この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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連続投稿その3です。


69話

「うおお……。感じるぞ……。今、この身に究極のチカラが宿ったことを……。もはや何者にもこのワシの行く手を遮ることはできない!」

 

 古代魔法『マナスティス』が、成功したと確信する

 前回の時にはなかった、この身体中に漲りわたる力。身の裡からこの高揚感が溢れて溢れて溢れて止まらない――!

 

「ど……どういうことだ……。何も見えん……暗や…みが……おそい……かかってくる……」

 

 過剰な供給にブレーカーが落ちてしまったかのように、アルダープの視界が暗転する。

 そして、耳元で、否、脳裏で幻聴が囁く。

 

「滅びるがいい……この地にある……何もかも……」

 

 地下工房を出て、巨大化した身体が屋敷を突き出た。

 その姿は徐々に、再びあの異形の姿に変貌していく。

 ジャマな屋敷を破壊し、外に出れば、目前に迫るのは金色の九頭竜。王国軍すら討伐不可能であった大物賞金首だが、身も心も破壊神となった己には、壊せぬ標的はこの世に存在しないのだ!

 

「滅びよ!」

 

 この手より放たれたのは、爆発魔法の光球。破壊神に相応しい魔法だ。上級魔法以上のスキルポイントを要し、習得困難なこの魔法でさえ、今のアルダープには無詠唱で容易い。直撃すればその頭部を消し飛ばすアルダープの攻撃は――突如、出現した透明な壁に反射された。

 

「『リフレクト』!」

 

 魔法攻撃を跳ね返す神聖魔法に、光球はアルダープへと返って来た。その爆発を食らったアルダープだが、魔王に匹敵する破壊神の肉体に大したダメージとはならない。

 が、精神的な衝撃は大きい。

 

「ヒュドラが、魔法を使っただと……?」

 

 低知能の魔獣が魔法を使うなどありえない。

 戸惑うアルダープ。だが、そんな考える余裕などない。主導権を譲るつもりがない。これから怒涛の展開が始まる。

 

『あの怪物は、古代魔法の変身によるものと推定。解呪をお願いします!』

 

「オーケー! 任されたわ! 『セイクリッド・ブレイクスペル』――!」

 

 九頭竜の馬車程はある咢がひとつ開くと、そこには青色の髪をした美しい女性が、後ろに先程反射魔法を展開した白髪の中年男性を含めた老若男女の信者を従えていて――視界を真っ白にさせる眩い光線が放たれた。

 

 

「ぐっ……ぐわああああ……!!」

 

 

 ヒュドラの口内に隠れ潜んでいたアクシズ教の『アークプリースト』にして水の女神アクアが放った解呪魔法が、破壊神アルダープに直撃した。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 『缶蹴り』という遊びがある。

 鬼が空き缶を守りながら、逃げた人を探す。見つけたら、その人の名前を呼んで缶を踏む。これで人は捕獲して、これを全員見つければ鬼の勝ちである。

 ただし、全員見つかる前に守るべき空き缶を蹴り倒されてしまえば、鬼の負けだ。

 

 カズマも日本で、昔、公園でやったことがある。

 その時に、卑怯と言われたやり方があった。

 それは例えば、缶の近くに潜んでいて鬼が数を数え終えた直後に缶を蹴る、似た背格好の者同士で変装して名前を誤認させる、大勢で缶に向かって突っ込んで名前を叫ぶ余裕を与えない……などと一対多で延々と蹴っ飛ばされた缶を拾わされ続ける鬼。これは流石にイジメになってしまうのでこれらは禁じ手になっている。

 それで、だ。

 この缶蹴りで例えると、とんぬらが提案したのは、中が見えないよう窓ガラスが加工された車で特攻して、空き缶を轢き潰すというものであった。

 徹底して、容赦がなく、地獄の公爵な鬼に捕まるよりも早く、その契約者という空き缶を狙う。

 

 相手の究極魔法を女神級の解呪魔法を喰らわせて、怪物の姿なままだが効能は半減させた。5mはあったろう巨体も、2mくらいに縮小していて見た目にも効いているのは明らかだ。そこで、トロイの木馬の如く、隠れていた九頭竜の顎から大勢の人間が降り立って、アルダープを囲う。

 

「ぐあああ……どうしたことだ……。チカラが……抜けていく……だが……全てを、破壊し尽すまで……止まるわけに……いかん!」

 

 翼の背後より鬼火のようにオーラを揺らし、アルダープは吼える。

 その前に立ちはだかるのは、誰よりも先陣を切って、皆の盾となる『クルセイダー』にして、領主の望む相手であった。

 

「アルダープ……。怪物にまで変わり果てた貴様に、今日こそ引導を渡してやろう」

 

 『鎧の魔剣』を展開したダクネスが、静かにいつになく真剣に剣を向けると、怪獣と化したアルダープの目の光に歓喜が湧いた。

 ああ! ララティーナ! この声は間違いなくララティーナだ!

 盲目であろうとも声さえ聞けば、何年も夢想してきた豊満な肢体は容易く脳裏に想像ができる。

 イメージされたその姿に、その顔に、即座にドス黒い欲望が身をもたげる。

 

 蹂躙(あい)するのは自分の手で!

