この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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54話

『貴様はこの旅の目的地にて、仲間に迷いを打ち明けられる時が来る。貴様の言葉次第では、その仲間は自らの歩むべき道を変えるだろう。汝、よく考え、後悔のない助言を与えるようにな』

 

 

 街を出る前に言われた全てを見通す悪魔の言葉を、そのときふと思い出した。

 

「とんぬらのような、何でもできる」

 

 紅魔族の誰もが目を真っ赤にして盛り上がった先の激闘。

 それをひとりだけ、めぐみんは冷めた調子に眺めていたと思ったが、それは思い違いで、誰よりも受けた影響は大きかった。

 里の大人たちにも手の付けられない魔王軍幹部シルビアと知と力の限りを、そして魔法を駆使して奮戦する、そんなライバルたちの激闘を見て、我がパーティの『アークウィザード』は、悔しさや憧れに焦がれたに違いない。

 

「ゆんゆんのような、きちんとした魔法が扱える」

 

 ジッとこちらを見つめながら、まるで自嘲するように、語るめぐみんは、もう一度訪ねた。

 

「そんな優秀な魔法使いを、カズマは欲しいですか?」

 

 その問いの意図は未だ理解できていない。

 ただ当たり前のことを当たり前のように答える。

 

「欲しいか要らないかで訊かれたら、そりゃあ欲しいさ」

 

「そうですか。……うん、私も覚悟が出来ました」

 

 そう言って、笑みを見せると、

 

「私は、今から上級魔法を覚えようかと思います」

 

 ……おい、今なんつった?

 耳を疑った。

 我慢しないなら三度の飯が二度になると言われても、我慢などせずに魔法をぶっ放す爆裂狂が、今なんて?

 

 思わず素になってしまうカズマの前で、めぐみんは、自分の冒険者カードを取り出す。

 

「ずっと悩んでいたんです。多分、カズマやアクア、ダクネスと会わなかったなら、こんなことは考えずにずっと爆裂魔法を鍛え続けていたのでしょう。……でも、もう私は、カズマのお荷物にはなりません。今度は、カズマや皆を私が助けるんです。

 ……だから。だから、爆裂魔法は今日で封印するんです」

 

「おい待てよ。そりゃあ上級魔法が使えりゃ助かる。助かるけどもさ。そうだ、別に爆裂魔法を封印なんてする必要はないだろ。討伐とかに出ない日だってあるんだし。そんなときは、また一日一爆裂に行けばいいしさ。それに、普段は使わなくたって、いざというときの切り札として取っとけば……! 大体お前、前に言ってなかったか? 爆裂魔法の威力上昇や、高速詠唱ってスキルに、得られるスキルポイントは全部注ぎ込んでる、みたいなことをさ」

 

「そんなこと、よく覚えてましたね。いつでもそのスキルを覚えられる状態で、スキルポイントをずっと大事に貯めておいたのですよ。……爆裂魔法を唱えると、魔力切れで、その日一日他の魔法は使えません。逆に、上級魔法を使ったなら、ギリギリの魔力を使う爆裂魔法は、その日は使えなくなるでしょう。上級魔法を覚えたら、何度も何度も詠唱し、少しでも早く撃てるよう、少しでも威力を上げられるように練習しなくてはなりませんからね」

 

 静かに目を閉じて、一度深呼吸をすると、何かを噛みしめるようにこちらに背を向けためぐみんは、その手のひらの冒険者カードを後ろ手に突き出してきた。

 顔は見えないが、その肩は震えている。

 

「すいませんカズマ。凄く酷いことをお願いしてもいいですか?」

 

「……自分じゃ押せないから、俺に上級魔法スキル取得のボタンを押してくれって?」

 

 コクリと頷かれる。

 

 呆れが篭った嘆息を吐き出して、

 

「アホだなぁ……。お前、よく考えろよ? もう俺達は大金が転がり込んでくるんだからな? そんな、討伐だとか危険なことにはあまり首突っ込まなくてもいいんだ。屋敷でのんびりしながら、たまに爆裂魔法で雑魚を一掃したりして、みんなで楽しく生きて行こうぜ」

 

「以前は、中級魔法を取る気はないのかと、散々私に言っていたカズマなのに」

 

 再び差し出してくる冒険者カードを、今度こそ受け取り、

 

「……後悔しないのか?」

 

「しません。私はもう、足手纏いになんてならないって決めたんです。私が普通の紅魔族だったなら、きっと、魔導ゴーレムにダクネスがやられるのをただ見ているだけなんてことも、シルビアにカズマを連れて行かれることもなかったでしょう。……私は、紅魔族随一の魔法の使い手。上級魔法を操る者! ……今後は、これでいくとします。上級魔法が使えるようになれば、ゆんゆんよりも潜在魔力が高い私の方が、絶対に紅魔族随一です。ゆんゆんに、紅魔族最強の座は渡しませんよ」

 

 そうきっぱり宣言して、そんな無理やりな笑みを浮かべてみせる。

 ……アホだなぁ、本当に。そう思う。

 

「ゆんゆんには、か。そんじゃあ、上級魔法を覚えたらとんぬらには勝てるのか?」

 

「……ええ、勝ちますよ。あんな滑り芸人なネタ魔法使いなんて」

 

「上級魔法は隕石落したりできんのか?」

 

「そんなのできませんよ。何言ってるんですかカズマは」

 

「なんだよじゃあお前は、いや、爆裂魔法は負けっぱなしなんじゃねぇか」

 

