この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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53話

「はい、カズマ兄ちゃんが攫われてしまったので作戦会議をします」

 

 時刻は、もうすぐ朝を迎えるであろう未明。

 場所は、ちょうど近くにあり、他のパーティの面々のいるめぐみんの実家。

 ダクネスを叩き起こし、酔い潰れたアクアに水をかけて目を覚まさせると、まだお眠な次女こめっこを任せた母ゆいゆいを除く、面子が揃っている。

 アクア、めぐみん、ダクネス。

 それから、相対するようにとんぬら、ゆんゆん、ひょいざぶろー。

 それから書記役、今日はひょいざぶろーに預けられていたぽんこつ兵エリー。

 

「え、なに? カズマ、攫われちゃったの?」

 

 欠伸に手を当てながら、アクアが訊く。

 とんぬらはそれに頷き、

 

「はい、アクア様、魔王軍幹部シルビアに人質にされ、そのまま誘拐されてしまいました……」

 

 あの後すぐ、大人の紅魔族が駆け付けてきたのだが、真っ白に魂消ているカズマを見て、彼を巻き込みかねない、あまり過激な攻撃を躊躇った。人質として機能しないとは言ったのだが、流石にあんな絶望した人間をこれ以上追いやるような真似は出来なかったのである。いっそ殺してやった方が慈悲であったのかもしれないが。

 

「くっ……! あの時、カズマをひとりで行かせたりしなければ、私が……! 私が代わりに人質になれたはず……!」

 

 悔しそうに声を上げるのは、ラフな格好のダクネス。

 魔導ゴーレム戦で、破損した鎧はこの里の鍛冶屋に預けられておりまだ修復されていない。なので、今の彼女は薄手の黒シャツにタイトスカート姿の格好で、いつもより頼りない装備である。

 

「ふん、捕まったのはカズマの自業自得ですよ」

 

「ちょっとめぐみん」

 

「いいですか、ゆんゆん、あの男は『逃走』スキルも持っているのに捕まったんです。美女……見た目は美女に言い寄られて、油断したのが悪いんです」

 

 発言を嗜めようとするゆんゆんに理路整然と主張するめぐみんであったが、そっぽを向く表情は拗ねているよう。あの場面を思い返して拗らせた嫉妬が再燃したのか、また素直ではないめぐみんの顔に議長役なとんぬらは嘆息して、

 

「かといって、こちらに責任がないわけでもない。相手を観察するために様子見しようと提案したのは俺だし、助けに入るのも一手出遅れた。めぐみんも、余計なことに気を取られてスクロールの発動が遅れただろう?」

 

「む……」

 

「責任は全員にある。反省会はしている時間もない。早急に動かなければ……兄ちゃんが危ない、色々と」

 

 最後の言葉には男としての同情が籠っていた。

 あまり思い出したくないがオークに攫われたことのあるとんぬらからすれば、今のカズマの状況にはすごく共感してしまうし、一刻も早く助け出さなければと思う。

 

「それで、状況はどうなっているんだい?」

 

 それまで一歩離れた位置で伺っていた、大人で冷静なひょいざぶろーの確認に、とんぬらはゆんゆんに視線を向け、

 

「族長より、大規模な、おそらく拠点にいた総勢で魔王軍が襲撃を仕掛け、里はそれに応戦すると通達が来ました」

 

「はい、お父さんはそちらで指揮を執っています。ただ相手の勢いがこれまでになく強く、容易に撃退することはできないと……だから、こちらにあまり応援を割く余裕はないそうです」

 

 里に単独潜入した魔王軍幹部を助け出さんと総力を挙げているのだろう。

 千を超える魔王軍を五十人で蹴散らせる紅魔族。とはいえ、流石に五千もの大軍相手では、そう簡単に蹴散らせるものではないし、上級魔法の連発には多くの魔力を消費してしまう。里の総人口は三百人ほど。まだ魔法を習得していない子供たちの避難も考えて、戦力を割り振らなければならない。

 

「それで、シルビアはまた厄介なものを戦力に加えています。魔導ゴーレム。紅魔族を対象に強襲を仕掛けるよう設定され、また倒されれば自爆する。これに若者中心で構成された遊撃部隊に大打撃を受けたそうで、幸いにも死者は出ていませんが戦力に加えるのは難しい状態です」

 

 里の守護神の反逆。それは、紅魔族優勢で進んでいた戦局を大きく揺るがせる。

 

「そして、魔導ゴーレムは魔王軍の強襲の際に先行して飛び出し、現在、里の重要施設である地下施設に陣を張っています。シルビアの目的から察して、ヤツがそこで事を成すまでこちらを牽制しているのでしょう」

 

 厄介である。

 近接戦となれば『クルセイダー』の鎧を破壊してしまうほどパンチ力があり、遠距離から攻撃をしようにも上級魔法2、3発は耐えられる。それが狂ったように進撃して、自爆。

 落とし穴やら壁を造り出しても、障害は回避して突破されてしまう。まるで、人型版の機動要塞『デストロイヤー』だ。

 

「その暴走は、原因は不明。強化モンスター開発局局長と名乗ったシルビアから推測するに魔王軍に改造されたとみるべきですが、行動停止と判断された瞬間に自爆してしまうので特定検証もできないようです」

 

「いえ、待ってください」

 

 そこでめぐみんが挙手。

 打開策へ至るひとつの情報を口にした。

 

「私達も里までの道中で、魔導ゴーレムと遭遇しましたが、その時は行動停止しても自爆しませんでした」

 

「何? それは一体、どう倒したんだ?」

 

「ええ、あの時はカズマが、ゴーレムの核を盗み出そうと『スティール』を使ったんです。そしたら……」

 

「あー、カズマさんがえんがちょしたヤツね」

 

 気持ち悪い寄生虫を思い出したのか、アクアが嫌そうに表情を曇らせる。

 

「めぐみん、兄ちゃんは何を盗んだんだ?」

 

「あれは、おそらく『冬牛夏草』でしたね。通常種とは違うようですが、カズマに捕まったらすぐに死にましたし」

 

 宿主から剝がされるとあっさり死ぬ。それは『冬牛夏草』の特徴だ。

 

「ふむ。話に聞くところの暴走状態も『冬牛夏草』に寄生された動物の行動パターンに近しいものがある。生体ではない魔導ゴーレムに寄生はできないはずなんだが、相手は強化モンスター開発局局長だ。そのあたりの改造することくらいは可能と見るべきか」

 

「だが、自爆をさせずに倒せるカズマは相手に捕まってしまっているんだろう。ここは、私が奴らを惹きつける囮になって……!」

 

「ダメですよ! そんな危ない真似をさせられるはずないじゃないですか! それに今のダクネスさんは鎧もないですし、その状態で囲まれたら死んでしまいますよ!」

 

