この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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一時間ごとに三連続投稿です。


52話

 家に入った少女たちが目撃したのは、服をはだけさせた里一番美人なお姉さんと二人きりにいる状況であった。

 

「……一体どういうことなの、とんぬら?」

 

 玄関前に立つ黒髪を編み込んでリボンを結んだその少女は、『仮面の紅魔族』よりも10cmも背が低いはずなのだが、炎を噴くような怒気のせいで体が大きく見える。

 これには隣の小さい方の紅魔族の娘も一先ず押し黙り、彼女に先の詰問役を譲るようだ。

 そんな硬直する『仮面の紅魔族』が口を開くよりも早く答えたのは、肩を露わに小麦色の肌色を露出するそけっと(偽)ことシルビア。

 

「どういうことって、今日は暑いから、少し着崩れちゃって、ね……」

 

 と意味深に流し目を送る。その深読みすると変な方向に誤解が加速するような仕草に、仮面の下の頬筋がひくつく彼。

 

 シルビアとしては、子供と言えど余計な紅魔族(ジャマ)が加わるのは、あまりよろしくない。色々と二人きりの方が好都合なのである。取り込み中だったと匂わせて、退散を願おう。

 

「これは違うぞ! 家に帰ったら、不法侵入されて驚いたのはこっちもなんだよ! まったく俺は呼んでないからな! ほら、アーネスの時と同じだ!」

 

 言い訳するも、そこで他の女の名前を出すのは減点だ。

 ほら、ますます二人の顔が険しいものになっている。女心がわかってない。

 

(あらあら……! 随分とまあ、罪作りなボウヤだこと……? これはお仕置きしてあげなくっちゃね)

 

 魔王軍幹部を相手に立ち回ったそうだが、こういう手にはまだまだ子供。そして、シルビアはこちらの方も百戦錬磨である。

 

「そんなつれないことを言わないでよ。弟子を一人前にするための個人レッスンをしに来たんじゃない。フフッ、アタシが得意なのは寝技なんだけど……それで、夜遅くになる前にお子様は早く家に帰った方が良いんじゃないかしら?」

 

「はぁ!!?」

 

 しなだれかかろうとして、飛び退いて彼に躱されるも、アダルトな雰囲気は出たはずで……

 

 

「めぐみんどいて!! その泥棒猫、私が!!」

「落ち着いてくださいゆんゆん!! そけっと!! そけっとの冗談ですよ!! 本気に取らないでください!!」

 

 

 ちょっと挑発効果があり過ぎたようだ。

 杖を抜いたゆんゆんを、めぐみんが腰にしがみついて止める。

 

「まったく、そけっとも、あまりゆんゆんをからかうのは止めてください。あなたらしくもない。『試練』の通達を受けてるのですから、この二人が付き合っているのはわかっているでしょう?」

 

「そうだったわね。ごめんなさい」

 

 そういえば、一度身支度を整えようと帰った紅魔族の女の家のポストにそのような回覧板が入っていた。まったく、魔王軍との交戦中に何をやってるのよ、と腹が立ったが、なるほど、この少女が族長の娘で、『仮面の紅魔族』がそのつがいになる、と……

 これは、ますます見過ごしては置けないのではない。紅魔族を滅ぼすためにも、優秀な次代の芽は潰しておくべきだ。

 

「でも、安心しなさいな。この通り、アタシの弟子はあなたに首っ丈のようだから、ここは彼を信じて」

 

 家へ帰りなさい、と促そうとしたところで、これまで抑え役に回っていた少女がズイッと前に出た。

 

「そんなことよりとんぬら!」

「そんなことより!?」

 

 族長の娘が悲鳴を上げたが、少女は構わず、

 

「私の家のことについて文句があります! よくもまあ引っ掻き回してくれましたね! 説教してあげますから中に入れなさい」

 

 ズカズカと許可なく家に上がり込んでいこうとする少女を、主の『仮面の紅魔族』は伸ばした腕で遮り阻む。

 

「聞かされるのは説教ではなく苦情だろうが、明日聞こう。ほら、めぐみんもゆんゆんも今日はお疲れだろう? 早く大人たちのいる家に帰った方が良い」

 

「何です、そんなにそこのそけっとと二人きりでいたいんです? ええ、まあ、今はまだ独身なとんぬらですし、身を固める前にアブない火遊びをしたいのが男というものなんでしょう?」

 

「とんぬらぁ……」

 

「待て待て。そんなつもりは一切ないから、ゆんゆんも落ち着け。どうやら俺が活躍した魔王軍幹部ハンスとの戦いをご在知でな。師匠の近況についても知りたいし、話をしてみたいんだ」

 

「ダメよ! そんなの危ないじゃない! 食べられたらどうするのよ!」

 

「食べられたら、ってあのなゆんゆん、俺を……と今、どんな意味で言ったのか訊いてもいい?」

 

「そうです。私の身が危ないんです。あのまま家にいたら、カズマと無理やり同衾させられることに……」

 

「えええええっ!? 無理やり同衾……っ!? カズマさん、めぐみんを襲おうとしてるの……!? 最低じゃないっ! そんなの絶対に許さないわ! ……あれ? めぐみん、今日はあなた実家に泊まるんじゃ……」

 

「ええ、我が母ゆいゆいが、カズマが億万長者で屋敷持ちなのを知ってしまいましてね。今夜は私の部屋で一緒に監禁させようとしているのです。それを察した私はここへ避難しに来たわけですが」

 

「え、え……家族公認、ってことでいいの?」

 

「監禁ってところに当人同士の自由意思が感じられないんだが。それはさておき、俺のことを心配しているのかと思ったら、あんたはつくづく自分本位な奴だよな! ちょっとは慎み深さというものを身につけたらどうなんだ!」

