この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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62話 +IF

『魔王軍襲撃警報、魔王軍襲撃警報! 現在、魔王軍と見られる集団が王都近辺の平原に展開中! 騎士団は出撃準備。今回の魔王軍の規模が大きいため、王都内の冒険者各位にも参戦をお願い致します! 高レベル冒険者の皆様は、至急王城前へ集まってください!』

 

 冒険者たちも大勢参戦する中、冒険者であり宮廷道化師であるとんぬらは、相方のゆんゆんを連れて騎士団の隊に入っていた。

 

「ははは、……もう何も怖くない。今なら地獄の公爵とも戦えそうだ」

 

 若干、状態が不安ではあるものの、度重なる活躍に、もはや王国軍に組み込まれている。重武装を身に纏い、綺麗に整列した騎士隊の先頭に立つ団長に並んでいるので、とんぬらの副官ポジションにいるゆんゆんは大変恐縮して縮こまっているよう。

 目立つの大好き紅魔族であるも、常識的な感性を持っている奥手な彼女にはこの状況は緊張してしまうものである。

 

「と、とんぬら、私達って本当にここにいていいのかしら?」

 

「いいんじゃないか。というか、こっちは隊に加わってほしいと頼まれた側だぞ。そこのミツルギキョウヤと同じように堂々としていたらいい」

 

 とんぬらが軍師っぽく鉄扇で指した隣には、知り合いの魔剣使いの『ソードマスター』がいる。水の女神のイメージカラーな青色の鎧を纏い、背には伝家の宝刀である神器『グラム』。

 

「とんぬら! 君は僕の名前をちゃんと覚えててくれたんだね!」

 

「おい、何だいきなり? 抱き付こうとして来るな気色悪い」

 

 ただ名前を呼んだだけなのに感激してくる魔剣の勇者。今や押しも押されもせぬ一流の冒険者になり、新聞でも王都で活躍する冒険者番付では三位に選ばれるほど。なので、知名度もかなりのものだと思うのだが、名前を呼び間違えられたりとかしたのだろうか。

 

「今日は、君達と共に戦えて嬉しいよ」

 

「最近、ソロで活躍しているようだが、仲間の二人はどうした? 『ランサー』のクレメアと『盗賊』から足を洗った『アーチャー』のフィオは?」

 

「二人の事も覚えてくれているのか……」

 

 なんかジーンと胸に手を当てているようだけど、そんなに感動することがあったのか? 名前を呼んだだけでこれとは、ゆんゆん程ではないにしてもちょろいぞ魔剣の勇者。

 

「彼女たちは今、隣国でレベル上げしている。僕は王都で襲ってくる魔王軍を撃退しているけど、定期的に会って互いの成長を確かめたりしているよ」

 

「そうか。ミツルギと一緒では、経験値稼ぎ効率は良くないだろうからな」

 

「それでとんぬらの方もだいぶ活躍しているみたいじゃないか。この前の戦線では巨大な魔獣を召喚して、ひとりで魔王軍の大半を蹴散らし、その軍団長も倒した。初戦だというのに凄い功績じゃないか!」

 

「詳しいな。記者の取材を受けたことはないんだが」

 

「クレアさんから話を聞いたんだ。それに先日の偽の義賊退治も君だろう。新聞に載っていたよ。それで宮廷道化師として王城に召し抱えられているようだけど、これから僕と同じで王都を拠点とするのかい?」

 

「いや、そのつもりは」

 

 ミツルギと近況報告をしていると、くいくいと腕を引かれた。

 見れば、ゆんゆんが不機嫌そうにこちらを見ていて、ややミツルギを警戒しているようで、挨拶も会釈のみ。人付き合いは苦手でも、礼儀正しいゆんゆんには珍しい対応である。

 何があったのだろうか?

 

「とんぬら、あそこにめぐみんたちがいるわよ」

 

 対魔王軍が集められた城門前、その少し高台にいるとんぬらたちは、人混みの中にいる知り合いの顔にもすぐに気づいた。

 今、王都のギルド職員の前で冒険者カードを提示して、戦線に出しても問題ないかどうかのレベル確認を行っている。

 

(あれ? そういや、兄ちゃんのレベルはあんまり高くなかったような……)

 

 最弱職の『冒険者』で、レベルもまだ30はいっていないはずだ。里での『養殖』を手伝ったことがあるからわかる。

 求める規定以下だとギルド職員は参加を辞退するようカズマに断りを入れようとするも、そこで大貴族クレアが異例の許可を与えた。

 

『構わない。その男は数々の功績を上げた腕利きの冒険者だ』

 

 騎士団や冒険者たちを激励するために多くの貴族が集まってきており、それを取り仕切るシンフォニア家のご令嬢の推薦に、他の貴族たちもカズマに期待の眼差しを向ける。

 偽賊撃退にヘマをやらかしたとはいえ、魔王軍の幹部を撃退してきた力を評価されているようだ。

 

 あまりよくないな……

 

 とんぬらの目には少々天狗になっているように見えた。持ち上げるクレアもクレアであったが、それに乗ってしまうカズマにも問題があるよう。安全基準を満たしていないのであれば、参加するべきではない。

 だいたい、兄ちゃんはハイリスクローリターンな戦闘に首を突っ込んで危険な目に遭うような性格ではなかったと思うが……

 苦言を呈そうとするも、カズマの視線の先、何を見ているのかに気付き、戦闘に参加する理由に勘付く。

 城のバルコニー。そこから見下ろす影。それはまっすぐにカズマを見つめて、期待に目を輝かすアイリス第一王女。

 あれでは否応なしにテンションが上がる。あれではどう参加を辞退するよう説得しようにも聞き入れてもらえないだろう。

 

「あ、めぐみん、やっと私の方を見て……え、こっちに気付いたのに! 今顔を逸らされた! 明らかにプイってやったわ!」

 

 隣で、ライバルなめぐみんの反応にピョンピョン跳ねたり一喜一憂しているゆんゆん。どうやら向こうのカズマパーティもこちらに気付いたようだ。ただし、カズマだけはこちらを見ない。アイリスに視線を向け、冒険者ではなく王国軍に入っているとんぬらたちには気づいていないように振舞っている。ダクネスが健闘を祈るよう手を上げ、アクアが大きく手を振り、隣のカズマにこっちを向くように引っ張っているが頑なに態度は変えない。それにはそっぽを向いていためぐみんも訝しんでいる。

 

『なーに、相手は数が頼りの雑魚ばかりだ。俺が本気を見せれば、王国軍よりも戦果を挙げてみせるぜ!』

 

『『『『『おおっ!』』』』』

 

 こちらにも聞こえるほどの大声での宣言に、辺りにいた貴族たちがより一層盛り上がる。

 対して、こちらはますます不安になる。

 

