この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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6話

 温泉と水の都での聖職者体験修行は、『アークプリースト』の師匠が、『悪魔っ娘以外なら何でも行けます。男の子(ショタ)なんて全然OKです。ええ、子供とはすべからく慈しむもの。存分に愛でてあげましょう』とその時の現況とは別の意味で身の危険を感じる、四六時中気の休まることのない危ない修行だった。『奇跡魔法からは女神様の力の波動を感じる』だとかで変に気に入られてしまったのが運の尽きだったのだろう。

 

 そして、次の修行は、『獅子は子を千尋の谷に突き落とす』という親のスパルタな教育方針のもと、鉄扇と短刀を手に、ひとりでダンジョンに潜ることになった。何でもダンジョンのどこかに隠してきたお宝(猫耳バンド)を取ってこい、という肝試しみたいな紅魔族的なノリで始まったんだと思う。

 

 ダンジョンに潜るための支度まで俺一人でやるようにと親から軍資金(おこづかい)が与えられ、駆け出しの街にしてはかなり上級者向けなとある魔道具店でアイテムを準備することにしたのだが、そこの女店主より『子供なのに大変ですね』と幼い子供であった俺に同情され、色々と親身に話を聞いてくれて冒険するときのコツも教えてくれたり、サービスで『いざというときに使うように。きっと役立ちますから』と非常に高価なスクロールのおまけまでもらった。

 

 で、ダンジョンに入ったらゾンビに追われる羽目になった。

 『アクシズ教に入れば、芸達者になれたり、アンデッドモンスターにモテモテになりますよ!』と体験入団させられた時にそんなことを聞かされた気がするが、もしそれが本当ならアクシズ教をぶっ潰す理由がまたひとつ増えた。

 聖水を出せる水芸ができるけど、それでも次から次へとわらわら出てきて、捌ききれない。それに袋小路に追い詰められてしまった。

 

 けど、俺には女店主からもらったスクロールがある。

 きっとあの女店主は、こういうモンスターハウスに囲まれてしまったケースを考えてくれたに違いない。あのどこか抜けてるようなぽわぽわとした笑みに感謝をしながら、スクロールから魔法を発動したんだ。

 

 なんでもこの魔道具は、我が故郷の紅魔の里で仕入れたらしく、ひょいざぶろーという凄腕の魔道具職人が作成してくれたもの。これを使えば、なんと上位悪魔でさえ破られぬ絶対防御の結界を張られ、身の安全が確保できる。ゾンビに下級悪魔を相手して疲労困憊しているが、結界内で休息を取れれば、何とかダンジョンを出ることはできるだろう。とその時の俺は考えた。

 

 周りに三角形の結界が張られ、そのモンスターたちを一切立ち入らせない効果に感動し、安全地帯で一息ついた後に、このスクロールについて利用法が書かれた女店長のメモをもう一度読んだ。

 そして、最初に読んでいなかった最後の一文に気づいた。

 『効果は、一か月間持続します』

 説明書とかあまり読まずに使って慣れるタイプだったことをこのときほど後悔したことはない。以降、但し書きは最後まで念を入れて二往復確認することにしている。

 

 どんな攻撃も寄せ付けず、何者も通さない内と外を隔絶する結界。でもそれは、中にいる術者もどうあっても外へ出ることができない。九死に一生を得たが、暗いダンジョンの中を一か月間も出られなくなってしまった。

 

 まあ……食料は、子供でそれほど食事量はいらないし、節約すれば大丈夫。水も出せる。でも、ランプの燃料に限りがあるので常につけるのはできず、けど、火を絶やせば一切光の通らないダンジョンの中。『アーチャー』の千里眼スキルなど持ってないから、まったく何も見えない真っ暗闇だった。肝試しとかのレベルじゃない。親もダンジョンに潜るのを見送った後で、長期クエストを受けると言っていたので助けは期待できない。かなりダンジョンの奥の方まで来てしまったのか冒険者も来ない。小説で読んだことのある『巌窟王』になった気分だ。

 

 そんな朝なのか夜なのか、一体何時間何日経過したかも判断できない地の底、最初はアンデッドや悪魔に囲まれ続けている状況に怯えたりしたが、次第に人恋しくなってくるとぎりぎり人型を保ってるゾンビに名前を付けて話しかけるようになったり、と色々ともう極限状態だったその時、

