この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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8章
73話


 新装開店したのに、いまだに貧乏魔道具店と評価されるウィズ魔道具店。

 紅魔の里製・魔法の通じないパスワード式の金庫によって、常識人のようで結構な問題児であるぽわぽわ店長の浪費防止にはなるが、問題点はまだまだある。

 そのひとつが、これまで店長が買い込んだ、問題だらけのガラクタ魔道具の処理である。

 どれもこれも性能は良いのにそのプラスを上回るマイナスがついて回る魔道具。処分してしまいたいが、高い金を支払って購入したものなので、廃棄するのはもったいないし、ゴミ処理費用がかかるのはもっとごめんだ。

 

「というわけで、こいつの出番だ」

 

 とんぬらの工房に新たに設置された、銀の円卓に青く光る大宝玉が据え付けられた作業台。

 『シャナク魔法台』

 それは、宮廷道化師の特別報酬として頂いた聖なる力を秘めた作業台。宮廷魔導士の師より譲り受けた『大錬金釜』に並ぶ特一級品の魔道具製作具である。

 魔道具に掛けられた呪い(マイナス効果)を消し去る作業が可能になり、道具製作の幅が広がる。

 魔性を祓う聖なる力を扱うために、リッチーな店主には扱えないが、魔法使いながらプリーストの資質のある賢者タイプのバイトには問題なく扱える。

 

「錬金材料も揃っている、準備は万端だ」

 

 問題のある魔道具はあらかじめ、こちらの工房に運び出してある。

 そして、つい先日、親交ができたエリス教の司祭にしてかつての『氷の魔女』のパーティメンバーの『アークプリースト』であるロザリーに、『店長(ウィズ)が問題な商品ばかり買い込んで大変です』と愚痴を言ったら、とても同情(りかい)してもらえて、お清めされた『聖なる塩』をたくさん融通してもらえた。

 

「よし、頑張るか!」

 

 そうして……

 とんぬらは丸一日、バイトもクエストも出ず、工房内で作業を続けた。

 その結果、高性能な欠陥魔道具は、真っ当な、そしてより優秀な魔道具へと生まれ変わる。

 

 邪悪な妖気を漂わせる不気味な黒い盾『破滅の盾』には、防具なのにその身に受ける魔法攻撃等ダメージを増幅させてしまう欠陥があった。

 それが、炎と吹雪を軽減してくれる女性でも持てるほど軽く、聖女の姿が描かれた聖なる盾『聖女の盾』に。

 

 双角を持つ魔獣の頭蓋骨をそのまま兜に加工した『髑髏の兜』には、装備すると腕に力が入らなくなり腕力ステータスをゼロにしてしまう欠陥があった。

 それが、眠りや混乱といった状態異常耐性を無効にする、前面に太陽の形の装飾が施された金色の冠『太陽の冠』に。

 

 澱んだ血の色に輝いていた刀身を持つ『諸刃の剣』には、切れ味が鋭いが振るえば自らもダメージを負う欠陥があった。

 それが、追撃の特殊効果のある、永久氷壁の輝きを宿したように蒼く発光している『諸刃の剣・改』に。

 

 髑髏が刻まれた不気味な指輪『髑髏の指輪』には、敏捷性は上がるが魔力量を半減してしまう欠陥があった。

 それが魔力量と知力を底上げする、魔力が篭められた指輪『ソーサリーリング』に。

 

 髑髏の首飾りをした『死神のペンダント』には、金縛りを掛けてくる欠陥があった。

 それが、攻撃を躱しやすくなる幸運のお守り『ラッキーペンダント』に。

 

 神器を勇者候補に授ける水の女神の加護が強く、錬金術の熟練度が高いこの匠の腕によって劇的ビフォーアフターされた魔道具。

 出来上がったこの五品はどれも、王都で一級品の魔道具として売れるだろう。でも、これらは店で売るものではない。

 また、それとは別に、新しい技術を取り入れた魔道具を開発した。

 

「さて……そろそろいいか」

 

 丸一日。

 日が昇り日が落ちてまた日が昇る……この丸一日の時間をかけて、家を出ずにこうも工房で作業に没頭し続けた。欠陥魔道具の改良作業を予想以上よりも早くに終わらせてからも、新たな魔道具製作に着手した理由は、単純に……

 

 

「おっと、竜の小僧! 一昨日の晩はお楽しみでしたね?」

 

 

 バニル(こいつ)に顔を合わせたくなかったから。

 会えば何でもお見通しなマネージャーから、これを言われるだろうから、しばらく時間をおこうと引き籠って作業を行っていたのである。

 まるでこちらが外へ出るタイミングがわかっていたかのように、店前を箒で掃いていたタキシードにエプロン姿のマネージャー。

 魔王からは逃げられないように、この悪魔の羞恥プレイからは逃れられないのだろう。

 

「出待ちしてまで、一昨日のことを掘りだしてくるな!」

 

「フハハハハハハッ! 美味! 実に美味だ三ツ星小僧! これはサキュバスらにもお裾分けしてやりたいものだ!」

 

 職場環境というかこのすべてを見通す隣人(悪魔)を本当にどうにかしたい。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「……とんぬら、その、大丈夫?」

 

「問題ない。まったく問題ない。あんなマネージャーの戯言をいつまでも引きずる俺ではない。それよりも……ゆんゆんの方は大事ないか?」

 

「私は、全然! もう全然大丈夫よ!」

 

 ……ゆんゆんは、普通に、いや、なんであんなに元気なんだと思うくらいに調子が良さそうだ。悩みも吹っ切れた様子で、足取りも浮きそうなくらいに軽く、肌も艶々としている。

 竜の血には、スキルポイント増加の効能があったが……他の体液にも元気になる効能でもあったのだろうか。

 一方で、色々と……最後の一線こそは踏み止まったものの色々といたしてしまったとんぬらは、ひとりで己を見つめ直した。

 してしまったことに後悔はないのだが、反省する。そして、改めるまでもないが、責任を取る。

 決意をまた一段深く刻んだとんぬらは深呼吸をしてから、斜め後ろの気配を見やる。

 

「……、」

 