「どうしたんだろ……いつものカズマさんじゃないような……」

 

「ああ……。らしくないな」

 

 機動要塞『デストロイヤー』の防衛戦では、冒険者たちを一致団結させる扇動家の一面も見せたが、あれは冒険者としてある程度の信頼を得られる基盤を築けていた『アクセル』であったからこそ発揮し得たもの。

 この王都の初戦で世間的にほとんど無名である彼に、期待されていても貴族は戦闘には参加せず、指揮を預けてくれるような冒険者もいない。それで、このような大規模な戦闘で、乱戦にはあまり活躍できないであろうスキル構成で挑む……。

 心配になってくるが、とんぬらにはフォローすることもできない。

 冒険者と王国軍の戦場は別々になっている。統率のとれた王国軍と個々の能力は高いが軍としての訓練を積んでいない冒険者を一緒くたに戦わせるわけにもいかない。互いの足を引っ張らせないよう、戦場は別々に離れたものになる。

 

(これは、一刻も早く戦局を決めて、早々に戦闘を終わらせてしまおう)

 

 そして、居並ぶ騎士団、冒険者たちに、クレアが高らかに号令を発した。

 

「――魔王軍討伐隊、出陣せよ!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 平野を一望する場所に到着。

 そこから見渡す限りに数えきれないほどのモンスターがこの背に負う王都へ押し寄せようとしている。

 幹部こそいないものの、以前、紅魔の里を攻めてきたシルビアが率いていた軍勢よりも多い。やはり、魔王軍と対立する『ベルゼルグ』王国の首都を陥落せんとするのだから、相当な戦力を投入しているのだろう。

 それに現在、国王と第一王子が率いる主要な王国軍は遠征中で、王都の守りが薄い。その好機を逃すまいと大軍を送り出した。

 

 そして、魔王軍のモンスターは通常のものよりも強い。

 

 かつて幹部デュラハン・ベルディアが率いていたアンデッド軍団が、『アークプリースト』の神聖魔法にも耐えられたように、魔王の加護によって強化されているからだ。

 

 久々にタキシードではなく冒険者の装衣に身を包んでいるとんぬらは、仮面の奥より流し見た一見で、魔王軍の編成を読み取る。前衛に重装備なトロールやオーガ、ミノタウロスなど巨体のモンスターを配置し、後衛に魔法の使える獣顔の悪魔族や弓矢を持たせた鬼族、それに亜竜のワイバーンを控えさせている。巨大な魔獣ブオーンに蹴散らされたのを警戒してか、こちらから距離を取った、守りの前衛、遠距離攻撃の後衛というオーソドックスな陣営だ。

 

「諸君! 今こそ人間どもの王都を攻め滅ぼし、新しい時代の扉を開く時ではなかろうか! そう魔物の、魔物による、魔物の為だけの世界……私が幹部になった暁には、霜降り肉を、毎日食べられる世界の創造を諸君に約束する!

 我を崇めよ! 我を讃えよ! そして今ここに我らが魔王様に生贄を奉らん!!」

 

『ジャミラス! ジャミラス!』

 

 そして、指揮官は、大勢のモンスターたちへ演説している鳥獣型の悪魔族。

 三つ目で二足歩行のグリフォンのようなモンスター。紫色の頭部と翼、茶色の身体、その嘴より火炎の息を吐き散らし、鋭い爪を持つ。

 幹部候補であることを強くアピールしており、その後に続くコールが絶大な期待と信頼を窺わせる。

 

「とんぬら……」

 

 名を呼ばれる。そこには今日隣にいるゆんゆんがいて、このあまりに多勢の敵を前に、二本の足でしっかり踏ん張っていた。

 とんぬらと繋いだ手が緊張に汗ばんでいる。驚くほど可愛らしいゆんゆんの指が、ギュッととんぬらの手を握っていた。華奢な手も、腕も、肩も震えていた。これほどの大軍を前に、今日が初戦の少女が、怖くないはずがなかった。

 それでもゆんゆんは、身体ごとぶつかるような真剣さで見上げている。とんぬらは、繋いだ手に力を込めた。

 これは格好悪い真似はできない。そう、不敵に笑んで。

 

 

「我が名はとんぬら! 紅魔族随一の異才にして、『ベルゼルグ』軍を勝利に導く者!」

 

 

 向こうの指揮官に負けじと声を張り上げ、鎖に十字に縛された魔導書『スペルブック』を取り出す。

 紅魔族の錬金術の成果たるその魔道具の封を錠代わりの短刀をゆんゆんが突き刺し、その頁を開かせる。

 

「『スペルブック』、解放!」

 

 開かれたのは、白紙。何も魔法陣の印されていないスクロールにとんぬらは鉄扇を添え、

 

「『フローミ』!」

 

 地形知覚魔法の発動に、無地の魔法紙にこの一帯の地形が詳細に描かれる。

 

「『ギガジャティス』ッ!」

 

 続けてゆんゆんの唱える声に、光の指揮棒(タクト)へ二匹の破邪力の竜が絡まり、次に放つ魔法を最大限に増幅・強化する。

 

「『エネミー・サーチ』――ッ!」

 

 詠唱したのは、敵探知の魔法。

 『スペルブック』の開かれた戦場の地図に、魔物の反応を表す赤点が浮かび上がり、そのページ全体を五芒星の魔法陣が囲む。

 パートナーの神聖な魔力を引き出し、その描かれた机上の戦場に、破邪力を極大化する探査魔法――悪しき気配を暴く術をかける。

 

 

「邪なる威力よ退け! 『マホカトール』!」

 

 

 完成するのは、破邪魔法の結界。それも戦場全体に敷かれるような大規模なもの。

 プリーストの広範囲聖域魔法『サンクチュアリ』のように、魔法円内にある邪悪な力を祓い清めるその魔法は、魔王軍に施されていた魔王の加護を打ち消した。

 敵戦力の弱体化、それに留まらず、風逆巻く鉄扇をとんぬらが騎士団へ向け、

 

「『ラジカルストーム』!」

 

 『春一番』と『雪精』の二つの精霊が騎士たちの身体に纏わる。

 寒風と暖風が入り混じって成されるその支援魔法は、攻撃魔法やブレスを弾く護りになる。

 さらにとんぬらは同時に、もう片手に持つ五つの鈴がついている星形のタンバリンを構え、それを神事に扱う神楽鈴のようにシャンシャンと鳴り響かせて、舞ってみせる。

 

「『荒神の舞』!」

 

『ウオオオオッ!!』

 

 『不思議なタンバリン』を使う宴会芸『アゲアゲダンス』強化版。

 騎士団のテンションは格段に上昇。その先制攻撃は敵守りの壁モンスターを一気呵成に打ち破ってくれるだろう。

 