 

「貞淑ですから逃げてきたんですよ。考えてもみてください。あのカズマと二人きりに寝かされることになったら、何もされないわけがないじゃないですか! 一週間絶食させた野獣のオリに、美味そうな子羊を投げ込むのと同じことですよ!」

 

「ちょっとそれは言い過ぎじゃないか? 今までひとつ屋根の下で暮らしてきても、間違いも何も起こってないんだろ。兄ちゃんも流石に一線は弁えている……はずだ」

 

「今、弁護に自信をなくしましたね!」

 

「とにかく、ウチは駆け込み寺ではなく、神社だ。匿うことはできん。もしそれでも避難したいようなら、ゆんゆんのところに泊まると良い。ほら、ゆんゆん、念願かなったお泊り会、女子会だぞー?」

 

「お、お泊り会……!」

 

「ちょっとゆんゆんっ!? なにそれいいかもと流されそうになってるんですか! これを看過したら、とんぬらは一夜の過ちを犯しますよ! 浮気を許してもいいんですか?」

 

「ダメ! それは絶対に絶対にダメだからねとんぬら!」

 

「ああもう、あんたらは……! 俺の気遣いをちょっとは酌んでくれよ……!」

 

 シルビアそっちのけで喧々諤々と主張の応酬する少年少女。

 こちらとしては邪魔者を退いてくれる少年の意見に賛同したいが、一対二と形勢は不利で強行採決に押し切られてしまいそうだ。

 

(どうしようかしらね……)

 

 下手に口を挟めば、ますますヒートアップしてしまいかねない。

 けれどこのままだと少女たちの保護者が探しに、またぞろぞろと人が、全員が『アークウィザード』の紅魔族が集まってくるかもしれない。

 ならば、いっそ三人を一息に――

 

「――そけっと師匠、ちょっと家の中で入っててもらえませんか? 二人の説得に時間がかかりそうなので」

 

「あら? 別にいくらでも待っていても平気だけど」

 

 目を離すわけには行かないシルビアはそういうも、『仮面の紅魔族』は困ったように首を横に振り、

 

「そうはいきません。師を立たせっぱなしなのは、弟子として心苦しいんですよ。それにそけっと師匠がいたらめぐみんとゆんゆんを落ち着けさせることはできません」

 

 ここは自分にまかせて火種になるそけっと(シルビア)は中で待っていてくれ、と拝み頼まれる。

 

「仕方ないわね。早く戻って来てちょうだいよ」

 

 シルビアは考えを変えた。

 ここは『仮面の紅魔族』が外に出ている間に、完全に包囲できるよう『ワイヤートラップ』を家の中に張り巡らせておこう。そうなれば、たとえ少女たちを追い払おうが、根負けして少女たちを招き入れることになろうが、どちらに転んでも準備さえしておけば、紅魔族三人を一気に捕殺するのも簡単だ。

 

「ほら、行くぞ、めぐみん、ゆんゆん」

「ちょ、とんぬら、押さないでくださいよ」

 

 そして、靴を履いた『仮面の紅魔族』は、少女二人を押して玄関から家の外へ出して、後ろ手に扉を閉める――

 

 

「『ロック』」

「『風花雪月』」

 

 

 最後に杖を抜いていた少女が魔法で鍵をかけ、続いて少年が袖に隠し持っていた扇子を振り抜き発生させた冬の風に家が氷漬けにされた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 まったくこの展開は、童話集で読んだ『赤ずきん』である。

 物語の女の子と違うのは、おばあさん(そけっと)に化けたオオカミにすぐに気づけたことだ。

 

 まず、不法侵入を働くやつがいたらそれがいくら知り合いの顔だとしても怪しまない阿呆はいない。

 そして、そいつは悪魔の類に敏感な嗅覚をもったとんぬらには“臭い”。完全な悪魔でないにしても、香水に紛れて臭ってくるのはとんぬらに警報を鳴らした。それに見た目は里一番の美女だが、生粋の武闘派であるそけっとが誘惑してくるなど違和感がバリバリだ。

 何気なくカマをかけてみれば、判定は黒。

 

『おや? そけっと師匠の占いでも予期してなかったんですか?』

 

『え? あ――と、ええ、予知した通りね。でも実際に見るのはやっぱり驚いちゃうもんでしょ?』

 

 とんぬらは知っている。

 全ての見通す悪魔から力を貸し与えられたそけっとの占い能力は、そけっと自身が関わっているものだけは予知することはできない。

 だから、別に魔王軍襲来を知らなくても不思議ではないのだ。

 けど、そいつは言い訳をした。続けて、その正体が何者かをボロを出してくれた。

 

『そういえば、『アルカンレティア』で魔王軍幹部ハンスを倒したそうじゃない?』

 

 ハンスを倒したのは、世間的には“最高司祭の影武者をやっていた”とんぬらは関わってないことになっている。最後の戦いにおいてもだいたい共闘したカズマパーティの方が目立っており、冒険者ギルドでも彼らの活躍として周知されている。後日のパレード凱旋も辞退したし、風の噂などでとんぬらが倒したなどわからないはず。

 考えられるとすれば、そいつは魔王軍関係者だということ。

 

(うん、敵だなコイツ)

 

 何を目当てに神社に忍び込んだのか、それに、その師そけっとと瓜二つの容姿は何なのか。

 それを確かめるためにももう少し探りを入れたかったとんぬらであったが、その前にゆんゆんとめぐみんが来訪した。

 普段であれば頼もしい援軍であったかもしれないのだが、魔王兵士たちの戦闘で魔法を連発し、大量の魔力を消費する『テレポート』を使ったゆんゆんはあまり魔力が残っていないだろうし、そして、ほぼ全魔力を解放させる『エクスプロージョン』を放っためぐみんは、はっきり言って戦力外だ。

