。むしろ喧嘩別れするような勢いでやってほしい」

 

「うん、わかる。ええ、話はわかるんだけど、やっぱり抵抗があるわよ」

 

「……ゆんゆん、これは共同作業だ」

 

「!!??」

 

「そう、アメとムチ。善役と悪役。役割分担はするがそれでも心はひとつに難題に挑む。これを共同作業と言わずしてなんて呼ぶ?」

 

「そ、そう言われると燃えてくるものがあるわね……! わかった。やるわとんぬらっ!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 魔法をかけられた灰被り(シンデレラ)の如く、『共同作業』の文句で劇的に燃え上がるゆんゆんは、キッととんぬらを睨み据える。

 

「ひょいざぶろーさんは親としてめぐみん、こめっこを愛しているわ。子供を養うのは本当に大変な事なんだと私は思う」

 

「でもだな、ゆんゆん」

 

「でもじゃないの。さっきのとんぬらが言ったのは凄く侮辱することよ。ひょいざぶろーさんにしっかり謝りなさい!」

 

「できん。間違ったことは言っていない。それに俺としてもこれは見過ごせないものだ!」

 

 始まった二人の口論に、夫妻は驚きに目を瞠る。

 一目で親しい関係というのがわかるほど仲良さげなとんぬらとゆんゆんが、痴話喧嘩。それに大人しくて控えめな、言うなれば押しが弱そうなゆんゆんが強く主張していることにも圧巻である。次期族長の株を上げる事もまた狙いであった。

 

「ちょ、キミたち……!?」

「お父さん、ここは……」

 

 こちらそっちのけで繰り広げられる言い争いに、立ち上がる途中の中腰になって固まっていたひょいざぶろーは、隣のゆいゆいに腕を引かれてひとまず座り直して舌戦を様子見する。

 

「俺は何があってもさっきの発言を撤回するつもりはない。絶対に、頭など下げん!」

 

「なんて分からず屋なの! もっと礼儀を弁えた人だと思ってたのに……もう、とんぬらなんて、だ、大っ嫌いよっ!」

 

(…………ぐふっ)

 

 事前の打ち合わせで要求したことだが、その殺し文句は辛い。心にくる。

 

「ふん。結構だ。それでも俺には譲れん一線がある」

 

 しかし、言わせた方がつらそうにしているため、欠片も表情に出さずに堪えるとんぬら。

 

「こめっこよりも幼いころに里の外に連れ出された俺は、ひとりで自活できるだけの金銭を稼ぐよう働かされたし、ダンジョンをひとりで潜らされた。そして、死にかけた目にも遭った。こんなことを強要した俺の親は、第三者からすれば親失格だろう。正直言って、大人たちに守られる安全な里の中で暮らせるだけで、とても羨ましいものだ。

 ――けど、だからって、もう何日も固いモノを食べてないなんて子供に言わせていいセリフなはずがないだろ!」

 

 余計なお世話だというのはわかっている。価値観の押し付けなのも承知している。それでも言わずにはいられない。

 

「可哀そうだと言われたくもない。これでも尊敬している親を罵られたいわけでもない。ただ、それでも、これは間違っているとどうしても俺は主張しなければ気が済まない!」

 

 この時ばかりは、打ち合わせだとかも忘れて、何も加工されていない言葉を吐き出した。

 

「とんぬら……」

 

 言ってから、これが“言い過ぎた”と理解した。この作戦のコンセプトは『他人のフリを見て我がフリを直せ』でとにかく口喧嘩を続けて、家族を顧みさせるものであったが、流石にこれはもう相方にもフォローして繋げられないほどに押し切ってしまった。またも筋書きを忘れてのめり込み過ぎた。これでは、昨日の『安楽少女』と同じではないか。役者とすればあるまじき失態。

 

「すみません……頭を、冷やしてきます」

 

 騒がせてしまった場を立て直さずに丸投げして行ってしまうのは心苦しいがこのまま自分がいたら治まるものが治まらないだろう。

 自ら家を出ようとするとんぬらに、これまでマイペースに土産のチーズケーキをひとりでパクついていたこめっこがきょとんと、

 

「兄ちゃん、どこに行くの?」

 

「あー……昼食の買い物に、だな」

 

「本当っ! じゃあ、私も行く!」

 

「俺は別に構わないが……」

 

 ちらりとゆいゆいを見て、どうぞどうぞと手のひらを返される。

 

「余計なものまで買うつもりはないからな」

 

「兄ちゃん、ケチンボ」

 

「まったく。それじゃあ、荷物持ちを手伝うなら、500エリスまで好きなお菓子を買ってもいいぞ」

 

「もう一声!」

 

「却下。これ以上の対価は不相応だ」

 

「むぅ」

 

 そして、とんぬらとこめっこが出かけて行ったところで、一呼吸おいてからゆんゆんが、

 

 

「ひょいざぶろーさん、ゆいゆいさん。お二人に、お話があります」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 道中、『やっちまった……』と消沈するとんぬらに、並んで歩くこめっこが繋いだ手をくいくいと引く。

