この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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連続投稿その三です。


72話

 取引相手でもあるギルドのお付き合いを良好なものにしたい。との上司命令によって受けさせられた塩漬けクエスト『ルーシーズゴースト』の討伐。

 

 『ルーシーズゴースト』。

 それはアクセルの街近くの山の麓にある廃墟の教会を占拠しているルーシーという名の元プリーストのゴースト。

 聖職者であったが、彼女が崇めるのは国教のエリス教でもマイナー破天荒集団のアクシズ教でもない。ほとんど誰も名を知らない神様を信仰している。

 この世界の神様というものは、信者の信仰心を力としており、もしもこの世に信者がひとりもいなくなってしまえば力を失い世界に留まれなくなってしまう。

 敬虔な信徒であったルーシーは、自らが崇める神を絶やすまいと、死してなおこの世に留まり、神を敬い続けていた。

 このゴーストに成り下がって尚祈り続けるひたむきな信仰心と献身に、真面目で特の高い聖職者ほど彼女を払うことを嫌がり、そして、元聖職者でもあるためゴーストながら神聖魔法に対する強い耐性を持っている。そんな存在を払うとなれば、よほど強い力を持つプリーストでなければならず、それは当然のことながら、信仰心が篤く徳の高いものに限られる。

 そのような矛盾から、ルーシーを祓われることはなかった。

 今回、このクエストを受ける少年は、魔法使いながらプリーストにも高い適性があり、プリーストとは異なる神職につく者。

 そして、奇遇にもルーシーの崇拝する『傀儡と復讐の女神』について知っていたりする。

 

「あら? また聖職者が来たかと思ったら、子供? なに、迷い込んだのかしら?」

 

「違うぞ、プリースト・ルーシー。我が名はとんぬら。この傀儡と復讐の女神レジーナ様を祀る教会に参拝に来た者!」

 

「!!」

 

 教会にいた二十代半ばの女の幽霊は、仮面の少年の口から飛び出した世間では『名もなき女神』などと呼ばれる女神レジーナの名を口にした。

 

「お、おおおお! あ、あなたも、レジーナ様を崇めているのかしら……!? 散々貢がせた挙句に私をこっ酷く振ったあの男を、どん底に突き落としてくれたレジーナ様! 弟に結婚詐欺を働き全財産を巻き上げた女を、無一文にしてくれたレジーナ様! 理不尽な目に遭った人たちに力を与えてくれる傀儡と復讐の女神レジーナ様の信徒なのかしら!?」

 

「神社……教会とは違う形ではありますが、実家で祀っております」

 

 神社が祀っているのは、一柱だけではない。一神教の教会とは違って、神社は八百万の神を崇拝するもの。

 紅魔の里に封印され、猫耳神社に祀られているのは、国教指定の幸運の女神にマイナーキワモノな水の女神の他二柱。

 ひとつは『怠惰と暴虐の女神』という猫っぽい女神様で、そして、もうひとつが里の流儀に通じるものがある『傀儡と復讐の女神』である(どちらも紅魔族随一の天才によって封印が解かれてしまっているが)

 それで、ひとつの神社に、多数の神を拝しても問題ないし、信仰心に変わりはないのだが、その辺りを敬虔なプリーストに教えてしまうと面倒になるのでそこまでは口にしない。

 

「我が里の掟の中に、『売られた喧嘩は必ず買う』、『やられたらやり返す』というものもあります。里随一の神職を営む者として、この教えに通じるものがあるレジーナ様は祀らせていただいております。

 だから、安心してください。お姉さんの崇める神様は当社がある限り、不滅であると」

 

 リッチーを師匠に持っていた彼はゴーストにも寛容であり、ルーシーをひとりの聖職者としてきちんと礼を尽くす。その丁重な言葉にウソではないと感じ取ったのか、最初は何もかもを拒絶していた険しい表情が、まるで憑き物が落ちたかのように穏やかなものになる。

 

「ありがとう、優しき少年……。今の話を聞いて安心したからなのか、この世への未練がなくなっちゃった。だからちゃんとしたものはできないけど、最後のお礼に祈らせてもらうわ」

 

 彷徨える魂は、消え去るまでの一時、敬虔な信徒として彼の行く末を言祝ぐ。

 

「あなたの神社へ傀儡と復讐の女神レジーナ様の祝福あれ!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 卓越した解錠魔法『アンロック』で鍵がなくても金庫を開けてしまえ、暇を見つけては店の金を使い込む店主の悪癖。どうも同僚の元幹部なマネージャーから話を聞くところ、魔王城にいた時代でも、宝物庫のレアアイテムを漁っていたり、軍資金を物欲しそうに見たりして、魔王を大層困らせていたそうだ。リッチーなのにやたら善良なのも理由に挙げられるだろうが、なんちゃって幹部を許されたのもそれが原因だったのかもしれない。実際、彼女の魔道具店はどんなに稼いでもレッドラインスレスレを低空飛行するような状態である。もしも魔王城に居たら、今頃、魔王軍は極貧に喘いでいたことであろう。

 もちろん、こちらもいつまで経っても貧乏魔道具店の評判を良しとしているわけではない。

 対抗策として、もうマネージャーによる店主の『働けば働くほど赤字になる』という摩訶不思議な特殊能力の矯正は諦めることにして、地下格納庫に使われていたパスワード式のロックを解析してここ最近、生産されるようになったというパスワード式の金庫を発注。それで族長の娘なパートナーが紅魔の里へ出向し……とんぬらは、珍しくも別行動でひとり『アクセル』に残っていた。

 ここのところアピールの激しいゆんゆんから一旦距離を置いて、ひとりで考える時間が欲しかったのである。

 そんなわけで店番や生産に精を出しつつ、ここ最近、大変香ばしい悪感情を放つギルドの受付嬢に目を付けて、クエスト受付役を代行するようになったバニルマネージャーから要請される依頼をこなしたりしていた。

 

 ――で、今日も普通はやらないような塩漬けクエストを処理したとんぬらが冒険者ギルドに着くと、人ならぬ気配(におい)がする妖艶な美女がいた。

 

「あ、バニル様認定の星三つ!」

 

「その呼び方は止めろ。俺はマネージャーの飯係などではない」

 

 彼女たちは、サキュバス。

 世の男性達に淫靡な夢を見せ、その精気を奪う最下級の悪魔族だ。地獄ではサキュバスのいる領地を治めている大公爵であるマネージャーに挨拶をしに魔道具店に訪れたりすることがあるため、とんぬらとは顔見知りである。

 その際に、マネージャーが『毎日、我輩に悪感情(ごはん)を馳走してくれるお気に入りのご飯製造機である』などと紹介したため、この変な呼び名が固定されてしまっている。

 

「あんたら、こんな表に出てきて大丈夫なのか? 俺は無害なアンタらを退治する気はないが、庇う気もないぞ」

 

「脛に傷持つ身で、ここが危ないことは理解しているんですが……バニル様のご尊顔を拝みたくて……」

 

 悪魔なマネージャーはとてもサキュバス達に人気がある。

 時々、脱ぎ捨てる抜け殻の皮を古着売りのように二束三文で彼女たちに渡せば好感度は急上昇するし、気まぐれに撮らせたという写真集なんて一悪魔一冊はもっている必需品だ。

 おかげで、とんぬら自身にも目を付けられている。

 

「それより、どうして私達のお店に来てくれないんですか。渡しているチケットも全部常連さんにあげていますし。この街に住むサキュバスは、皆ご来店を待ち望んでいるんですよ」

 

「別に俺が行かなくてもこの街の冒険者たちから十二分に精気は頂けているだろうに」

 

「それは……バニル様のお気に入りがどのような味か知りたくて……」

 

 このように、“地獄の公爵御用達”ということもあって変なプレミア感がついている。マネージャーとはまた違った意味で人気なのである。

 なので、会うたびに特別優待券とやらをもらうのだが、まったく使う気のないとんぬらは知人の男性冒険者に渡している。この前も心に深い傷を負ったこの街随一のチンピラにあげたところだ。

 

「お願いです! ほんの少しだけでも! 舐めるだけでもいいですから!」

 

「おい、あまりすり寄って来るな。周りから変な目で見られるだろうが」

 

 近づこうにも一定の距離を取って固辞しているが、今日はサキュバスが危険視する頭のアブない娘がいない。この好機に、本能が僅かに顔を出したサキュバスは唇を舐め、怪しく瞳を輝かせた。

 

「でも、あなたから物凄い精気があるのがわかりますし、思わずクラッとしてしまうほどとても香ばしい匂いがして……すごく欲求不満なんでしょう?」

 

「それがどうした?」

 

「あれっ?」

 