 意気込んでダクネスがそう自ら提案するも、すぐゆんゆんに却下される。

 機動要塞『デストロイヤー』戦でもひとり多くの魔導ゴーレム・キラーマシンを相手にしたダクネスだったが、あの時は常にないフル装備であった。いくらあれからレベルが上がっていると言っても、『冬牛夏草』に寄生されてリミッター解除されているメタルハンターに大剣一本の軽装で集団私刑されれば見るも無残な肉塊にされてしまうのは想像にし難くない。

 流石のダクネスも本気で心配されたら、己が主張は通しづらいのか、たじろぎつつ、

 

「しかしだな。現状を放置しておくわけにもいかないだろう。カズマの事もあるが、里の重要施設が落とされる前に強行突破してでも魔王軍幹部を止めなくては……!」

 

 彼女の言う通りだ。

 如何に強力な魔導兵器が保管されているという地下格納庫が厳重に封印されているとはいえ、必ずしも破られないわけではない。

 

 現実的なのは、ドラゴンになるか、大人の力を借りる。

 ここにいるひょいざぶろーならば、遠距離から上級魔法で魔導ゴーレムを破壊することもできるだろう。しかし、現在魔王軍に攻められている状況下で、里屈指の実力者が大量の魔力消費をしてしまうのは悪手だ。できれば、魔王軍幹部戦でひょいざぶろーの力は頼りにしたい。

 空を飛んで行こうにも目立つし、定員はとんぬら自身も入れて3人が限度。隠密行動で戦闘回避しようも『潜伏』スキル持ちのカズマは敵の手に囚われ、また魔導ゴーレムのセンサーは『潜伏』も透明になる『ライト・オブ・リフレクション』でも誤魔化せない。

 

「とんぬら、何か策は思いつかない?」

 

「ふむ……」

 

 とんぬらは額に鉄扇を当て、考え込む。

 

「めぐみん、兄ちゃんが盗んだ魔改造『冬牛夏草』のサイズは? どれくらいの大きさか?」

 

「大きさですか? カズマの手に収まるくらいでしたから、こんなものですか」

 

「なるほど。ネズミほどのサイズか」

 

 訊かれためぐみんが両手で大きさを感覚的に表してみれば、とんぬらはわずかに開いた扇子をパチンと閉じる。

 

「ひょいざぶろーさん」

 

「なんだい?」

 

「あなたの魔道具について詳細な話を聞かせてもらいたいものがある」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 …………ここは、どこだ……?

 ヒドい悪夢から醒めると、カズマは見知らぬ場所にいた。

 そこは、人気のない場所で、何の変哲もなさそうな地下への入り口の真ん前。例えるなら、核シェルターの入口。そして、隣接している謎の巨大な施設は、おそらくコンクリートで造られているように見え、ここだけかつての日本の景観が切り取られているよう。

 そんな場所に佐藤和真は地べたに座っていた。

 …………? 俺はなぜこんな所に……。

 ここは紅魔の里の近くだろうか……。遠くから聴こえる喧騒から、そんな推測をしてみた。

 しかし……思い出せない。

 何か、人として、男として、とても心にくるような体験をしたような。その後、何か更に衝撃的な出来事があったような……?

 なんだろう、凄く気になるが、自分の本能が思い出すなと強く叫んでいる。

 ……と、そこでようやく、すぐそばにシルビアがいることに気付いた。

 

「あら、やっと目が覚めたみたいね。ちょっとお尻に押し付けただけで、ピクリとも動かなくなるから心配したわよ? ……気分はどう?」

 

 その顔を見て、即答した。

 

「すごく手を洗いたい気分です」

 

「うふふっ、綺麗好きなのねあなた」

 

 特別潔癖症というはずじゃなかったが無性に手を洗いたくなり、『クリエイト・ウォーター』で手を揉み洗い。

 ちょっとお尻に押し付ける? 動かなくなる? 何の話をしているんだろうか??

 そして、わからないがシルビアから距離を置きたい。これは見た目が美女でも、やはり魔王軍幹部だからだろうか?

 まあいいか。これ以上、本能が思い出すなと警告している。冒険者たるもの、自分の勘は大事にした方が良い。逃げようとしたら捕まるだろうから、ジリジリと逃げられると思われない程度に距離を取って……

 

「……ええっと。なんか、ふと我に返ったら状況が掴めないんですが。今、何がどうなっている状態なんでしょう?」

 

 ……そういえば、いつの間にかシルビアの胸に挟まれる状態から解放されたんだろうか。確か意識が落ちる前は、シルビアの胸を枕にぱふぱふされて心地いい状態で縛り付けられていたのに……。

 あれ……? 何だろう、その辺も何だか思い出さない方が良い気がする。

 それに、シルビアの顔、その顎の下や頬が軽く青くなっているのは何故だろう……? まるで、ヒゲが――ッ!? 頭が、痛い!? 何だろう、思い出そうとしたら軽い頭痛が襲ってきた。これも思い出さない方が良い気がする。

 

「あら? 記憶が飛んじゃったのかしら。あなたが握って大きくなったアタシのアレを押し付けたら、そのまま固まっちゃって。ボウヤの仲間や紅魔族が、ボウヤを取り返そうと襲ってきたのよ。で、アタシはボウヤを人質にしながら、配下たちの援軍もあってなんとかここまで強行突破してきたってわけよ」

 

 別段大したことでもないように、そんな重大なことを言ってきた。よくよく見れば、五体無事だがシルビアの体はあちこちに傷を負い、ところどころに火傷や凍傷を負っている。

 魔王軍幹部を追い詰めさせるとは、紅魔族は本当に恐ろしいなぁ……

 

「それでここは、紅魔の里の地下格納庫の入口よ。紅魔族が、『世界を滅ぼしかねない兵器』を封印している場所ね。今この周囲にはアタシが改造した魔導ゴーレムが警護しているから紅魔族でもそう簡単に近づいてこれないわ」

 

 そう言われ、周囲を窺えば、里の道中に遭遇したあの狂化された機械兵が目を光らせていた。うん、いざとなったら『逃走』スキルで退散しようと思ったけど、これは厳しいな。

 人質であることだし、ここでの用が済むまでは解放してはもらえないだろう。

 この状況で、自分にできそうなのは、とにかく相手の会話に付き合って、きっと助けに来てくれる仲間たちのためにも、魔王軍幹部の注意を逸らしてやることだろう。

 

「それで、シルビアさんは一体何をしているんですか」

 

「さっきみたいにもっと砕けた感じで話してほしいわね? あたしたちは、さっきまでは一心同体で、共に危機を乗り越えてきた仲じゃないの」

 

 声をかければ気さくに話に乗ってくれた。

 

「さっきも言ったけど、この地下には、強力な魔導兵器が眠っているらしいのよ。それも伝え聞くその特性から、きっとこの里の連中にとって天敵なることでしょうね」

 

 な、何が眠っているんだろう。

 

「でも、ここの封印は特殊で、誰にも解くことはできないと言われている。だから、そこでアタシはこれを用意してきた」

 

 シルビアが何かの魔道具を取り出してみせる。

 

「魔族の持つ魔道具の中でも特に強力な『結界殺し』。今回の作戦に二つ用意したんだけど、たとえ神々が封じたものだって……。あら? お、おかしいわね?」

 

