この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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連続投稿その二です。


71話

「――本当に何があってもワシを守るのだな?」

 

 屋敷の主であるでっぷりと太った男の言葉に、三本足の烏のマークが入ったシャツを着た男達、それを率いる厳つい男はニヤリと口元に品のない笑いを浮かべ、

 

「ああ、報酬を頂けるのなら守ってやるよ。警備会社『八咫烏』は皆対人戦のエキスパート、そしてこいつらを仕切るこの俺様は、王家も一目を置く天下御免の“宮廷道化師”だ。魔王軍の幹部が来ようが軽く蹴散らしてやるさ」

 

 厳つい男、その顔には白黒の仮面が嵌められていて、和服という変わった衣装をしている。

 宮廷道化師、最近話題になっているその話は()『アクセル』の財政を管理していたアウリープ男爵も知るところだ。

 第一王女に気に入られ、魔王軍の幹部をも倒し、そして、あのアルダープ領主の悪事を暴いた王国の新たな英雄。

 そう、あの一件で、私兵や使用人の大半が男爵という泥船から逃げ出した今、権勢を誇示するための力が足りない。これではいくら関与を否定しようがとてもダスティネス家の追及をかわすことができないだろう。そこで、新たな戦力を補充しようとしたところで、こ奴ら……宮廷道化師とそれが率いる『八咫烏』がやってきた。

 ……男爵の立場を悪くしてくれた張本人なのだが、金さえ払えば雇われる傭兵のようで、アウリープは、今はとにかく力が欲しい。写真や映像記録には一切姿を残してはいないが、今、目の前の男のような変わった仮面をつけた格好をしていると噂に聞く。噂通りだ。まあ、噂ではもっと若そうだと思っていたが、それは誤差だろう。噂というのは大概大袈裟に伝わるものだ。

 

「……本当に、貴様は宮廷道化師なのだな?」

 

「ああん? この仮面が目に入らねぇのか?」

 

 念のために確認をしようと問いかければ、仮面の奥からギラつく光を放つ双眸に凄まれて、アウリープは喉を鳴らす。

 

「男爵は知らんようだが、俺達が縄張りとしている街じゃあ、この俺様の仮面を見るだけでチンピラ共はケツを見せて逃げちまうんだぜ」

 

「そ、そうか。それは頼もしい。では、芸を見せてくれんか? 宮廷道化師の芸はとても素晴らしいものだと聞いている」

 

「百万エリスだ」

 

「なに?」

 

「王族にも絶賛された俺様の芸をタダで拝めるなんて考えてないだろうなあ? 宮廷道化師の腕はそこらの安い芸人風情などと一緒にしてもらっては困るぞ。護衛とは別料金だ」

 

「ぐぅ……ならば、いい!」

 

「そうかい、芸を披露してやろうと思ったのに残念だ。んで、俺達『八咫烏』を雇うかい?」

 

 警備料がかなり高額だが、英雄級の人材を雇えるなら破格だ。それでは今所有する資産の半分を使ってしまうことになる。とこちらが迷っているのを見てか、宮廷道化師は続けて言う。

 

「そういえば、親戚筋の領主がとっ捕まったそうだなあ。この俺様がやってやったんだが……その悪事の中には、男爵も関わっていたりするのもあるんでしょうかい? ああ、俺様は身内となれば目を瞑ってもいいとは思っている」

 

「こ、この……!」

 

 警察に密告されたくなければ雇え、と暗に言っていた。

 こめかみに青筋が浮かぶ。そうか、こいつらはだからワシのところに来たのか……! ここは口封じさせるためにも、身内に囲い込んでおかなければならない。それも、私兵がいなくなった以上は、暴力で黙らすことはできないので、金の力で。

 

(それでも、捕まって全財産を失いよりはマシだ!)

「わかった。……お前達を雇おう」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ここしばらく工房でチーズ作りやらに勤しんでいたとんぬらが、夕食の席に着くと変わった趣向が目についた。

 

「ゆんゆん、これは一体何なんだ?」

 

 居間の大きなテーブルの上に、美味しそうな料理の数々がズラリと並んでいる。

 鍋に牡蠣のしゃぶしゃぶ、椀物にスッポンの土瓶蒸し、それからヤマタノウナギの丼と、普通の男なら露骨すぎて軽く引くような献立であるが、里での花嫁修業を経てからこの最近ずっと精がつくような料理ばかりなので、とんぬらはもう慣れた。特に気にすることでもない。元より、女が出したものはそれがどれだけふざけたものであっても、笑顔で平らげ美味いというのが男の仕事であるととんぬらは考えている。そして、実際に美味いのだから文句などない。

 なので、とんぬらの目についたのは食卓ではなく、席に座らせられている二つの人形のことである。男の子と女の子の人形だ。

 

「この子たちは、レックスとタバサ!」

 

「レックスとタバサ?」

 

「うん、私達の子供の名前……この前、妊娠した時に考えたの」

 

 なるほど、理解した。きっとこの人形は子供を見立てたものなのだろう。マネージャーの呪いによる想像妊娠で、気が早すぎるマタニティブルーを乗り越えたわけだが、あれはあくまで想像妊娠である。それにこの前の族長からの『孫の顔が見たい』発言に再燃してしまったものと思われる。

 慰めにとお人形を用意し、誓った将来に思いを馳せる。

 この前、浮気していないのだがある知人の婚約レースに出て寂しい思いをさせてしまった身として負い目もあり、このくらいの御飯事なら、とんぬらは別に付き合っても構わない。先日、『後輩竜のゼル帝が強い子が生まれるように魔力を篭めてあげて!』とニワトリの卵を小一時間温めたくらい、とんぬらは付き合いの良い男である。

 ただ、何事にも限度はある。

 

「ゆんゆん、人形が、十以上あるんだが……」

 

「そうね。全員に名前を付けないといけないから大変。とんぬらも考えてあげてね? ちゃんとした、人に名乗っても恥ずかしくないのじゃないとダメよ?」

 

 居間の飾り棚に置かれた、椅子に座っているのと同じように人形たち。

 どうやら、ゆんゆんの思い描く家族計画は冒険者の一パーティでは収まり切れないようだ。

 

 

 次の日、とんぬらは、ひとりで家を出た。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 家を出て訪れたのは、お隣にあるバイト先の魔道具店。