 無反応なとんぬらを見て、サキュバスが素っ頓狂な声を上げた。

 今、サキュバスはとんぬらに『チャーム』の力を使ったが、男性特攻の魅了に靡かない。状態異常耐性の強いドラゴンの特性を持ち、女神から過度な加護を与えられた高レベル冒険者、そして、ちょっとブレーキの壊れちゃっている暴走娘の猛アピールで自制心を日々鍛えられているとんぬらに、最下級悪魔の力など通用しない。

 

「なんか、すごく自信を無くしそうです……」

 

「残念だったな。貴様の『チャーム』では通用せん。この頑固小僧は、我輩でも呆れるほど鋼の精神力をしているからな」

 

「バ、バニル様!?」

 

 とんぬらに絡んでいたサキュバスに声を掛けたのは、悪魔界のスーパースター。今はギルドの受付役を請け負っているバニル。

 憧れの存在の登場に、サキュバスは沸騰したように顔を赤くして、それからすぐに真っ青にしてペコペコ頭を下げる。

 

「バニル様お気に入りの人間に『チャーム』を使ってしまい、申し訳ありません。悪気があったわけではありませんが、ほんの少し味見したい出来心で、その……」

 

「わかっている、『チャーム』を使うのも手段のひとつだというのは理解できる。悪魔の端くれとして、普段人間の精気をお前たちは自らの力で得て、餌とする。我輩も人間たちの悪感情を食らうため、実に様々な人をおちょくり、からかい、コケにしている。つい先日もとある小僧に、セクシー店主の下着であると偽ってその辺で買った品を高値で売り付け、翌日、『おっと、昨日渡した物は女装趣味がある男から譲り受けた下着であったわ、失敬失敬』と告げて泣かせたところだ」

 

「あんたの人をコケにする能力は、右に出る者がいないな」

 

「しかし、分を弁えぬ者に待ち受けるのは破滅である」

 

 悪魔には悪魔の規則、そして理念がある。弱き者は淘汰され、強き者に支配される。悪魔は力を持つ者こそが正義であり、力無き者は悪とされる。己の欲求の赴くままに振舞うことを美徳とされ、弱者は自らを律することを課せられる。

 

「悪魔は人間の上位種。人間は、美味しいご飯であるが中には我々も侮れぬイレギュラーな存在もいる。こ奴は、普段は我輩の美味しい特上のご飯製造機であるが」

 

「そんな役を請け負ったつもりは一切ないぞ」

 

「ドラゴンの力を持ち、見通す悪魔にも予期せぬネタ魔法を使う吃驚面白人間だ。先日も逆鱗に触れた公爵の一角を地獄へ還した」

 

「今、奇跡魔法の事をネタ魔法と言ったか!」

 

「だから、あまり竜の小僧を挑発するようなことはやめておけ」

 

「だったら、マネージャーは自分の言動を振り返れよ!」

 

 淫魔から庇ってくれているのか、喧嘩を売っているのか。とにかくバニルの言葉に触発されて、強烈な魔力と悪感情を撒き散らすとんぬらを見て、サキュバスが身を縮こまらせながら蒼褪めた。

 

「ほ、本当なんですかバニル様!? 人間が地獄の公爵を倒したなんて……」

 

「ほう、悪魔族の中でも下っ端であるサキュバスが、この我輩の言葉を疑うのか?」

 

「めめめめ、滅相もありませんバニル様! 全てを見通すバニル様のおっしゃることならば何でも信じますとも!」

 

 ぺこぺことサキュバスはとんぬらへと頭を下げ、

 

「すすす、すいません、先程はとんだご無礼を! そうですよね、人間の格式の高いレストランにはドレスコードがあると聞きますし、私達もそれ相応の礼を尽くさないと……」

 

「いや、そんな謝らなくていいよ。特に害したわけでもないし」

 

「おお、なんと寛大な。これが強者の余裕、男性の方でこうも私達の『チャーム』が通じないなんて……やはりバニル様の言われた通り凄まじいお方なんでしょう。その精気のほんの少しでも頂きたいものです」

 

 よいしょと煽てるサキュバスは、とんぬらにまた特別優待券を渡して、冒険者ギルドより去っていった。

 

 

「さて、サキュバスを牽制してやった小僧よ、我輩の依頼を請け負ってもらえるか?」

 

「恩着せがましい悪魔なマネージャーだな。まあ、これでサキュバスが自制してくれるようになるのはありがたいし、ある程度の頼み事は聞こうか。何だ、今度は『安楽王女』を駆除してこいか?」

 

 肩を軽く竦めて応じれば、駆け出し冒険者の街のギルドの受付代行なバニルは、とんぬらの予想にはない想定外な返しをした。

 

 

「では、汝に出張要請だ。今すぐ王都のギルドへ行き、そこで発注されている妖剣士の討伐を受けて来い」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ここ最近、王都周辺の集落で、夜になると見たこともない恐ろしげな魔物が徘徊するといううわさが流れている。

 真相を調べようとギルドが冒険者を雇って調査を依頼したところ、ある渓谷で深夜になると闇の中でも、爛々と輝く血のような赤い瞳をしたアンデッドナイトが、

 

『聖杯は、どこだぁぁぁぁっ!?』

 

 と叫び、日に日に渓谷より王都へと近づいて行っているらしい。

 おそらくは、求める聖杯がある、王都のエリス教の大聖堂へと向かっているのだと思われる(しかし、聖杯は、数十年前は、隣国『エルロード』に暮らす、さる大商人の所有物だったそうな)。

 

「……ふむ、では、聖杯とやらを見に行くか」

 

「あれ? 後輩君、王都にいるなんて珍しいね。どうしたの?」

 

 転送屋で王都に着くと早速、王都のギルドで妖剣士討伐の依頼を受けてきたとんぬらはその下調べをしていると、明るい声が耳朶を叩く。

 振り向けば、そこには銀髪が特徴的な女盗賊がいた。そう、とんぬらの知り合いで、先輩のクリスである。

 

「クリス先輩。こんなところで奇遇というか……王都からなかなか帰ってきませんけど、まだ神器の処理が終わってなかったんですか?」

 

 後半、声を潜めて確認すると、クリスは苦笑しながら頬の傷跡をポリポリと掻いて、

 

「いやー、いつもの隠し場所の湖にちゃんと封印したんだけど、この時期は色々と忙しくってね。それにどこかの後輩君が、地獄の公爵なんて倒してくれちゃったから、祝賀会をしてたんだよ。そこでこの先輩であるあたしに色んな所から君の話を聞きに来るのが多くって。先輩として鼻が高い! んもう、よくやってくれたね!」

 

 なんかとてもゴキゲンにとんぬらの肩をパシパシと叩く。

 プリーストであるならともかく盗賊のクリスがこうも喜ぶなんて、悪魔と何か因縁があったのだろうか?

 

「祝賀会って、盗賊ギルドでも悪魔退治で祝うものなんですか?」

 

「うーん、盗賊ギルドとはまた別のとこかな」

 

「顔が広いんですね、クリス先輩」

 

「まあね。……だから耳も良くて、後輩君があたしの親友をフッて、引き籠らせたなんて話も聞いているんだけど」

 

 肩を叩くのをやめ、ガシッと背中に腕を回し、逃げられないように固定。

 喜びの顔から一変してお怒りである。顔は笑顔のままなのだが神主的にどうにも逆らい難いオーラを放っており、とんぬらは慌てて弁明をする。

 

「待ってください。まさか先輩ともあろう方が、過度に装飾されたゴシップな噂話を真に受けたりしているんですか?」

 

「んー、じゃあ、後輩君の口からちゃんと説明してほしいかなー?」

 

 ダクネスの父から頼まれた我慢大会の出場。勝手に優勝者が婚約という話になってしまい、でも、優勝したとんぬらには婚約した相手がいるのできっぱりと断った。

 

「――それで、ダクネスさんを『バツネス』なんて呼んでからかったら実家に引き籠っているそうで。なかなか出てこないから今度兄ちゃんらは屋敷に侵入しようかという計画を練っていましたね」

 

「あの子は、相変わらず鬼だね。ダクネスは強そうに見えて、実は結構繊細なんだから。今度、あまりイジメないように注意しておかないと」

 

「そういうわけで、俺は悪くないです先輩」

 

 すまない兄ちゃん、クリス先輩はどうにも逆らえ難いんだ!