 

「兄ちゃんは、ゆんゆんと結婚するの?」

 

 無邪気な問いかけに面を食らうとんぬらであったが、ポリポリと頬を掻きながら、

 

「あー……まあ、将来的にそうなりたいとは願っている」

 

「さっき、大っ嫌いって言われたのに?」

 

「ぐふっ……あ、ああ、そうだ」

 

「姉ちゃんよりもゆんゆんの胸がおっきいから?」

 

「ぶふっ!? ――おい、何だその判断基準は! 一体誰に吹き込まれた!」

 

「ぶっころりー。よく食べ物くれる時におっぱい大きくなってくれよって言われる」

 

「あの人は……こめっこの情操教育に問題あることを……」

 

 自らの仮面の顔に手を当て、呆れを露わに溜息零す。

 家庭環境だけでなく、近所環境にも問題はあるようだ。

 頭の中で今もニートしている遊撃部隊隊長に罵倒するのを打ち切り、とんぬらはこめっこの手を放すと、持ち上げ、肩車した。

 

「いいか。あの靴屋のせがれの言う戯言は忘れなさい。覚えていてもためにならない無駄知識だから」

 

「んー……んー……うんっ!」

 

「よし。いい子だ」

 

「でも、兄ちゃんの好みを知りたいっ!」

 

 バッと両手を挙げ、笑顔で子供っぽく主張する。

 その手の話題は、めぐみんやゆんゆんには、猫耳が似合う人と言って適当に躱しているが……

 とんぬらは険のとれた優しげな顔に綻ばせると、何度か頷いた後、苦笑しながら諭すように口を開く。

 

「こめっこ。俺は例え――子供っぽくっても、ぼっちを拗らせていても、変なこだわりを持っていようとも、なかなか猫耳を付けてくれなくても――長い年月を経ていずれそれが骨だけの骸となっても、何も気にしない」

 

「んー?」

 

 意味がわかってないのか、こめっこは目をぱちぱちさせた。

 とんぬらはまだ至らぬ教え子を諭すように柔らかい口調で続ける。

 

「好み、とは性癖だ。相手がどうこう、とこだわるようではまだ愛ではない。そんなのはただの性欲に過ぎない――そんなものに囚われるのは、愚かしいことだ」

 

 切り捨てるように言うと、こめっこは口で指を咥え、考える。

 その様子を察して、この子の輝かしい行く末を祈るよう口元を緩ませて、

 

「こめっこもいずれいい男を見つけるんだ。何ができるとか、何かが優れてるとか、真に重要ではない。それに気づいた時、人生で一番幸せな時となる。俺はこめっこの未来が素晴らしいものであることを願っているよ」

 

 

 と良い感じに締め括ったところで、

 

「ん……うぅーん、わかった。じゃあ、兄ちゃんと結婚する」

 

「はい?」

 

 頭の上からとんでもない発言が飛び出した。

 

「なあ、こめっこ。今、なんて言った?」

 

「兄ちゃんと結婚する!」

 

 聞き間違いであってほしいというとんぬらの願いは、ひしっと頭を抱え込むように抱き着かれた魔性の妹に届かなかった。

 

「こめっこ、お兄ちゃんにはもう好きな人がいるのは知ってるだろ?」

 

「愛があれば気にしない!」

 

「いやそこは気にしてくれ!」

 

「じゃあ愛人でいい」

 

「だからそういう問題じゃなくてだな。というか、その手の知識もぶっころりーから教わったのか」

 

「昔、姉ちゃんが『いい男は、甲斐性があって借金するなんてもってのほか。気が多くもなく、浮気もしない。常に上を目指して日々努力を怠らない。そんな、誠実で真面目そうな人』って言ってた」

 

「あのな、愛人だとか持った時点でお姉ちゃんの教えから外れると思うんだが」

 

 ああ、今ならばきっと好敵手(ホースト)と苦労話を共有できる。紅魔族随一の魔性の妹のお世話は大変だ。

 かといってこれを放置すれば、大波乱を呼ぶのは間違いない。紅魔族の中でも指折りの実力者である奇天烈発明家を怒髪天にさせるだろうし、シスコンな爆裂魔法使いからオーバーキルな人類最強の攻撃手段を容赦なくぶっぱされるだろう。何よりパートナーの反応が怖い。

 

「なら、手切れ金に今日は土用丑の日だからお昼は『ヤマタノウナギ』が食べたい!」

 

「まだ何も関係を持ってないのに慰謝料を要求するとか末恐ろしいなこの子」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 魔法やスキルがあるこの世界は、知的財産権の保護がかなり重要視されている。

 独自魔法の開発は費用と時間がかかるが、覚えるのは冒険者カードで、必要なスキルポイントを消費するだけで簡単にできてしまう。故に魔法開発した研究者にしてみれば、たまったものではないだろう。