 最初は、常識のある大人な女性、人見知りな彼女の相談役にと紹介した女店主に、とんぬらはちょっと妄想が加速気味なのを諫めてもらおうと声を掛けようとし、

 

「あ、ちょうどいいところに、とんぬら君! 胎教に良い魔道具というのは私も見たことがないし、このカタログの中にもないんですが、でしたら作ってみようとひょいざぶろーさんに相談しようと思っていたところで」

 

 自分の話に盛り上がっているウィズを見ながらとんぬらはそっと店の扉を閉めて、走り出した。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 次にとんぬらがやって来たのは、冒険者ギルドだった。

 許嫁の手料理のおかげで持て余してしょうがない血の気を発散せんと、一撃熊討伐クエストでも受けて、軽く殴り合いをして来ようと思ってきたのだ。

 すると、ギルドの一角で怪しげな知り合いの顔を見つけた。

 

「相談なのですが、家で飼っていたネロイド、ステスキーがもう三日も帰ってこなくて……!」

「お隣の軒下に挟まり身動きが取れなくなっているな。今すぐ行って助けてやるが吉」

「相談です。浄水場の管理をしているのですが、水の浄化を手伝ってあげるわ! と叫んでため池に飛び込む人がおりまして……」

「それは邪悪な存在であるので、魔除け代わりにため池へハバネロを散布するが吉」

「相談です……冒険者の皆さんが毎日のように問題を起こし、もっと楽に儲かる仕事を寄越せと言ってきて困ってます」

「受付も大変だな。では、今度、竜の小僧を塩漬けクエストに派遣させてやろう。とびきり面倒なのを用意しておくが良い」

「バニルの旦那、大変なんだ! あんたの力を貸してくれ! リーンに男が出来たんだ!」

「金のないチンピラの相談は受けん」

「旦那!?」

 

「バニルマネージャー、それに、あれはダストか……」

 

 この最近、事業の元手を稼ぐ金策のためにギルドで相談役な占い屋をやっているマネージャーに、『アクセル』一のチンピラが絡んでいた。

 

(何というか、あの変態師匠みたいな人間だよな)

 

 持ち前の捻くれた性格が滲み出ているような、目つきの悪い三白眼に、きっと元は金髪だったのだろうが、ロクに手入れもされていないせいで、くすんだ茶色に見える短めの髪。

 前衛職の『戦士』で、この駆け出し冒険者の街には、意外に変わり者が多く住み着いていて中には隠れた実力者がいるが、このダストという男もそのひとりだろうととんぬらは見ている。チンピラやって絡まれたときには撃退したが、あれは本来の武器ではなく、向こうも魔法使いの子供と侮っていたのが勝因だろう。

 その体捌きから推察するにおそらく本来の得物であろう槍を使わせれば……

 

「おっ! エースの坊主じゃねーか。ちょうどいいところに来た! なあ、金貸してくれ、バニルの旦那に相談したいことがあるんだが、今手持ちがないんだ」

 

「あんた、この前、『グランドラゴーン』の賞金を受け取ったばかりじゃないのか?」

 

「これまでのツケ払っちまったら全部なくなった。ったく、借りたモンを返したっつうのにどこも俺に金を貸してくれねーしな。もう酒を飲む金すらないんだよ、万が一俺が大金手に入れたら倍にして返すから、金を貸してくれエース様」

 

 ははーぁっ、と土下座をするチンピラ。かつて喧嘩を売った年下の冒険者を相手に、プライドなど投げ捨てているのか。公衆の面前で金を無心して土下座をするのは、これはある意味脅迫なようなものだろう。

 只ならぬ強者の気配を覚えた自分がバカらしくなるのだが、どうにも昼行燈な最高司祭の顔が浮かんでくる。どうにもこういうダメそうな大人を見ると、自分がどうにかしてやらないと思ってしまうのは、変態師匠のせいだろうかととんぬらは悩む。

 

「わかったわかった。この前、助けてもらったからな。いくらか金を貸してやるし、相談も忙しいマネージャーの代わりに聞いてやる」

 

「おお、流石、我が街のドラゴンエース様だ!」

 

 調子の良い先輩冒険者に呆れながらも、もはやあげるつもりで金を貸してから、神主として相談事を聴く。すると、その内容は……

 

「パーティの仲間のリーンに男ができたかもしれない、と?」

 

「そうだ! こんな大事件なのに、テイラーもキースもふーんの一言で済ませやがる! 大事な仲間が、どこの馬の骨ともわからねぇヤツといちゃついてやがんだぞ? 坊主だって、あの発育の良いチョロい彼女が変な男に引っかかったら心配だろうが!?」

 

「そうだな。だから、あんた、またゆんゆんに変に絡むんじゃねぇぞ」

 

「お、おう、わかってるぜエース様、あんたの女には絶対に手を出さない」

 

 ナンパした前科持ちに軽く釘を刺すと、ビビったチンピラな先輩冒険者。とはいえ、とんぬらも理解できる。

 あとの説明を聞くと、ここ最近急に付き合いの悪くなったリーンを不審に思い、四六時中その後をつけてみたら、もれなく知らない男と宿屋に入っていったという。やってることは、仲間とはいえストーカーである。

 

「つまりだ! このぽっと出野郎にリーンが誑かされてるわけなんだよ! 俺は仲間が心配なんだ。相手の男を調査したい。頼むぜエース、他のふたりは頼りにならねぇ! この通りだ、協力してくれ!」

 

「ふむ……。そういえば、リーンさんから相談を受けていたな」

 

「なんだって!?」

 

 奇遇にもとんぬらはダストの話を聞いて思い当たる節があった。

 

「それ本当か?」

 

「ああ、あんたの話と重なる点もあるぞ。特殊な性癖持ちのアクシズ教徒の貴族についてどうお断りを入れるべきか、とても悩まれていたな」

 

 アクシズ教徒ではないが、アクシズ教団に詳しいとんぬらだから、リーンは頼ったのだと思われる。

 

「え……俺、一言も相談されてないんだけど。同じパーティなのに……」

 

 それは、普段のチンピラな行いによるものだと思われる。

 兎にも角にも、事情をある程度知っているとんぬらが言えるのはひとつだ。

 