 心の中で告発したカズマに謝罪していると、クリスは話を戻す。

 

「それで、後輩君はどうしたの? わざわざ王都に来るなんて珍しいね」

 

「実は、この王都のギルドで発注されているという妖剣士討伐のクエストを受けに来たんですよ」

 

 バニルから上司命令されたという話は省いて、とんぬらはクリスに経緯を説明。

 

「それで、情報を集めているとその妖剣士がエリス教の大聖堂に納められている聖杯を求めているようでしてね。今、聖杯がどのようなものか見に行こうと」

 

「なるほどね。じゃあ、あたしが手伝ってあげる」

 

「え、いいんですか」

 

「良いって良いって。……君が大変な時に助けに行けなかったこともあるし」

 

「別にそんな負い目に思わなくても……」

 

「うん……。先輩として、ちゃんと後輩の面倒は見てあげないとね。こっちの仕事も手伝ってくれてるわけだし、あたしはエリス教じゃ結構顔が利くから。なんてったって、盗ってきたお金を教会に寄付するような、信仰心溢れる清く正しい義賊だからね。頼りにしてよ後輩君」

 

 そうして、とんぬらはクリスの先導でエリス教の大聖堂へ赴き、聖杯の話を聞きに行ったが……

 

「何? 聖杯がない? まさかもう妖剣士が聖杯を奪ったのか!?」

 

 王都に本拠地を置くエリス教の総本山の大聖堂に所属する女性プリーストがお目当ての聖杯がないという。

 応対してくれた彼女は、顔の利くクリスがいることもあって、部外秘とも言える情報も教えてくれた。

 

「いえ、実は……司祭様が、見張りの僧兵らを押し切って、宝物庫より聖杯を持ち去ったんです……」

 

「司祭が……? その、司祭は一体どんな方なのかお教えてもらってもよろしいか?」

 

「はい、『アークプリースト』のロザリー様、かつては王国を代表する冒険者パーティとして第一線で活躍をなされたプリーストです。とても実直にエリス教の教えに励まれたお人なのに、どうしてこのようなことを……」

 

 司祭による聖杯盗難は、エリス教のプリーストにも予想外のことのようだ。

 とんぬらは、口元に手を当てて考え込むクリスへ手を当ててコッソリ耳打ちで訊ねる。

 

「(そういえば、聖杯というのは神器なんですか?)」

 

「(ううん。ここにあったのは、そうじゃないよ。この世界の人が造った、神器を模した聖杯の模造品。だから、神聖魔法の触媒としては相当なものだけど、特別恐ろしい力があるようなものではないはず……)」

 

 となると何か私欲で働いた行為とは考え難いか。

 もしかして、聖杯を求める妖剣士と関わりがあったりするのだろうか。

 

「それで、聖杯の盗難はいつごろに遭ったんですか?」

 

「はい、今日の朝の事です。司祭様の後を追った者たちがつい先ほど帰ってきましたが、べゴン渓谷の辺りで見失ってしまったそうです」

 

「ふむ。……そう遠くへは行っていない、か……。――お話、ありがとうございます」

 

「あ、待ってください!」

 

 情報を聞き終わり、すぐに司祭を追って発とうとするとんぬらが足を止めると、声を発したプリーストは、やや沈んだ面持ちで、

 

「その……この二、三日、ロザリー様は何か悩まれていたみたいで……きっとこの事には理由があると思うんです!」

 

「わかりました。……あ、そうだ、何か司祭様が身に着けていたものをお貸ししてくれませんか?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

『ゲレゲレ、この匂いの元を辿って行ってくれ。先輩も『宝探知』スキルで引っかかるようなら教えてください』

 

『了解だよ、後輩君』

 

 事前情報から割り出した渓谷へ、連れてきておいたゲレゲレを走らせて到着すると、プリーストから無理を言って貸してもらった司祭のハンカチから匂いを嗅いだゲレゲレに探させる。聖杯の気配も探らせようとクリスの盗賊スキル『宝探知』でも気を張る。とんぬらも『フローミ』でこの渓谷の地図を魔法紙に映し出す。

 

「……そういえばさ、後輩君に頼み事があるんだけど」

 

「今度はどんな神器で、どこに忍び込むんですか、先輩」

 

 辺りに索敵しつつ、適当に返すとんぬら。

 

「違うよ。あ、それもあるけど、今、あたしが頼みたいことは別」

 

「義賊の片棒を担がせるだけでなく、これ以上無茶ぶりさせるようなら、先輩は後輩使いが荒いと思います」

 

「そ、そうなのっ? あたしこれくらい普通に……ほ、ほら! こうして後輩君の依頼を手伝ってあげてる優しい先輩だよ!」

 

「はぁ……なんか、最初は無償で協力してくれる先輩はすごく良い人なんだと思ったんですけど、見返りを求められていた行為だったんですね……。先輩と偶然出会ったのはエリス様のささやかな祝福だと感謝していたら、こういうオチがあったなんて……。いや、ここは計算高いですね先輩、とでも言っておきましょうか」

 

「ちょっと、お願いだからそれ止めて!」

 

 泣きが入ったのでこれ以上からかうのはやめておく。

 やはり敬虔なエリス教信者だからか、幸運の女神様の事を持ち出すと弱いようだ。

 

「冗談ですよ。では、この先輩を敬うことを忘れない後輩にいったいどんな頼み事ですか? どうぞ遠慮なく仰ってください」

 

「君の冗談のおかげですっごく頼みづらくなったんだけど……。えっと、ね。近々、祭りがあるじゃない?」

 

「女神エリス感謝祭の事ですね」

 

 一年を無事に過ごせたことを喜び感謝し、幸運の女神エリスを称える祭り。

 毎年、夏になると世界各地で執り行われる恒例行事である。

 

「エリス祭は紅魔の里でもやってましたよ。この日に幸運の女神エリスの仮装をすると、次の祭の年まで一年間を無事に過ごせるとも言いますし、『女形』の芸能を使って、俺も扮装しましたよ。ええ、コンテストにも飛び入り参戦し、並み居る女性、里一番の美人であるそけっと師匠さえも押しのけて紅魔族随一のエリス様の称号を得ましたとも」

 

「そうなんだ……」

 

「といっても、審査基準が、エリス様像にどれほど似ているかであって、胸がなく、パッドをしていた方が有利だったからでもあるんですが――ぐぇっ!?」

「後輩くぅん? あまり身体の事をバカにするのは良くないんじゃないかなぁ?」

 

 おっと、エリス教にこの話題は、琴線に触れてしまうものだった。意外に力が強いクリス先輩に首を絞められた。

 

「お、俺は客観的な分析をしたまでであってですね! 別にエリス様をバカにしているわけではありませんよ先輩!?」

 

「まったくもう……。(男の人と間違われるけど、私だって……)」

 

「まあ、この一年間、波乱万丈で何度も死にかけたりする日々でしたから、里でベストエリス様に選ばれましたが、エリス様には気に入ってもらえなかったんでしょうね」

 

「それは違うと思うよ! ほら、わ、エリス様も世界各地でやってるお祭りを全部覗くのは大変だよ!」

 

 必死に女神様のフォローを入れるエリス教徒の義賊先輩。

 

「でさ、『アクセル』でも祭りがあるんだけど、それを後輩君にも手伝ってほしいんだ。……その、さっきの祝賀会で君の事を色々と話したら、そんなに良い子なら、あたしの…エリス祭りも盛り上げてくれるんだろう、って言われちゃってさ」

 

「その集まりは何か神事に携わっている者たちなんですか?」

 

「あー……まあ、そんなところだね」

 

 微妙に濁した言い方で、クリス先輩は頬を掻く。それが困った仕草なのだと知っているとんぬらはこれ以上追及はしなかった。

 

「ほら、前に後輩君は、アクアせ…様だけでなく、エリス、様も祀ってるって言ってたじゃない?」

 

「ふむ……国教指定のエリス教に力添えしても意味があるのかどうか……」

 

「大丈夫だって。後輩君は凄く頼りになるし。アクシズ教で祭りを企画してすごく盛り上がったのはあたしも聞いてるよ」

 

 あれは、非日常な祭りに、非常識なアクシズ教徒の気風があっていたからこそだろうととんぬらは見ている。

 真面目なエリス教徒が厳粛に取り仕切っているエリス祭に、新参者の立ち入るところはあるのだろうか。

 と返答に窮していると、

 

「……でも、後輩君がせんぱ…水の女神のお気に入りなのはわかってる。だから……」

 

 その少し落ち込んで、遠慮がちになる彼女を見て、とんぬらは卑怯だなと思いつつも、決めた。

 

「わかりました。引き受けましょう。ええ、良い機会です。最近、調子に乗っているアクシズ教の鼻を折ってやりましょう」

 

「ええ!? 引き受けてくれたことはありがたいんだけど……後輩君って、アクア様の洗礼を受けたんじゃないの?」

 

「はい。でも、水の女神様の事は置いておいて、アクシズ教はいつか撲滅させてやろうと思っていますから。色々と恨みが積もっているんです」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 嬉しそうに微笑むけど、困ったように頬を掻くクリス先輩。複雑な心境であるようだ。

 

「――あ! 『宝探知』に反応があり。向こうに見える祠に、きっと聖杯があるよ!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 渓谷の長い年月をかけて自然に出来上がった洞窟、その前に、プリーストがいた。

 エリス教徒の司祭服を着ているその女性は、豹モンスターに乗ってやってきたとんぬら達を見て、追手だとすぐに悟ったように目を瞑る。

 とんぬらはゲレゲレから下りると、クリスを背に控えてもらい、声高らかに名乗りを上げた。

 

「我が名はとんぬら。紅魔族随一の異才であり、賢者の才を持つ者。……あなたは、エリス教の司祭ロザリー殿でよろしいか?」

 

「ええ、そうよ。あなた達は、この聖杯を奪還しに来たのかしら?」

 

「ギルドで受けた妖剣士の討伐とは別件だが、その聖杯が関わっていると見ている。何ゆえに、聖杯を勝手に持ち出したのかを教えてもらってもよろしいか?」

 

「それなりの理由があっての事よ。聖杯を求める魔物……妖剣士に、返してあげるため」

 

 なに……?