 チラチラ、とゆんゆんが視線を上げ下げしてこちらを見てる。

 子供役の人形も片して、料理もごく普通の、健康的なものに()った。でも、今、三歩斜め後ろ影踏まずの距離を取っている。きっと人付き合いの加減のわからぬ彼女はとんぬらのことを過度なくらいに気遣ってくれているのだろう。それに元々、この少女は人に話しかけるにも一大決心を固めなければならないほど、重度の奥手である。

 でも、見ている。とんぬらのフリーな手を。猫じゃらしを目の前にチラつかされる猫のように。

 重度の奥手な女の子だけれど、人並の憧れを持ってるゆんゆん。あまり無理や我慢をさせてしまうのは、とんぬらも望まないし、彼女の望みは叶えてやりたいと真剣に思うのだ。

 

「!」

 

 不意に足を止め、それに反応が遅れてそのまま前を歩くゆんゆんが隣に並んだところでとんぬらは、その手を()った。

 

「と、とんぬら!? その触ったら、大変で」

 

「このくらいの接触でどうにかなるくらいならとっくの昔に襲っている」

 

 それに、こちらの欲求を受け入れてくれたのだから、とんぬらだって付き合う。当たり前だ。

 

「ほら、行くぞゆんゆん」

 

「……うんっ」

 

 ……ととんぬらとゆんゆんが向かうのは、馴染みの屋敷。

 ちょうど引き籠っていた昨日に一報が入った。とんぬらの後輩が生まれたと……

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――キングスフォード・ゼルトマン

 

 女神の如き『アークプリースト』の眼鏡に適い、数多ある卵の中から選ばれた、由緒正しきただのひよこ。

 名前は威厳溢れる立派なものだが、普通のひよこ。

 いずれはドラゴン族の帝王となるべき定めとされているようだが、どこからどう見てもひよこ。

 あだ名はゼル帝。

 

「うわぁ……かわいい……!」

 

「……生まれたての生き物は何故こんなにも愛くるしいのでしょうか。そのかわいらしさで、捕食者から攻撃されないようにとの防衛本能でしょうか」

 

「め、めぐみん! 私もゼル帝を抱かせてよ!」

 

 めぐみんが、ゼル帝を掌の上で大切そうに包み込んで、それを隣から覗き込むゆんゆんが羨ましそうに眺めている。

 ……学校時代、経験値のためにとカモネギを絞めためぐみんの今の姿に、大人になったんだな……と感慨深げにとんぬらは柔和に温かくそれを見守る。

 

「見て、ゼル帝を見るめぐみんとゆんゆんのだらしない顔を。たらしだわ。ゼル帝ったら生まれながらの女殺しよ。英雄色を好むって言うし、これは後輩ドラゴンの将来楽しみにならない?」

 

「はは……アクア様、ええ、(マスコット的な意味で)魅力がありますね」

 

 自慢げに語るアクアに、とんぬらは乾いた笑み。

 それを見るに見かねたカズマが、

 

「おい、アクア。その偉そうな名の黄色い毛玉はひよこだろ。ドラゴンじゃないんだっていい加減に認めろよ」

 

「カズマは本っ当に目が節穴よね。この子はその身を体毛に覆われ至極レアなドラゴン種、シャギードラゴンに相違ないわ」

 

「騙されたことを認めたくないのはわかるけど、もう諦めろよ。そいつは紛う事なきただのひよこだ」

 

 容赦のないご指摘にアクアは耳を塞いで聞かざるの姿勢。

 

「まあ、でもゼル帝とやらはただものではなさそうだ」

 

「何? え、まさか、ドラゴンだったりするのか!?」

 

「それについては明言を避けるが……兄ちゃん、ゼル帝の魔力は凄いぞ」

 

「魔力が?」

 

「卵の孵化の際に、俺やめぐみんにゆんゆん、それからアクア様、バニルマネージャー、ウィズ店長と、俺が知る限りトップクラスの魔力保持者が寄って集って魔力を注いだからだろう。ドラゴンの親が卵を温める際に魔力を注ぐと、子供も強い魔力を持って生まれてくるのは結構有名な話なんだが、それと同じ現象が起こっているものだと思われる。ドラゴン牧場には朗報な新発見かもな」

 

 他にも胎教に良いだとかで、ウィズ店長が探してきたジャイアントトードのオイルを使った薬液を塗ったりしていたが、なんか黒魔術っぽくて効果があったかもしれない。

 

「それじゃあ、こいつを上手く育てればやがて魔王軍に対する切り札に……」

 

 期待するように訊いてくるカズマだが、とんぬらはきっぱりと首を横に振る。

 

「それは無理だろう。魔力があっても、体力がないし、……魔法を使うだけの知能がなければ、膨大な魔力量があっても、な」

 

 意味がない。

 ドラゴンのように魔力を使って飛ぶこともブレスを吐くこともできないひよこには、宝の持ち腐れである。

 

「……なら、ある日突然、こいつが凄い力に目覚めたりだとか、魔力のおかげで超強い肉体を持つひよこになったりとか……」

 

「どうだろうなぁ……。魔力が高いと老化があまり進まず寿命が延びたり、野良モンスターを怯えさせたりするが……」

 

「あっ! そうだ、俺の『ドレインタッチ』を使えばこいつを魔力補充のマナタイト代わりに」

 

「それは止めておいた方が良いぞ。『ドレインタッチ』は体力まで吸ってしまうし、下手したら死んでしまう」

 

「……こいつ食ったら俺の魔力が跳ね上がったりしないかなぁ」

 

「ありうるが、それは食べてみないとわからないな」

 

「やめて! ゼル帝をそんな目で見ないでちょうだい!」

 

 不穏な話についにアクアが声を張り上げて訴えると、それに反応したのか……

 

「あっ!? ど、どうしたんですかゼル帝!?」

 

 めぐみんが、突如手の中で暴れ出したことに驚きながらも、ゼル帝をそっと絨毯に下ろす。するとひよこは、とんぬらの下へよろよろ歩いて行くと、その身を摺り寄せてくる。

 それを見たアクアは、何やら考え込んだのち、カズマにドヤ顔を向けて、

 

