この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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74話

 雲ひとつない空に黄色い太陽が輝き、じわじわと肩を押さえつけるような『夏』を投げかけてきている。

 

 大物賞金首の金色の九頭竜が眠る凍てついた湖。

 根を張っていた主が退治された今、湖の氷は融け元の姿を取り戻している。

 そして、ヒュドラから還元された魔力により肥沃な大地へと生まれ変わったこの湖周囲の土地には、紫色の絨毯のように一面花が咲き誇る群生地となっていた。

 

「ほう、これは話に聞いていたが見事なものだ」

 

 紫色の花の名は、クリス。花言葉は、諦めない心。幸運の女神様のお気に入りであるとかで、エリス教のシンボルにもなっている。

 このクリスを、エリス感謝祭のために採集しに来たのだが、集められた面子の年齢はとても低い。平均すると一桁台である。

 

「お花畑綺麗!」

「暑いー、早く泳ぎたいよー!」

「うわぁ! 川より全然広いー!」

 

 停車するや否や、馬車から一斉に飛び出す街の子供たち。皆、自分たちで作った竹筒の水鉄砲を手にして遊び気満々。

 

 『子供たちにもお祭りに参加している意識を』と、プリーストのひとりからの提案で女神エリスに捧げる花摘みや押し花作製の手伝いしてもらいに駆り出された子供たち。そのついでにこの避暑地な湖で、水浴びもとい、泳ぎの練習をするスイミングスクールを開催することになった。

 普段、モンスターが出没する街の外へは出られない。でも今日は違う。

 もちろん湖までの道中、モンスターがいるが、そこは『アクセル』でギルドクエスト達成率100%を誇り、絶大な信頼と実績のあるエースに国教のエリス教のプリーストが引率につくと言うから親御さんたちも安心して送り出してくれた。そして、とんぬらは泳ぎも得意ということもあって、今回の指導役に抜擢されている。

 

「待て待てお前ら、水に入るのは、ちゃんと準備体操してからだ」

 

 トランクスタイプの水着の短パンに、Yシャツを羽織るとんぬらが、湖に入ろうとする子供たちを制止させる。里に居たころは何かと年下の面倒を見ていたとんぬらは、逸る子供たちの扱いにも手慣れている。いの一番に飛び出した男の子をあっさり捕まえると、ぱんぱんと手を叩いて整列させる。

 

「まずは背伸びの運動から。いち・にい・さん・し、ごー・ろく・しち・はち」

 

『にい・に、さん・し、ごー・ろく・しち・はち!』

 

「次は腕を回す運動。いち・にい・さん・し、ごー・ろく・しち・はち」

 

『にい・に、さん・し、ごー・ろく・しち・はち!』

 

 子供たちも仮面のお兄さんを真似て、準備体操。

 それから、ぐっぐっと胸を反らし、ぴょんぴょんと両足で跳び、最後は深呼吸まできっちりとやる。

 今回、とんぬらがやっているのは、護衛兼エリス教の手伝いである。エリス教徒は『ベルゼルグ』において特に治安の良い『アクセル』は、街の外れにある管理運営する孤児院にて、試験的に子供たちに簡単な読み書きや計算の仕方を教える寺子屋のようなことをしている。比較対象にもならないが、アクシズ教の男性信者は子供に近づけば通報、触れば逮捕。信頼度が段違いである。

 

「あら、準備体操を済ませてくれるなんて、ありがとう」

 

「こっちは着替えに手間がかからないので、簡単にですが進めておきました」

 

 ちょうど子供たちの体操を終えたところで、二人の女性が現れる。今回の子供たち傘下の企画を考案したマリスやセリス、エリス教の女性プリーストだ。

 彼女も引率として、この通りきちんと水着を着込んで同行してくださっている。

 

「ふふ、どう? 似合うかしら」

 

「ええ、正直、綺麗だと思いますよ、マリスさん。セリスさんもお似合いで」

 