 これで研究者がいなくなることを危うんだ国々は知的財産権の保護を徹底して法整備を行っている。

 すなわち特許されたレシピの開示を許されるのは、その人物かもしくは当人から管理を委託された者の許可が必要となる。

 

「ウィズ魔道具店は、これらの()()()()()()アイテムの製品開発の出来る腕の立つ職人を急募しています」

 

 ゆんゆんが書類と共に出しているのは、オイルライターの見本品だ。

 ひょいざぶろーやゆいゆいの前で、教わった通りに、ライターから火を灯して見せ、『おおっ!?』と歓声を上げさせる。

 

「紅魔族には、あまり驚くようなものではありませんが、『ティンダー』を使えない人たちからすれば、魔力を使わずに火を起こせる『ライター』は、すごく便利な物です。火打石は湿気った場所では使い辛かったり、火種になる可燃物を濡らさないように携帯してなければならないので面倒ですから。この『ライター』なら、それらの問題を一発で解決することができます」

 

 本当ならば、解説はゆんゆんがやる手筈ではなかった。

 二人でこれら前に出て交渉するのはほとんどとんぬらが請け負っている。

 とはいえ、聞き手役としてプレゼンの練習に付き合っていたゆんゆんはその内容を覚えており、話術もそれなりに聞き入っていた。

 

「ふむ。簡単な構造なのによくできている。魔道具ではないというのが信じられないな。それに大事に使えば長持ちしそうだ」

 

 感心したように『ライター』を手に取り色んな角度から眺めまわしているひょいざぶろーは、興味深そうに感想を漏らした。

 その反応を見て、ゆんゆんは続けてそれを出す。

 

「お次はこの『扇風機』。これも魔力を使わずに『ウインドブレス』と同じ働きをします。……エリー、お願い」

 

 予め家の庭に呼んでおいたぽんこつ兵エリーに、『雨露の糸』で作られたコードを『扇風機』から伸ばして、接続部に繋げる。すると内蔵されたモーターが回り始め、風を起こし始める。

 

「ほう、これは夏場には便利そうだ。魔法を使えない人には重宝されるだろうな」

 

 涼風に扇がれ、しきりに頷くひょいざぶろー。しかし、その細めた目が鋭い光を放つ。

 

「しかし、これは先ほどの『ライター』とは違って、構造は複雑。それに魔力の代わりとなるモノを用意するのが大変なようだ」

 

「はい。『扇風機』は、このエリー……()動ゴーレムと同じ『モーター』という動力部で回っていて、それも『エンジン』という動力源を確保しなければ動きません」

 

 ここから先は実際に制作したとんぬらでなければ、詳しい説明ができないが、原案提供者(カズマ)の望む通りの『モーター』は造れたのだが、それには職人にはない魔法スキルがどうにも必要で、そして、『エンジン』には永遠に燃焼し続けるという『コロナタイト』が少量必要であり、さらに詳細な仕組みを知るにはエリーを一度バラさなければわからない。

 

「この再現が難しいのは当然です。何せ、エリーは魔導技術大国『ノイズ』の礎を築いた『賢王』、その『賢王』が考案した最後の作品なんですから」

 

「なんとっ! 他の魔導ゴーレムとは違うとは思ったが、まさかそのような……」

 

 目を赤く興奮に光らせ席を立ったひょいざぶろーが、庭先へ靴を履かずに飛び出す。

 鼻息荒げに大人しく待機状態のエリーの体を触り、しきりに頷く。

 

「『アクセル』の職人で『扇風機』を製作できる者はいませんし、『賢王』の『エンジン』を再現できるものもおりません。この家電路線は詰まっていて、マネージャーもいたく悩まされています。この知的財産のアイデアを活用できれば富の山を築けるのは明白なのに、机上の空論だからです。

 ですから、もしこの仕組みを解明し、さらに実用化にまでこじつければ、その者は発明家として歴史に名を遺すでしょう」

 

「っ!」

 

 それはひょいざぶろーの琴線を刺激する文句であったか。

 とんぬら曰くに、めぐみんが持って生まれた魔力が強すぎて暴走しがちなのは、魔道具職人ひょいざぶろーからの遺伝だろう。この大きな魔力を持て余してしまうから、効能が高くともおかしな癖を持ってしまった魔道具になってしまう。

 

 ならば、変に魔力を篭めなくてもいいものならば、デメリットの出ることはない。

 

「ひょいざぶろーさん、このプロジェクトに再雇用されてみませんか?」

 

 極楽ふぐは、毒さえ除ければ絶品。問題のある魔力部分――すなわち、()道具の“魔”さえ除ければ、まともな高性能なアイテムであるはずだ。

 ただし、それは魔道具職人とは言えないものであるだろう。製作に魔法を使った作業はあるものの、作品には魔力は篭められないのだから。

 言ってみれば、こちらが要求するのは、紅魔族随一の鍛冶屋と近しい仕事だ。鍛冶屋ながら紅魔族の『アークウィザード』の端くれである彼は、魔力をふんだんに使い、普通じゃ扱えないほどの熱量の炉を操って、上質な鎧を造り上げている。鎧自体に魔力は篭められていないが、その品質は逸品である。

