この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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連続投稿です。


63話

 夜の闇に包まれた王都、自分に変身させたプオーンを身代わりに置いて指定の場所、城壁で待機する。

 『盗賊王カンダタマスク』、頭隠して尻隠さずな頭部限定『潜伏』効果を持った覆面を被り、とんぬら改めカンダタは既に準備は万端に整えている。

 

 ふと、この前の一日一回の占いの結果を思い出す。

 タロット占いは正位置逆位置と向きによって、意味合いが反転してしまう。

 例えば、自身が引いた『悪魔の逆位置』は、“悪循環からの脱却”を意味するものだ。

 あの時、兄ちゃんに引いたのは、『死神の()位置』。それは、“挫折からの復活”を予見している。

 そして、姫さんの『塔』。あれは、どの向きであれ、この先の不幸を示すのだが、そこには“過去の清算”という隠れた意味合いを含んでいる。

 これまで塔のように積み上げてきたものが崩れる、つまりは、“新しい自分をやる転機”なのである。

 

 カンッ、と小さな音が聴こえた。

 

「ん?」

 

 門番のいる正門を避け、侵入経路に選んだこの城壁は三階分の高さがあり、身軽な盗賊でも無理がある。なので向こうから小石でも投げてそれを合図にロープを下して、手引きするはずであった。けれども、今のは小石ではなく、城壁の縁に掛った、先がフック状になったロープ付きの矢である。

 こちらの手助けなしに自力で侵入する……これは、クリス先輩の手口ではない。

 

(となると、先輩の言っていた応援か? 矢が扱えるところを見ると『アーチャー』か……)

 

 城壁から顔を出した下を覗けば、そこには口元を黒い布で覆った先輩と、弓を持ち全身黒ずくめで……何故かバイト先のマネージャーと同じデザインの、売れ筋商品である仮面をつけた男。

 

(あれって、まさか……)

 

 せっせとロープを登ろうとする二人を見て、カンダタも手伝おうとロープを引っ張り上げる。魔法使いらしからぬ腕力でもって、二人分の体重をこの三階分の高さのある城壁まで引っ張り上げる。

 

「……はあ……はあ……!」

「助かったよ、後輩君。ちゃんと待機場所に控えていて偉い偉い」

 

 息を切らす仮面の新入りと、余裕綽々なご様子の先輩。この先輩、見た目によらず結構ステータスが高いのではないかと睨んでいる。具体的には、アクア様にタメを張るくらいに。

 で、

 

「それで、この子があたしの新しい助手君。自己紹介の必要はないみたいだけど」

 

「うん。やっぱり、兄ちゃんか」

 

「その声は……とんぬらか!」

 

 初顔合わせとなる応援は、普通に顔見知りであった。これにはカンダタも驚いてつい変装時には変えている、素の声を出してしまった。

 サトウカズマ、職業『冒険者』で、様々なスキルを習得している。

 『アーチャー』の『狙撃』に暗視機能もある『千里眼』、『盗賊』系のスキルもこの義賊な先輩が教えている。初級魔法など小手先の技が得意であり、言ってみれば悪徳貴族専門の盗賊家業には便利な人材である。

 そして、神器の話を知っても悪用……しないはず。

 

「どうも初めましてと言っておこうか。怪盗のカンダタだ。呼ぶときは注意してくれ」

 

「おう、わかった。じゃあ、俺の事は兄貴とでも呼んでくれ」

 

「なんかそれだと俺の方が一応先輩なのに、下っ端みたいな扱いになるんだが。まあいいけど」

 

 まあ、年功序列的にもこの中では一番年下であり、盗賊をやる上で必要な運が最も下であるのでしょうがない。

 

「にしても、兄貴。今日のパーティー、姫さん、兄貴が来てくれないもんだから気にしてたぞ」

 

「あー……」

 

 ポリポリと頬を掻くのを見て、色々と事情があるのを察する。

 まあいい。こちらとも目を合わせられるようになっているし、その目の色も違っているように見える。きっと先輩からの話を聞いて、この第一王女からネックレスの神器を強奪するクエストに乗り気になっているのだろう。

 ならば、問題はあるまい。

 

「ま、こっちのパーティーには参加するみたいですし、夜更かししてるわるい王女様相手に遊んでやろうぜ」

 

 これは思わぬ隠し玉だとカンダタは悪い笑みを浮かべるのであった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 深夜零時過ぎ。

 城の部屋の明かりは消え、皆が寝静まっている。

 魔王軍に圧勝したことで浮かれ、兵士たちもこの日ばかりは警戒が緩くなっており、また魔王軍を圧倒した冒険者たちも宴でほとんど酔い潰れていて、盗み入るには絶好の好機。

 

『ここは暗視持ちの俺が先導した方が良さそうだな』

 

 と仮面の新入りが『千里眼』を働かせて先行し、

 

『お頭、大変です。扉に鍵が掛かってます』

『ここはあたしの出番だね。『解錠』スキルが輝く時だよ』

 

 と義賊の先輩が耳かきみたいな小道具で鍵穴を開け、

 

『っと、誰か来るな。『敵感知』に反応がある』

『ちょうどいい。あの見回りに化けさせてもらおうか』

 

 と覆面の子分が『潜伏』の援助をしてもらいながら素早く薬で昏倒させて兵士に化ける。

 ついでにひとつの“仕込み”も済ませておく。

 そうして、顔パスで移動しながら時に見回りの兵士と油断させて化け変えしては、順調に第一王女のいる最上階へ向かっていると、クリスが二人を制止する。

 

「ねぇ。できれば、この城の宝物庫に行っておきたいんだ。実はちょっと前に、王都に一つの古代呪文を封印したスクロールが流れ着いたみたいなんだ」

 

「古代呪文?」

 

「うん、後輩君の魔法と同じ、神器のようなものなんだけど、それがこの城にあるかもしれない。凄いお宝の気配がするしね」

 

 だから、お城に忍び込めたこの機会に、寄り道をさせてほしいと。

 

「地図を送りましたが、宝物庫は二階です。この階段を登ってすぐのとこにありますが……」

 

「強力な結界が張られ、罠も仕掛けられているんだよな……」

 

「それなら大丈夫。あたしにはちゃんと用意があるから」

 

