この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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51話

『……王子様みたいに、……キス……してほしい……』

 

 アクシズ教団の最高司祭によって、『毒にやられた薄幸の少女を、仮面の王子様のキスで救った』という伝説になぞられた演劇が水と温泉の都にゲリラ公演されていて……

 

『期待するな。――王子様はガラじゃないんだ』

 

 そして、それは里一番美人な占い師によって、紅魔の里でも知れ渡ったりしている。

 これについて女子クラスの同級生FとDは、『そんなあのゆんゆんに先を越されるなんて……これはウソよ! 絶対に認められないわ!』、『そうよ! これは誇張しているのよ! そうに決まってる!』と強く否定。

 けれども、目の前には、しっかりとその濃厚な場面が映し出されていた。

 それもこの時だけでなく、里を出てからのこれまでの冒険、その中でも“恥ずかしい”シーンを抽出して流されている。

 そこには当然、羞恥心大好物な悪魔が滅ぼされても構わないと絶賛するほどの合体ネタ魔法もあった。

 

『我が名はとんぬら! 紅魔族随一の勇者にして――族長から珠玉の一人娘を娶る者っ!』

 

『我が名はゆんゆん! いずれ紅魔族の長を継ぎ――紅魔族随一の勇者のお嫁さんになる者っ!』

 

『魔王軍幹部、バニル! 我らの超奥義を食らうがいい……!』

 

『『ふたりの、この手が闇を裂いて光り輝く!!』』

 

『幸せ掴めと!!』

『轟き叫ぶ!!』

 

『ラァァァブ!!』『ラブゥッ!!』

 

 

『『メドォォォオォォォォォア――――!!!!』』

 

 

 ………

 ………

 ………

 

 

 互いの恥部を曝け出す合うことで絆を深める大変徳の高い魔道具、通称『仲良くなる水晶』というのがある。

 それは熟達した魔法使いでなければ扱えない高い魔力制御を必要とされるアイテムであったが、極大消滅魔法という超高度な技能をやってのける二人には造作もない。そう、技術的には……

 

 そして、これはリアルなネタを求める文豪の卵にとって、取材するのにうってつけな道具でもあった。

 

「う、ううぅぅ~~~っ……!」

 

 映像の投射が終わって、真っ赤な顔を手で隠して蹲っているのはゆんゆん。

 

『イヤよイヤ! 絶対にやらないわよ! だって、私これ前にめぐみんとやったことがあって、それで……ぅぅ~~~っ!』

 

 この『仲良くなる水晶』の使用者であるゆんゆんは、最初こそこの紅魔族随一の文豪が課した『試練』を声高に反対していたというのに、途中、彼女に何か吹き込まれたかと思えばやる気になった。

 アピールするだの何だのとブツブツと呟いていたが、今回ばかりは自業自得。むしろこっちは巻き込まれた方である。

 『ちょっとこの水晶で二人の冒険譚を見せてくれないか』という『試練』をクリアしたとんぬらは、今のでインスピレーションが湧いたのかメモを取るのに夢中になっている眼帯少女を睨み、

 

「なあ、これで満足かあるえ?」

 

「事実は小説よりも奇なりだね。これほど濃い体験をしていたなんて正直驚いたよ。おかげで幅が広がった。ありがとう、感謝する。……それで、この魔道具に録画機能はないのかい?」

 

「ない。たとえあったとしても消去する」

 

「残念だ」

 

 本当に、なんでこう地雷な魔道具に自分はひどい目に遭わされるのだろうか。ひょっとしてこの『仲良くなる水晶』も、奇天烈発明家(ひょいざぶろー)の作品ではあるまいな?