 なので抑えている間に、狼退治の猟師、すなわち里の大人たちを呼びに行けと暗に促したのだが聞きはしない。

 

「まったく、“アーネスと同じだ”と言ったんだが、その意味が分からなかったわけではないだろう……」

 

「ええ、もちろん。ちゃんとわかってましたよ。だから、とんぬらひとりに居させるわけには行かないでしょう」

「そうよ。あの偽者のそけっと、とんぬらを食べようとしていたわ!」

 

「二人とも、今の自分が魔力を回復し切っていない状態なのはお忘れか?」

 

 暗にとっとと立ち去ってくれた方が助かったと言ってやれば、頬を膨らませ、じっと睨む視線に挟まれる。

 

「……そんなに美人なお姉さんと二人きりでいたかったんですか? ええ、あんな風に着崩して見た目色っぽい美女に迫られれば、そう思うのは当然でしょうが」

 

「とんぬら……」

 

「ゆ……ゆんゆん……落ち着け……この状況で暴れたら」

 

 ぷるぷると震える俯きがちな頭。

 それは爆発寸前の爆弾のようで、

 

「とんぬら……」

 

「あのな、二人きりの状況にしたいのは警戒されないため。あくまでも情報収集のために、怪しまれないうちにできるだけ話を」

「――私が、裸になっても襲わなかったのに!? 私はそんなに魅力がないの!? ムラムラと来なかったのとんぬら!」

 

「ゆっ、ゆんゆん何を言って……!」

 

「二人とも何をしているんですか!? 本当に何をしているんですかあなた達は!」

 

 じたばたとひと悶着あったが、すぐ状況を察して一先ず腹におさめて小休止。

 ゆんゆんが消音魔法『サイレント』を張っているおかげで三人の姦しい声は周囲に聞こえないようになっているが、騒がすのはよろしくない。

 

「ゆんゆんもとんぬらもお遊びじゃないんですよ、ふざけないでください」

 

「元はと言えばめぐみんが余計なことを言うからだろうに。本当にあんたは俺の言うことに反抗反論ばかりしてくれるヤツだよな。俺限定に反抗期でも患っているのか?」

 

「ふん。そういうとんぬらこそ、我が父ひょいざぶろーをこれでもかとこき下ろしてくれたじゃないですか」

 

「ああ、悔しいもんだよな」

 

「当然です。父が生涯をかけて追及しようとしてるものを貶されて悔しくない筈がないじゃないですか」

 

「だというのに、ひょいざぶろーさんもゆいゆいさんも決して俺とゆんゆんを責めたりはしなかったから余計にな」

 

 え……ととんぬらの口から洩れてきた言葉に、めぐみんは口を止める。

 

「ウィズ店長の店で働いていた、その商品を売っていた店員の俺たちにあの人たちは、一言も文句を言わなかった。『営業努力が足りないんだろう』とか責められるのをこっちは覚悟していたのに言いやしない。すんなりと受け入れられたよ。おかげでこっちは自己嫌悪が腹に溜まる思いだ」

 

 己の不足を嘆く、またその不足を押し付けてしまうことにやるせないように吐き出される言葉に、『契約が打ち切られた』という結果しか知らされていないめぐみんは戸惑いを覚える。それを見て、ゆんゆんは閉口した彼の吐露を拾うよう話し始める。

 

「ねぇ、めぐみん。とんぬらはね、ひょいざぶろーさんの魔道具を活用できないか考えてきたのよ。赤字になるまで仕入れてしまう事には経営としてどうかと愚痴っているけど、店で売りに出す時には、誰よりも真面目に取り組んでいたの。ウィズさんから全品の効能を教えてもらって、その使い道を考えたりして……だって、ひょいざぶろーさんの作品には命を助けてもらったことがあるから」

 

「ゆんゆん。あまり俺の恥を上塗りするようなことを言ってくれるな」

 

「でも、あなたがあまり悪く思われるのはイヤよ私。今だってサンプルとしてひょいざぶろーさんの魔道具をひとつずつ返品から引いているし」

 

「だからってな……」

 

 言い争い(イチャつき)始めた二人を他所に、めぐみんは思い出すよう瞼を伏せる。

 そういえば、この男、義理固い性格をしていた。あの性格に問題がない点が見当たらないような最高司祭でも、文句を言いながらも師匠として敬うことは忘れていなかった。

 命を救った恩人だから、と。

 その理由であれば、問題作な父の魔道具にも懸命に取り組んでいたんだろう。極楽ふぐをどう調理すべきが自ら味見毒見をしながら模索していくように。

 

『とんぬら君、って、まるで“お兄ちゃん”みたいね』

 

 はぁ!? と母がそんなことをのたまった時には、最初、幻惑魔法でもかけられているのかと正気を疑い、その主張に噛みついたものだったが……噛み砕いてみると、妹のこめっこがああも懐いたのも癪だが納得できてしまった。

 こんな歯がゆい悔しさを悟ったから、父は打ち切りを受け入れたんだろうか……なんて、考えている場合ではない。

 

 

「よくも私を騙してくれたわねええええ!!!」

 

 

 ゆんゆんが封鎖魔法を施し、さらにその上からとんぬらに氷漬けされた玄関扉。

 それを強引に蹴破った、見た目紅魔族随一の美人の敵が、冷霧が漂う見通し辛い景色の奥を睨むよう獰猛に目を光らせている。――その様子を真上から見下ろす三人。

 