 自信満々に言うクリスを信じて、宝物庫へと。

 入口に立たされている見張り二人をこれまでと同じ通りの手順で昏倒させるも、宝物庫の入口には、強力な結界が張られている。それは魔力探知に優れた紅魔族はもちろん、大した魔力素養のないカズマですら視認できるほど。

 これを解くには、『アークプリースト』でもないと無理だろう。

 と、クリスは下っ端二人にへっへーんと(薄い)胸を張って、その魔道具を取り出してみせる。

 

「それ、確かこの前のチャゴスの屋敷で拝借……」

 

「そう、本来魔族だけが扱っている魔道具で、その名も『結界殺し』」

 

 魔王軍幹部シルビアが用意していた『結界殺し』を、紅魔族は回収しており、構造を解析して今では新たな特産品のひとつとして売り出している。

 クリスがその『結界殺し』を結界に当てると、パキンと軽い音がして結界はあっさりと解かれた。

 

「後は、罠に気を付けるだけか」

 

「そういうこと。そして、この先は罠が多いから」

 

「わかりました。二人とは違って『罠発見』や『罠解除』スキルのない俺はここで見張っておきますよ」

 

 カンダタが見張りらにも仕込みをしながら宝物庫の前で待機。クリスとカズマはライターの明かりを頼りに神器の捜索に中へと入った。

 

 ………。

 

 その五分後、けたたましい警報が城内に鳴り響いた。

 

 

「何をしているんですか、二人は!」

「あたしじゃないよ! 助手君が!」

「クソ、なんて恐ろしいトラップだ! この俺が引っかかるなんて……!」

 

 宝物庫内にあった『お宝本』をつい反射的に手に取ってしまった。

 一応は、宝物庫内に目当ての神器はなかったようだが、城内の部屋に明かりが灯り、あちこちから兵士が飛び出してきた。これでは、最上階に行くどころではない。

 

「助手君、キミにはあとで色々と話があるよ! キミってばフリーダム過ぎるだろう!!」

「お頭、今は喧嘩している場合じゃありません、ここは切り抜ける方法を考えないと!」

「それはそうなんだけど、キミが言うなよお!」

「とにかく、先輩。どうします? ここで逃げますか? この騒ぎじゃ結構キツいですよ」

「そうだね、ちょっと無理がある。今夜は引き揚げるとしよう!」

 

 クリスの提案に、カズマが待ったをかけた。

 

「いや待ってくれ、俺的には今日の間に何とかしたい! 明日には王都を追い出されるんだよ!」

「そ、そう言われても……。『盗賊』と『冒険者』は真っ向からの戦闘に向いてないし、後輩君がいるけど、目立つ魔法なんてさせられないよ! それにキミってば、そんなに頑張るタイプの人だっけ?」

 

 言われて、カズマは押し黙った。

 それはクリスに指摘されるまで気づかなかったのだろう。

 熱血キャラでもなければ、選ばれた勇者でもない。自分本位の人間で、なのになぜ、犯罪行為をしてまで他人のために動こうとするのか。

 この場で撤退策に反対するのはきっとその当人にも無意識な、迷いの表れだろう。

 その明確な答えを出す前に、カンダタが動いた。

 

「先輩、俺も今日の内にケリをつけておきたいんで、兄貴に賛成一票」

「後輩君まで……! ちょっと皆冷静になろうよ! ここで捕まらなければ、あたしがひとりでも時間をかけて必ず何とかするから!」

「いいや、今日を置いてチャンスはない。ここで離れたら名誉挽回の機会は訪れない。男になるチャンスは、いつだってたった一度きりだぜ」

 

 カンダタの言葉に、ピクリと俯いたカズマの肩が跳ねる。

 その反応を見て取り、何かを思案するように一瞬遠い目になったカンダタは、鼻を鳴らし、尻を蹴っ飛ばすように言った。

 

「兵士の攪乱は俺がやってこよう。――だから、兄ちゃん、ここまで来たんだ、いい加減に本気を出せ」

 

 そして、怪盗は別行動へと入る前に、先輩の義賊へ背中を見せながら、場違いなほど平然とした声で、

 

「ああそうだ、先輩。ひとつ確認するが」

 

「なにかな、後輩君」

 

「これから攪乱するが――別に警備を壊滅させてきても良いだろうか?」

 

 そんなとんでもなく強気な発言が口から飛び出してきた。

 それにまったくもう……と大きく溜息を吐いたクリスは、悪戯好きそうな笑みを浮かべて、

 

「もう、あたしを驚かせられるんならやってみせてよ、後輩君」

 

「よし。じゃあ、期待に応えてくるとしようか」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「――あっちだ、侵入者はあっちに逃げたぞ!」

「侵入者は二人だ! しかもありゃ少年だぞ!」

「目的がわからんが、これ以上先に行かせるな!」

「『覆面だ! 侵入者は覆面をつけている!』」

 

 兵士たちの罵声が飛び交う城内。

 

「あそこにいたぞ! 怪しい覆面の二人組!」

「なに! 本当だ! よし、逃げられないように囲め!」

 

「ま、待ってくれ! 違う! 侵入者じゃない!」

「そうだ! 俺達は不意打ちされて、こいつを被せられたんだ!」

 

 発見した不審者は、二人そろって同じ覆面をつけていた。

 それは変わり身する際に同じ覆面を被せ、脱げないように“仕込み”をした兵士。『盗賊王カンダタマスク』は、顔だけしか隠さないが、その人相に認識阻害をかけるので、誰だかわからなくさせてしまう。強制没個性の魔道具なのである。

 

「『おい! 向こうにも覆面を付けたのがいるぞ!』」

「どうなってる!? あっちもこっちも覆面だらけだ!?」

「付けられたなら取り外せばいいだろ!」

「それが外れないんだ!」

「『まさか、何か呪いでもかけられているのか!?』」

「クソッ、だったら切って……!」

「や、止めてくれ!? 危ないだろ! 刃を向けるな!」

「『そんなことよりもだ!』」

 

 別に呪いなど掛っていない。きつくマスク紐を結んでいるだけ。そして、それは『おかしな薬』で未だ酩酊中の兵士の震える指先では剝がせない。それに少しの扇動で、覆面どころの事態ではないと焦らせる。

 