「……どうカズマっ! ゼル帝はやっぱりドラゴンなのよ! 先輩ドラゴンの『アクアアイズ・ライトニングドラゴン』に挨拶しに行っているじゃない! つまり同族の契りを交わすってことは、ゼル帝が何よりもドラゴンだって証よ!」

 

「何だよその無茶苦茶理論。単にひよこがとんぬらに懐いただけじゃないのか」

 

「いえ、にしては急にとんぬらの下へ向かうのは変ですよカズマ。ゼル帝は人見知りするような性格ではないですけど、さっきから構いたいアピールをしていたゆんゆんを無視してとんぬらの方へ行くのは何か理由があると思います。ゆんゆんの存在が薄かったせいかもしれませんけど」

 

「ちょっとめぐみん!?」

 

 物議を醸しだしているが、とんぬらにはすぐに心当たりにピンときた。

 

 部屋の隅で、すごく存在感を放ってる仮面の悪魔の抜け殻……

 昨日、共に休んだとんぬらとゆんゆんらに代わって、バニルが交渉に赴いたそうだがそのタイミングでゼル帝は生まれ、最初に見たバニルに刷り込みを起こした。それで親と勘違いしたひよこがついて離れなくなったため、仕方なく地獄の公爵は脱皮してその抜け殻をゼル帝の寝床に残していったという。

 で、三ツ星ご飯製造機なとんぬらにはマーキングこそ剥がれたものの悪魔の臭いが染みついている。

 

「……うん、まあ、そうだな」

 

 そんな無粋なことを口にすることでもないか。とんぬらは頷くと空気を読んで寄り添うゼル帝に近寄り、そっと貴重品を扱うように丁寧に胸に抱く。

 

「ほら見なさい、あのゼル帝の懐きっぷりを。後輩のエリス、あの子、お淑やかに見えて意外にヤンチャするタイプでね。でも、勝手に色々背負い込んで、できるだけ一人で何とかしようって頑張っちゃう子なのよ。だけど、私にだけは甘えてくるの。そう、あんな風に!」

 

「お前が遠慮なく仕事を押し付けて大変な目に遭ったって聞いてるんだけど」

 

 アクアとカズマが何やら論争を続けているのを他所に、とんぬらに懐くひよこの様子を、興味深そうに見ていためぐみんはひとつ提案する。

 

「とんぬら、ゼル帝にあなたの血を与えてみたらどうです?」

 

「いきなりなんだ、めぐみん」

 

「ほら、あなたはところてんスライムを魔法生物(ホイミン)にした前科があるでしょう?」

 

「前科というな前科と。というか、ところてんスライムがホイミンになって一番ショックを受けたのはめぐみんではないか」

 

「でも、このただのひよこなゼル帝も、ところてんスライムを歌って踊れるホイミンにした紅魔族の変異種の血ならば、ドラゴンとは言わずともすごいひよこに化けるかもしれません。試してみる価値はありますよ」

 

「俺の血にそんなに期待をかけるんじゃないめぐみん」

 

「ううん、とんぬら。めぐみんの言う通りかもしれないわ」

 

「なっ、ゆんゆんまで!?」

 

 比較的常識人だと思っていたパートナーの思わぬ同意。

 ゆんゆんはやや頬を染めて、とんぬらに耳打ちする。

 

「(その、ね……昨日、冒険者カードを確認したら、魔力ステータスとスキルポイントが上がってたの)」

「(それ本当か!?)」

「(うん。……昨日はクエストでモンスターも倒してないし、心当たりがあるなら一昨日の……とんぬらと、したことだけだし……!)」

「(いや、もうわかったわかった。だから、こんなところでその話はするんじゃない)」

 

 仮面の眉間の辺りに指を当てるとんぬら。

 ああ、なんか自分の体液は高経験値食材みたいになっているのだろうか。実験大好きな里の人間に知られたら、献血にご協力させられそうである。

 

「何をコソコソ話してるんですか、あなた達……まさか、この前のことのようなことを考えてたわけではないですよね?」

 

 めぐみんが訝し気に、こちらをジト目で視る。

 “手料理”の一件を知る彼女には、怪しまれるわけにはいかない。

 

「いや、大したことではないぞ、めぐみん! ゆんゆんがゼル帝を見て、飼いたくなったと言ってな」

「そ、そうよめぐみん! 私もひよこが可愛いって、とんぬらにねだったの!」

 

「……二人にはもうゲレゲレやプチ魔獣がいるでしょう」

 

 ふん、と鼻を鳴らすめぐみんは納得がいっていない風だったが、それ以上の追及はしないでくれた。

 

「それで話を戻すが、俺の血をゼル帝にか……まあ、別に俺は構わんが、きちんと保護者の了承がないと」

 

「いいえ、やって! ゼル帝と義兄弟の契りを結んでちょうだい!」

 

 後輩についての論争しながらもこちらの話を聞いていたのか、ひよこの飼い主(アクア)が強く賛成するよう手を挙げる。

 とんぬらは人差し指を八重歯で少し噛み切ると、ゼル帝も嘴を開けたので、そこへ一滴、血を落とす。

 

「契りはとにかく、まあ、ゼル帝の誕生祝いだ」

 

 丈夫に育つようにと願いを込めて。

 ゼル帝がいきなりフェザードラゴンに変化するなどとは期待していない。ホイミンの件があるが、いくら何でもひよこがドラゴンに化けるのはないはず……

 

「どう? 何か変化はあったとんぬら?」

 

「いや。変わらないよ。流石に、な」

 

 手元でピヨピヨ鳴いているひよこに特に変化はない。

 

「うーん。義兄弟の契りを交わせば、ゼル帝も覚醒すると思ったんだけど……ねぇ、ちょっと毎日、ゼル帝に血を飲ませてあげてくれないかしら?」

 

「それはちょっと勘弁してほしいですアクア様」

 

 控えめに辞退しながらとんぬらは、さっきから可愛がりたそうにしているゆんゆんへとゼル帝を渡す。それで教育ママなアクアがゼル帝を散歩させる時間だと言い、一緒に庭へ。

 