「オオカミさんのお出ましだ」

 

 家に閉じ込めたところでとんぬらは真っ直ぐではなく、真上に逃げることを提案した。

 夜中で視界不良、加えて予想もつかない場所で陣取るのは死角になりうるのではないかと。めぐみんとゆんゆんはその一か八かに了承。

 とんぬらは昼と同じように『春一番』を使って気球を作り、浮遊。ゆんゆんがとんぬらに脇に腕を回されて抱きしめられ、そのゆんゆんの腰にめぐみんがしがみついて宙ぶらりんになっている。とんぬらが雪精の助けを借りて白霧を立ち込めさせており、辺り一面に敷いた煙幕に紛れて身を隠しているが、少し頭上を注視すれば気づかれてしまうという、大胆な真似だ。

 その真下でキョロキョロと右左に視線をやり、獲物の姿を探しているそけっと(偽)。

 

「今なら確実に先手が取れますよ。やらないんですか?」

 

「待て。俺が戦闘を避けたかったのは相手の実力が未知数なのもあったが、万が一あいつにそけっと師匠が取り込まれている可能性を危惧したからだ。ハンスのように取り込んで擬態しているのか、それともバニルマネージャー方式で体を乗っ取っているのか、それとも単なる変身なのか、それによりこちらも対応を変えなくてはならん。だから、間違ってもオーバーキルな爆裂魔法なんて使うなよ。といっても、そもそも全快に魔力が溜まり切っていないめぐみんは単なるお荷物に過ぎないんだが」

 

「なにおう! 言ってくれますねとんぬら!」

 

「二人とも騒がないで! 見つかったら大変だし、二人の間にいる私が大変だから!?」

 

「とにかくだ。相手の情報を得るためにもここはまず泳がし、その出方を見よう。このまま本拠地に帰る選択肢もあるだろうがおそらくそれは取らない。短い時間だが話してみて、打って出た博打をそう簡単に引くような性格ではない。きっと何らかの行動に出るはずだ。その目的がわかればやりようはある。めぐみん、お荷物じゃないというんなら、いざというときにちゃんとスクロールを使う準備をしておけよ」

 

「わかってますよ。とんぬらも、お姉さんに見惚れて落っこちないでくださいよ」

 

 めぐみんの手には、ひょいざぶろー作品の明かりの魔法が封印されたスクロールが握られている。短時間だがその効果は一時夜を昼間のように照らすほど。欠点は、暗い場所だから明かりが必要なのであり、このスクロールの力が必要な場所では、暗くてスクロールの呪文を読めない所。ただし、内容を丸暗記できていれば、月明かり程度の薄光でも詠唱できる。

 とんぬらは渡す際に内容をめぐみんに一度諳んじてみせ、めぐみんもそれで聞き覚えた。高い知能能力を持つ紅魔族だからできる裏技である。

 

「しかし、こんな金目の物のなさそうな家にわざわざ空き巣に入るなんていったいどのような目的なのでしょうね」

 

「その台詞はめぐみんには言われたくないからな。で、まあ、ああもこそこそと潜入しているんだから、里の施設を狙っている可能性が高いな。と言っても、邪神や女神の封印はどこかの姉妹が解いてしまっているんだが……そうなると、やっぱり、我が猫耳神社のご神体を……!?」

 

「え!? いや、いくらなんでも魔王軍が本気であんなのを狙ったりはしないと思うんだけど」

 

「あんなのだと……!? なんて罰当たりなことを……っ! ゆんゆんも猫耳をつけるようになればあれがいかに黄金比なのかわかるはずだぞ!」

 

「ゆんゆん、この猫耳フェチをあまり刺激しないでください。面倒ですから」

 

「うん、そうだったわねめぐみん。私がうっかりしていたわ。とんぬらにこの話題は振っちゃダメよね」

 

「こうなれば、二人には一度、にゃんと語尾付けされるようになるほど猫神様の素晴らしさを講釈してやろうか」

 

「はいはい。話を戻しますが、里の施設でありうるとすれば、世界を滅ぼしかねない兵器でしょうか?」

 

「ふむ。それは、ありうるな。あの施設は他とは違う特殊な封印が施されていて、それについて記された所を保管しているのは、先祖代々と管理を任された我が神社になる」

 

 途中、関係のない脇道に逸れることもあるが、その結論に至る。

 『世界を滅ぼしかねない兵器』が封印されている地下施設。そこに眠る『賢王』の遺産を手に入れれば、紅魔族も危ういか。

 

「しかし、あそこの封印は、紅魔族においても神主一族くらいにしか読み解けない古代文字で書かれた謎かけ(リドル)の答えを入力しなければ開かない。そして、その答えは初代勇者を除いて歴代神主たちにも解けず、『悟りの書』にも記されていない」

 

「ならば放置していても問題なさそうですね。泳がせて施設の前で右往左往しているところをとっちめてやりましょう」

 

「そうだな。あと危険そうなのと言えば、『魔神の丘』か?」

 

「ん? あの恋人たちに人気なロマンチックな観光スポットに何かあるんですか? 丘の上で告白して結ばれたカップルは、魔神の呪いにより永遠に別れることができないという」

 

「え、そんな伝説が里にあったの……!」

 

「うん。当社の縁結びのお守りはその魔神にあやかって作られたものだからもっと言い方に配慮してくれ。呪いではなく、祝福とだな」

 

「……ね、ねぇ、とんぬら、私達も……!」

 

「ゆんゆんには話したが、『魔神の丘』には本当に魔神が封印されている。うっかり解かれれば里が壊滅するほどのな」

 

「とんぬらぁ……」

 