 

 

『何か強力な結界の波動を感じるかと思えば、こんなところに子供が……』

 

 

 悪い魔法使いに出会った。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「………とまあ、これが俺の尊敬する方のお師匠様との出会いなんだ。……『クルセイダー』をここにと。ほれ、ゆんゆんのターンだ」

 

「前振りが凄すぎる! というか酷い! 外での冒険の話を聞かせてくれって頼んだのは私だけど、そこまで濃密だとは思わなかったわよ! もっと子供のころの話だっていうからこう、微笑ましいものだと思ってたのに……」

 

「執筆中にあるえにも話したら、それで一本小説が書けるなと言われたな」

 

「む……」

 

「おい、なに膨れっ面してるんだ? 潰してほしいのかそのほっぺ。まあ、あのときは洒落にならないくらい災難だったが、いまでは笑い話だぞ」

 

「別に……でも普通、ダンジョンで一か月もモンスターに囲まれてたら、軽くトラウマになって当然だと思うんだけど……このマスに、『ソードマスター』を前進させるわ。はい、とんぬらのターンよ」

 

 紅魔族の祝日であり学校がお休みの日。

 昨日より族長宅にしばらく泊まることになったとんぬらは、族長の娘であるゆんゆんと、王都で人気のある対戦ゲームをしながら、人としゃべる練習にと軽い雑談をしていた。

 

「いや、結界の周りにいたモンスターは、お師匠様が一掃してくれた。あれはすごかったな。爆発魔法をああもポンポンお手玉でもするように連発するとは……そんな元王国一の『アークウィザード』のお師匠様でも解呪できない結界だったけど。めぐみんの父親だっけか。ひょいざぶろーさんはすごい魔道具職人だよ。もうちょっと使用者に配慮してくれれば完璧なんだが……『ソードマスター』に『盗賊』の『バインド』」

 

「くうう! 攻めても攻めても潰していくわね! 守りが堅い! ……それで、その後どうしたのよ?」

 

「仕方ないから、結界が解けるまでの一か月、お師匠様に傍に付き添っててもらったんだ。子供が作れなかった人だからか、俺に優しくしてくれたよ」

 

「へぇ、とてもいい人だったのね」

 

「ああ……と『ソードマスター』が動いてがら空きになったこのマスに『アークウィザード』を『テレポート』でリーチだ」

 

「ああああ。待って、待って!」

 

「一回だけな。……それに、なんと奇跡魔法を知っててな、生前に紅魔族の神主に助けてもらったことがあるらしい。ある宴会芸スキルを身につけた上で覚えるある魔法との組み合わせが効果的だというのもお師匠様に教えてもらったし、その魔法も伝授してくれた」

 

「ふうん……――え、生前?」

 

「お師匠様の名前は、キール。昔々に壮絶な冒険をした『アークウィザード』で、貴族の令嬢をさらい、ダンジョンを造って閉じ込めた挙句、リッチーになった悪い魔法使いだ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 快晴とは言えない曇り空。

 族長宅を出たとんぬらとゆんゆんは、紅魔族の里の隅に建っているめぐみんの家へと向かっていた。

 

「とんぬら! や、やっぱりお邪魔するんだし、お土産を持っていくべきよね! 初めてなんだし、奮発して、それから失礼のないように、めぐみんをください、って親御さんに……」

 

「ゆんゆん。一部の噂で二人はとても百合百合しいからそんな関係じゃないかって聞いたことがあるんだが。めぐみんと結婚する気なのか? まあ、大変だろうけど、アクシズ教は同性婚とか認めていたぞ確か」

 

「な、何よその話!? 私はめぐみんと友だ――生涯のライバルなんだから!」

 

 相変わらず変な方向に気合の入ってるぼっち少女である。

 もう少し力を抜けばいいのだが、と思いつつも神主代行は助言を送る。

 

「そうだな。食べ物が喜ばれるんじゃないか。あそこの食料事情は大変なようだからな。ちょうどこの近くの八百屋で果物でも買っていくのが吉だ」

 

「うん、わかったわ! 先に行ってて!」

 

「あ、おい……」

 

