この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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連続投稿の1です。


67話

 ――その日の午後。

 

 

 数ヶ月前、機動要塞『デストロイヤー』の熱暴走寸前の動力部『コロナタイト』を『ランダムテレポート』で運悪く飛ばされて、消し飛んだ『アクセル』郊外にある屋敷。

 仮住まいしていた王都の別荘は、究極魔法の反動で吹き飛んでしまったが、またこちらに移り住み、儀式の用意をすればいいだけの事。

 スケープゴートに注目が集められている今、息子もこちらの動向を気にする余裕はなく、王都での破壊が起こる前に対処せんと動いている。

 全てがこちらの掌の上だとは知らずに。

 ――そして、これからこの掌の上にあるもの全てを握り潰すことになる。

 

(ワシの監視役に派遣された王国の懐刀、ダスティネス家当主イグニスがいるが、あやつは今頃、マクスにより呪いをかけられ動けまい)

 

 今度こそ、完全に、究極魔法『マナスティス』を完成させる。

 そうなれば、もう怖くない。何も、ワシを害するものは存在しなくなる。

 そして、ララティーナをやっと――――(あい)せる。

 

「ヒュー、ヒュー、準備が整ったよアルダープ!」

 

 おかしな声を上げながらもマクスが、『アクセル』の屋敷にも造らせてあるこの地下工房に、大鍋に魔法陣、儀式に必要なもの全て準備した。あとはこのスクロールの詠唱をすればいい。

 願いひとつも満足に叶えられない壊れた悪魔であるも、これまでずっとこちらの要求に従ってきた。

 神器がないことに気付いていないのか、それとも究極魔法により魔王の如き力を手にしたワシを恐れているのか。

 いずれにしても、これだけ従順となれば普通は可愛げが出てくるものだが、こいつはどれだけ経っても、どれほど力を得ても、慣れることはできなかった。

 

(いや、これも完全な究極魔法で力を得れば……)

 

 怖いものなど、存在しない。

 

「ヒュー、これで僕に代価を払ってくれる?」

 

「ああ、古代魔法を掛けた後で、払ってやろう。お前は馬鹿だから、ワシが“いつも”代価を払っていることすら忘れている」

 

「あれ? そうなの? ヒュー?」

 

 まともな記憶力がないこの悪魔は、わかってない。諭すように優しく告げてやれば簡単に騙される。

 そして、今度からはその必要もなくなるだろう。そう、破壊神となれば、何と言われようが、力尽くで踏み倒してしまえばいい。いや、力さえ手に入れれば、傍に置いておくだけで気味の悪いこれとはもう契約を切っても構わない。

 これまで使用済みとなれば捨ててきた女と同じように、捨ててしまえばいい。

 

 アルダープは、処理が決定した壊れた下級悪魔のことなど頭から失くした。

 あるのは究極魔法から生まれる破壊願望。望んだものであるほど破壊したくなる衝動は、積年の執着と絡み合い……ずっとずっとずっと、アレがまだ子供のころから目を奪われて以来、欲してきたララティーナ、その肢体を無茶苦茶に蹂躙する欲求に成り果てている。ララティーナに少しでも似た娘を何人も何人も攫ってきては、それを嬲って壊してきたのだ。それが本物に変わるだけのこと。

 これから勇者ですら敵わない、魔王に匹敵する究極のチカラを手に入れるのだから。ついに我が願いがついに成就するときが来たのだ――

 

 

「――アルダープ様! 大変です!」

 

 

 夢想を邪魔してくれたのは、この屋敷の使用人。

 長らく仕えてきたこの男は、ワシの邪魔をすればどうなるかわかってきているというのに、立ち入りを禁じたこの屋敷の地下室前まで踏み入れた。

 まあ、いい。

 何を見ようが、またマクスに記憶を弄らせてしまえばいいのだから。

 

「何だ、ワシは忙しい。もし用件がくだらんことであるなら、どうなるかわかっているのだろうな?」

 

 使用人は額に垂らす汗を忙しく拭いながら、切羽詰まった声で言う。

 

 

「大変です領主様……。領主様が命じなさった罪人の処罰、その退治させるはずだった『グランドラゴーン』がこの街に――領主様の屋敷へと迫っております!」

 

 

 ――――な。

 

「……なので、どうか、領主様のお力で、怪獣を退治してみせてはくれませんか? 王都の襲撃を治めてみせたその手腕で……!」

 

 その言葉を理解するのに、少しの時間を要した。

 先の不完全な究極魔法の暴走……それは、マクスによって『アルダープが別荘や私財を擲って、王都を救った』ということになっている。

 だから、同じように救ってほしいと嘆願しているのだろう。

 ――ふざけるな!

 あれはマクスに真実を捻じ曲げさせた虚偽だ。

 実際に、討伐報酬が二十億エリスなんていう高額賞金首など相手していられるか!

 

「冒険者は……? 街の破落戸どもはどうした! あれでも『デストロイヤー』を破壊してみせたのだろう?」

 

「あの、それが……『ヒュドラの変異種に手を出してはならない』という領主様の御布令を破るわけにはいかない、と冒険者は皆、避難を……」

 

「なんだと……!?」

 

「このままでは領主様、罪人に怪獣退治などという余計な刺激をなさった領主様が咎められてしまいます」

 

「ワシのせいではないっ! 小むす…第一王女が、死刑はならないと駄々を捏ねるから、ああして……!」

 

「しかし、刑を決めたのは領主様です。『グランドラゴーン』は対処さえ誤らなければ、王国軍でも鎮めさせることができたというのに……このまま、街が壊滅となったら……」

 

「ええい、黙らんか!」

 

 使用人の男を殴り倒す。

 だが、こいつの言う通り、スケープゴートの始末に、高額賞金首モンスターに嗾けたことが仇となった、とあの場にいた貴族共には見られる。いや、王族への評判などよりも、現状を放置すれば機動要塞『デストロイヤー』の再来の如き災厄に見舞われる。迎え撃つ準備も何もないのだ。

 ……いや、おかしい。

 こんなの想定できるはずがない。だって、普通はそんなこと起きうるはずがないのだ。

 何故ならば、あの賞金首モンスターは水生で、陸地を移動するような怪獣などではなく、それがこの屋敷に向かってくるなど……

 

「待て、どういうことだ? 何故、山の湖に留まり続けているヤツがこの屋敷まで来るんだ?」

 

 聞き間違いでなければ、さっき使用人は“この屋敷へと向かってきている”と言った。

 それはありえない。だったら、それは偽情報に違いない――!