 

「それで、あるえの方はどうなんだ近況は? あの手伝った王都の『らのべ』の選考は通ったのか?」

 

「ああ、あれは最終選考まで残ったんだけどね。残念ながら受からなかったよ」

 

「そうか。残念だったな」

 

「ふっ、改善点も洗い出したしね。次はやってみせるさ。それで、あとは学校の方は、男子クラスの方はあまり知らないが、女子クラスでは私の次に酒屋の娘のねりまきがこの前卒業したよ。今はどどんこ、ふにふら、さきべりー、かいかいの横一線で成績が並んでいるようだ」

 

 トラウマ発生器な魔道具を仕舞いつつ、久しく顔合わせした距離感を埋め合わせるよう世間話が済むと、あるえがとんぬらの手を取ってきた。

 

「……じゃあ、最後に実演に付き合ってくれないか?」

 

「何?」

 

「ああ、ゆんゆんはいい。さっきの場面を私もやってみたくなった。後学のためにね」

 

 どうやら、合体魔法のやり取りを自分でも真似て体験したくなったようだ。ネタ探しに貪欲というかなんというか。女子クラスの中でもめぐみんやゆんゆん以上に異色な個性の持ち主はこの羞恥物を自らご所望らしい。

 

「おっとと……」

 

 距離感を見誤ったのか、前に転びかけたあるえをとんぬらは抱き留め、

 

「まったく。お洒落だか設定だかあるんだろうが、眼帯を付けてるんだからあまりはしゃぐのはよせ。すっ転んで怪我したらどうする」

 

「何、私も年頃の娘なんだ。このシチュエーションに心昂るものがないとは言えないね」

 

「わかったわかった。こうなったら、リードしてやるから、一発で満足してくれよ」

 

「ふふ、実際に抱かれてみるととんぬらの逞しさがよくわかる。映像を見ただけではいまいち理解できなかったけど、こうしてみると体を預けたくのも納得するよ」

 

 目が赤く点灯しているのを見ると、本当に興奮しているようだ。

 あの何事にも動じないあるえが意外だ……ととんぬらが内心思っていると、

 

「おい、ちょっと距離が近くないか?」

 

「そうかい? 映像ではゆんゆんともっとくっついていなかったかい?」

 

 グイッと積極的にというか強引に身を寄せるあるえにややたじろぐとんぬら。そのゆんゆんを上回る女子クラス一の発育を誇る彼女は、卒業してからも成長しているのが良く実感できる。

 この猫の前に猫じゃらしで視界をくすぐられる生殺しな状況をとっとと終わらせようととんぬらは早速、魔法無しの演舞をやる。

 

「我が名はとんぬら! 紅魔族随一の勇者にして――未来の大文豪のアシスタントを務めた者!」

 

「我が名はあるえ! 『紅魔族天空物語』の執筆者にして――いずれは紅魔族随一の文豪になる者っ!」

 

 引き籠りがちな作家なれど、体躯は良くて体育の授業でもわりと動けていたあるえは、とんぬらのリードで映像のイメージのままに踊ってみせる。それに即興でアレンジを入れた紅魔族の名乗り上げにもあっさりと順応する。流石はこの手の流儀に関しては、首席と次席よりも優秀と担任ぷっちんが太鼓判を押す三番手の優等生だ。

 

「新人作家の登竜門、シューズ文庫大賞! 我らの合作を見て慄くがいい……!」

 

 勢いのままポーズを決めていき、掛け声を合わせる。

 

『ふたりの、この手を遥か高みの夢へと伸ばす!!』

 

「頂点取ると!!」

「轟き叫ぶ!!」

 

 そして、最後の――

 

 

「ラブ「だめ!!! もう終わり!!!」」

 

 

 クライマックスに入る前に、これまで羞恥のあまり呆然としていたゆんゆんが復活。すぐとんぬらとあるえの間に割って入る。

 

「む、あと少しなんだがゆんゆん」

 

「もういいでしょあるえ。とんぬらも離れて!!!」

 

「でも、ゆんゆん。最初にあるえの取材を受けると決めたのはゆんゆんで、それにこれもゆんゆんが恥ずかしがるようなことはないではないか?」

 

