この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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58話

「……もう……帰ってこない……のかな」

 

 付け終わった日記を閉じる。

 

「この家……こんなに広かったんだ……」

 

 階段を上がり、寝室へ。

 二つあるベッド。自分のではなく、彼のに横たわり、枕を抱く。

 

 とんぬらの匂い……少し、落ち着く。でも、冷静になったら考えてしまう。

 もう……独りなのは、嫌だな……

 あ……でも、すぐ隣にはウィズさんたちもいるし、話せる知り合いもできてきたから――……違う。

 ……独りが、嫌なんじゃない!!

 

 私は……とんぬらと一緒が良いんだ。

 

 

『~~~、~~~~!!』

 

 こちらに背を向けて離れていく彼を必死に追いかける。

 呼び止めようとした声は声にならず、彼の耳には届いてくれない。

 それでも、走って走って走って、その背中に手を伸ばし…………あと一歩のところで、転んでしまう。

 

『~~~~!』

 

 名前を呼ぼうにも言葉にできず、手を伸ばしても、小さくなる背中に掠りもしない。

 

 

 でも。

 

 ふっと彼は、こちらに振り向いて――――

 

 

 ♢♢♢

 

 

「……ゆんゆん?」

 

 夢現な視界に映るのは、仮面をつけた彼の顔。

 それが幻なのかも判断できない、ぼう、とした頭で、ただ見つめる。

 

「えっと……ただいま。何か、俺のベッドに寝ているが、大丈夫か? だいぶ魘されても――」

 

 そして、抱き着いた。

 首の後ろに腕を回し、ベッドから飛び降りる勢いで、受け止めてくれた彼を床に押し倒す。

 後頭部を強かに打った彼が痛みに呻くも――より腕に力を入れ、ギュッと。

 

「っぅ~~!? おい、ゆんゆん!? この態勢はちょっときついから離れて」

「とんぬらと離れたくない」

 

 ポロポロと彼の肩に一滴一滴と染みができる。

 

「ずっと……ずっと一緒にいたい!! お願い……私を置いていかないで……」

 

 こんなにも震えて……

 

 彼は腕をそっと持ち上げると、撫でるように自分の背中へと回して抱きしめ返してくれて、

 

「ああ、俺はここにいる」

 

 囁く声が風に溶け、頬を掠めて鼓膜に触れる。

 感じる確かな温もり。力を込めれば、その分だけ触れ合える。そして、彼はポンポンと、慰めるよう自分の背を叩いて、いまだ微かに震えるこの身体を静かにさせるために、力一杯に抱き寄せてくれた。

 

 なんて、幸せな夢……

 このまま覚めなきゃ――……

 

「………………?」

 

 何だろうか、この実感は?

 幻のはずなのに、触ることができる……? いや、これは幻なんかじゃなくて……

 

「……あれ? 夢、じゃ……ない? もしかして、本物のとんぬら?」

 

「おはよう、ゆんゆん。そして、生憎と俺は世界にひとりしかいないな」

 

 ――。

 

 完全に、目が覚めたゆんゆんは、抱きしめる感触を再認識して、ようやく事態を把握した途端、思考停止。

 同時に心臓も止まった。血の流れが止まり、視界がキューっと狭くなり、目の前にいるはずのとんぬらが遠くなって、意識が床の方に吸い込まれていく感じ……あ、これやばい。

 

「色々と話しをしたいことがあるんだが……なんか俺のベッドがびしょ濡れというか、一体これは……?」

 

 ――――。

 ――――――。

 

「まさか二回目のお漏らしか?」

 

 ――――――――ぷっつん、と再起動!

 

「なーんてな。冗談だ。そこの花瓶が落ちてるからきっとそれ」

「『ファイアーボール』!!」

「ぬなっ!?」

 

 その後、証拠隠滅せんと放った火の玉は、とんぬらのベッドを一発で焼失させたばかりか、他にも飛び火。とんぬらの迅速な水芸ですぐに鎮火されたものの、寝室は改装工事を必要とするほどの被害で、新たにベッドを買わなければならなくなった。

 このどったんばったんとした小火騒ぎは当然、お隣にも聴こえるほど大きなもので、全てを見通す悪魔は久しぶりの極上の羞恥の悪感情にご満悦であったという。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ふざけんな、俺はアイリスの遊び相手役に就任したんだ! この城で面白おかしく生きていくんだ、安泰な俺の人生を邪魔すんなよ!」

「馬鹿者! この国にそのような役職はない! いいか、よく聞けカズマ。お前がこの城に留まる理由がないのだ。どこの馬の骨ともわからん男を、いつまでも理由もなく城に置いておくのはマズいのだ!」

「じゃあアイリスの教育係とかやるよ! 世間知らずで騙されやすいお姫様を、俺がちゃんと鍛えてやる! ついでにお前もどうだ? 世間知らず度で言えば、お前はアイリスと同レベルだろ!」

「き、貴様というヤツは、本当に……っ! 何が教育係だ、クレア殿から聞いたぞ! 貴様のせいで、アイリス様がおかしな影響を受けているらしいな! 軍事や戦闘の授業の際に、突拍子もないことを仕掛けてきたり、搦め手を使ってきたり……! 冒険者と違い、王族や騎士団は堂々と戦うものなのだ! お前の姑息な戦い方を教え込むな!」

 

 一週間(八日後)が経って、『アクセル』からついに保護者達が王城まで身元引受に出張ってきた。

 お城に滞在したいと駄々を捏ねるカズマと、それを強引にでも連れて行こうとするダクネスと、『カズマが良いんなら、自分もお城暮らししたい!』と主張するアクアと向こうはだいぶ渾沌とした騒ぎとなっている模様。

 

 一方で、こちらも同郷の少女がいつになく真剣に、帰還を促す

 

「――帰りましょう、とんぬら。今すぐに」

 

「お、おお」

 

 目を赤くするめぐみんにたじろぎ、後退ろうとしたとんぬらは腕を掴まれる。

 そのまま無理やりに引っ張られて行きそうになったので、力を入れて制止させる。

 

「おい、強引に引っ張るなめぐみん」

 

「悠長にしている場合じゃないんですよとんぬら! あなたが五日間の期限を破って八日も留守にしたせいでゆんゆんが……!」

 

「なに! ゆんゆんがどうかしたのか!?」

 

 深刻そうに口にした彼女の名にとんぬらもこれまでの戸惑いを捨て、逆にめぐみんの肩を掴んだ。

 

「おい、めぐみん! ゆんゆんに何があったんだ!?」

 

「その……、私の口からはとても、言えません……っ」

 

 あのめぐみんが口にするのも躊躇うだと……!?