 『アークプリースト』のような破邪の結界を敷き、『エレメンタルマスター』のような精霊の加護を掛け、最後が宮廷道化師らしく大いに士気向上で盛り上げてみせるそのムードメイカーぶり。

 それに加えて地形を完全に把握した地図があり、敵の動きも掌握している情報網。

 王国軍を指揮する騎士団長は、頼もしいの感想以外思い浮かばない。

 

 

「行くぞ、『グラム』! ――『ルーン・オブ・セイバー』!」

 

 

 そして、先陣を切るのは魔剣使いの『ソードマスター』。

 士気が最高潮に達したミツルギの『グラム』の一刀は、魔王の加護がなくなった前衛の盾部隊を薙ぎ払う。

 

「ミツルギ殿に続けーっ!」

 

 魔王軍後衛の魔法やブレスも風の防護に威力を削られて、王国軍の進軍を阻み切れず。ミツルギが空けた突破口を更に広げていく。

 そして、先頭を突っ走るミツルギの快進撃は、指揮官まで一直線に、邪魔するものは皆魔剣で切り捨てていく。その勢いを妨げんとミツルギに戦力が集中されていき……

 

 

「ムムム!!!??? 背中が、何故かむず痒い。諸君! 暫し、背を向ける無礼をお許し願いたい!」

 

 魔王軍の真上を飛空して全体を俯瞰していた指揮官ジャミラスが、気配を覚る。

 それは最短距離を行くミツルギら騎士団と別れ、遠回りに迂回し、敵感知で薄いところを突破した二人。

 『ライト・オブ・リフレクション』に『サイレント』の透明消音の重ね掛けをしたとんぬらとゆんゆん。連れてきた飼い魔獣ゲレゲレに騎乗し、風を切って接近。電撃戦で敵首魁を撃破する斬首戦術の実行。

 

「バレたか。このままいくぞ――『パルプンテ』!」

 

 変異種の豹モンスターの幉を操りながら、懐から『銀のタロット』を引き抜いた。

 引いた札に描かれていたのは、獣を抑える女の絵柄、すなわち、『力』。

 『銀のタロット』より虹色の光が迸り、占術補正の奇跡魔法により、力を漲らせたとんぬらは扇を振るう。その仕草に求められる魔法を言われずとも悟ったゆんゆんがほぼ同時に短杖をかざす。

 

「とんぬら、『ウインドカーテン』!」

「よし! 『為虎添翼』!」

 

 とんぬらは、ゆんゆんの風の支援を受けて、ゲレゲレの上から飛び出した。翼なき者ながら、鳥獣魔人の回避反応が間に合わぬほどの高速疾空。さらに激流を鉄扇の先から放出する勢いで旋回。

 

「舐めるな!」

 

 ジャミラスは火炎の息で反撃するも、宙空で独楽のように回るとんぬらはそれを掻き消し、そのまま勢い衰えず、ばかりかますます加速し肉薄。鉄扇の先に出来上がった抜けば玉散る氷の刃で、敵指揮官を斬り裂いた。

 

「『花鳥風月・猫車大車輪』!」

 

 強烈な一太刀を浴びせられて、ジャミラスは空中での姿勢バランスを大きく崩すも地には落ちない。落ちれば、地上で配下を相手に無双している魔剣の勇者の餌食となるのはわかっているからだ。勢いよく飛び抜けたとんぬらはそこからUターンできるだけの機動力はないため第二撃を繰り出すことは叶わず……――間髪入れずに撃ち込まれた第二撃は、天空から鳥獣魔人を貫いた蒼き雷光であった。

 

 

「『ジゴスパーク』――ッ!!」

 

 

 『ドラゴンロード』の必殺魔法が炸裂し、天地を灼く地獄の稲妻を受けた魔王軍指揮官はけたたましい断末魔を上げて、消滅した。

 そして、ゆんゆんを乗せて疾駆していたゲレゲレは、先行して落ちてくるとんぬらの下に駆け込み、途中騎乗。そのまま、指揮官を潰され、統率が乱れる敵陣を一騎駆けで切り抜けて、速やかに騎士団に合流。

 

「とんぬら殿、ゆんゆん殿! 司令官撃破お見事です!」

 

「団長殿、負傷者はどちらに?」

 

「はっ、直前の支援魔法で被害は軽微でしたが、やはり犠牲は避けられません」

 

「わかりました。――ゆんゆん、しばらくひとりで頼む」

 

「わかったわ、とんぬらの邪魔はさせない」

 

 再びゲレゲレから飛び降りるとんぬら。

 負傷した兵が集められた場所へ駆けつけると、舞を披露する。先の鼓舞とはまた違う神楽舞。精霊と共に踊るよう、そして、祝詞を謳い上げる。

 すると、演舞するその周囲にいた負傷兵たちがみるみる治癒していく

 『精霊の歌』と『ハッスルダンス』の合わせ技で『精霊の祭』。その一層、回復の効力を高めた宴会芸は、『アークプリースト』の回復魔法にも匹敵するだろう。

 

 復活する騎士たち。

 そして、その周囲では魔獣の騎乗し、移動砲台の如く上位魔法で魔王軍を蹴散らしていく『アークウィザード』。

 さらに、その先では魔剣使いの『ソードマスター』が、指揮官のいない魔王軍を鎧袖一触で殲滅していく。

 

 

 こうして、魔王軍を王国軍は撃退した。

 負傷者らしい負傷者もなく、死者をひとりも出さず、圧勝の戦果を修める。その中で最もモンスターの撃破数を上げた魔剣の勇者と、息の合った連携を魅せながら八面六臂の活躍をした魔法使いのペアは王国軍から高い評価を受ける。

 

 そして、冒険者たちの戦局では、

 

『ダスティネス様! 先ほどのご活躍は素晴らしいものでした!』

『ええ、まったく! いやはや、ダスティネス卿が、放たれた魔法を平気な顔で耐えながら魔王軍のど真ん中に突っ込んでいく姿には、心が震えましたよ!』

『その姿を見て目を剥いて驚いた魔王軍指揮官の顔は、当分忘れられませんな!』

 

 鉄壁の護りで一身に敵の攻撃を引き付けた『クルセイダー』、

 

『いやー、それにしてもスカッとしましたよめぐみんさん。あの指揮官、毎回ピンチになると捨て台詞を残して逃げるもんだから、以前からイライラさせられてたんです。でも、それを一発で仕留めちゃうんですから!』

『ああ、最高だったな! 引き揚げる魔王軍のど真ん中に魔法をぶち込み、『我が名はめぐみん! 『アクセル』随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操る者! ……灰燼に帰したのはあなた達の方でしたね……!』って言った時のめぐみんさんは!』