「ほら、無視されて寂しがって鳴いているそこのめんどうくさい娘はあなたの担当でしょうとんぬら?」

 

「ひとりじゃ大変だからお前も手伝ってくれと言っているだろうめぐみん。ゆんゆん、ちなみに言うと呪いの正式な設定は、魔神を打ち倒したカップルにのみ与えられるという試練だからな」

 

 そうこう意見を交わし合いながら、走り出すそけっと(偽)を空から追う三人。とにかく逃げて行った羽もないとんぬらたちの姿を探す相手の意識は上空に向けられることはなくて、焦燥が表情に浮き出ている。

 やがて、とんぬらの予想通り、彼女はここで撤退する気はないようで、大人たちが来る前に謎施設の方へ足を向け……

 

 

「――おーい、めぐみーん。そろそろ帰って来いって、お前の母ちゃんが呼んでんぞー」

 

 

 ステータス上は、ラッキーボーイにバッタリと遭遇した。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ちょっととんぬら!? どうしてカズマがここまで来ているんですか!」

「呼んだわけじゃないぞ! ちょっと考えればゆいゆいさんが心配して勝手に出て言っためぐみんを呼びに行ってもらったんじゃないか?」

「ええ、十中八九それでしょう。母の事ですからカズマをいったんは外に出して、その間にこめっこを眠らせ、アクアを酔い潰す。それでダクネスと父は魔法で寝落ちさせる――そんな展開になっていると思いますよ」

「あんたの母親は半端ないな」

「これもカズマがうっかり屋敷持ちの億万長者だと話してしまったからですよ!」

「それよりどうするの!? このままだとカズマさんが……!」

「わかってる。めぐみん、スクロールを発動させろ! 不安ならもう一度詠唱を教えるが?」

「必要ありませんよ。あの程度一度聞けば十分です。ええ、とんぬらの言った詠唱に間違いがなければ、ですけど」

 

 

 緊急事態に騒ぐ上空。

 その下で、霞の向こうから目を瞠るほどの、里一番の美女と遭遇したカズマは、びっくりいして固まっているよう。

 それを見たそけっと(偽)は、焦りの色で滲んでいた表情をくすりと余裕ある笑みに切り替え、

 

「うふふっ、その紅くない目からして、あなたこの集落の人間じゃないわね?」

 

「え、はい」

 

「それで、仮面をつけた紅魔族を見かけなかったかしら?」

 

「仮面、ってとんぬらのことか? いや、夕方に別れたっきり会ってないけど」

 

「そう、知り合いなのね。さっき呼んでいた女の子の名前にも聞き覚えがあるし……ちょうどいいわね」

 

 

 一方、上空。

 

「ちょっとカズマ!? 何初対面の相手にこうも簡単に情報をポロポロと漏らすんですか! あなたはもっと警戒心が強い男で、女子供だろうとドロップキックを食らわせられると公言して……いえ、さっきからカズマの視線が偽そけっとが腕を寄せて強調された胸を凝視していますね! なんですか、色仕掛けにあっさり陥落してるというんですかあの男は!?」

「めぐみん! いいから詠唱に集中して!」

「ああ、男ってのはああも胸に弱いんですか! このっ、このっ! さっきから頭の上に乗せられてるこれが!」

「きゃあああ!? だから私に当たらないでってば、頭突きしないで!?」

「おいバカ!? 暴れるな! この状況分かってんのか!?」

 

 

 大人全員が『アークウィザード』である紅魔の里がモンスターも寄りつかぬ修羅の巣窟で、安全地帯と安心しきっているのもあるのだろう。今、カズマは腰に提げている小太刀しか装備がない。

 

「なんかパッとしない顔だけど、でもあなた、まあまあアタシの好みのタイプの予感がするわね?」

 

「え!?」

 

 ついでに油断し切っていた。上空からでもよくわかるほどだらしがなく鼻が伸びている。

 

「『フラッシュ』ッッ!!!」

 

 とそこで、巻き物から解放された里全体を照らす強烈な閃光。瞬くその目晦ましに隠れて放つ水鉄砲と稲妻が、そけっと(偽)に襲い掛かる。

 

「『花鳥風月』!」

「『ライトニング』!」

 

 確実に不意を突いたその攻撃は、避けることも防ぐこともできずに的中。

 聖水に水浸しにされ、電撃が濡れた全身に走り抜ける……!

 

「ッ!? あああああーッ!?」

 

 甲高い叫び声があげられる。

 いきなりの事態に目をやられていたが、悲鳴にビクッと反応するカズマは、慌てて目を擦り、薄目を開ければ、衣服がボロボロになり半裸になってるそけっと(偽)。

 

「やっ、やってくれたわねぇ……! 下級悪魔の皮で拵えたブラが台無しになったじゃないの……! でも残念ね。アタシは純粋な悪魔じゃないわ。結構痛かったけど、致命傷にはなりえないわよ」

 

「はっ? 悪魔ってあんた何者だ……!?」

 

「『バインド』!」

 

 ふらつきもすぐに直り、盗賊の拘束スキルがカズマを捉え、そけっと(偽)に引き寄せられる。

 とんぬら達が地面に降り立った時には、カズマは彼女のたわわな胸に後頭部を埋める形で密着したまま、ロープできつく互いの上半身を巻き付けられる、二人羽檻風に人質にされていた。

 

「めぐみん!? とんぬら!? ゆんゆん!? おい、これは一体どういう事なんだ!?」

 

「兄ちゃん、そいつは敵だ! 紅魔族に化けて、里に潜入した魔王軍だ!」

 

「そこまでよ! この男の命が惜しくば、抵抗しない事ね。言っとくけど、魔法を撃てばこの子も巻き込むわよ!」

 