 走っていくゆんゆんを見やり、嘆息。

 それからひとり、とんぬらは里のはずれの方へと歩き、こぢんまりとした木造の平野の前に辿り着いた。

 猫耳神社の住居区の小屋とどっこいどっこいな、明らかに一般家庭よりも貧乏そうな家。

 玄関をノックすると、やがて、ドタドタと家の中から駆けてくる音が聴こえた。そして、そっと玄関のドアが開けられ――紅魔族随一の天才をスケールダウンしたような女の子が顔を出した。

 

「ほう、この随分と可愛らしい子がめぐみんの妹か」

 

 こちらの齢のおよそ半分以下、たぶん5、6歳ほど。

 修繕されたお下がりのローブを着て、ただそれは丈が余っててダブダブ。

 

「うちは新聞はいりません」

 

 でも、賢そうで、しっかりと教育は行き届いてるらしい。

 

「はは、違う違う。勘違いしてる。俺はこの里の神主代行だ」

 

「かんぬし?」

 

「まあ、悩める人の相談に乗るのを仕事にしてるとんぬらと申すものだ」

 

「もうみっかもかたいたべものをくちにしてないんです」

 

「ストレートに来たな……しかしお主、口元に食べかすがついておるぞ?」

 

「あっ!」

 

 口元を手で隠す女の子。

 それを快活に笑って、

 

「残念だが、ウソつきのお願いは聞けないな」

 

「今日の新聞屋のお兄ちゃんは手ごわい」

 

「だから新聞の勧誘に来たわけはないと言ってるだろうに。まあ、ほれ、子供じゃ相手にならないから、姉を呼んでくると良い」

 

「子供じゃないよ、こめっこだよ。この紅魔族一の魔性の妹を使いたくば対価を払うと良い」

 

「お、攻め方を変えてきたか。でも、今の俺にはこれが精一杯だ」

 

 ぽん、と手のうちから花の蕾が。

 そして蕾はにょきにょきと茎が伸びて、こめっこの目の前に着くと、満開に花を咲かせ、ぽんっ! と花吹雪を散らす。

 

「すごい! すごい!! どうやって? ねえどうやってるの? 神主のお兄ちゃん、どうやってるの!?」

 

「手品の種は企業秘密だ。ほら、飴だぞ」

 

 花弁がなくなり、残っていたのは飴玉。それを口元に差し出すと、こめっこはぱくつく。

 

「よし、対価は支払ったぞ。敷居を跨がせてもらっても構わぬな?」

 

「え、足りない」

 

「なに?」

 

「お肉とかが欲しい。ホーストはもっとくれたよ」

 

「贅沢だな。というかこの歳でもう貢がせるとは将来が末恐ろしいぞ。さすがは暫定天才の妹」

 

「何私の妹を口説いてるのですかとんぬら。それと紅魔族随一の天才です。暫定は不要ですよ」

 

 玄関で妹の相手をしてたら、気になったのか姉のめぐみんが出てきた。

 めぐみんの登場に、こめっこはとんぬらを指差して、

 

「お姉ちゃん、このお兄ちゃん、難敵」

 

「ほう、こめっこの魔性の魅了が通じないとは……」

 

「前に言っただろ。キャベツを与えるのではなく、獲り方を教える。……まあこれがこの子なりのやり方なのかもしれないが、必要以上に相手に貢がせようとするのは問題だろ。このままにしてたら将来はとんでもない悪女に成長しそうだぞ」

 

「それは私も心配してましたが……にしては、ゆんゆんには、随分と物をあげているようではないですか」

 

「……借りは返す主義だからな」

 

「だからって、短刀なんてものを女子に送るのはどうかと思いますが、しかしあの子はチョロいですからね。肌身離さず持ち歩くんじゃないんですか」

 

「いや、家に帰ったらすぐ金庫の中に仕舞おうとしてたな。乱暴に扱って壊したら大変だとかで。身を護るためにあるんだからとどうにか説得したが……あの分だと、本当にお飾りになりそうだ」

 

「あの子は、本当に……重くてめんどうくさいですね」

 

 遠い目をするとんぬらを、同情する目で見るめぐみん。

 

「こめっこ、このお兄ちゃんを狙うのはやめなさい。私たちと同じであまり大したものは持っていませんから。篭絡する労力に見合いません」

 

「うん、わかった。貧乏なお兄ちゃん」

 

「おい、失礼なことを妹に教えるのはやめてもらおうか」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 めぐみんの妹こめっことの顔合わせの後、果実盛り合わせを何故か二個も持ってきたゆんゆんがやってきて、大層魔性の妹に喜ばれた。