 

「マネージャーは、この『ライター』を一個一万エリスで売るそうです。日に三個ほど作ってもらい、月に九十個を納品してもらえれば、職人方に五十万ほどの儲けを渡すそうです。私、この前、『テレポート』を覚えまして、早速この紅魔の里を登録先にしました。これで『アクセル』との移動費も時間も掛かりませんし、『エンジン』の開発の傍らの、内職程度の働きでも月に家族を養えるだけの安定した収入が入ってくるようになると思います」

 

「まあっ! 内職にしてもすごく割りの良い稼ぎじゃないあなた!」

 

「……しかしだね、ゆんゆんさん。これが便利で売れるアイテムなのはわかるが、ワシは魔道具職人として魔道具一本で売りに出している……それに、そちらの設計図通りに造る物を制限されるというのもね……」

 

 好条件を並べても難色を示すひょいざぶろー。

 我が道を行く魔道具職人が、己が発想を自由がままに発揮した作品を、結局は受けいれられてもらえない事には変わりない。一品入魂で作り上げた傑作よりもこんなお手軽な便利グッズの方が、評価が高いのだから反感を買うだろう。

 けれど、この頑固な職人気質を予期していなかった彼ではなく、ゆんゆんは聞き手役として付き合ったその説得を、メモなど取らずに諳んじるくらいに覚えている。

 

「ひょいざぶろーさんは、『上級魔法』を覚えていますよね」

 

「うむ? そうだが、紅魔族ならば当然だろう」

 

「上位の魔法にもなると、魔法ごとの身振りや専用の詠唱、魔力の流れなども一つ一つキッチリ覚えないといけませんが、『上級魔法』スキルさえ習得できれば誰にでもできるようになります」

 

「ああ、その通りだ」

 

「でも、上位の魔法を簡単に習得できるようになったのは、『上級魔法』スキルを開発した過去の偉人のおかげです。彼らが大変な思いをして形にした技術を他の人に教授し、それが私達の代まで受け継がれてこられたから一から魔法を開発するなどという大変な手間がかからずに上級魔法が使えるようになったんです」

 

 引っ込み思案で、あまり人前で喋ったりする経験値が少ないし、慣れないゆんゆんだが、いずれ里の長のなる者として、里の者たちをひとり説得できないなんて許されない。

 そう、イメージするのは、大勢の民衆を扇動してみせた頼れる彼の姿。記憶に焼き付いている見本を目指し、ゆんゆんは精一杯に弁舌を振るう。

 

「人は先祖から、連綿と技術を受け継いできて発展してきました。何もかも自分ひとりで築き上げたものなんてないと思うんです」

 

「むぅ……」

 

 生産ノルマが発生することになるが、知的財産の保護よりこの特許済みの設計図を見られるのは契約した職人のみ。たとえ見様見真似で作り上げても、それは法に違反して捕まる。

 

「今までにない発想が得られるこの仕事は職人の幅を広げるためのチャンスです。もし、これだけを未知のアイデアが詰まった宝箱を前に手を出さないのであれば、それはもはや作り手ではありません」

 

「……職人失格だとは、随分とまた言ってくれるね」

 

「あ、いえ、その……ですが、当店と付き合っていけば、いずれ魔道具職人としての腕を存分に振るえる機会があります!」

 

 それはより先を見据えたバニルのダンジョンの話だ。

 そのギミックには、一喜一憂させる感情の振り幅の大きいであろうひょいざぶろーのセンスがうってつけになるはずだ。と彼は見ている。その辺りも加味して再雇用の人材にマネージャーへ売りに出せるだろうと。

 

「ねぇ、あなた」

 

 ゆいゆいが声をかけるも、庭に立つひょいざぶろーは背を向けたまま。

 

「ひょいざぶろーさん」

 

「……ひとつ訊ねてもいいかい?」

 

「え、はいっ、何か説明で分からないところがあったりしますか……?」

 

「いや、そうじゃない。この腹案を考えたのは、ゆんゆんさんなのかな?」

 

 うっ、と返答に詰まる。

 

「なに。娘からの手紙で君が、人付き合いが上手くないのは聞いていたからね。族長も娘は紅魔族の流儀には不安があると憂いておられた。だから、今日初めて会って、こんなにも紅魔族の血を刺激してくるような文句が言える子だったなんて驚いた」

 

 そこまで言われてしまったら、ゆんゆんは素直に白状するしかない。

 

「この便利アイテムの原案を考えたのは、カズマさんで……『扇風機』を形にしたのはとんぬらです。とんぬらが、ひょいざぶろーさんに『家電』の仕事を請け負わせようと提案しました。さっきの話も全部とんぬらの受け売りで……」

 