 と率直に感想を述べるとんぬら。

 ワンピースな競泳水着を着た二人。

 普段がガードの堅い、プリースト職だけに、この水着姿の無防備感は目に来るものがある。

周りにいるのが幼児だけに、一層それが強調されてしまっている気もするし。とはいえ、信頼されているからこうして披露されているのだろう。

 

「っ! き、綺麗……? あ、あはは……ちょっと予想外な言葉が来ちゃったかも……」

 

「セクハラになるかもしれませんが、それでもあえて言います。肌を覆うものが水着だけになって、普段のイメージから解放されたその御姿を見れば、誰だって認識を改めるでしょう。

 今のあなた方の瑞々しい姿、素敵だと思います。花も良いですが、とてもいい目の保養になりました。ありがとうございます」

 

「そ、そう、うん。とんぬらさんは嬉しいこと言ってくれますね。たとえそれがお世辞だとしても、お姉さんは嬉しいですよっ」

 

 『エリス教のプリーストは、信仰心の高さと胸の大きさは反比例するって本当なんですね。うひゃーっひゃっひゃっ!』やら『女神エリスはパッドだって噂を聞いたんだけどよ、そのエリス教徒が巨乳だなんて、女神に破門とかされないのか? そもそもそれって本物なのか? ひょっとしてパッドじゃないんですかお二人さんよぉ!? 違うってんならここで見せて証明してみろ!』とセクハラしてくる男性冒険者に鼻面を殴りつける鉄拳制裁するエリス教の女性信者は、こういうストレートな返しには慣れていないのか照れる。

 それを年下ながらとんぬらが微笑ましく目を細めた――ところで、ゾクリ、と。

 

「とんぬら……」

「ッ!?」

 

 横合いからのその声に、血の気が引く。

 振り向けば、青を基調に金属の装飾が施されたパレオとチョーカーが付属した水着を着た相方のゆんゆん。思った以上に大胆な水着姿にか(それとも状況にか)、心拍数は上昇中。でも同時に、薄いながらも長いパレオが、淑やかなゆんゆんらしいおくゆかしさを際立たせている。可憐な姿である。

 

 悪魔なマネージャーがスリリングショットな『危ない水着』など勧めてきたが、そこは比較的常識人なリッチー店長が阻止してくれた。

 であっても、この『魔法のビキニ』は結構な露出度と思われるが、現役時代はミニスカでイケイケだった『氷の魔女』にはこれくらいは問題内の範疇なのだろうか。一応、水着に使用されている布地には魔法の力が込められており、それなりの守備力があったりする。

 

 そんな彼女はジトッとこちらを見ている。空気を察したのかマリスとセリスは早速湖で自由に泳ぎ始めた子供たちの監督へと行ってしまい、状況は二人きり。

 

「ちょっと、文句を言いたくなっちゃったりするんだけど」

 

「いっ、いやゆんゆん! これは社交辞令(あいさつ)というかだな、褒めないのは逆に失礼にあたると思う!」

 

「そりゃとんぬらも男の人だし、仕方ないんだとは私もちゃんと理解しているつもりだけど……こういうのって別腹っていうの?」

 

「いや、ゆんゆん? だからな?」

 

 ゆんゆんは唇を尖らせっぱなしだ。

 その表情やヤキモキっぷりにグッと来ない者がなかったと言えばウソになるが、それに浸る余裕はない。

 

「特別目を惹かれたり、欲情したりとかしないぞ。ほら、ゆんゆんでお腹いっぱいだから、別腹は必要ない」

 

「……エッチな本、持ってたのに」

 

「すみませんでした。以後気を付ける」

 

 む~っとしたその視線に負け、結局潔く腰を折った。

 

「……とんぬらのエッチ」

 

「仰る通りです……ホントすいません」

 

 だから、『エッチな本』のことはもういい加減に引っ張らないでくれると嬉しいです。

 

「エッチなのは知ってるけど……世界で一番よく知ってるけど……」

 

「か、返す言葉もございません」

 

「けど、だからこそ、ものすごく切ないの!」

 

 さっきは“ちょっと”と言っていなかったか?