 それから、しばらく妹に留守を任せためぐみんと合流し、待ち合わせの場所へ行くがなかなか来ないので、近所のお兄さんぶっころりーのもとへ3人は行く。

 

 里に一軒しかない、なので自然と里随一となる靴屋に赴いて、まずは幼馴染であるめぐみんが店主であるぶっころりーの父親に声をかけた。

 

「ごめんください。ぶっころりーはいますか?」

 

「おっ、めぐみんじゃないか、らっしゃい! せがれならまだ寝てるぜ」

 

「すみません、起こしてもらっていいですか? 実はぶっころりーから『5エリスあげるからいたいけな少女のキミたちに付き合ってほしいんだ、はあ……はあ……!』とか言われまして」

 

「あの野郎!」

 

 とりあえず出てきてもらわないと話にならないので、約束の時間を過ぎても英気を養っている奉納者をその父親に叩き起こしてもらうことにした。

 

「ちょ、ちょっと! ぶっころりーさんが言っていたこととは、だいたいあってるけど大きく違うわよ!」

 

「人を呼びつけておいて呑気に寝てるニートには、このぐらいしてやらないと」

 

 住居の二階から『このロリコン野郎が! しかも5エリスで!』と怒鳴り声と『親父! 俺はロリコンじゃ……ひぃぃ!』と悲鳴が聴こえてきて、どたばたしてるが、起きてくれたようだ。

 

「さて、あのニートの頼み事とは一体何なんでしょうね」

 

「だいたい予想がついてるだろ。俺の範疇外になりそうだし、二人についてきてもらって正直助かった。特にめぐみんは、幼馴染だというし相手に当てがついてるんじゃないか?」

 

「そういわれましても、私としてもあまり頼られても困りますけどね。経験もありませんし。それにまさか、身近なひとの甘酸っぱい話を聞かされることになろうとは思ってもみませんでしたもの」

 

「え、そんなに難しい話なの?」

 

 学校の男女クラスの両首席が、難題と頭を悩ませるのに、人付き合いの経験の薄いゆんゆんが恐る恐る訊く。

 それに、とんぬらはなんてこともないようにさらりと、

 

「神社で縁結びを求めてくる奉納者は定番で願い事は決まってる――恋愛成就だよ」

 

 

 ♢♢

 

 

『今日は済まないね。相談っていうのは他でもない。実は俺……好きな人ができたんだ』

 

 こちらの予想通りであった。

 ぶっころりーの片思いのお相手は、普段は占い屋を営み、空いた時間に修行で山籠もりしたりする、どこにでもいる普通の性格の紅魔族。里一番の美人さんであるそけっとだ。

 

 彼女の好みを自分の代わりに訊いてきてほしいというのが今回の頼み事である。

 

「何の取り柄も変哲もない、親の仕事を継ぐのも嫌がる将来性もないニートのクセに、紅魔族随一の美人と呼ばれるそけっとと釣り合うと本気で思ってるのですか?」

 

「冷静に評価しないでくれ! ニートであっても理想を高く持つことは良い事だと思うし、それにもしかしたら、ダメ男が好きな変わり者かもしれないじゃないか。まずは好みのタイプがどんな男かを聞くべきだ」

 

「あ、あの、自分がダメだってわかっているなら、努力して真っ当な人間になるってのじゃいけないんですか? タイプの男性像を聞いてくるぐらい構いませんけど……その前に、やはりお仕事ぐらい見つけた方が……」

 

「それに好きなタイプぐらい自分で聞けばいいと思うのですがね。その方が、話のきっかけだってできると思いますし」

 

「そんな度胸と社交性があったら、未だにニートなんてやってるわけないだろ」

 

 否定的な意見ばかり投げてくる女子二人より背を向け、同じ男性のとんぬらの肩をぶっころりーは掴む。

 

「俺と同じ一人息子のとんぬら君!」

 

「あんたと同じと言われるのは激しく抵抗が覚えるんだが、何です?」

 

 もうとっくにこの歳上の奉納者に対する敬語をやめたとんぬら。

 

「これは女性には共有できない悩みだけれど、君ならわかってくれるだろう? 気軽に好きな子に気になってる相手がいないかとか、どんなのが好みのタイプかなんて、訊けるはずがないって!」