 ゆんゆんはやや俯き、答えた。知的財産権を有するのはカズマと聞いてゆいゆいの目が光ったが、ひょいざぶろーは大きく鼻を鳴らす。

 

「ふん。やはり、そうか」

 

「で、でも! 私もとんぬらの考えには賛成して」

 

「ああ、わかっているよ。さっきの言葉には君の熱意を感じた。ならば紛れもなくそれはゆんゆんさんの言葉だ」

 

 ゆんゆんの懸念に反して、むしろ逆に感心するひょいざぶろー。

 

「君にそうさせるだけの成長を促したのがあの少年であるのだとすれば、中々に面白い男のようだ。娘が評価するのもわかる。それにああもワシに真っ向から啖呵をぶつけてこられたのはそうはいまい」

 

「私もロクでなしの甲斐性無しでは困ると言っているんですけどね」

 

「か、母さん……」

 

 妻からお小言を呟かれ、ややたじろぐひょいざぶろーだがすぐ威厳ある大人に持ち直し、

 

「とにかく、これがあの若造から吹っかけてきた“試練”なのだとすれば、紅魔族としてこの喧嘩は買わねばならん。この未完成な『扇風機』よりも完成された『家電』を造り上げてみせようではないか。だが、受けるにはそれ相応に、ワシからの『試練』も返礼させてもらわねば気が済まん」

 

 そこで振り向いたひょいざぶろーは、ゆんゆんが息を呑む気迫を滲ませて、

 

「見せてもらえないか、あの若造に任せても信頼できる証拠を。神主一族が、スカばかりのネタ魔法と揶揄されながらも受け継いできた魔法が、あの若造でその真価を開花したことを。ワシを、いいや里の者皆をあっと驚かせる奇跡を起こしてみせろ!

 それが二人に与えるワシからの『試練』で、ワシが二人の腹案に乗ってやる条件だ」

 

 叩きつけられた挑戦に、ゆんゆんが応じる前に玄関から賑やかな声が。

 買い物から帰ってきたのだろう。こめっこがバタバタとこの居間まで元気よく駆け出してきて、戦利品であるウナギを掲げながら、母親のゆいゆいに笑顔で、ご報告。

 

 

「母ちゃん、兄ちゃんにフられちゃったー!」

 

 

 魔性の妹の爆弾発言に、あっと驚かされた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ツンデレ娘の里帰りのためにやってきた強力なモンスターが生息する紅魔の里地方。

 現在魔王軍と交戦中とのことから、遠くから様子を窺ってみて、手紙の通りに危険そうであればUターンで『アクセル』へ帰る。道中、魔王軍とエンカウントしてお撤退。モンスターとの戦いも極力避ける。この前の旅行でレベルが上がり、それで盗賊スキル『逃走』を取得したため戦線離脱は容易。

 作戦はズバリ『命は大事に』だ。

 

 それで、とんぬらとゆんゆんはこちらよりも一日早く出立した『テレポート』で『アルカンレティア』まで送り届けたウィズが教えてくれた。

 できれば、“本物の”『アークウィザード』のふたりと同行しておきたかったけれど、夜逃げした直後で疲労していたのもあったが、ツンデレ娘が素直ではないので、決心するのに一日の時間を要してしまったのである。

 けれど、珍しく幸運が働いたのか、大したモンスターと遭遇することはなかった。

 それに道中、黒髪赤目のめぐみんを見た途端、『安楽少女』は悲鳴を上げ、『オーク』は逃げた。

 どちらも冒険者ギルドより要警戒モンスターであったのだが、どちらも『紅魔族の娘とは関わりたくない』だのと泣き喚いて逃げて行った。

 紅魔族とは辺りのモンスターにこれだけ畏怖されるほど凄まじい種族であったのか。魔王軍も一目置くという噂に偽りはなしのようだ。なので、紋所の如く、普通はパーティの後衛にいるはずの魔法使いを先頭に立たせて里へと向かっていたところ――そいつに出くわした。

 

「全員気を付けろぉっ! 何か来るぞっ!」

 

 これは、『敵感知』ではない。死んだからわかる、ゾクリとした既視感だ。

 多分、すぐそこまで接近を許した。『敵感知』スキルには何も感じないが、それなのに迂闊に動けば死ぬ、そんな予感がカズマを襲う。

 そして、無機質な暗殺者みたいな、そんな印象の影が飛び出して――

 

「そんなにビビらなくても大丈夫ですよカズマ。これは、紅魔族の間では有名な森の守り神です。紅魔族の赤い瞳を見れば立ち去っていく、変わった習性をもつモンスターですよ」

 

 それは、機動要塞『デストロイヤー』に搭載されていた魔導ゴーレムと似たような機種。色違いで、前の青色ではなく、こちらは金属色をしており、ボディには『Fullautomatic assaultmachine(全自動戦闘兵器)』というこの世界の文字ではないアルファベットが刻まれている。こんな機械的な感情も何もない敵には『敵感知』スキルでは捉えられないのだろうか。