 

「それが……穀倉地帯の復興作業で掘られた水路を通って、こちらに向かっているようで……」

 

 こちらの思い描く盤上とは違い、“通り道”は作られていた。

 

 使用人の男が殴られた頬に手を当てながら、震える声で答える。

 これは、ララティーナどころではない、これはすぐに真偽を確かめねば!

 慌てて地下工房を飛び出し、屋敷の窓から外を窺えば、巨大な何かがこちらに迫っているのを示すよう遠方から段々と大きくなる影が見えた。

 

 なんだ、この状況は……?

 身代わりを口封じに始末しようとしたら、怪獣が暴走し、拠点を移した屋敷が災難と直通していている……難を逃れようとした行動が裏目になっている?

 考え過ぎなのかもしれないが、イヤな予感を覚える。

 ――いや、どんな手を打ってこようがその手がわかれば問題ない。

 何故なら、“悪魔への明確な命令ができるようになれば”、下級悪魔(マクス)によって、“待った”をさせて回避してきた。

 

「――マクス! 新たな仕事だ。『グランドラゴーン』を消せ!」

 

 この頭の足りない悪魔でも、対象名さえわかれば、(王族の小娘を除き)操れる。いくつもの案件を揉み消してきたその力。

 が、

 

「ヒュー、ヒュー……。無理だよアルダープ。ちゃんと命令してくれないと」

 

 ……無理、だと。

 この壊れた悪魔が、今まで口答えをしたことはない。

 ましてや何を望もうが、どれだけ事実を捻じ曲げようが、無理だなどと言ったことはない。

 それが、今こいつは初めて無理だと言った。

 カッと視界が真っ赤になる。

 

「ふざけるな! 貴様に拒否権はない。無理ではない、やれ! ワシがやれと言ったらやるのが悪魔だろう! しかも何ィ? ちゃんと命令してくれ、だのとお前の無能をワシのせいになどしおって……! ワシの言葉をちゃんと聞いていないのか! ああ! 所詮お前は下級悪魔であったな。神器にランダムに呼ばれてきた能無しめ。辻褄合わせの強制力があるから使ってやっていたものをっ! 役立たず! 役立たず! この、役立たずがぁっ!」

 

「ヒッ、ヒュー、ヒュー。名前がわかってないと悪魔の力は最大限に発揮できない。それだと、力が……ヒュー、光が強い者には弾かれてしまう」

 

 頭を抱えて蹲るマクスを怒鳴りつけながら思い切り蹴る、蹴る、蹴る。

 悪魔は、やはり使えん。記憶を捻じ曲げるしかできない、悪事の証拠を揉み消すことしかできん下級悪魔に、大物賞金首を倒せなどの命令は無理であったか。

 やはり頼りになるのは己の力。ワシが今の地位まで上り詰めたのは、自分の力だ。

 こんな壊れた悪魔の力など微々たるものだ。

 だったら、もういらない。

 

「もういい、この言い訳ばかりする無能な悪魔が! 貴様なぞ、もう、契約解除だ!」

 

 その言葉に、マクスが反応した。

 

「契約、解除……?」

 

「貴様との契約は今日で終わりだ。自由にしてやる」

 

「代価は? 古代魔法(これ)を用意したら、契約を払ってくれるんだよね?」

 

「ふん。ちゃんと古代魔法が成功すれば、約束通り代価を払ってやる」

 

 無論、踏み倒すが。

 つくづくこの悪魔は愚かだ。

 儀式にはこの悪魔の力が必要だが、究極のチカラが手に入れば不要となるというのに。

 

「ヒュ、ヒュー! わかったよ、アルダープ! 絶対に、古代魔法を成功させてみせるよ!」

 

 この先どうなるかもわからず、無邪気に張り切るマクス。

 

「……これで、ワシに障害となり得るものなど存在しなくなる!」

 

 ――『マナスティス』。

 完全な究極のチカラさえあれば、あんなヘビ如き軽く捻り潰してくれよう。

 

 ………

 ………

 ………

 

 どんな手を打ってこようがその手がわかれば終わる。

 何故なら、“悪魔への明確な命令ができるようになれば”、その真実を捻じ曲げる悪魔によって、“待った”をさせて回避してしまうのだから。

 

 ただ、真実を捻じ曲げる悪魔は、“虚偽を捻じ曲げる”ことはできなかったか。

 

「ククッ……小僧め、本気で“公爵”を落としに来ているな」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――その日の午前。

 

 

 強大な魔力な波動が辺りを震撼させ、凍てついた湖面からまるで触手のように蛇竜の首が現れ出でる。

 その数――全部で八つ。

 

「これが噂に聞いた『グランドラゴーン』……!」

 

 ゆっくりと水中から上がってきたその姿に……いや、その大きさに誰しも絶句するだろう。

 四足歩行の恐竜のような体躯から八つの蛇竜の頭が生えたその怪物は、誇張ではなく小山ほどもある。まだ下半身は湖の中だが、体長は胴体だけで20m、頭の先から尾を含めれば40mは超えているかもしれない。それに全身が黄金に眩く輝くのだから、遠目で見れば宝の山に見えることだろう。間近で見上げるとんぬらにはそんな感想を抱く余裕などありはしないが。

 爛々と輝く双眸は不気味に赤く、鋭い牙がズラリと並んだその咢は、人はおろか馬車でも一飲みにしてしまいそうだ。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 ビリビリと空気を震わせ、八つの首が同時に咆哮を上げた。