「あ、そういえば、兄ちゃんに見せたい魔道具があるんだ。前に、変化魔法を使ってみたいと俺にスキルを教えてもらったことがあっただろ?」

 

「ああ、習得するに必要なスキルポイントが全然足りないからまだ覚えてないぞ。この前、『料理』スキル覚えるのに使っちまったし」

 

「『冒険者』は何でもスキルを習得できるがその分、習得ポイントは割増されているからな。そこで、これだ」

 

 言って、とんぬらは腰の空間拡縮の魔法が掛けられている袋から一本の、鏡のように表面に顔が映るほど磨かれた魔石が埋め込まれた木の杖を取り出す。

 

「その名もズバリ、『変化の杖』!」

 

「『変化の杖』?」

 

「ウィズ店長が仕入れた魔道具に、盗賊職限定で装備すれば消費魔力が多めになるが『スティール』が使えるようになるのがあるんだ」

 

「それはまたすごい無意味な魔道具だな。『冒険者(おれ)』でも簡単に『窃盗』スキルは覚えられたぞ」

 

「いつも通り残念なんだが、それに使われている技術は中々に面白くてな。それで、その技術を応用できないかと思って製作したのが、この『変化の杖』だ。消費魔力が多めで、姿形しか真似できないが、職業は魔法使いに限らず、『冒険者』であっても、『モシャス』が使えるようになる魔道具だ」

 

「おおっ! そりゃいいな! わざわざ冒険者カードにスキル習得しなくても変身できるようになんのか!」

 

「で、兄ちゃんにちょっとテストしてもらいたくてな。試供品だが、やってみてくれないか」

 

「いいぜ!」

 

「よし、じゃあとりあえず俺に変身してみせてくれ。変化魔法の扱いは難しい。化ける対象を強くイメージできなければ成功しないから、最初は対象をしっかりと視界に入れておくのがコツだ」

 

 『変化の杖』を渡されたカズマが額に杖を当て、むむっ、と念じたその時だった。

 玄関のドアがノックされ、ドアがガチャリと開けられる。

 

「ただ今帰ったぞ。……おや、とんぬらが来ているのか」

 

 入ってきたのは、ここ数日、領主になった父イグニスの補佐に忙しいダクネス。

 ――ポン、と杖先から煙が噴いたかと思うと、部屋にダクネスがもうひとり現れた。

 

「おおおっ! 本当に変身したぞ!」

 

「な、ななあっ!? わ、私が二人!?」

 

 ではなく、カズマがダクネス´に変身したのだ。

 帰ってきたら、鏡が置かれているかのように自分の顔と同じ者に出迎えられ、仰天するダクネス。一方で、会心のガッツポーズを取るのはダクネス´(カズマ)。

 

「……想定とは違ったが、イメージ通りに変身できたということは、『変化の杖』の機能に問題はないか」

 

「いいえ、ダメですよあの魔道具」

 

 実験結果にふむふむと頷くとんぬらに、めぐみんが早速浮き出た問題点を悟り、冷静に批難する。

 

「何が問題あるんだ、めぐみん。あの『変化の杖』だけでなく、魔力を篭めれば『ライトニング』が放てる『(いかずち)の杖』も造ったんだが、これがあれば里の学校の授業でも、魔法スキル未修得の生徒でも魔法の感覚が掴められる代物だぞ」

 

 先端に魔石と翼を広げたドラゴンの像というデザインの杖も見せながら、主張する。

 大概の学生は上級魔法を習得するまで魔法が使えない紅魔族の子供たち。でもこの魔道具があれば、魔法のイメージを直につかむことができる。

 参考する魔道具が手元にあったとはいえ、それを己のものに取り込んでみせたのはまったく大した魔道具製作技術または才能だと、紅魔族随一の天才も認めよう。

 ただし、

 

「あなたが里の後進のために考えたのはわかります。しかしですね、あの『変化の杖』は機能以前の問題がありますよ。カズマのような人間に使わしたら……」

 

 めぐみんに言われ、とんぬらは視線を戻す。

 そこには……

 

「おおっ、中々の再現度だ! 俺のイメージ通り!」

 

「お、おい! お前、カズマか! 私に化けて私の胸を揉んでいるのはカズマなんだな!?」

 

「それに……腹筋も割れてる。忠実に再現されてるってことか」

 

「いい加減にやめろーっ!」

 

 変身した自らの身体をまさぐるダクネス´に、それに飛び掛かるダクネス。

 混沌である。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「悪かった、俺が悪かった! ついうっかり! すまなかった、本当にダクネスになって気が動転してたんだよ!」

 

「この私だって本気で怒る時もある! あんなに私の身体を勝手に……! そんな言い訳で許してもらえると思うなよ!」

 

「待て、ダクネス! 触ってたのは俺の身体だ」

 

「でも、私に変化したものだろう! 私を痛めつけずに、私が弄られるのを見せられるなんて、いくら私でも看過できんぞ! 堂々と私自身にセクハラしてくる勇気もないのか!」

 

「お前は一体何を言ってるんだ!?」

 

 変化が解けて、正体が明らかとなったところでご本人から折檻。

 目を血走らせたダクネスが拳を握って目前に仁王立ちしている。でも、『変化の杖』は実にいいものだ。これがあれば色んなことができる!