 と格納庫の前に屈み込んでいたシルビアは、魔道具を手にオロオロと戸惑った声を上げる。

 

「魔道具が何の反応も見せない? 一体何なのこれは、魔法的な封印じゃないわ! ど、どうすれば……やっぱり、管理者の神主一族を捕まえて……」

 

 自分の顎を指でさすりながら、思案するシルビア。ジョリジョリという音が聴こえるたびに、何だか胸が苦しくなり、何かを拒絶するかのように頭痛がする。

 何故だろう? まあ、今はそんなことを気にしている場合じゃない。幹部2、3人ぐらいが維持している結界なら、一応女神なアクアが破れるという話らしいが、そんな余計な情報は与えなくていい。

 とはいえ、少し気になって横からその封印とやらを覗き見てみると、そこには、アルファベットと数字、そしてゲームの十字キーのようなものが並んだ、暗証番号を入れるタッチパネルがくっついていた。

 タッチパネルの上の部分には見慣れた文字で何かが書かれている。それに思わずポツリと、

 

「『小並コマンド』……? 何だこれ。小並コマンドを入れろってのか?」

 

「あ、あなた、この古代文字が読めるわけ!?」

 

 口から漏れた呟きを拾って、シルビアが驚きの声を上げる。

 いや、そういやとんぬらからも古代文字の読み書きができるって知られたらすごく驚かれたが、これってただの日本語だ。

 それに『小並コマンド』なんて、日本の有名なゲームメーカー、小並の、これまた有名な入力コマンド。

 

「いや、俺のいた国の文字だよ。これは、小並コマンドっていう有名な裏技コマンドを、パスワードとして入力しろってことじゃ……」

 

 そう確か、上上下下左右左右BAだったはず――とそこでハッと口を塞ごうとしたが、その手をシルビアに捕まれた。

 

「あなたは、アタシの想像以上の男だったみたいね。まさか、アタシや紅魔族ですら解くことの叶わない封印の秘密を突き止めるだなんて……」

 

「く、腐っても冒険者だ、魔王軍に簡単に口を割ると思うなよ」

 

 そうだ。

 記憶が途切れる直前、めぐみんに裏切らないと誓ったのだ。それを舌の根が乾かぬうちに破るなんて真似は流石にできない!

 

「俺のパーティには『アークプリースト』がいてな、アイツは蘇生魔法まで使えるヤツだから、俺を脅したって無駄……」

 

「口を割らせるには、脅しや暴力だけじゃないのよ?」

 

 妖艶な笑みを浮かべながらにじり寄るシルビア。

 今や朝日が昇り、その青い顎が目立つ顔を近づける。

 嫌な予感しかしない。嫌な予感しやしない嫌な予感しかしない嫌な予感しやしない!

 

「フフッ、アタシの手管はサキュバス並だってよく言われるの」

 

 何だとこのカマ野郎! あの天使なサキュバスと、テメェみたいなカマ野郎を一緒に……あれ? ……このカマ野郎?

 

「あらあら随分と怖い顔……、急に青い顔でがくがく震えだしちゃってるけど、大丈夫……?」

 

 ………………思い、出した。

 無意識に蓋をしていた自分の記憶を、それをうっかり開けてしまった。

 俺はこいつの胸にぱふぱふされ、そして、俺はこいつの一物を握って……!

 

「ねぇ、落ち着かないようなら、アタシが初体験の快楽を味合わせて」

 

 シルビアが言い終わる前に、一切躊躇せず小並コマンドを入力した。

 とにかくコイツから解放されたい。腕を離せ! 近寄るな、ぶっ殺すぞ!

 ゴンゴンと機械的な音を立てて、重い扉が開いていく。それにシルビアは捕まえた手を放してくれたが、微妙に残念そうな表情で、

 

「……あなた、人としてそれでいいの? ま、まあいいわ。あまり時間もかけていられないし。暗いわねぇ、この先どうなってんのかしら」

 

 地下格納庫の中の様子を窺いながらごそごそと灯を用意するシルビア。

 逃げなくては……! このカマ野郎から逃げないと、この身の純潔が散らされる……! 絶対嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ! そうなったら自害して、この記憶をなくしてエリス様に生まれ変わらせてもらう!

 そのためには、ここでカマ野郎を――

 

「あら? 逃げてる最中に落としてきたのかしら。まいったわね、アタシの暗視じゃ、完全な暗闇だとそこまではっきり見えないんだけど……」

 

 目の前には、こちらを一切警戒せず無防備な背中を晒すシルビア。

 ここしかない! チャンスは今しかない!

 

「ねぇ、あなた、灯りなんて持ってない……」

 

 ドンッ、と真後ろから真っ暗な地下格納庫の中に押し――

 

 

 ♢♢♢

 

 

 

「――『ムシころりん』サンプカイシ」

 

 ぽんこつ兵エリーが、違う機種だが同じ『賢王』が作製した魔導ゴーレムの警戒網に単身で突入。

 侵入者を察知し、接近するメタルハンターたちは、エリーがその手にある小さなカップアイスのような魔道具を開けた途端、一つ目の光を落として行動停止した。それも自爆機能を発動させることなく。

 

「魔導ゴーレムには影響を及ぼさず、『冬牛夏草』だけ死滅する。こいつらはもう自由になったはずだ。そして、すぐに再起動するだろう。里の守護神として、な」

 

 魔道具の効果に巻き込まれぬよう効果範囲外より、この策を考えたとんぬらが戦況を見る。

 どうやら効果的のようだ。

 ひょいざぶろーの魔道具、『虫コロリン』。

 可愛らしい名前とは裏腹に、その効力は絶大。半径十m圏内にいるネズミよりも小さな生物を対象に、開封してから一分間、強烈な死の呪いをかける。殺虫剤としては抜群で、ただし人体にも有害。

 

 でも、体内に微生物などいない機械のぽんこつ兵エリーには無害だ。エリーが扱う分には、虫モンスターをも死滅させるこの魔道具は大変な効果を発揮できる。

 

 侵入者反応に引っかかるエリーへ、誘蛾灯の如く、次々と魔導ゴーレムが接近しては、停止させられる。この調子なら一分も経てば粗方片付いているだろう。

 

「念のためにエリーにそのセンサーで効果範囲に人間がいないことを確認させ、開封してから二分間は十五m圏内に入ってこさせないように指示を出したが、こちらからも無闇に近づかぬように気を付けろよ」

 

「……なんとまあ、我が父の魔道具をこうもうまく使ってくれるものですね。感心しますよとんぬら」

 

「ウチの魔道具店の問題作品だからあれこれとオススメできる用途に頭を悩まされてきたからな。だが、これもめぐみんたちがもたらしてくれた情報のおかげでもあるぞ。まあ、一番のMVPは、エリーだな」

 

 とんぬらの側には、めぐみんとゆんゆん。

 そして、

 

「後ろにひょいざぶろーさんたちがついているのよね?」

 