 アンデッドナイトに聖杯? 一体それに何の意味がある。

 

「聖杯さえ渡しておけば、アレも表に彷徨い出てきたりしないで大人しくしているはずよ」

 

「腹を空かした獣に肉をやれば誘導できるよう、確かに求めているものを手に入れれば、魔物とて鎮まるかもしれぬ。しかし、何故、わざわざそのような真似をする。『アークプリースト』にまで上り詰めたのであれば、アンデッドナイトを成仏させることもできるだろう」

 

 エリス教もアクシズ教と同じく、悪魔アンデッドは絶対に撲滅するよう教えられているはずだ。

 なのにわざわざ教会の貴重な触媒をやってまで、件のアンデッドナイトを倒すことを避けている。いくら司祭でも許される行いではないだろう。

 

「……元々、この国のものではないのだから。惜しがる必要もないでしょう。これは私達が見つけたものなのだから、聖杯を預かる権利があるはずよ」

 

 そう言うがしかし、どうにも司祭様の振る舞いには納得できかねない。

 

「あなたに、忠告しておくわ。悪いことは言わないから妖剣士の事は捨て置くこと。クエストも失敗したところでペナルティなんてないし、何なら私が報酬を払ってあげる」

 

「お金には困っていない。それに、崇める女神エリスの名が単位に使われる金に頼って話をつけさせようとは、エリス教の司祭らしくない行いではなかろうか」

 

「そう……――じゃあ、冒険者好みの対応をしてあげるわ!」

 

 会話をしながら袖裏に忍ばせていた何かの魔道具を手に取り、それをとんぬら達の周囲の地面に投げた。

 すると閉じ込める形で三角形の結界が出来上がった。

 

「人生って何があるかわからないものよね。あのふざけた仮面の悪魔にコケにされた経験がこうも活きてくるんだから」

 

 過去の苦労を滲ませる口調で語るロザリー。

 軽く小突いてみたが、これはかなり頑丈。破壊するのに難儀しそうな結界である。これは『アークプリースト』というだけでは無理だ。相当高価な魔道具の触媒を使ったことだろう

 かつては一線級の冒険者だと話に聞いていたが、実戦慣れしている。悪魔やアンデッドを除いて、強力な制圧手段のないプリーストでこうも封じ込められるとは。

 

「安心なさい。そこらのモンスターでは破れないから安全は確保されているし、一ヶ月も閉じ込められるようなものではないから。精々もって二、三日。そこで断食を耐え忍んでなさい」

 

 そういって、エリス教の司祭は祠の中へと入っていった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「クリス先輩、一応お訊きしますが、彼女はエリス教信者ですか?」

 

「彼女は、エリス教だ。その衣装に、佇まい……司祭で間違いないよ」

 

 敬虔なエリス教徒の評から、彼女が司祭を騙った者ではないと。

 ならば、このような暴挙に出たのはやはり訳ありなのだろう。ますます、これを看過することはできない。

 

「しかし、俺が散々手を焼かせられた変態師匠は、最高司祭なんでな。――この程度で押さえ込めるとは思わない事だ」

 

 すらりと鞘走りの言葉そのままに佩いた腰より滑り引き抜いたのは、『退魔の太刀』。

 王城の宝物庫に張り巡らされた結界の魔力をも霧散させてしまう『結界殺し』の特性を取り入れた刃を持つ――

 

 

 ♢♢♢

 

 

『俺が……俺が弱かったばっかりに……!』

 

 何人もの勇者候補を狩ってきて『チート殺し』と恐れられた魔王軍幹部との戦闘で、相手に大きな深手を負わせたものの、代わりにその場の全員が『死の宣告』の呪いを受けた。

 残された猶予は一ヶ月。王都で最も高レベルの『アークプリースト』の力を以てしても、その呪いを解くことは叶わなかった。

 そこで私達が考えたのは、残された時間を有意義に使うため、思い残すことのないように一日一日を大切に生きていくこと。

 でも、ただ一人だけ。

 『氷の魔女』だけは違った。

 その異名に似合わず、根っこのところは不器用で優しい魔法使いは、『死の宣告』を解くために、寿命を削る禁制の魔道具を使って地獄の公爵との契約を結び、人間を辞める禁呪を使ってノーライフキングであるリッチーになった。

 その不死王になった国随一の魔導師は、単身で魔王城へ挑み、パーティ全員でも致命打を与えることのできなかった魔王軍幹部を圧倒する。仲間にかけられた『死の宣告』の呪いを解かせた『氷の魔女』は……皆が待つ王都へ帰ることはなく、そのまま魔王軍の幹部となった。

 

『なあ、どうにかならないのか!? アンデッドになった人間を元に戻す方法ってのはないのか!?』

 

 ……『氷の魔女』に惚れていた(当人にはまったく気づかれなかったがバレバレ)パーティの『ソードマスター』は、そう『アークプリースト』の自分に問うた。

 宮廷魔導士級の実力者でなければ扱えないような、数百年前に封じられた秘術を無効にするなど、とても人間にできることではない。ただ、私も『氷の魔女』をどうにか助けたいという気持ちは同じだった。

 

『ひとつだけ……あるわ』

 

『本当か!?』

 

 縋りついた一つの希望、それは大聖堂の古い文献に載っていた、聖杯。それがあれば、彼女を……ウィズを人間に戻せるかもしれない。

 そして、聖杯を求め、各地を旅し、ついに隣国『エルロード』の強欲な大商人が所有していることを突き止めた。だが、そいつに無理難題を吹っ掛けられて……大物賞金首のモンスターと戦わされた結果、彼は深手を負い、それが致命傷となって三日後に死んだ。

 最期に、『どうか聖杯で、ウィズを……』と願って。

 

 それから、要求通りに大物賞金首を討ち果たしたのに、聖杯を渡すことを拒む大商人から、力尽くで聖杯を奪い、王侯貴族に太いパイプを持つ大商人は憤怒して、隣国『エルロード』からその者の生死を問わない指名手配を受けてしまう。王国『ベルゼルグ』に帰ったもののその手が伸びてくることを恐れた私は、彼の遺骸を、人知れずこの人里から離れたこの祠の中に埋葬した。

 

 しかし。

 倒した大物賞金首の水竜に噛みつかれて、致命傷を負った彼は、その肉体に竜の歯が残っていて……その魔力が、彼の死骸を、竜骨兵スケルトンとして蘇らせた。

 全身の骨を一本一本砕かぬ限り滅びぬ妖剣士となり、聖杯を求め彷徨い……人間の集落を襲う、アンデッドモンスターになってしまった。

 

『オォォォォ……誰だ? 我から聖杯を奪わんとする者は!? ……そうか、貴様、『エルロード』の追手だな?』

 

 仲間の顔すらわからない、聖杯への妄念に取り憑かれた魔物に。

 

『我が名は、『ソードマスター』ブラッド……聖杯は、我に残されたただひとつの贖罪! 決して、誰にも渡さぬっ!』

 

 そして、私、カレンとユキノリは、変わり果てた彼を…………浄化させてやることはできず、この祠に封印した。

 

 

「……そう、これは、私が贖わなくてはならない罪」

 

 アンデッドは、目ではなく、生命で相手を探知する。

 生者の気配からこの祠に入ったことを気が付いたのだろう。祠にいた複数のアンデッドナイトがこちらに顔を向けると、襲い掛かってくることはなく、バラバラに散らばり……この小さな洞窟内の各所に安置していた遺骸を持ってきた。