 亜種下級竜族のヒュドラ。その変異種である『グランドラゴーン』は、低く見積もっても中位竜族以上の脅威。

 これまでの戦闘記録によると、八つの首のひとつを斬り落とそうが、魔力でもって部位欠損は再生してしまう。

 倒すには再生が追い付かないほどの爆裂魔法以上の超火力で消し飛ばすか、

 何度も傷を負わせて再生させ、魔力が尽きさせたところに致命傷を与えるか。

 だが、魔力が尽きそうになれば、魔力回復のため湖の底へ逃げ、水面を凍りつかせて引き籠る。

 生命力が並外れている、実に厄介なモンスターだ。

 これにひとりで挑むなど愚の骨頂で……ならばそんな真似、賢者が犯すことは許さない。

 

「こうなるのは予想外だったが――俺が不幸なのは織り込み済みなわけだ」

 

 ここに送り届けた騎士…アルダープの私兵が逃げ去った、見張りの目がなくなったところで、隠し持って(つれて)いた伏せ札を明かす。

 それは、後ろ髪に隠れて見えないように挿していた小さな櫛。外れない仮面のインパクトで誰も前ばかりを見て、後ろには気づかれず。そうするように視線誘導はしていたけれども。

 古今東西、魔法を解く作法、櫛に口づけをして、姿を元に戻す――

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――街の中央区に位置する警察署。

 善良な一冒険者には縁遠い建物に、王都を襲撃したテロリスト(仮)は、明日の刑執行まで一日拘留されることとなった。

 最奥にある窓もない、鉄格子ではなく金庫のような分厚い壁で封鎖された特別牢獄。

 面会は一切謝絶で、裁判すらしてもらえない。

 そして、人目が遮られた完全密室は、人目につかないことをするのに適している。

 

「そろそろ罪を認めたらどうなんだ、道化師殿。王都の犠牲者からいくつも証言が上がっている。今更、黙り込もうが無意味だぞ」

 

 無愛想な表情の男が、鎖と鉄枷で吊り上げている“怪物”を冷たい目で淡々と責める。

 セナら王国検察官の警察隊がこの警察署まで連行されたところで、今回の件に狩り出されたというアルダープの雇った私兵騎士団に引き渡された。最初は取り調べの最中に約束(アポ)もなく強引に押し入ってきた彼らにセナも良い顔はしなかったが、二言三言この無愛想な男と会話すると領主様のご意向に逆らうことなく下がってしまう。

 そして、ここへ連れ込まれた。

 

「………」

 

 男は、猛獣の調教師の如く、依然と反応をしない仮面の少年を鞭で引っ叩く。が、彼にとっては忌々しいことに、音は何とも軽い。仮面の少年も厳粛な表情は浮かべてはいるものの、痛みに悶えていたり――何よりも、絶望したりする様子はない。

 

「我が主、アレクセイ・バーネス・アルダープ様は、貴様の犯した大罪を必ず償わせると仰せだ。いくら沈黙を貫こうが、我々がこの鞭を緩める慈悲はないと思え。貴様自身が王都を襲ったと認めるまでは――」

 

 肉を裂くような鋭い鞭の音が、幾度も室内に反響する。打っても打っても、それでも平然としている仮面の少年にますます苛立ちを募らせる。

 これだから高レベル冒険者というのは……!

 装備がなかろうと素で巌の如く頑健な肉体をしている相手では、たかが鞭で苦悶することがない。そして、いくら痛罵しようが馬耳東風と聞き流される。

 

 何故、刑が決まっているというのにこのような尋問を行っているのかと言えば、仮面の少年にはアリバイがあるのだ。

 農家に聞けば、王都襲撃があった時は復興作業や害獣駆除に勤しんでいたことだろう。そう実際に検察官(セナ)がウソ判別の魔道具での取り調べを行った時、『王都を襲っていない』、『その時は畑や水路造りを手伝っていた』と言って、ベルは鳴らなかった。

 それでは、困る。

 この情報はまだ王城には伝えぬよう『アクセル』の警察職員らを口止めさせているが、早く矛盾は取り除かねばならない。

 主人が不利となるような情報を持ち帰っては、自分たちの身も危ないのだ。

 

 私兵騎士団の男は、鞭ではなく、剣を取る。

 ――そのとき、最奥の監獄房が開けられた。

 

「ここで何をしている?」

 

「バ、バルター様……これは、尋問を」

 

 入ってきたのはバルター、私兵騎士団の主人アルダープの義理の息子。険しい目で見つめてくるバルターに、私兵らもたじろぎながら答える。

 

「それは?」

 

 彼らの動揺を一切無視して、私兵が持った剣を注視するバルターの詰問に、彼は、

 

「どれだけ痛めつけても、まるで口を開こうとはせず。ですから、剣で……」

 

「違う。拷問など認められていないと僕は言っているんだ」

 

 怒気を孕んだ瞳でギロリと睨まれただけで、私兵たちは震えあがって頭を下げた。

 高潔にして清廉な人格のバルターにこのような真似は看過できるものではない。

 

「し、しかし、これが我が主からのご命令で……! 何としてでもコイツの口を割らせよとのことで」

「俺は、昨日、王都を襲った」

 

 チリーン、とウソ判別の魔道具がベルを鳴らした。

 バルターが現れたところで、あっさり口を開いてみせた仮面の少年に、私兵らは睨みつけるが、そんなのはどこ吹く風と言うように、飄々と、

 

「これでいいか? もっとも魔道具が反応してしまったが」

 

「っ、面妖な術を使ったに違いありません! バルター様」

 

「もういい。下がれ。父には僕から言っておく」

 

 私兵騎士を全員、牢から追い出したところで、縛り上げられたままの仮面の少年をバルターは目を合わせる。

 

「………」

 

「……ダスティネス家から今回の一件に抗議が来ている」

 

「そうですか。それは迷惑をかけてしまいました。ダクネスさんからイグニス様はこの最近はあまり体調が優れないと聞きますし、あまり無茶をなされないと良いのですが」

 

「どうして捕まっている。話に聞いた竜の力を使えば、容易く逃げ出せたはず」

 