「はぁ!?」

 

 明らかにがっかりしたような深い溜息を吐いて、大袈裟に肩を落としてやれば、カッカしためぐみんがこっちを振り向いた。

 爆裂魔法を封印するだとか言っていたが、その熱意までは消せないようで、それを侮る発言は看過できないのだろう。

 そんな様を小馬鹿にするよう鼻で笑ってやれば、目を真っ赤にさせて、

 

「今、爆裂魔法を鼻で笑いましたか! 私の事は欠陥魔法使いとバカにされても構いませんが、爆裂魔法の事をバカにするならカズマでも許しませんよ!」

 

「しょうがないだろ。だって、あれからずっと、めぐみんの一日一爆裂には付き合ってきたけどさ、結局、城を壊滅させた時の隕石落しのように、百点満点は一度も取れてねーだろ。なら、爆裂魔法を封印すれば、これから先、爆裂魔法はとんぬらの奇跡魔法よりも下って評価のままだな。この先ずっと」

 

「こんっ、の……! 言ってくれますね。私が密かにずっと気にしていたことを……!」

 

 いや、毎回点数評価した際、どんなに高得点を出しても百点に達してなくて消沈していたからな。すごくわかりやすかった。

 心置きなく封印なんて無理だ。こんなちょっと突いただけで未練タラタラの状態では。

 

「どうせならさ、隕石落し以上にインパクトのある魔法が使える最強の魔法使いを目指してくれよ」

 

 冒険者カードを操作しながら、そんな台詞を吐いた時だった。

 紅魔の里上空に渦を巻く暗雲が出現したのは。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ずんっっっ!!!!!! と大地を揺さぶるのはあまりに巨大な獣の蹄。

 巨獣。それは雲をつかんばかりの巨体を誇る、二足歩行の三つ目の山羊顔の魔獣。一対の牛角と蝙蝠の翼、そして体のあちこちに苔のような植物が生えている。

 

 その一歩が地響きを起こす、世界を蹂躙していく、膨大な質量。そして、一哭きすれば空に暗幕がかかるように雷雲がより濃くなる。

 

「おお、ついにこの日が来てしまったか……」

 

 と里の人間の誰かが呟いた。

 この怪獣映画のような有様に、流石の紅魔族も呆然としているようだ。

 

「なあ……前に『邪神が封印された墓』だの、『名もなき女神が封印された土地』だのが里の観光名所だとか言ってたけど、アレもそうなのか?」

 

「そういえば、とんぬらが『魔神の丘』には、本物の魔神が封印されていると言ってましたね」

 

「『世界を滅ぼしかねない兵器』といい、何でこの里は物騒なもんばかり封印されてんだよ!」

 

 あんな機動要塞級の怪獣に踏みつけられたら一発でおしまい。ぺっしゃんこに張り付いて地面と見分けがつかなくなるだろう。

 紅魔族の大人たちも一度里を捨て出てもここは『テレポート』で一時撤退するようで、こちらも早く逃げよう、とカズマが口を開こうとしたその時。

 

 全員からの注目を集める前で、鉄塔の如き巨大な脚が振り子じみた動きで振り上げられる。サッカーボールを蹴る動きだ、と思った直後にそれは来た。

 

 ドゴアッッッ!!!!!! と。

 祠のあった丘全体が大きく削り取られる。

 

 誰を、何を攻撃するとかそういう次元ではなかった。

 蹄が蹴りつけた岩盤は恐ろしい勢いで砕け、大量の土砂飛沫と共に巨大な岩の塊が雨霰と降り注いでくる。

 

「『ライトニング・ストライク』!」

「『インフェルノ』!」

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

「『カースド・ライトニング』!」

「『トルネード』!」

 

 しかし、紅魔族も負けてはいない。上級魔法で飛来してくる岩石を悉く迎撃して、巨大な魔獣に雷やら業火やら吹雪やらをぶつける。

 それでも、怪獣には怯む程度。倒すにはとても届かない。だが、それでも進撃の時間を少しは遅らせることができた。その間に、魔法の使えない子供たちを連れ『テレポート』で避難する。

 でもそれは、沼に沈没しているとんぬらとシルビアのサルベージ作業を中断するという決断。仕方がない。こんな予想外の事態に見舞われては。それに魔王軍との戦闘で魔力をかなり消耗していることもある。

 残った紅魔族が上級魔法で牽制をしているが、徹底抗戦には無理があるのだ。

 それでも、一人の少女は泥沼へ飛び出した――

 

「とんぬら! とんぬら!」

 

 巨大魔獣が接近する中、ゆんゆんが沼に身を落とす。もがきながら、彼の沈んだ場所へ行こうとしている。

 

「何をしてるんだゆんゆん! 早く戻ってこい! もうすぐそこまで来てるぞ」

「そうよ! 一緒に『テレポート』で避難しましょ。それで安全なところから退散するのを待つの! 安全第一! 救助はそれからでも遅くはないわ!」

 

 ダクネスとアクアが沼の淵から呼びかけるも、彼女は周りが見えていないようでとにかく我武者羅に泳ぐ。

 

「あのバカ娘は……!」

 

 そして、めぐみんは走り出した。

 カズマはそんなめぐみんを止め…………ようとして、そっとその手を引いた。

 めぐみんの目が爛々と赤く輝いている。

 上級魔法の一斉掃射を喰らった巨獣は、怒りの唸り声をあげ、暗雲から稲妻を呼び落とす。

 