 古びているが第一級の技工士達が造った鎧を身に纏わせたままの上半身と下半身、それから大振りの『牙王丸』を握った右腕、柳葉刀のように湾曲した『竜斬刀』を握った左腕を運んできたアンデッドナイトたちは、はめ込み式のオモチャのように組み立てていき、最後は頭の部分を持ってきたアンデッドナイトが、直前でコケながらも放った頭を、組み上げ途中の竜骨兵がキャッチして、最後は自らの手であるべき場所へ載せて、復活を果たす。

 ――瞳のあった眼孔部に、血に濡れたような赤い光が灯る。

 

「目を醒ましなさい、ブラッド!」

 

 それを見計らって、ロザリーは用意した『鎮魂の蝋燭』、アンデッドモンスターの瘴気を取り戻させる魔道具に火を灯す。

 祠内を、温かい光が辺りを包んでいく

 

「オォォォォ……。こ、ここは? 俺は……?」

 

 蝋燭の光が、狂気を和らげてくれているように、早速、暴れ出そうとした妖剣士は、生前の意思を呼び覚ましていく。

 

「…………。そうだ。俺は、デュラハンに『死の宣告』を受けた。王都一の『アークプリースト』でも解呪できず、最後の余生を思い思いに過ごそうと決めたのだ。……だが、皆とは違い、アイツだけは諦めなかった。たったひとりで、あの地獄の公爵へ挑みに……、うううっ」

 

 急な記憶の復元に頭蓋骨な頭部を抱えながら、やっとこちらに気付いた。

 

「ロ……ザ…リ……? ロザ…リーなのか? そうだ、俺は、お前と……うううっ」

 

「……ええ、ブラッド。私とあなたは、旅をして、この聖杯を手に入れたわ」

 

 黄金の器を掲げもつ。

 神聖魔法の最高位のアーティファクト。この力を使えば人には叶えられぬ奇跡にも届きうるとされた聖杯に、妖剣士の伽藍洞になった双眸の光が集中する。

 

「これが、聖杯……。これがあれば、ウィズを救ってやることができるのか」

 

 これがあれば、宿願が叶う。ひとりで何もかもを背負わせてしまった彼女に、贖罪ができる。

 私が、彼にそう言った。なんて安易なことを言ってしまったのだろうと、あの日から後悔しない日はない。

 

「……いいえ、ブラッド。ウィズは、私達に救うことはできないわ」

 

「何だって?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「聖杯なんて、必要なかったの……!」

 

 心臓に杭でも打ち込みながら吐き出しているように、その一言一句に苦汁を噛みしめる。

 妖剣士は、かつての仲間は、愕然と。

 さっき沸き上がった歓喜は何だったのかと思わせる表情で、竜骨兵はロザリーを見る。

 

「……、待て。それはどういう」

 

「ブラッド……魔王城から帰って来たウィズは、リッチーだけど、心は人間のままで、少しボケちゃってるけど、何も変わってない。冒険者は引退しちゃったけど、今は、『アクセル』で、魔道具店を経営してて……」

 

 ウィズは救われていた。

 聖杯探索の果て、ひとりの仲間が犠牲になりながらも、聖杯を手に入れ、そして、魔王城へと挑む前に、ウィズが駆け出し冒険者の街へと帰って来た。

 ロザリーたちはその報を知るやすぐさま『アクセル』へと向かい、細々と魔道具店を営むウィズと会った。ささやかながらも、仲間たちと初めて出会ったその街で店を構える彼女は、笑っていた。『氷の魔女』と呼ばれた武闘派冒険者が怜悧さのない朗らかな(ぽわぽわと気が抜けすぎている感もあったが)笑みを浮かべていて、その日常を謳歌しているようだった。

 やって来たロザリーたちにウィズは、それは嬉しそうに顔を綻ばせ、それまでの事情を語ってくれて、『戦いに疲れたらいつでも遊びに来てほしい』と……

 

 聖杯の事なんて、言えるはずがなかった。

 言えば、何故、聖杯など求めたのかを話さなくてはならなくなり、事実を知ればきっとウィズの余計な責任を感じてしまう。笑えなくなってしまうかもしれない。

 結局、ブラッドは大物賞金首との激戦の果てに亡くなった……とそう教えることしかできなかった。

 そして、聖杯はそれまで王都のエリス教会に勤めるようになったロザリーが預かっていた。

 

「だから、もう、眠りについて、ブラッド。あなたを……今のあなたを、ウィズに会わせるわけにはいかないの! だって! ()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「――――、は」

 

 その一言は、決定的だった。

 竜骨兵の『ソードマスター』ブラッドは、自分を支える全てを破壊されたように狂笑する。

 

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 

 ……もう、自我は保てない。

 『鎮静の蝋燭』の効果があろうと、それ以上のものに塗り潰された。ロザリーは確信をもってそう思う。たった一人の女性を心底救いたかったブラッドは、一国を敵に回し、水竜を倒し、文字通り死力を尽くして戦い抜いて……それでも、彼を待っていたのは最悪の失敗、(バットエンド)だった。これはもう立ち直ることのできない、失恋だ。

 だが違う。ここで終わりにしてなるモノか。壊れた時計のように瞳に再び光が戻る。

 壊れ終えて、沈み始めた妖剣士ブラッドの目に、聖杯の黄金の輝きが過ぎる。

 

 

「聖杯を寄越せ、ロザリー。断るようならば、無理にでも奪わせてもらうぞ」

 

 

 ギィン、と双剣の刃先を擦り合わせるように弾き鳴らし、威嚇する。

 冒険者時代と変わらない、容赦のない攻撃の予告。

 『アークプリースト』のロザリーは、竜骨兵を浄化できるだけの実力はある。だが、それができれば、封印なんて真似はせずもうとうの過去に決着を付けていた。

 

「それは……できないわ、ブラッド」

 

 直接戦闘ともなれば、『ソードマスター』であった妖剣士ブラッドにたちどころに斬り捨てられる。

 それでも、できない。ロザリーは、剣を突き付けられても、仲間に神聖魔法を唱えることができなかった。

 

「そうか、だったら――――」

 

 アンデッドと化した人間は、強い魔力制御能力がなければ、その魔性に飲まれる。

 一線級の冒険者であったが、魔法の才能はなかった、『ソードマスター』。それが、命ある生者を憎悪するアンデッドの特性に染まるのは、どうしようもなかった。

 フッと彼の墓標である洞窟内を照らしていた『鎮魂の蝋燭』の火が消える。同時、妖剣士は動いた。

 

 

「――――死ぬがいい、ニンゲン」

 

 

 その首を挟み切るよう、左右の剣を交差して振るう。無抵抗なロザリーの首を刎ねんと迫る刃は――――一本の業物の太刀に阻まれる。

 ロザリーとブラッド、その間に割って入り、妖剣士の攻撃を阻んだのは、さっき結界に閉じ込めたはずの仮面の少年。ブラッドの攻撃を、太刀で受け止めたとんぬらは、鍔迫り合いながら、もうひとつの手に持つ刃のある鉄扇を向け、聖水の高圧放射。

 

「『花鳥風月』――!」

 

「っ!?」

 

 高純度の聖水を浴びせられ、妖剣士ブラッドはその宴会芸とは思えぬ凄まじい勢いに吹き飛ばされ、祠の壁に打ち付けられた。

 そこで、ロザリーは腰が抜けそうな体を、後ろから女盗賊の冒険者に支えられた。

 そして、こちらに顔だけ向けて、呟かれた少年の言葉を耳にした。

 

「モンスターを狩り、狩られる覚悟がある者が、冒険者だ。……と彼女は言うだろうな」

 

「……っ」

 

 唇を、噛んだ。

 それは、ウィズが唱えていた冒険者の心構え。

 

「モンスターを狩る気のない、冒険者ではない奴は、引っ込んでいろ!」

 

 一喝して、彼は戦闘に入った。

 妖剣士の骸を運んできたアンデッドナイトたちも襲い掛かる。その最中に飛び込む。

 

「ダメ――」

「大丈夫だよ、後輩君なら」

 

 止めようと手を伸ばしたロザリーを、クリスが制する。

 

「あの子は、魔王軍幹部のデュラハンも撃退した、『アクセル』のエースだ」

 

 え――とその文句に瞠目する。

 噂では聞いたことがある。かつて自分らに『死の宣告』の呪いをかけた魔王軍幹部デュラハン・ベルディアを倒した、若き冒険者が駆け出し冒険者の街にいると。

 まさか、彼が……!?

 

「『風花雪月』――!」

 

 ロザリーの前で剣舞を披露し、鉄扇より雪精が吹雪く冬風を放つ。襲い掛かったアンデッドナイトは悉く凍結し、振り切った太刀の一線で氷像は砕かれる。

 その宴会芸、まるで『氷の魔女』ウィズが放ったもののようだ。

 まだ、こんな年若そうなのに……これほどの……!