「その方が面倒になると思ったのもありますが、俺に逃げ隠れする理由などないからです」

 

 その言葉を聞き、噛みしめるよう目を瞑ったバルターは、胸の裡に澱んだ空気を吐き出し一新するよう大きく、深呼吸してから、

 

「父と掛け合おう。今回の一件、僕にはどうにも君が襲撃犯とは思えない」

 

 そして、バルターは踵を返して、牢を出る……その直前に、

 

「……先程はすまなかった。僕から二度とあのような尋問はしないよう厳重に言い聞かせておく」

 

 ………

 ………

 ………

 

(まあ、ダメだろうな……)

 

 と抗議しに行ってくれたが、バルターは門前払いとなるだろう。

 この警察署がどうにも悪魔の臭い塗れな時点で、とんぬらは、あまり期待していない。これが、罪があろうとなかろうが決定事項にされる。この『怪物を倒すまで外れない枷』を装備される()()()、領主に目を付けられてから、これが強制イベントになるのはもうわかったからだ。

 

(予想外だったが、おかげで相手の手札が一枚見えた)

 

 王都に破壊をもたらし、魔剣使いの勇者も倒す怪物……それだけの戦力を有していると脅威を上方修正する。

 記憶に検索するに、最初に思い至ったのは神器の力。宝物庫前で、クリス先輩がもう一つ神器、奇跡魔法と同じ古代呪文のスクロールがこの王都に流れ着いたと教えてくれたが、王城にはなかった。王都で神器を蒐集できそうな有力候補は王城とあともうひとつ。

 突如、怪獣が現れたと話を聞くに、それは召喚系か、『ドラゴラム』のような変化系。召喚系の神器をクリス先輩が盗み出したことを考えると、それは変化系の魔法である可能性が高い。

 

(これは、“準備をしておいて”正解であったか。まったく――)

 

 考えを進めていたとんぬらはそこで鼻につくものを覚える。

 また最奥の牢の扉が開かれて、中へ入ってきたのは、全身鎧の騎士をひとり連れた女性検察官セナ。……ただし、ぷんぷんと悪魔臭い。

 しかも、職務に真面目な性格をしているはずの彼女は、ワイシャツのボタンを外して、その豊満な谷間をこちら見せるようなポーズを取り、

 

「さあ、尋問の時間です。言うことに正直に答えないとその身体に色々と訊く事になりますよ……」

 

「誰かが来るだろうとは思っていたが、この結果は大穴だったな」

 

「チッ、引っかからぬとはつまらん。少しはこの変身で楽しませてやろうと思ったのに。この色気はあるのに堅物で婚期を逃している女に化けたのが間違いであったか」

 

「あんたの間違いは悪魔臭を隠そうとしていないことだ。そう簡単にご飯製造機にはならん、バニルマネージャー」

 

 ぬいぐるみを脱ぎ捨てるようそのセナに扮した薄皮一枚を脱いだのは、予想の通り仮面の大男。全てを見通す悪魔のバニルさんである。

 

「おやおやぁ……? サボり魔小僧よ、店を休む時には必ず事前に通達しておくようにと言っておいたはずだが」

 

「申し訳ございませんね鬼畜マネージャー。この通り、急用で連れ込まれてしまってな。明日も緊急クエストが入ってしまったから店には来られそうにない」

 

「わかっている。我輩ですら憐れむほど波乱万丈な人生を送る小僧よ。特別有給にしてやろう。慈悲深い我輩に感謝せよ! フハハハハハハッ!」

 

 うん、わかっていたが、助ける気はゼロだこの悪魔。とんぬらも()()()救いの手を差し伸べられるとは欠片も期待していない、むしろ罠だと疑う。

 

「しかし……首に枷を嵌められているとはな、未来の小僧を見ているようだ」

 

「えっ――ちょ、その発言は凄く引っかかるんだが。そんな予知()、俺も視たことがないんだけど、そんなにガチガチに拘束されている可能性もあるのか?」

 

「うむ。天気の話をすれば、『今日も私は幸福です』と答えるくらいに嫁に完全管理された毎日を送っている幸せ者であるな」

 

「なあ、その俺、だいぶ追い込まれているだろ!」

 

「婚約者の娘がそこまで病むかどうかは今後の汝の付き合い方次第である」

 

 ヤンデレルートは何としてでも回避しないと未来の自由は約束されないようだ。とりあえず、花嫁修業で行っているという『ゆいゆいさんの男を操縦する魔法教室』を解約させるところから見直そう。

 

 ――で、

 

「さて、雑談はここまでにしておき。竜の小僧よ、この状況から見通す悪魔が助けてやろうか? 今後、我輩の大望に尽くすことを誓うのであれば、であるがな」

 

 文字通りの悪魔のささやき。

 悪魔族は、基本的に、己に利益のない行動はしない。

 

 

「いいや、まだ他愛のない雑談をしないか、マネージャー」

 

 

 とんぬらは言った。

 本題には入るのは少々気が早いと。

 

「そのような余裕が貴様にはないと思うが? このままでは竜の小僧と言えど死ぬであろうな」

 

「なあに、これから俺が話すのをただ聞いてくれているだけでいいです。正しければ反応してほしいがそれは望まない。単なる確認作業みたいなものですよ。まともにお喋りができる相手がおらず、少々うんざりとしていたところでして、考えをまとめるためにも答え合わせに付き合ってくださいな」

 

 この状況に似つかわしくない、軽い口調に、悪魔の仮面の下の口角が面白げに広がる。

 そして、受けて立つように応じる。

 

「よかろう。聞くだけ聞いてやろう」

 

「――マクスウェル。辻褄合わせのマクスウェル。真理を捻じ曲げる者マクスウェル」

 

 受領してもらえたところで単刀直入(ストレート)に、とんぬらの口からまずその名が飛び出した。

 

「この地獄の公爵のひとりが、アルダープと契約しているんだろう? でなければこれまでの不正の証拠を完全に隠し、真実そのものを捻じ曲げる芸当などできはしない」

 