「黒より黒く闇より暗き漆黒に我が深紅の混淆を望みたもう」

 

 それでも臆さず、稲妻が振り落ちる中、めぐみんは唱える。

 その詠唱が聞こえた紅魔族の連中が一瞬、ギョッと魔神から視線を外す。

 それはもう聞き慣れた、『アクセル』ではめぐみんの代名詞となっている魔法。

 流石に魔法のエキスパート、紅魔族の連中はすぐに察したようで、邪魔にならないよう攻撃の手を止めて、道を開ける。

 

「食らいなさい、我が渾身の、最後の爆裂魔法を!」

 

 そして、巨大な怪獣へ杖を突きつけためぐみんが紅い瞳をカッと見開き、全ての魔力を込めて人類最強の魔法を放つ。

 

 

「『エクスプロージョン』ッッッ!!!」

 

 

 上級魔法では力不足だった怪獣へ、杖先から迸った強烈な光が突き刺さる。

 瞬間。耳をつんざく轟音と共に、間違いなく過去最大最高の爆炎が吹き荒れた。

 例え『魔術師殺し』であろうとも木端微塵にしたのではないかと思わせる、そんな威力の爆裂魔法。これには放っためぐみん自身も驚いて目を瞠っている。

 

 当然だ。

 先程カズマが、上級魔法を取得できる分だけのスキルポイントを全て爆裂魔法の威力向上に注ぎ込んだのだから。

 我がパーティに欲しいのは優秀な魔法使い程度ではなく、超火力を誇る最強の魔法使いなのだ。

 

 紅魔族の大人たちが束になってはなった上級魔法の一斉掃射でも怯むだけであった怪獣が、たったひとりの少女の魔法に大きく仰け反らされ、そのまま空を見上げる青天に倒れた。

 ズズゥゥゥン!!! と低い震動音が足から伝わり腹の底を揺らす

 そんな怪獣を一発ノックダウンさせためぐみんは、体を支えるカズマを困ったような、それでいて滲み出る嬉しさを我慢できないような何とも言えない微妙な顔でジロッと一瞥をくれてから、呆然としてしまっているゆんゆんへ叫んだ。

 

「なにボケっとしてるんですか! とっととあなたの男を引っ張り上げて来るのです!」

 

 そこで、声は届いたゆんゆんはこちらへ返事はしなかったが、一度視線を向けて、こくんと頷く。

 世話が焼けますね、と鼻を鳴らすめぐみん。

 そして、アクアの大量放水で緩くなった沼の中に、ゆんゆんは潜っていく。

 それを見届けてから、めぐみんはカズマに身を預け、

 

「……こんな時に言うのもなんですけど」

 

「なんだよ。残念ながらまだ怪獣が倒されてないみたいなんだから手短にな」

 

「今、なんとなくわかったんです。私、とんぬらのことが好きでした」

 

 言われて、カズマは、わりと胸に来た。

 顔には出さないようにと努めるも、そんなカズマの表情を見て、めぐみんはクスリと笑い、意味深に目を細める。

 

「と言っても、今はそうでもありませんよ。他に好きな人がいますから」

 

「あのな、そうやって期待を持たせるようなことを言う女は、すぐ男に勘違いされてえらい目に遭うからな。お前、見てくれは良いんだから、そんなことばかり言ってたら悪女扱いされるぞ」

 

 注意するも、そのままめぐみんはカズマの肩に頭を乗せた状態で、

 

「やっぱりダクネスに、『こちらから近づこうとすると、強がりつつ距離を取るヘタレ』と言われるだけはありますよね」

 

 おい、と文句を言う前に寄り掛かるのを止めてバッと離れためぐみんは、バサッと自分のマントを翻して、吹っ切れたように笑みを浮かべ、こちらに向かって名乗りを上げた。

 

「我が名はめぐみん! 『アークウィザード』にして、爆裂魔法を操る者! 『アクセル』随一の魔法の使い手にして、いつか爆裂魔法を究める者!!」

 

 そう、いつも通りの調子で、ドヤ顔のめぐみんは薄い胸を張りながら、答えの決まってる質問を投げかけた。

 

「今のは何点でしたか?」

 

「百二十点」

 

 その査定に、我がパーティの最大火力の最強魔法使いはとびきりの笑顔を見せた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 いくら水で薄まっていても、目も開けられない泥沼を潜るのは勇気がいることだった。

 半分まで陸に引き上げたシルビアの蛇身を手で伝いながら、その先にいるであろう彼の元へ沈んでいく。

 

(とんぬら! どこにいるの!?)

 

 泳ぎの心得なんて大してあるわけでもない。なにせ、周りに泳げるような海川のない、あって精々観光資源のひとつ『願いの泉』くらいの、山村な紅魔の里の箱入り娘だったゆんゆんに潜水する経験はほとんどないと言ってもいい。それに泥沼に自ら沈み込むなんて真似をする人は普通いない。かつて自分が出した泥沼魔法に溺れたこともあったがその時は彼に助けてもらったのだ。

 息苦しい。あとどれくらいで辿り着くのかわからない。でも、この手が届くまで――!

 

(……、え)

 

 ゆんゆんの手に硬質ではない、肉感を覚えた。

 これは、鋼鉄の『魔術師殺し』の終着にあるシルビアの上半身だろう。そして、すぐこれに密着している鉄塊の彼が…………ない。

 

(まさか、――――!!)