 一体何が起こっているんだ……!

 

「……なら、ひとつだけ答えてくれればいい。俺が帰ればいいんだな?」

 

「はい、急いでゆんゆんに会ってください。今の彼女をどうにかできるのは、とんぬらだけです」

 

 これ以上の説得など不要だ。

 

「わかった。今すぐ帰ろう」

 

 元より着の身着のまま連れて来られたとんぬらに、身支度する必要はない。いつでも出ようと思えば出られたが、ダスティネス家への義理とジャンケンでの義務で留まっていただけの事。

 そして、とんぬらには何よりも優先すべきことがある。

 それを阻むのであれば、何であろうと障害とみなす。

 

「その、今晩……。お別れするお兄様の晩餐会を開くんですが……あなたも、帰ってしまうのですか……?」

 

 とんぬらの前に立ちはだかる第一王女アイリス。

 早めに授業を終わらせてここに駆け付けてきたのだろう。

 一旦、足を止めたとんぬらは、端的に答える。

 

「ああ、帰る」

 

 アイリスはそれを聞き、その紅くしたとんぬらの瞳を見て、悲しげな表情ながらも小さく頷く。

 

「……また勝ち逃げされますね」

 

「悪いが、俺には姫さんよりも優先すべきものがある」

 

「そうですか。これまで、ワガママを言ってごめんなさい……」

 

「………」

 

 しゅんと俯くアイリスをそれ以上は何も言わずにとんぬらは横切る。

 

「お待ちください、とんぬら殿! 銀髪の義賊を捕えるためにご協力してくださるのではないのですか!」

 

 引き止めんと今度はクレアとレインが前を阻む。

 国王が遠征で王国軍を引き連れているために今のこの王城の護りは薄くなっている。そして、第一王女が初めて自らスカウトした、有能な人材。

 これを手放してはならない。少なくとも、国王様方城へ戻り、守りが万全となるまでは。

 

「そこをどいてくれ、クレア殿、レイン殿。すでに五日間の契約を果たしている。俺は転送屋が使えなかろうが、千里の距離を走ることになろうが、帰ると決めた」

 

「「……っ!?」」

 

 初めて相対する仮面の奥の双眸を真紅に輝かせたその姿と。

 強引にでも止めようものならば蹴散らす。言外にその瞳は語っている。

 

「クレア、レイン。止めなさい。彼を引き止めてはなりません。これは命令です」

 

「「アイリス様!?」」

 

 そして、王女様からのお言葉が飛ぶ。

 

「しかし、アイリス様」

「いいから、なりません。私が、そう決めたのです! お兄様を帰すと決めた以上、こちらに止める理由はありません。レイン、転送屋に通達を」

 

「はっ!」

 

 アイリスの強い 叱責で家臣らの反論は黙らせる。

 やはり紛う事なき王者の資質を秘めているようだ。

 きっとこの少女は将来、良き為政者となろう。

 それを無くすとなるのは、惜しい――

 目を瞑り、開く。とんぬらの瞳が元に戻り、少し頭が冷静となった。

 

「クレア、これまでの報酬を」

 

「結構だ」

 

 とんぬらは手のひらを向けて、発言を遮る。

 え……? と固まるアイリスへ、声の調子をおどけたものにして、

 

「勘違いされるな、姫さん。俺は帰るが、城へ戻らんとは言っていない。今回の事態に、頼りになる相方を援軍に連れてくる。晩餐会までには戻ってこよう」

 

 そう、虎は千里行って千里帰るだけの行動力を持っている。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 そうして、とんぬらは転送屋を通って、『アクセル』へと帰還した。

 急ぎ足で家に駆け付けて……ちょっと気恥ずかしくなってジョークを飛ばしたら、ゆんゆんと少し修羅場ったが、五体無事に鎮静させることができた。

 それで、これからまた王城にUターンすることになり、ゆんゆんにも事情を話してそれを了承してもらえたのだが、行くにはまず話をつけておかなければならないところがある。

 

「おおーっと、これはこれは、誰かと思えばこの猫の手も借りたい急がしい時にサボってくれたドタキャン小僧ではないか!」

 

「バニルマネージャー……そのことについては申し訳ないと思っているが、今日は店員としてきたわけではない」

 

「では、当店に客として何かお求めで? 生憎とダブルベッドは扱ってはいないが、お望みとあらばお取り寄せしてやろう。お漏らし娘とムーディな一夜を過ごせる仕様のをな」

 

「一週間以上顔合わせなかったけど、あんたは相変わらず絶好調のようだな!」

 

「フハハハハハ! 小僧も変わらぬ美味な悪感情だ!」

 

 出掛ける準備を頼んでゆんゆんを連れて来なかったのはやっぱり正解だった。今度はこの店が半焼したことだろう。

 お隣の魔道具店へと入ったとんぬらは、早速顔合わせしたバニルマネージャーに辟易するも、首を振って気を取り直す。この愉快犯な悪魔と名義上は店長であるリッチーに筋を通しにきたのだ。

 新装開店のセールがあったはずだが、一週間も経てば落ち着いてきたのだろうか。都合が良い事に、店内に客はいなかった。

 

「ウィズ店長は?」

 

「徹夜店長は店の奥で眠っている。無理に起こすのは小僧の本意ではなかろう」

 

「一応、気を遣えるんだなマネージャーも。でも、ウィズ店長に徹夜をさせるほどに無理をさせてしまっていたとは……本当に迷惑をかけて申し訳ない」

 

「うむ、これも小僧のせいよ。お隣から夜な夜な聴こえてくる物音に、耳年増店長は不眠症になってしまってな。折角だから、昼は店番、夜は商品の生産というサイクルを徹夜でやらせている。今は試験だが、次に実行に移す時は、二週間ほど飲まず食わずに働かせてみようかと考えてる」

 

「前言撤回だ。いくら不死王のリッチーだからって、少しは労われよ。なんで店長なのに、一番下っ端みたいにこき使われているんだ?」

 

「それはあやつが赤字ばかり生む貧乏店主だからだ。ひとりにさせると何かやらかすトラブル店主にどうやったら赤字を出さないかを我輩は考えたが、ここしばらくの観察で、暇を持て余すと余計なことをすると気付いたのだ。ならば、飯を食う暇もないほどに二十四時間働かせてみれば、上手くいくのではないかと我輩閃いた」

 

「店長に恐ろしくブラックな職場になったなこの店も」

 