 とんぬらとしては、『仲良くなる水晶』にトラウマを作ってるゆんゆんに配慮していたつもりだ。

 宥めようとするとんぬらであったが、ゆんゆんは問答無用で強引に引っ張り、あるえから離す。

 

「恥ずかしいとか以前の問題なの。話をするだけならいいけど他の人と実演なんてやらないで、ああいうのは私だけとやるの。私は全部独り占めしたいんだからねっ!!!」

 

 涙ぐみながら言うゆんゆんに、少しドキッとする。

 他の女性に靡く気はさらさらなかったとんぬらであったが、独占意欲の強いパートナーに降参するように肩を竦め、

 

「だそうだ。ここから先は諦めてくれあるえ」

 

「そうだね。『紅魔の里“不滅目録”』の取材はこれで十分だ。『試練』もこれでクリアとしておこう。『紅魔族天空物語』も、楽しみにしておいてくれ」

 

「そうだったわあるえ! あなたには制裁しなくちゃいけないことがあったわね!! あんな落書き小説を送ってくるから私っ、散々な目に遭ったんだから!!!」

 

「落書き小説!?」

 

 ショックを受けて胸を抑えるあるえに、蘇ってきた怒りと羞恥にこの瞳を真っ赤に染めるゆんゆんが取っ組み合いを始めそうになったので、ひとまずとんぬらが二人の間に立って両者を押さえる。

 

「落ち着けゆんゆん。確かにあれは誤解されるような要素がなくもなかったが、ちゃんと文末にフィクションだと但し書きがしてあった。ゆんゆんが暴走して事故ったが、あれは見落とさなければ未然に防げたものだったろう? だからこれはどちらにも問題があったと両成敗で事を収めようではないか」

 

「でも! でもぉ! 私、あのせいでとんぬらに、こ、こ、子作りをせがんで……!!」

 

「言うな! それは掘り返すんじゃないゆんゆん!」

 

「わ、私の手紙で一体何が……!? 二人はまさかもうそこまでの関係に……!?」

 

「なってないから! メモを取るんじゃないあるえ!」

 

 ……この傍から見ると修羅場に見える言い争い。それを遠目で伺った里の者たちによって面白おかしく尾鰭背鰭が装飾されて、紅魔族随一のプレイボーイに二股疑惑が持ち上がるのだが、その時はまだ知る由はなかった。

 そう、二人が周囲を気に掛けられていないくらい余裕が吹っ飛ぶ出来事がこの時起こったのだ。

 

「っ! この音――!?」

「今のってまさか――!?」

 

 何もかもを吹き飛ばす轟音。駆け出しの街では今では風物詩になってる耳に慣れた爆発音。

 破壊力過多な爆裂魔法が放たれた震撼がズンと腹の底に響き、すぐとんぬらとゆんゆんはその発信源へと駆けだしていった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 『対魔王軍遊撃部隊』、隊長のぶっころりーが急遽、家に引き籠ってしまったが、他の面子は哨戒任務を行っていた。

 少数ながら光を屈折させる魔法『ライト・オブ・リフレクション』で姿を隠しながら、標的を見つければ速やかに撃退するゲリラ戦法は、かなりの戦果を挙げており、魔王軍の部隊は里へ踏み入ることすらも至難。いつどこで襲い掛かって来るのかわからない『アークウィザード』を警戒するのだから、何もせずとも大きな精神的な負担を強いる。

 

 しかし、遊撃部隊優勢に傾いている戦況を大きく揺るがすものが突入された。

 

「ヒギイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」

 

 それは狂ったように雄叫びを上げる魔導ゴーレム。

 その備え付けられた、紅魔族の刺青(バーコード)を読み取る機能は、姿を景色に溶け込ませていようがお構いなしに探知する。そして、サーチ・アンド・デストロイと設定された魔導ゴーレムは紅魔族を徹底的に狙ってくる。