 

 泥水が目に入るにも構わず、瞼を開ける。

 染み入るように飛び込むのは、濁った視界。そこには赤いドレスの、シルビアの上半身を確認できた。でも、彼の像はどこにもない。

 考えられるとすれば、結果として絞め落としたが拘束を解かれて、この底なし沼の底の底へ堕ちてしまった…………そんな最悪の予想にゆんゆんが行き着く前に。

 

 

『『パルプンテ』――ッッ!!!』

 

 

 ゆんゆんは、沼の中で、その声なき声が聴こえた気がした。

 

 ズオォ、と巨大な気配が、沼底を盛り上げる。

 まるで、溺れる少女を救い上げる舞台のように。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 魔王軍の『結界殺し』によって、『魔神の丘』の封印が破られた大魔獣ブオーン。

 破壊力が強化された爆裂魔法をどてっぱらにもらったブオーンであったが、消滅はしなかった。もちろんダメージは大きく、数分間、気絶させられたが、戦闘続行は可能。

 しかし、この身を起こし、立ち上がろうとしたブオーンは、強大な気配を覚える。

 

 これまで、この巨躯よりも大きなものなど、真っ向からぶつかって撥ね飛ばされた機動要塞『デストロイヤー』くらいしかない。

 だが、確かに覚えたのだ。

 あの国をも滅ぼす巨大兵器と同じ感覚を。

 

 天空を荒らす魔力を放つブオーン。

 対し、紅魔の里の大地に亀裂が走らせ、そこに山を盛り上げていくようにそれは顔を出した。

 その登場に大魔獣は恐れ戦き、里の人間は狂喜乱舞する。

 

 そう、紅魔の里を空中庭園のようにその甲羅の上に乗せて、“召喚”されたのは、『宝島』玄武。

 初代神主が奇跡魔法で使役したというブオーンの前に、次代神主代行の少年が奇跡魔法の契約を結んできたのは、機動要塞にも匹敵する山のような、そして、『冬将軍』と並ぶ超級モンスターであった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ピーキーなのにも程がありますよ、あのパルプンテ芸人! とんでもないものを喚び出しましたね!」

 

「おい、これは一体何なんだよめぐみん!? いきなりとんぬら達の沈んでる沼がバチバチとしてから、いきなりこうなったが、大丈夫なのか!? お前らの里が全部持ち上げられてるっぽいぞ! つかこれ生き物なのか!? 東京ドームと遜色ないつうか、山としか思えないんだけど!」

 

「とうきょうどーむ、とやらはよくわかりませんが、『宝島』ですよカズマ!」

 

「『宝島』って何だよ?」

 

「『宝島』は、玄武の俗称です! 普段は地中に生息しているんですが、十年に一度甲羅を干す為に地上に出て来ると言われています。これは、甲羅に繁殖したカビやキノコや様々な害虫を日干しにする為だと言われていますが、定かではありません。そして玄武は鉱脈の地下に住み、希少な鉱石類をエサにするので、その甲羅には希少な鉱石が地層の様にくっ付いているんです! 発掘すれば一攫千金も夢ではありません。だから、『宝“島”』です!」

 

「だいたいわかった。それでこの巨大な亀はヤバいのか? 甲羅に乗ってる人間も食っちまうような危険なモンスターだったりするのか?」

 

「いえ、『宝島』は温厚で、余程の事をしない限りは攻撃なんてしませんよ。でも、人の手に負えるようなモンスターではありません。天災と同じです。なのに、召喚するなんて……! 『冬将軍』といい、頭がおかしいんじゃないんですかあの紅魔族の変異種は!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「……んんぅ、あ」

 

 顔を拭われる感覚に、目を開けると口元に柔らかな笑みを浮かべる仮面の――とそこまで視認して、ゆんゆんはガバッと抱き着いた。

 

「とんぬらっ! 無事で良かった……!」

 

「おいおい、それはこっちのセリフなんだが」

 

 首に腕を回す相方の少女を落ち着けさせるよう、背中を摩ってやるとんぬら。

 心配をかけさせてしまった身としては、このまま彼女の気が済むまで甘んじてやりたいところであるも、そうはいかない。

 何せ、目の前には玄武への攻撃を躊躇ってはいるものの、依然、戦意は揺るぎない大魔獣がいるのだから。

 

「ゆんゆん、そろそろ周りを見ようか?」

 

「うん…………それで、これはどうなってるの?」

 

「簡単に話せば、うっかり地の底に落ちたところであるモンスターと契約を結んだんだ。それでそいつに里を守ってもらうようお願いした」

 

「そう、なの…………え、と、なにこれぇ……???」

 

 状況を確認してみると、山の上にいた。ゆんゆんだけでなく、紅魔の里が山の上にあった。

 そして、次響きが止まらない感覚からしてその山は動いていて、まるで生き物のようで……実際、生き物でした。見下ろせば、地面にヒレのような……いや、巨大なヒレがあったし。

 

「玄武だ」

 

「玄武……そう、玄武ね玄武。…………玄武って、あの玄武でいいの?」

 

「どの玄武かはわからないが、とりあえず『宝島』と呼ばれている巨大なカメだ」

 

「へぇ、そうなんだ………………って、ぇええええええええええええぇぇぇぇっっ!?!?!?」

 

 ゆんゆんの悲鳴が木霊する。

 大地に悠然と横たえる超巨大なモンスター。そして、二人はその王冠のような煌く鉱石群を乗せている頭頂部にいる。

 