 『(デコイ)』スキルなど必要なかった。アルダープは状況の何もかもを無視して、ダクネスへと真っ直ぐに迫る。

 

「ララティーナ! ララティーナ!! お前の身体をどれだけ嬲ってやりたいと願ってきたことか!!」

 

 振り下ろされた爪の一撃を、剣を盾にし受けたダクネス。鈍い音ともに走った衝撃に彼女の足元の石畳に亀裂が作り、地盤がすり鉢状に凹む。

 

「っぅ……!」

 

 よくぞ原型を保ったと言えよう。

 半減しているとはいえ、破壊神の力だ。

 硬い防具に事前に防御強化の支援魔法を施されていたのもあるが、何よりもこれはダクネス自身の高い耐久ステータスで、アルダープの渾身の一撃を受け切ったのである。

 その爪は深くダクネスの肩へと食い込み、下手をすれば致命傷になるのではと周囲のものに感じさせた。

 

「舐めるなアルダープ! 『盾の一族』と呼ばれたダスティネス家の力はこんなものでは潰れんぞ!」

 

 だが、ダクネスはその爪を喰い込ませた破壊神の腕を押さえ、空いた手で、自分に啄もうとしていた嘴の下顎を捕まえる。

 アクアを筆頭に後衛のアクシズ教のプリーストから回復魔法を受けながら、ダクネスは掴んだ手を放さず、アルダープを抑える。

 

 

「皆の魔力を俺にわけてくれ!」

 

 『グランドラゴーン』の変身を解いたとんぬらが、閉じた鉄扇を両手で握り締め、頭上に掲げ叫ぶ。鉄線の先にはゆんゆんの『光刃付加』によって、紅魔族が最も好む『ライト・オブ・セイバー』が迸っている。

 

 紅魔族は、先の『グランドラゴーン』戦で魔力をかなり消耗している。渾身の魔法は撃ててもあと一発だろう。だから、ひとつにまとめる。

 知能が高く、そして、ノリがいい紅魔族は、光の刃を避雷針と見立てて雷魔法を放つ。

 

「受け取ってくれ、とんぬら! 『ライトニング』!」

「くっ、後は任せたぞ! 『ライトニング』!」

「娘もよろしく頼むよとんぬら君! 『ライトニング・ストライク』!」

「同士よ、僕たちの力も一緒に! 『カースド・ライトニング』!」

「弟子君、一発で決めなさい! 『ライトニング・ストライク』!」「『ライトニング』!」「『ライトニング』!」「『カースド・ライトニング』!」「『ライトニング・ストライク』!」………

 

 そして、最後は、ゆんゆんが祈るように『光のタクト』を両手で握り、

 

「とんぬら、決めてきて! 『ジゴスパーク』!」

 

 里の皆からの万雷の輝きを、迸る光の刃が呼び集め、眩く束ねられていく。『マホプラウス』の魔法錬成の技法だ。

 この輝光の脅威は、『賢王』の製作した世界を滅ぼしかねない兵器が放つ一撃と同じ。今、とんぬらがこの一身で、『レールガン(仮)』の役割を果たしている。

 そして――

 

 

「『バインド』――ッ!!」

 

「っ!?」

 

 『潜伏』していたカズマが、ミスリル製の特注ワイヤーを放ち、ダクネスに夢中になって攻めていたアルダープを拘束。破壊神の力ならばそれも破れるだろうが、アクアによって力が半減している今ではすぐにとはいかない。数秒の自由を奪い、その間にダクネスは下がり、

 

「ワシとワシのララティーナの逢瀬を邪魔するな小僧!」

 

「はっ! ダクネスはうちのパーティの大事な仲間だ。おっさんの物じゃねぇよ。それよりか自分の心配をしたらどうなんだ?」

 

 

 機は、満ちたり。

 

 

「『ミナ――デイン』ッ!!」

 

 

 光が奔る。

 光が吼える。

 強烈な反動と共に、鉄扇の先から放たれた眩い渦巻き迸る奔流は、破壊神を呑み込んだ。鬼火の如きオーラごと、総身を灼熱の衝撃に晒されて、声にならぬ絶叫を張り上げた。

 半減なれど究極魔法の守護は、アルダープを即死させることはなかった。だが、それで尽きた。

 異形の肉体が灰となって崩れ去り、その内側から蛹が脱皮するように元の身体のアルダープが地面に倒れる。

 

(今しか、ない――!)

 

 紅魔族皆の魔法力を受けた『ミナデイン』の負荷で、長年愛用してきた相棒の『白虎の扇』はバラバラに壊れた。もう、これは使い物にならないだろう。

 それを名残惜しむ間もなく、歓声を上げることもなく、とんぬらは走った。

 

(ヤツが、来る前に――!)