 

「うん。兄ちゃんのスキル運用は基本女性特攻(セクハラ)だったな。変身機能は、猫限定にするべきか」

 

「とんぬらの趣味全開じゃないですかそれ」

 

「じゃあ、同性のみというのはどうだ?」

 

「その辺りが妥当なんじゃないんでしょうか」

 

 おっと、まずい。製作者から制限を設ける話が出てきたぞ。それは、ならん。

 

「ダメだとんぬら! 俺はとんぬらの魔道具センスを買っている! だから、そんな自分の才能を狭めるような真似をして欲しくない!」

 

「兄ちゃん。そう言ってくれるのは嬉しいんだが、さっきの兄ちゃんを見てるとめぐみんの主張がごもっともだと思える。対策をしておかないとまずいだろ」

 

「道具が悪用されるのは、道具の性能のせいではない。道具を使う人間の性根の問題だ」

 

「なら、カズマに持たせてはいけませんね」

 

「おま、めぐみん! お前こそ世界で最も爆裂魔法を覚えたら危ない奴だろうが!」

 

「なにおう! この誰よりも爆裂魔法を愛する私に何て言い草ですかカズマ!」

 

「自分の胸に手を当てて思い出してみろ! これまでところかまわず爆裂魔法をぶっ放してどれだけ人様に迷惑をかけてきたのかを!」

 

「お、おい! 被害に遭って、今、説教しているのは私だぞ。なのに、蚊帳の外へ追いやられる……どういう放置プレイなんだ!」

 

 うーん、この面子といると混沌になって来るなー。

 とりあえず、魔道具を回収すれば場も収まるだろうととんぬらがこちらに手を差しだして、

 

「テストに協力してくれてありがとう兄ちゃん。おかげで色々と改善すべき問題点が見えてきた。じゃ、『変化の杖』を返してくれ」

 

「……とんぬら、この魔道具を譲ってほしい。金ならいくらでも払う」

 

「いや、兄ちゃん、売れないって、これ試供品なんだし。調整もしないとならん」

 

「問題なく使えるし、これ以上弄らなくてもいい。とにかく俺はこれが凄く欲しい」

 

 嘆願するが、仮面があってもそれが渋い顔なのがわかる。

 

「とんぬら、カズマにアレを渡してはダメだ。絶対に悪用する」

 

「ダクネスの言う通りです。カズマは必ず調子に乗りますよ」

 

 そして、ダクネスとめぐみんからの非難の声が挙がる。

 お前ら少しは俺のことを信用しろよ!

 

「兄ちゃん、気に入ってくれたのは嬉しいが、二人の意見(こえ)を無視することはできない。代わりに、『雷の杖』を渡そう」

 

 くっ……! こうなったら、あまり自分からバラしたくなかったが……!

 

「……実はな。俺、誕生日が近いんだ」

 

「そうなのか?」

 

「本当だぞ。ちょうどもうそろそろ始まる祭りの最終日がそうだ」

 

 そう、もうすぐこの世界に来て初めての誕生日になる。

 自分から誕生日を明かすのはちょっと情けないが、どうせなら皆に祝ってほしいし、ここで自分から言うのもアリだろう。

 

「そうなんですか。じゃあ、何か素敵なものを用意しないといけませんね」

 

「うむ。何だかんだとカズマには助けてもらっているからな」

 

 めぐみんとダクネスは、素直にそう答える。……少しだけ嬉しい。

 そして、

 

「そうか。なら、俺も兄ちゃんの望みの品をプレゼントしてやりたいが」

 

「とんぬら、俺、『変化の杖』が超欲しい」

 

「それとこれとは話が別だというのは不粋だろうか?」

 

 腰に手を当てたとんぬらは、しょうがないというように溜息を吐き、

 

「じゃあ、兄ちゃんに『変化の杖』を譲ろう」

 

「よしっ」

『とんぬら!?』

 

「ただし、俺はその一本しか造らないとここに誓っておこう。もし『変化の杖』が折られても修繕はしないし、新しい杖も用意しない。そうならないように注意することだ」

 

 めぐみんとダクネスを見ながら、とんぬらが言う。

 その意図は、悪用すれば仲間たちが『変化の杖』を容赦なくへし折るだろうというのが読め、そうなった後で泣きついてもこちらは知らんととんぬらは言いたいのだろう。『モシャス』を使える者でなければ『変化の杖』を製作できないのであれば、この一本がダメになれば終わりである。

 ……これは、用心して使わねば。

 

「ちょっととんぬら、カズマにアレを渡すのは迂闊ですよ」

 

「兄ちゃんは不必要に悪事するような性格ではないし、それに兄ちゃんの魔力量からして、変化できるのは一時間が限界だろう。それも補助が必須で、杖を持たなければ一分も変身は保たない。とても大きな悪用は無理だろうし、悪戯程度のジョークグッズが精々だ」

 

「むぅ……そう言われるとこちらが大人げないような……」

 

「ハハ、何を心配してるんだい君達。俺は決して杖を悪用なんてしないさ」

 

 キラキラと輝く爽やかな笑みを浮かべてみせるも、しらーっと反応が薄い。

 

「うん、二人が不安になる気持ちはわかる。もし気に入らないんだったら、遠慮なく壊して構わない」

 

 おい! 庇ってくれてるんじゃないのかよ。

 でも、所有権を譲ってくれた事には違いなく、こうして『変化の杖』はカズマの手に渡った。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「――そんなわけで。助手君と後輩君にはもうお願いしてるんだけど、できれば皆にも神器集めを助けてほしいなって思ってね」

 

 杖贈呈の後、ゼル帝の散歩から帰ってきたアクアとゆんゆんらと共に、クリスが屋敷に訪れた。

 とんぬらも以前に説明されたが、今回狙う神器は聖鎧『アイギス』。聖盾『イージス』とセットの神器であったが、その鎧の方の所在が判明。その協力を皆に願い出た。

 が、クリスの話を聞き終えたダクネスは、申し訳なさそうに眉を歪める。

 

「手伝ってやりたいのはやまやまなのだが……。すまない、クリス。現在、前領主の杜撰極まる統治態勢の立て直しをする父の補佐を任されているのだ。なので、本格的に手伝うのはそちらの目処がある程度たってからでないと……」

 

「いいよいいよ、そっちの方が大事なお仕事なんだし。手伝いたいっていう気持ちだけでもうれしいから。ありがと、ダクネス」

 

 めぐみん、それから、ゆんゆんはこくんと頷いて、

 

「私はまあ手伝えることがあるのなら手伝いますが。でも、できる事なんて限られてますよ? その神器とやらが悪人の手に渡っているのなら、私の爆裂魔法が火を噴きますよと脅してあげても構いませんが」

 

「私も手伝いたいです。上級魔法とか中級魔法、色々なことができます。でも、できればあまり目立たないのが……」

 

「まったく、ゆんゆん。あなたも紅魔族なら悪徳貴族の屋敷に突入して大立ち回りを演じる度胸くらい持たないと。あと色々できるとは爆裂魔法しか使えない私に対する当てつけですか!」