「それで、『冬将軍』の場合は、雪精の保護が契約対価であるんだが、『宝島』は甲羅の掃除を対価に要求されていてな。後で、里総出で人手を借りたいと思っている」

 

「皆きっと喜んでやるわよ。話に聞くけど、高純度の『コロナタイト』や『フレアタイト』の鉱石が掘れるんだもの。鉱石モドキなんてモンスターもついているみたいだけど、お父さんたちなら全然苦にもしない……そうじゃなくて! ねぇ、とんぬら、私、まともなのと契約を取りましょうって話したわよね!?」

 

「俺はなるべくビッグなのが良いとも言っただろ。玄武は温厚なモンスターだ。『冬将軍』と同じで手を出さなければ、極めて人畜無害な部類だぞ。むしろ、お宝をくれるから有益である」

 

「デカすぎるわよ! これじゃめぐみんの爆裂魔法と同じで使える場所が極めて限定されるし、『宝島』を契約モンスターにしたなんて知られたら大変なことになるわよ!」

 

「まあ、落ち着けゆんゆん。とりあえず、今は今、目の前のことを考えよう」

 

「ダメ! 話を誤魔化さないで! もうとんぬらはさっきもだけど、後先の事を考えず無茶な事ばっかりするんだから! すっごく心配したのよ!」

 

「いやちゃんと考えて動いている! ただ現場の状況でアドリブを利かすことが多いだけだ!」

 

「それってほとんど考えなしと変わらないじゃない!」

 

「だったらゆんゆんは、あれこれ変な事ばっかり考え込むから人間関係で一歩目が踏み出せなくって、めんどうくさいぼっちになったんだろ!」

 

「めんどうくさいぼっち!?」

 

「ほら、いくら俺でもめんどうくさい状況とめんどうくさい彼女を一気に相手取る七面倒極まるのは御免だ。どちらか早急に片付けたい」

 

「めんどうくさい状況にしたのはとんぬらじゃないのよ!」

 

「俺は巨大悪魔の封印なんて解いてない!」

 

 言い合う中、ブオーンの瞳に剣呑な光が宿る。

 この大魔獣、封印されている『魔神の丘』が何故だかカップル御用達にされて以来、どうにもこう男女でいちゃつかれるのを見ると、捻り潰したくなる性分であった。

 

「――まったくもう!」

「――とにかくだな!」

 

 二人の声が、重なり合う。

 

「「邪魔者はすっこんで()!!」」

 

 『宝島』は、ブオーンを攻撃する意欲はない。反撃はするが、基本的に専守防衛の神獣だ。けれども、貴重な鉱石類を主食とする玄武は、老廃物としてできあがる、極めて純度の高い魔石を大量に蓄えている。

 それは、魔法使いの力をこの上なく高めてくれるものであって、特に頭頂部に乗っている王冠の如き巨大鉱石は膨大な魔力を保有していた。

 とんぬらとゆんゆんはそれを背にし、限りないとすら思える『宝島』の魔力源からの供給を受けて魔法を振るう。

 

 

「「『ジゴスラッシュ』――ッッッ!!!」」

 

 

 直径十mにも及ぶ野太い魔獣の腕は、勇者候補のように言うなれば神器級の一撃にも等しい威力を有して、凶悪な質量と速度を伴って、玄武の頭蓋ごと二人を砕こうとするが――届かない。

 鉄扇とワンドを重ね合わせて、集中。鉄扇の先より形成される抜けば玉散る氷の刃に、ワンドより(いず)る蒼き地獄の雷が螺旋を描くように纏わりつく。そして、二色のオーラは融け合わさりながら伸長し、十数mにも及ぶ一つの巨大な剣を造り出した。

 二人はそれを、完璧にシンクロした動作で振り抜く。

 蒼き雷光の斬撃を薙ぎ払うだけで、破裂音と共にブオーンの蹄が弾かれ、割れる。そして、一撃を振るうたびに背後の王冠の魔石より消耗した魔力を充填。続けざまに二撃目、三撃目、四撃目……と左右交互に叩き込んでくるブオーンの乱打全てと切り結び、迎撃。十撃目には一閃で大きく仰け反らせた。

 上位悪魔を痺れさせた蒼き電撃を十度浴びたブオーンが麻痺したのだ。

 その一瞬一度の機に、言葉もなく合体魔法を完成させる、奇跡の如き、コンビネーション。……それほどに集中していた。もう周りが見えていないくらいに。

 

「『コール・オブ・サンダーストーム』!」 「『宵闇桜』!」

 

 嵐を呼ぶ天候操作に春風の精霊『春一番』による神風と二つの異なるスキルが、まるでユニゾンの如く綺麗に重なって響いた。

 

「「『ラブラブ・タイフーン』!!!」」

 

 交差して重なる互いの得物(つえ)より、千早振る春嵐が発生。それはピンク色のオーラを迸らせながら巨体を呑み込む竜巻となり、ブオーンの魔力が喚び寄せた暗雲さえも晴らした。

 

「『インフェルノ』!」 「『風花雪月』!」

 

 そして、最後は目を回して混乱するブオーンに向かって、ゆんゆんととんぬらは、揃って腕を突き出し、爆裂魔法にも(ネタ的な意味でも)劣らぬインパクトを誇る協撃必殺魔法を放つ!

 

 

「「『ラブラブ・メドローア』――ッッ!!!」」

 

 

 爆裂魔法を受けたどてっぱらに極大消滅魔法の光線が貫き、ブオーンの身体に大きな風穴を開けた。

 それでもなお衰えを見せない光は、その向こうにある霊峰『ドラゴンズピーク』にまで突き進むと山の一角にぶち当たり……!