 今も四人組(フォーマンセル)で行動する遊撃部隊を見つけ、一体の魔導ゴーレムが突撃した。

 敵対しているとはいえ、魔導ゴーレムは、里の守護神と崇められていた。流石に手を掛けるのも抵抗がある……

 

「残骸も残らずに消え去るがいい、我が心の深淵より生まれる、闇の炎によって!」

「もうダメだ、我慢ができない! この俺の破壊衝動を鎮めるための贄となれええーっ!」

「さあ、永久(とこしえ)に眠るがいい……。我が氷の(かいな)に抱かれて……!」

「お逝きなさい。あなた達の事は忘れはしないわ。そう、永遠に刻まれるもの……。この私の魂の記憶の中に……!」

 

 なんてことは一切なく。

 魔導ゴーレムが敵対していると判断を降すや否や、それぞれがそれぞれの魔法詠唱でも何でもない決めセリフを口にした。

 魔力を身体の隅々まで行き渡らせて身体能力を上昇させた彼らは、一気に間合いを詰めて、全員が全く同じ魔法を完成させる。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

「セイバーッ!」「セイバーッッッ!」

 

 新選組の草攻剣のように次々と通り抜けざまに輝く手刀の一太刀を浴びせていき、魔導ゴーレムはコマ切れの残骸と成り果てた。

 さっきの決めセリフで言っていた、闇の炎だの氷の腕だのと言った要素はまるでないが、相手に攻撃させる間も与えずに仕留める実戦的な術理がそこにあって――そんな理屈を何もかもを吹っ飛ばすミナゴロシな破壊をさせるほどに魔導ゴーレムは狂っていた。

 

「なっ、自爆――!?」

 

 戦闘不能になった直後、魔導ゴーレムは自らの体を爆発させて、紅魔族の遊撃部隊に少なくないダメージを負わせた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 それは気持ち悪い寄生モンスターを握り締めてしまったカズマの悲鳴を聞きつけてやってきた。

 

「子供の紅魔族を見つけた! 残りは冒険者風の人間だ! おい、ここだ、早く来い! 大手柄のチャンスだぞっ!」

 

 それは一匹の、鎧を着たモンスター。

 耳が尖り、赤黒い肌をした、筋骨隆々ではなくスリムな鬼。額に一本の角を生やした人型の魔物は黒髪赤目のめぐみんをガン付ける。

 まずい。

 魔王軍と遭遇しちまった……!? 紅魔族の里へは近いのだ。魔王軍の連中がウロウロしていてもおかしくないというのに……!

 壁役のダクネスも魔導ゴーレムにサンドバックにされてすぐには動けず、そこで前に出てきたのは、『アークプリースト』のアクア……!

 

「んー? あんた、見た感じ下級の悪魔モドキじゃないですかやだー! 下級悪魔にすら昇格できない、鬼みたいな悪魔崩れが何ですか? なんですか? あんたみたいな下級モンスター相手だと、破魔の魔法が効かないのよね。良かったわね、悪魔の成り損ないで! プークスクス! 今は悪魔崩れのモンスターに構ってる暇ないの。ちゃんと悪魔に昇格できたなら相手してあげるわ。今日は見逃してあげるからあっちへ行って。ほら、あっちへ行って!」

 

 鬼を相手にこうも啖呵を切れるのは頼もしい……なんてことは一切ない。

 余計な挑発をしてくれやがったせいで、手に短めの槍を持った鬼は、赤黒い顔をさらにドス黒くして、怒りを露わに凄みが増す。

 そこで、背後にバラバラとさっき呼ばれた仲間の魔物兵士が集まってくる。その数はざっと二十はいるだろうか。

 ヤバイヤバイヤバイ。数が多い……、多いって!