「一体何を言い出すのかと思えば、我輩と同じ地獄の公爵が、悪運のみが強い、傲慢で矮小な男の下僕となると思うのか?」

 

「普通は思わない。上位悪魔ですら思う通りに使役できないアルダープは最上位悪魔を従える器ではない。――だが、頭がおかしそうな悪魔が、アルダープに憑いているのは事実だ。そう、実際にそれが兄ちゃんの裁判にいたのを見ている。まったくあれが我が師の仇で、それも俺の目の前で呪いをかけてくれたとはその当時は思わなかったぞ。……いや、これは無用な挑発をしてしまった俺のせいでもあるがな」

 

「領主の下僕になっている理由の説明になっていないな。それは貴様が、“マクスウェルが仇であってほしい”という願望ではないのか? 根拠のない妄想に付き合わされるのはやめてほしいのであるが」

 

「ちゃんとそこに至った根拠はある。他ならないあんたがしてくれた忠告だ」

 

 これまで収集してきた情報量の山札から一枚一枚引いて明かしていくようにとんぬらは語る。

 

「『我輩と同じく地獄の公爵のひとりでありながら、あ奴の頭は赤子だ。だからこそ、癇癪など起こしたら、この我輩でも目も当てられん事態になろう』とな。これから想像を働かせてみるに、マクスウェルというのは、きっとおつむの足りない、人間にさえ簡単に騙されるような悪魔なんだろう。あの裁判では二言三言しか会話はしなかったが、あの言動は無邪気で幼い性格をしているのが伺えたな」

 

 迂闊に口を滑らせたことだが、よく覚えている。口調まで真似られるほど、こちらの言動を記憶されているようだ。この分だと、他の悪感情(ごはん)のチップ代とばかりにやっていた話も全部、余さず頭の中に入れているに違いない。

 

「ふっ、その情報が我輩の戯言、虚偽だとは思わんのか?」

 

「それが、日常会話で、なんか羞恥を煽るような悪感情に繋がるものだったらジョークだと疑ったが、あれは普通に忠告だ」

 

 元よりこの人間には与えてやった予見の力など、“判断材料のひとつ”としかなりえないのだろう。けして妄信することがない。

 それよりもこ奴は、人を見ている。芸人の感性で鋭敏化されているのか、相手の顔色や好悪に常に注意を払い、記憶していく。そして、そこから導き出す。

 ようは人間観察で、その人物の行動や思考を推理してしまう。人間ではなく、悪魔だが、こちらの性格はある程度は理解されているのだろう。

 

「教会のお告げを、“神々のいい加減などうにでも解釈できるもの”などといい、“我輩の忠告はそんな抽象的なものではない”と日頃豪語するマネージャーの言葉だし、あんたはそうウソはつかないだろう。そもそもウソや駆け引きは、それを駆使しなければ戦えない弱者の常套手段。何も策謀の意図やからかう気がなければ、地獄の公爵の第一席なんていう圧倒的強者が取るとは思えない」

 

 全てを見通す悪魔を見通してくるなど中々に小癪な真似を。しかもこちらの言動が真であると成り立ったその前提を、ウソだとちゃぶ台返ししようものなら、こちらの予言(ことば)は、あの阿呆な女神のご神託と小僧の中で同列視されることになる。考えただけで身の毛がよだつ。

 実にイヤなところを突いてくる。

 

「バニルマネージャーは人間が数を減らしてしまうのは困るというが、アルダープが疑いを掛けられた未解決事件、行方不明者数は相当なものらしい」

 

「確かに、我輩は、人間が好きである。大切な、我輩の美味しいご飯製造機であるからな。……だから、その大好きな人間族の数を減らす領主は、我輩の敵と言えよう!」

 

「だから、赤子の性格をした、しかし力は地獄の公爵に相応しいものがあるマクスウェルは地獄へ還したいんじゃないか?」

 

「かくいう小僧は、マクスウェルに復讐がしたいのではないのか?」

 

 その最初の答えを暗に是とする問いかけに、やっととんぬらは笑みを漏らす。

 

「やっと……認めたか」

 

「どうなのだ、哀れなダンジョンマスター・キールの弟子よ」

 

「……完全な勝利は諦めているが、ケジメをつけたい。俺は、どうやら復讐に人生すべてを捧げられそうにないからな。せめて、この燻っている気持ちに整理をつけておきたい。

 ――だから、死ぬつもりは毛頭ない。そのためには全てを見通す悪魔バニルに、訊いておきたいことがある」

 

 ようやく、ここまで弁舌を尽くして、対等な交渉の場に持って行けた。

 己の決意を吐露したとんぬらは、もうひとつ息を吐いて、

 

「何だ小僧。我輩(あくま)頼る(つかう)にはそれなりの代価が必要であるぞ?」

 

「さっきの話。ずっとは無理だが、家業を本格的に引き継ぐまでは、マネージャーの夢に付き合おう。ウィズ店長の店が世界一の商会となるのに貢献することを誓う」

 

「ほう……それで、何が知りたい?」

 

「マクスウェルの人となり、と言ってはおかしいな。悪魔の趣味嗜好を教えてほしい」

 

「ふっ、それくらいであればいいだろう。おかしな言動ばかりする、頭がぶっ壊れていることで有名な大悪魔である」

 

「地獄の公爵ってのは皆そうなの?」

 

「おい、この紳士的な我輩がおかしな言動をする壊れた悪魔に該当すると申すか」

 

「好みの味は?」

 

「絶望だ。マクスウェルは使役される代価に、マクスウェルの好む絶望の悪感情をもらう。決まった年月分延々とマクスウェルの為だけのご飯製造機となり、代金を支払い終えるまでは年を取ることも死ぬこともない! そして、頭の一部がないあ奴は記憶することができないからな。気に入った契約者は必ず食べて体の一部にする……

 ――どうだ小僧? 怖気づいたか?」

 

「いいや、想像以上にバカそうで助かったよ」

 

 脅そうとした地獄の公爵に、仮面の少年は不敵に爛々と、その双眸を輝かせる。

 