 これからまたしばらくバイトに出られない。それも今度はゆんゆんを連れて行こうと思っているとんぬらは、缶詰にされる店長に同情して心情的に休暇申請がし難くなってきたが、約束してきたのだ。

 

「勝手に仕事を休んだ。それもセールで忙しい時に。……減給は当然、賠償も払おう。悪魔としてのペナルティを科したいのであれば、受けるつもりだ。だが、それはしばらく待ってほしい」

 

「潔しと思えば、往生際が悪いな、竜の小僧」

 

「そして、また一身上の都合で一週間ほど店を離れたい。ゆんゆんも一緒に」

 

「小僧がいない間は娘がしゃかりきに働いていたが、本来であれば貴様も缶詰にして過労店主と同じように徹夜をさせてやりたいところであるぞ?」

 

「寝室を焼失して、しばらく寝泊まりする場所を他に探さなくてはならなくなった。そして、それは都合が良い事に当てがある。王都にな」

 

「小僧よ、この我輩が、忙しい時期に貴重な労働力が離れることを許すと思うのか?」

 

「思います。この店に利益があるならば」

 

 こちらの出す文句を楽しみするよう、仮面の下の口を三日月状に笑うバニルへ、とんぬらは同じように不敵な笑みを作って、

 

「――バニルマネージャー。『王侯貴族も御用達』というキャッチコピーは、魅力的だとは思いませんか?」

 

「ほう……」

 

 言葉少なに、続きを促すよう目を細める反応を見せるバニル。

 

「第一王女と付き合って一週間、何もしていないわけではありません。“サッカー”という兄ちゃんから教えてもらった遊戯を、新商品のボールで楽しんでもらい、とても気に入ってもらえた。ちょっとした“賭け”で、名前を宣伝に使っても構わないと、王女様にその家臣の方々にもお許しももらってきています」

 

 “国民に人気のある第一王女がお気に入りの”、という枕詞がどれだけの価値を持つのか、わからぬマネージャーではない。

 

「ボール一つあれば、どこでもできる“サッカー”は、この先でブームになると思います。しかし、使うボールはよく弾む、そう当店にある新商品であるのが好ましい。しかも、それは王女様のお墨付きでもある」

 

「ククククッ……!」

 

「そして、兄ちゃんからの意見で、王女御膳で、この“サッカー”の大会“ワールドカップ”を開かないかと王女と話に花を咲かせていましたが、きっとその時には新商品が公式球として選ばれるでしょう。でも、知的財産保護で新商品の製法はこちらが独占している――……どうでしょうか、マネージャー?」

 

「抜け目のない小僧であるな! うむ、貴様のいう通り、これは面白そうな展開である。まったく、商才がありながら運には恵まれておらんのが勿体無い。そこそこの運であれば、貧乏店主から下克上をさせてやろうかと画策したものを」

 

「これで、これまでのを帳消しにしてくれとは言わない。ただ“出張”を認めてほしい」

 

「良かろう。王都に出向き、道化師をしてこい敏腕小僧よ! あの娘も小僧がおらんのでは我輩好みの悪感情はださんからな」

 

 許可が下りて、内心胸を撫で下ろす。

 

「店の事は構わずに行ってくると良い。汝らがいない間は、馬車馬店主を働かせておこう」

 

 なるべく早く帰ろう。とんぬらは努力目標を立てた。

 こうして、話をつけたところで、とんぬらは今は寝ているウィズへ置手紙を書いていると、バニルは、何気ない雑談を振るように、

 

「竜の小僧よ、悪魔との使い魔契約について知っているか?」

 

「ああ。学校で習ったよ」

 

「使役されている最中の悪魔は不自由にも、契約者に命令されなければ悪魔の特殊能力の行使すら許されない。悪魔への命令は具体的な物でなくてはいけないのだ。あれとかそれなどと曖昧なものでは最大限の力を発揮することは出来ん」

 

「厄介なもんだな、悪魔への命令って。つまり具体的な命令でないと満足に働いてくれないのか」

 

「うむ、色々と細かい取り決めがあるのだ。――故に、使役された悪魔に狙われたくなければ、その契約者の前でネタ種族の面白おかしな名乗り上げは控えさせると良い」

 

 それは、“共犯者”への助言、もしくは忠告であったか。

 全てを見通す悪魔はこれ以上その話題を口にすることはなく、とんぬらも問い質す真似はしなかった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 王侯貴族の晩餐会。

 先日の襲撃事件があったが、なお健在であることを知らしめるかのように華やかで豪勢な社交場。

 

「ねぇカズマ、これ凄く美味しいわよ! この、天然物の野良メロンに生ハムメロンを乗っけたやつ! これはよほど新鮮な野良メロンのようね、まだピチピチしてるわよ」

「カフマカフマ、ほれもおいひいれふよ。……んぐっ。酢飯に乗せた高級プリンにわさび醤油をかけた料理です! 何の料理家はわかりませんが、ねっとりとした甘みととろみが絡み合い、まったりとしながらしつこくなく……!」

 

 バイキング形式の会場で、皿に取らずに直に飲み食いする礼儀のなっていない一般人も交じってはいるものの、彼女たちも城からレンタルされたドレスを着飾り、外見的には違和感なく溶け込んでいる。ただ、やはり醸し出す雰囲気と佇まいは、他の客から明らかに浮いていて、周りからやや敬遠されている。

 

「ダスティネス卿。パーティ嫌いのあなたが、こうした催しに参加するとは珍しいですね! いや、今宵の晩餐会に参加してよかった! こうして、お美しいあなたの姿を拝見することができたのですから!」

「ダスティネス卿、お父上のイグニス殿はお元気ですか? わたくし、若いころにはイグニス殿にお仕えしていたことがありまして……」

「ああ、ダスティネス卿! 今宵あなたに会えたことを、幸運の女神エリスに感謝いたします! あなた様の美しさは噂に聞いておりましたが、まさかこれほどとは……!」

「いいや、噂など当てにならないと思い知りましたよ! あなたの美に比べれば、百年に一度咲くと言われる幻の一夜草、月光華草ですら霞んでしまう! 実は、あなたに似合う良い店があるのです。このパーティが終わったら、是非ご一緒にいかがですか?」

「いやいや、貴公の家格ではダスティネス様をエスコートするには不足でしょう。ここは是非、この私が……」

 

「皆様お上手ですこと。パーティには不慣れなもので、どうかお手柔らかにお願いしますね?」

 

 一方で、若く美形な金髪碧眼の貴族の青年たちに囲まれて、常には使わないお嬢様言葉でやんわりとお誘いを遠慮する本物のお嬢様。

 