 そう、宮廷魔導士よりも魔法に卓越していると思っていた天才を、上回りかねないその才能の片鱗を魅せられて、ロザリーはこの一時、瞬きを忘れた。

 

 

「――『紅蓮十文字斬り』!」

 

 

 火を噴く剣閃が、十字架となって飛来する。

 雪精によって低温域に下げられた祠内を燃やし、氷結した箇所をすべて溶かし、蒸発させる。妖剣士ブラッドの必殺剣を、とんぬらは咄嗟に転がりながら緊急回避した。

 そこへ竜骨兵は、態勢を崩したとんぬらに迫る。

 

「ウォオオォオオォォ――!!」

 

「っ!」

 

 二振りの剣で激しく斬りかかってくる妖剣士。仮面の少年も、太刀と鉄扇の二刀流で火花を散らして切り結ぶが、このアンデッドの生前時のリミッターが外れた火事場の馬鹿力の怪力を、不安定な態勢で受けるには踏ん張りがきかずに吹っ飛ばされる。

 地面を転がり、壁に打ち付けられたとんぬら、太刀も鉄扇も弾き飛ばされ手元にない。容赦なく。追撃せんと飛び掛かった妖剣士は双剣を合わせた大上段から繰り出す大魔人斬りを振り落とそうとし――仮面の下の口から吐き出された灼熱のブレスをもろに受けた。

 

「『メヒャド』!」

 

 思わぬ逆襲を食らい、火達磨になった骸骨剣士へと容赦なくとんぬらは追撃する。

 左右に炎と氷の魔力を練り上げて、合わせた両手からスパークが弾けると、初級魔法を錬成融合して放った光の矢が竜骨兵を射抜く。足の骨を極小消滅魔法に吹き飛ばされた妖剣士は、身動きが取れなくなり、その場で膝をつく。

 そして、とんぬらは手首に巻き付けてあったワイヤーを引き、弾き飛ばされた鉄扇を手元に手繰り寄せる。

 

 

「これで終いだ。『パルプンテ』!」

 

 

 動かぬ的へ向けて、奇跡魔法の虹色の波動が放たれ――

 

 

 パキン。

 どこかで何かが壊れた音がした。

 

 

「その……時々ズッコケる子なんです」

 

 え、今何があったの? と混乱するロザリーへとフォローを入れて説明してくれるクリス先輩。

 優しさが胸に沁みてくる。

 

 けれども、今の『パルプンテ』は妖剣士の急所を突いていた。

 

 ロザリーの手元。彼女が持っていた黄金の器に、罅ができていた。

 そう、さっきの壊れた音は、聖杯から生じたものだった。

 

「セイハイ!! セイハイガァァアァアァッッ!!」

 

 ブラッドは、聖杯に亀裂を走らせてくれたとんぬらを刃物のような視線で睨みつけて、双剣を構える

 狂乱する妖剣士が取ったのは力を溜める『紅蓮の構え』

 この構えから放つ『紅蓮十文字斬り』は、通常時よりも二段階威力が上がっている。

 

「ヨクモキサマァァアアアアァァ――ッ!?」

 

 しかし、ここにいる冒険者は、とんぬらだけではないのだ。

 かつての、聖杯に囚われる前の、仲間を何よりも重んじる剣聖であった頃のブラッドならば、警戒を怠ることはなかっただろう。だが、とんぬらに注視していた妖剣士は、気づけない。

 

「ドジった後輩君のフォローを入れるのが先輩だよ。――『スキルバインド』!」

 

 火焔を纏う剣術スキルが、盗賊スキルのスキル封じに阻まれる。

 妖剣士が渾身の力で振り切った双剣より、炎の十字の斬撃は飛ぶことなく、空振った……

 そして、

 

 

「――お前に相応しいカードは決まった!」

 

 

 空中に銀の縁で飾られた絵札を並べてみせたのは、蒼く眼光炯々とした仮面の少年。鉄扇を構える彼の眼光は妖剣士を据えたまま微塵も揺るがない。

 軽く息を吸い、

 

「信賞必罰の天秤、『正義』」

 

 振るわれた鉄扇の短冊の間に一枚の札が挟み取られる。

 

「十字旗飾る喇叭、『審判』」

 

 返す刀で切り返した鉄扇が、さらに二枚目を挟み取る。

 

「寛大なる精神、『法王』」

 

 カンッ、と軽い音を立てて、真上に弾かれた最後の札を横から掻っ攫うように振るった鉄扇に入れ込んだ。

 三枚の『銀のタロット』を装填するこの手順で、高められた魔力の波動を鉄扇に結集させた。

 

「『パルプンテ』――ッ!」

 

 『必殺の扇』の短冊が、白熱の光を放って、妖剣士の目にも留まらぬ二連撃を見舞いする。

 

 

「裁け、『グランドクロス』――ッ!!」

 

 

 苛烈なる十字架の真空波が、光の粉を吹き、風を切る。

 竜骨兵は咄嗟に双剣を盾に構えた。

 とんぬらはその防御ごと、妖剣士ブラッドを叩き斬った。奇跡魔法が放つ渾身の十字の波動は、妖剣士の双剣を易々と断ち切り、その骸に十字架を刻みつけた。魔力を帯びた剣風が渦を巻き、竜巻となって妖剣士を斬り刻みつつ、祠奥の壁に激突した。

 撃ち出された甚大な神聖なる力に、祠内の空気が一掃して浄化される。しかし、この嵐が収まった後も、妖剣士は消滅していなかった。

 その身体は十字に大きく切り裂かれている。また、とんぬらの一撃は肉体のみならず、妖剣士を蝕む竜の歯の魔力をも、バッサリと切り払っていた。すでに傷口の側から網目が解けるように、竜骨兵を構成していた魔力が徐々に徐々に崩れ出していた。

 この、あと一撃で、竜骨兵の身体を浄化し切るというところで、仮面の少年は身を引いた。ここからは、己の出る幕ではない。妖剣士を禊ぎ、幕を引くのに相応しいのは彼女だ。

 

 

「このままではいけない。そうわかっていながら私には、できなかった」

 

 

 もはや動けぬほどのダメージを受けたブラッドの前に立つのは、ロザリー。

 強烈な神聖の波動に、伽藍洞の双眸に宿る赤光が弱まって、正気の色を取り戻す。

 

「オオオォォォ……お、俺は、今まで、何を……?」

 

「全て、終わったのよ。もう、眠りについて、ブラッド」

 

「その声……お前は、ロザリー!? ……そうか、全て、思い出したぞ。俺は、既に、死んだ身なんだな」

 

 今一度、冒険者を引退した『アークプリースト』は、この一時、かつての横顔を蘇らせる。それを目の当たりにして、ブラッドは受け入れたようにひとつ頷いた。

 

「やってくれ、ロザリー。あのふざけた悪魔と同じ仮面をつけてる野郎になんかに、やられたくない」

 

 壊れた笛が鳴るような声が、仲間の骸からこぼれ出た。気のせいか彼の微かな声は、満足気ですらあるように聞こえた。そしてその思いを裏付けるかのように、表情の肉がない骸骨の顔に、はっきりと、笑みの幻像が見えた。

 

「本当に、バカね、ブラッド……」

 

 仲間に指名されたロザリーは、黄金の器を頭上に掲げる。

 罅を入れられたとはいえ聖杯は、神聖魔法の効力を最大限に高めてくれる触媒。

 

 

「どうか、エリス様。神の理から外れたこの者の魂を赦し給え! 『セイクリッド・ターンアンデッド』――!」

 

 

 パキン、と完全に真っ二つに割れた聖杯より放たれた白い光は、妖剣士ブラッドを包んで――光が消え、再び薄闇となった祠には、竜骨兵は消えて無くなっていて、

 

『はい。その願い、しかと聞き届けましたよ』

 

 そう、とんぬらは、どこか聞き覚えのある幻聴(こえ)を耳にした。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 無事に、妖剣士の討伐を果たした。

 貴重な聖杯を壊してしまったが、そこはエリス教の司祭様から特別にお咎めなしとなり、それから二人で王都までの道を歩きながら、共通の話題、つまりは今も昔も魔道具センスゼロな『アクセル』の名物店主の話でとんぬらとロザリーは盛り上がった。クリス先輩は、急な用事が入ったとかで洞窟で別れた。忙しい人である。

 

 そうして、とんぬらが王都から駆け出し冒険者の街へと帰り、魔道具店に寄ると来客が訪れていた。

 

「あ、とんぬら! おかえりなさい!」

 

 無事に紅魔の里から特注の金庫を持ってきたゆんゆん。彼女は小さな子供と戯れていて、店に備え付けられたテーブル席には、いつになく嬉しそうなウィズ店長と二人の元冒険者が座っていた。

 

「とんぬら君、お疲れ様です。あ、こちらにいるお二人は、ユキナリとカレン……私の冒険者時代の仲間です」

 

 よろしく、と紹介されて頭を下げる二人に、とんぬらも軽く挨拶を返す。

 彼らは、ユキナリとカレン、冒険者時代から両想いだそうで、この通り、今は子宝にも恵まれている。

 

「ご苦労であった、竜の小僧」

 

 店の奥から仮面の顔だけ出したバニル。

 今日は特別な日だ。でもこの特別な日に、仲間のために人間を辞めた彼女は、また大事な仲間を、それも同じ大事な仲間の手に掛り、失うところだった。そうなれば、この思い出の光景はどのようなものになっていただろうか。

 そんな暗い未来を、見通す悪魔の助言(指示)で回避した。

 ……ただ、それでとうの昔に死したとはいえ、ウィズの仲間であったブラッドを倒したとんぬらは、少しばかりすぐには消化のできないものが腹にあった。

 

 とんぬら……?