「おそらくは、頭が赤子なマクスウェルはアルダープに侮られているのではないか。でなければ、最上位悪魔を使役しているというのに、新たにその眷属でもない上位悪魔(アーネス)を召喚しようなどとは考えない。アルダープの分析した性格からして、これまで成り上がった地位も己の力だと思っているのだろう。自分よりも明らかなバカそうな相手を崇めるような性格はしていない。使い走りにしているが、あまり頼りにはされていないと見るな。裁判の時のやり取りからして、下級悪魔か何かと勘違いしていそうだ」

 

 これは希望的観測だが、真ならばこの食い違いは、相手の牙城を突き崩す瑕疵となるもの。付け目だ。

 また、頭が足りないということは物覚えが悪い。悪魔の力を発揮するに重要なその者の名前を、必ず契約主(アルダープ)から教えてもらわなければならない。

 そして、あの領主は何度となく“いらなくなったものは捨ててきたのだろう”。ならば、一押しすれば……

 

 これで……詰み手が見えた。微かな光明を垣間見たのと同じなのだとしても、確かに見えたのだ。

 やっと、地獄の公爵を討つための策が整ったことを、とんぬらは宣言する。

 

 

「たとえ、地獄の公爵であろうとも、我が名はとんぬら。正々堂々手段を選ばず真っ向から騙し討ってみせよう」

 

 

 それは青い炎のように見た目は涼やかに、しかし大きな熱を秘めた声色であった。

 

「俺の持てる全ての力を使って、やっと賭けに出れるかと言ったところだが。それだけの準備は積んできた」

 

「準備、か。それは我輩がやらせたボランティアの合間にやっていたことか」

 

 手品師の手法である。他所へ視線誘導し、水面下で手を動かしていても見つかりにくくなる。相手に詰んでいると気付かせない。

 

 復興支援であると同時に、領主の屋敷から山の麓まで繋げられる水路を築いていた。いざというときに敵陣へ水攻めができるように。敵拠点を潰すのは基本である。

 

「王都の一件で元々、九割九分ほぼ確定していたが、アレはあんたが指示を出してくれた、いわばヒントでもあったしな。役に立つかもしれないと思った。だから、準備した。他にも色々と仕込みはしていたんだが、大半は無駄に終わるだろうな」

 

「骨折り損のくたびれ儲けなど好んで良くやるものだな竜の小僧」

 

「冒険者はヘマをすれば死ぬかもしれない。だったら、死なないために死ぬほど用意しておくのは当然の事だろう」

 

 紅魔族の中でも優秀な頭脳が、不幸体質に鍛えられ、より実戦的に鋭利化している。

 アドリブさえシナリオにするその智謀は、今、この己が置かれている状況すら諦めずに、むしろ利用しようとしているのだろう。

 

「百の準備をし、千の夢想をしてきて使える策がひとつあれば上等だ。可能性があると判断すれば欠かさず更新してきた――そして、今、最後の一ピースが埋まった」

 

 仕込みの期間は終わった。つまりそれは、開戦の時。

 その宣告を聞いたが、バニルはもはやこの“共犯者”を止めようなどとは考えなかった。

 バニル自身、同胞との殺し合いは避けるが、邪魔はしない。どうせ地獄送りになるのであれば、どちらでも構わないのが全てを見通す悪魔の考えである。

 誰であろうと助けを求めない相手に手を差し伸べることなどしない。

 ここは、第三者としてこれから始まる寸劇を鑑賞しようではないか。

 

「とんぬらよ。汝がどのようなものを完成させるのか、楽しみにしておこう」

 

 賢者の智謀以上に、竜の力以上に、この“共犯者”を評価するもの。

 人の名を呼ぶに値する二人目の人間は、初めて認めた人間と同じく……。

 

「期待外れとならないようにしよう。――じゃあ、マネージャーとの話は終わりだ」

 

 とんぬらは最初にバニルが来たのは意外だと言った。

 だが、それは助けが来ないことを全く期待していなかった言葉ではない。

 

「連れてきたことには感謝するが、これ以上の助けは必要ない」

 

「何だ、気づいていたのか」

 

「生憎だが、俺はゆんゆんのことなら全てを見通す悪魔よりも行動を()()()()()()()()んだよ」

 

 パチン、と指を鳴らすバニル。

 すると話の邪魔をさせぬようにかけていた金縛りの呪いが解けた全身鎧の検察官御付き人は、身隠しの重りを脱いで、飛び出した。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 これまで途中、彼が重要な話をしていると気付いて黙っていたが、彼女は、痛々しい傷ついた鞭の痕を見ていていっぱいいっぱいであった。

 

「とんぬらっ! その身体早く治療しないと……!」

 

「大したことはない。それより、街の様子は?」

 

 悪魔は助けを乞わない人間に手を貸さないが、代価を払う者には力を貸す。悪魔がわざわざこの牢獄へ来たのは、店主に頼まれたのもあるが、少女に乞われたからである(その代価として、お城での入れ替わり事件の感想を話すことになり愉悦悪魔から散々な羞恥責めにあった)。

 

「もう大変よ! カズマさんが止めてくれたけど、めぐみんが爆裂魔法を街の中にぶっ放そうとしたり! 他の人達も大勢で暴動を起こしてこの警察署に来て抗議したりして!」

 

「なるほど、それでこうも悠長に話ができる余裕があるわけだな」

 

「そんなことより! とんぬら、早くここを出ましょう! ダクネスさんがダスティネス家で匿ってくれるって」

 

 どうやらゆんゆんは脱走後の事も考えてくれたようだが、

 

「いや、ゆんゆん。俺が脱走しても解決せん。この通り、」

「『ライト・オブ・セイバー』――ッ!」

「待て待て待て! 頼もしいパートナーであるのは嬉しいが、少し待てゆんゆん!」

 

 鎖をぶった切ろうとするゆんゆんを慌てて制止する。

 けれど、止まってはくれたが光り輝く手刀は解かず、見ただけで火傷しそうな熱量が篭る赤い瞳をギラつかせ、

 