「こんなとこにいたのかララティーナ。おっ、モテモテだなララティーナ、今日は特にドレスが似合ってるじゃないかララティーナ?」

 

 それから、その高嶺の花に堂々と親しげにその下の名を連呼する王女様の客人。

 

 そして……

 

「宴会芸と錬金術の融合! これぞ、マジカル・フレアバーテンディング!」

 

 ボトルやシェイカー、グラスを用いた曲芸的なパフォーマンスを魅せながら、錬金術でカクテルを錬成してみせる仮面のバーテンダー。

 その白黒のマスクの額にボトル一本をバランス取ったり、流れる音楽に合わせて器用にボトルとシェイカーでジャグリング。クルクルと回しながら、背面キャッチ。

 

「よい、ほっ! 『風花雪月』!」

 

 時には手で掴まず、シェイカーの中にすっぽりとホールインワンするようにボトルを受け入れたりしながらリズミカルに良くかき混ぜて、そして、雪精が落としていく氷を拾うように投入してシェイカーに層を作りつつお酒を調合。最後はずらっと並べたグラスに何とそれぞれ違う色に輝くカクテルを注いでいく。一列に完成したカクテルはまるで虹のようである。

 この他には真似できない独創的なパフォーマンスに、色鮮やかなレインボーカクテルは、芸に目が肥えている貴族たちを歓声に沸かせる。

 

「まだまだでございますよ、皆々様方」

 

 続くカクテルドミノ。

 それぞれ別のお酒の入っている大小のグラスをピアノの鍵盤のように重ね並べて、端のひとつを落とした途端、一気にドミノ倒しで大きなグラスの中に小さな氷で出来たショットグラスが入り、二つのお酒が混じり合って、カクテルを完成させる。

 

『おおーーーっ!?!?』

 

 流石は宮廷道化師! こんなパフォーマンスは初めてだ!

 晩餐会に絶賛の声が飛び交い、皆が夢中になって拍手を送る。本職の雇われバーテンダーたちもこれには降参というように惜しみのない拍手をこの若造へと送る。

 

「さあ、どうぞ! お好きなカクテルを取っていってください! あ、おひねりは結構です! この芸能は奉納。金銭を稼ぐために行ったものではありませんので」

 

 早速パフォーマンスと人々の心を掴んだとんぬらに、空の容器にバイキングの料理をせっせと詰めていためぐみんがやってきては、半ば呆れたような半目で声をかける。

 

「まあ、本当にとんぬらの芸は見事なものですね。魔法はとにかくその宴会芸は認めますよ。『アークウィザード』であるというのに宮廷魔導士ではなく宮廷道化師の方がお似合いなのも納得」

 

「おい、何、カクテルを取ろうとしているんだ未成年」

 

 ぺしっと伸ばしためぐみんの手を叩き落とし、とんぬらはカクテルに使ったオレンジジュースを渡す。

 

「どうして私はお酒がダメでジュースなんですかとんぬら」

 

「だから言ったろ、未成年って。めぐみんにお酒は早過ぎる。ジュースで我慢しなさい」

 

「とんぬらはカクテル作ってましたよね! 私と同い年でしょあなた!」

 

「だから飲酒はしてない。少しは味見したが、それは料理の時にもする程度だ。というか、歳もそうだがまだ体が成長し切っていないようじゃショットグラス一杯で酔い潰れるぞ」

 

「今、私の事をちんちくりんだと言いましたか!」

 

「そうだろうに。学校時代では女子クラスの背の順で先頭。後輩には年下に間違われる。いろいろなエピソードを覚えているんだが、そのどれもちんちくりんでないと否定できる根拠がない」

 

「ぐぬぬっ……! ですが、私はもう結婚だってできる年ですよ! お酒ぐらいなんですか、私にだって飲めます!」

 

「そうやって、結婚できる年だと言い張る時点でまだまだ子供だな」

 

「お客様の要望に応えないとか何ですか! ちょっと態度がなってないんじゃないんですか、宮廷道化師」

 

「わかったわかった。ご注文通りのカクテルを用意するから、少し待ってろ」

 

 とんぬらは一度はめぐみんに出したオレンジジュースのグラスをシェイカーに入れて、そこにレモンジュースとパイナップルジュースを注いで、シェイクする。

 

「お酒を使っているようには見えないんですが……それって、ミックスジュースじゃないんですかとんぬら?」

 

「これも、ちゃんとしたカクテルの一種だ。シンデレラ。女性好みのフルーティなノンアルコールカクテルだぞ」

 

「つまり、お酒は入ってないことですよね?」

 

「これ以上のクレームは受け付けんぞ。酔っためぐみんとか、街中で爆裂魔法をぶっ放しそうで恐ろしいわ」

 

 完成したカクテルをグラスに注ぎ入れ、めぐみんに渡す。

 それを不満げながらもちびちびと飲んでいると、横からカクテルと取るよう自然な動作で仮面のバーテンダーに近寄る女性が一人。

 

「お見事ね。凄く驚いたわよ、先程のパフォーマンス」

 

「……はい、ありがとうございます、レディ」

 

 とんぬらが微笑を浮かべて応対したのは、少し年上の女性。ダクネスと同じくらいのお姉さんだろう。女性にしては背が高く、スラッとしたモデル体型の美女。

 

「カレン。私はドネリー家の当主を務めております、カレンと申します」

 

 ドネリー家。聞いたことがある。

 昔から商売に力を入れている貴族で、一族の家格は低いものの、資金面では大貴族のダスティネス家をも上回るという。

 ……なぜ、とんぬらが知っているのかというと、ドネリー家が営んでいる金融業が、アクシズ教にはお金を融資しないので、よく最高司祭影武者をしていた時に会計のトリスタンから愚痴をよく吐かれていたのだ。とても堅実な判断だととんぬらは思う。

 

「ふふっ、あちらの家柄と体だけが取り柄の貧乏貴族から王族に紹介されたと聞いておりましたが」

 

 そして、どうやらダクネスと貴族仲が悪そうである。

 ムカッとやや眉間に皺寄せ、飲んでいたノンアルコールカクテルのグラスをテーブルに置くめぐみん。仲間を侮辱されるのは気に食わないが、しかしこの公の場で暴れ出すほど愚かではない。ここが冒険者ギルドで、相手が貴族ではなく荒くれ者であればグラスのカクテルをぶっかけるくらいはしそうである。

 とんぬらは、これも酒の席、雇われ人として客人の不満をぶちまけるのに付き合おう。ポーカーフェイスの笑みを浮かべたまま、

 