 これまで、『安楽少女』に『オーク』を退けて少しは自信が出てきた、もしくは調子に乗ってきためぐみんが威厳あるようふんぞり返って、『立ち去りなさい。我が名はめぐみん。紅魔族随一の』と名乗りを上げようとしたそのとき、ダクネスがその襟首をひっつかんでめぐみんの身柄をこちらへ後投げしてきた。

 

「めぐみん! 下がれ! ――ぐっ!?」

「ダクネス!?」

 

 (ドM)騎士の直感で、強烈な攻撃を察したダクネスが先頭を入れ替わり、メタルハンターの一息に二回攻撃する剣捌きをその身に受ける。

 

「ギチギチギチ、ゲタゲタゲッゲッ!」

 

「んっ……! こんな程度! 単調が過ぎるな! 魔王軍幹部ベルディアの方がよほど技があった!」

 

 それはどういった意味での技だろうと悩んでしまうがとにかく。

 あの魔王軍幹部ベルディアの猛攻も耐えたダクネスだ。そう簡単にやられはしない。が、向こうは機械。壊れないのであれば壊れるまで剣を振るう。ずっとこちらのターンだとばかりに往復剣打が『クルセイダー』の堅い守りを破らんと炸裂。

 ああも近接戦でやり合っていたら、ダクネスを巻き込みかねないので爆裂魔法も放てず、

 

「アクアッ! お前は知能と運がバカだが、他がバカ高いステータスが取り柄だろ!」

 

「ちょっとカズマ、私は欠点なんて存在しない完全無欠の存在よ!」

 

「だったら、あのロボットを倒してくれよ!」

 

「それは無理よ。『アークプリースト』の魔法は悪魔とアンデッド以外には無力なんだから。まだそんなこともわからないのカズマさんは。プークスクス」

 

「つっかえねぇな!」

 

「何ですって!?」

 

「二人とも言い争いしてる場合じゃないですよ! このままではダクネスがミンチにされてしまいます!」

 

 めぐみんの焦った声に逃避気味な現実へとピントを合わせれば、

 

「ギシャアアアアアアア!」

 

「ああっ、カズマ! こんな、こんなゴーレムに料理されているようで、私は、私は、どうすればっ! 私は、このままサンドバックにされて、延々と責め苦に遭うのだろうっ! やがて私はこのモンスターに屈し、やがて道具扱いされるようにズタボロの襤褸雑巾に! だが気にするな、打ち合わせ通りお前たちは私を気にせず先に行けっ!」

 

「行けるか! どこの世界にゴーレムにサンドバックにされて頬を火照らせる女騎士がいるんだよ、このド変態が!」

 

「ヒギイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」

 

「あああああっ! ロビン様っ!」  

 

 ついに鎧に罅が入り始め、ダクネスが悲痛な声を上げた。

 もうこの『クルセイダー』はダメなんじゃないのかな。身体は固くても、おつむが弱過ぎる!

 

「あれはロビン様でもお前のマスターでもなんでもない! いきなり、出会ったモンスターに名前を付けるんじゃない!」

 

 こうなったらアレしかない。

 この裏技で腕を骨折しかけた(実際は捻挫)が、これ以上看過するのはダクネスが全身粉砕骨折になりかねない。

 

「アクア! あとで回復魔法よろしくな! ――『スティール』!」

 

 以前、機械に必要な核を盗み取ることで、巨大なゴーレムを一撃で倒した手法。『窃盗』の裏技は、此度も成功し、カズマに確かな手応えを掴ませた。

 それは重くはない。硬くもない。ネズミほどの大きさで、手の中でうねうねと身をよじらせる……グロテスクな、怖気と恐怖を容易く与えてくる生き物で――

 

「うわああああああああああああ! な、なにこれ! なんだこれはあああああああ!」

 

 反射的に投げ捨てた。

 これまで『スティール』で盗んできた中でも、過去最悪だ。

 

「えーんがちょ、カズマさん、えんがちょ! あはははは!」

 

 しまった。どうせ投げるんだったら人の不幸を指差して笑う駄女神に投げつけてやればよかった。

 

 とはいえ、それが核であったのだろうか。ダクネスを滅多打ちしていた魔導ゴーレムは行動停止し、それから寄生体のそれも摘出されたら、陸に打ち上げられた魚のようにぐったりとしている。

 それをめぐみんがマジマジと観察して、

 

「これは……『冬牛夏草』?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「私が頑張って話しをまとめてるときに何をやってたのよ、とんぬらぁ……」

 

「だから、あれはこめっこの戯言だと言っているだろうが。悪女に育たぬようちょっと人生の訓戒を説いただけでな……!」

 

 あれからもう大変だった。

 『紅魔族随一の美人なこめっこを誑かした挙句フっただと……! そういえば、めぐみんからの手紙で紅魔族随一のプレイボーイだとか書かれていたが……よくも我が娘を傷物にしてくれたな貴様ああああ!』と誤解が加速しキレた魔導民族屈指の実力者。