 眩い光と爆音と共に、その一角を消し飛ばしていた。

 そして、今度こそブオーンは倒れ伏し、その巨体を霧散させて消滅した。

 

 ――おい、痴話喧嘩を始めたかと思ったら、魔神がぶっ飛ばされたぞ! 援護しようと控えてたのにお呼びじゃなかったな俺達……

 ――ラブラブ・メドローア……噂には聞いていたがなんて破壊力だ! それに新技のラブラブ・タイフーンもまたすごい!

 ――ようやく覚醒したかと思ったら、もう私達の手の届かない高みまで行っていたとは……うぅ、子供の成長とは早いものだな!

 

 ……後に、『宝島』からの膨大な魔力供給に、魔力酔いを起こしていたことが判明した両名は、今回のことを振り返って、色々とやり過ぎたと黒歴史に懊悩することになる。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 あれから三日が経った。

 

 『魔術師殺し』と融合したシルビアと『ドラゴラム』で変身したとんぬらとの激闘に、特撮怪獣級の召喚獣ブオーンの進撃に、超巨大モンスター玄武の出現。

 壊滅的な被害を受けた紅魔の里は、この三日間で復興していた。

 崩れた瓦礫を軒並み魔法で吹き飛ばし、岩盤から建材を切り出してはゴーレムに変えて、建設現場まで歩いて行かせる。召喚魔法で悪魔を喚び出して足りない人手を補って、そんな魔法フル活用によって、里はたった三日で完全に元に戻った。

 

 多大な被害を受けたものの、それも『宝島』玄武の甲羅がその元来の黒く美しい光沢を露にするほど、全員総出で(ひょいざぶろーを筆頭に)欠片一つと残さず掃除もとい発掘したことで採取された大量の鉱石宝石を手に入れている。今回の被害額を差し引いても余りある稼ぎは、里の者たちに潤いをもたらしただろう。

 玄武もまた背中にこびりついた老廃物を綺麗に掃除してくれたことに満足気のようで、とんぬらとの召喚獣契約のこともあり、今後も紅魔族は掃除役としてお得意様にするかもしれない。良い関係が築けそうだ。

 

 それから、魔王軍幹部シルビアは、溺れて心肺停止状態だったところをアクアに回復魔法をかけられ……そこから紅魔族に散々玩具にされた。

 実験室は阿鼻叫喚の騒ぎになっていたが、無論、グロウキメラ・シルビアに取り込まれた被害者を分離救出させるための措置である。そけっとら被害者は全員が無事で摘出され、生還したものの元の鬼族にまで戻されたシルビアは、引き籠っていたニート・ぶっころりーによって最後は何処へと『テレポート』で飛ばされたようだ(曰く、新天地に引っ越したオークへの贈り物にしたとのこと)。

 

 そして、カズマパーティ。

 サトウカズマによって解放された地下格納庫を探索。アクアがそこにあったゲーム機に嵌ったりしたものの、数多くの『賢王』の遺産(家電製品)が見つかった。魔改造『冬牛夏草』を暴くきっかけを入手するなど今回の騒動でも活躍していたカズマは、紅魔族からいたく感謝され、お礼として受けたトドめだけ刺す簡単な修行法『養殖』によって、この三日間で経験値を荒稼ぎしている。

 ダクネスは、愛好している紅魔族随一の鍛冶屋から、シルビアより解体された『魔術師殺し』を素材とした『鎧の魔剣』の性能を見るテスターを頼まれたり、その試験として上級魔法をぶつけられたりするなど充実とした日々を送り、

 めぐみんは、紅魔族四天王のひとりとして、『試練』をとんぬらに――ではなく、ゆんゆんに挑ませ、名乗り上げを再演させたり等等、次期族長としてあるべき振る舞いを指導(という名目の羞恥プレイ)して、

 

『はあ……はあ……! 勝った……! 初めて、めぐみんに勝った……!』

 

『……ま、まあ、今のは本気を出していませんでしたしね。私はほら、月が欠けてくると力が出せないタイプの人間ですから』

 

『悪魔族じゃあるまいし、そんな訳ないでしょ! 素直に負けを認めなさいよ!』

 

 最終的には、魔法使いらしからぬ肉弾戦で決着をつけた。

 

 あと、エリー。シルビアの攻撃によって破壊されたぽんこつ兵だったが、幸いにして頭部は無事で、意識は残っていた。肉体を修理すれば問題はなく動くようになるそうで。その修理に、『宝島』から『フレアタイト』やら『コロナタイト』まで発掘したひょいざぶろーが乗り気で、この万能介護ロボットのボディ製作をしてくれるそうだ。『賢王』が設計した構造を解明し、必ずや復活させてみせると豪語していた。なので、修理されるまではしばしのお別れとなる。

 

 

「……とまあ、そんなところでしょうか。そけっと師匠」

 

「私が寝たきりになってる間に色々と大変だったわね、弟子君」

 

 再建された占い屋。住居兼用のそこにとんぬらは、師であるそけっとの見舞いへと来て、近況報告を行っていた。

 

「そけっと師匠も、ぶっころりーが心配していましたよ、色々と」

 

「ええ、無事か確認したいからスカートを捲らせてくれって拝まれたから蹴っ飛ばしてやったんだけど」

 