「ええ、ダスティネス家で、第一王女様に芸を披露したらいたく気に入られてしまいまして、この通り、臨時ですが、不相応ながら宮廷道化師に抜擢されました」

 

「そんな謙遜なさらないでちょうだい。あなたの腕はとても素晴らしいわ。あそこにいるダスティネス様は思い上がっていると思いますけど。ふん、魔王軍の幹部を撃破しているからって、第一王子ジャティス様とお相手が釣り合うだなんて不相応もいいとこ……!」

 

 芸の最中に周囲に目を光らせていたとんぬらは、あちらの喧騒も把握していたが、アレはダクネスではなく、貴族のひとりアルダープが推してきたものである。

 

『以前から最前線で戦われてきたジャティス様は元より、最近、次々と魔王軍の幹部を撃破しているダスティネス様も、既にこの国の英雄と言えよう。ダスティネス様の功績への報いとしても、王族入りは申し分ない。そして、二人の間にはさぞかし強く美しい、立派なお子が生まれるだろう。……どうだ、似合いの二人ではないか?』

 

 確かにそう思わなくもないが、違和感が強い。

 あのダクネスに執着しているアルダープが他の男を推薦するというのは意外であった。

 ただまあ……

 

『おい、それじゃあ俺との爛れた関係はどうなるんだ。何だよララティーナ、この俺を捨てるってのか!?』

 

 すぐ納得しかけていた場の空気を兄ちゃんがかき混ぜてくれたが。

 

(……しかし、裁判の時のあの男は連れていないようだな)

 

 表面的に客人の相手をしながら、意識を警戒対象へと向けていると、ズイッとカウンターテーブルに身を乗り出すカレン。

 バーテンダーのとんぬらにそのうなじを見せつけるようにその耳元まで唇を寄せて、囁く。

 

「ねぇ、ドネリー家に来ないかしら?」

 

「はい?」

 

「私の専属の従者にならないと聞いているの。あなたが巨大な魔獣で魔王軍を壊滅させ、先日の義賊襲撃の件ではアイリス様を、襲撃者から身を呈した策で守ったそうよね?」

 

 ジロッとめぐみんが、『あなた、王都で何をやっているんですか?』と目が訴えていたがスルー。

 

「その能力。一介の芸人にしておくのは惜しいわ。あのような社交界で何度も同じドレスを着回すほど困窮されている落ちぶれた貴族の元はあなたに相応しくない」

 

 王侯貴族は、活躍した勇者などの一流冒険者を囲うことがよくある。特にドネリー家のように金貸し業などやっていれば多方から恨みを買うだろう。

 ようは、カレンはこちらの評判を聞きつけ、ヘッドハンティングしたいのだ。

 ただ、勘違いしている。とんぬらは、別にダスティネス家に仕えているわけではないのだ。

 

(さて、どうやって後腐れなく断りを入れようか)

 

 と考えつつ、既に手は動いている。

 ホワイトラム、グレープフルーツジュース、ブランデー、カシスリキュールをシェイカーに入れて、『錬金術』を働かせながらシェイクしてできるのは、トワイライト・ゾーンというカクテル。

 

「こちらをどうぞ、ミス・カレン」

 

 それの花言葉ならぬ酒言葉は、“遠慮”。つまるところ、お断りである。

 このオトナな返答は傍で見てきょとんとしているめぐみんには理解できないものであったが、社交場に慣れたカレンは一目で伝わったようだ。

 

「……どうしてかしら? ダスティネス家の倍の給金を払うわ」

 

「お金の問題ではありません。お嬢様は、思い違いと思い上がりの両方をなさっておられる」

 

「なに?」

 

「私は、ダスティネス家の雇われではありません。あちらのダスティネス嬢の個人的な知り合いで、どこの家に仕えているわけではありません」

 

 ダクネスとの友誼で芸を披露しているのだと言って、カレンの表情が曇る。こいつもそうなのか? あそこに群がる男達同様に豊満な肉体に釣られているのか? それを悟り、とんぬらは苦い笑いを洩らす。女の嫉妬と上流の見栄の張り合いというのには巻き込まれたくないものだ。

 

「そして、どこの家に仕えるつもりもありません。第一王女の誘いを断り、それを許された私を、何も縁もないお嬢様の家に金銭で雇われては、そちらの迷惑にもなりましょう?」

 

「……っ」

 

 さっき幹部討伐を果たしたからと言って第一王子に嫁いで王族入りするのは思い上がりだと言ったのと同様。

 いくら資産に自信があろうと成り上がりの家格で、第一王女も逃がした魚を手に入れられるなど、どうして思えるのか? という皮肉な諫言である。

 ブーメランとなって返ってきた文句に、頬筋がひくひくと強張るカレンであったが、すぐ笑みを取り繕い、方針を切り替えてきた。

 

「煌びやかな暮らしに興味はないのかしら? そう、まだ早いでしょうけど、あなた好みの女性、何でしたらこの私でも」

「お断りします」

 

 色仕掛けとすり寄るカレンを突き飛ばすような強く響く声音は、とんぬらではないし、めぐみんでもない。

 現れたのは、ひとりの少女。カクテルの配膳が終わり、こちらに戻ってきたメイドの……ゆんゆんである。その後背には強烈な拒絶の“気”が膨れ上がっていた。

 

 どいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいて誰アナタどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてなに誘惑してるのどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてこの泥棒猫どいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいてどいていいからそこをどいて

 

 壁。どけの壁。

 まだ幼さの残る顔立ちながら、その口ほどにものを言う紅い瞳で睨む彼女に、カレンはたじろいで後退り、とんぬらから離れる。

 そして、『おい下手な喧嘩を売るんじゃないぞ』とアイコンタクトで伝えようとしたのだが、今、空いた間にグイッと割って入るゆんゆん。

 お呼びではないと貴族相手に態度で示すゆんゆんに、ついにカレンの表情が歪む。

 

「ず、随分と失礼な女給ね。誰に向かって口を聞いていると思ってるの?」

 

 引っ込んでなさいと叱責されるも、ゆんゆんはそれらをただの雑音のように受け流し、己の考えのみを主張した。

 

「あなたに言っています。彼には必要ありません」

 

 普段は目立つことを恥ずかしがる小心者だというのに、この土壇場の度胸には、とんぬらも目を見張るものである。これほど圧のある険しい視線を向けられながらも、ゆんゆんは一切の妥協も譲歩もしない。

 姿勢は揺るぎなく、そして、念を押すようにゆんゆんは言う。

 

「この通り、彼には私が尽くして、満足させていますから」

 