 自前で貴重な強力なモンスターの素材を狩ってくるひょいざぶろーは、魔道具職人としての腕前はとにかく、『アークウィザード』の能力は非常に高い。

 『ああもう! あんたの娘らには散々振り回されるし、作った魔道具には災難な目に遭わされるし! 一旦は冷静になろうと場を離れたが、不幸の元凶っぽいあんたはやっぱ殴らんと気が済まん!』と帰宅してすぐバトル展開にやけっぱちに叫んだとんぬら。

 魔法を容赦なく乱射するひょいざぶろーに、春風の精霊『春一番』を使い、スカート捲りをするように居間に敷かれた全ての畳を捲り上げる『春爛漫・畳返し』で視界を攪乱すると一枚の畳に身を隠しながら相手に飛び掛かった。

 魔法使いらしからぬ殴り合いの泥仕合に突入し、殴って殴られ、最後は背後から忍び入ったゆいゆいに『スリープ』を撃たれ、ひょいざぶろーは鎮圧された。どうやらゆいゆいは喧嘩になるのを察して、高級食材を持ったこめっこと処理落ちしていたゆんゆんの腕を引いて台所へ避難させた後、裏口から激怒する主人の背後に回った。実力ならば宮廷魔導士クラスのひょいざぶろーをああも容易く鎮めてみせるとは流石というか、恐ろしさを覚えたとんぬらである。

 その後は、『血の気の多い主人にこれ以上精のつくものを食べられては困りますし』と騒ぎを余計に大きくした罰として旦那さんはそのまま寝かされたまま、『ヤマタノウナギ』の昼食を頂いて、奥さんと娘に見送られ家を出たとんぬらとゆんゆん。

 

『家のためにいろいろとありがとうございます。主人はしっかりと反省させますから、二人の事、応援していますよ』

 

 それで、ゆんゆんから恨み節をぼやかれながら『試練』の内容を聞かされる。

 

「奇跡魔法で里の皆をアッと言わせてみせろ、だと」

 

「うん。……できそう?」

 

「できるかできないかと言われたら無論できる。当たりが出るまで何度も『パルプンテ』をすればいい……ただ里全体を驚愕させるスケールとなると、隕石を降らすことくらいしかなさそうなんだが」

 

「ダメよ! いくら『試練』だからって里を破壊するのは絶対ダメだから!」

 

 紅魔族のノリなら許されそうだし、里が壊滅しても三日くらいで復旧するから問題なさそうだが、相方が猛反対なのでやめにした方が良いだろう。

 

「となると、残るは召喚獣か?」

 

「召喚獣って……?」

 

「この前のハンス討伐の騒動でレベルが上がったから、『パルプンテ』に召喚機能を拡張したんだ」

 

 召喚契約には二種類の方法がある。

 一つは、術者が指定した悪魔やら魔獣を喚び出す方法。

 これは、その召喚獣の事を記した書物を読むなどして詳しくその悪魔魔獣の事を知り、そして呼び出す。

 このメリットは、自分の実力に合った召喚獣かどうかを吟味して喚び出せる事。

 術者の力量以上の召喚獣を喚んだとして、もしもそれが凶悪極まる獰猛な性格だとすれば喚び出した召喚獣に殺されてしまう。

 なので、喚び出す召喚獣を指定出来るのは大きな利点と言えるだろう。

 デメリットは、二点。

 まずその召喚獣が記されている書物なり封印されている容器なりと言った触媒を手に入れなければいけない事。

 そして、相手を指名して喚び出すと、召喚の際に捧げる代価に指名料という供物を必要とし、非常に高い代価を要求される場合がある。

 

 次に、もう一つの召喚方法は、喚び出す召喚獣を指定しない、『ランダム召喚』という物だ。

 その名の通り運任せに喚び出してしまう方法であり、術者にとっても何が飛び出してくるか分からない危険な召喚方法である。

 メリットは、全く知らない悪魔魔獣だろうがどんな大物だろうが、召喚者が全くのド素人でも道具さえあれば召喚が行える事。

 デメリットは危険な事。大概の場合は最も数の多い下級の悪魔魔獣が喚び出される事となるが、稀に公爵級の最上位悪魔がうっかり喚び出されてしまう事がある。その場合、一部の例外を除き、術者は間違いなく殺されてしまう。

 

「『悟りの書』の記録によると、初代勇者は『巨大な魔神』と『魔王よりも恐ろしいナニカ』の二体と契約していたそうだからな。奇跡魔法は二体の召喚獣と契約できる。俺は『冬将軍』と契約を結んでいるけど、ひとつ空きがある」

 

「それで新しい召喚獣と契約するってこと? でも、『ランダム召喚』は何が出てくるかわからないし……それにそれ用の道具がなくちゃ喚び出すのも大変よ」

 

「いや、奇跡魔法のは特別道具がなくても召喚はできるし、一度契約を結べれば触媒無しでも指定できる。まあ、その召喚効果を引き当てるのがランダムになっているんだが。で、実感の篭った言葉だったが、ゆんゆんも召喚魔法を齧ったことがあるのか?」