 

 アルダープは、掠れた声で、求めた。

 

 

「助け、て、くれ……マク、ス……」

 

 

 瞬間、それはどこからともなく現れた。

 空間転移してきたかのように、前触れなくそこに。

 

「助けに来たよ、アルダープ! ヒュヒュー!」

 

 突然、出現したそれから、ドロリと濁った空気が溢れ出す。

 ひりひりと肌を焼く毒ガスのような魔力は、地を這い、空を昇り、世界を染め上げて、その場にいる者の時間を止めた。

 

 右目は青く、左目は白い、左右の目の色が違うものの、見た目は紳士的な貴族の青年。黒いタキシードをキッチリと着こなして、領主よりも気品ある貴族の貫禄が感じられる。

 金髪で色白の、ぞっとするぐらいに綺麗な顔立ちで、見た目は普通の人間と変わらないように思える。

 ただ一点だけ。

 “後頭部がない”という点がなければの話で。

 すっぽりと後頭部がない壊れた悪魔。それが放つ異様な雰囲気に、この中で魔力感知やプリーストでもないカズマでも、あれはヤバいと一目で理解した。そう、本能で。

 

「臭っ! なにこれもの凄く臭い! ちょっと、あれ本当に地獄の公爵じゃない!」

 

 そして、嫌悪感露わにする女神に、アレが本物だと太鼓判を押された。

 

『『サンクチュアリ』――ッッ!!』

 

 して、すぐに崇める水の女神の為ならば死をも恐れないアクシズ教団が最高指導者ゼスタを主導に、悪魔の力を弱める広範囲聖域魔法を唱えた。

 今、この時、ここ一帯は、悪魔の力を振るえない力場となる。

 それでも壊れた悪魔は、地獄の公爵。人間が作った即興の結界で力の全てを抑えきれるものではない。

 

「君たち、邪魔をしないでくれないか。ヒュー! 『アヴェルコヴェルリヴァース』!」

 

「私の可愛い信者たちになに呪いを掛けようとしているのよ! 『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』――!!」

 

 真実を捻じ曲げる悪魔が放とうとした呪いは、アクアの放った浄化魔法と相殺され、白い炎を散らす。

 

「光……。強い光! お前、嫌い! 大嫌い!」

 

「はあ! そんなの私だって同じよ! あんたみたいな壊れた悪魔なんて即滅よ即滅!」

 

 地獄の公爵と水の女神の息が詰まるような魔力の衝突が渦を巻いて人の立ち入れぬ領域を形成し――竜の少年は力尽くで押し入った。

 

「『エボルシャス』――ッ!!」

 

 己が最強の理想像を我が身に投影する究極変化魔法。

 『冬将軍』の鎧籠手が宿った右腕が、透明なほど愚直な一突きを全身全霊で放つ。

 

 

「これは、我が師の分だ! 『アルテマソード』ッ!」

 

 

 この仮初の肉体を神懸った一撃が穿つ音。

 まっすぐに。背中から胸を突き出した、退魔の刃。

 

「ヒュ――」

 

 『結界殺し』という貫いた対象の構成魔力を分解してしまう特性を持ったその武器は、悪魔がこの現世で動かす仮初の肉体には効果的であった。

 身体を形作る魔力が端から崩れていく。

 とんぬらは、マクスウェルを刺し貫いた『退魔の太刀』をそのまま残し、手放す。

 

 よし、ここで決め――

 

「アルダープは、やらせない!」

 

 次の瞬間、マクスウェルが消えた。

 残像も残らない速さでとんぬらを追い抜き、アルダープの元へ疾走するそれは、もはや人の動きではなかった。

 太刀が刺さったまま、そして、アクアが容赦なくその背中に浄化魔法を放つのを回避せず、ひたすら一直線に、助けを乞われた契約主の元へ。

 地獄の公爵が見せるその執念に、流石のアクアも怯むものを覚える。攻撃の手が僅かに止んだその一瞬で、マクスウェルはアルダープへ手を伸ばす。

 

「アルダープ! アルダープ!! ヒュー、ヒュー、ヒュー!!」

 

 ――このまま、逃がしてたまるか。

 師の仇だから、ではない。こいつらを自由にすれば、己の大事なものに害するかもしれない。その恐れ、あの師を狂わせた恐怖が、この真実を捻じ曲げる悪魔との戦いへ突き動かした。そして今、とんぬらとそれが重なり、世界で最も大事な彼女を奪われる未来を幻視させる。

 

 

 ――我が弟子とんぬらよ、ここで諦めるな――

 

 

 この世界は生命活動に止めを刺した時、その存在の魂の記憶の一部を吸収する。いわゆる経験値というものだ。

 それはけして目で見ることはできない。

 だが、その懐かしき残響(エール)を耳にした途端、究極変化魔法で尽きたはずの身体に、魔力が湧いた。

 

 とんぬらはこの衝動のままに、無詠唱で奇跡魔法を叫んだ。

 

 

「『パルプンテ』――――ッッッ!!!!」

 

 

 服の中に入れていた、壊れた懐中時計が、カチリ、と音を立てた。

 

 

 ………

 ………

 ………

 

 何も、起こらなかった……ように、カズマたちには見えた。

 

 とんぬらの手はなにも掴めず、悪魔を刺し貫いていた太刀も地面を転がっている。

 ……そう、マクスウェルはアルダープを連れて、その場から何処へと虚空を跳んで行ってしまったのだ。

 

「とんぬら――!?」

 

 そして、全てを出し尽くした、今度こそ一欠けらも力が残っていない少年は、ばったりと前のめりで倒れた。

 

「死ぬほど……痛いぞ……」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――助かっ、た……

 

 実感がわかないが、アルダープは未だ首を絞められているような息苦しさを覚えるも、朧げな視界に、奴らがいないことを心の底から安堵した。

 ここがどこだか未だわからないが、おそらくは見覚えがあることからいくつか所有している別荘のうちのどれかだと予想する。とにかく、ここにあの仮面がいないのなら、どこだっていい。

 

「ヒュー……ヒュー……大丈夫かい、アルダープ?」

 

 ボロボロな全身が焼け焦げている、珍しく弱っているように見える下僕。相変わらず気味が悪いヤツだが、それでもこいつのおかげで九死に一生を得たのだ。が、

 

「助けに来るのが遅いわ、この無能め! もっと早く来ていれば、ワシはララティーナを……!」

 

 壊せたはずだったのに!