 とんぬらの腕にその谷間を挟むように抱き着いて。これには周囲に集まって来ていた野次馬の殿方もおおっとどよめく。

 あんなセリフを吐いては、男なら誰でも妙な想像を喚起させられる。自然、周囲の視線はゆんゆんとカレンの間を何度も往復し、比較させられると自ずと当事者たちも悟ろう。具体的に言うと、明らかに年下ながらスレンダーな身体に勝る発育良好な胸回り、『女』な部分を見せつけられ、そして負けていると自覚させられ、貴族のご令嬢はカチンと来た。ついでにめぐみんもイラッと来た。

 とんぬらは、あちゃーと内面で天を仰いで、それからこの先の展開がもう予想できるので、視覚的に場を鎮圧させ、この暴走娘を黙らせる最も効果的なパフォーマンスを実行する。

 

「あなた、名は?」

 

「私は」

 

 と名乗り上げようと大きく息を吸い込むゆんゆんの口を、横から掻っ攫うよう塞ぐ。そう、その顎を手に取ってこちらに向け、その唇を仮面の下の唇で封じたのだ。そして、舌を入れる。

 場が静寂に包まれる十数秒。

 その間に、ごくりと口移しでやや度数高めの酒を喉の奥へ嚥下させるよう流し込んでゆんゆんから顔を離したとんぬらは、彼女がとろんと熱っぽくふやけているのを確認してから、呆然としている貴族のご令嬢に言う。

 

「どうやら、辺りの酒気にやられてしまったそうです。介抱しますので、場を離れさせていただきます」

 

 ひょいと膝裏に腕を入れ、背中を抱き、借りてきた猫のように一発で大人しくなったゆんゆんの身柄をお姫様抱っこするととんぬらは、近くにいた雇われバーテンダーにこのテーブルを任せ、場を後にする。

 

「それと先のお誘いは、やはり結構です。私はこの通り満足していますので」

 

 と言い捨てて。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 一時間前。

 お城の人間に紹介を済ませ、今回の件について改めて説明したときのこと。

 

「どうかしら、とんぬら?」

 

 メイド服……エプロンドレスの制服を着たゆんゆんが、ふりふりと身体を左右に捻って、ふわりと丈の短いスカートを揺らし、こちらに訊ねる。

 

「ああ、似合っている。可愛いよ。でも、それこの城で支給されているものじゃないだろ? まさか自前で用意していたのか?」

 

「う、うん、この前里に行ったとき、紅魔族随一の服屋のちぇけらさんに仕立ててもらったの」

 

 まったくこちらがいない間にこの娘は何をしているんだか……

 そんな真似をすれば、里中に、それからこの城内にも変な噂が広まりかねないというのに。

 色々と言いたいことがあるが、それは置いておいて、まあ、紅魔の里製の衣装であれば、魔力繊維で編まれているため普通のよりもかなり丈夫にできているはずだ。肌色の防御力はとにかく実質的な防御力は高い装備をしている。そう、とんぬらは自分に言い聞かせて、この装備はありだと納得させた。

 

 ところで、こちらに背を向けたゆんゆん。すーはーと深呼吸すると、くるりと振り返り、にっこりと微笑んで小さくお辞儀をする。

 

「お帰りなさいませ、あなた?」

 

「それはメイドの言うセリフじゃないから、俺以外には絶対に言うなよ」

 

 仕方ない。

 ゆんゆんは、とんぬらにはメイドではなく、婚約者で、いずれは嫁になる者である。

 苦笑いをするとんぬらとは裏腹に、ゆんゆんはどこか満足気である。

 

「……でも、なんかすまないな。本当はめぐみんらと一緒に綺麗なドレスを着飾って晩餐会に参加したかっただろ? なのに、こんな使用人な真似をさせて」

 

「いいわよ。私、とんぬらと同じな方が嬉しいもの」

 

 そうゆんゆんに心からの笑みで向けられ、内心甲斐性のなさを気にしていたとんぬらは気が楽になった。

 そうか、と息を吐くととんぬらは、表情を真剣なものに引き締め直す。

 

「ゆんゆん、『アクセル』で簡潔に話したことだが、昨日、この王城で『銀髪の義賊』が第一王女を狙った」

 

「うん、さっきもクレアさんから同じ話は聞いてるわ」

 

「だが、それは実際には義賊を騙るニセモノだ。あれは髪の色こそ染め変えていたようだが、『アクセル』まで旅する道中で出くわした女悪魔アーネスだ」

 

「えっ! あのとんぬらを嵌めてくれた……!」

 

 めぐみんの使い魔であるちょむすけを狙い、とんぬら、めぐみん、ゆんゆんに襲い掛かった、因縁のある上位悪魔。まだ中級魔法しか使えなかったとはいえ、一度は圧倒された強敵だ。

 

「でも、めぐみんの爆裂魔法で倒したはずじゃ……!」

 

「だから、誰かがまた新たに喚び出したんだろう。そして、それはおそらく貴族関係者と俺は疑っている」

 

 アーネスがあんな“偽賊”に変装して、結果、『銀髪の義賊』は貶められている。

 何故、そんな真似をするのか? 誰が得するのか? 悪魔は契約者の意向に従ってでしか、力が発揮でいないものなのだとすれば、答えは絞られる。

 盗難が犯罪行為とはいえ、標的にするのは悪徳貴族のみという後ろめたい上流階級の人間には厄介な義賊。捕縛に積極的になれば、何か後ろめたいことがあるのではないかと疑われる。

 しかし、実はその正体が、悪魔だったとすればいくらでも大義名分が立とう。

 

「というわけで、王女様の護衛をしつつ、偽の義賊、略して偽賊アーネスをとっ掴まえる。そのためにパートナーのゆんゆんに協力してほしい」

 

「うん! ええ、もちろん協力するわとんぬら! パートナーだから!」

 

 胸を叩いて頼もしく請け負うパートナーに口元を緩めて、

 

「犯人は現場に訪れる、というのがお約束だ。怪しげな人物がいないか配給を手伝いながら、様子を見てくれ。声はかけなくていい。むしろ目立たず、しきりに王女様、それに襲撃を阻止した功労者となっている俺を気にする人間に注意を払ってくれ」

 

 ………

 ………

 ………

 

「……なんて、事前に作戦会議したわけだが、この通り。うん、これからは反省して、ゆんゆんにはあまりお酒は飲ませないようにしよう」

 

「とんにゅりゃぁ……えへへぇ……」

 

 呂律が回り切らない様子のゆんゆん。

 これは完全に酔い潰れてしまっているよう。

 

「いや、酔い潰したのはあなたでしょうとんぬら」

 