「ダスト……あんたは、この件に関わらない方がいい。リーンさんがどうにか話をつけるはず」

「いいや! ここは今すぐその宿へ行くべきである。邪教徒の手にかかる前に汝がその身を捧げて救ってやるべきだ!」

 

 忠告しようとしたら、見通す悪魔が口を挟んできた。

 

「おお、悪魔の旦那! わかったぜ、やってやる! リーンを誑かしたゲス野郎は俺がぶっ飛ばしてやんよ!」

「あ、おい」

 

 相談役の悪魔からの一言に、発奮したチンピラ。

 いやしかし。

 とんぬらが受けたリーンの相談の内容によると、アクシズ教徒な貴族は、同性愛で、ダストに一目惚れしたそうだ。なので、リーンにどうにか仲介してほしいと頼んでいるのが現状で、その状態で当の本人が飛び込んだら、流石の彼女も匙を投げ出すだろう。そして、貴族とチンピラがその後どうなるかはわからない……そこの悪魔の仮面の下のニヤニヤ笑いから大まかな予想ができるが。おそらくアクシズ狂徒(バーサーカー)ならば、火が点くに違いない。

 

「人の相談を勝手に横取りするのはマナー違反ではないか?」

 

「商売敵になりそうな輩の妨害をするのは当然であろう。我輩の隣で、無償でロクでなしの世話を焼くのではない、神主の小僧よ」

 

 まあ、それも一理はあるか。

 とんぬらもこれ以上、悪魔の不興を買う前に、チンピラに助言するのはやめることにした。アクシズ教の魔の手から逃れることを祈っていよう。

 

 後日、『アクセル』一のチンピラである豪胆な冒険者に『ホモ』などあっちの方を連想させる言葉は禁句となった。

 

 ダストを見送るとんぬらだったが、不意にギルド入り口前に振り向いて、気になることを聞いた。

 

「そういや、ドラゴンの坊主。最近、用心棒でも始めたのか?」

 

 

 で、ダストと入れ替わるように、また新たな問題児がギルドへ入ってきた。

 

 

「ここが冒険者ギルドですか……!」

 

 突然ギルド内が静まり返ったため、その呟きはよく聞こえた。

 変わり者が多く、大概の事に免疫をつけているこの街の冒険者たちを黙らせたのは、どこにでもいる平民の格好をしたとんぬらよりも年が下の少女だ。

 被っている幅広の帽子の下には、貴族の証である金髪に青い瞳が見えて、興味深そうにギルド内をキョロキョロしている。

 

「アイリ……。いえ、イリス様、護衛である我々を置いて、あまりどこにでも入られては困ります。一応最も治安の良い街を選びましたが、それでも何があるかわからないのです。特にイリス様はこんなにも可愛らしいのですから、いつ誰に攫われるかわかったものではありません、どうかお気を付けください」

 

「お二人とも、どうか目立たないようにしてください、ここはあの方が住んでいる町です。万が一イリス様に気付かれたら、俺も一緒に連れて帰れと駄々を捏ねられますよ?」

 

 それから少女の後を追って、お馴染みの側近二人が現れた。

 金髪碧眼の白スーツの女騎士に、華やかな二人と比べると地味目な女魔法使い。

 魔法使いの人が注意をするもすでに時遅し。いや、これは無理な注文か。まことに残念ながら手遅れなくらいに三人は目立っていた。

 関わると面倒なことになる気配を察知したのだろう、冒険者は皆揃って視線を背ける。

 触らぬ神に祟りなし。そして、ちょうどこのギルドには、厄介事処理担当にして皆の不幸の避雷針である『アクセル』のエースがいる。

 

「しかしレイン、冒険者ギルドは荒れくれ者揃いで騒々しいところだと聞いていたのですが、皆さんとても静かです……。私が聞いたところによりますと、ギルドに入った途端に無法な冒険者に絡まれ、それを撃退するところまでがテンプレだそうです。ですが、これではテンプレが起こる気配が……――あ」

 

 チンピラの相談に乗らないで、とっとと一撃熊と殴り合いに出掛ければよかったと悔やむ。

 困り顔で店内を見回していた少女は、視線を合わせようとしない冒険者たちを不審がっていたが、こちらを見つけた。獲物の姿を捉えた猫のようにその瞳孔が開いた。

 そして、ビシッととんぬらを少女は指差して、

 

「ここであったのが百年目! さあ、勝負です! 逃しませんよ!」

 

「無法に絡んでくる輩の方になってるぞ、箱入り娘め」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 あの後、騒ぎ立てたわんぱくお姫様をお付きの二人がすぐに諫めてくれたが、とんぬらもギルド内の冒険者たちから『あの厄介事を何とかしてくれエース!』という視線を貰い、彼女たちを押し出すように外へ。

 それから改めてクレアとレインからアルダープの一件で謝罪とお礼をされたりとしながら、王都のチリメンドンヤの娘こと第一王女アイリスの話を聞いて……一緒についてきたバニルマネージャーと共にお忍び観光にお付き合いすることとなった。

 

 隠居なまとめ役のゴコウロウが、イリス(アイリス)、

 戦闘要員として控えているスケサンが、クレア、

 ここぞという場面に身分を証明する印篭を掲げるカクサンが、レイン、

 お調子者のムードメーカーな太鼓持ちであるハチベエが、バニル、

 情報収集に道案内とか裏方の諸々をすべて担当するカザグルマならぬタケトンボのヤシチがとんぬら(カンダタ)である。

 

「……ハチベエマネージャー、これ仕事量的に報酬は7:3の分配ですよね?」

 

「何を言うか裏方小僧。この大金は我輩が戴いた報酬である。汝はそこの玩具をレンタルされるのであろう?」

 

 お金と契約に厳しい悪魔である。

 チラリとお付き二人を見ると、どうかご遠慮ください、みたいにイリスに気取られぬようわずかに頭を下げられた。お姫様が宝物庫からどんぶり勘定で支払ったのは、結構な額であったようだ。後でお目付け役なお二人は財政担当者にこってりと怒られるであろう。

 いや、この前、多額な慰謝料を貰ったばかりだから要求し辛くもあるし、今は大してお金に困ってないから良いのだが。

 贔屓されているわけではないが、不公平だと嘆きたい。

 誰か自分の相談事を受けてくれる常識人はいないだろうか……ととんぬらががっくりと肩を落としていると、先頭を歩くイリスが改めて仕事の説明をしてきた。

 