 

「あー……お気持ちはわかります」

 

「だろう!」

 

 賛同してくれたことに嬉しそうにはしゃぐぶっころりー。

 そのとき、ニートに肩を抱かれるとんぬら、その反対の腕をがしっと掴まれた。

 

「痛っ、ちょ、力強――」

 

「とんぬら! あなた、す、好きな人がいるの!?」

 

 目の色が変わったゆんゆんに腕を揺すられるとんぬらは、一度その方に目を合わせるも、すぐふいっと目を逸らす。

 

「ねぇってば! 私のこと無視しないって言ってくれたじゃない!」

 

「………あー、まあ、そうだな。でも、それは何でも訊けば答えるという意味じゃないぞ」

 

 断りを入れようとすると、掴みかかった手は離れ、体の前で手の平が重ねられる。それがぎゅっと拳の形に握られる。本人には意識していないその変化に、目敏く気づきつつも少年の口はそれ以上開かない。

 

「つまり、私には言えないような相手ってこと……」

 

 普段よりも一段低い声。少し俯いた顔は、前髪の関係で目が見えない。そのままうらめしやと続けられたら思わず謝ってしまいそう。

 参ったな、と頬をかくとんぬらだが、絶対に言いたくないものは言いたくない。

 仕方ない、とひとつ策を思いついて、真顔を作る。

 

「そうだな、確かに言えない。でも、それは相手どうこう以前の話だ」

 

「それって、どういう……」

 

「男のこういう話は、大抵シモネタの方向になるんだが。――それでも聞きたいか?」

 

 目が死んだ。

 セクハラに当たるかもしれないが、効果あり。それも絶大。

 悪いな、と心の中で謝りつつ、機能停止したゆんゆんから距離を取る。めぐみんの冷め切った視線が、背中に痛いくらい刺さるが、そこへぽんぽんと叩くぶっころりーが、理解者と言わんばかりの優しい眼差しを送り、

 

「うんうん。よくわかる。そうだよね。俺も気に入ってるのは、そけっとの顔とスタイルだよ。汗をかいて綺麗な黒髪が白いほっぺたとかうなじに張り付いてるのなんてもう反則で、ムラムラときちゃうから、責任とってほしい――」

 

「卑猥な話に走るとはいったけど、そこまで全力疾走したいわけじゃないからな!」

 

 

「男は頼りになりませんねまったく。仕方ないから私が作戦を考えてあげますよ」

 

 (一方通行に)意気投合した男性陣を見限り、めぐみんが自案を発表する。

 

「ぶっころりーに訊くのが無理ですから、とんぬら、あなたがそけっとに告白してきなさい」

 

「は?」

「ええっ!?」

 

 唖然とするぶっころりー。停止から一気に覚醒したゆんゆん。しかし、指名された当人のとんぬらはめぐみんの策に理解を示し、首肯を返した。

 

「なるほど。俺に当て馬になれってことか」

 

「ええ。とんぬらが、そけっとに告って、さくっと振られ、それでどんな人がタイプなんですかと訊くんです」

 

 つまりはこういう流れ。

 

 

『そけっとさん、お話があります』

 

『あら……あなたは、神社のひとり息子のとんぬら君、だったかしら』

 

『はい』

 

『それで、話って何?』

 

『実は俺……そけっとさんとお付き合いしてほしいんです!』

 

『え……』

 

『一目見たときから好きでした! お願いします!』

 

『ごめんなさい。気持ちは嬉しいわ。でも、私、君のこと知らないし、それにまだ学校も卒業してない子供の君とは流石に付き合えないわ』

 

『どうしてもですかっ?』

 

『ごめんなさい』

 

『……だったら、どんな人がタイプなんですか? 俺、そけっとさんに好かれるような大人になれるように頑張りますから!』

 

『そうね。……それじゃあ、とんぬら君の熱意に免じて、教えてあげようかしら――』

 

 

 以上。

 

「とこんな風に大人のお姉さんに憧れた少年に、きっと誠意ある回答をしてくれることでしょう」

 

「ちょっと待って! ちょっと待って! ちょっと待ってよめぐみん! それで向こうが本気でとんぬらに期待しちゃったらどうすんのよ!」

 