『ああ、これ以上にないぐらいスカッとしたぜ! まさか、全魔力を振り絞ってまで、あんな大魔法を使ってくれるなんてな!』

 

 撤退しようと混戦の最中に逃亡しようとした指揮官を爆裂魔法で撃破した『アークウィザード』、

 

『アクアさん、蘇生ご苦労様です。ささ、どうぞこちらへ!』

『いや、さすがは『アークプリースト』ですね、素晴らしい腕だ! まさか『リザレクション』まで使えるとは……!』

『おかげで、この辺りの負傷者はいなくなりました! アクアさん、ありがとうございます!』

 

 被害ゼロにした卓越した回復魔法と蘇生魔法にアンデッドを一掃した浄化魔法と攻守に渡って活躍した『アークプリースト』が、絶賛を受けていた。

 ただひとり、MVPのパーティの中で『冒険者』がコボルトに袋叩きにされて殺されてしまい、戦後に蘇生されたため汚名返上のチャンスを得られないまま、終わってしまった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 これは、日本での話。

 俺には弟がいる。引き籠りのニートになどならず、真っ当な学生をやっている。兄を反面教師としたかのように優等生とは言わないがそこそこ出来のいい弟だ。

 そんな弟と中二のころ、ある争いに俺は勝利した。

 バレンタイン。一度だけ過去に行けるとすれば、このおかしな風習を考えたやつをしばきに行きたいくらいモテない野郎には傍迷惑なイベント。それに一体どんなきっかけがあったのかは覚えてないが、どちらが多くチョコを貰えるかと勝負をしたのだ。

 けれど、このまま何もせずに行けば、兄弟共々母親にしか義理が恵まれないのが予想できたので、保険としてお隣の家の娘さんに『このお金でチョコ買って、当日家に届けてください。お釣りは全部差し上げますから』と頼んだ。つまり、お金でサクラを雇ったのである。こうして合わせて二個のチョコレートを手に入れた俺は、見事に弟に勝利し、兄の威厳を保つことに成功したのだ。

 

 ……ただその後、中二の冬が過ぎて、中三の夏、密かに本命を期待していた初恋の幼馴染の女の子、小学生の頃に『大きくなったら結婚しようね』と言ってくれた彼女が、不良の先輩のバイクの後ろに乗っているのを見て何とも言えない気分となり、それからあまり学校にも行かなくなった。

 

 そんなたった一度の失恋で思春期の学校生活を無駄にしてネットゲームに没頭していった兄を、

 親が高い学費を払って入学させてくれた私立高にほとんど行かなかった兄を、

 中学を無駄にした分、心機一転して引き籠りを脱却しようとしてできなかった兄を、

 そして、恩知らずのまま駄女神が爆笑するくらいの死因で逝ってしまった威厳もクソもない兄を、弟は一体どう思っただろうか?

 

 ふと、佐藤和真はそんなことを考えた。

 

 

「騎士団と冒険者達が凱旋したぞー!」

 

 歓声に包まれた王都。王城に戦果報告へと向かい勇者たちを、街の人々は口々に褒め称える。

 深々と頭を下げたり、拳を上げて歓喜を全身で表したりと、そんな民衆に冒険者や騎士たちも誇らしい表情を向けて応える。

 やがて城へ到着すると、そこにはアイリスやクレアを筆頭に、上機嫌の貴族たちが待っていた。彼らの代表にして、王族の代弁者である、大貴族シンフォニア家のクレアが前に出て、

 

「騎士団、並びに冒険者諸君! 此度はご苦労であった! 諸君らの活躍により、今回も王都は守られた。この国を代表し、皆に深く感謝するとアイリス様は仰せだ。……報酬は期待して良いぞ!」

 

 その言葉に、冒険者たちから歓声が上がった。

 

「さらに! 諸君らを労うため、現在宴の用意が進められている。戦闘を終えて疲れただろう。夕刻まで体を休め、再び城へ来るがいい。そこで、特に活躍をした者には、特別報酬が与えられる! 以上だ、此度は本当にご苦労だった」

 

 互いの肩を叩き合って健闘を讃え、最高潮に達する場の空気。誰もが満面に笑みを浮かべるそんな中、ひとりだけそこに混ざれない者がいた。

 ダクネスが貴族たちに囲まれ城へと連れていかれ、アクアが治癒した冒険者たちに恩を着せてアクシズ教に勧誘しに行き、残るは爆裂魔法で全魔力を使い果たして動けず背負われているめぐみんと、カズマだけ。

 そこへ、騎士たちから賞賛を受けながらも押し入ってこちらに来る二人組。とんぬらとゆんゆんである。

 

「兄ちゃん、無事か? さっきアクア様からコボルトにやられたと聞いたんだが」

 

 あの駄女神……っ。蘇生してくれた事には感謝するけど、ぶっ叩いてやりたい。

 

「問題ねぇよ。この通りピンピンしてらぁ」

 

「そうですか。良かったです」

 

 ほっと胸を撫で下ろすゆんゆん。それに心配をかけさせてしまったとんぬらにも、悪いとは思っている。でも、顔を合わせることはできなかった。

 

「そういえば、偉大な大魔導師めぐみん。明日、爆裂魔法以外の魔法を教授すると話に聞いたんだが本当か?」

 

「ぐっ……残念ですが、明日はまだ蘇生したばかりで何かと大変なカズマの身の回りの世話をする予定なので……」

 

「ちょっとめぐみん、あなたいつ『アクセル』随一の魔法の使い手になったのよ! この前、私に負けたじゃない!」

 

「あれは、本調子ではなく魔法とは関係ない勝負だったはずです! だいたい、あなただって、紅魔の里で紅魔族最強だとか言っていたではないですかゆんゆん!」

 

 賑やかな同郷の三人組。

 それを見ていたカズマは、背負っていためぐみんを二人に押し付けることにした。

 

「ちょっとカズマ、何で私を下すんですかっ?」

 

「お前、生き返ったばかりの俺の世話をしてくれる話なんだろ。おんぶしてたら逆に疲れんだけど」

 

「甲斐甲斐しくお世話をするのは明日からです。あと、明日には『アクセル』に帰りましょう。できれば朝一番に」

 

「じゃ、めぐみんのこと頼むなー」

 

 ひらひらと手を振って、めぐみんに服とか掴まれる前にとっとと去る。

 そして、身軽になって向かった先は、こちらに無邪気な笑みを浮かべるアイリスのもと、

 

「無事で良かったですお兄様! お帰りなさいませ!」

 

「アイリス。いや、無事じゃなかったんだけどな。一回死んで、生き返ったから」

 