 

 その彼の様子に少女は気づいて、声をかけるよりも早くに、無邪気な幼子が構ってほしい猫みたいに身体ごと飛び込んでくる。

 

「お兄ちゃんは、皆を守ってくれる正義の味方なの?」

 

 視線をやれば、ウィズ店長より『とんぬら君は、私よりもすごい冒険者ですよ』なんて紹介をしたとの説明が入り、それから、この幼子の父母は、『かつて自分たちは凄い冒険をして多くの人々を助けたんだよ』と語り聞かせているようだ。

 それから、ゆんゆんが、『とんぬらは凄い』とパートナーを自慢げに盛り立てて、あとバニルマネージャーが『英雄色好むを地で行くプレイボーイである』とかあることないことを誇大に吹聴した結果、『とんぬらは、正義の味方』という認識に落ち着いた。

 まったく。

 

「違うの?」

 

「…いいや」

 

 少しだけ迷ったものの、とんぬらは優しげな笑みを浮かべて、新たな目標をひとつ打ち立てた。

 

「我が名は、とんぬら。正義の味方にして、この暗黒の世紀を終わらせる男だ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「『カースド・リザレクション』――!」

 

 竜の吐息に吹き飛ばされてわずかに残っていた、デュラハンのベルディアの一部。

 爆裂魔法に消し飛ばされる前に分離されていた、デッドリーポイズンスライムの変異種のハンスの一部。

 これらを復讐と傀儡の女神レジーナを祀る『ダークプリースト』による、復讐する相手を呪う蘇生魔法で復活させる。

 しかし、大部分を欠損している。これでは、いくら幹部と言えど、まともに動くことはない。

 そこで、グロウキメラのシルビアの研究成果のひとつであるモンスター合成。

 どちらも欠けているのならば、合わせてしまえばいい。

 

 魔王軍幹部を次々と撃破し、幹部ハンスより警告された仮面の紅魔族。なんと公爵級の最上位悪魔を撃退し、王都では英雄とまで崇められている。

 このことが、魔王軍幹部の蘇生融合に踏み出させる一報となった。

 そうして、複数の幹部が力を合わせて、誕生したのは……毒々しい赤紫色の軟体生物に、その上に跨った禍々しい黒騎士。

 デュラハンとデッドリーポイズンスライムの配合で生み出されたのは、『スライムジェネラル』。

 そして、その復讐を原動力に復活した願いはひとつ。

 

 

「「再戦を」」

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 妖剣士:ドラクエⅩに登場する配信シナリオ『嘆きの妖剣士』のボスモンスター。名前はオーレン。元々は剣聖と称されるほどの強さを持つ兵士だったが、『人さらいと盗賊行為を行った大罪人』と誹られる。

 ある渓谷の調査に赴いた際、部下を皆、魔障によって侵してしまう。

 部下を救うために賢者に教えを乞うたり、『グロリオの雫』と、それを入れるための『レムルの聖杯』を探しに旅立ち、聖杯を持つ強欲な商人に交渉して断られ、その後、恋した娘と駆け落ちして商人から聖杯と娘を奪ったり、その娘が雫を得る際の水竜との戦闘で殺されたり(その後娘の魂は水竜と同化する)、と色々とありながらも、目的のものを手に入れたが、すでに部下たちは魔障によって魔物化していて、『部下を救えなかった罰』だと襲い掛かってくる元部下の魔物の刃を受け入れ死亡。

 とはいえ、最後は手遅れであったものの、『グロリオの雫』は部下たちを浄化し、オーレンは目的を達成したと満足げに成仏した。

 二刀流のアンデッドナイトで、双剣の大きい方は『牙王丸』、小さい方は『竜斬刀』という名前。

 作中では、ウィズのかつての冒険者パーティだった『ソードマスター』で、ウィズに密かに想いを寄せていたブラッド。原作でもひとりが大物賞金首に殺されたとあったので、ウィズのリッチー化を解こうと、聖杯を手に入れようとして(その雫を振りかければアンデッド化が解かれて成仏してしまう)、その途上で死に絶えてアンデッドナイト・妖剣士ブラッドになってしまったという設定。ウィズは大物賞金首に殺されたことは知っていても、アンデッド化の事は知らない。

 ロザリーも元ウィズのパーティメンバーで、エリス教の『アークプリースト』。今は王都で司祭をしている。

 

 スライムジェネラル:ドラクエⅨで、宝の地図のボスモンスター。スライムナイトのキング版。二刀流の黒騎士が、巨大スライムに騎乗している。

 作中では、ベルディアとハンスの合成。

 

 

 おまけ(R17.9)。

 

 

「……多少、狭いかとも思ったんだが、案外、入れるように作られているもんだな」

 

 膝と膝は当たってしまうけれども、その窮屈なりに風情がある。広々とした屋敷の大浴場にはない趣だ。

 これが、今は順当だ。

 ゆったりとお湯に浸かっているこの時間。この空間。

 

 熱いお湯が体温を上げていき、そして、膝と膝が触れ合って風呂の湯よりもずっと熱い人肌の感触に胸の鼓動を早めていく。

 ……睦み合う二人にとってこれは順当な距離感である。と思われる。

 

「改めて言うまでもないと思うが、ゆんゆんは、将来を誓ったパートナーだ」

 

「は、はい……私、とんぬらのモノになっちゃいました……!」

 

 そういう刺激的な言い回しが自然に出てくるからホント困る。いや、たまらないんだけど。

 湯気が視界を霞ませるも、ゆんゆんの上気した艶やかな肌も、火照った顔も良く見える。目も真っ赤かに光っている。

 まだ身をよじらせたり腕でその局所を隠したりはしているもののタオルで巻いておらず、その顔は照れながらも恥ずかしさを上回る嬉しさに微笑んでいる。

 そんな、お風呂での裸の付き合いをしているわけだが。

 

 一緒に湯船に入って肌も触れ合う至近距離、いや超至近距離にいるのだが、まだ最初、どちらも視線をあらぬ方へやったり、意識的に顔ばかりを見ようとして、見つめ合っているのが現状。

 

「……ゆんゆんは俺の女だ、と思うと、それは逆もまたしかりだろ?」

 

「と、とんぬらの身体は、私の……」

 

「心も」

 

「う、うん……ふあっ、私達なんかすごい会話してる……」

 

「悪い……でも、彼女と一緒に風呂に入ってみたくない男なんて、いないと思う」

 

「……う、うん。か、彼氏にそう言われたら、断れる彼女はいないと思う……」

 

 こうもてらいなく応えてくれるのは、流石にゆんゆんくらいだとは思うが。

 もうだいぶ接近状態ではあるものの、まだ目のやり場に困っていて、一線を引いているように密着などは避けている。

 お互いにどういう姿でお風呂に入っているかは、あまり気にしないようにしている――今はまだ。

 

 手を伸ばせばすぐにでも届いてしまう位置に、美しくも水面に咲く花……それが満開になったのを見たいと普段とんぬらの胸の裡に沈めている欲求を衝いて、口を動かす。

 

「大人の身体をしている、よな……」

 

 言って、ついつい、ゆんゆんの胸元を視線でなぞってしまう。

 手や腕で覆い隠そうとはしているが、まるで隠しきれていない。むしろ半端に押しつぶされて、一層その肉付きが強調されてしまってる。

 正直よく理性を保っているものだと思う。

 それくらい、ゆんゆんの裸はヤバい。男好きのする身体つきというか、抱き心地が良さそうというか。実際、抱き心地は柔らかくていい。

 いや、ゆんゆんがそういう身体つきなのは、服の上からでもわかっていたけど。

 見られて、彼女もまたこちらを見る。

 