 

「あ、ありがと、めぐみん、ゆんゆん。君達に頼めるようなことがあれば、その時はお願いするね。ええと、それで……」

 

 最後に、期待を込めてみるのは、ゼル帝を愛でているアクア――

 

「残念だけど手伝えないわ」

 

 には、きっぱりと断られた。

 皆が注目する中、アクアは主張する。

 

「ダメな子ほどかわいい。そんな言葉があることは知ってるわよね。でも私は、このゼル帝を誰よりも強く、何よりも崇められる立派なドラゴンに育てたいの! この子には英才教育を施して、ドラゴン界の頂点に立ってもらわなきゃいけないのよ。

 ……そこで賢い私は考えたわ。ほら、親の背を見て子は育つっていうじゃない? ここはひとつ、私の強いところや崇められてるところをこの子に見せてあげようと思うのよ」

 

 いつになく真面目な顔で語るアクアにカズマが代表して訊く。

 

「具体的にはどうすんだ?」

 

「まずは魔王を倒してみようかなって思ったんだけど、今の私の実力じゃあ紙一重で負けちゃう可能性があるのよね。だから、それは最後の手段として取っておくわ」

 

「……何を指して魔王と紙一重の実力って言ってるのかわかんないが、そもそもお前、そのひよこを買ったのって魔王と戦う際の戦力にするためじゃなかったのか? なんかもう前提がおかしいぞ」

 

「カズマったら何言ってるの? 可愛い我が子にそんな危険なことをさせられるわけがないでしょう」

 

「お前の方こそ何言ってんの」

 

 カズマが突っ込みたい気持ちはよく理解できるが、卵の孵化作業をしている間に母性に目覚めたと思しきアクアは主張を曲げず、

 

「まあ、私の強いところを見せるのは今度でいいわ。今はそれよりも、大事なイベントが控えているしね」

 

 皆を見回して、突拍子もなくアクアは言う。

 

「皆は女神エリス感謝祭って知ってるかしら?」

 

 それは、この世界の人間には誰もが知ってる恒例行事である。

 紅魔族の三人も承知しているし、代々敬虔なエリス教徒であるダスティネス家は、毎年多額の寄付をしている。

 

「でも、エリス祭りはあるけど、アクア祭りってのは無いじゃない? それって不公平よね。だから、今年はエリス祭りを取り止めにしてアクア祭りをやってもらうの」

 

「ぶふっ!」「うおっ!?」

 

 クリスが含んでいた紅茶を吹き出した。隣にいたとんぬらが思い切り紅茶を浴びる。

 むせ返りながら謝るクリスと、ゆんゆんからハンカチで顔を拭いてもらいながら濡れた衣類を脱ごうとするとんぬらをしり目に、アクアは声高になおも続ける。

 

「エリス祭りが行われているのに、どうしてエリスの先輩であるアクア祭りが行われてないの!? たまには代わってくれてもいいじゃない!」

 

「アクア様、この春に『アルカンレティア』にて、雪解けを祝するアクア祭りというのを開催したかと思うのですが」

 

 最高司祭の影武者をやってた時に企画したもので、魔王軍幹部の謀略に対抗するための策ではあったが、ちゃんと水の女神を祀った祭りである。

 挙手してとんぬらがそう指摘すると、アクアはコホンと咳払いし、

 

「祭りは年に何回あっても良いと思うの」

 

「おい!」

 

「だ、だってゼル帝にいいとこ見せたいんだもの!」

 

 兎にも角にも、アクアは打倒エリス教の応援を求む。

 けれども、

 

「私は手伝えないぞ。先程も言ったが、領主補佐の仕事が忙しい。祭りの期間中はとてもじゃないが時間は割けそうにないな。そもそも私は敬虔なエリス教徒だし……」

 

「なんでよー! もう、ダクネスのフラレバツイチ!」

 

「フラレバツイチ!? 待てアクア、その呼び方は……!」

 

 その呼び方はとんぬらもあまりよろしくないです。

 でも、ダクネスの対応に、クリスはほっと息を吐く。

 

「めぐみんは!? ねぇ、めぐみんはどうなの!? 手伝ってくれるわよね!?」

 

「フラレバツイチ……」

 

 ダクネスが泣きそうな顔で俯く中、ゼル帝に構っていためぐみんは、

 

「まあ構いませんが。私はエリス教徒というわけでもありませんし、アクシズ教徒には知り合いもいますしね。彼らには、昔ちょっとだけお世話になったことがありますから」

 

「!?」

 

 それを聞いたクリスがバッと顔を上げ、対象的にアクアは無邪気に喜んだ。

 

「さすがねめぐみん! それじゃあ――」

 

 アクアは期待に目を輝かせた眼差しを、とんぬら達へ向け、きっぱりと手のひらを向けられた。

 

「俺は、エリス教のお手伝いをします」

 

「ええっ!? なんで!? こないだは、大物賞金首と戦うとき助けに行ったり、地獄の公爵を一緒に倒しに行ってたのに!」

 

「……、それを言われると心苦しいのですが、そのお礼はすでに致しましたし、俺はアクシズ教徒ではありません」

 

 『ついでにアクシズ教の知り合いは多くとも、その中でも最高司祭には今も昔も、これまでの恩を軽く上回るほどの恨みが積もっています』とまでは言わないでおくが。

 

「……それに、先約があるんです」

 

「先約って?」

 

 チラリと視線だけで隣のクリス先輩を窺う。

 首を僅かに振ってるところから察するに、アクア様に知られるのは、あまり良くないのだろう。

 

「実は……エリス様が枕元に立たれてお願いされたんです。今年のエリス祭を盛り上げてほしいと」

 

「ちょっ!?」

「えっ?」

 

 クリス先輩、それに何故かカズマ兄ちゃんも反応。

 あれ? なんかまずかっただろうか。神主的にスピリチュアルな言い訳だったと思うのだが。

 

「何ですって! 私の守護竜を引き抜くなんて、エリスったら可愛い顔してなんて子なの!? まさか、これが寝取られ!?」

 

 涙目になったクリス先輩がぶんぶんと首を振っている。本当にどうしたんだろうか?