「なっ……なんて卑怯な……!」

「カ、カズマ! 大丈夫……そうですね、というか妙に幸せそうな」

 

 最初はゆんゆんと同じように悔しそうに歯を食い縛り動揺していたが、めぐみんの目が冷たく据わったものに変わる。カズマの頬筋が緩んでいるのを見たのである。

 

「おい、これは不可抗力だぞめぐみん」

 

 だから、助けてほしい。あまり急がない程度に。

 そうきっぱりと、後頭部を巨乳の間に挟まれたまま助けを乞うカズマに、めぐみんだけでなく、ゆんゆんの視線もシラッとした冷たいものになる。

 

 

「我が名はシルビア! 強化モンスター開発局局長にして、自らの体に合成と改造を繰り返してきた者! そう、アタシはグロウキメラのシルビアよ!」

 

 

 紅魔族との長い交戦に影響が出たのか。

 三秒、顔に手をやる決めポーズをとりながら名乗り上げ――離れたときには掌で覆い隠していた面が、変わっていた、

 そけっとの偉く整っていた顔立ちが、また綺麗なそしてより魔性な美女の貌に。黄色く輝く猛獣のような瞳に、茶色くくすんだウェーブのかかった長髪、それが魔王軍幹部シルビアの本来の姿であったのか。

 

 魔王軍幹部。その名乗り上げにとんぬら達の緊張が最高潮にまで高まる。

 鉄扇を構えるとんぬらは、仮面の奥の双眸を鋭く細め、

 

「魔王軍幹部シルビアよ。今の光で里の大人たちは急ぎここへ駆けつけるぞ。兄ちゃんを置いて去ったらどうだ。今ならば見逃しても構わんが?」

 

「ご冗談でしょう? 折角の人質をそう簡単に手放してやるものですか。あなた達とこの子が親しい関係なのはお見通しなんだから」

 

 そういって、ロープだけでなく両腕でカズマの体を抱きしめ、密着具合が増す。

 より収まりが良くなり、安心感を得た人質は、探し求めていた安住の地を見つけたように瞼を閉じ……

 

「でも、ボウヤと『仮面の紅魔族』、あなたとの人質交換だったらいいわよ」

 

「クッ……! 兄ちゃん」

「ダメだとんぬら! 相手の要求に乗るな!」

 

 カッと夢見心地から開眼したカズマが、とんぬらを叱咤する。

 

「俺のことは構うな! 俺はお前が身代わりになることなんか望んじゃいない!」

 

 人質自ら突っぱねるカズマに、シルビアが勇敢さを称えるように頬を緩め、

 

「へぇ、随分と勇ましいボウヤだこと! この状況でそう言えるなんて胆が据わってるわね。惚れちゃいそうよ」

 

 ヨシヨシと愛玩動物を相手するように頭を撫でる。

 一方で、

 

「……うん。もっとそういうセリフはデレッと鼻の下を伸ばさないで言って欲しかったものだ。というか、胸に顔を押し付けた状態ではどういっても格好つけようがないんだが」

 

 とんぬら達の目には、高級ソファに寛ぐように後頭部をシルビアの豊かな胸に預けるカズマが、だらしなく弛緩しているのが映っていた。

 

「俺のことは放っておいてくれ。今、俺の幸運が最高潮に高まっている日なんだよ! おそらく人生でもめったにないラッキースケベってヤツだ! 魔王さんとこのシルビア嬢が、俺にたわわな実りで包んでくれている、この絶頂に甘んじてるから、それを奪うような真似はよしてくれ!」

 

 カズマの説得に、同じ男子のとんぬらの目も呆れ果てたものになる。

 それとは対照的に、シルビアは、胸に縛り付けられた人質の主張に初めはぽかんとしていたが、楽しそうに笑い声をあげた。

 

「アハッ! アハハハハハハッ!! なんて欲望に素直な子なのかしら! いいわ! カズマって言ったかしら? あなた、凄く気に入ったわ! 望み通り、人質交換はなしね。もうこのまま魔王軍に降らせてしまいたいくらいよ。アタシの愛人としてね」

 

 なんて、物わかりの良い大人のお姉さんなんだろうか!

 流石は魔族の美女、魔性の女と言ったところ。

 

「ふっ……どうだ、とんぬら。これが大人の男ってモノだ」

 

「そんな羨ましいだろうみたいなことを言われても、本当にそれでいいのか……? いや、まさか本気で寝返ろうとしないよな兄ちゃん?」

 

「あなたもどうかしら? この子と同じように欲望に素直になれば優しくしてあげても構わないわよ?」

 

 と、妖艶な流し目を向けられたとんぬらは、後ろにグイッといきなり掴まれた肩から引き倒された。

 

「私のとんぬらを誘惑しないでっ!!」

 

 体勢を崩されたかと思えば、柔らかなものに受け止められた。

 眼前にあるのは、服の大胆に開けられた谷間。真っ白い素肌へ仮面が軟着陸で密着する。

 

「な、ゆんゆん……!?」

「とんぬらは黙ってて!」

 

 とくんとくんと埋めるぬくもりから伝わる鼓動が高鳴る。

 頭を押さえつけられて押し込まれ、乳房に半ば口を塞ぐようにとんぬらの頭部を腕に抱くゆんゆん。男女違う肉感の柔らかさ、そして、しっとりとすべすべな感触が頬を挟む。それをぎゅうっと圧力が高められるので、息継ぎも困難な状況である。

 

「あん!? ちょっととんぬら、息がくすぐったい……! 少し大人しくして、てっ!」

 

「むぐぐぅ~~!?」

 