 

「見逃してやるとか聞こえたんだが。おい、そこのプリースト、なんだって? ……散々煮え湯を飲まされている紅魔族の子供がいるんだ。見逃してやるわけがねえだろうが! へっ、ガキだからって容赦はしねぇからな! おい、八つ裂きにしちまえ!」

 

 とそこで、前に出てきたのは、めぐみん。

 密かに呪文の詠唱を終えていた紅魔族の爆裂娘は、破滅の光が膨らんできている杖先を鬼たちに向け、

 

「この私がガキだのと侮ったことを後悔させてやります」

 

「ちょ!? ちょ、ちょっと待て、こんなところでっ!?」

 

「『エクスプロージョン』ーッッ!!」

 

 制止するカズマを無視して、めぐみんがこちらをリンチしようと囲んでくる魔王の手先を大量に巻き込む爆裂魔法を炸裂させた。

 

 

 結果、辺りの木々を根こそぎ吹き飛ばし、巨大なクレーターを作った爆炎の渦は、その場にいた鬼たちを一掃した。

 

「どうですか、我が奥義爆裂魔法を! ふっ、紅蓮に灼かれ地獄で悔いると良い!」

 

「その前にお前も悔いろ! いきなり魔力を使い果たしやがって、どうすんだこのバカが! 敵はまだいるし、こんなド派手な爆発をしやがって。これでお前をおぶって逃げなくちゃならなくなっただろーが!」

 

 魔力を使い果たして地面に転がるこの挑発に弱い『アークウィザード』を無理やり抱き起して、『ドレインタッチ』で魔力の補充。それでもすぐに走れるようになるわけでもなく、ダクネスもダメージを引き摺っている。新手が来る前にこれでは逃げきれない!

 そして、この状況下で万全なアクアは、何故か首をくりくりと捻っていて……どうも、強者っぽくごきごきと首を鳴らしたかったようだが不発。

 それから、地を何回かザッザッ、と蹴り、身体を半身にして構えを取る。

 そういえば、『ゴットブロー』だのと格闘技スキルも齧っていたが……

 

「ふふっ、安心なさい。さっきも言ったけど、私は回復魔法しかない女ではないのよ? この私は、全てのステータスがカンストしているアクア様よ! あの程度の雑魚悪魔が相手なら、片手で十分。まあ見てなさいな、たまには女神らしいところを見せてあげるわ!」

 

 ……うん、ダメだ。

 もうこの後の展開が目に見えるので、めぐみんへの魔力の補充もそこそこに、肩を貸しながら立ち上がらせると、手を伸ばして剣を杖に自力で体を支えているダクネスの肩に触れる。

 騒がしい気配が近づいてくることから察するに、新手はもうすぐそこまで来ている。対抗する術もない。壁役のダクネスも頼りにするのは無理がある。

 しかし、ここからどこまで魔王軍の追手から逃げられるか。

 

「アクア、こっち来い! 変なポーズを取ってないで、『潜伏』スキルで隠れるから早く俺に触れ! それからダクネスの回復も早く!」

 

 ちょろちょろとなんちゃって拳法のシャドーを見せるアクアを呼ぶ。

 『潜伏』スキルは触れている対象にも効果を発揮する。これで気配を殺しながら静かにこの場を離れ……

 

「……あっ」

 

 るよりも早く、魔王の手先が現れた。

 

「スゲェ爆発音が聞こえたかと思ったが、お前たちの仕業か!」

 

 爆心地に残された仲間たちの装備品の欠片を見た鬼たちがいきなり怒り心頭。『潜伏』スキルの発動前に見つかってしまったため、この仇討に燃える魔物兵士からは逃げられない。

 もう終わりだと思ったその時。

 

 

「『ライトニング』――ッ!」

 

 

 ――突如、空から稲妻が鬼を射貫いた。

 

 連射される雷撃魔法が上空より雨霰と降り注ぎ、次々と魔物兵士を撃ち抜く。

 

「なんだこれは――!?」

 