 あと少しのところで邪魔された。許さない。あの場にいた全員、特に拘束した冒険者と恐ろしい仮面は、地獄のような目を遭わせてやる。

 安堵するや、早速、腹の底から復讐心が煮え滾った、その時。

 

「ヒュー! ヒューッ! 頑張って! アルダープを助けた! 僕はアルダープから代償を貰わないと! 今日で契約が終わりだから、代償を払ってくれるんだよねアルダープ?」

 

 マクスが、ボロボロの身体だというのに、興奮したように笛の音の様な声を出し、嬉々としてそう言ってきた。

 しまったな、そう言えばそんな事も口にしてしまった。あの時は、究極魔法なんて誇大広告もいいところな力に酔ってしまい、つい契約を切るようなことを言ってしまった。

 まあいい。どうせ、下級悪魔のこいつではあの仮面の奴らには敵わない。もっと強大な、地獄の公爵を使い魔にして……!

 

「分かった分かった、代償だな。払ってやる払ってやる」

 

 切り捨てたモノのことなどどうでもいい、とアルダープは生返事で適当にあしらい、どうやって最上位悪魔との契約を取り付けるかと思案に入る。

 そんな頭の片隅にふと思う。

 

(そういえば、こいつに代償とやらを払うのは初めてだな……。どんな物を請求されるのかは知らないが、まあ、散々こき使ってやったのだ。最後の駄賃に代償ぐらい払ってやっ)

 

 ――ゴギンッ!

 

 突然、響く鈍い音。

 

「…………えっ、あっ――ああああぐああああああっ!?!?」

 

 それが、自分の両腕が折られた音だと最初、アルダープはわからなかった。

 無表情のままのマクスが、折った両腕を握り締めている姿を確認してようやく事態を把握した。

 

「ひいっ!? ひいいいいっ! 痛っ、いっ、いだああああっ!?」

 

 折れた両腕を握り締められ、悲痛な悲鳴を上げるが、ここは森の奥にある別荘。周りには誰も人はいないし、誰にも聞こえない。どんなに助けを求めても、聞こえる事は無い。

 そう、確かここは、気に入った娘を攫って来た時に、それを嬲るためにわざわざこの人気のない場所に用意した別荘だった。どれだけ叫ぼうとも、それを聴くのはここにいる壊れた悪魔のみ。

 

「アルダープ! アルダープ!! 良い声だよアルダープ! ヒュー、ヒューッ!」

 

 壊れた悪魔が、理解できないことをほざいている。

 

「何をっ! 放せマクス! 止めろ! 痛い、止めてくれえっ!」

 

 泣き叫ぶ声を聞き、マクスは初めて……そう、この長い付き合いになる悪魔が、初めてその顔に表情を浮かばせた。

 無機質だった能面の様なその顔をぐにゃりと歪め、実に楽しそうに嗤う。

 

「ヒュー! ヒュー! ヒュー! ヒュー! 僕はずっとアルダープの絶望を味わいたかったんだ! それが満足いくまで食べられるなんて最高だよ! ヒューッ!」

 

 悪魔の嗜好が理解できない。ただ、これから途轍もなく恐ろしい目に遭う事だけはわかってしまう。ゾッと背も凍るような怖気さに、腕の痛みも感じなくなった。

 身体を震わせ、必死に悪魔に懇願する。ああ、きっとマクスはこれまでの扱いを腹を立てていたのだと。そう信じたくて。

 

「わ、分かった! 今まで酷使して悪かった! こうしよう! まず、私の莫大な資産を四分の一! いいや、半分くれてやる!」

 

「いらない」

 

「そ……それなら、家の者を何人でも玩具にしてくれて構わんぞ! ワシなんかよりも良い声で哭く方が良かろう!」

 

「僕は、アルダープが良いんだ。アルダープが好みなんだ! ヒュヒュー!」

 

「ま、まま、マクス……、マクス……! わ、ワシはお前に色々と酷い事を……酷い事をしてしまった。頼む、助けてはくれんか? 見逃してくれ、ワシはああ見えて、お前の事が嫌いでは無かったのだよ……! 本当だ! なあ、頼むマクス!」

 

 ウソだ。こんな言葉、舌を引っこ抜かれても言いたくなかったが、今はとにかくこの壊れた悪魔の機嫌を取ることに必死だった。

 そして、マクスは握っていた腕から手を放してくれた。

 良かった。本当に良かった。これで、助かった。

 アルダープは、そのままぺたんと床に座り込んだ。それから、『これで満足してくれたのだ』と仄かな希望を抱き、恐る恐る見上げればそこに…………マクスの笑みがあった。

 それは、とても無邪気な笑顔。ずっと無表情だったこの悪魔の、純粋な子供の様な笑顔に、アルダープは最悪の選択をしてしまったことを悟った。

 