 呼吸したいとタップしているのだが、ゆんゆんには気づいてもらえず。

 それでもぞもぞと体制を変えようと抵抗するとんぬらにまたくすぐったそうに火照った吐息を洩らす。

 このつたない二人のやりとりに、シルビアは頬に手を当て微笑ましそうに

 

「もう、ダメよそれじゃ。もっと優しくぱふぱふしてあげないと彼も呼吸が辛そうよ?」

 

「あ!? ごめん、とんぬら!」

 

 シルビアに指摘されてすぐ拘束が弱まり、ぐったりとしていたとんぬらはゆんゆんの胸を枕にしたまま楽に深呼吸する。

 

「うふふっ、いいわー。あなた達、とっても初々しくって! 奪られまいと健気で可愛く、ああなんて甘酸っぱいのかしら! アタシも初心に帰ってきそうよ! でも、そういうのを見せられるとますます奪いたくなっちゃう!」

 

「あげませんっ!! とんぬらは絶対に誰にも渡しませんっ!!」

 

 と男女二人組がその豊かな胸で男を抑えつけているこの状況の中、ひとり省かれためぐみんは、目をランランと紅く輝かせ、プルプルと震える。

 

「今、この状況ほど爆裂魔法をぶっ放したいと思ったことはありませんよ……!」

 

 もはや頼りになるのは己のみ。

 もうそこのバカップルは放置し、めぐみんは前に出て、

 

「予想外ですよ。ええ、カズマ、あなたがここまでどうしようもない男だとは思いませんでしたよ! 日頃、私にあれだけセクハラしたくせに、こんなぽっと出の女に靡くとか……!」

 

「おいちょっと待て、手紙じゃ色々と書いてくれたが、こっちだって普段、ロクな目にしか遭っていないのに、いつもお前らの尻拭いばかりしてるんだからな? だから、少しくらいの役得があっても良いはずだ。こちらのシルビアさんと流石に同じような真似を要求するのはめぐみんには酷だが、さっきのセクハラくらい笑顔で許してくれるぞきっと! ほら、最近の俺への扱いを改め、日頃のお礼くらい言ってくれないと、もううっかり魔王軍へ寝返っちゃってもおかしくないぞ!」

 

「よし、それ以上くだらないことを喋る気なら私にも覚悟がありますよ」

 

 ついにゴミを見るような目になっためぐみん。

 

「まあ、そうよね。ここでアタシが言うのもなんだけれど、そんなに嫌わないであげなさいな。やりたい盛りの男の子はね、目先の一晩の欲望のためなら人生を棒に振ることも多々あるものよ? だから、それを受け入れてこそ大人の女性と言えるんじゃない? 男ってのはいつまでも子供なんだから、こっちが大人になってあげないと」

 

 包容力のある慈しみある顔で、カズマの頭を撫でながら諭してくるシルビア。

 シルビアのそんな言葉に、未だ険しい表情ながらも、カズマを見るめぐみんの視線が、ごみを見る者から胡散臭い物を見る目ぐらいに和らげられる。

 

「……はあ……そうですね。感謝していますよ」

 

 目を閉じて、吸って、吐く。めぐみんは一度深呼吸、息をへその下まで落としてから、瞼を開ける。

 怒ったり、呆れたり、可哀想なものを見る目で見たりとそんな表情しか見せなかっためぐみんが、その時は、カズマへ年齢に合った少女の顔で微笑み、

 

「手紙には書いていませんでしたが……あの時。『アクセル』の街で路頭に迷いかけていた、私を拾ってくれてありがとう。魔力を使い果たして動けなくなると、いつも背負って帰ってくれてありがとう。いつも迷惑ばかりかけているのに、パーティに残らせてくれてありがとう」

 

 日頃他人に突っかかってばかりで好戦的なめぐみんが、いつになく素直に自分の気持ちを伝えてくる。

 黒髪とは対照的な白い頬を、ほんのりと赤く染め、紅魔族の名の元になった、その紅い瞳を幻想的に輝かせながら。

 

「だから、カズマ……! 魔王軍に行かないでください!」

 

 そのストレートな訴えに、固まるカズマ。

 普段の扱いが扱いなだけに、本当に急に改まってしまわれると吃驚して困る。物凄く気恥ずかしくて、内心動揺が収まらない。

 それでも返答を待つ少女に何も応えないわけには行かず、

 

「……お、おう。まあ、あれだよ。俺も調子に乗り過ぎたな。何だかんだ言いながら、お前らにも助けられてるし。この土地風に言えば……。

 

 我が名は佐藤和真。アクセル随一の『冒険者』にして、お前らと面白可笑しく暮らす予定の者。

 

 ……こ、今後ともよろしく頼むよ!」

 

 自分で言いながら途中で恥ずかしくなってきて声が小さくなるカズマの返答に、めぐみんは安堵して胸を撫で下ろす。

 そして――

 

「だ、そうだ。あんたのおかげで、デレためぐみんなんて珍しいものが見られたのは良かったが、魔王軍への勧誘は控えてもらおうか」

 

 先程までドタバタとしていた少年とは思えぬほど、真剣に切り替えたとんぬらが扇子を開き、めぐみんの右側に。そして、ワンドを構えたゆんゆんがめぐみんの左側につく。

 

「いいわぁ……。今のも甘酸っぱくて、男心にキュンと来る告白だったわね! でも、アタシはそういう人が持っているものほど略奪したくなる、燃え上がる性格なのよ?」

 

 そこで、カズマは見た。

 とんぬらが開いてみせる鉄扇。その面に書かれている文字、文章を。

 “この世界の人間魔族の大半には”、そのぱっと見では模様にしか見えない古代文字(ニホンゴ)。新商品開発の付き合いでカズマととんぬらは互いにそれが読解できると知る。

 そこに書かれていたのは、『どれいんたっちでいっしゅんすきをつくれ(ドレインタッチで一瞬隙を作れ)』。

 確かにこの密着状態ならば、『ドレインタッチ』は最大限に効果を発揮することができる。

 

 わかったぜ、とんぬら……!