「『賊が城内にいることは確かなんだ! 二人一組(ツーマンセル)で行動しよう! 向こうも二人だ、同数ならば俺達が後れを取るまい』」

「そうだな。たかが賊に好き放題されてたまるか!」

「曲者共め、この城に入ってきたことを後悔させてやる!」

 

 そして……

 

「『おい、あそこに!』」

「なに!」

「『おバカさんが鏡に映っているな』」

 

 二人一組で行動しながら、人狼ゲームが如く、ペアとなった相手をマンハントしていき、それにおかしな薬を内側に入れてある覆面を被せる。何食わぬ顔でこれを繰り返していき、七色の声真似で扇動し、やがて兵士のうち三人にひとりの割合で覆面着用となったところで、用意していた覆面は品切れとなった。

 

「被害が増えているし、覆面の数が増えているぞ!」

「『なあ、これ。……覆面している中に混じっているんじゃないか?』」

「っ!? ま、待てっ! 俺は違うぞ!」

「賊は覆面をつけているという話だったよな?」

「ああ、だが、こうも多くては見分けがつかないぞ」

 

 獅子身中の虫が大暴れである。

 そして、頃合いを見て、覆面に変化魔法をかけて別人に成りすます。これまで多様な変身系の魔法を扱ってきて熟練度は上がり、姿形(かわ)だけなら無詠唱でもできるようになっている。そうして、覆面組から離脱したカンダタは進言する。

 

「『ここは、これ以上被害が増えないよう覆面をつけている兵士は隔離しておくべきではないか』」

「俺は賊じゃない! 信じてくれ!」

「……これ以上の混乱は避けるべきだ。覆面をつけている奴らは皆、薬にやられたのかふらついている。戦力としても使い物にならない」

「『では、隊長。ここはクレア様に一度ご報告を』」

「うむ。そうだな。よし、覆面をつけていない者は覆面をつけている兵士を大広間に集めておけ。もし抵抗するようなら、それは賊とみなす。いいな!」

「はっ!」

「『隊長、どこに賊が潜んでいるかわかりません。私もお供します!』」

「おお、そうか。では、ついてきてくれ」

 

 ………

 ………

 ………

 

「……と、これでだいぶ減らしたはずだ」

 

 覆面ではないと安心していた隊長格の兵士を道中で仕留めて、成り変わるとカンダタは改めて最上階へと向かう。

 すると、

 

 

「フハハハハハハ! 絶好調! 絶好調!! なんか知らんが絶好調だ! 今夜は俺の本気を見せてやる!」

「じょ、助手君!? さっきから様子が変だよ!? どうしちゃったのさ!?」

 

 

 本気を出したサトウカズマが、兵士たち相手に大立ち回りを演じていた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「お頭! 最上階への階段は、そこの角を右ですぜ!」

「う、うん、わかった! そ、それより助手君? なんだかいつもと雰囲気が……。口調も変だし、どうしたの?」

 

 いや、本当、あれはなんだ?

 投降したかに見せて、あの中で一番上の騎士団長に自然に握手。そこから『ドレインタッチ』でものの数秒で体力を吸い尽してみせた。騎士団長を瞬殺である。

 

(あの仮面を見て思い出したが、バニルマネージャーも満月の夜になるとやけに荒ぶるんだよな……)

 

 その主な被害者な隣人として、今の漲りまくっている兄ちゃんに戸惑う先輩の気持ちもわからなくもない。

 そして、こちらよりも警備兵はてんやわんやと大慌てでパニくっている。

 

「賊だあっ! 凄腕の賊が侵入中だ! 腕利きの冒険者たちを呼び集めろ!」

「いいか、決して単独では手を出すな! 相手は恐ろしく凄腕だ、今のところはこちらに死者を出すつもりはないようだが、それでも決して油断はするな!」

「騎士団長、どうかこちらへ! 安全な場所に避難してください!」

「だ、だが、あの仮面の男を、これ以上進ませるわけには……っ!」

「早く応援を! 他の隊から救援はまだ来ないのか!」

 

「オラオラ、銀髪盗賊団のお通りだ! 痛い目に遭いたくなければ道を空けろ!」

「助手君、いつの間にか名前が決まったの!? 大事になってきたし、もうキミがお頭でいいから、仮面盗賊団とかに……!」

「仮面盗賊団は却下です。俺が主犯格みたいで嫌ですよ」

「あたしだって主犯格として扱われるのは嫌だよ! こんなに大々的に名前を売る気なんてなかったのに、今度、下手したら、銀髪ってだけで目を付けられちゃうじゃんか! ああもうっ、後輩君、早く来てーっ! 助手君を止めてーっ!」

 

 先輩、南無。

 いやあ、いつでも助けに入れるように兵士に紛れているのだが、今の兄ちゃんには近づきたくない。

 

「騎士や兵士は『盗賊』スキル持ちの相手と相性が悪い! どうにかならんのか!?」

「本来なら消費魔力の高い『バインド』は、連発できるようなスキルではないはずなのですが……! ヤツは、大量のマナタイトでも持ち歩いているのでは……!?」

「だが、マナタイトを取り出す様子も見えないぞ!? となると……」

「あの賊は、紅魔族に匹敵するほどの凄まじい魔力の持ち主なのでは……!」

 

 攻撃しても、『モンク』の『自動回避』で躱され、『盗賊』の『逃走』で戦線離脱。仕切り直しに『潜伏』で身を潜めてから、『クリエイト・アース』と『ウインドブレス』のコンボで目潰ししたり、『クリエイト・ウォーター』と『フリーズ』のコンボで転ばせたりして隙をつくり、『バインド』で縛る。最後は『ドレインタッチ』で無力化すると同時に消耗した魔力を補充する。

 何だこの永久機関は。兵士たちが恐れおののくのもわからなくはない。

 『拘束』スキル『バインド』は魔力消費が大きいのだが、『ドレインタッチ』で相手が倒れるまで魔力を奪っていくので、プラスマイナスゼロである。そして、『自動回避』と『逃走』の併用は、()()()()()()あと一歩のところで逃してしまうような厄介さだ。この城の兵士ではとても捕まえられない。

 

 ただし、それは、“一対一”という状況を延々と繰り返しているからだ。

 

「っていうかキミ、さっきから使ってるそのスキルは何!?」

「これは俺の必殺技です。必殺技なので詳細は秘密です。そんなことより、相手が魔法を使ってきたら流石の俺も防げませんので……。って、言ってる傍から魔法使い風のヤツが来ました、任せますよお頭!」

「任されたよ! そっちは、あたしのスキルで……って! ちょっと数が多いよ!?」

 

 個人を対象とするスキルしかない『盗賊』は、集団戦となると弱い。

 囲まれて、一斉に襲い掛かられてしまえば、戦闘力はあまり高くないためやられてしまう。実際、雑魚モンスターのコボルトに袋叩きにあって殺されてしまっている。

 だから、相性のいい騎士兵士ではない、ローブ姿の魔道兵の複数人の部隊が参戦してきたとき、クリス先輩は焦った。

 

「ッ、『スキルバインド』――!」

 

 ひとりは『スキルバインド』で封じ込めても、残りの魔道兵が魔法を撃つ。逃げ場のない一斉掃射をやられればこちらも避けきれない!