「アルダープ! アルダープ! 僕もだよ! 僕も、君が好きだよアルダープ! 地下室に、泣いて許しを請う娘の髪を掴んだまま引きずり込み、乱暴を働いた残虐な君が好きだよアルダープ! 君の大切な物をうっかり壊した、命ばかりはと助けを求めた使用人を、躊躇無く殺した君が好きだよアルダープ!」

 

 壊れた悪魔が顔を紅潮させて力説する“愛の告白”に、全身から汗が噴き出した。失禁もした。

 

「アルダープ! アルダープ! 僕が君を、どんなに好きかなんて伝わらないだろう! 君が好きだよアルダープ! この眼を見てよ、この色の違う瞳を!」

 

 壊れた悪魔の目は右目が青く、左目が白い。その理由をアルダープは知らなかった。ただ単にオッドアイがこの下級悪魔の特徴なのだと、そう考えていた。

 

「この青い眼はね、アルダープ! 僕と最初に契約してくれた人の眼なんだよ! 僕は記憶する事が出来ないからね! 僕は、僕は頭の一部が無いからね! でもねアルダープ、この眼の持ち主の事は覚えていられる! 何せ、身体の一部にしたんだから!」

 

 ああ、そうか。

 この悪魔をどうしても好きになれない理由はここにあったのだ。

 ワシはずっと、この悪魔の隠し持った本性に、心の底で恐怖を抱いていたのだろう。

 今はもう、目の前で笑い続けるコイツの事が、恐ろしくて仕方がない。

 

「どうやって身体の一部にしたか、聞きたいかい、アルダープ! 彼の……、いや、彼女だったのかな? その身体の一部を食べて取り込んだんだ! ああ、アルダープ、アルダープ! 残虐な君は素晴らしい! 愛おしい! 君を殺して、食べてしまいたいほどに!

 ――そう、こうやって!」

 

 己の絶頂を熱く語りながら、そいつはボロボロになった右腕を千切ると、ワシの腕を取って、じゅるりと舌を這わせて舐めてから、関節が外れた大口で肘関節まで丸かじりした。

 

「ああ! これで、君ともいつまでも一緒だねアルダープ!」

 

「ぎゃあああぐああがあっ!?!?」

 

 腕ひとつを食われ、転げ回るアルダープ。そして、欠損した部位からマクスウェルに新しい腕が、そう、今、食べたアルダープの腕が生えた。

 

「ヒュー! ヒュー! ヒュー! ヒュー! 堪らない! 堪らないよアルダープ、今君が放っている絶望の悪感情(あじ)は! ああ、堪らない、堪らないよ! こんなに昂ぶったのは何時振りだろう? そうだ、母さんだ! 母さんを殺した時だ!」

 

 ――ああ、どうか。

 

「あれ? なんで母さんを殺した事を覚えているんだろう? ……? ああ、そうか! 母さんも、殺して食べたんだった! ヒューッ、ヒューッ、ヒューッ、ヒューッ!」

 

 どうか、せめてこの壊れた悪魔が、私を嬲るのにすぐ飽きて、楽に死なせてくれますように。

 

「大事にするよアルダープ! 君が壊れないよう、ずっとずっと大事にするから! ヒューッ、ヒ――――」

 

 

 アルダープのその願いは、成就した。

 この直後、凄まじい爆発が屋敷を吹き飛ばした。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 まったく、頭は赤子、誤飲誤食等食事に注意を払うことを忘れてしまっている。

 我輩も、絶頂を覚えるほどの特上の悪感情を食らった時は死んでもいいと思えるが、これは注意不足である。

 ちゃんとアルダープの首に、我が魔道具店のガラクタ魔道具を魔改造したものが嵌められていたことを確認しなかったとは、念願かなったのにこれで遠距離恋愛になるとは報われん。

 

 あの不良債権店主が、『最後の時には、命を懸けて大切な人を守れるように』というコンセプトで作られたという『メガンテの首輪』。その瀕死になれば強制発動して爆発を起こす魔道具をあの竜の小僧が魔改造した、一度つければ外れず、最上位悪魔も滅ぶ爆裂魔法並みに威力を上げた『ギガンテの首輪』が、アルダープの首に嵌められていた。

 

 ……まあ、気づかないのも仕方があるまい。

 竜の小僧の奇跡魔法は、あの時、“時間を止めてみせた”のだ。マクスウェルさえも行動不能な凍った時間の中を竜の小僧はひとり動いて、道具袋の奥にしまってあった悪魔殺しの秘策であるこの『ギガンテの首輪』をアルダープに装備させた。

 

 そして、不注意に腕を喰い千切って、領主が出血多量で死にかけたところで、『ギガンテ』が炸裂した。

 竜の小僧の計算通り、“悪魔が最も隙だらけになる”食事時に。

 マクスウェルも絶望の悪感情に夢中で、領主が自爆したことも気づけなかったことだろう。結果、ヤツは地獄へ還った。残機が一つ減ったが、滅んではいないだろう。こちらとしてもマクスウェルが地獄へ還ってくれたのは楽ができてありがたい。

 

「こうなるのは、命令なしに遊び半分で手を出した時に決まっていたことであったな」

 