「ああ、攫われた兄ちゃんを救出するために『ライト・オブ・リフレクション』で身を隠して第二陣についてきてもらっている。簡単に言えば、まず顔合わせしたことのある俺らがシルビアの気を引いて、そこをひょいざぶろーさんにアクア様、ダクネスさんに兄ちゃんを奪還してもらう」

 

「そして、最後は我が爆裂魔法でトドメを!」

 

「刺すな。シルビアはそけっと師匠を含め多くの女性を取り込んでいる。彼女たちを分離させるためにも、できる限りその身体を傷つけさせずに、捕獲するのが望ましい」

 

 それにめぐみんが“爆裂魔法しか使えない”なんてことを里の者にバレるのはあまり好ましくないだろう。

 

「そのために、応援の大人たちも駆けつけてくる。それまで時間稼ぎするのが俺達の役目だ」

 

 そして、効果切れの一分、念のための一分が経過して、魔導ゴーレムの大半が無効化された包囲網を三人は踏み出す。

 

「エリー! この先に兄ちゃんは?」

 

「セイタイせんさーニ、ハンノウアリ」

 

 合流したぽんこつ兵エリーと共に、地下格納庫へ駆けつけると、向こうからも近づいてくる人影が見えた。

 それはなんと、捕えていたはずのカズマだった。

 

「カズマ! 無事でしたかっ!? シルビアはどこに!?」

 

 ひとり飛び出して、真っ先にカズマの元へ行くめぐみん。

 それから、背後から光を屈折させる結界で待機していた他のカズマパーティの面々、ダクネスにアクアも出てくる。

 

「遅かったな。シルビアなら俺の華麗な機転により、地下格納庫の中に閉じ込めてやった。中からは開けられないみたいだし、このまま一月も放置しとけば静かになるんじゃないかな」

 

 カズマの話に大きく目を見開いて驚くめぐみんたち。

 

「な、中に閉じ込めちゃったんですか!? まあ、流石に中の兵器は動かせないでしょう。誰にも起動方法がわかりませんからね。しかし、シルビアはよく封印が解けましたね」

 

「ま、魔王の幹部が、閉じ込められ干乾しにされるとか……。こんな倒され方はいくらなんでも憐れなのでは……」

 

 ダクネスがシルビアの陥った状況を思い、憐れむ中、最後に他の紅魔族の面々も引き連れてきたひょいざぶろーが感心したように、

 

「ほう。私達が何度も取り逃がしたシルビアを捕まえるとは、中々やるようだ。しかし、娘はやらんからな」

 

「この人たちは魔王軍の幹部を三人も仕留めたらしいしな、今更シルビアぐらいどうってことなかったんだろう」

 

 紅魔族たちから口々に賞賛を受ける中、アクアがやや不安げに訊ねる。

 

「ねぇカズマ、地下格納庫って危ない兵器が保管されてるところじゃなかったの? そんなところに魔王軍幹部を閉じ込めちゃって大丈夫なの?」

 

 それに、集まってきた紅魔族の大人たちは、

 

「なーに、俺達にすら使用法が解読できないんだ。シルビアにそれができるはずがないさ」

「ああ。もしシルビアが兵器を起動できたなら、逆立ちしながら里を一周してやるよ」

「さーて。族長たちの方もぼちぼち片付く頃だろうし、帰って一杯やるかあ!」

 

「……なあ、この人たちってワザと言ってんのか? 紅魔族って、トラブルやなんかに自分から首突っ込む習性でもあるのか? フラグ立てなきゃ気が済まないのか?」

 

「ま、まあ、紅魔族がトラブルに首突っ込みたがるのは否定できませんが、大丈夫ですよ。ね……ね、とんぬら? 何故、そのしまったという感じに顔を蒼褪めさせているんですか?」

 

 周りの面々が悦ぶ中、ひとり口元に手をやり、嫌な予感に考え込むとんぬら。めぐみんが同意を求めても、『ああ』としか反応を返さない彼の様子に、隣のゆんゆんが不安げにしたから覗き込むように伺う。

 

「とんぬら、どうしたの? ひょっとしてこれってまずいの!?」

 

「そうなのかとんぬら! 俺、なんかまずいことしちまったか!?」

 

「あー……うん、兄ちゃんが自ら生還したのは良かった。本当に。でも、シルビアを地下格納庫に入れたのか?」

 

「でも、アイツ出てこられないし、このまま放置しておけば直に……!」

 

「いや、これは兄ちゃんを責めてるわけじゃない。ただな、あまりフラグになりそうだから言いたくないんだが」

 

 わずかに躊躇い、とんぬらは口を開く。

 

「グロウキメラ・シルビアは“機械とも接合できる”寄生モンスターの改造をするだけのスキルがあるようだから、格納庫内の兵器とも融合してしまう可能性もある。そうなればたとえ動かし方がわからなくても文字通り体の一部のように扱えるようになるわけだ」

 

 ごくり、とカズマたちは生唾を吞み込んだ。

 固く粘つく唾は中々喉を嚥下し難かったが、どうにか飲み下す。

 

「まあ、これはあくまで可能性のひとつだ。……だが、まだ楽観視できるような状況ではないだろうな」

 

「とんぬら、それって……」

 

 ヤバい。

 嫌な予感がする。冷や汗が止まらない! 早くここは逃げた方が……!

 

「ちょっとどうしたのよカズマ。折角魔王軍の幹部を倒したのよ? ねぇねぇ、今回はカズマひとりで倒したようなもんだけど、私達パーティなんだし賞金は山分けよね? ふふ、シルビアの賞金で、何を買おうかしら!」

 

 場の空気を読まず話を聞いておらず能天気に浮かれるアクアに、カズマは間違いなく何かが起こると確信した。

 

「毎度毎度お前ってやつは、どうしてそうフラグを立てるんだ!」

 

「ええっ!? 何、私何かしたのカズマさん!?」

 

 その時だった。

 

「セイタイせんさーカンチ! テキセッキンテキセッキン!」

 

 警告を鳴らすぽんこつ兵エリー――突如、その足元より槍の如く飛び出た尾がその鋼のボディを穿ち、突き上げた。

 周囲に土砂を飛び散らせ、舞う土煙を払って姿を晒したのは……

 

 

「アハハハハハハッ! やってくれたわねボウヤ! 魔王軍が、ただ兵器を持ち出すだけだとでも思った? アタシの名はシルビア! 見ての通り――」

 

 

 エリーを破壊したその下半身は、巨大なメタリック色の蛇の胴体と化していた。

 

「兵器だろうが何だろうが、体に取り込んで一体化する力を持つ……。魔王軍の幹部が一人! グロウキメラのシルビアよ!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「『魔術師殺し』! 『魔術師殺し』が乗っ取られたぞ!」

 

 紅魔族の悲鳴が上がる。

 文献に記された通り、蛇型の機体は、魔法が効かないという特性を持つ、紅魔族の天敵、対魔法使い用の兵器。

 