「何かあるのとんぬら? それって後回しにできない? 早くとんぬらがここから出てくれないとめぐみんが爆裂魔法を撃てない」

 

 普段温厚に見えるまともな少女もどうやら紅魔族の好戦的な血を引いているらしい。

 

「ゆんゆん、落ち着け。警察検察の方は悪くはない。真実を捻じ曲げる悪魔の力でアルダープの思うがままに振り回されている」

 

「じゃあ、ここの領主に爆裂魔法を撃ち込めばいいのね?」

 

「発想がテロリストになってきてるぞっ! まず街中では魔法の仕様は条例で禁止にされているところから思い出そうか!」

 

「だって! 何も悪くないのにとんぬらが、こんな扱いを受けさせられて……! 私は許せないわよっ!」

 

「ああ、それには俺も相当腹が立っている。でも、それよりも優先すべきことがある」

 

 どうどうと火が点いちゃって沸点に達している相方を制しようとするとんぬらだが、

 

「とんぬらのことよりも優先しなくちゃいけない事って何なの? 私にはそんなの思い浮かばない」

 

 ゆんゆんは、抑揚の乏しい口調で言った。その冷え冷えとした声の響きから、ゆんゆんの怒り具合は半端ないのだととんぬらは気づく。逆賊やら怪物やら、とんぬらの扱いを相当腹に据えかねているらしい。

 こちらが何と言おうと断固連れ去る構えだ。真面目な性格が災いして、ゆんゆんには思い込みが激しい一面がある。それが暴走してしまうとちょっとやそっとじゃ止められない。この牢獄へ侵入したのもとんぬらの事を心配しての行動とはいえ、流石にこれ以上は無謀である。

 

「それに、だ。俺は“怪物を倒さなければ明日中に首が絞まる枷”、『願いを叶える首輪』みたいな魔道具をつけられている」

 

「わかったわ。それを斬ればいいのね」

 

「俺の首までぶった切れそうだから勘弁してくれ」

 

 ここまで嘆願して、やっと『ライト・オブ・セイバー』を解いてくれた。それからしばらく、魔道具の枷を触って、ガチャガチャと外れないか、どこかに鍵穴がないかと探っていたが見つからず、

 やがて、俯き……

 

「……どうしてとんぬらはそんなに落ち着いているの? 死刑にされちゃうかもしれないのよ!?」

 

「死刑にはされない。山の麓の眠れるヒュドラの変異種と戦わされることになる」

 

「そんなの死刑と変わらないじゃない!?」

 

 ゆんゆんが責めるような口調でとんぬらに訊いてくる。とんぬらは少し困ったように視線を天井に向け、

 

「別に落ち着いているわけではないんだけどな。ただ冷静にならないといけないからそうしているだけで……それに、ゆんゆんが助けに来てくれるだろうと信じていたから」

 

「だったら、素直に助けられればいいじゃない!」

 

「だから、ゆんゆんや兄ちゃんたちを頼りにしていないわけではない。ただ、今回の相手は一筋縄ではいかない相手なんだ」

 

 噛みついてくるゆんゆんに、とんぬらはフォローを入れつつ説明する。

 

「ゆんゆん、あちらに真実を捻じ曲げる悪魔がいる以上、こちらが事を起こしても“待った”を掛けられてしまえば、状況はさらに悪くなる。ダスティネス家まで巻き込むかもしれないし、最悪、ダスティネス家が敵に回る可能性だってある」

 

「そんな……!」

 

「ゆんゆん、真実を捻じ曲げる悪魔というのはそれほどに反則なんだ。ゆんゆんだって見たはずだ。兄ちゃんの裁判がああも理不尽で不自然に逆転して死刑判決が下ってしまったのを」

 

 ここでとんぬらが脱走に成功したとしても、向こうにはマクスウェルがいる。

 アルダープのスケープゴートにされようとしているとんぬらは見張られているだろうし、その行動も逐一報告されているはずだ。

 異常事態が契約主のアルダープに知れれば、辻褄合わせの地獄の公爵が動く。とんぬらを匿ったダスティネス家に、真実を捻じ曲げる悪魔の呪いが降りかかるだろう。

 相手の思うがままに動かされている方が、現状維持で、安全なのである。

 

「じゃあ、どうするの? このままだととんぬらが……!」

 

「悪魔は契約者から具体的に命令されていなければ真の効力は発揮し得ない。つまり行動を見てからでなければ手を打てない。向こうは後手に回り、こちらが一手先んじることができる。だから、相手に気取られぬよう、掌の上で踊ってみせながら裏をかき、初手完封ができてしまう状況にまで持っていく」

 

 掌は手の裏。相手の土俵で堂々と裏をかくのは手品師のお家芸だ。

 

「それなら、めぐみんの爆裂魔法でその悪魔をふっ飛ばせばいいんじゃない?」

 

「それは、確実性がない。バニルマネージャーでも爆裂魔法が直撃すれば消滅するが、あれは食らうことを許容したからだ。もしも本気で逃げ回れたら当てるのは極めて至難な作業になっていたはずだ。実際、屋敷に『ランダムテレポート』で暴発寸前の『コロナタイト』が転送されて、爆裂魔法並みの爆発が、何の前触れもなく発生したんだろうが、アルダープは傷ひとつなく生還していた。きっとマクスウェルに守られたんだろう。これは奇襲でも成功するのは難しい」

 

 臆病と誹られようが、慎重に慎重を重ねる。

 千載一遇の機会が訪れ(つくら)なければ、全てがゲームオーバーになりかねない相手なのだ。

 

「――だから、ここは、悪魔の弱点を突く。そして、これができるのは俺が考えるに“ただひとり”だ」

 

 バニルと話をして確信したが、とんぬらが完全勝利、“自分自身の手で決着を付ける”のは諦めた。けれど、一杯食わせぬ相手ではない。

 そして、とんぬらはゆんゆんにこれから彼女にしてほしいことを頼む。

 まず、街に居る兄ちゃんら冒険者には、陽動となるよう派手な騒ぎを起こしてほしいが、けして領主の御布令を破らないでほしい。特にめぐみんは注意してほしいことを皆に伝えてほしい。