「いいですかハチベエ、ヤシチ。これから私達がすることは、ズバリ世直しです。この街は横暴な領主の行いで困らされていると聞きました。この街の治安は悪化の一途を辿り、高額な税に民は喘いでいることでしょう。そんな横暴領主に今から天誅を下し、困り果てた人々を助けるのが私たちの仕事なのです! ハチベエは私達の活躍を見て褒め称え、観衆を盛り上げる役をしてください! ヤシチは裏でこそこそサポートをお願いします!」

 

「だから、言い方。というかだな……」

 

 自信満々なイリスに、とんぬらは早速訂正を入れる。

 

「お姫さん、アルダープは先日、捕まったばかりですよ。今はイグニス様が主導で善政に改革されています」

 

 街に行けると張り切っていたために頭からすっぽ抜けたようだが、来るタイミングが遅い。

 

「そうでした。……で、では、私はこの街で何をすれば……? お兄様に教わったゴコウロウ殿のように、領主の悪事を華麗に暴き活躍しようと……。そして最後に堂々と私の正体を明かせば、この街に住むお兄様が噂を聞き付け会いに来てくれるという計画が……!」

 

「そんなことを企んでいたのですかイリス様! ダメですよ、あの男に会う事は許可できませんと、何度も申したではありませんか!」

「だから世直しがしたいと仰った際にも、王都近くの街ではなく、ここに拘っていたのですね!」

 

 クレアとレインに説教されるイリス。けれど、ワガママを覚えたイリスは一歩も引くことなく、

 

「わ、私は、ただお兄様に褒めてもらいたいだけなのです! よく頑張ったなって言ってもらいたいだけなのです! 魔王を倒すと言ってくれたお兄様を疑うわけではありませんが、お兄様の性格上、しばらく会わないでいるとコロッと私を忘れ、他の女性にちょっと押されれば、その場の雰囲気に流されてしまいそうで……!」

 

「あのような男など流されてしまえばいいのです! あの男に影響されたのか、どんどん悪いところが似てきてますよイリス様!」

「どうか街中で叫ぶのはお止めくださいイリス様、本当にあの方に見つかってしまいますから!」

 

 大変だなーととんぬらが傍観する横で、バニルもこれは何やら込み入った事情があることを教えずとも悟ったようだ。

 

「そういえば、チリメンドンヤの孫娘を名乗っていたが、チリメンドンヤとは何の商売なのであろうか?」

 

「……チリメンドンヤはチリメンドンヤです。……ねぇクレア、レイン。チリメンドンヤって何かしら?」

「チリメン丼屋と言うからには飲食店だろう?」

「チリメン丼のチリメンとは何でしょうか? 私は食べたことがないのですか?」

 

 ハチベエマネージャーの素朴な疑問に、コソコソと相談を始める。

 おい……演技するにしても設定が甘過ぎないか王女様。

 とんぬらは、やや呆れつつも、解説を入れた。

 

「チリメンとは、布の事。問屋は、卸売業者。つまり、ちりめん問屋とは、布を卸売りする商人のことだ」

 

「む、お兄様から聞いたのですかヤシチ?」

 

「いんや、昔に図書室にあった時代劇というお話に見たんだよ。ま、姫さんの勉強不足だな」

 

「ううううううーっ!」

 

 悔しそうに呻きながら、赤くなった顔を恥ずかしそうに覆うイリス。

 どっちにしても世を忍ぶ仮の姿なわけだから問屋でも服屋でも変わりはないと思う。

 流石は博識な紅魔族……! とお付きから賞賛を受けていると、イリスはバッと顔を上げ、

 

「ともかく、横暴領主がいないのなら仕方ありません。私の正体を堂々と明かすため、まずはこの街で悪事を働いているものを探しましょう。欲を言えば権力にものを言わせた乱暴狼藉を働いているものが良いのですが、贅沢は言いません! 手頃な悪党を捕まえて懲らしめ、堂々と名乗りを上げるのです。さあヤシチ、情報収集を頼みましたよ」

 

「目的と手段が逆転してやいませんかね、姫さん。というか、会いたいなら普通に会いに行けばいいのでは?」

 

「いいえ、それはダメです。きっとお兄様の事です、また新しい武勇伝が増えていることでしょう。なら私も、お兄様に再会した時に誇れる様、頑張った証が欲しいのです。お兄様に教わった理想の為政者、ゴコウロウ殿ようになりたいのです。だから……」

 

 そう肩を落とすイリスに何か感じ入ったのか、マネージャーがひとつ心当たりがあることを告げた。

 

「それなら一つ良い情報がありますぞ。実はこの街に、王都で大事件を起こしたらしい、銀髪盗賊団という大物賞金首が潜伏しているそうな。そいつを捜してみるというのも……」

 

「だっ、ダメですダメです、それはダメです! えっと、私に許された外出の日は、今日一日だけなのです。ですので、そのような大物がたった一日で捕まるとは思えませんから!」

 

 慌てて拒否するイリス。かくいうとんぬらもドキンと心臓が跳ねた。

 全てを見通す悪魔にも見通せぬ何かが働いているのか正体こそバレていない(バレていたら金策に通報されているはずだ)が、この『アクセル』の街に王都の事件の黒幕がいるところまでは、紅魔族随一の美人な占い師によって判明されているのだ。

 

「いえ、お待ちくださいイリス様、その賞金首についてもっと詳しく聞きましょう。あの腕利きの盗賊がこの街に潜伏しているのなら、私としても気になります!」

「わ、私もあの卓越した魔法技術……一魔導師としても気になっています……」

 

「あの盗賊団には、結果的に救われた形となりました! なので、ここはそっとしておくべきで……!」

 

 クレアとレインが乗り気で、それを必死に拒否しようとするイリス。

 うん、これは話を逸らさんとマズいか。ちょうど、ワガママ王女様のご要望に叶えられそうでもあるし。

 

「私めも一つ大変良い情報がございます。なんと、イグニス様も手を焼かさせる悪代官がまだこの街にはおります」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「自分は、王国検察官セナ。男爵アウリープ、アルダープの証言より貴公には多数の悪事への関与の疑いがかけられている、使者だけの説明では釈明とはならないと領主イグニス様より出頭要請が出された! 自分と共に署まで来てもらおうか!」