「あわわわ、ヤバいですカズマ、ヤバいです! 逃げましょう、今すぐここから逃げましょうっ!」

「おいまさかの『魔術師殺し』だ!」

「里を捨てよう! これはダメだ!」

 

 先ほどまでの余裕など捨て去り、青い顔で紅魔族は『テレポート』で緊急避難。それを許さぬと響く狂笑。

 

「逃がさないわ! ええ、逃がさないわよ! アタシの部下を、魔物を、皆殺しにしてくれた紅魔族! お返しに、大人も子供も一人残さず全員! この里ごと焼き払ってあげるわ!」

 

 これまで煮え湯を飲まれ続けてきた紅魔族に、ようやく優勢となれる。

 

「アハハハハハハッ! よく聞け紅魔族! 今日からアタシがあんたたちの天敵よ! 世界中のどこに逃げても、必ず探し出して最後のひとりまで根絶やしにしてあげるわ! 世界中のどこに集落をつくっても、必ず潰しに行ってあげる! こんな風に、ねッ!!」

 

 シルビアは、彼女の長身が小さく見えるほどの巨大な蛇の胴体を逃げ遅れる紅魔族へ叩きつける――

 

 

「『ドラゴラム』――ッ!!!」

 

 

 鋼尾の薙ぎ払いを阻む白装甲の腕。

 冷気の濃霧を噴出して、映し出される巨影は、光り輝くドラゴン。

 

『人の姿を捨て、道を外れようなら、こちらも容赦なく力を振るわせてもらおう!』

 

 理解が追い付けず、動きが鈍るシルビア。その蛇の胴体へお返しにと身を捻った竜がその太刀の如き鋭い尾を叩き込んだ。

 

「ぐおおおおおっ!!」

 

 地面とほぼ水平に吹き飛ばされる『魔術師殺し』を取り込んだ魔王軍幹部の巨体。観光名所のひとつ『願いの泉』にまで転がり落ち、激しく水飛沫を挙げる。

 

『我が名は、とんぬら! 紅魔族随一の勇者にして、守護竜なる者!』

 

 体内に収まりきらないエネルギーを逃がすように熱い息を吐き、咆哮じみた名乗り上げをする。

 これまで里の者たちに隠してきた巨竜変化をとんぬらは、解放した。

 

「『仮面の紅魔族』……まさか、そこまで怪物だったなんてね」

 

『そういうあんたは、怪物は身の丈に合わないようだ。いや、言葉遣いもか。さっき少々素が出てなかったか?』

 

「言ってくれるわね――ッ!!」

 

 とんぬらの豹変ぶりを警戒しつつも、魔王軍の幹部。

 すぐに立て直し、身を起こす。双眸をギラつかせ、これまでにない獲物に舌を舐めずり回す。

 

 そして、二体の怪獣が、紅魔の里で激突する。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ひょいざぶろーの『テレポート』で紅魔族の学校に避難したカズマたちは、戦況を遠くから眺めていた。

 里で、ラミアのような姿になったシルビアが、口から燃え盛る炎を撒き散らせば、全身鎧を着込んだようなドラゴンになったとんぬらが、同じく口から津波の如き激流のブレスで押し返す。

 戦闘の余波で里の建物が破壊されていくも、紅魔族の人達は、多くの人が『テレポート』の魔法を使えるので人的被害はない。

 

 頑張ってくれ、とんぬら……!

 繰り広げられる激闘に、カズマは胸の辺りが痛くなる。

 我が身かわいさで、封印を解除したからシルビアが『魔術師殺し』を?

 いやでも、あの状態ならしょうがない、よな? あんな兵器と一体化する裏技なんて気づかなかったんだし……

 

 もしもここでとんぬらがシルビアに降されれば、他に『魔術師殺し』に対抗する術がない以上、里は捨てる決断をしなければならない。

 命運がかかっているこの一戦を他人頼みにするのは、カズマとしても心苦しいものがある。

 

 ……ダメだよな。

 これはダメだ、流石に。

 俺が原因で、こうなってるだよな?

 あっさりと解除したから、シルビアが紅魔族に手に負えない怪物になっちまったんだし……

 

「な、なあ、何か俺達に『魔術師殺し』にできることは――うおっ!?」

「なんか紅魔族の人達がすっごく目を赤く光らせてるんですけどカズマ!」

「お、おお、皆、目が真っ赤だぞ。これには私も少し腰が引けてしまうな」

 

 避難先にいた紅魔族の人達、老若男女問わずほぼ全員が、瞳を赤々と光らせている。

 紅魔族が、瞳を赤く光らせるのは、興奮したとき。主に攻撃するときだ。だから、世間一般的に、目を真っ赤にした紅魔族を見かけたらそれは爆発寸前の爆弾岩よりも危険物だと周知されている。

 それに怯える三人だったが、一人目を赤くさせず、同じ紅魔族のめぐみんが彼らの心情を理解していた。

 

「大丈夫ですよ、カズマ。別にあなたを責めてるわけではありません」

 

 じゃあ何に? と聞く前に、里の族長が真面目な顔で、そして、目を真っ赤にしてカズマたちの前に立ち、全員を代表して震える声で訊ねた。

 

「君たちは、あれがどういうことなのか知っているのかい?」

 

「あ、あれって……?」

 

 意味が解らないと戸惑うカズマに、めぐみんが答える。

 

「とんぬらが、ドラゴンになっていることについてですよ」

 

「は?」

 

 何故そんなことを……と考えかけ、すぐ思い直す。異世界に来てから感覚が麻痺っていたが普通、人間がドラゴンに化けるなんてのはおかしい。

 

「うむ。私も、『アクセル』ではすっかり見慣れてしまっていたから大して驚かなくなっていたが、とんぬらの『ドラゴラム』は凄まじいもの」

「『ドラゴラム』と言うんですか!? それは魔法なんですか!」

「うおおっ!? 『クルセイダー』の私に訊かれても困る!?」

 

 うっかり呪文名を洩らしたダクネスが『囮』スキルを発動させたわけでもないのに、紅魔族たちが飛びつくように迫られ困る。

 

「なあ、めぐみん。ドラゴンになるってのは相当凄いのはわかるんだが……でも、それくらいなら、全員が『アークウィザード』の紅魔族なら珍しくもないんじゃないのか?」

 

「いいえ、できませんよ。あんな芸当ができるのは、あの紅魔族の変異種だけです」

 

「そうなのか?」

 

「はい。あれはもう、『パルプンテ』が使えるとんぬらだからこその固有魔法みたいなものですから」

 

 と訳知り顔で語るめぐみんに、より目をキラキラと輝かせる紅魔族が集まってくる。

 

「固有魔法……! すごく良い響きだ!」

「ドラゴンに変身……! 『ドラゴラム』というのか……!」

「か、カッコいい! 他にはない、なんて個性! 羨ましい!」

「神主一族の秘伝の魔法……! まさかこんな裏奥義があったなんて!」

 

 なるほど、理解した。

 里の人間が真っ直ぐな熱視線を送るのは、巨竜変化が彼らの琴線を刺激したからだ。だから、興奮してこっちが引くくらい目を赤く光らせている。

 