 と言えば余計怒らせそうなので黙る。沈黙は金。

 

「もし他の人と見比べて、私のか、身体にあなたがもう……飽きてしまったって思うと……ほら、食事もそうじゃない。同じものを食べ続けると飽きると言うし」

 

「ゆんゆん、飽きないから! ぞっこんだから!」

 

 くっ、俺は一体何を言ってるんだ!?

 

「そ、そう……と、とんぬらは、その……私の、か、体つき……好きなのね……」

 

「ああ、それはもちろん……ご在知の通り……すごく好きだぞ」

 

 杞憂を晴らそうとさらに強調してやる。もうこうなったらヤケである。

 

「……それで、男の人は、水着姿の女性を、どうしても見たくなっちゃうものなのよね……?」

 

「うん、まあ、世間一般的にはそうだと思うが、俺はそう簡単には心乱されないと――」

「だったら、私のこと好きなだけ見ちゃってもいいから!!」

 

 なんかすごい結論に達しているなこの娘!

 

「だから私以外の女の人を見るのは、めっ! 控えてね、ねっ!? お願い!」

 

「……ゆんゆん」

 

「う、うん……」

 

「俺の視線を独占する、つまりはガン見されることになるのだがいいのか」

 

「は……はい! 良いわよ遠慮なく見ちゃっても!」

 

 少し冗談気味に言ったら、この全力対応。

 ゆんゆんからのアピールは控えてくれているのだが、その分、こちらが少し糸を垂らせばすごく食いつきが良い。

 

「わかった。じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

 ジッと見る。

 大きな瞳と、長い睫毛。鎖骨の辺りまで伸ばした艶やかな髪。まだ幼さを残しているが、ハッとするほど綺麗な顔立ちの娘である。

 身体つきも細身で華奢だが、儚げな印象は受けなかった。無駄な肉のない引きしまった彼女の肉体は、高レベルの冒険者に相応しいものに仕上がっている。そこらのゴロツキでも魔法を使わずに腕力で制するだろう。

 そして、胸のふくらみ。眩しいぐらい白い素肌には、薄らと青白い血管が透けて……

 

「とんぬら、すごく真剣……」

 

「ゆんゆんが見せてくれると思うと一段グッとくるものがあるんだ」

 

「そ、そういうものなのね……」

 

 流石に注視されると恥ずかしさもひとしおのようで、きゅう~っと身体を縮めるゆんゆん。そのせいで胸のふくらみは寄せられた状態で押し出され、一層視線を吸引する。

 

「冷静に考えると、水着と下着って大差ないよな」

 

「そ、そういうこと言っちゃダメ!」

 

「悪い。でもゆんゆんが恥ずかしがってくれると思うと、つい言ってしまうというか」

 

「あうぅ……」

 

 ああくそ……エロくてかわいいなぁもう! いぢめたくなる!

 これほど己の男心を掻き立てるものが今現在この世界にあるだろうか。

 そして何より、ゆんゆんの抱き心地すらもう知っている。視線で体の起伏をなぞっているだけで、気持ちのいい感触すら蘇ってくる。それにとんぬらはゆんゆんの水着の向こうの素肌をしっかり覚えていて……ゆんゆんも、それをわかっている。

 

「だ、ダメよとんぬら……そんな熱っぽい目で見られたら、私……立ってられなくなりそう……」

 

「見ていいと言ったのはゆんゆんだぞ?」

 

「それはそうだけどぉっ……私もとんぬらが見たいなら見せてあげたいけど……でも、でも……。う~~っ!」

 

 ほんのりと赤みの差した頬。濡れた瞳。瞳の赤さが紅魔族的に証明しているも、今、頬が赤く染まっているのは、暑さ以上のものがあるのがありありとわかる。

 