 鬼たちが上を見ればそこに、宙に浮いた人影。

 それは気球のように膨らんだ外套を左手で握り、右腕でその華奢な腰を強く抱く仮面の少年と、下で群れる魔王の手先を睥睨し苛烈に光のワンドを振るう少女。

 

「くそっ! 卑怯だぞ! 下に降りて正々堂々戦「『ライトニング』!」ぐあっ!?」

 

 得物の刃の届かない上空を陣取られた魔物兵士らは、気球目掛けて槍投げを行うも、『ウインドカーテン』の旋風の護りで逸らされ命中しない。

 そのまま一方的な展開で大きく数を減らされた魔王の手先は、敵う手段がないと思い知らされて散り散りに逃げようとし、

 

「『ライトニング』ッ!」

 

 デュラハンの俯瞰戦法よろしく、宙空にいる二人にはその動きはとても分かりやすく、容赦ない雷撃が逃げ惑う魔王の手先の背中を撃ち抜いていく。

 そうして。

 敵を片付けた後、カズマたちも良く知る紅魔族の少年少女、とんぬらがゆんゆんを抱えてストッと着地。

 

「『アクセル』の風物詩な爆発音が聞こえたかと思ったら、やっぱり兄ちゃんたちだったか」

 

「空を飛んできたのには驚いたが、とんぬら、ゆんゆん、感謝するよ。本当、助かった」

 

 それからゆんゆんが、よろめきながらも自力で立とうとするめぐみんに駆け寄り、

 

「ところで、皆は何故こんな所に? めぐみんも、やっぱり里の皆が心配になったの?」

 

「え、ええ、妹が! 妹が心配になりましてね、ほら、あの子は色々と無茶をやらかす子ですから」

 

「そ、そうね。魔法も使えないのに好戦的な子だもんね」

 

 めぐみんの言葉に納得するゆんゆん。

 けれど、パーティの他の三人はその様子をニヤニヤと見ており、その笑みから察した同郷の少年が嘆息する。

 それにめぐみんは気まずそうにわたわたと視線を左右に振って、

 

「……な、何ですか、皆してニヤニヤして! とんぬらもどうしてそこで溜息を吐くんですか!」

 

「何、気にするな。めぐみんのアレな性格はちゃんと理解しているから。とにかくこんなところで話しているのも何だろう。ゆんゆん、『テレポート』行けるか?」

 

「うん。紅魔の里に登録してあるし、一回分くらいなら問題ないわ」

 

 そうして、ゆんゆんが杖を構え、『テレポート』の魔法詠唱を始める。

 するとさっき周りから生温かい目で見られためぐみんが、ふんと鼻を鳴らし、八つ当たりに不安がらせるような都市伝説を口にする。

 

「ゆんゆんが、『テレポート』って大丈夫なんですか? 『テレポート』による転送はごく稀に事故が起こると言いますし。転送の魔法陣に飛び込んだ、他の動物と混ざったせいでワーウルフやラミアが出来たと聞いたことがありますよ」

 

「ちょっとめぐみん、初めての『テレポート』で集中してるんだから邪魔しないでよ!」

 

「まったくこれくらいで動揺するとは、ゆんゆんもまだまだですね」

 

 と偉そうな口をしているが、しっかりとゆんゆんのローブを掴んでいるあたり、やはりめぐみんはアレだと他の全員から微笑ましそうな目で見られるのであった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

『それじゃあ、今日は、俺は神社で寝泊まりをさせてもらう』

 

『え、今日も家に泊まっていくんじゃないの?』

 

『あまり御厄介になるのも悪い。それに里に居る時くらいは神社の管理をしておきたいからな。ゆんゆんも折角故郷に帰ったんだし、親子水入らずで話したいこともあるだろう?』

 

『うん、でも……今は魔王軍と交戦中なんだし、ひとりはマズいんじゃない?』

 