 その時。

 魔道兵が魔法を唱えるよりも早く、ひとりの兵士が割って入る。それは兵隊長に変装したカンダタであり、音もなく床を蹴り、跳ぶのではなく、滑るように先輩と兄貴の盾となるように前に立ち、杖も何もない無手を突き出す。ちょうどパントマイムで壁を作るように。

 

(火球に暴風は、ない。室内でその魔法は二次被害を出す可能性が高い。城を傷つけるのは彼らも望まないだろう。この場合のマニュアルは、最速の魔法である雷撃系に決まっている)

 

 予想通り。

 

「「「「『ライトニング』ッ!」」」」

「『クリエイト・ウォーター』!」

 

 ひとりの魔道兵はスキル封じを食らい不発だったが、残る四人の魔道兵から稲光が伸びて兵隊長に化けているカンダタをたたいた。

 

『なっ!?』

 

 最初は、味方を撃ってしまったと慌てるも、すぐその変装は破られる。そして、驚きは更なる戦慄に塗り替えられる。

 

「『マホプラウス』!」

 

 兵隊長に偽装した覆面の賊が、雷撃で倒れることはなかった。魔導兵たちから放たれた雷光が、固形物になったように囚われて凝固したのだ。その『アークプリースト』の師が使う『リフレクト』の反射壁魔法のように展開された水膜に。網にかかったように魔法の雷撃が、初級水魔法で掌握されたのだ。

 

「お返ししよう――『ウォーター・ライトニング』ッ!」

 

 ばかりか、こちらの魔法と己の魔法を錬成させて、投げ返した。

 

 『錬金術』スキルの他人の魔法を錬成する『マホプラウス』という技法。それは、『メドローア』という共同作業で放つ合体魔法での経験を得て思いついたシステム外スキルだ。

 詠唱を必要としない中級魔法までならば、読みを当てられれば、その卓越した魔法制御力で流れを掌握し、己の魔法に取り込むという、魔道兵が絶句するほどの離れ業である。

 

「俺と術比べをしたければ、まずは上級魔法を習得してからにするんだな」

 

 稲妻が奔る水流が、魔道兵たちへと返されて、その実力差を思い知らされると共に彼らは意識を失った。

 

「――カンダタキッド。銀髪の親分と仮面の兄貴の露払いなる怪盗さ」

 

 それから、ちゃっかりと最も矢面に立たない覆面の子分というポジションを確立するのであった。

 

 

「では、参りましょう、銀髪の親分」

 

「助かったんだけど、後輩君も!? ねぇ、後輩君もなの!? もう銀髪盗賊団に決定しちゃってるの!?」

 

「何を仰いますか、一番偉いのは銀髪の親分ではないですか?」

 

「そうだよ、そうなんだけど! あたしはもっと慎ましくね? だいだい後輩君が一番強いんじゃないこれ?」

 

 警備隊の三分の一以上を機能させなくさせてきた覆面の子分はふるふると首を振り、

 

「いえいえ、(わたくし)めはお二人には到底運が及びませんので。ジャンケンやったら負ける自信があります」

 

「女の子を前に出させるのはどうかなーと思うよ?」

 

「いやいや、兵に紛れ込んでいた時、暴れているのは少年の二人組だと聞いていましたよ」

 

「……ねぇ、後輩君、あたしって口元を隠してるだけなんだけど、そんなに男の子っぽいの?」

 

「言いにくいんですが、おそらく原因は先輩のスレンダーなボディのせいでしょう」

 

 忌憚のない意見に、目に見えて落ち込みだす先輩。そこへさらに追い打ちをかけるように、

 

「正直に言いまして、巨乳の女悪魔が暴れて銀髪の義賊は実は女性説が広まったんですが、そのせいでというかなんというか、おかげで、今の先輩は何故か義賊に憧れてコスプレする模倣犯の男の子みたいな扱いになっています」

 

「ちょっとぉ! あたしが本物なんだよ! どうして、こっちの方がニセモノ扱いにされないといけないのさ! しかも悪魔に! きっちりとメッしたんでしょ後輩君!」

 

「人の印象というのは一日かそこらで変わりませんって。ここは一発、ド派手なことをやって、我こそが本物の銀髪の義賊なり! と世に知らしめてやりましょうとも」

 

「……でも、今、あたしほとんど活躍してない気がするんだけど」

 

「自信を持ってくださいって! そもそも盗賊団は脳筋ではないでしょう? 国の指導者は一番強い者がトップに立っているわけではないよう……部下をまとめるカリスマ性、周りに舐められない程度の実力、後はそれなりに知恵が回れば十分。特に親分にはカリスマ性というのが最も重要です」

 

「今の君達を見てると、とてもまとめられているとは思えないけどね」

 

 そうこう会話をしている内に、魔道兵がやられて、慌てふためいた兵士らを『バインド』と『ドレインタッチ』で無力化してきた仮面の兄貴が帰ってきた。

 

「よっ、兄貴。随分と絶好調のようだな」

 

「ああ、本気を出したんだよ」

 

 そう不敵に笑む彼からはどうやら自信が戻ってきているようだ。

 

「粗方行動不能にしてきたので、こちらにすぐ増援は出せる余裕はないはず。今が最上階に行くチャンスですよ、銀髪の親分」

 

「部下たちが優秀で嬉しい限りだよまったく! これはちょっとあたしも頑張らないとね!」

 