「う、うん! とんぬらが見たいなら、どんなに恥ずかしくたって、私には好きなだけみせてあげる以外の選択肢しかないわけでっ! ……んんっ」

 

 気合を入れて、パレオを外す。

 パレオを外せば、魅力的な白い太ももが眩しい。でも、この必死さが一番エロティックな気もしないではない。水着の肢体に、あの時以上に惹きつけられていた気がしないではない。

 と、冷静に解説しているようだが、とんぬらも鼻の辺りがそろそろ限界である。

 

 パンッ!

 スッキリはしたが、一度致してしまったことを念頭に入れているせいか、鋼の精神が靡き易くなっている。

 頬を叩き、自らに喝を入れたとんぬらは、羽織ってる上着を脱ぐ。

 

「大丈夫、とんぬら?」

 

「大丈夫だ問題ない。それよりもゆんゆん」

 

 とんぬらが背中の古傷を隠すために羽織っていたYシャツを、ゆんゆんに着させる。やや強引に袖に腕を通させ、

 

「え……?」

 

「あー……見せてくれるのは嬉しいんだが、やっぱり隠しておいてくれないか。ゆんゆんの体は、他に見せたくはないから」

 

 それと、あまり見せるとこちらも大変だからとまでは言わない。

 とんぬらのこの独り占め発言に、やや遅れて理解したゆんゆんは、かぁっと沸点に達した紅顔を俯かせ、

 

「うん……わかったわ。とんぬら以外に、見られないように注意する。……うふっ、うふふふふふ……」

 

 両腕を擦り合わせるようにして、くねくねし始める。

 やきもちされて嬉しいのだろうが、そのくねくねで胸元が目の前で揺れるわ、腰のくびれは艶めかしいわで、こちらへの刺激がたまらないものになっている。

 

「ああもうっ、わかったんなら、ジッとしろ」

 

 ゆんゆんを押さえて、とんぬらは少し顔を逸らしつつも、シャツのボタンを留めようとし……たが、途中、思った以上に胸元が窮屈だった模様。

 

「とんぬら、ちょっと……胸が、苦しい」

 

 胸元当たりのところで、前がギリギリ。

 袖や裾の方の丈は余っているというのに、この一部分だけ主張の強すぎる豊かな体つきは、人見知りでおどおどしたところのある性格とは不釣り合いにも思える。

 

「すまん、ゆんゆん……その、目測を誤ったというかだな」

 

「う、ううん……その、私も……くなってるし」

 

「はい?」

 

「とんぬらに……されて、お、大きくなってるから」

 

 ポッと染めた頬に手を当てる。

 紅魔族随一の天才が、『巨乳と偉大な魔法使い』の関連性を定義したことがあったが、この相方はこの前、致してしまった時に魔力ステータスが上昇したという。つまりは――

 

「何でもかんでも俺を理由にするには限度があると思うぞ!?」

 

「だって、この前、あんなにいっぱい私の胸を――」

「わかったわかった! もう言うな! 俺のせいだってわかったから!」

 

 シャツのボタンを留めることを諦め、ギュッと裾結びで『魔法のビキニ』をカバーすることには成功した。

 

 

 そんな、『アクセル』のエース二人のやりとりを、さりげなく子供たちを遠ざけつつも、聞き耳を立てていた女性信者二人。

 

「私、今生まれて初めて『爆発しろ』って感情が理解できた気がするわ……」

「言えない……私にはあんな甘ったるいセリフ死んでも言えそうにないわ……」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 例外として紅魔の里では風習に組み込まれているものだけれど、大人が魔法スキルを習得するまで支援するような学校制度は、『ベルゼルグ』にはないものである。