「一回死んだ!? お兄様、大丈夫ですか!? 城に入って宴の時間まで体を休めてください。お兄様の使っていた部屋はあのままにしてありますから!」

 

「ありがとう。でも、そんなに心配しなくても大丈夫だ。綺麗に蘇生してもらったし」

 

 安堵の表情を浮かべるアイリス。けれど、彼女の期待には応えられなかった。

 

「それなら良いのですが……。それでお兄様、お城に残れるような戦果は挙げられましたか!?」

 

「い、いやその……。実は、偶々不覚を取ってな? 今回は調子が悪くてあまり戦果が挙がらなくて……」

 

「そうでしたか……。でも、こうして帰ってきてくれただけでも良かったです! それに功績など挙げなくとも、王都のために戦ったのは本当なのですから、クレアにもう一度、お兄様をこの城に住まわせることができないか頼んでみます!」

 

「……ありがとうアイリス。でも、今回は情けない死に方したし無理じゃないかなあ……。力及ばなくて悪かった」

 

「お兄様が謝ることなどありません。さっきも言いましたが、あなたが、文字通り命懸けの戦いに赴いてきたのですから……」

 

「そっか……ともかく、また夜にな」

 

 寂しそうな顔をするアイリスに、カズマは背を向けて、城の出口へと歩き出す。

 城内は宴の準備で忙しいが、あちこちで今回の戦闘の話題で盛り上がっていた。

 

「いや、今回の戦は楽勝でしたな! 宮廷道化師殿も素晴らしかったが、ダスティネス様率いるパーティもまた、獅子奮迅の活躍をなされたとか!」

「いやまったく! 敵の攻撃を一手に引き受けたダスティネス卿、大量のアンデッドをあっさり浄化し、どんな重症でも瞬く間に癒したアクア殿。そして、引き揚げようとした魔王軍に、トドメを刺しためぐみん殿! この三人だけで、下手したら魔王ですら倒せてしまうのではないでしょうか?」

「いやいや! 彼女たちだけでなく、宮廷道化師殿は凄まじいですぞ。何せ彼ひとりで防護に回復、攻撃支援とやってのけたのですからな! その相方のゆんゆん殿と組んで魔王の加護を解いたり、指揮官を討ち取ってしまうなどアイリス第一王女が自ら勧誘したのも納得いきますな!」

「確かに、彼らならば魔王相手にも互角に戦えよう! いやそもそもあの方々は、これまでに魔王軍の幹部を葬ってきたと聞きます、いやはや、流石というべきか……」

「それに加え、王国が誇る魔剣の勇者、ミツルギ殿よ! 彼が率いれば、魔王すら圧倒する最高のパーティになるのでは……? 彼のパーティには、『アーチャー』や『ランサー』の少女もおられたはず。完全無欠の部隊となるだろう」

「「「「それだ!」」」」

 

 ……いやまあ、自分でもわかっている。

 コボルトなんて雑魚モンスターに殺されてしまったのが、その話題に上るわけがないことくらい。

 

「おや、アレが、例の……」

「ああ、アレ。あいつがクレア様の言っていた、口だけの……」

「聞けば職業は最弱職の『冒険者』で、レベルも低いらしいぞ」

「まったく、ダスティネス様もなぜあんなのを仲間なんかに……」

「大方、人に取り入るのが上手い男なのだろう。何せアイリス様にも取り入り、この城への移住を計画しているとか……」

 

 言いたい放題って来てカチンと来るが、事実も混じっているので言い返せない。

 そして、城の門前には、相変わらずの白スーツ、クレアが待ち構えていた。

 

「今宵の宴には参加しなくても構わないぞ。主賓はダスティネス卿や他の方たちで、彼女たちには城に泊まっていただくが、貴様に用意する部屋はない」

 

「またいきなり辛辣なご挨拶だな」

 

「ふん、偽賊退治に続き、今回も貴様は何の成果も挙げられなかったわけだ。……まったく、貴様はとんだ口だけ男だったな。聞けば魔王軍の幹部を退治したのも、幹部に直接トドメを刺したのは、ダスティネス卿やあの魔法使い、それにとんぬら殿らしいではないか」

 

「とんぬらはとにかく、俺の役割はあいつらのフォローなんだよ。ていうか、あいつらだって欠点はあるんだぞ?」

 

「その欠点の話もすでに聞いた。だが、そんなものはこの国がバックアップすれば大した問題にはならないだろう。あの方々には、とんぬら殿とゆんゆん殿と同様に、ミツルギ殿のパーティに入ってもらうよう、要請が行くだろうな。そうすれば、魔王討伐の悲願も達成されるのではないか? 貴様はもう、十分に金はあるのだろう? パーティーを抜け、あの街でのんびり暮らしていてはもらえないか?」

 

 コイツ、いきなり何言ってんだ。

 

「のんびり暮らすってのは大賛成だが、何勝手に引き離そうとしてんだよ。以前にも俺に似たようなこと言ったチンピラがいたが、アクアたちとパーティ組んで泣いて帰ってきたぞ。お前らにあいつらのフォローができるのかよ?」

 

「おや、確かとんぬら殿が、ダスティネス卿らを見事に指揮して、上位悪魔を撃退したと話に聞いておりますが」

 

 っ……!

 

「それに今回の戦闘のように、集団でフォローすればいいのだ。一つの事に秀でた彼女たちの力は、大規模な集団戦でこそ生かされる。そして貴様は彼女たちのように、誰にも負けない特技はあるのか? ……まあ、考えておくことだ。もっとも、貴様がミツルギ殿やとんぬら殿以上の能力を発揮できるというのなら、こんな話は鼻で笑ってもらっても良いのだがな」

 

 わかってるさ! 自業自得だよ!

 もういい、これ以上こんな城に居られるか、俺は宿に帰るぞ!