 

「えと……もう悪魔が友達でもいいかなーって考えた時期があって……」

 

「そんなしょうもない理由で喚ぼうとするのはゆんゆんくらいだ」

 

「と、とにかく! 『ランダム召喚』なんてダメよ! 何が出てくるか運任せだなんて……とんぬら、運のステータスが低いし」

 

「俺の運のステータスはピンチの時のために力を溜め込んでいるんだ。……まあ、『ランダム召喚』の危険性はわかっている。そこで、だ」

 

 とんぬらは指を一本立てると、里付近の山のある方角を指して、

 

「『魔神の丘』にご先祖様が召喚したという魔獣の封印の壺がある」

 

「そうなの?」

 

「ああ、何でも初代勇者が使役した召喚獣の一体だそうでな。機動要塞『デストロイヤー』にも立ち向かったという『巨大な魔神』だ」

 

「随分と大物そうね……」

 

「ただ、歴代の神主たちが召喚契約に挑んだそうだが、どれも里が壊滅する事態に遭って、ことごとく失敗しているそうだ」

 

「絶対にダメ。その触媒は使っちゃダメだからね!」

 

「そうだな。俺としてもご先祖様のお下がりというのはしたくないからな。いずれは『パルプンテ』を究める者として、『巨大な魔神』以上の怪獣と契約を結びたい! あの頑固職人の鼻を明かすにはそれくらいでないと!」

 

「ねぇ、それ仮に結べたとしても爆裂魔法並みに使う場所を選ぶものになりそうなんだけど」

 

 ウィズ魔道具店の今後の命運も掛かっている『試練』達成に燃えるとんぬらを見て、ふと、ゆんゆんは意を決したようにひとつ頷くと、

 

「とんぬら」

 

「なんだ?」

 

「好きよっ!」

 

 いきなりの告白に足を止めてしまうとんぬら。

 半歩斜め後ろについている顔と目が赤いゆんゆんへ振り向き、

 

「いきなりどうした」

 

「ほら、さっき嫌いって言っちゃったじゃない。でも、あれは全然本意じゃないし、だから、そのとんぬらに誤解されないように……」

 

 ごにょごにょと指を突き合わせて口篭らせる彼女に、とんぬらは嘆息。

 

「わかったわかった。と、そんなの言われなくてもわかってるから恥ずかしいのを無理して言わなくてもいい。喧嘩してくれって頼んだのはこっちなんだし」

 

「でもっ、好きだからっ! ちゃんととんぬらにわかってほしいの!」

 

「いや、わかったから、もう言わなくていい!」

 

「ダメ! 十回くらい言わないと帳消しにならないわ!」

 

「どんな計算なんだよ!」

 

 のどかな田舎な里とはいえ、誰が聞いてるかわからないところでこんな羞恥物は御免被りたい。だが、一度火が点いちゃったパートナーの暴走列車は止めるのは至難である。

 

「好き好き大好き愛している! ――むぐっ」

 

 実力行使で、被せた手で覆い塞ぐ。

 

「むぐぐぐ~~~っ!」

 

 それでもじたばたともがくめんどうくさい娘を、とんぬらはグイッと引き寄せ、耳元で噛みつくように荒々しく囁く。

 

「あまり聞き訳がないと今度は口で黙らせるぞ」

 

 ぽんっ! と煙を噴いて固まるゆんゆん。徐々にその意味を把握して、上昇していく顔面体温は沸騰したお湯にさした体温計のようで。

 とんぬらもこんなよくわからんキザな台詞を吐いたのが恥ずかしい思いだが、これで彼女を丸め込むことができて一安心。もしさっきのを知り合いに見られてたりしたら……

 

「流石は紅魔族随一のプレイボーイだ。よくあんな恥ずかしいセリフを吐けるね」

 

「ゆんゆんが悦ぶようならいくらでも言ってやるさ。こういうのはな、我に返ったらダメなんだ」

 

「ふむ。そういうものか。他にネタにできる文句はないかい?」

 

「そうだな。あとは…………」

 

 ピキッと固まるとんぬら。油の切れた駆動部のようにぎこちなく、ぎぎぎぎぎ……と顔をそちらに向ければ、何もない。――だが、一歩踏み込めば、その光の屈折魔法の結界に踏み入り、その内側にじっとこちらを見つめている眼帯を付けた少女がいた。

 前と変わらずとても特徴的な格好をしている彼女は、とんぬら達のよく知る、里帰りの一助にもなった同級生で、

 

「あ、あるえ、か……?」

 

「ああ、我が名はあるえ。紅魔族四天王の一角にして、文豪の卵なる者! ……とやあ、久しぶりだねとんぬら、ゆんゆん。それで、今朝、族長から『紅魔の里“不滅目録(エターナルガイド)”』の特集記事を頼まれてしまってね。取材の続きをしてもいいかい?」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。