 

「ワシは何もしておらん! 何度も言わせるな! 何があろうとも、“アルダープの悪魔に歪まされた”ものだ! ワシはまったく元領主の悪事になど関わってはおらん! 被害者だ!」

 

「しかし! 雇っていた使用人、それに冒険者ミツルギ殿らの証言より、貴公には拉致監禁の常習犯の容疑がかけられている! この屋敷には、地下牢があるとの情報もあり、家宅捜査も行わせていただきます!」

 

「ええい、口答えをするな平民風情が! ここは男爵の屋敷であるぞ! 勝手などさせてたまるものか! それとも何か? ワシが犯したという悪事とやらが、アルダープの悪魔に“真実を歪ませておらん”という証拠でもあるのか! えぇっ! どうなんだ!?」

 

 屋敷へ訪問してきた黒髪ロングの女検察官に、アウリープは口から唾を飛ばし、これまで捜査を跳ね除けてきた絶対に覆せない文句で追い返そうとする。

 

 真実を歪ませる辻褄合わせの悪魔マクスウェル。

 その元領主の悪事を隠蔽した地獄の公爵の存在は、大きな罪を被せてしまった冒険者の潔白を早急に証明するために大々的に発表された。

 彼の者は、罪人にあらず。王都の怪物という話は、悪魔の呪いに歪まされた虚偽である、と。

 それを、アウリープは知った。身内であろうと誰も信じないアルダープが、マクスウェルの存在をアウリープに話したりはしないから、そこでアウリープは初めて“言い訳には都合の良い”悪魔の存在を知った。

 王都も勇者も警察も間違った記憶を植え付けられた悪魔に、この男爵アウリープも呪いをかけられたのだと、本当は何もやっていないのに、やったことにされているのだと。いくら証拠があろうともそれは悪魔の隠蔽工作、元領主の罪を擦り付けられたもので、この身は“彼の冒険者と同じ潔白”なのだと。

 辻褄合わせの呪いは、マクスウェルが地獄に還った際に解けて、隠蔽された悪事不正の何もかもが明らかとなった。だから、今現在残っている証拠証言に関して誤りはない真実のはず。元より、アルダープがアウリープに対して悪魔の呪いを掛けさせたのかも疑わしい。

 しかし、だ。

 王国の司法・検察側も、その悪魔の術中に嵌り、彼の少年に冤罪を掛けてしまっているため、このアウリープの“すべて悪魔のせい”という文句を強く否定することができないでいた。

 

「名誉棄損だ! 貴様らは、男爵であるワシを酷く侮辱している! これ以上しつこいようならば、こちらにも考えがあるぞ!」

 

「何を……!?」

 

 護衛の騎士二人と女検察官一人を、アウリープの拍手を合図にこの応接間に入ってきた全員が烏のマークのシャツを着て、覆面で顔を隠した男達が包囲した。

 

「おおっと、剣を抜くつもりか? 貴族相手に剣を向けようものなら、問答無用で処刑ってのはわかっているんだろうな?」

 

「先に武力行使に出たのはあなた方です! こちらにも正当防衛が成立します!」

 

「はあ? 検察官殿が何を仰っているのかよくわかりませんなぁ。この通り、我々は誰もまだ剣など抜いていない。丸腰のままただ部屋に入って来ただけだ。それよりもご自分の事を心配なされた方が良いのでは?」

 

「くっ、この……!」

 

 耳に手を当てて挑発するこの私兵に、セナは歯軋りする。

 そして、腐っても男爵。ここはアウリープの屋敷内。何が起ころうと問題なく処理できる自信があるのだろう。圧力をかけて不利になるモノをすべて黙らせるだけの貴族の権威を、まだアウリープは有していた。

 

「我々は警備会社『八咫烏』。雇い主に不当な理由で同行を強要する輩には痛い目に遭ってもらわないとなりませんなぁ。へへへへへへへへへ」

 

 そして、男爵の威を借りて抜刀を許さず、護衛の騎士たちを『八咫烏』は集団で一気に袋叩きにして打ちのめす。

 残るはセナひとり。

 

「さあ、どうする娘よ。ワシの愛人となるのであれば、これまでの無礼を許してやっても構わんぞ?」

 

 アウリープが好色にニヤけた目で、セナのスタイルの良い身体を見つめる。『八咫烏』たちも下卑た笑みを浮かべている。それに怖気が走るも、気丈に、言い返す。

 

「ふざけないでください! あなた達がしていることは、許されません……決して!」

 

「無実の者に濡れ衣を着せて酷い仕打ちをした貴様らの行いは許されるのかぁ?」

 

 言われ、口を噤むセナ。

 記憶が操られていたものだとしても、冤罪を掛けてしまったことに変わりがない。そのことが正式な謝罪をしても、生真面目な彼女を苛ませて、この罪悪感を拭えないでいた。

 そんな気弱になってしまったところを突いてセナの細い腕を『八咫烏』のひとりが掴む。抵抗するがこの力強い握力の前には何の意味もない。もうひとりが、腰からナイフを抜き取る。こちらに見せつけるように構えている、長さ30cmはある刀身には何かが塗られているのが見て取れる。……命を脅かすものではないだろうが、セナを麻痺か昏睡させてしまうようなものには違いない。

 対人のエキスパートである『八咫烏』にとって、雇用主のお望み通り、殺さずに女子の動きを封じてしまうのは簡単なことだ。

 

「ん、んんんんんッ!!!」

 

 セナが悲鳴を上げようとするより早く、またひとりの傭兵が後ろからセナの口を押えた。

 

「んんんんんんん!!! んんんんんんんん!!!」

 

「さっさとナイフを刺してやれぃ。お楽しみはそれからだ」

 

 毒のナイフを構えた男がセナに近づく。護衛は倒され、後ろから掴まれ口まで塞がれ、セナにできる身体的抵抗はあらゆる手段を失っている。

 ……罰だ。…………これはきっと……罪なき者に冤罪を掛けた罰なのだ…。

 自責の念の重さに屈したようにセナが項垂れた、そのとき、

 

「………………ぇ?」

 

 セナの目の前で、ナイフを持った男が悶絶の苦悶を口から漏らしながら前屈みに蹲った。

 誰も目を点にして驚いている。セナを後ろから掴んでいた男を除いて。

 

 