 全てを見通す予言と予知の力も、己の利益欲求のために使えば、いつかその反動に痛い目を見る。マクスウェルも真実を捻じ曲げる辻褄合わせの力を、ダンジョン主のリッチーに使ってしまったことから、竜の小僧に運命力が味方するように働いてしまったのだろう。

 これで、マクスウェルも少しは人間の恐ろしさというのを学習するといい。

 

 さて。

 

 爆心地で、何と地獄の公爵退治の偉業を人知れずに果たした人間、アルダープがHP1(ひんし)の状態で転がっている。

 これは究極魔法『マナスティス』の恩恵に、それとも献身的に尽くすマクスウェルの契約主を四六時中嬲っても死なせないように掛けていた呪いがあっての生還。

 だが、爆炎に皮膚は焼かれ、髪は焼かれ、瞳は焼かれ、悲鳴を吐き出す口内も焼かれている。皮膚は茶褐色に変色していて、肉を焼く異臭が漂っている。喉まで焼かれてしまっているので、喋ることもままならない。顔の輪郭も変わってしまったそれはもう、領主には見えんだろう。

 

 だが、これでもまだ息がある。この後、ここに爆発の騒ぎを聞きつけて、領主の義理の息子バルターが警備隊を引き連れてここへやって来て、アルダープを助けるだろう。

 もっとも、何もかも全てが終わってしまって、死後までお先真っ暗であるが。

 

「ふむ。ここは見物料に貴様に助言してやろう、傲慢で矮小で、そして、不幸な男よ」

 

 アルダープの側に歩み寄ったのは、屋敷の使用人……に化けた仮面の悪魔バニル。

 ぴくぴくと震えが走ったことから、バニルの気配に悪魔の臭いを覚えたアルダープは怯えているのだろう。この様子ではマクスウェルの求愛がよっぽどトラウマになっているようで、もう二度と悪魔召喚などすることはない。

 

「まず、貴様がマクスウェルへ支払う代価は凄まじい量になっている。百年や二百年では払いきれる物ではない。そして、これまでの、貴様がマクスウェルを使役してきた代金は、契約に従い、マクスウェルの好む味の悪感情を、決まった年月分放ち続けて貰うことになっている。支払いの義務があるのは契約者のみだ。つまり、請求されるのは貴様だけだ! おっと、我輩に絶望の悪感情をくれても代価を支払ったことにはならんぞ? 我輩が好むのは羞恥の悪感情であるからな! フハハハハハハ! フハハハハハハハ!」

 

 ちなみに、領主の資産は、マクスウェルが地獄に還った事で、様々な悪事が全て開示され、全財産を没収される。それは悪徳領主の監視を任されていたダスティネス家に管理されることになり、スケープゴートにされた小僧への多額の賠償金や破壊された王都の復興費用、街や国へと返還される事になる。……うむ、今回の大物賞金首退治の賞金も入れるとなるとバイトの小僧、ぽんこつ店主よりも資産があるのではないか?

 とにかく、つまるところ、こいつは無一文である。

 

 そのことを伝えてやると領主は、カタカタと歯を合わせ、泡を吹きそうになる。このままでは舌を噛んで死にそうだ。けれど、次のバニルの言葉でアルダープは何が何でも死ねなくなる。

 

「死んだら、地獄でマクスウェルが貴様を待っているぞ」

 

 ブルブルと震える領主。声は出せぬが、出せれば絶叫を上げていたことだろう。

 

「マクスウェルはこの現世から退場したが、滅んではおらん。きっと今頃、愛しの貴様を地獄の底からこっちへ来るように呼び掛けているだろうな」

 

 『アルダープ! アルダープッ!! 早くこっちへ来てよ! 僕に君の絶望を味合わせてよアルダープ!!』

 なんて、思念が届いたのか、領主の震えがより一層酷いものになる。

 

「さっきも言ったが、これまでの代価の滞納を考えると、一度滅んだくらいでは縁は切れない。しかも、運の悪いことに右腕を食われたのだから、マクスウェルが忘れるということもない。きっと右腕を見るたびに貴様の事を思い出すであろう。それに、生き足掻こうとも、またこの世界のどこかにマクスウェルが召喚されたとなれば、きっと貴様のもとに取り立てに行くぞ」

 

 契約は解除されたが、死後の地獄で席は予約済み。

 かといって、不老不死を望もうが、マクスウェルが現世に召喚された時点で終わる。

 そこまで、領主によく理解させてから、悪魔は一筋の蜘蛛の糸を垂らす。

 

「汝は、このままだと確実に地獄行きだ。そうなりたくなければ、善行を積むことだな」

 

 ――まあ、これからどんなに善行を積もうが、地獄行きを逃れることはないが。

 とまでは言わないでおいてあげた。最後の希望を取り上げるのがあまりにも可哀想だから、ではなく、希望を持って逝った方が、絶望の味はまた格別になるだろうから、というお預けを食らった同胞へバニルのささやかな配慮であった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――数日が経った。

 

 『グランドラゴーン』の討伐報酬である二十億エリスは、応援に来てくれた紅魔族、アクシズ教団、それから協力してくれた『アクセル』の冒険者に分配した。およそ、一人頭二千万エリスの報酬となっただろう(『エリス祭ではなくアクア祭を開催しよう』と企てるアクシズ教団にそんな多額の寄付金をやって大丈夫かとかなり不安になるが)。