「まあ、とんぬらたちはこのことを里には隠していたんですけどね」

 

 どうして? と訊くまでもないか。

 二人の性格なら、あまりこういう騒がしいのは望まないのだろう。

 

「めぐみん……君は色々と知っているみたいだけど、話を聞かせてくれないか?」

 

 眼帯を付けた、おそらくはめぐみんと同年代、ひょっとしたら同じクラスだったのかもしれない少女が、メモ帳を持って迫る。

 努めて冷静に、けれど、興奮しているのがその目を見ればわかった。

 

「ええ、もちろん。長いことあの二人の事は見てきましたからね。この中で、私が一番知っているでしょう。しかし、これは特に口止めされていることでしてね」

 

 もったいつけるめぐみん。

 しかし、そんな真似をすれば、一度ロマン魂に火が点いた紅魔族の熱意に油をぶっかけるのと同じ。おかげでカズマたちは一部の隙間がないほどに完全に包囲された。

 

「そこを何とか教えてくれないか!」

「ちょっとだけ! ほんの触りだけでもいいから!」

「口止め料はいくらだい? 言い値で払おう!」

 

 けれど、段々興奮の熱が上がっていく周囲に反比例して、めぐみんの表情は眉間に皺寄せて曇っていく。

 

「皆さん、落ち着いてください。ええ、確かにドラゴンになれるのは凄いでしょう。しかしですね、世の中にはそんなドラゴンも一撃で倒せる爆裂魔法というのがあります! そちらの話ならば、私は夜通し語り聞かせてあげましょう!」

 

「いや、めぐみん。そんなネタ魔法の話は誰も聞いてないよ」

 

「なにおう……!」

 

 素で断られた爆裂魔法使いが取材しに来た眼帯の少女に飛び掛かろうとするも、その前にカズマが肩を捕まえた。

 

「ふっふっふー、仕方ないわねー! そんなにあの子のことを聞きたいなら、私が答えてあげるわ! あの守護竜はそう! 『アクアアイズ・ライトニングドラゴン』といって」

 

「お前は出鱈目を言うんじゃない」

 

「なによーっ!」

 

 口を挟まれ、不満げなアクアを黙らせ、カズマは話を戻す。

 

「とにかくさ。ドラゴンの事はとんぬら自身に訊けばいいだろ? それより今は何か援護してやれないか考えようぜ!」

 

「いえ、ここで邪魔してはいけませんよカズマ。魔法の通じない『魔術師殺し』が相手である以上、下手な手出しはかえって邪魔になります。大丈夫、遠目ですがあそこの草が不自然に踏まれているところを見るに、いざというときの助けは入っています。ここは二人の健闘を見守りましょう。ほら、始まりますよ」

 

 二人の健闘?

 見れば先ほどまで迫っていた紅魔族の人達もめぐみんの指摘に固唾を呑んで戦況を見つめる。

 

「そうです。ドラゴンとは、『ドラゴン使い』とペアになることで最強の力を発揮するもの」

 

 カズマも『千里眼』を働かせて見れば、蛇と激しい応酬をする竜の背後、大きな岩の上に立つゆんゆんがいた。

 

「ゆんゆん……」

「ゆんゆんが……!」

「族長の娘のゆんゆんが……っ!」

 

 皆、彼女にも注目しているよう。

 そして、その父親である族長も呟く。

 

「名前の名乗り上げすらも恥ずかしがる変わり者のゆんゆんが、ついに……!」

 

 皆の期待が向けられていることを知ってか知らずか、ゆんゆんはそびえたつ高い岩の上が狭いからか、そのまま片足を鶴のように上げてピタリとバランスを取り、

 

 

「我が名はゆんゆん! いずれこの里の長になる者にして、『竜言語魔法』の使い手たる『ドラゴンロード』!」

 

 

 いつものようにか細い声で恥ずかしがることなど一切なく、バサッとマントを翻し、光り輝くワンドを高らかに掲げる。

 

「魔王軍幹部、シルビア! 紅魔族族長の娘として……! そして、ドラゴン・とんぬらのパートナーとして……! 紅魔族最強の力を見せてあげるわ!」

 

 朝の明るい空にも拘らず、少女の背後に青い稲光が轟く。

 それは、『コール・オブ・サンダーストーム』という雷雲を呼ぶ天候操作の上級魔法。雷鳴が轟き背景に稲妻が走るその有様は……これと言って特にシルビアにダメージを与えたわけではないものの、格好いい感じのエフェクトであった。まるでヒーローのようだ。

 

「ああっ!?」

 

 そんなゆんゆんの堂々とした宣戦布告に、めぐみんが愕然と声を上げた。

 紅魔族最強というところに引っかかったのだろう。

 そして、

 

 

「『速度増加』! 『筋力増加』! 『体力増加』! 『魔法抵抗力増加』! 『皮膚強度増加』! 『感覚器増加』! 『状態異常耐性増加』! 『ブレス威力増加』!」

 

 

 ゆんゆんが喚び出した雷雲から落ちる稲光は、白き輝く竜の巨体が降りかかり、同時に契約を結んだ竜に特化した支援魔法が施される。

 バチバチと帯電するかのように力弾けるドラゴン。この無駄に派手な演出は、まるで、これからが実力の真価を発揮すると予告するよう。実際、それは正しい。

 

 現状、安心してみていられたのもとんぬらが優勢だったから。

 蛇型の兵器と一体化した身体の操縦にまだ慣れていないのか、動きが遅いシルビアを怪獣形態には一日の長があるとんぬらが圧倒していた。

 そこへ一気に畳み掛けんと力が格段に跳ね上がった。

 

「くぅ!? なんてパワー・スピード!? これがドラゴン――っ!?」

 

 劣勢にあるシルビアは牽制に激しい敵意を込めた燃え盛る灼熱を吐き出すが、今度はその燃え盛る業火は竜の咢に吸い込まれた。ドラゴン固有スキル『全てを吸い込む』だ。

 

「『エナジーイグニッション』!」

 

 竜の咢が開けられ、そこに極寒の冷気が紫電迸らせながら集約される。『ドラゴンブレス』のエネルギー充填。

 同時、ゆんゆんが、体内で自然発火する上級魔法を、とんぬらへと行使する。その青白き火種は、ドラゴンの体内で渦巻く輝く息と、極大消滅魔法と同じ要領と混ざり合って極光の如き咆哮を放つ――!

 

 虹色に輝く光のブレスは、『オーロラブレス』と称するに相応しい。

 大蛇の怪獣と化したシルビアの下半身『魔術師殺し』を究極燃焼奥義は呑み込み、鋼のボディを溶解させた。

 

 すごい……っ!

 魔王軍幹部をこうも圧倒するとは……! 改めて見て、凄まじい戦闘力だ!