 そして、あとふたつ……

 

「……というわけで、頼めるかゆんゆん」

 

「いや! 話はわかったけど、私はとんぬらから目を離したくない!」

 

 理解はしてくれたけど、完全に納得してくれたわけではないようだ。彼女の中で優先すべきなのはとんぬらの無事であることに変わりがない。

 

「私、ここに残る」

 

「残るってな。国家転覆罪は共犯者にも適応される。脱獄幇助だって軽い罰じゃ済まない。ゆんゆんまで罪人扱いにされるんだぞ」

 

「上等よ。このままだととんぬらが無茶するじゃない」

 

「だけどな」

 

「とんぬらは、私の事が好きなのよね?」

 

 説得しようとしたら、いきなりこの質問。

 

「ああ、ゆんゆんの事が好きだ」

 

 すぐ応えたとんぬらだが、ターンはまだ続く。

 

「とんぬらは、私と結婚するのよね?」

 

「ああ。そのつもりだぞ。だから、ゆんゆん」

「とんぬらは、私と子供を作るのよね?」

 

 まだまだゆんゆんのターン。

 両肩を掴み、真正面から相手を逃がさず、ぐいぐいと迫る。

 

「あ、ああ。そのつもりだ。だからな、ゆんゆん」

「とんぬらは、私の事――愛しているのよね?」

 

「もちろん、愛し、て――――ルンテだ」

「どうして、あとちょっとでダメなのよ!」

「だから、十五まで待ってくれって! 大体、こんな雰囲気もない状況で口にするセリフじゃないだろ!」

「私はとんぬらが好き! とんぬらと結婚する! 子作りも頑張る! ゆんゆんは世界中の誰よりもとんぬらを愛しています! ――ほら! 言えたわよ!」

「ゆんゆんには、そこで腹を抱えて息苦しそうなくらい爆笑しているマネージャーが見えないのか!?」

 

 仮面の大男が牢屋の床を転げ回って、笑い声をあげていてさっきから相当うるさい。

 しかし、暴走ゆんゆんは止まらない。

 

「見えない! 私には今、とんぬらしか見えないから! 全然平気っ!」

 

「顔が真っ赤だぞ。恥ずかしいんだろ。本当は恥ずかしいんだろ! 無理をするな。後で思い返して悶えるのはゆんゆんなんだぞ」

 

 クソッ! 鎖で縛られてなければ、その黒歴史を量産する口を封じたられたのに!

 なんでこの人生の末路な牢獄の中に入れられていて、思春期の主張みたいなことにやっているんだ!?

 パルプンテ過ぎるだろ!

 

「いいわよ! 私を悶えさせてよ! もう今更、恥ずかしい話がひとつふたつ増えたってかまわないから! ……だって! とんぬらがいなくなったらそんなの笑い話にもならなくなる……! だから、傍に居させて……絶対に死なないで……」

 

 そして。

 

「……あー、もう、わかったわかった。運命共同体だよ俺達は」

 

 そんなゆんゆんの自爆戦法な嘆願に、とんぬらは根負けした。

 元より死ぬ気などなかったが、これでますます死ねなくなった。

 そこで、腹筋崩壊に苦しんでいた埃塗れな礼服姿の悪魔がむくりと身を起こす。

 

「どうやら、娘は片道切符分となるようだしな。伝言役くらいは請け負ってやっても構わんぞ?」

 

「やけに親切ですねマネージャー」

 

「とても美味しい思いができたからな。五年ほどこれをネタに美味しくいただけそうである!」

 

「やめて!」

 

「断る!」

 

「この悪魔!」

 

「うむ、悪魔だが何か?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

『ゆんゆん、俺の首に抱き着いてくれ。髪の中に顔を埋めるような感じで』

 

『う、うん……』

 

『どうした?』

 

『そんないきなり抱きつけなんて恥ずかしい……』

 

『さっきあれだけ告白しちゃっておいて何を言っているんだこの娘は?』

 

『で、でも、とんぬらがいうなら私、どんなことだって……! どんなに恥ずかしいことだってやるわ!』

 

『なあ、そんなに俺の要求って意識しちゃうことなの? さっきのあれで俺の常識の感覚も麻痺しているかもしれないけどさ、そう恥ずかしがられるとこっちも妙に恥ずかしくなってくるんだが』

 

『フハハハハハハッ! 汝ら二人は実に美味しい! 我輩をこれほど満腹にしてくれるご飯製造機はそうそうないぞ?』

 

 『ヤマタノオロチ』なるヒュドラ退治のお話にて、ヒロインを櫛に変身させていたそうだが、それにあやかって、ゆんゆんを櫛に変化させて、髪に隠していた。

 

『『モシャサス』――ッ!』

 

 体積材質までも変化させてしまう便利なコピーキャット魔法。

 この状態のゆんゆんは、初めての『アストロン』で、自力で解けずに固まったままのとんぬらと同じであるが、あの時とは違い、変化を解くのはとんぬらだ。

 

 

「――お目覚めの時間だ、お姫様」

 

 

 櫛に化けさせていたゆんゆんは、首に腕を巻くような形でお姫様抱っこな姿勢でとんぬらの腕の中に納まった。

 

「はぅ……」

 

 あれから四六時中、櫛という密着状態だった少女は瞳がトロンとして、吐く息が熱色を帯びている。余程精神力を摩耗されたのか。

 ……ただ何となく、左右にぱたぱた降られている幻影の尻尾が見えて、なんかもうペロペロと顔を舐めてきそうなくらいの懐き具合なのは気のせいか?

 

「きつい思いをさせちまったな。長時間、動けないのは大変だったろ?」

 

「う、ううん! 全然! 良かったわよすっごく!」

 

 労わるように声を掛けながら地面に下ろす。離れる際、少し寂しそうに『あ』と声を漏らすも、状況はそれどころではないのだ。

 

「今日はハードスケジュールだ。まずはこの本物にご退場願わなければならんからな」




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