 冷静にツッコミを入れるめぐみん。どうやらゆんゆんの容体を気にしてついてきてくれたようで、手には水差しを持っている。

 とんぬらがゆんゆんを運んだのは、現在、宮廷道化師の自室となっている使用人の一人部屋。そのベッドの上にでれんでれんのゆんゆんを寝かす。夢見心地でだらしなく表情を緩める彼女に、とんぬらもめぐみんもこれはどうしようもないと互いに見合わせ肩を竦め合う。

 

「すんすん……ここ、とんぬらの匂いが凄くすりゅぅ……すんすん」

 

 うん、なんかダメだ。

 嘆息してとんぬらはゆんゆんが寝苦しくないように胸元のタイを緩め、シャツのボタンを外し、それからバトンタッチ。

 

「……めぐみん、俺はしばらく席を外すから、ゆんゆんの介抱をしてくれ」

 

「この寂しがり屋のぼっち娘は、あなたの担当でしょう?」

 

「だけどな。今のゆんゆんをあまり記憶してしまうのは、正気に戻ってきたときの反動が大変になる」

 

 前も泥酔状態になったことがあったが、あの時もその時の出来事はしっかりと覚えていたという。酔い潰れても記憶するタイプなゆんゆんだとすれば、現状をあまりとんぬらには見られたくないだろう。

 それにミニスカートで足を組み替えたりと寝乱れるゆんゆんの姿は非常に目によろしくない。

 そんなとんぬらの男心を見抜いてか、めぐみんはつっけんどんな口調で、

 

「あんな人前で堂々といたしておきながら、ヘタレるんですかあなたは」

 

「あれは、緊急措置だった」

 

 あんな公の場で名乗りを上げようとしたので、黙らせるのに実力行使をしたまで。全てを見通す悪魔の言葉に触発されてしまったわけだが……あの愉快犯マネージャー、美味しいご飯の素となるネタ作りのために言ったんじゃないんだろうな?

 ……まあ、役得ではなかったとは、言わないが。

 

「とにかく、頼む。ゆんゆんを任せていられるのは、めぐみんが一番なんだ!」

 

「……。……はぁ、仕方がないですね、貸し一、と言いたいところですが、どうやらここでカズマを助けてもらったようなので、それでチャラにしてあげます」

 

「助かる。じゃあ、ゆんゆんには起きたら『俺は何も見ていないし、憶えていない』と伝えてくれ。それから『しつこく勧誘されて困ってるところを助けてくれてありがとう』とな」

 

「とんぬらは本当にゆんゆんに甘いですね」

 

「仕方がない。これも惚れた弱みだ」

 

 こんなだらしのない寝顔を見ても幻滅しないのかと呆れ、これ以上付き合うと胸焼けがしてきそうなめぐみんは、バイキング料理を詰めていた透明な容器(タッパー)を開けながらとんぬらにシッシっと手でやって部屋から男子を追い払う。

 

「ええ」

 

 とんぬらがいなくなってから、ポツリ、と。

 

「そんなとんぬらだったから、私は好きだったんでしょうね」

 

 こんな面倒なのも請け負うのも、惚れた弱みだろうか。

 

 

 ………………なんて、しんみりとしたところで、

 

 

「あんなに胸を寄せて、私の前で挑発的な態度を取ってくれたゆんゆんはどうしてくれましょう。ええ、実は密かに大きいのが自慢だったんですね。ただ介抱するのもつまらないですし、ゆんゆんが本当はどれだけエロいのか確かめてみましょうか」

 

 んんっ、と咳払いをひとつすると、めぐみんはやや低めの声を意識して、

 

「『さあ、ゆんゆん……お前の愛しいご主人様、とんぬらだぜ』」

 

 めぐみんの考えるとんぬらの声真似をしながら、泥酔中のゆんゆんへ悪戯を開始。

 仰向けに寝ているゆんゆんの上に馬乗りになると、まずは主張していた両胸に触れる。服の上から指をその輪郭に添わせる。

 

「んっ……はぁん、あぁ……ん……ゃ……ん!」

 

 途端にゆんゆんが艶っぽい声を漏らしながら甘く身をよじらせ始める。

 ……うわぁー。

 興味本位で初めて見たが、想定以上の反応の良さに戸惑うめぐみん。とはいえ、一度始めてしまったので、もう少し続きを……

 

「あ、やっ……駄目……ぇ」

 

「『駄目じゃないだろ……ゆんゆん、その手を退けるんだ。このパートナーに、お前の全てを感じさせてくれ』」

 

「…………ぅん、とんぬらがそういうなら」

 

「え……」

 

「いいよ……私の事、好きにしても」

 

 ゴクリと喉が鳴った。たとえ男でなくとも、こんな嗜虐心を煽る反応は非常にそそるものがる。

 

「こほん。『なんてチョロい娘だ。いや、いやらしい娘だな、ゆんゆんは』」

 

 声の調子を整え、今度は触るだけでなく、量感のある胸部を揉みこんでいく。

 

「んっ……違うよ……わたしが、こうするのはとんぬらだけ、こんなになっちゃったのはとんぬらのせいだから……ぁ」

 

 本当にあの男はゆんゆんに何もしてないんですよね!?

 段々と遠慮がなくなって来て、わりといつもの調子で軽く叩いたりしてみるのだが、

 

「っ……その初めてだから、優しくお願い」

 

 めぐみんがやるときのように嫌がったりはせず、恥ずかしがりながらも耐えて我慢する。その胸の先端はツンと主張するかのように張り詰めていて、つい、そこを摘まんでやると、

 

「ああっ……や、はぁ……ん……、あン……ぁ……んぅ!」

 

 途端に、切なげな声を漏らし始めた。はしたなく腰をくねらせ、左右の太股の内側を擦り合わせると、徐々にベッドのシーツにいやらしい皺が生まれてゆく。

 なんかまずいです。まずいですよこれは……!