 

「祭は無礼講であるわけだし、アクア様に宣言しておきます。この祭り、アクシズ教が何をしようと大成功を収めてみせましょうと」

 

 ビシッと宣戦布告を決めるととんぬらは席を立つ。わずかに遅れて、ゆんゆんも追従し、

 

「わ、私も、めぐみんが、アクシズ教なら、エリス教を応援します! 勝負よめぐみん!」

 

 アクアにではなく、めぐみんに向けてだが、ライバルへの対抗心が後押ししてエリス教側に名乗りを上げる。

 クリスはもう喜んでいいのか泣いていいのかわからない表情である。

 

「では、そろそろエリス教の会議の時間なので、ここで失礼させてもらいます」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「『アクアアイズ・ライトニングドラゴン』がエリスに唆されるなんて……はっ! 新しい子ができたから嫉妬! 私がゼル帝に構ってばっかりだったから、反抗期になっちゃったのかしら!」

 

「いや、アクアがひよこと同列扱いしたのが原因なんじゃないか」

 

 頼りにしていたとんぬら達に断られ、暗礁に乗り上げたアクアの計画。

 

「カズマ」

 

「俺もやらんぞ」

 

「手伝いなさいよクソニート、あんた毎日寝てるだけでしょ! ねぇお願いよ。向こうは、エリス、ダクネス、とんぬら、ゆんゆん、そして、私達は、私にめぐみん、クリス、カズマで、人数的にはちょうど四対四になるじゃない」

 

「ですね。私も宣戦布告されてしまったからにはこの勝負はなんとしてでも勝ちに行きますよ! 紅魔族随一の天才の肩書きに懸けて!」

 

「えっ?」

 

 クリスが今さりげなく戦力に数えられていることに思わず声を発したが、アクアの耳には届かず、

 

「大体、エリス祭りを中止させるだなんて土台無理だろ。エリス教団が怒り狂うぞ」

 

「ええー……。それを何とかするのがカズマさんのいつもの役目なんですけど……」

 

「おいふざけんな」

 

「え、っと、あたしもアクシズ教側(こっち)なのアクアさん」

 

 クリスが恐る恐る確認するも、アクアはパッと立ち上がり宣言する。

 

「もういいわよカズマのけちんぼ! めぐみんとクリスの三人で何とかしてみせるから!」

 

「ええっ!?」

 

 何と言おうがメンツに組み込まれているのは、既に決定事項。

 仕事の手伝いを頼みに行ったら、とんでもないことを頼まれる。

 思うように事が運ばず、ちょっとこの想定外すぎる事態に、クリスは、己の幸運に少し自信を無くす。

 天界だろうと下界であろうと、認識されていようがいまいが、先輩後輩の関係性というのはそうそう変わるものではなかったのである。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 エリス教が行う夏至祭。

 材料費のみの値段で各種屋台を出し、聖歌隊がエリスを称える歌を合唱し、乾杯のためのお酒を振舞う。

 何年も続けてきたこの行事に真新しさはあまり感じられないが、堅実で王道。笑顔で献身的に、崇める女神へ感謝を捧げる。

 なので、雪解け祭のような派手なのは、雰囲気を崩してしまうかもしれない。完成されてしまっているが故に、手が付けられない。

 例年通りに同じことをする。そこに新参者がいようとも変わりはない。

 よって、このエリス教の教会で開かれた、祭りに向ける会議も粛々と進められて、何事もなく終わる。そのはずだった。

 

 

「――祭りとは日常の延長線上ではなく、日常とは区切られた非日常の行事であるべきはず」

 

 

 ひらりと挙手、舞の一部のように自然で優雅で、不思議と目を奪われる仕草で注目を惹きつけ、『アクセル』支部のエリス教徒らを前に異議を申し立てたのは、仮面の少年。王都にある本部の司祭ロザリーより推薦された助っ人で、この駆け出し冒険者の街のエースである彼は、誤解されるようなことはあれどそれも解ければエリス教徒の衝突はなく、付き合いも悪いものではなかった。

 

「個人的な意見だが、エリス感謝祭などの年中行事のような特別な日は、この単調な日常にひとつのリズムをつけるためにあるはずだと思っている。であるのに、日常であるかのように慣れさせているなど、エリス教は怠慢だ。国教であることに胡坐をかき、思考を停滞させている」

 

 その口から飛び出す痛烈な批判。

 これには流石のエリス教のプリーストも眉を顰めるもの。

 

「随分なことを言いますね。これは伝統ある祭りです。皆が一年の無事を願ってエリス様に祈りを捧げる。それが大事なのです。場を乱すような発言は控えなさい」

 

「会議とは人が主張する場であり、人の意見を聴く機会である。何もぶつけ合うこともないまま、淡々と流れ作業をするために時間を費やすのが会議ではないはずだ。

 そして、部外者と言えど参加が許された俺が忌憚のない意見を言っても問題はないはずでは?」

 

 注意しようとした女性信者マリスは、逆に言い返され口を噤まされる。議長役の支部長の年配の男性信者を見るも、彼の言葉を認めるように深く首肯を返された。

 

「まず、この停滞している空気を打破しませんか。こんな体たらくでは、数で劣っているアクシズ教にやられっ放しだというのにも納得します」

 

「エリス教では清貧が美徳とされるんです! アクシズ教と同じにしないでください!」

 

 アクシズ教の名が挙げられ、真っ先に反応した女性信者セリス。

 

「勘違いしないでもらいたいが、日頃から冒険者たちの傷を治したり炊き出しを行ったりしているエリス教の働きをとても感謝していますし、尊敬もしています。ただ、それは日常であって、非日常の祭とは別です。毎年同じようなことを延々としていては人々に飽きられてしまうのは無理はなく、そこにつけ込まれる恐れがあります。

 ――そう、今年、祭りに参入しようとするアクシズ教徒によってです」

 

『なっ!?』

 

 一同驚愕するエリス教徒らに、とんぬらは続ける。

 