 ……いや、その前に、一応。

 

「そのことは置いといて、そろそろとんぬらを解放してやったらどうなんだ? あいつは俺とは違ってあまり長い事城にいるのはごめんだって最初から言ってただろ。とんぬらにも『アクセル』での暮らしってのがあるんだぞ」

 

「貴様の言えたことではないな」

 

「お前の言えることでもないだろ。もう義賊のパチもんは捕まったんだし、これ以上無理強いさせる理由はないはずだぞ」

 

「これは国の為だ。彼を野に置いておくには惜しい。それにこれだけ有名となられてしまったのだ。今更、辞退されては、せっかく初めてその慧眼で人材を勧誘なされたアイリス様に不名誉な傷がついてしまう。これは何としてでも、正式に宮廷道化師の任を受けてもらうのが最良だ」

 

「ふざけんな! アイリスだってそんな無理やりやらせるのはイヤに決まってんだろ! そんなのお前らの都合で」

「そんなことよりも」

 

 掴み掛かったこちらを突き飛ばし、拒絶感の強い言葉でクレアは言う。

 

「貴様には、明日中に王都から出て行ってもらう。この王都に、貴様の力は必要ない。無理に居座るとでもいうのなら、力尽くで追い出してやる。まあ、今日のところはパーティーに参加すると良い。……参加できるだけの資格があると思えるのならな?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 そこからの道中は覚えてない。

 泣き喚きながら、周囲に当たり散らしながら、宿を取った部屋にひとり帰った。

 

「悔しいっ! 何だあの女、最後の最後まで嫌味言いやがって! いや、俺も悪かったけど! むしろ、俺が悪かったんだけどさ!! けど、あいつも勝手過ぎんだろ!!」

 

 ひとりになったせいか、疎外感を強く覚える。

 これまでは、早くあの問題児を放り出して、まともなパーティに入りたいと思っていたはずなのに、ミツルギのパーティに行ってしまうなどと考えると、何故か不安になる……

 それにとんぬらの勧誘云々についてこっちだって欲しがった時は有ったのだから口出しできる資格なんてないのにそれを棚に上げて非難してしまった……

 結局、聞き入れてもらえるだけの実力もないけど。

 クソ、もう知るか! 『アクセル』に帰って、これまでの討伐賞金とバニルからの報酬で遊んで暮らしてやる!

 街に帰ったらまず何をしようか。

 遊んで暮らすと言っても、毎日寝てばかりじゃ流石に飽きが来るし、この世界にはゲームもパソコンもない。

 いや、そう言えばこの前、紅魔の里からゲーム機持って帰ってきたっけ。よし、これでクーラの効いた部屋で毎日ゲーム三昧……いや、クーラはアクアが壊しちまったんだよな。本当に、あいつは……これじゃあ、引き籠りができないじゃねぇか……

 

 いや……前の世界みたいな……あんな真似は二度としたくない、って……

 そうだよ……本当、とんぬらには借りを作りっ放しだし、アイリスとももっと遊びたかったなあ……

 

 と、後悔に、それに諦めきれない何かにベッドの上で悶々としていたその時だった。

 部屋の窓が外からコツコツと叩かれる。

 ――窓の外を見ると、銀色の髪の盗賊娘が事も無げに二階の窓枠の縁に立っていた。

 そういえば、死後の世界でエリス様に頼まれごとがあった……

 

「やあ。今夜のパーティーにお誘いに来たんだけど、ちょっとお話をさせてもらってもいいかな?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 アクアは褒美にもらった高級酒に夢中、

 ダクネスは貴族たちからひっきりなしに賛辞を受け、

 めぐみんは、ゆんゆんと一緒にいて、周りを魔法使い職と思しき人たちに囲まれている。あとミツルギも取り巻きの女性ファンを笑顔で応対中。

 

「さあ、さあ! レインボー・パルプンテ・カクテルの完成だ!」

 

 そして、とんぬらは、前回と同じように宮廷道化師としてバーテンダーの腕を振るっていた。

 先日の晩餐会とは違い、今日は一般の冒険者たちも参加している戦勝祝いで、王族や一部の上流貴族と共に特別なテーブル席について歓談していた。

 クレアより今日は賓客として参加なされたらどうかと誘われたが辞退した。楽しむよりも楽しませる方が性に合っているし、今夜のこともある。

 流石にそれを手伝わせるのは如何なものなので、ゆんゆんの方はパーティーに参加させた。最初は『とんぬらと同じが良い』と言って勧めても聞かない様子であったが、『ゆんゆんのメイド姿を俺以外に見られたくないんだ』と囁いたら快諾してくれた。横で会話を聞いていためぐみんからシラッとした目で見られたが。

 

「私にも何かひとついただけませんか?」

 

 主に黒髪黒目な冒険者を相手にしていて、不意に客足が途絶えたかと思ったら、カウンターに第一王女様。傍には近衛騎士が会話の邪魔にならない程度の距離感でついていて、人払いをさせている。

 

「姫さん、強権を働かせてお客様を退かせてしまうのは如何なものかね?」

 

「あなたは、働き過ぎなのはどうかと思いますけど。それに他の方が仕事を取られたと困ってしまいます」

 

「なるほど。それは気づかなかった」

 

 うむ、余計な邪魔が入らぬよう冒険者たちを酔い潰しておこうと画策してたから張り切っていた。

 とんぬらとしては、ここで一番の難関を酔わせたいところだが、アイリスは十二歳、未成年である。王族なのだからお酒の嗜みもしているだろうが、それで度数の高いのを出してしまえば、保護者の方からチェックが入るだろう。

 ここは先日のめぐみんと同様に注文に応じるとする。

 ノンアルコールカクテル・シンデレラを前に置くと、アイリスはそれを受け取り、ちびりと飲む。それから頬を綻ばせて、またちびりと飲む。何だか小猫にミルクを与えたときのように和む光景である。

 しかし、その表情が唐突に曇った。

 

「どうしたんです、姫さん。浮かない顔してますが」

 

「その……。お兄様が、パーティーに参加しておられないようでしたから……これは、嫌気がさしてしまわれたのかと……」

 

 思わず、とんぬらは鼻で笑ってしまった。

 すると、それに不機嫌そうにアイリスはむっとこちらを見て、

 

「何ですか、笑って。私は真剣に悩んでいるんですよ」

 

「ああ、それはわかっている。だが、天が落ちてくるのを心配すると同じ。人それを杞憂というが、姫さんの悩み事はそんなものだ」

 

 何てことはないように軽口を叩いて、

 

「いい加減でお調子者で、楽ばかりしようとする。クズマ、カスマと悪名高い。けど、兄ちゃんは不思議と何とかしてくれるではないかとそう思わせてくれる男ではある。それに最近分かったことだが、随分と妹に甘いようだ」

 

「そうですか……!」

 

 はにかむアイリス。

 何かとお兄様が城にいてくれるよう手を尽くしても、クレアらからあまり付き合うのは良くないと言われ、上手くいかなかった彼女には、その衒いのない称賛は自身の事のように嬉しいものであったのか。

 まったく周囲が妬けてしまうのも無理はない。

 

「……それで、あなたは、どうなのですか?」

 

「どうとは?」

 

 わかるがあえてわからないふりをする。

 

「正式に、宮廷道化師となるつもりはありませんか?」

 

「ない」

 

 無礼な返しにも、アイリスは特に憤慨した様子もない。彼女からしてもこの問答はする前から分かり切っていたものなのだろう。

 

「あなたも去るのですね」

 

「ああ。そのつもりだ。……で、姫さんは俺の名前をご在知でしょうか?」

 

 丁寧口調で問いかければ、あっさりとこくんと首を縦に振られる。

 