 これまで強く安全策を主張していたクリスも強気な笑みが伝染しはじめ、ポケットから金属製の細いワイヤーを取り出す。

 

「『ワイヤートラップ』! 『ワイヤートラップ』! 『ワイヤートラップ』ッッッ!」

 

 投じられた幾本ものワイヤーは、壁に触れるや否や、鉄条網のようにピンと張った。

 追手が来れないよう階段の入口を蜘蛛の巣上にワイヤーを張り巡らせて通れないようにする。

 

「よし、これでしばらくは誰も通れないね! さあ、あとは……!」

「――あとは君達を捕らえ、侵入した目的を聞き出すだけだね。……君達は何者だ? 街で噂の義賊なのかい?」

 

 と一息安堵したところで声をかけられる。

 

「へっ、こいつらを捕まえりゃ俺達の名を轟かせるのに良い大手柄になるんじゃねぇか」

「油断すんじゃないよ。王城の兵士を相手にここまで圧倒しているんだから」

「はっ! 噂されてたが、結局、上位悪魔ってのはデマなんだ。なら、問題ないだろ」

 

 冒険者格付けランキング三位である、完全武装の魔剣の勇者。そして、一組の冒険者パーティー。

 大柄で、鼻に大きなひっかき傷を持つ男と、綺麗だが、鋭い目つきの気が強そうな女。それに後方に斧を肩に担いだ男がまたひとり。

 それはかつて駆け出し冒険者の街で、ミツルギのパーティーと共にかなり名の売れていた冒険者グループ。今はこの激戦区の王都に拠点を移した大剣使いのレックス、長槍使いのソフィ、戦斧使いのテリーの全員が前衛職の脳筋パーティーだ。

 そして……。

 

「自分たちで退路を断つとはな。侵入者共め、もはや逃げられないと思え!」

 

 そう宣言するのは、険しい顔をした第一王女の側近、護衛騎士のクレアと宮廷魔導士のレイン。

 さらには遠巻きにこちらを見守る、というよりは観戦する貴族と共に、多数の騎士と魔道兵がそこにいた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ここにいる四人の冒険者以外は全員酔い潰れて使い物にならないが、今ここに集められるだけの城内戦力のすべてがいた。

 ミツルギを中心に高レベルの冒険者たちが囲み、その背後に抜刀した騎士たちに、杖を構える魔道兵。

 ただし、迂闊には距離を詰められないでいた。

 観戦気分の貴族たちは、すでに決着がついたと思っているのか、この捕り物劇を楽しげに見物している。

 

(アイリス様の指示がなければ危うかった)

 

 第一王女より、事前に、この最上階を守る最終防衛線を固めるよう言われていた。まさかこのことを予期していたものであったとは、流石はアイリス様。その慧眼は素晴らしいもの。

 クレアは内心で敬愛する姫君を称賛しながら、勝ち誇った笑みに頬を緩める。

 一方で、レイン、それにミツルギは警戒に張り詰めた表情を浮かべていた。

 

 怪盗カンダタキッド……!

 

 思うは、苦汁を舐めさせられた相手が向こう側にいるということ。

 たった三人だが、この最終防衛線まで来られたことから容易ならない相手だというのがわかる。

 この厄介さを肌で感じ取っているミツルギが、すでに勝利気分で緩んでいる場の空気を引き締めさせるよう警告を飛ばす。

 

「皆さん、あの仮面の男はかなりの強敵だと聞いています。武器は持っていないようですが、追い詰められれば何をするかわかりません。そして、あの覆面の男も徒手空拳ですが、以前、僕を含めた警備兵を手玉に取った難敵です。……あの時は逃がしてしまったけど、今日は逃がさないよ怪盗カンダタキッド」

 

 この面子の中で一番厄介なミツルギは油断なく魔剣を構え、一切こちらから目を離さない。

 

「お頭、こういった時は一番強いヤツを無力化させてビビらすんです。絶好調のこの俺が、あのスカしたイケメンを瞬殺します。後は周りが怯んだところを突っ切りましょう」

「いやあ、兄貴。あの坊ちゃんは、色々と甘い奴ですがそれでも学習しますぜ。そうなかなか上手くいくかどうか」

 

「き、聞こえてるよ君達。僕の事を随分と言ってくれるね……! まさか、瞬殺だなんて……。丸腰の相手にこうも舐められるとは」

 

 魔剣の柄を握る手に力がこもる。

 飛び掛かりたい気持ちを、奥歯を噛んでミツルギは自制する。

 一度やり合ったあの怪盗カンダタキッドはこちらの攻撃を一度もクリーンヒットさせなかった実力者だ。それが、『親分』、『兄貴』と一番下っ端みたいな扱いをされているのだから、後の二人はそれ以上なのでは? と警戒するのは当然。

 しかし、それを知らない者は声高にアピールする。

 

「行かねぇんなら、一番槍は頂くぜ、魔剣使い。ま、俺達が全部倒しちまうけどな」

 

 ……今日の魔王軍戦では、レックスたちはあまり活躍ができず祝勝会では混じるに混ざれない気分だったがここにきて運が巡ってきたようだ。名誉挽回のチャンス。そして、ここぞとばかりに自分らを売り出す。

 この場において最も権力を持った大貴族の令嬢クレアへ、レックスは訊く。

 

「なあ! こいつらを捕まえたら、俺達のパーティーに新しい人材(メンバー)を紹介してくれないか?」

 

 魔王軍戦でも痛感したが、全員が前衛職では限界がある。王都は激戦区だというのは事前情報から知ってはいたが、魔剣使いのような黒髪黒目の勇者候補の連中ばかりが活躍して、こちらが出る幕がない。そこで、レックスが求めるのは新戦力の追加だ。

 無償で協力してくれるミツルギのような冒険者の方が珍しい。それはわかっているがこの状況で報酬を望むとは……打算的なレックスに鼻を鳴らすクレアであるも、馬にニンジンをぶら下げた方がやる気が出るのは彼女も理解していた。

 クレアは曖昧に濁した返答で、

 

「……優秀なパーティーであるなら王国(こちら)から要請することもあるだろう」

 