 それから、ヒュドラが退治されたことで、今後魔力が吸われて枯れ果てていた湖付近の土地は肥沃な大地に変わる。栄養豊富な開拓地となり、農家の人も大助かりだ。

 

 そして、試練も果たせて、王都では手のひらを返して、宮廷道化師は怪獣から一躍英雄となっている。つまりこれは真実を捻じ曲げる呪いが解けたのだろう。マネージャーにも教えてもらったが、策が上手くいったのだ。絶望を得るために過度な虐待じみた食事になるとは予想していたので、罠を掛けた。缶蹴りで言うなら、空き缶を地雷に変えてしまったようなものだが、やはりうまいこと食いついてくれた。

 空き缶(ゴミ)……アルダープは一応生存しているようで、とても重体であるようだが義理の息子バルターが治療を受けさせている。もっともマクスウェルの隠蔽がなくなったため、あちこちで不正や悪事の証拠がこれでもかと湧いて出てきて、今回の一件で王都を襲撃した真の犯人で、貴族らを悪魔の力で惑わし、あまつさえ王家に危険な神器を送り付ける等まで発覚。呪いをかけられて弱っていたダスティネス家の当主も快復したようで、今も叩けば叩くだけ余罪が出てくるアルダープを厳しく追及している。お先は真っ暗だ。同情は欠片もしないが。

 ……あと、盛大な濡れ衣を被せられたことから、軽く億を超える賠償金が頂けるようになっている。クレアらを筆頭に王国から正式な謝罪もされた。冤罪が払われたのは素直に嬉しい。でも、ミツルギがうざい。あれから毎日店に押しかけて『なんでも詫びをする。いや、僕を殴ってくれ!』やら『君を裏切ってしまった僕が許せない!』などと気持ちはよく伝わったので、反省するなら他所でやってほしい。熱烈過ぎて、アプローチと勘違いしたパートナーがだいぶお冠だから。

 

 また、ドラゴンに化けられるのがバレてしまったわけだが、紅魔族にアクシズ教団が味方に付いていることが今回の件でわかったため、功績を僻む者がいても声を大にして非難する貴族様はいないだろう。両方ともこの世界の常識的に敵に回してはいけないものだ。

 

 それと、今回の件で、これまで愛用してきた杖代わりの鉄扇が壊れてしまった。けれど、討伐した『グランドラゴーン』の尾の辺りから、『必殺の扇』という先端が刃のように尖った扇が見つかり、皆の希望から満場一致でそれを頂くことになった。この新しい相棒には『虎徹』と名付けよう。

 

「俺は幸せ者だな」

 

 と新聞に軽く目を通しながら、思い返して一言。

 それからそろそろ、現実逃避を止めるとしよう。

 

 地獄の公爵よりも手に負えないものが存在するこの世界に目を向けるのだ、とんぬら。

 

「……天災店主よ、今一度訊ねる。金庫に入れておいたあのお金はどうした。おいそれと使い切れる額ではなかったはずだぞ」

 

「ですから、バニルさん、店番をしていましたら、私のお得意さんがマナタイト結晶を大量に持ってきてくれまして。今回のお祝いに何と相場の半分で売ってくれるというので、金庫のお金で買えるだけ買いましたよ! 今回は本当にいい買い物をしました! 私が見たところ、あの魔力からして間違いなく最高純度のマナタイトですよ!」

 

 呆然自失なマネージャーの前で、パアッと顔を輝かせ、褒めてくださいと言わんばかりに胸を張るウィズ店長。

 マナタイトというのは、結晶の質に応じてそれに相当する魔法を一度だけ肩代わりしてくれる物だ。

 ただでさえ高価な上に使い捨て。しかもこの店の立地条件は駆け出し冒険者の街。最高品質のマナタイトなんて言うお高い上級者向けのモノが、万年金欠の駆け出し冒険者たちに需要があるわけがない。

 

「……今や王都でイケイケな評判の小僧よ、どうだ? この穀潰し店主が拾い物だというこれを買う気はないか? そもそもこれは出所小僧のお祝いにとセールスされたものであるぞ。汝にはこれから莫大な金が入り、かなり懐が潤うのであろう?」

 

「ありませんね。確かに莫大な賞金に賠償金が手に入る予定ですが、うちのゆんゆんが将来のために貯金しようということになったので」

 

 ちょうど今、早めに上がったゆんゆんは銀行へ預けに行っているだろう。

 たくさん子作りを頑張ると宣言しているので、その養育費にと婚約者な少女ははりきっている。正直、この最近の夜の彼女の目が爛々と赤く光っていて怖いです。

 

「財布の紐を握られてどうする竜の小僧よ! 男ならもっと豪遊くらいしてみせんか!」

 

「ハッハッハ、いくら何でも、石ころ一個で数千万エリス、ちょっとした屋敷が立てそうな消耗品には手を出せませんよ。後こうなったのはバニルマネージャーが、ウィズ店長の幉を握れてなかったからだ。地位はあんたが上だが、こっちの方がバイト歴は長いんだ。ウィズ店長はチャンスだと思ったら、迷わず全賭け(オール)しちゃう問題児なんだよ」

 

「あああああああ! まさかあれだけの大金を一瞬で使い切るとは……! この消し炭店主の能力を舐めておった!」

 