 先見の明のある統治者イグニスは、試験的な政策として、孤児院や家庭教師を雇えない子たちに知識を学ばせる“寺子屋”を、身銭を切って執り行っていた。

 今回はエリス感謝祭の準備にかかりきりで来られないが、ダクネスは冒険者稼業の合間に子供らの教師をしていたようで、また、バイト先の“あくま”でマネージャーも率先して、“未来の美味しいご飯製造機”の送り迎えを手伝いに、寺子屋な孤児院までの登下校の見回りをしたりしていて、子供たちに人気であったりする。

 

「そーれ、『花鳥風月』!」

「うおーっ!!」

 

 湖面から噴き出した水流に打ち上げられて、高く跳んで、落ちて水飛沫をあげる男の子。

 

「出でよ、『風花雪月』!」

「わぁーっ!!」

 

 湖上に出来上がった陽光反射する煌びやかな氷の滑り台で勢いよく滑り落ちる女の子。

 

 スイミング講習が終わり、自由時間。宴会芸スキルが大活躍。

 比較的歳が近く、また学校経験者、そして、駆け出し冒険者の街でエースであるとんぬらは、モンスターと戦い街を守る冒険者が憧れの的である子供たちに大人気であった。思えば、学校の後輩やめぐみんの妹こめっこにとても懐かれていたし、年下の子の扱いはお手の物なのだろう。

 今は人を楽しませる芸人根性を発揮して、人間アトラクションと化しているとんぬらの周囲に子供たちの歓声は途絶えることなく、泳ぎを教え終わった講師役のエリス教徒と元々泳ぎはあまり得意ではないゆんゆんらはすでに湖を上がって休憩しながら見守っている。元気いっぱいの子供たちの相手をするのは大変なのだ。

 

「とんぬらー! あまりはしゃぎ過ぎて疲れさせないようにねー!」

 

 と、両手でメガホンを作り、ハッスルしている相方へ注意を飛ばすゆんゆん。水泳は余分で、本文はエリス感謝祭のためのお花摘みである。

 わかってるー! とこちらに手を振るとんぬら。相変わらず子供たちにキャッキャッと騒がれて、水鉄砲を浴びせられている。水泳時間終了まで時間はあるけれど、これは延長を覚悟しておいた方がいいかもしれない。

 

「まったくもう……とんぬらってば」

 

 風と草花がじゃれ合う音。そよぐ髪を手で軽く整える。

 子供と戯れる彼を見て仕方ないなーと呆れるも、同時に微笑ましく嬉しく思う。それから『いいお父さんになれそう……』と密かに期待を膨らませるゆんゆん。

 そんな彼女の隣にはもうすでに湖から上がった少女がひとり。

 

「むぅ……」

 

 ジッ、と。ゆんゆんとは違ってやや険しく、またどこか羨ましそうにチェックを入れる女の子。

 めぐみんの妹こめっこよりも少し幼い年の頃で、貴族の血統の証である金髪碧眼。そして、ダクネスとどこか似ている彼女の名は、ダスティネス・フォード・シルフィーナ――ダクネスの従妹である。

 

「体、大丈夫? シルフィーナちゃん? 今日は暑いから熱中症になったりしてない? 辛そうだったら言ってね、とんぬらかプリーストの人に回復魔法をお願いするから」

 

「は、はい……今日はとても調子いいみたいで全然平気です、ゆんゆん様」

 

 忙しくチラチラ注意したり、ややテンパりながらも年下の女子に気を遣ってみせるゆんゆん。

 水泳講習でも顔を水につけるのを一緒にしたけれど、あまり体力のない彼女は早めに上がった。でも、シルフィーナの自己申告通り調子はよさそうである。

 

 ダクネスの母親とシルフィーナの母親は姉妹で、その母方の家系は強い魔力や魔法抵抗力を有するも身体は弱い。そのためダクネスの母親と同じように、シルフィーナを出産して早くに彼女の母親は亡くなり、ダクネスが母親代わりにこの例に漏れず病弱な幼い従妹を何かと面倒を見ている(ダクネスは例外的に、『盾の一族』ダスティネス家の頑健な身体を受け継いだハイブリッドである)。