「あはは……まあ、ほら、シルビアに取り込まれてしまったじゃないですか。きっとそれで」

 

「そう? まあ、あれには私も油断したわ。占い師と言っても自分の未来だけは読めないから。でも、弟子君は自分の未来だけを読めるようだけど……それで、あれから予知夢の方はどうなっているのかしら?」

 

「時々、見ていますよ。夢は夢だと割り切って、少しずつ慣れるようにしています。あのマネージャーには美味しい朝食を頂かれるのは癪ですし……今は夢よりも現実の方が大変なので感覚が麻痺っているだけかもしれませんが」

 

「話には聞いたけど、無事に婚約が認められたそうね。おめでとう、弟子君」

 

「ありがとうございます、そけっと師匠」

 

「それで今のお悩みは、家族公認で孫の顔を早く見たいとせがまれていることかしら?」

 

「はい……。族長はもっと常識があると思ったのに……」

 

 がっくりと肩を落とすとんぬら。

 ドラゴンという紅魔族の琴線を大いに刺激しただけでなく、後半酔っ払ってやっちまった(ラブラブ)合体魔法は、族長を感服させた。感服させ過ぎてしまった。

 シルビアと一緒に実験材料にされる事態は回避したものの、子供は是非にと頼まれてしまった。

 現在、別居しているゆんゆんは、ゆんゆんの母親を筆頭にゆいゆいら里の既婚女性から花嫁修業とやらを受けているそうだが、非常に不安だ。最初はゆんゆんも族長の子作り推進に対して、顔を真っ赤にして反対していたというのに、昨日顔を合わせたときには『大丈夫、ちょっとくらいフライングしても大丈夫……うん、ほとんどの人がそうやって落としてるし……』と呟き、どこか肉食獣っぽい目でこちらを見ていた気がする。

 明日には、『アクセル』に『テレポート』で送ってもらい、また二人暮らしを始めることになるのだが、果たしてあと一年余り、自分は大丈夫なのだろうか。頼りになる壁役(ガード)だった万能介護ロボット・エリーも修理中で里のひょいざぶろーに預けられることになるし、一体どうやって健全な生活を送ればいいのか……

 

「……何で男である俺の方が身の危険を覚えているんだ。あれか、オークやカマ幹部に狙われたりしたからか? そういう属性がついちゃってるのか? そけっと師匠、何か良い助言はないんですか?」

 

 懇願するとんぬらだったが、そけっとは手元の水晶玉をピンと指で弾いて、

 

「残念だけど、弟子君の未来はわからないわね。こうやって今も直接視ているけど、眩しかったり暗かったりと混沌としている運勢よね。何この占い師泣かせ。ま、どっちにしても責任は取る気でいるんだから、いっそ開き直るか、頑張って我慢しなさいとしか言えないわ」

 

「頑張ります……」

 

 そけっとはそんな苦労性な弟子に苦笑して、不意に真面目な表情を作り、

 

「……弟子君、後頭部がすっぽりとない相手には注意をしなさい」

 

「何ですかその物理的に頭が足りない者は。忠告されなくても関わりたくないですよ」

 

「そうよね。私だってごめんよ。ただ、少しだけ垣間視えた弟子君の運勢にそれが陰をかけているようだから。関わり合わないように気を付けなさい」

 

 

 ――店を後にしたとんぬらは、その足で復建された『魔神の丘』へと向かった。

 

 初代神主の召喚獣・ブオーンは消滅し、とんぬらが祠にあるデブ猫っぽい封魔の壺に封印している。けれども、『結界殺し』が破られていることもあって、セキュリティが甘くなっているのだ。張り直されるまでしばらくの間、神主代行として様子を見に行くことにしている。

 それで来てみれば『魔神の丘』の祠には……

 

「何でこめっこがここにいるんだ?」

 

「宝探し!」

 

 大変元気のいい返事をするこめっこ。ただし、その腕の中には大魔神を封印した壺を抱きかかえている。

 

「この前の『宝島』は兄ちゃんが喚んだと聞きました。父ちゃんも真面目に働くようになったって母ちゃんも姉ちゃんも喜んでたし、プリンが食べられました。週に一回、召喚しに来てください」

 

「普通は十年に一度でもあるかないかというのに、週一で喚び出してたら、流石の玄武もお怒りになるぞ。……それで、こめっこ。その壺は危ないからお兄ちゃんに寄越しなさい」

 

「これは、私が発掘して、見つけたものだよ。だから私の物」

 

「埋まってない。それはこの祠に置いてあったものだ」

 

「じゃあ、物々交換なら受けてあげる」

 

 満足な食事のできる家庭環境となろうが、この幼女の逞しさは不変のものになりそうだ。将来、本当に悪女にならないか心配するとんぬらであったが、そう言えばこれがあったと道具袋に手を伸ばす。

 

「なら、これはどうだ。今度、ウィズ魔道具店で売り出される新商品の量産型バニル仮面の紅魔族カラーのレッドだ」

 

「おお! 格好良い!」

 

 かなりの好印象だ。

 取り出したのは、マネージャーのを模した仮面。今度のセールで5万エリスお買い上げの客にプレゼントする予定のサンプル品である。

 

「月夜に着ければ謎の悪魔パワーで魔力上昇、血行促進、肌もツヤツヤ、絶好調になれる代物だ。どうだ、こめっこよ、交換の品には見合わぬか?」

 

「わかった、いいよ兄ちゃん。交換してあげる!」

 

 ほっ、良かった。今回は素直に応じてくれて。

 ……心配するとすれば、こめっこの悪魔使いとしての才能、ひょっとしたらこの仮面を触媒に全てを見通す悪魔を召喚してしまいそうな予感があるが、まあ、大丈夫だろう。マネージャーは基本的に人畜無害なわけであるし……まさか、こめっこが主人になったりはしないだろう。……多分。

 若干、気後れしながらも仮面を渡し、その対価として、とんぬらは、こめっこが底を持ち上げて差し出してくる封魔の壺の両サイドについている取っ手に手を伸ばす。

 

「そうだな。これはもっとこめっこの手の届かないようなところに……」

 

 パキャッ!