 でなければ、貧乏店主など呼ばれたりなどしない。

 バニルが来るまでは、とんぬらがソロバンを弾いて、この赤字ロードを突っ走る自転車営業を軌道に乗せようと頑張っていたのだ。

 そんな地獄の公爵であるマネージャーと百獣の王な竜である契約社員が、この足元に山と積まれた負債(いし)を押し付け合うやりとりに、至高の不死王である名ばかりの店主はオロオロとしている。

 

「あ、あの二人とも……。私としては、良かれと思って……。品質に間違いはありません、売れるんです……。きっと、きっと売れるんです!」

 

「こんな高価な石ころが売れてたまるか! マナタイト自体は売れ筋商品だが、何ゆえ最高品質のマナタイトなど買い占めたのか理解できぬわ! ひとつ数千万もするマナタイトなど誰が買うか! そんなものを買うくらいなら、同じく使い捨てアイテムであり誰にでも簡単に使える、魔法が封じられたマジックスクロールを大量に買うわ!」

 

「ですね。この最高純度のマナタイトを一つ買えるお金があれば、数百本のマジックスクロールを購入できますよウィズ店長」

 

「し、品は最高品質なんです、大事に取っておけば、いつか通りすがりの大魔法使いが、これは良いものだと買い占めてくれたり……」

 

「そんな奇特な大馬鹿者がいてたまるか!」

 

「品質が良いのは確かに良い事ですが、ここに篭められている魔力量は爆裂魔法でもない限り一回で使い切るのは無理です。でも、マナタイト結晶は一回使えば全部すっからかんになる。はっきりいって、俺とゆんゆんにも買うならこれより一、二ランク下の物を買いますよ」

 

 これまで、新装開店から新商品の売れ行きが好調で、莫大な財産を築き上げた。そこからこれを投資資金に更なるステップアップしようと画策していたのに……

 

「ああ、何てことだ……。あの金を元手にこの街にカジノを造り、あぶく銭を手にするはずが……このポンコツ店主め! なぜだ!? なぜ汝は働けば働くほどに赤字を生むのだ! その忌まわしい呪いはどうにか解呪できないのか!?」

 

「わ、私は特に呪われているわけでは……」

 

「……くっ、なぜ我輩は、このような世にも奇特な店主の下で金を稼がねばならんのだ……。人間だったころの汝はもっとこう、誰もが注視し自ずと従う、そんなカリスマを持つ優秀な人間だったはずなのに……!」

 

 うむ、どうやら今月のバイト代は期待できそうにないので、ここはクエストに出てくるか。ちょうど勤務時間もこれで終わりになるわけだし、明日はお休み。何よりこれから修羅と化す地獄の公爵の巻き添えなど食らいたくもない。

 

「じゃ、店長マネージャー、俺、あがりますので、失礼しまーす」

 

「ウィズ、小遣いをやるから十年ほど旅をしてこい。その間に我輩が、この店を『アクセル』一の魔道具店に……」

 

「イヤですよ、私だけ仲間外れにしないでください! それに、年中変な仮面を被ったバニルさんにだけは奇特な店主呼ばわりされたくないですよ!」

 

「我輩の仮面を愚弄するのか!」

 

 そういえば、この前、ギルド職員から、何年も前から縄張り争いを続けている、グリフォンとマンティコアの討伐が塩漬けクエストになっているから、処理してくれないかと頼まれていた。

 よし、明日はそのクエストを受けるとしよう。

 ……なんか後ろで魔王軍の幹部級である最上位悪魔とリッチーがバトっているけど関わりたくない。

 

 そうして、店のお隣の我が家に一分とかからず帰宅して……

 

「ただいま、ゆんゆん」

 

「おかえりなさい、とんぬら。お風呂にする? ご飯にする? それとも、わ、私?」

 

「よし、じゃあ説教だ」

 

 絹のエプロン()()装備をしていないこの生娘のお出迎えに、英雄になった少年は頭を抱えたのであった。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 ミナデイン:ドラクエのパーティ全員で(もしくは二人連携して)放つ最終奥義な魔法。ドラゴンボールで言えば元気玉。全体ではなく単体攻撃なため、設定的に対ラスボス用の切り札と思われる(でもゲームでは普通にパーティ全員でアタックした方がダメージ総計は大きい)。

 ドラクエⅥの漫画版では世界中の夢の力を結集した数万数億の『ミナデイン』を放って、ラスボスを一撃で倒した。

 またロトの紋章では、敵に直接雷を落とすのではなく持っている剣に雷を落とした魔法剣。ドラゴンボール超の、未来トランクスがやった元気剣とほぼ同じ。ただし世界中の人間たちからの魔法力をもらった王者の剣は負荷に堪えられず破損してしまう。

 

 ギガンテ:メガンテの強化版。HPだけでなく、MPもゼロになるが、メガンテよりも破壊力が凄まじい究極自己犠牲魔法。

 

 必殺の扇:ドラクエⅨから登場する扇。必殺技ゲージチャージ率上昇効果がある。『扇』と『奥義』のダブルミーニングになっているネーミング。これを元に錬金強化していくと、『必殺の扇』→『無双扇』→『最終扇(超絶扇)』と最強武器になる。

 ドラクエヒーローズでも、キングヒドラを倒すと手に入る最強武器であったりする。

 

 パルプンテ新効果。

 時を止める:術者以外の時が三ターン止まり行動不能。


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