「そうだぞ! もしもそけっとが年下の男の子好きなショタだったら……いや、それはそれで滾るんだけど、寝取られはさすがにちょっと!」

 

 両サイドからゆんゆんとぶっころりーに揺さぶられながら、めぐみんはひとつの確信を持った声で、

 

「大丈夫ですよ、とんぬらなら。これまで何人にも抗えなかった紅魔族随一の魔性の妹こめっこにさえ魅了されないくらい、どこかの誰かに一途のようですから」

 

「おい」

 

「何ですかヘタレ」

 

「あんたとはよーく話し合う必要があるみたいだな」

 

 竜虎相搏たんとするオーラをぶつけ合う男女首席。

 バチバチと荒ぶる魔力をぶつけ、紅魔族の血に抗えぬ買い言葉に売り言葉を交わす。

 

「あのな。俺はあまりこういうのを冗談でやるのは好きじゃないんだ。はっきりいって異性として興味のない相手にウソでも告白して、それで真剣に悩ませるのは、申し訳ないんだよ俺は」

 

「自意識過剰ですね。とんぬらはふられます。それもあっさりと。それともあなたは女に告白ひとつもできないそこのニートと同じなんですか?」

 

「さりげなく俺をディスるのはやめてくれないか」

 

「そこのニートと一緒にされるのは気にくわないが、それでもできんものはできん」

 

「ね、ねぇ、君たち、そんなに俺のこと嫌いなのかな?」

 

「そうやって、なんとも思ってない相手には真摯な対応を取れるのに、本気で好きな相手にはお茶を濁して逃げるんでしょう? ほら、やっぱりヘタレではないですか。そうでないと証明したいなら告白のひとつでもやってみせてくださいよ」

 

「ちょっとめぐみん……」

 

 言い過ぎよ、と止めに入ろうとしたゆんゆんを、とんぬらは手で制した。

 

「俺に度胸がない、か?」

 

「ええ、そうです」

 

「……わかった。あの人の弟子として、他人にそこまでヘタレと呼ばれるのは、流石に無視できない。失礼だろうが、証明してきてやるよ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 声もかけられないニートの恋愛相談であったのに、いったいどう物事がこじれたのか、己の度胸試しをさせられることに。

 今でも気は進まないが、一度やると言ってしまった以上はやってやる。

 たとえそれが子供の口喧嘩でエスカレートしてしまったものでも、彼女があれはあれで友情に厚く、そして、認めさせねばならない相手だというのはわかっていたことなのだから。

 これが彼女の出した試練なのだというのなら、逃げられない。

 人を好きになるというのは神聖なこと。かといって胸に秘めておくだけでいいものではない。

 そう、好きな相手を幸せにするためにすべてを捧げられたあの人は、王国一勇気のある人だった。

 そして、己はその人の弟子だ。人に告白ができる勇気くらい示さなければ、それは嘘だろう。

 

 

「そけっとさん、お話があります」

 

 紅魔族随一の占い師。温泉と水の都で生活していた時にその話は聞いたことがある。『すべてを見通す悪魔』の力の一端を借り受けたともいわれる彼女の未来予知は王国に頼られるほどに精度が高い。

 けれど、自身の店の前で箒を手にして掃き掃除をする彼女の姿は、そんな凄腕の占い師とは思えない。でも、一幅の絵に見えるほど、素直に綺麗だと思えるものであった。里一番の美人と評されるのも納得。

 ただ、自分の思うものではないから、冷静に相手を見ることができた。

 

「あら……あなたは、神社のひとり息子のとんぬら君、だったかしら」

 

「はい」

 

 背中に物理的な圧とさえ錯覚するほどの視線を感じる。

 きっと光を屈折させて姿を消す『ライト・オブ・リフレクション』を使って隠れてるのだろうが、こんな隠す気のない感情丸出しの気配では、ちょっと勘の鋭い相手ならすぐにばれるだろう。

いや、今は後ろのことなど気にしてられない。目の前の相手に集中する。

 

「それで、話って何?」

 

「実は俺……」

 

 息を飲む。

 あとで謝ろう、と心に決めて、言った。

 

「そけっとさんとお付き合いしてほしいんです!」

 

「え……」

 

「一目見たときから――」

「いいわよ」

 

 

 人生は、パルプンテだ。

 後に彼はそんな迷言を残した。




誤字報告してくださった方、ありがとうございます。

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