「悪魔のせい? なるほどそれも一理ある。だが、それぐらいなんだってんだ? 俺達は……真実のために万里の道を行く冒険者なんだぜ」

 

 

 男がナイフで刺そうとしたとき、セナの後ろから腕が伸びた。それは突き出された刃先を難なく手の甲で逸らし、セナの身柄を抱き寄せながら振り抜いた足が、男の股間を蹴った。余程的確な位置を蹴ったのだろう。口から泡を吹いて男は完全に失神している。

 それから男の手から落とされたナイフを、『よっほっ』と足で蹴り上げると、二段蹴りの要領でそのままセナの腕を掴んでいた男へと蹴飛ばす。反応できずに刃が腹に刺さり、痺れた『八咫烏』はあっさりと頽れた。

 

「……やれやれ下見に来たら舞台に上がっちまうことになるとはな……。しかし、人生ってのは筋書きのないドラマってなもんだぜ」

 

 そして、低い声音に混じるコーヒーの香り。

 

「……人は誰でも、いくつもの罪を抱えている。大人ってのはそのコーヒーのように暗い闇を、飲み下して生きて行くのさ。そうすりゃ、落ち込んだその目も醒める」

 

「お、……お前、……誰だ……」

 

 『八咫烏』の警備私兵が、セナと、セナを後ろから抱き寄せている、そして、何故かいつの間にコーヒーを淹れている男から、後退る。今、検察官に顔を覚えられぬよう、『八咫烏』は皆、念のために覆面を付けており、互いの顔を認識することはできない。

 そして、覆面を脱ぎ去った男の顔、いや、真紅のバイザーは、まったく見覚えがないものであった。

 

「それとも、もっと刺激的な火遊びはお望みかい」

 

「……あ、…………あ」

 

 

「目を開けな。お目覚めの時間だぜ、じゃじゃ馬の嬢ちゃん」

 

 

「ヌラー様ぁあぁあぁッ!!!」

 

『や、野郎ぉおおぉおおぉッ!!!』

 

 セナを抱きしめていた手が優しくその肩を離れる。そして、逆の手に持っていたマグカップ、そこから破裂したような勢いでホットコーヒーが噴出して、背後から飛び掛かった男の顔面に的中、味方を怯ませるほどの叫喚させる火傷を負わせる。水芸『花鳥風月』の応用。センスではなくマグカップだが、勢い良く、そして熱湯を、振り返りもせずに命中させてみせた。

 

「ぎゃああぁあぁあぁぁッ!!!」

 

「クッ……! 不粋な連中に地獄より熱く苦いオリジナルブレンドを奢ってやるのが俺の挨拶さ」

 

 室内にいた『八咫烏』たち五人が仮面の男ヌラーを取り囲む。だが、その眼中(バイザー)に五人はない。囲まれて尚、泰然と余裕を見せるこの侵入者。

 

「おい貴様、我々に刃向かうとどうなるかわかっているのか! 貴族に逆らえば処刑だぞ!」

 

「おいおい見ての通り丸腰の相手に何を言っている? それとも、おたくらはコーヒーにビビっちまうようなお子様なのかい。そりゃあ、すまなかったな」

 

「……ッ!!!」

 

 ただ初級魔法を用いてマグカップにアツアツのコーヒーを淹れる。それだけで香ばしい芳香と共に何故か漂う強者の貫禄(オーラ)

 五人は感じていた。眼中にないのは、ひょっとして、言葉通りの意味なのではないかと。

 

「な、……何をぼさっとしている!! とっととあのふざけたヤツを殺せッ!!」

 

 アウリープの声が合図で五人の『八咫烏』が一斉に飛び掛かる。

 

「伏せてな嬢ちゃん」

 

「はい……!」

 

 『八咫烏』は皆、対人のエキスパートを名乗る。

 しかし、一撃熊と殴り合うのを気晴らしにするような怪物級の高レベルの実力者はその範疇に含まれるだろうか。

 

 

「……おねんねさせた。コーヒー三杯分の安い仕事……だったぜ」

 

 コーヒー塗れな私兵達が死屍累々と横たわる応接間。

 マグカップから噴出した火傷必至な熱湯を浴びせられ、怯んだところを一打必殺な拳が猛威を振るった。これで彼の本職は魔法使いである。

 

「出合え! 出合えーっ!!」

 

 騒ぎを聞きつけ、屋敷にいた私兵らが駆けつけてくる。剣と槍に、それから魔法を放つ杖まで持った総動員。

 その中に一際大柄な男、『八咫烏』の頭である白黒の仮面がトレードマークの宮廷道化師も参上した。

 

「お、おい! これはどうなってる! お前ら『八咫烏』がまるで歯が立たなかったぞ! 高い金を払って雇ったのにこの様か!!」

 

「黙ってな男爵。とっとと片付けてやるからよ」

 

 五月蠅く騒ぐ雇い主を背に、仮面の大男は威圧感を放ちながら見下ろしてくる。

 

「随分と好き勝手暴れてくれたようじゃねぇか。……だが! もう終わりだ。とっとと尻尾を巻いて逃げちまわなかったのが運の尽き。この俺様を怒らせちまったんだからなあ!!」

 

「……なんだお前? 偉そうなやつだな」

 

「おいおい、この宮廷道化師の証である白黒の仮面が目に入らねぇか!!」

 

 見栄を切って大声で吼えてくる宮廷道化師に、は? と口を開ける。

 

 ……ああ、これが噂の用心棒か。

 うん、王都の新聞でも写真は撮らせなかったし、マクスウェルを退治した翌日にマネージャーがマーキングを剥がしたから仮面も白黒のツートンカラーから、元の『冬将軍』と同じ真っ白なものに戻っている。それに最近はバイトで引き籠りがちだったし。

 おそらくは、それで『アクセル』からいなくなったと、王都にでも拠点を移したのかとでも思ったのだろうか。

 

(なるほど、ね。ニセモノが出てきたときのクリス先輩の気持ちがわかった気がする)

 

 思い寄らぬ遭遇に考え込んだのを、向こうはビビったと思ったのだろう。ますます意気軒高になる宮廷道化師。

 

「ようやく状況がわかったか。そうだ、それでいい。宮廷道化師が本気を出せば貴様なんぞ瞬殺よ。……しかし、俺様の部下をこうも蹴散らしてくれるとは見込みがある。どうだ? 俺様の部下となるなら、その命だけは助けてやろう」