「う、うん、それを言ったら私だって……とんぬらがどんな身体つきしてるかなんて、わかってるはずなんだけど」

 

 ゆんゆん見る。赤面しながら赤目でマジマジと見てくる。

 

 顔が熱い。

 耳も熱い。

 ひょっとしたら目も赤く熱くなっているかもしれない。

 とにかく全身が火照っているのがありありとわかる。

 このままいけば湯あたりは免れないだろう。

 

「とんぬら」

 

 ゾクッとする。

 ゆんゆんの声音が、今までと少し変わっていた。

 

「私はとっくに……とんぬらの彼女で……とんぬらはもう、私の彼氏なんだから……」

 

 狭い浴室で反響する間に、立ち込める湯気の水分をたっぷりと含んでいるかのような――濡れた声。

 

「だから、私ね……ちゃんと知りたい……とんぬらにも、隠さずに言ってほしい……」

 

 頭が痺れる。くらくらしてくる。

 

「……聞かせてくれる?」

 

「俺――

 

 

 

 ……ゆんゆんのすべてを、ちゃんと見たい」

 

 瞳に吸い寄せられたかのように、気づけば言ってしまっていた。

 一瞬、強烈な羞恥に駆られたが……

 

「う、うん。わかった……」

 

 ゆんゆんの『うん』に鼓動が跳ね、そんなものはすっ飛んだ。

 

「……ど、どうぞ」

 

「ッ!?」

 

 不覚にも、少し身を乗り出す感じになってしまった。

 恥じらいながらも、ゆんゆんは腕を退け……そうして露わになった胸のふくらみ。

 大きいのは十分にわかっていた。覆い隠されているときでもすでに、目を惹きつけてやまなかった。

 だけど、先端まで露わになって、お湯に浮いているところを目にすると……

 

「んく……」

 

 思わず生唾を呑み込んでいた。正直、いやらしさがケタ違いだ。

 見るからに柔らかそうな丸みと、たっぷりと中身が詰まったはち切れんばかりの肉感。

 

「……とんぬら、すごい目……」

 

「す……すまん、つい……」

 

「う、ううん、どうでしょうかなんて聞くまでもなくわかったから、謝らなくていいんだけど……でもやっぱり、ちゃんと聞きたくはなったりして……。その……ど、どうでしょうか、私の……からだ……」

 

「素晴らしいな。素晴らし過ぎてなんかもうヤバい……正直、目が離せん」

 

「ほ、ほんとに見つめっぱなしよね……そんな風に見つめられたら、私……恥ずかしくても隠せないわよ……」

 

 ゆんゆんは本当に隠さず、むしろ隠していた腕を背中にやって、胸を張るポーズで、こちらの視線が身体をなぞるがままにしてくれる。恥ずかしいんだろうが、懸命にそれを押し殺して。

 その姿が一層ヤバい。有り体に言うと、この“いぢめて”感はますます興奮させられる。

 

「じゃあ……とんぬらも隠さないで、見せて」

 

「…………わかった」

 

 ゆんゆんが見せてくれたのに、こちらが見せないわけにはいかない。

 羞恥と躊躇いを嚙み殺して、股間を覆っていた手をどける。

 

「ひゃっ……!?」

 

 お湯の中から、とんぬらの大きくなってしまったモノが跳ね上がるように姿を見せた。

 水を撥ねたその勢いに、ゆんゆんはかわいらしい声を漏らし、一瞬体を竦める。

 

「その、これは、私の、か、身体で……こうなったの……?」

 

「ああ……そうなる」

 

「あっありがとうございますっ」

 

「こちらこそありがとうだ。何でゆんゆんがお礼を言うんだよ!?」

 

「だ、だって……私ので、興奮してくれてると思うと、すごくうれしくて……。うん、本当にすごくおおきいね、とんぬら」

 

「ぅ……」

 

 そうまじまじと視線を注がれると下腹が疼くというか恥ずかしい。くすぐったくて落ち着かないもぞもぞする感じ。

 でも、イヤではない。むしろ興奮する……

 ゆんゆんの目も、次第に潤んできている気がする。

 

「……それで、説明させていただきますが、いいな?」

 

 ここまで来て、ようやくとんぬらは本題に入れた。

 現状をよく理解してもらうには裸になるしかなく、そして、裸になるならお風呂に入ろうという流れになってからようやくここまで来た。

 そう、これは、この最近、刺激の強いパートナーのための保健体育授業である。

 

「うん、説明してほしい……」

 

「まず、男の身体がこうなっているのは、その……ゆんゆんを欲しがって、いるからだ」

 

「欲しがって、って……?」

 

「……ゆんゆんと、その、子作りをしたがってる」

 

「え……?」

 

「目の前の女性に、どうしようもなく興奮させられて……まあ、本能回帰しそうになってるんだ……」

 

「………」

 

「すまん。男としてこれはしょうがない事だ」

 

「ううん……しょうがなくなくないよ。男、なんだもんね。私の事、女って……ちゃんと、見てくれてるんだよね」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「……だから、私を孕ませたくて、こうなってるのよね」

 

「ッ……」

 

 その物言いに、眼差しに、ぐうっと反応しかかる。

 結論に達したのが、『私を孕ませたくて、こうなってるのよね』と言われては、いや現状を理解してほしいからこの紅魔族の理解の速さは助かるが、やはり刺激が強い。

 

「そうだ。でも、それらをふまえて……真剣に考えたが、まだ子供は早いと思うんだ」

 

 これを理解してほしい。

 とんぬらが、こうも錯綜している手段に出たのはこれだ。

 

「この最近のゆんゆんのアピールは、ハッキリ言ってすごい。俺はここのところほとんど満足に眠れてない」

 

「そう、なの……」

 

「ああ」

 

 サキュバスにも指摘されたが、とんぬらの欲求不満、精気は相当に溜まっている。

 

「だから、自重をしないか?」

 

「こんなに……私の事、孕ませたくてしょうがないのに……」

 

 ゆんゆんが愛おしすぎる。欲しいにもほどがある。

 一秒だって早く、この煮え滾る衝動をぶつけてしまいたいに決まっている――!

 

「それでも、こういう行為は、まだしてはダメだと俺は思っている」

 

「……ぅん」

 

「ああ、こうまでしてゆんゆんに頼むのは、情けないことに俺がこの性欲を御し切れないせいだ。もう、我慢せずに発散したいとも思ってる。……でも、やっぱり体が出来上がってないのに子供を作るのは早いよ、ゆんゆん」

 

 せめて大人になるまでは、自重しよう。

 お互いに裸になって、ありのままの姿を見せ合って、彼女に理解させる。してもらう。とんぬらとしては、この一線は、せめて十五になるまでは超えたくはないもので……

 

「そんなに、私のこと大事なんだ……」

 

 ぽつり、と。

 声のトーンが、何か、覚悟と決意を決めたかのような響きに。

 

「――とんぬら、ごめん。…………完全に、のぼせちゃった」

 

「なっ」

 

 湯船の中で、ふらりとしたゆんゆんの体を抱き留める。

 自然とお互いに密着する姿勢になった。これは不可抗力という名の幸運であろうか。しかし、これは事前に決めてあった触るのはNGというのを破ってしまった事故で――

 ダメだ。思考がはっきりまとまらない。

 意識がゆるやかにぼける。自分も、湯の熱にあたってしまったのかもしれない。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 ゆんゆんの肌は、熱い熱い湯に晒され続けたせいで桜色に染まっている。

 火照っている。触れるだけで彼女の熱さがわかる。湯のそれよりもずっと、ずっと、熱く滾っているような。

 そして、吸い寄せられてしまう。

 何かを求めているかのような潤んだ瞳に。

 

「とんぬら……。私が、してあげようか?」

 

「何を言ってるんだ、ゆんゆん!? それより、もう風呂を出よう……っ!」

 

「子作りは、ねだらないから。……でも、とんぬらを、楽にしてあげたいの。我慢してるのを見るのは、辛いの……」

 

「ゆん、ゆん……」

 

「とんぬらの、私にぶつけて」

 

 腕を伸ばして、少しだけ距離を作ると、彼女は染めた頬を隠すことなくこちらに向けていた。

 紅魔族の特徴で興奮に真っ赤となる瞳が、期待と熱を帯びて揺れている。

 

 ――そこまで言われて、揺るがぬはずがあろうか。

 

 導かれるまま、愛しい少女の唇を塞いだ。

 

 

 その日、スッキリとというか、ぐったりと眠りにつくことができたが、最後の一線を守るのに精神力を費やしたからだろうとサキュバス要らずの少年は感想を抱いた。


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