 

 戦況を見ていた紅魔族の面々も、ハラハラと涙を溢し……えっ。

 

「……うっ……うう……っ…………!」

 

 その泣き声に反応してみれば、族長が泣いていた。

 そして、突然、紅魔族の人達が沸き上がった。

 

「ゆんゆん! ゆんゆんが! ゆんゆんが覚醒したぞ!」

「族長の娘ゆんゆんが、とうとう殻を破って目覚めたんだ!」

「カッコイイ! とんぬらもだけど、ゆんゆん、カッコイイ!」

「ついにゆんゆんが秘めたる力に目覚めたんだ!」

「俺の生徒だから! アレ、俺が鍛えた生徒だから!! いいぞゆんゆん、俺が教えたことをちゃんと活かしてくれたんだな……っ!」

 

 紅魔族の人達には、魔王軍幹部を圧倒する戦闘力というよりも口上やらとびきり格好良い演出の方に盛り上がっているようだ。

 今の一連の過程で、ゆんゆんはまた次期族長として認められたようだった。うん、これは後で黒歴史ぶりに誰かが人生相談に乗ってやる必要があるかもしれない。

 

 しかし、一体なぜ……?

 あんな恥ずかしい真似をしてまで派手で目立つ真似を……?

 

「やってくれやがったなこのガキどもが! こうなったら、『ドラゴンロード』の方を先に始末してやるッ!!」

 

 やっぱり、ゆんゆんが狙われるか!

 男言葉になったシルビアは顔を歪めて、溜めるように身体を沈め、蛇の下半身を弓のように撓らせると一気に――!

 

『やらせると思うか?』

 

 立ちはだかる壁となるドラゴン。

 それにシルビアは手を向け、

 

「てめぇの相手は後だ『仮面の紅魔族』! 『バインド』――ッ!!」

 

 魔王軍幹部シルビアのとっておきの拘束スキルだったのだろう。

 無数の、それも鋼鉄の鎖がドラゴンの巨体を縛り上げ、その身動きを数秒封じ込めた。

 護る相方を突破され、シルビアに血走った目を向けられたゆんゆんは、杖を掲げ、

 

「ウフフフフッ、さあどんな抵抗を見せてくれるのかしら! どんな上級魔法でも『魔術師殺し』と一体になった今のアタシには通用しな」

「『ボトムレス・スワンプ』ッッ!!!」

 

 ゆんゆんが放った魔法は、シルビアにではなく、地面に効果を示す。辺り一帯が底無しの沼に変わった。

 それも効果増強させるマジックポーションにより、術者をも巻き込む規模で。

 

「だから、彼女へのお触りは厳禁だ――『為虎添翼』!」

 

「な……! 飛……!」

 

 しかし、ゆんゆんが足場とする高い岩が沈む前に、その身体が颯爽とシルビアを追い抜く『春一番』の突風に攫われた。

 黒ローブのマントを帆にして、少女の身体が高く、シルビアの手の届かぬほど高くに飛ぶ。そして、呪文の詠唱が完了するまでの時間が稼げれば十分だった。

 

「『テレポート』!」

 

 目標が目の前にいなくなり、飛びついた人面蛇身の魔王軍幹部を迎えるのは泥沼。

 そして、獲物を目前で逃し、呆然としたシルビアの蛇の尾を駆け上がる影。

 

 それは竜化を解いて、小さくなったことで鎖の拘束を逃れたとんぬら。

 泥沼に下半身の『魔術師殺し』が囚われて動きが鈍る、だがシルビアは魔王軍幹部だ。紅魔族撃滅を任された、魔法に対して強い抵抗力を持つグロウキメラ。

 

「命知らずね『仮面の紅魔族』! 『魔術師殺し』がなくたってアタシには生半可な魔法は通用しないわよ!」

 

 紅魔族でも仕留めきれないほどのしぶとさ。

 それはかつて、単身で魔王城に挑んだ『氷の魔女』にも手古摺らせたほどで、今のように無造作に突っ込んできたところを……

 

「もう詰んでいる。あと一度の魔法であんたを倒す」

 

 指先を揃え、手刀の構えを取るとんぬら。

 一撃で倒すとの予告に、シルビアは血走った目をより充血させて――口腔より吐き出された猛き炎が渦巻いた。

 まともに食らえば全身大火傷では済まないだろう灼熱の息を、竜の少年は『全てを吸い込む』!

 シルビアの攻撃手段のひとつであるブレス系のスキルと最悪の相性。

 

 けれども、この攻撃が通じないのも予想済み。本命はこちらだ。

 

「『バインド』――ッ!!」

 

 灼熱の息で視界を埋めて、拘束スキルが放たれる。

 

 悲しいかな。

 とんぬらの運のステータスは残念仕様だ。よって相対的に大概の相手は幸運となり、この手の幸運補正で決まるスキルは避けきれず、ほぼ確実に食らってしまうのだ。

 

 これで、紅魔族が近接戦で得意とする魔力に比例して切れ味を上げる『ライト・オブ・セイバー』を封じた。……もっとも、そんなことをしなくても、この神主代行は、上級魔法スキルは習得していない。ただ、ポーズをとってみただけだ。

 腕さえ封じれば、安心だと油断させるために。

 

「さあ、捕まえたわよ。いらっしゃいボウヤ」

 

 『バインド』で両腕をグルグル巻きにされ、無力化されたとんぬらをシルビアは引き寄せる。両腕を広げ、自らの腰と一緒に更に縄をかける。

 

 予想していた展開通りに。

 

「これでもう逃げられないわね臆病者の紅魔族! さっきみたいに『テレポート』で避難しようにもこうなってしまえばできない!」

 

 カズマ兄ちゃんを捕縛したときから、男を体と密着させるように拘束スキルを使う悪癖(くせ)は把握している。

 それがシルビアを自縄自縛に陥れることになる。

 

「それじゃあ、あんたお得意の寝技の稽古をつけてもらおうか、パチもん師匠」

 

 とんぬらは『縄抜け』スキルで両腕だけを抜け出させて自由にすると、人間体のシルビアの上半身に鯖折りを仕掛けるように抱き着き、

 

 

「『アストロン』――『猫地蔵』!」

 

 

 鋼鉄製の『魔術師殺し』を取り込んだ上に、超重量の鉄塊が加算されたシルビアは深い泥沼へ頭から落ちていった。

 

 

 狙っていた展開は、華やかな魔法戦もへったくれもない泥仕合。

 

 とんぬらとシルビア、二人は絡み合ったまま、泥沼に沈んでいく。

 力が有り余った魔道具職人が手掛けたマジックポーションで、凄まじく強化された泥沼魔法は、どこまで深く浸透しているのかわからないが、『魔術師殺し』を取り込んでシルビアの巨体が頭のてっぺんからちょうど蛇尾の先まで完全に沈み込む。

 藁も掴めぬ泥中に呑まれるシルビアは、過剰負荷な重量源たる鉄塊のとんぬらを放そうともがき始めた。しかし、背後から腕を取ったまま鉄像になったとんぬらは放れない。それに男を捕らえる悪癖で、自分の体に『バインド』で雁字搦めに絡みつかせている。

 沼に囚われてはまともな活動はできず、また頑固に結びついた縄も泥に邪魔されて爪で裂けない。

 多様な魔物を取り込んできたグロウキメラといえど、このままいけば生物である以上迎えるのは、窒息。いくら紅魔族の上級魔法さえも弾くほどの耐性を付けようが、逃れられない。この底なし沼の中では『魔術師殺し』など単なる重りにしかならないのだ。

 対し、水の女神の加護が極めて強いとんぬらは、クジラ並みに長時間、潜水できるだけの能力がある。

 とんぬらから逃れようとしていたシルビアの動きが、止まった。これが詰んでいる、どれだけ危機的状況なのかわかったのだろう。シルビアは両手を鉄塊へ伸ばした。

 

 このっ! このっ! 放しなさい! 放れろっ! このっ――!!