 

「きっと、紅魔族ローブのおかげですねゆんゆん様!」

 

 にこやかにゆんゆんとお揃いのマントをひらつかせるシルフィーナ。

 

『優秀な魔法使いの血統である紅魔族。誰もが生まれつき量と質の高い魔力を持って生まれるけど、魔力の自然放出が苦手。放出する魔力量よりも自然回復する魔力量の方が多いから、身体という器に魔力は溜まる一方だし、身体の許容量を超えた魔力量が負担になったら風邪を引いたりする。ふにふらの弟さんのようにな。だから、魔力の扱いが未熟な幼子は、マント着用は義務付けられている』

 

 紅魔族は伊達や酔狂だけでローブを着こなしているわけではない。その体質故に、限界まで膨らんだ水風船がポンッとならないようにセーフティーとして付けている、実用的な面があったりするのだ。

 魔法を覚えた大人になれば魔法による魔力消費ができ、自然放出も上手くできるようになるので紅魔族ローブは不要になる(それでも格好良い一点物なので付けている人が大半)も、子供たちはそうはいかない。

 

『紅魔族ローブは、身体の許容量を超えた魔力を放出してくれる代物だからな。それで、話を聞くに、この子のお母さんの家も、皆高い魔力素養を持つようだけれど、同じように自然放出が上手くできないのではないか? つまり魔力を溜め込み過ぎてしまっているせいで身体の負担になっているのではないかと俺は見ている』

 

 シルフィーナの無理のない笑みを見ているととんぬらの推論は正しいと思える。これは、イグニス領主にも良い報告ができるのではないだろうか。そう、ゆんゆんは声を弾ませて、

 

「そっか。とんぬらのお下がり(ローブ)だけど、効果があってよかったわ」

 

「え。ママ……ララティーナ様に、勝った人のなんですか?」

 

 ゆんゆんが言うと、シルフィーナは摘まんでローブをバタバタとさせるのをやめてしまう。

 

 最近何かと活発化している魔王軍より、何度も疎開させるには体の弱いシルフィーナには無理がある。ということで、ダクネスが、横暴な前領主アルダープがいなくなり、安定した駆け出し冒険者の街『アクセル』へ引っ越してくるようにと誘ったのだ。そして、今日も、越してきたばかりの『アクセル』で同年代の子と交流を、と母代わりのダクネスから頼まれている(ちなみに純粋無垢なシルフィーナに悪影響が出るからとダクネスのパーティの面子には内密にしてほしいとも頼まれた)。

 

 のだが、とんぬらに対してシルフィーナは妙に距離を取っているのである。子供たちに大人気な仮面のお兄ちゃんを彼女だけは敬遠している。

 何かまずい地雷を踏んでしまったのだろうかとゆんゆんは慌ててフォローを入れる。

 

「あ、とんぬらのって言ったけど、紅魔族ローブは、子供には男の子も女の子も同じものだから……! でも、他人のお古ってのは気分良くないわよね! 今度、ちぇけらさんにシルフィーナさんにピッタリな格好良いローブを注文してくるわ!」

 

「そ、その……違います。あの人……ママに勝って結婚するって、噂で……でも、ママ、振られて、すごくショックを受けたと聞いてて……」

 

 ゆんゆんの目が赤く点灯しかけるもすぐに収まった。ああ、なるほどと理解の色が浮かぶ。

 つい“ママ”と呼んじゃうのが癖になってるくらいダクネスに懐いているシルフィーナ。その慕っているダクネスが我慢大会で負けて、周囲にバツネスと煽られ引き籠ってしまった事件。真相は知らず、中途半端に部分部分を抜粋したうわさ話だけを知っているシルフィーナにとって、とんぬらは会う前から印象が最低値であった。