『心配するな。紅魔の里の中に入ってこようとする猛者なんてそういない。それに俺もいざとなったら逃げるくらいはできるさ』

 

 カズマパーティを里へ送り届けた後、ちょうど日が暮れたこともあって今日の活動はやめて、とんぬらはひとり久しぶりに我が家のある猫耳神社へと赴いた。

 族長の親類、ゆんゆんの従妹に管理されていると話には聞いていたが、建物は綺麗できちんと清掃が行き届いている。感謝の念を送りながら、猫耳神社のご神体に帰還の旨を告げる一礼をして、とんぬらが中に入ろうと戸に手を掛けたら……鍵が開いていた。

 

「? ひょっとして、ねりねりがいるのか……?」

 

 鍵を預けている昔に面倒を見た少女の名を口にしたとんぬらだったが、予想は外れていた。中にいたのは……

 

「そけっと、師匠……?」

 

「あ、あら、帰って来てたのね」

 

 日焼けしているのか、白い肌が小麦色になっているが、紅魔族随一の美人と評判の、とんぬらの師匠そけっとであった。

 

「はい、まあ、昨日に……そういえば、そけっと師匠は武者修行に出ていたそうですが、今日帰ってきたんですか?」

 

「ええ、ついさっき帰ってきたのよ。魔王軍と交戦しているから驚いたわ」

 

「おや? そけっと師匠の占いでも予期してなかったんですか?」

 

「え? あ――と、ええ、予知した通りね。でも実際に見るのはやっぱり驚いちゃうもんでしょ?」

 

「なるほど。それで、ここは俺の家なんですが?」

 

「それは――もちろん、弟子であるあなたを迎えるために待ってたのよ!」

 

「ははあ……そうですか。ああ、前に手紙で俺の力について調べたいことがあると言ってましたしね」

 

「ええ、そうよ。可愛い弟子が心配で、修行を切り上げて帰ってきたの」

 

「それはありがとうございます、そけっと師匠。では、そちらにおかけになってください。お茶の用意をしますので」

 

「お構いなく、ゆっくりでいいわよ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

(ふぅ……危なかったわね)

 

 そけっと――に擬態したシルビアは、台所へと向かうとんぬらを窺い、密かに息を洩らす。

 

 伝説の遺産を管理するという神主一族。

 今は留守だというその社に盗賊スキルで忍び入り、空き巣を行っていたところにその主が帰ってきた。あわや敵陣真っ只中で騒がれてしまうところだったが、紅魔族の女性に変化していたのが功を奏して難を逃れた。

 取り込んだ相手の記憶を表面的な部分を少しは把握しているので、会話もやや不自然ながらも合わせられる。とはいえ、まさか現れたのが、仮面をつけた紅魔族の少年――魔王軍で高い懸賞金が掛けられるであろう『仮面の紅魔族』と思しき相手だったことにはシルビアも動揺は隠せなかった。

 

(でも、これは考えてみるとチャンスよね?)

 

 神主一族であり、高額賞金首。

 ここで捕らえて、情報を引き出し、その身柄を魔王城へ送れば大手柄となるのではないだろうか。同じ魔王軍幹部のハンスを倒した相手でもあるのできっと強敵だろうが、知人の顔で油断している今ならば、やれる……!

 

(それに…………とてもイイお尻をしてるわね)

 

「!!!???」

 

 台所に立つ少年の後姿に、思わず口元をペロッと舐める。

 

「今、オークに背後に立たれた時のような悪寒が……いや、気のせいだ」

 

 ちょっと熱視線を浴びせただけで、ビクッと反応するところもまた可愛い。

 それに、その佇まいから凄く強いオスの潜在能力を身に秘めているのがわかった。

 そう、あれはなかなかお目に掛れない上玉のイイ男だ。

 そして、イイ男は力尽くでモノにしてきた。

 その昔、甘い声で近づいてきた人間がいたが、そいつは一晩を共にした後、あっさりと逃げて行った。すぐに捕まえて問い質せば、その人間は小さな事で区別する、差別するような最低な奴だった。シルビアの体に関する、取るに足らない些細な事を理由にこちらを急に拒絶するようになったが、あまりにもひどく泣き喚くものだから少し調教したあとに、イタダいた。以来、嫌がる可愛い子を力ずくで組み伏せるのが大好きになった。