 

「いいや、俺の出番はもう終わりだ。これ以上、裏方が勝手に目立つわけにはいかんのでな」

 

「はあ? なにを……」

 

 その時、急に部屋の外が騒がしくなった。何かが、猛スピードで邪魔する者を蹴散らして迫ってくるような気配。

 身構えた宮廷道化師ら『八咫烏』の前で、応接間の扉が開き……ひょっこりと顔を出したのは、可憐な金髪碧眼の少女。まだ幼いながらも見惚れるほど整ったその美貌、雪のように白い肌を誇る、いっそ妖精じみた何者か。

 そして、こんな儚く華奢な見た目なのに、自然平伏してしまいそうな雰囲気を纏う。

 そんな、幼き少女の侵入者は、膨れっ面で、バイザーの男をジッと睨んで、

 

「まったく、カクサンとスケサン、それにハチベエを置いて突っ走るゴコウロウ様のご登場だ」

 

「もう、何を勝手に始めているんですかヤシチ! ちゃんと段取り通りに動いてもらわないと」

 

「許せよ、ゴコウロウ様。大半が計画通りにいかないのが人生だ。でも、お相手するのにぴったりな宮廷道化師様はそちらに残してある」

 

「?」

 

 きょとんとその言葉に首を傾げつつ、視線を誘導する方へと向ければそこに『八咫烏』を指揮する仮面の大男。

 なんだかよくわからないが、少女から視線を向けられた宮廷道化師は大きな声で見栄を切った。

 

「ああ、そうだ! 俺様が第一王女に道化免状を許されし、天下御免の宮廷道化師よ!」

 

 ……はい? これどういうことです?

 また少女がヌラーを見つめるも、頭を振って肩を竦めるしかない。こんなのはこちらも認知しておりません。なので、どうぞお好きなようにと目と目で会話をする二人。

 

「どこかのご息女かとお見受けするが、とっとと立ち去るがいい。これはお遊びではない」

 

「おいおい、どこかのご息女なんていうなよ。庶民にはそのご尊顔を拝することは難しいが、あんたが知っていないのはおかしいだろう?」

 

「何だと……!」

 

 溜まらず失笑をこぼすヌラーは、その態度に憤慨する宮廷道化師殿にご忠告を送る。

 

「知らないようなら教えてやろう。宮廷道化師のお仕事のひとつは、お転婆なチリメンドンヤの娘と全力で遊ぶことだ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

『じゃあ、まずは小手調べに――』

 

 目に留まらぬスピードで飛び掛かってからの、宮廷道化師の眼前に寸止めされたゴコウロウパンチ。

 ボ――ッ!!! とその空を抉り込むような音は、少女の握り拳が放って良いものではない。

 少女が放った渾身の一撃は、直撃から紙一重のところでピタッと静止し、宮廷道化師の白黒の仮面だけが、ぴったり半分のところで割れる。打ち抜かれたわけでもないのに、宮廷道化師を騙った『八咫烏』の頭領は膝をついて倒れる。

 ……彼は、普段相手をケガさせぬよう手加減をしている姫様に感謝した方がいい。

 もし本物の宮廷道化師を相手するときのような、全力であったなら……ブレーキが利かずに、頭領の顔面は砕け散っていたかもしれない。だが、顔面には当たらなくても、その、当たれば砕いた一撃は、頭領の頭に致命的なイメージを刻み、その心を打ち砕いた。

 細腕なのに、一撃熊よりも恐ろしい剛腕である。

 

「―――」

 

「……あれ? これで喧嘩が終わりですか?」

 

 うん、以前よりも成長している。

 今日一日の外出のために、連日習い事などを普段よりも頑張っていたと聞くが、訓練にも相当、身を入れていたようだ。いつか来る再戦に向けて余念がない。

 目を白黒させる女検察官に護衛二人を庇いながら、瞬殺された宮廷道化師を見てヌラーは、ニセモノがやられたのはスカッとしたが同時に胆が冷える思いだ。

 

「アイ……ッ! イ、イリス様! ええい! 貴様ら退け! 私の邪魔をするな!」

「イリス様の安全が最優先です。魔法を使ってでもここは押し通らせてもらいます!」

「一日主はどうやらとてもヤンチャなようであるな、よし、ここはお調子者として我輩も張り切らせてもらおう!」

 

 そして、慌てて駆け付けてきた保護者+1。

 その暴れっぷりは、『八咫烏』の私兵共を一気に蹴散らす。特にお調子者が凄まじい。腕を振るうたびにまるでゴミのように私兵らが吹っ飛んで、悲鳴を上げて泣きながら逃げ惑う。それでも死人は出さないように必殺の光線シリーズは封印し、思い切り手加減している。きっと怪我はしていても死者は出ないだろう。

 

「え、っと……このまま殴って、悪漢を全滅させればいいんですね」

 

「いやいや、姫さん、ゴコウロウはわざわざ自らの手を汚さずに、腕の立つ部下に戦わせるのだろうに。決めセリフを忘れたか」

 

 促され、あ、と口に手を当ててから、少女はコホンと咳払いをして、

 

「さあ、皆のもの! あの者たちを懲らしめてやりなさい!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「な、何だお前らは! このワシの、男爵の屋敷でやりたい放題……! もうこの狼藉は許しておけるものではない!」

 

 必死な護衛二人に絶好調なムードメーカーの活躍で、残る『八咫烏』の悪漢共は全滅した。

 そうして、孤立無援になった悪代官ことアウリープは声を張り上げて、捲し立てる。

 

「悪魔に濡れ衣を被せるのがどんなものかと見てみれば、また実に活きの良い愚かな人間だ。あ奴も、気に入るであろうな」

 

 笑うハチベエ。ただし、笑っているのは彼のみだ。

 

「まだ気づかないとは、貴族の恥め。しかし、期せずしてイリス様の望む展開になってしまったな。あの男に会わせるのは癪ではあるが、仕方ない……」

 

 冷え切った眼差しを男爵へやるのは、スケサン。彼女は貴族であろうと容赦なく、いっそもうここで斬るかとばかりにアウリープへその剣を突き付けている。

 それから、予め決めてあった通りに、もうひとりの側近であるカクサンが、国章入りのアクセサリを懐から取り出し、『この紋所が目に入らぬか!』と高々と掲げた。

 