 彼女にしてみれば、とんぬらは、ママ(も同然)なダクネスにとてもひどいことした最低野郎、というようになるのだろう。

 

「だから、その……」

 

「いい、シルフィーナちゃん」

 

 もじもじと俯くシルフィーナの両肩に手を置くゆんゆん。

 

「その噂は周りの無責任な人達が勝手に脚色して広めただけで、ダクネスさんもわかっていると思うわ」

 

「はい……ママにも、そう言われてます」

 

 それでも、最初に抱いた印象というのは中々に拭い難い。それが幼子であるなら尚更だ。とんぬらもその辺りがわかっているだろうから、こうしてシルフィーナのお相手はゆんゆんに任せているのだろう。

 

「シルフィーナちゃんも、とんぬらと実際に会って、どう? 悪い人に見えた?」

 

「いいえ。とんぬら様がすごく良い人なのはわかります。……私のためにこうしてローブを用意してくださってますし……でも、私にはやっぱりママが一番で……!」

 

 小さなお手々をぎゅっと拳にして力説するシルフィーナ。

 噂だけでなく、我慢大会にてダクネスに勝利したことも受け入れ難い理由に挙げられるのか。でも、とんぬら自体が悪者という誤解は解けてくれてるようである。

 そして、

 

「それから、とんぬらにはちゃんと婚約者(パートナー)がいるから」

 

 ゆんゆんにとってとても重要な情報を、ちゃんと幼子に言い聞かすのは忘れない。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 その後、ただ待っているのは暇だし、ジッとしているのも苦だろうからとゆんゆんはマリスとセリスに一言断りを入れてからシルフィーナを連れて、先にこの近くの目的地へと向かった。

 

「うわぁ……! 綺麗!」

 

 絨毯のように一面に咲く紫紺の花畑。それを目にして喜ぶシルフィーナ。

 感嘆する彼女はよたよたと……なるべく花を踏まないように慎重に歩いているのがわかって、くすりとしてしまう。

 いい場所……。

 景色も綺麗で、また快適。街の中に比べれば、日が当たっているにもかかわらず、ここは格段に涼しい。

 また花畑には小さなものが雪精のように漂っている。

 

「ゆんゆん様、あの白くてフワフワしてるのは何ですか?」

 

「あれは、ちょうどこの夏の時季になると活発になるケセランパサランね。雪精の亜種とも言われる綿毛の精霊よ。とても無害な生き物であるからそっとしておいてあげて。……あまりいじめると元締めの大精霊が襲撃してくるから」

 

「そんないじめたりなんてしませんよ。でも、これも綺麗です……」

 

 興味津々と毛玉群を眺めるシルフィーナ。

 雪精のように半日春を遅らせるという特性もないけれども、このクリスの花畑で浮いているあの毛玉の精霊は、一種のジンクスとして持っている人間に幸せを呼び込むという言い伝えがある。

 幸運を呼ぶお守りになるそうだ、と噂話でゆんゆんは聞いたことがある。

 

「……あ、そういえば、お手伝いしているときに聞いたんだけど、農家の人達に、流星群が降った日からこの辺りで時々不思議な光が現れるそうよ」

 

「うわぁ! それって、もしかして、何か凄いものがここにあるかもしれないってことですかゆんゆん様」

 

 目を輝かせるシルフィーナ。

 ちゃんと自分の話を聞いてくれる。それだけで、ゆんゆんのポイントは高かったけれど、ここまでの好反応を見せられると頬も思い切り緩んで相好崩れるというもの。

 

(うん、子供を持つのは悪くないわよね)

 

 未来予想図を膨らませながら、さあ一緒にお花摘みをしましょう――とそのときだった。

 

「っ! 下がって、シルフィーナちゃん!」

 

 肌を撫でる不快な魔力の波動。その方へゆんゆんが視線を走らせれば、クリスの花畑を踏み荒らす“首のない馬”。

 すぐさま杖を抜いたゆんゆんはシルフィーナの前に立って、その身体で視界を遮ろうとする。それより早くシルフィーナは叫ぶ。

 