 

「粗茶ですが」

 

「あら、ありがとう」

 

 テーブルに湯呑を置く。そこでさりげなく隣にポンポンと叩いて傍に座るようにアピールしたのだが、『仮面の紅魔族』はこちらから最も距離のあるポジションに腰を下ろした。

 女心にも男心にも精通するシルビアにはお見通しだ。

 ふふ、美人なお姉さんとふたりきりの状況にドギマギしてしまっているのだろう。そんなシャイなところもまたこちらを滾らせてくれる。

 

「そういえば、『アルカンレティア』で魔王軍幹部ハンスを倒したそうじゃない?」

 

「もうご在知でしたか。耳が早いですね、そけっと師匠」

 

「弟子の事よ。当然じゃない」

 

 探りを入れてみれば、やはりこの子は『仮面の紅魔族』だ。

 

「……ねぇ、あなたの冒険譚を聞かせてくれないかしら」

 

「いいですよ。といっても、既にご在知のが大半でしょうが」

 

「いいの。あなたの口から聞きたいわ」

 

「そうですか。……紅魔の里を出てからは『アクセル』を拠点にしてきましたが――ああ、魔王軍幹部と言えば、ハンス以外にもベルディアやバニルともやり合いましたね」

 

 ビクッと頬が引き攣りかけた。

 ここ最近、ハンス以外にもベルディアとバニルと言った魔王軍幹部が討伐されたと報が入ったがまさかそれにも関わっているのか!

 まあ、ベルディアはあからさまにこちらを避けていたし、バニルも『鬼族の悪感情などちっともおいしくないが、しょうがないから貴様で我慢しよう!』などとロクでもないことしかしてない奴だったから仲間意識というのは薄いが。

 しかし、いずれにしても、八大幹部の三つを落としているとなれば、なるほど、ハンスが要警戒を促すのも納得だ。

 

「ウフフ、アタシ、強い子ってとっても好きなの」

 

「え? いきなりなんですかそけっと師匠」

 

「ちょっとこっちにいらっしゃいな。隣で、お話がしたいわぁ」

 

 妖しげに流し目を送り、少し衣服をはだけさせる。この誘惑に乗らないようであるなら、拘束スキル『バインド』で強引に、それからしっぽりと口がきき易くなるように調教し――とそこで、シルビアの思惑を狂わせる邪魔者が玄関戸を叩いた。

 

 

「まだ夕飯作ってないよね? お、お母さんがおかず作り過ぎちゃったから、とんぬらにお裾分けしなさいって……!」

 

 

 言い訳を述べながら彼の家に上がり込もうとするゆんゆん。

 そして、彼女だけではなく、続けてもうひとり、

 

 

「とんぬら! 話は聞きましたよ! あなた、我が父の職を奪っただけでなく、こめっこに毒牙をかけてくれたそうですね……!」

 

 

 怒りに真っ赤に瞳を燃え上がらせながら家に押しかけてきたのはめぐみん。

 偶然にも魔王軍幹部ハンスにトドメを刺した紅魔族三人衆が、魔王軍幹部シルビアの前に出揃ったのであった。

 

 

「え? 何で、そけっとさんがここに? それも何だか服がはだけてて…………一体どういうことなの、とんぬら?」

 

「こめっこを傷物にしてくれたその罪…………一体どう贖ってくれるんですか、とんぬら?」

 

 

 ただし、状況は好転することなく、混沌に陥る。『仮面の紅魔族』にとって“不幸”な修羅場に突入したのであった。




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