「知っていますけど、それが?」

 

「いい加減にあなたなどと他人行儀な呼び方はどうかと思いますが」

 

 そう、この第一王女は、一度もけして、“とんぬら”と呼んだことがなかったりする。そして、とんぬらはその理由は薄々と察してはいる。

 

「ええ、わかっていますけど、私にはあなたを呼びたい呼び方があるのです」

 

 でもそれはあまり人前、この城内で口にするわけにはいかないから我慢しているのです、と暗に文句を言われたようで。

 アイリスはやや脅しめいた密やかな声で、

 

「今からでも、そう呼んでも構いませんか?」

 

「ひとつ助言させてもらおう。世の中には謎のままにしておいた方が良い事もあります」

 

 ふっと笑い、この胸の裡に収めてくれたせめてもの礼とばかりに、とんぬらは宣戦布告する。

 

「ですが、今宵、心のしこりを解消するための再戦の機会を設けましょう」

 

「っ、それは……!」

 

 近衛兵にも聞こえぬ小声で告げれば、お転婆なお姫様はたちまち目を輝かせる。

 

「それで、こちらが勝てば、ひとつの無礼を許してもらいましょう。もしも負ければ悔い改めて配下の末席にでも加わりましょうか」

 

「いいですよ。勝ち逃げなんてさせませんから!」

 

 こうして、怪盗と王女の密約は成ったのであった。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 ジャミラス:ドラクエⅥに登場するボスモンスター。演説が有名。カリスマ性はあるのだが、演説好きで話が長いので部下たちからは尊敬されつつも少しうんざりされている。

 

 マホカトール:ダイの大冒険に出てくる破邪魔法。五芒星の魔法陣を描いてモンスターを狂化させる魔王の放つ邪気を祓う。賢者のみしか使えない設定であるも、使ったのは勇者と大魔導師。おそらく賢者の資質さえあれば使える。

 

 ラジカルストーム:ドラクエⅧのチームモンスターの必殺技。ブリザードやフレイムだけでスカウト構成すると発動する。味方全体に攻撃呪文を軽減するマジックバリアとブレス攻撃を軽減するフバーハをかける。

 

 荒神の舞:踊り子の必殺技。味方全体の力を溜める(テンション)を一段階から四段階のスーパーハイテンションまでランダムで上昇させる。

 

 精霊の祭:連携特技のひとつ。『ハッスルダンス』と『精霊の歌』を同時に行使すると発動する合わせ技で、味方全体を状態異常も治癒して完全回復させる。

 

 

 IF:もしもマクスがもっと早く帰ってきたら。

 

 

「――マクスよ! この場にいるもの皆殺し、ワシに都合の良いように全てを捻じ曲げろ!」

 

 契約者アルダープの命に、マクス――地獄の公爵のひとりにして、真理を捻じ曲げる悪魔マクスウェルは、その本性を解放した。

 赤子の思考に、世界を玩具にするほどの力。そして、正体を知らぬ愚か者に、壊れた悪魔は破滅を乞われた。

 

「ヒューッ……! わかったよ、アルダープ。()()()()()()()()()にしてしまえばいいんだね?」

 

 マクスウェルは、ケタケタと壊れた笑みを上げながら、足元の影を広げて、地獄を顕現させた。この土地に何年と根付いて溜め込んできた欲望を具現化させたような歪な、見るだけで正気を失ってしまいそうな異形の魔物が跋扈する世界。

 まず、マクスウェルは、邪魔な天敵である水の女神アクアを、真実を捻じ曲げる力を使って、“いなかったこと”にした。と言っても、消したのではなく、ここから『ランダムテレポート』のように何処へ飛ばしたのだ。

 それから眷属を暴れさせて、それに『鎧の魔剣』を纏ったダクネスが盾となり、宮廷魔導士のレインとその騎士団が勇敢に戦う。

 眷属は飛び散った血肉を触媒に新たに再召喚するので倒しても倒しても数は減ることなく、最終的にはめぐみんの爆裂魔法で血肉を残さずに消し飛ばした。

 しかし、それで倒したのは眷属のみ。

 アクアから最上位の神聖魔法を喰らってダメージを負っていたマクスウェルだが、眷属を戦わせている間に魔力を回復させて、再度、真理を歪ます力を振るおうとした。

 対抗できる女神がいない以上、今度こそ“なかったこと”にされてしまう。

 

 その未来を予見して、少年は決意する。

 

「我が名は、とんぬら。マクスウェル。お前に引導を渡す者だ」

 

「……? まだ僕の邪魔をする気でいるのかい? ダメだよそれは。僕はこれを叶えたら、アルダープから代価をもらえるんだ! そう、ずっとずっとずっと一緒に……! ヒューッ、ヒューッ、ヒューッ、ヒューッ!!」

 

「……我が師を狂わせた貴様に教えよう。地獄の公爵だろうが何者にも侵せぬものがこの世界にはあり、そして、貴様がこれより滅される要因はその逆鱗に触れたことだとその足りない頭に良く刻み付けておけ」

 

 『銀のタロット』は、取り出さない――そう、運任せに引き抜くのではなく、これより自分の手でカードを創り出す。

 とんぬらの隣、そこに突然、吹雪の竜巻が起こり、全身甲冑姿の武者が現れる。その純白の精霊王は、礼を払わぬ者には死の災厄に等しき超級モンスター『冬将軍』。

 その馳せ参じた冬の化身が契約者の前に膝をついて頭を下げると、カードとなりて鉄扇に挟まる。

 

「降りかかる天災、『(ザ・タワー)』!」

 

 次に首にかけているその瞳と同色の青いアクセサリ。

 人間の中で最も優秀である最高司祭の師より譲られた『水のアミュレット』。それを強制変化『モシャサス』で、カードに変える。

 

「母なる水をもたらす女神、『(ザ・スター)』!」

 

 二枚目のカードを鉄扇に挟んで、最後は自らの仮面に手をかける。

 

「そして――お前に相応しいカードは決まったっ!!」

 

 仮面が、外れた。否、外し、そして、それをもカードに変えた。

 それは、ドラゴンのシルエットと二本の剣が交差するカード――それは普通のタロットにあって、『銀のタロット』にはなかった、そう絶対に引いてはならないと除かれた最後のカード。

 

「この素晴らしい世界に祝福を! 『世界(ザ・ワールド)』!」

 

 ここに、これまでの集大成を完成させる。

 ついに初代にすら成し得なかった極みに達した奇跡魔法『パルプンテ』。それと合わせるのは、変化魔法『モシャス』ではなく、全身全霊を賭して、最強の理想像になる究極変身魔法『エボルシャス』。