「だったら、今日の祝勝会にいた紅魔族の魔法使いを紹介してくれないか。爆裂魔法を撃つおっかない大魔導士様じゃなくて、あの大人しめな方だ。話を聞いてる感じだと、あっちの方がまともそうだし。俺達のパーティーにそろそろ優秀な後衛が欲しかったところだからな――」

 

 捕らぬ狸の皮算用を始めたレックスだが、そんな望みは握り潰す異音が響いた。

 

「ほう……」

 

 ゴキリ――とその左手。あまりに力を入れ過ぎたために関節が鳴った。

 

 あ、ヤバい……

 

 仮面と銀髪の賊は、あの冒険者が虎の尾を踏みにじり、竜の鬚を引っ張るバカをやったと悟る。覆面で隠されているが、今、あの弟分(後輩)は、瞳が真っ赤に光っているだろう。

 レックスたちは、かつては『アクセル』で一、二を争う冒険者パーティーであったが、現在の『アクセル』のエースは少年少女のペア。レックスパーティとは逆に、二人とも魔法使いの後衛職であるという異色の、だが魔王軍幹部すらも圧倒するパーティー。

 その、そう滅多に赤信号が灯らない、紅魔族三人組の中で比較的温厚な片割れを、ブチッとキレさせた。

 これには調子に乗っていた仮面の兄貴も血の気が引く。

 

「兄貴、先輩」

 

「な、なんだ?」

「なにかな?」

 

「ひとつ、作戦があります」

 

 下がって、何かを話し合う三人。

 作戦会議に構わず、突撃しようとするレックスたちだったが、レインから鋭い制止が飛んだ。

 

「待ちなさいっ!」

 

 同時、カンダタが袋にある、『おかしな薬』を一握り掴んで初級火魔法で燃やし、煙幕を焚く。

 

「『コンフューズ・ティンダー』!」

 

 これには、レックスたちも驚き、足を止める。

 多数の兵士を昏倒させた『おかしな薬』の脅威を知るレインは、煙を吸わないよう警告を発して、『ウインドブレス』で煙幕を払った。

 すると、そこには……

 

「なっ!? 銀髪の義賊が三人に……!? いや、これは変装!?」

 

 仮面と覆面の賊が、銀髪の賊へと変わっていた

 まるで分身しているかのように三人にいる銀髪の義賊ABC。でも、その中身はそれぞれタイプの違うトリックスターだ。

 

「「「さあ、どれが本物の親分かな?」」」

 

 声を揃えて、銀髪の盗賊団がここにありと。

 縦一列に並んだ同じ顔がそれぞれ順番に回転するチューチュートレインまで魅せてくる。この挑発に、レックスは乗った。

 

「はっ! 珍妙な手品を使おうが、俺たちの力業で押し破ってやりゃいい! ソフィ! テリー! いくぞ!」

 

「おい、迂闊に行くな! 危険だぞ!」

 

 しかし、今度(ミツルギ)の制止は振り切った。

 レックスたちもまた縦一列になって突撃。

 まずレックスが大剣をぶん回し、次に、大柄なレックスの背後に隠れていた女性冒険者のソフィが長槍からの疾風突きを放ち、最後はテリーが戦斧で会心の一撃をお見舞いする。

 これがレックスパーティの必勝の布陣。

 三人の冒険者が一列に並んで波状攻撃を仕掛ける。前の冒険者が後ろの冒険者の壁と目隠しになることで防御性と奇襲性を併せ持つ。

 『アクセル』にいた頃、森の大型悪魔に一掃されたから編み出した戦術である。

 

「煙幕で目晦まししようが、そんなの俺の大剣で振り払って」

「「『スティール』!!」」

 

 とあっさりレックスの後続に控えていたソフィとテリーの武器が、縦列から左右に飛び出して別れた義賊ABのその『窃盗』スキルで取り上げられた。

 武器を盗られまいと警戒していたのに、二人のチートステータスな運の前では無力。

 しかし、まだ自分がいる。ここで引き下がっては折角のアピールが逆効果になる。先陣を切るレックスは大剣を振り上げ――!

 

「うおおおおおっ! 俺の渾身切りを食らいやがれーっ!!」

 

「人の女に手を出すその度胸に応えて、俺も小細工などせず一族秘伝の奥義をくれてやろう」

 

 歯を食いしばれ、という義賊Cの宣告は、遥か前方から聞こえた。

 レックスの目には、その先頭に立っていた義賊Cの身体が透けたように見えた。それが網膜に残った残像だと気付くまで少しばかり時間がかかった。

 行動を倍速にする『星降る腕輪』。時間が巻き戻ったかのような後退のフェイントから、同じく一足飛びで切り返して、渾身の攻撃を外したレックスに迫る。

 その時、彼らの脳裏にふと過ぎったのは上位悪魔(ホースト)鉄棍棒(とんぬら)に一撃で薙ぎ払われた記憶で……

 

「ちょっ!? お、おい待て、何だそのオーラは!? お前ら全員後衛なはずじゃ――!?」

 

 問答無用。

 その手袋の内の指に嵌めた指輪の紅い宝玉が煌く。魔道具でもある指輪『アルゴンハート』が力と素早さを、肉体強化魔法の効能をより上昇させる。

 

 歴代の神主が、猫耳神社に祀っている一柱、『怠惰と暴虐の女神』の信仰から編み出された裏奥義!

 

 

「『雷鳴豪断脚』――ッ!!

 

 

 ドッ!! と。

 情け容赦なく、蹴破る。義賊Cは右足で、レックスの盾にした大剣をぶち抜き、ガードごと薙ぎ払う。異様なオーラを纏う強烈な跳び蹴りは、大柄な成人男性を勢い良く吹き飛ばし、後ろにいた他のふたりを巻き込んだ。

 

「グハァッ!?」

「あぐうっ!!」

「ッッ!?」

 

 この上ない跳び蹴り、ライダーキック。

 あまりの冴えに、時間が一瞬止まったかという錯覚さえ与える一撃だった。一発の蹴りでレックスたちを白目を剥かせて、泡を吹かせてみせた。

 

「―――」

 

 けれども、火事場の馬鹿力な蹴撃の反動からか、義賊Cが硬直する。隙ができた。

 

 ここだ――ッ! とミツルギが飛び掛かる。

 

「お前の相手は俺だ」

 