「こちらにおわす御方をどなたと心得る!! 畏れ多くも『ベルゼルグ』の第一王女ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス様にあらせられます!!」

 

 なっ――ともう窒息せんばかりに息を呑むアウリープ。

 

「一同、第一王女の御前である!! 頭が高い!! 控えよ!!」

 

『は、ははあああ!』

 

 続けて、クレアが一喝し、アウリープ、そして倒れていた『八咫烏』に検察官のセナたちもすぐに正座し、面を伏せる。

 それを見届けてから側近二人が両脇へ一歩引き、アイリスは問う。

 

「アウリープ、嫌疑がかけられている悪事が全て悪魔に歪められた全くの事実無根だと申しましたが、それは(まこと)ですか?」

 

「そ、それはもちろんでございます第一王女様! ワシは潔白で、全てアルダープの悪魔がやったことでございます! あの悪魔が倒されて、ワシは目が覚めたのです!」

 

「ならば、レイン。アレを用意しなさい」

 

「はっ」

 

 事前の打ち合わせで用意していた薬液の瓶が、アウリープの前に置かれる。

 

「こ、これは……?」

 

「記憶を消去するポーションです。これを飲まれれば、あなたはアルダープが捕縛されていない一月前までの記憶を忘れることになりましょう」

 

 王家でも滅多に使われない、厳重に使用が管理されるポーション。運が悪いと副作用でバカになるが、服用した量により、記憶がすっぽり抜け落ちる。

 

「何故これを!? ワシが飲まなければならないのですか!?」

 

「犯した悪事がアルダープの悪魔に辻褄合わせされたものだと証明するためです。悪魔が討伐された以上、その真実を歪ませる呪いはこの国から消え去っています。

 ですから、たとえ悪魔に関する記憶を失おうとも、呪いが解け、目が覚めているあなたは、検察が突きつける如何なる悪事を裏付ける証拠に対し、先のように力強く、その身の潔白を訴えることができるでしょう」

 

 『悪魔によって冤罪を掛けられた宮廷道化師』なんていう情報が流布されてしまったためにそれが逃げ道にされている。

 しかしだ。もし潔白であるのなら、自ずとのそのような情報を知らずとも己の無罪を確信していることだろう。すでにもう呪いをかけていた悪魔はこの世からいないのだから。

 でも、それで無罪を信じ切れず罪を受け入れたのならば、犯した悪事は悪魔によって歪まされているものではないことになる。

 ……というのが第一王女に入れ知恵をした少年の屁理屈である。

 屁理屈で駄々を捏ねる男爵にはお似合いであろう。事実、効果覿面で絶句している。

 

「もし、これで検察側の追及をきっぱりと跳ね除けることができたのならば、王家はあなたの無罪を支持しましょう。失くした記憶も元通りに回復します。

 ただし、記憶を消したあなたが罪を認めれば、今ここで自首するよりも重い罰を与えます」

 

 

 ――さあ、どちらにしますか?

 

 

「あ…………あぁ…………っ」

 

 開き切った瞳孔。緊張がピークを超え、ほんの少しの刺激で過剰が爆発する、崩壊寸前の極限状態に追いやられている。

 そんなアウリープに裏方担当はせっかくなので渡された小道具を使ってささやかなイタズラを仕掛ける。

 

「タイムリミットは、このタケトンボが地に落ちるまででいかがでしょう?」

 

 『あの木の枯葉が全部落ちたときにはもう……』みたいなセリフを言って、玩具を軽く飛ばしてみる。

 激しく回りながら天井近くで滞空するタケトンボ。おそらくは飛んでいられるのは数秒……それが今のアウリープを暗示しているようで、

 

「ひぃっ!?」

 

 硬直していたアウリープの身体は、熱した油に落とされたかのようにじたばたと暴れ狂い、宙でふらつくタケトンボよりも覚束なくなりながらも額を床に擦りつけて、深く平伏する姿勢を取った。

 結局、第一王女の提示した選択に、男爵は、ポーションの瓶に触れることすらもできず、

 

「どっ…………どうか……どうか! 全ての罪を認めますので、ご容赦、ください……っ!」

 

 蚊の鳴くような、掠れた声は非常に聞き苦しい。

 最初の威勢の良さなど、もうどこにもない。見苦しいの一言に尽きる。

 しかし、罪を認めたのは確かだ。

 最後の締めとして、お姫様は、ちょうど目の前に落ちてきたタケトンボを指で挟みながら、笑みを浮かべて教えられた文句を明るい声で唱えた。

 

「では、これにて一件落着!」

 

 

 こうして、ゴコウロウこと第一王女の世直しは無事に成功をおさめ、側近二人もこのお裁きに王女の成長ぶりにほろりと感涙したものの、『カンダタ(ライバル)の方が活躍しました』と自分に厳しく、これではお兄様に会うわけにはいかないとライバルに対抗心をますます盛んに燃やして王都へと返っていった。

 

『ヌラー様! 待ってください! 私! あなたに打ち明けたいことが!』

 

『クッ……! 嬢ちゃん、アンタには打ち込んでやらなきゃいけないものがあるだろ。悪党の棺桶に、最後の釘を、な。それが検察官の仕事だぜ』

 

『じゃ、じゃあ、それが終われば会ってくれますか!』

 

『俺の事は忘れな。検察官と弁護人、向かう先は同じでも相対する者だ。それに、俺には』

『うむ。では、我輩がこ奴との繋ぎをしてやろう。存分に仕事をしてくると良い。我輩はギルドで相談役を受け付けておるのでな』

『おまっ!?』

 

 

『フハハハハハ! やはり小僧はネタの宝庫であるな!』

 

『おいマネージャー何を余計なことをしてくれたんだ!?』

 

『このような美味なネタを我輩が逃すわけがなかろう。それにギルドだけでなく、警察にもコネを作っておくのは役に立つであろうしな。婚期を逃しそうな女性の獰猛性に付き合ってやると良い』

 

 また、警察や領主から大層感謝されて報酬金を貰えただけでなく、女検察官に迫られるヤシチことヌラー(とんぬら)から美味しい悪感情(ごはん)も頂けて、悪魔な公爵は実に有意義な一日を送ったのであった。




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