 三枚セットした鉄扇(つえ)を自らの胸に突き立てて、虹色の輝きを解き放つ。

 

 

「ここに全てを賭そう! 更なる深淵へと我を誘え、『(マスター)・ドラゴラム』――ッッ!!!」

 

 

 ………

 ………

 ………

 

 神々と世界の終末を賭けて争うレベルの公爵級の最上位悪魔。

 魔王などよりも格上の存在を、その神の位にまで届いたマスタードラゴンは、そのブレスで顕現した地獄ごと一掃した。

 話には聞いたが、神も悪魔も恐れる竜の力を思い知ったカズマは、遅れてきた勝利の余韻にやっと息を止めていた呼吸を思い出す。

 

「とんぬら……ったく、無茶しやがって。本気で心配しただろ」

 

 最上位竜種から、元の人の姿に戻った、仮面の外れた少年にもはや驚きを通り越して呆れ果ててしまう。

 

「にしても、あんなバニルと同クラスの大悪魔を倒しちまうなんて……魔王なんて余裕なんじゃ……」

 

「あ……」

 

 めぐみんが膝をつく。大きく目を開いたまま、わなわなと震える。

 

「おい? どうしためぐみん」

 

「う……」

 

「……もしかして、腰を抜かして動けないのか?」

 

「っ!」

 

 からかうように言ったら、杖で思い切り叩かれた。

 

「イテッ、イテッ、だから杖で殴るなイテェ――」

 

 そんなやりとりをする二人のもとへ、とんぬらは歩み寄ろうとして、途中で膝をついた。

 

「とんぬらッ!! あぐ――」

 

 それを見てめぐみんは杖を投げ出して、とんぬらのところへ駆け寄ろうとするが足元がふらつき転んでしまう。

 

「………」

 

 とんぬらは、膝をついたまま、動かない。立ち上がるだけの体力もないのか、それとも……

 いやな予感に血相を変えて駆け付け、肩を貸そうとしたところで、こちらを制止するように彼は口を開いた。

 

「覚えているか、俺達が初めて出会った時のことを……」

 

「何言って……んな事よりも早く手当てを……! くそ、アクアはどこまで飛ばされたんだっ!」

 

「こうして目を閉じれば、まるで昨日のことのように思い浮かぶ」

 

「だから、今はンな話をしている場合じゃ――」

 

 そこで、佐藤和真は、気づいた。彼の肉体がハラリハラリと粉雪のように欠けていくことに。

 

「お……おい、お前、身体が……」

 

 ずるっと引き摺るその歩み。

 見れば……足が、白い粉となって溶けていた。

 

「――と……とん……ぬら?」

 

 めぐみんは、冷静な部分で理解した。いや、聡明な彼女は一目で直感的に察していた。

 

「不思議な男だ……。いい加減でお調子者で、楽ばかりしようとする……。だがな、何があっても何とかしてくれる……そう思わせてくれる……姫さんもそう言うところに惹かれたのだろうな」

 

 カズマも否が応にも理解させられる。

 

「サボりがちではあるが、日に日に冒険者として成長していくのが、いつしか楽しみになっていた。……一緒に、冒険してきたこと、楽しかった……。ああ……楽しかった……」

 

 あんな爆裂魔法以上に限界を超えて消耗するような絶技をして、人間の身に余るような力を使って、果たして何が代償として削ったのかを。

 あの力は、天賦の才を持つ者がすべてを投げ出して得た力なのだと。

 

「だから、焦るな。城で陰口を叩かれていたのを気にしていたようだが……兄ちゃんは立派な冒険者だ」

 

「とんぬら……」

 

 そう、彼は……もう……

 

「ウソ……です……とんぬら……こんなの……こんなの……」

 

「くくっ、めぐみんも、泣くことがあるのだな……」

 

「ふざけないでください! あなた、……ゆんゆん……ゆんゆんはどうするんですか!」

 

「……すまない。……めぐみん、ゆんゆんを……バカなことしないように……見守…ってやって…欲し……」

 

 勝手な男に、殴りかかってやりたかったが、それもできない。

 その身体がもう脆い雪の像のよう。少しの衝撃で壊れてしまう。

 

「なあ、もうダメなのか……」

 

「…………ああ、後は頼んだぜ、兄ちゃん――」

 

 そして――――

 

 

 ♢♢♢

 

 

 かつてこの異世界で人生をやり直させる際、見送った天使は言った。

 魔王討伐を果たせれば、世界を救った偉業に見合った贈り物として、どんな願いでも、たった一つだけ叶えてくれる、と。

 

「カズマ……あなた、何を……」

 

 めぐみんが困惑した目でこっちを見ている。

 当然だ。唯一残ったあいつの形見であるその仮面を拾い、それを自ら顔に嵌めたのだから。

 だが、サトウカズマではダメなのだ。

 他の誰よりも先に魔王を倒すには、王国からの支援が必要だ。

 そして、王国の支援を受けるには、何の力もない鍍金の剥がれかけている『冒険者』などではダメだ。そう、並み居る神器持ちの勇者候補よりも高い評価を受けているであろう宮廷道化師でなければ。

 

「俺は馬鹿だから間違っているんだろう。だけど、あいつを救えるんなら、できるだけのことはしてやりたいんだ」

 

 だから、この偽りの仮面を被る。

 

「めぐみん。とんぬらが逝ってしまったこと、誰にも言うな。この事は、俺達だけの秘密だ」

 

 幸い、今この場で意識があるのは自分たちだけ。

 めぐみんに口封じを頼むのは酷な事だとわかっているが、しかし、願いを叶えるにはこれが最善手なのだ。

 

「カズ、マ……?」

 

「違う。俺は、……いや」

 

 佐藤和真は死んだ。元々、日本では死んでいるのだ。ならば、それでいいだろう。

 

 

「我が名は、とんぬら。地獄の公爵を討ち取った宮廷道化師にして、魔王を倒し世界を救う者!」

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 お前に相応しいカード(ソイル)は決まった:FFUの黒き風の決めセリフのオマージュ。

 

 真ドラゴラム:ドラゴンクエストモンスターズ+に登場するドラゴラム系の呪文。古今東西あらゆるドラゴンに変化する……そうだが、それを伝授されたドラゴスライムが他のモンスターに配合されて、結局、披露されることは作中でなかったお蔵入りの魔法。

 マスタードラゴン:ドラクエⅥ→Ⅳ→Ⅴの天空シリーズでは、神様的存在。全知全能の竜。地獄の帝王を地の底に封印した。ただし、魔王は倒せない。

 ある設定では、伝説の魔法都市出身の究極魔法(マダンテ)を伝授しているドラクエⅥの

ヒロインなお気楽大魔導師が変身した姿(もしくは本当の身体)だとも言われている。




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