 

 捕まえた首をへし折らんばかりに絞め、浮上するに邪魔な鉄塊を全力で壊そうとする。だが、この身は、上位悪魔の相棒(ぶき)だったこともあり、魔剣とも打ち合えるくらいに頑丈である。シルビアには破壊不能。シルビアは必死な形相を浮かべて、とんぬらの首を絞め続けるが、びくともしない。

 

 俺を破壊したかったら爆裂魔法を覚えておくんだったな。

 

 一寸先の光もない、深い深い地の底へ堕ちていく。

 

 ……あ、あれっ? アタ、アタジ、こ、これで終わり……?

 

 そして、酸素不足で、シルビアの視界も徐々に暗く染まっていった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

『魔族の持つ魔道具の中でも特に強力な『結界殺し』。今回の作戦に二つ用意したんだけど』

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 二面作戦だった。

 もしもシルビア様が、潜入中に発見されれば、里へ総攻撃を仕掛ける。そして、それが注目を集めている間に、自分たち少数で構成された別動隊が、紅魔族の監視網(あかいめ)を掻い潜り、『魔神の丘』まで向かう。

 シルビア様は魔王軍幹部である己の身を囮にすることまで考慮に入れて、今作戦に望んでいたのだ。

 

「よし……これで、シルビア様の健闘に報いることができる!」

 

 丘の上にポツンとある祠。

 そこは、歴代の神主一族が封してきた結界が張られていたが、鬼族の魔物兵士は、シルビアより預けられたもうひとつの『結界殺し』を突き付ける――

 

「そして、終わりだ紅魔族! 封印されし強大な悪魔に踏み潰されるがいい!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「皆さん、早く泥に水を! とにかくありったけの水をお願いします!」

 

「『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』!」

 

 大量の水で泥を緩めて回収し易くする。

 シルビアの蛇身な『魔術師殺し』にそれぞれ縄をかけてダクネスを先頭に召喚魔法で出した六本腕の悪魔やゴーレムが綱引きで引き揚げつつ、アクアが洪水クラスからは加減したが大瀑布な水量を泥沼に注ぎ込む。

 この調子で行けば、とんぬらは助かるし、シルビアも上手い具合に生かさず殺さずといったちょうどいい塩梅で回収できるだろう。

 

「え、シルビアに取り込まれた人たちも助かるのか?」

 

「ええ、そのつもりでしょう。できるだけ身体の保存状態を良くしたままシルビアを回収するために泥沼に沈めさせたんだと思いますし。そのせいで自力で上がってこれなくなるのはマヌケでしょうが」

 

 あまり手伝えそうにないカズマは、めぐみんと一緒に里総出でかかっている回収作業を遠巻きに眺めていた。

 

「カズマは知らないと思います。……私達紅魔族が、肉体改造などの魔法の実験に、異様に興味を示すのを。どうしてだか、肉体改造だとかの言葉に非常に惹かれるのですよ私達は。本当に、なぜだかは分からないのですが」

 

 これは後日に地下格納庫に赴いたカズマが発見した『賢王の日記』から紅魔族誕生の真実を知ることになるが、この対魔王軍種族の先祖は皆、自ら志願して肉体改造をされたのだ。つまりは、その変わり者達の血脈が、今も受け継がれているとも言えよう。

 

「とんぬらのブレスで、『魔術師殺し』は半壊状態ですし、魔法を効き易くする魔道具もあります。きっと彼らならば何とでもするでしょう。何故だか、肉体改造だとか、キメラだとか……。私達は不思議と、こういった事に対して相性が良いのですよ。

 ほら、ゆんゆんに里まで送ってもらう際に『テレポート』の魔法を使うと極希に、他の生物と混ざり合ってしまうという話をした事があったでしょう?」

 

 『テレポート』で合成が出来るなら、きっと使い様によっては分離も出来るんじゃないか? というような、発想が紅魔族の頭の中には芽生えており、それが今頃様々な研究のシュミレートを脳内で経ているはずだ。

 そして、それがいざ実行に移されれば、散々弄り回されてシルビアに取り込んだ生物は、全て摘出されるだろう。

 

 事実、この後、シルビアに取り込まれた者は里の者であるそけっとを含め人間、エルフにヴァンパイアまで全員が分離される。長い事モンスターと一体となっていた事で、精神に異常をきたしていないかと心配されたが、皆、シルビアに取り込まれた瞬間からの記憶が無いようだ。

 その為、モンスターの中に居たと言う事には不快感を覚えていたものの、精神が壊れたような後遺症を持った人は居なかった。

 それから分解された『魔術師殺し』は、鍛冶屋の元に渡り、『鎧の魔剣』なんてものの作製材料とされることになる。

 

 相性最悪なはずの魔王軍幹部を圧倒するといい、紅魔族の連中は頭が良いんだろうが、熱意の方向性をもっとまともな方に向けてくれないのだろうか?

 

「ですから、とんぬらが心配ですよ」

 

「なんでだ?」

 

「ドラゴンになれる紅魔族なんて、是非とも研究したい対象ですよ。シルビアと一緒に弄り回されてもおかしくはありませんね」

 

 いくらなんでも……とカズマは否定しようとしたが、紅魔族の人達の目がマッドサイエンティストの目をしている気がする。

 

「あの二人が族長にドラゴンのことを打ち明けたがらなかったのもそれも理由のひとつでしょうし。……まあ、そんな真似は、あの独占意識の強いゆんゆんが絶対に許さないでしょうけど」

 

 回収作業で必死に音頭を取っているゆんゆんを見れば、その心配は杞憂だったか。

 ……うん、手を出せばサキュバスでも容赦なく撃ち抜く娘だからな。

 

「しっかし、ほとんど二人で魔王軍幹部を倒しちまうとはな。流石、『アクセル』のエースだって言われるだけある」

 

 そんな。

 何気なくカズマが称賛したとき。

 世間話の最中に、パーティの『アークウィザード』はさらりと質問を投げかけた。

 

 

「――カズマは、あの二人のような優秀な魔法使い、欲しいですか?」

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 オーロラブレス:ブレス系特技の最高峰のひとつ。灼熱と吹雪のブレスが混ざり合った、虹色のブレス。ブレス版の『メドローア』。


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