 

「「あっ!?」」

 

 澄んだ音が響く中、とんぬらとこめっこの小さな声と共に、とんぬらの手の中には欠け取れた壺の取っ手のみが残る。

 

「……置かなくてもよくなったな」

 

「兄ちゃん、なんかすごい煙が出てるね! お宝が入ってたの?」

 

 この事態に、わくわくとするこめっこは、無知ゆえの怖いもの知らずというか、やはり将来は大物になりそうだ。

 そして………………封印されし悪魔が顕現する。

 

「プイイーッ! おや、今回はすぐ出られたか! まったく紅魔族め、生意気にも、ワシを封印しおって……」

 

 それは雲を突くほどの巨大な魔神……でもない。

 

「わっ! な、何だこの小さな体は!? くっ、くそ~っ! 残機が減ってしまったからかっ! ぬぬ~っ! また、元の身体に戻るには一から鍛えなくてはならないか!」

 

 特撮怪獣クラスからこめっこと身長が変わらないほどのサイズまでスケールが縮んでいた。二本の角や翼、蹄などの外見的特徴はほぼ同様なのだが、鋭い目は円らなマスコットみたいに瞳に、それから鼻から鼻水が垂れていて、なんとも愛嬌があるというかマヌケっぽいというか……とにかく、ものすごく小さくなっていた。

 

「ん? なんだ、お前は? …………あっ! 思い出したわい! ワシを倒した奴じゃろう! こうなったのも、もとはと言えばお前のせいではないか!」

 

 プチになったブオーン、略して、プオーンはとんぬらを睨みつけ、

 

「よし! ワシをお前の仲間として、連れて行け! あわよくば、方法を見つけて元の身体に戻ったるわい。ワシは、紅魔族随一の巨大であった召喚獣じゃ。仲間にしてくれるな?」

 

 とんぬらは、このご先祖様の召喚獣からの誘いに、ふっと笑い、

 

「断る」

 

「なんと心の狭い奴じゃ! お前のせいでこんな小さくなったんじゃぞ!」

 

 これ以上、面倒ごとを持ち込まれるのはごめんだ。

 それに確かにこの魔神を倒したのはとんぬらであるが、封印を解放したのは魔王軍であって、そして魔神が里を襲ったからである。正当防衛が成立している。

 

「兄ちゃん、こいつ飼ってあげないの?」

 

「可愛らしい見た目にデフォルメされているが、偉そうな口を叩くヤツだ。きっと厄介事に違いない。身近にいる悪魔は、マネージャーだけで十分だ」

 

「飼うとか飼わないとか、ワシはペットじゃないんだぞ!」

 

「でも、牛さんの顔してるし、お肉美味しそう。……育てて大きくしようよ!」

 

「家畜でもないぞ小娘! 恐ろしいことを抜かすなこやつ!?」

 

「こめっこ、悪魔は食べちゃダメだ。マズいし、栄養価もない。多分きっとそうだ」

 

「お前……!」

 

「え、そうなの……じゃあ、その角とか羽って素材として売れたりしない?」

 

 こめっこの無邪気な発言に、戦々恐々とするプチ魔獣。

 

「このままだと本気でワシ餌食になりそうだし……こうなったらイヤでもお前に憑いて行ってやるわい!」

 

 やれやれ、と封印されし(元)巨大な魔獣にしがみつかれてとんぬらは深く息を吐き出す。

 このまま里にこのプチ悪魔を置いていたら、こめっこの教育上あまりよろしくなさそうだし、連れて行くしかないのか。

 

(そうだな。一応、悪魔族なんだし、バニルマネージャーに地獄に返還してもらうよう相談すれば……いや、それは最後の手段としよう)

 

 

 そうして、紅魔の里でぽんこつ兵と別れたとんぬらたちは、新たに押しかけプチ魔獣を連れて、『アクセル』へと帰還する。

 すると、ポストに差出人の書かれていない手紙封筒が投函されていた。

 

『ねぇ、今度、王都に行くんだけどさ。ちょっと大変そうだから手伝ってくれない、後輩君』

 

 それは盗賊な先輩からの刺激的なお誘いであった。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 ジゴスラッシュ:ドラクエⅣにも登場した魔剣士ピサロの必殺技。ジゴスパークにギガスラッシュの合わせ技っぽい。

 

 ラブラブタイフーン:ドラクエⅧに出てくるチーム必殺技。『愛の伝道者たち』が揃った時に発生する、ハートな桜吹雪っぽいエフェクトのついた全体攻撃。

 

 プオーン:ドラクエⅤに出てくる仲間モンスター。ブオーンのプチ版。初期ステータスはスライム並みで、レベルが60まで伸び悩む。でも、60からは急激に上昇し、99まで育てれば、素早さとMP以外は、ステータスがカンストする大器晩成型。


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