 そこへ盗んだ斧をぶん投げて牽制しながら割って入る義賊Bがミツルギの魔剣に手を向けた。

 それを見たミツルギは、深く腰を落として柄に手を添え、居合抜きの構えを取る。

 

「同じ手は二度も通じないよ。残念だったね。僕はある男に負けてから『スティール』対策として、盗られても良いものをたくさん持ち歩いている――」

「『フリーズ』」

 

 されど、ミツルギの思惑を外れて、発動したのは凍結魔法。

 居合抜きをしようとした魔剣『グラム』の鍔と鞘が氷漬けにされて、抜けなくなってしまう。

 そして、できた一瞬の隙に、義賊Bはミツルギの鼻と口元を手の内で覆わせて、初級水魔法。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

「ガボッ!?」

 

 口内に生成された水に溺れるミツルギ。呼吸ができず、水責めに喘ぐミツルギは歯を食いしばりながら拳を握ってしぶとく反撃するも、それを読んでいた義賊Bはそれよりも早く、

 

「『フリーズ』!」

「カッ!?」

 

 鼻と口内を凍結させられ、ビクンと震えた。

 

「ミツルギ殿っ!?」

 

 最も頼りになるはずの魔剣の勇者が宣言通りに瞬殺されて、クレアが悲鳴を上げる。解放されたミツルギは喉を押さえて膝を突き、

 

「『バインド』!」

 

 すかさず、義賊Aが拘束して床に転がすと、最後は硬直の解けた義賊Cが窒息しないうちにその口封じの氷を溶かしてやった。

 

「おらっ、高レベル冒険者より強い自信があるのならかかってこい!」

「変装しているんだから、口調は似せようよ、兄貴」

「キミって本当に強いのか弱いのかわからないね。ただ、絶対に敵に回したくないよ」

 

 激戦区である王都の高レベル冒険者が、まるで相手にならなかった。騎士たちが動揺し後ずさった。

 それに剣を抜いたクレアが喝を入れる。

 

「お前達は何をしている! 相手はたった三人だぞ! ミツルギ殿がやられたとしても、ここをあっさり通させてやるものか!」

 

 同時、義賊Cが再び後ろ手に袋から粉末を一掴みして、燃やす。

 

「『コンフューズ・ティンダー』!」

 

 再び焚かれた煙幕。

 煙の中に姿を紛れ込ませた三人。

 

「『ウインドブレス』!」

 

 素早くレインが風を起こして煙幕を払うも、前にいた兵士たちが義賊に縄をかけられて倒れ、そして、もうひとりの義賊がうつ伏せに倒れた兵士の背中に手をやり、力を吸収している。

 

「魔道兵! これ以上賊にされたい放題にやらせるな!」

 

「「「「『ライトニング』!!」」」」

 

 即座にあの義賊ABを仕留めろと命令を下すが、素早く逃げに徹した二人は義賊Cの背後へ駆け込む。

 義賊Cは初級風魔法を、自分たち三人の周囲を竜巻状に巡り回るよう全方位に展開して――魔道兵から放たれた雷撃が、蜘蛛の巣に掛った蝶のように捕まえた。

 

「あたしと術比べがしたければ上級魔法を覚えてからにするんだね、『ブレス・ライトニング』――ッ!!」

 

 雷電弾ける黒雲の如く渦巻く旋風になって返された、自分たちの魔法を受けて、魔道兵は吹き飛ばされる。

 この“魔法を盗んだ”手際には、宮廷魔導士も目を剥くほど。だが、呆然とする暇はなくクレアより喝が飛ばされた。

 

「何をしているレイン! こうなったら、三人とも殺して構わん! 最悪、アクア殿の『リザレクション』に頼ればいい!! 遠慮せずにお望み通りの上級魔法を放ってやれ!」

 

「それはさせないかな――『スキルバインド』ッ!」

 

 レインが詠唱を始めたのを見て、義賊Aが『盗賊』のスキル封じの特技で、上級魔法の行使を禁じてしまう。

 そうして、厄介な魔法さえなくなれば、絶好調な義賊Bの独壇場である。

 

「フハハハハハハッ! どうした、騎士団よ! 銀髪盗賊団に降参して道を空けるか?」

 

「ちょっとその笑い方はあたしのイメージじゃないんだけど!」

 

 騒然とする中、義賊ABCは騎士たちの間を駆け抜け、場はさらに混乱。警備兵らが悉くやられるのを見て、貴族たちは、青ざめた顔で右往左往しながら逃げ惑う。それに警備兵は護衛に人員をより割かなければならなくなり、足を引っ張られる。

 どうやって、止めればいいんだ……っ!?

 まず、あの義賊B。捕まえるのが難しく、逆にこちらをいとも簡単に捕縛し『ドレインタッチ』で行動不能にしてしまう。それを撃退するのは魔法が好ましいが、そこで問題なのが他のふたり。

 宮廷道化師も舌を巻くほどの卓越した魔法の技能を持った義賊C。あれがいる限り、無詠唱の中級魔法では『マホプラウス』で集束してカウンターを喰らわしてくる。かといって、上級魔法なんて詠唱する隙をみせれば、今度はあの盗賊Aが『スキルバインド』で封じてくる。

 そして、魔法がシャットアウトされれば、義賊Bが無双する。

 なんて組み合わせだ……! しかも同じ顔が三人入り乱れているため、目で追うのも難しく、誰が誰なのかわからない。ABCシャッフル戦法に、兵士たちも攪乱されてしまっている。

 クレアの前には次々と『バインド』で縛り上げられたり、『コンフューズ・ティンダー』を吸って昏倒しまったりして、無力化されていく警備兵たち。

 賊はこちらほど城内の地理に詳しくないはずなのに、何ら迷うことなく第一王女の部屋へと向かっている。

 これは何としてでもクレアが阻止せねばならない。

 これを崩すには……まず、狙う義賊は、Aだ。

 レインの上級魔法を封じている義賊Aさえ倒せば、まだ逆転の目はある!

 

(そして、義賊Aは、丸腰ではなく、ダガーを持っている!)