「今年、アクシズ教はこのエリス感謝祭に一枚噛もうとする……いいや、噛むどころなんてものじゃなく、アクア感謝祭にしようとしてこちらを食ってくるでしょう」

 

「いくら何でもそれは横暴が過ぎるのではないか!」

 

「でも、アクシズ教の行動力は、皆さんもご在知のはずだ。彼らは一度やると決めたらやります。特にエリス教には遠慮はしない」

 

「け、けど、真っ当なことができるかも怪しいアクシズ教が何をしようと、エリス様に感謝する恒例の祝事まで、どうにかすることなんてできるはずがない」

 

「その認識は甘い。確かに真っ当にやって国教のエリス教に敵うのはいないでしょう。それだけの信頼と実績を積み上げてきています」

 

「なら!」

 

「でも、アクシズ教は真っ当なものじゃないんです。あなた方も日頃、常識外れな行動ばかりするアクシズ教徒には困らされているでしょう? むしろ非日常の祭は、アクシズ教の得意分野(フィールド)だとも言ってもいい」

 

 騒めく教会内。この危機感を共有するための呑み込む時間をおいてから、とんぬらはまた口を開く。

 

「古き良きを尊び、新しきものも取り入れる。一年の無事を祝うエリス祭りの根本を変えなくても、新たにできることはあるはずだ。……それに話を聞くに、エリス様はなかなかヤンチャな女神だそうです。きっと目新しいことをすれば喜ばれるでしょう」

 

「そこまでいうのならば、君には案はあるのかね?」

 

 議長役の支部長に、仮面の下の口元に不敵な笑みを作り、

 

「ええ、もちろん、あります。俺は今日ここに会議をしに来たつもりですから。……

オークションなどはどうでしょう」

 

「オークション?」

 

「街で寄付品を集め、それを商品にしてみんなで参加できますし、他人が高値を付け合うのも見るのも楽しいでしょう。寄付品ですから元手もタダですし、稼いだお金は魔王軍に遭われた被害復興に使う寄付金とします。

 ようは、チャリティオークションです。不要となった物品を、我々エリス教が禊ぐというお題目で、競売してお金(エリス)に還元し、世に役立てる。これならば感謝祭の雰囲気を崩さないと思いますよ」

 

 エリス教が崇める幸福の女神は、お金の単位になっている。それに掛けている。

 

「ふむ……なるほど、面白い。しかし、それには寄付品を集めなければならない。貴族がそう無償で譲ってくれるとは……」

 

「大人だけでなく子供も参加するお祭りです。何も特別なお宝でなくてもいい、子供が遊ぶ玩具でもお菓子の詰め合わせでも何でも、自分には要らないと思った物で結構。大人になって着れなくなった古着、もし破れていても裁縫が得意な者がいれば取り繕うことができます。中古品の道具、もしそれが呪われた武具でもこの通り、競売の目玉にしてみせましょう」

 

 目配せして、隣からゆんゆんが道具袋から、太陽の衣装が施された金冠を出す。

 

「おおっ! これは凄い!」

 

「これは、俺達が務めているウィズ魔道具店に仕入れた魔道具。当店長の評判の通りに、初めは欠陥のあるものでしたが、我が『錬金術』をもってすればこの通りです」

 

「なんと! その若さでこれほど卓越した腕を持っているとは……!」

 

「ですが、エリス教の司祭様のご厚意で融通していただけた『聖なる塩』という錬金素材があってこそ一級品の輝きを放つようになった。なればこそ、是非ともオークションにと他数点も出資しようと思っています」

 

 マネージャーと店長からはゴーサインを頂いている。

 元々、売れないと思った、むしろ店の評判を悪くするマイナスな商品。処分費用がかからないだけで十分収支はプラスになるし、オークションで大々的に宣伝できるとなれば購入費用が無駄にならないで済むだろう。

 

「他にも開催されるとなれば、ダスティネス家、それにバルター殿からも何点か、このオークションに寄付品をしてくださるそうです。

 ……また、このエリス教会には、どこからの誰かさんから結構な宝が寄贈されていると話に聞いておりますが?」

 

「む……」

 

 言うまでもなく、先輩な銀髪の義賊である。

 

「その奇特なお方のおかげであなた方は人だけでなく、物を鑑定す()る目も自然と養われていることでしょう。これはオークションを取り仕切るには必要な能力です」

 

「ふふ、段々とその気になって来たよ。まったく君は話が上手い。オークションの司会を任せてみたいくらいにね」

 

「お褒めに預かり恐悦至極でございます」

 

 議長役の支部長らエリス教徒から好感触を得たところで、更に発破をかける。

 

「祭りなんですから、普段はやらないことをやってみましょう。これまでアクシズ教にはやられたい放題されて、頭に来たことがない人はここにはいないと思って言います。日常で溜まった不満や鬱憤を解き放って、ガス抜きするに良い機会なのが、祭りの本文のひとつでしょう。アクシズ教がちょっかいを出す気でいますが、ならばちょうどいい!

 思う存分にやり返してやるから、かかってこいと言ってやろうではないですか!」

 

 この文句にエリス教会の会議場の盛り上がりは最高潮に達した。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 シャナク魔法台:ドラクエビルダーズ(ドラクエ版マインクラフト)に登場する作業台。『シャナク(呪い解除)』の魔法が冠せられている通りに、呪いを解く聖なる魔道具の製造ができる。

 世界樹の葉や聖水の他に、優しい微笑みをたたえた女神の像や偉大な勇者の名を冠した伝説の剣が造れるようになる。

 呪い浄化アイテムは、ドラクエⅧとⅨの錬金レシピから。

 『聖なる塩』は、『聖者の灰』の代用。火葬した聖者の灰を錬金素材にもらうのは流石に無理なため

 

 変化の杖:ドラクエに登場する定番のアイテム。老若男女から魔物にまで変身ができ、でも効果時間は十数歩分で戦闘には使えない。

 

 雷の杖:ドラクエに登場する定番の杖。道具として使うと火炎(べギラマ)の効果。

 設定では、稀代の職人が金持ちの貴婦人(に化けた魔女)に騙されて作った、魔法が扱えない人でも雷光が出せるようになる護身用の杖。




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