 

「もっと、して……とんぬらぁ……」

 

 甘く濡れたような声。

 もしもこれで本当に手出ししないで健全な付き合いができているのだとすれば、とんぬらを本気で尊敬する。

 ヘタレだと言ってしまったことを後で謝ろうかとめぐみんは思案し、そして手が止まっていたのが不審がられたのか。

 うっすらと薄目で開き……

 

「…………とんぬら?」

 

「あ」

 

「めぐ、みん?」

 

 意識が覚醒していく。逃げたいところだったが馬乗りの姿勢からはすぐには動けず、徐々に開いていく眼を見ていることしかできず。

 

「……ねぇ、どうして、めぐみんが私に覆い被さっているの?」

 

 芒っと仄かに紅く光る焦点のない瞳で、淡々と訊いてくるゆんゆんに、めぐみんは冷や汗を垂らしつつ、強張った笑みを浮かべる。そんな悩める相談に乗る親身な友人の顔を作ってから、朗らかに言う。

 

「ゆんゆん、そんなに性欲を持て余しているならとんぬらに相談してみたらどうですか?」

 

 この後、メチャクチャ怒られた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「俺、十五になるまで頑張れるのかな……?」

 

 あんなディープなキスシーンを演じておきながら、すぐに会場に戻るのはとんぬらとしても気恥ずかしい。だから、ほとぼりが冷めるまでしばらく王城の外の路地を歩いて、火照った頭を冷ましていると――くいっ、と前に出した右足に引っかかる違和感。

 ワイヤートラップッ!?

 意識が急冷化される。ひとりでいるところを狙ってきたか!

 とんぬらは、すぐに後退し、懐から鉄扇を取り出そうとして、

 

「『スティール』!」

 

 武器が『窃盗』された。

 そして、とんぬらが次の行動に移すよりも早く、今度は縄が空を泳ぐ蛇のように迫る。

 

「『バインド』!」

 

 不幸補正で必ずと言っていいほど引っかかってしまう『拘束』スキルに身動きを封じられるとんぬら。

 だが、だからこそ、こちらも対処策を積んでいる。すぐ『縄抜け』スキルで脱出、するよりも早く続けて、

 

「『スキル・バインド』!」

 

 能力封じのスキルが炸裂した。

 とんぬらの『縄抜け』は失敗して、芋虫状態で倒れ込む。

 そうして、完全に逃げられなくしてから、彼女は現れた。

 

「くっ、あんた一体」

「やあ、月が綺麗な夜だね、後輩君」

 

 倒れて見上げる形になるとんぬらは、月を背にするその人影の顔色を窺うことはできなかった。

 けれど、暗視能力はなくてもその声色はなんか不吉な音色を含んでいるのはわかる。

 

「その声は、クリス先輩……!?」

 

「正解」

 

 にっこりと笑いかける襲撃者の正体は、クリス。『アクセル』で出会った『盗賊』で、とんぬらの先輩である本物の銀髪の義賊。

 

「ちょっと、これは何ですか? 後輩に対する指導にしても不意打ち過ぎやしません?」

 

「はは、ごめんね。でも、これは後輩君があたしの呼び出しに応えてくれないからだよ」

 

「いやいや、あんな手紙一通寄越されても、こちらにも予定がありますし、それに予定外の事が起こってなかなか駆け付けられなくてですね……!」

 

「うんうん、今は王女様に気に入られて宮廷道化師なんてやってるんだってね?」

 

「ご在知でしたか。なら、こっちの事情を汲んでくれてもいいと思うんですが!」

 

「それで、『銀髪の義賊』から王女様を守ったんだってねー?」

 

 ニコニコととんぬらの縄を解かずに見下ろすクリス。その笑みにとんぬらは背筋にうすら寒いものを覚えた。

 

「え、ええ、第一王女を守りました。あの場に俺はいました。でも、あれはすぐに先輩じゃないとはわかりましたよ! いくら髪の色を似せようが、全然違いましたからね」

 

「へぇ、具体的にどこが?」

 

「それはた……」

 

 『体型』と口から出る直前ギリギリで堪え、飲み込んだ。

 

「た?」

 

「た、大変お綺麗な瞳の色とかです」

 

「ふうん」

 

 腕を組んで頷く先輩義賊。

 しかし残念かな。寄せてもどうにも膨らみがわかりづらい体型と、あの巨乳の女悪魔は一目で違いが――

 

「ねぇ、今とっても不埒な事を考えなかった?」

 

「いいえ、滅相もありませんよ、俺は先輩を敬う気持ちでいっぱいですから」

 

 ただでさえどうにも逆らい難い先輩のクリス。それがとても不機嫌な様子にとんぬらは戦々恐々としている。

 

「それで、あたしを騙るニセモノはちゃんとブッころ…成敗したのかな?」

 

「い、いえ、それは襲撃を防ぐのが精一杯でして……」

 

「へぇ、悪魔を取り逃がしたんだ」

 

「いや、まあ、そうなんですがね先輩」

 

「へぇ、巨乳の悪魔を見逃したんだ後輩君」

 

「その言い方だと俺がまるで巨乳に見惚れて逃がしてしまったように聞こえるんでやめてくれませんか!?」

 

 高尚な目的で義賊をやっている先輩にとってみれば、あんな偽賊は許せるものではないだろう。でも、それにしても怒り度が高い。敬虔なエリス教徒であったし、よっぽど悪魔に対して嫌悪感があるんだろう。

 

 

「じゃあさ、後輩君。先輩の汚名返上のために、巨乳の女悪魔をぶっ殺すのを手伝ってくれるよね?」

 

 

 大変いい笑顔で物騒な発言をする先輩に、完全に身動きが封じられているとんぬらは頷く以外の選択肢を持たなかった。

 

 

 ふと思いついたこのすば版超次元サッカー的なイベント案。

 

 

 親善試合アイリス杯。

 それはとある冒険者から広まった“サッカー”なる球技を世に知らしめるために行われるチーム・アクセルVS王都連合の試合である。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「さあ、来い! ここから先は一歩も通さんぞ! 通りたくば、私にボールをぶつけてみろ! 『デコイ・ディフェンス』!」

 

「いえ、サッカーでそんなことをやったら危険行為で退場ですから!?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「よし、尋常に勝負だ佐藤和真! 『グラム・ソー」

 

「『スティール・ハンド』!」

 

「ド』おおおっ!? 蹴る直前にボールを!?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「この絶好のチャンス! 逃しませんよ! 喰らえ我が必殺シュート! 『エクスプロージョン・キャノン』!」

 

「何を考えてるのよめぐみん! 爆裂魔法なんて絶対にやめなさい!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「さあ、この水の女神の美技に酔いなさい! 『アクアブースト』!

 

「ピピーッ! 試合会場全体を巻き込む規模の魔法は禁止である! イエローカードだ、反則女神よ」

 

「はあ、何で私の時だけジャマすんのよ! ちょっとこの審判、贔屓してるわ。依怙贔屓! 審判失格ね! この悪魔こそ退場させなさい!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「お兄様! 私の渾身のシュート、受け取ってください! 『エクステリオン』!」

 

「ちょ!?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「行くぞゆんゆん!」

「うん、とんぬら!」

 

「「『メドローア・ブレイク』!!」」


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