 

 クレアは三人の中で、唯一武器を使っている。それに気づいたクレアは、ダガーを振るっている義賊を義賊Aと予想し、襲い掛かった。

 

「――残念、あたしは親分じゃないよ」

 

 護衛騎士の大上段から全体重を乗せた一刀は、その短刀に阻まれた。

 『クルセイダー』の渾身の一撃を、純粋な戦闘職ではない『盗賊』が受け止められるはずがない。生まれながら高ステータスの大貴族の長女が全力で押しているのに、ビクともしない。こちらは両手構えで、向こうは片手持ちだというのにだ。

 つまり、これは義賊Aではなく、義賊C。

 クレアが義賊Aを狙うと読んでいて、否、そうなるよう誘導して、乱戦の最中に義賊Cへとダガーをバトンタッチしていたのだ。

 

「ぐぅっ! ならば代々『ベルゼルグ』王家に仕えてきたシンフォニア家の力をみせてやる!」

 

 鍔迫り合いを止めたクレアは、素早く引いた剣で突きを放つ。それを義賊Cは刀身を弾いて軌道を逸らして躱す。

 突きの勢いから途切れずに繋げた袈裟懸けの振り下ろしも、ダガーの刀身の腹に手を添えて強引に受け流す。それで剣の勢いに体が流れたところで、腹に蹴りを見舞う。

 クレアはその威力に呻き、後ろへたたらを踏む。それ以上に衝撃なのは、この相手が“王室剣術に慣れている”ということだ。

 なんてことはない。

 護衛騎士が指導している第一王女に散々チャンバラごっこに付き合ったおかげで、義賊Cにはクレアの剣の動きが読み易いのだ。アイリスの動きから逆算すれば、大まかに予想はつく。そして、大貴族と言えど、王族には身体能力も武装も何もかもが劣るので、癖さえわかればダガー一本で捌けないこともない。

 クレアの打ち込みに段々と慣れてきたところで、口を開く余裕まで魅せる。

 

「シンフォニア家のご令嬢に問おう。剣と鞘のどちらが大事か?」

 

「何を言うか。もちろん剣に決まっているだろう!」

 

 クレアの打ち込んだ長剣、義賊Cはダガーで払い、

 

「それは違う。剣には剣の役割があり、鞘には鞘に役割がある。ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス。彼女は王者の資質を持つ名剣であろうが、納める鞘無き剣では、戦も政治も無理であろう」

 

「貴様ぁ! 私の前でアイリス様を侮辱するかっ!」

 

「いいや、これは鞘を独断と偏見で捨てたあんたに忠告しているんだ。剣の輝きは鞘に収まってしまうと見えなくなってしまうものだが、鞘なき剣は錆びゆくもの。堕落する主人を諫めるのも忠臣の役目であるも、あまり勝手が過ぎるのは如何なものかな? 第一王女はお気に入りの人形などではないのだぞ」

 

「―――っ!!!」

 

 その言葉に頭に血が上ったクレアは、怒声を上げて我武者羅に剣を振るった。

 床を擦り上げ、空を切るその逆袈裟は、義賊Cの右手からダガーをついに弾き――反対の左手から振るわれた義賊Cのダガーの鞘がクレアの首筋に打ち込まれた。

 

「かっ――」

 

「このような戯言を聞き流せるだけの余裕を持つべきだな。であれば、鞘に気付いただろうに」

 

 痣が残るほど深くめり込んだ鞘。それも死角からの一撃とあって、完全な不意打ち。クレアの意識が飛んだところで、弾かれたダガーを掴み直して、彼女の腕を浅く斬りつけた。

 途端、クレアの身体が、糸が切れた人形のように膝をついて倒れる。

 先輩から借りたこのピンク色の柄をしたギザギザ刃のダガーは、『毒蛾のナイフ』。魔法効果のある短剣で、攻撃した相手を麻痺させる『パラライズ』の呪文が付加されている。相手を無力化するのには最適な武器である。

 床に頽れて、痙攣するクレアを見て、レインが即座に杖を向け、魔力を込める。

 しかし、それよりも早く矢が飛んだ。

 

「『狙撃』!」

「ひっ!?」

 

 ポジションチェンジして、後衛にいた義賊Bが弓を手にしていた。

 その恐るべき命中精度は、杖の先端にある魔石を撃ち抜く。レインは小さな悲鳴を上げ動けなくなり、そこへ義賊Aが拘束スキルで仕留めた。

 

「『バインド』――ッ!」

 

 倒れるレイン。気がつけば、警備兵は全滅している。殺された者はいないが、全員が行動不能にされていた。

 何故、これほどの手練れが盗賊などを……!?

 レインは悔しそうに呻きを上げるも、先を行く彼らの背中を見送るしかなかった。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 マホプラウス:漫画ダイの大冒険に登場する魔王軍幹部のオリジナル魔法。自分に向けられた攻撃魔法を受け止め自分の魔法に上乗せして放つ集束魔法。

 名前の由来は『魔法威力(マホ)』+『足し算(プラス)』。

 受けた呪文を無効化しつつカウンターできたり、元気玉のように魔法をまとめることができたりと強力な超魔法だが、魔法に無敵な金属生命体の噛ませ犬としかならなかった。

 作中では、とんぬらの極まった魔力制御によって相手の魔法を掌握して、自らの魔法と錬成して放つ合気術。詠唱を必要としない中級魔法までなら返せる。

 ちなみに、『ウォーター・ライトニング』はこのすばゲームに出てくる『クリエイト・ウォーター』と『ライトニング』のコンボ。『ブレス・ライトニング』も『ウインドブレス』と『ライトニング』のコンボ。

 関係ないが、『コンフューズ・ティンダー』は混乱草を燃やして焚いた煙で相手を混乱させる。作中では、『おかしな薬』の煙幕。

 

 雷鳴豪断脚:ドラクエⅥの魔王を軽く捻り潰してくれる裏ボスな『破壊と殺戮の神』が放つトドメの一撃。双頭剣を投げ捨ててのライダーキックで、防御しなければほぼ確定死。

 作中では、『暴虐と怠惰の女神』を祀っている猫耳神社神主の裏奥義。徒手空拳で放つとんぬらの必殺技だが、限界以上の肉体強化魔法で酷使するキック技なので、使うとすごく疲れてダレたくなる。ポケモン風に言えば、ギガインパクトで、一ターン休み。

 

 毒蛾のナイフ:ドラクエの短刀武器。相手をたまに麻痺させる効果がある。とある国ではこれが国宝であったりする。




誤字報告してくださった方、ありがとうございます。

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