 

 カズマはしきりに瞬きしてその意が伝わった瞬き信号(アイコンタクト)を送り、とんぬらが微かに頷くのを見る。

 そして、二人が両脇につく形でめぐみんがシルビアをキッと睨み、

 

「助言をくれたことに感謝して、こちらも忠告を送ってあげます。ハッキリ言ってそこのアホな男は、モノ好きな私、私達以外の者にはそこまで人質としての価値などありませんよ?」

 

 ……うん。そうハッキリと言われるのは、釈然としないものがあるが事実そうなのだろう。でもこれって、早く人質から脱出しないともろともと上級魔法をぶっパされるとか言うこちらへの脅しじゃないよな?

 

「そこで、どうでしょう? 今は里の外で暮らしているとはいえ、私もれっきとした紅魔の者。そして、ここにいるゆんゆんは族長の娘です。今日のところは見逃してくれるように皆に頼みましょう。……カズマを置いて、立ち去る選択肢はありませんか?」

 

「さっきアタシを騙してくれたあなた達の言うことをどうして信じられるというのかしら?」

 

「それをいうなら、あんたも同胞の顔に化けて俺達を騙そうとしてくれたではないか。グロウキメラと言ったが、一体何人の人間を取り込んだ?」

 

 仮面の奥から放たれる鋭く刺すような眼光に、艶然と笑みを返すシルビア。

 

「さあ? この身体が、どれだけ多くの美女の命で出来上がっているのかなんて、憶えてなんかいないわ。あなた達人間は、これまで食べたパンの数を覚えているとでもいうのかしら? 今の娘の顔は一番のお気に入りで、とあるヴァンパイアのものなんだけど、ウフフフフッ……キメラって、便利でしょう? 日の下に出れないヴァンパイアでも、アタシとひとつになれば外に出られる。そう、そのすべてが私の糧となって生き続けているのよ」

 

 なっ……!? なんて恐ろしいヤツだ。こいつはハンスと同じタイプの、人間とは相容れない生粋の魔王軍幹部。

 友好的に接してくるから絆されてしまったが、こうなればもう容赦はしない。全力の『ドレインタッチ』で干乾びさせてやる……!

 

 カズマは縛られながらも後ろ手に相手の体を掴もうと――ギュッと柔らかい感触。

 

「やんっ」

 

 色っぽい悲鳴を上げるシルビア。

 ……あ、あれ? 今、俺の手はシルビアの下半身に、より具体的に言えば股間部にあって、そこで何か握れるようなものなんてあるはずが……

 

「もういきなり強く触っちゃダメよ。そこはデリケートなんだから。あなたも男なんだからわかるでしょう?」

 

 と、シルビアが少々怒った調子に注意される。

 だが、わからない。精神防衛上、脳がこれ以上の情報を受け付けたくない、その答えに行き着きたくないと訴えているが、それでもカズマは震える唇で、

 

「え、え……と、今、俺が握っているこの柔らかい……徐々に固くなって大きくなるものは何なんでしょうか?」

 

「あら、ナニって、そんなの決まっているじゃない。あんたにも付いているアレよアレ」

 

 と、当然と言った感じに魔王軍幹部はハスキーな声で告げる。

 

 

「だってアタシ、半分は男なんだから」

 

 

 …………なんて?

 今聞いた内容が理解できず、首を少しだけ前に出し、シルビアの方を振り向いた。そして、気づいた。月明かりにほんのりと照らされるその顔……よく見れば、その顎の下、それに頬の周りに何だか青っぽいジョリジョリとしたものが生え…………

 

「あら、言わなかったかしら?」

 

 反応の鈍いカズマに、小首を傾げてみせるシルビア。その尖った右の耳についた青いピアスが煌く。

 …………そういえば、昔どこかで右の耳にだけピアスを開けている男は■■■だと聞いたことがあるような…………

 

「アタシ、キメラだから。あなたの大好きなこの胸は、後から合成してつけたのよ?」

 

 何でもない事のように告げたその言葉に、カズマの頭は真っ白になった。

 

 いやだって、それって。アレですか?

 俺は、男性のぱふぱふで興奮して、その……

 えっ? …………あれっ?

 

「兄ちゃん! 気をしっかりと持て! 辛いだろうが頑張れ! 頑張るんだ……!」

 

 とんぬら達が何か必死に叫んで励ましてくれているが、既にカズマの意識は遠く、耳には掠れ声にしか聞こえない。

 感じるのは、手の中の、脈動する感触と、耳元に囁かれるハスキーボイス。

 

「でも、あなた本当にイイ男ねぇ……いきなり握られたのはビックリしちゃったけど、今ので下半身が凄くキュンキュン来てるわ」

 

 『ドレインタッチ』を使うべき場面だったが、スキルを使いたくない。そこからだけは吸いたくない!

 しかし、すでに大きくなったその硬いモノが、こちらの尻にぐいぐいと当たるくらいに迫っており……

 

「…………シルビアさんシルビアさん。気のせいか、俺のケツに何かあたってるんですが」

 

 その言葉に、シルビアは。

 カズマが是非一度は、女の子に言われたいと願っていた、有名なあのセリフを、恥ずかしそうにポツリと、

 

 

「あててんのよ」

 

 

 脳が停止した。

 

「兄ちゃんーーっ!!!」


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