「ゆんゆん様! あの生き物がいじめられています!」

 

 ゆんゆんも気づく。

 首のない馬は、花畑をただ荒らしているのではなく、何かを前足で踏みつけようとしている。

 それは、提灯のような一本の触覚を持った、モフモフした球体。綿胞子の化身のような、ゆんゆんも見たことのない生物。ケセランパサランと同じまったく攻撃的なところがなく見た目も愛くるしいそれが必死にわたわたと逃げていた。

 

(あの首無し馬、どこかで見たことがあると思ったら、確かデュラハンが乗っていた……)

 

 二度目の襲撃時には夢遊病のようにふらついていて、自分の足でやって来たが、最初の顔合わせの時には、魔王軍幹部デュラハン・ベルディアは、首無し馬に騎乗していた……のをゆんゆんは思い出した。

 そう、あれはあの時の亡霊馬だ。

 とんぬら達が、主人のベルディアを撃退してから、契約が切れて野生化したのだと思われる。

 

 デュラハンの首無し馬コシュタ・バワー。

 この『アクセル』の地方において、魔王軍幹部の使い魔であるコシュタ・バワーに敵うモンスターなどそうそういるはずがなく、生態系の頂点に君臨する外来魔物として幅を利かせていた。そして、先日にこの湖付近に根付いていた大物賞金首『グランドラゴーン』が退治されたことで、縄張りを広げんと首無し馬は空白になったこの地帯へ来て――花畑の主と思しき綿胞子の化身に襲い掛かった。

 

「助けてあげてください、ゆんゆん様!」

 

「シルフィーナちゃん……ええ、わかったわ!」

 

 首のない不気味なアンデッドホースへ、ゆんゆんは杖を突き付けると雷撃魔法を放つ。

 

「『ライトニング』!」

 

 電光石火の一撃は、その蹄でもって綿胞子を踏み潰そうとしたコシュタ・バワーを射抜き、首のない馬体を弾き飛ばす。

 しかし、中級魔法で倒されるほど、魔王軍幹部の駿馬は弱くはない。コシュタ・バワーは、嘶くとゆんゆんへターゲットを切り替える。

 それを見て、ゆんゆんはひとり走る。

 

「シルフィーナちゃんは、下がってて! あのモンスターを私の方に引き付けるから!」

 

「ゆんゆん様!」

 

 牽制の雷撃魔法を撃ち込みながら、コシュタ・バワーをシルフィーナのいる花畑から離そうとするゆんゆん。首無し馬もクリスの花びらを散らして猛然と迫る。

 大技を放つにしても、ここでは花畑まで一掃してしまいかねない。爆裂魔法ほどではないにしても、『アークウィザード』が放つ上級魔法の威力と範囲は凄まじいものがある。レベルも上がり制御が巧みになってきているとはいえ、草花を巻き込まずに上位アンデッドモンスターを仕留めるというのはゆんゆんには無理な芸当である。

 大地を蹴り立てて疾駆する馬蹄の音が大きく――ゆんゆんに近づいてきている。

 

「『ライトニング』! 『ライトニング』! 『ライトニング』ッッッ!」

 

 雷撃魔法の三段撃ち。

 それに怯むことなく、なお直進するコシュタ・バワーは怒髪天の如く鬣を逆立たせて、一撃目を受け、二撃目も受け、そして、最も魔力の練られた三撃目は躱す。

 中級魔法で勢いを制止できるものではなく、豪快な後肢の一蹴りで高々と宙を舞うコシュタ・バワー。そのままゆんゆんを全体重を乗せて踏みつけようとする――そんな無防備な馬体が宙を舞うのを見逃さずに、水を交えて()()()()()()三発目の雷撃魔法が撃ち抜いた。

 

 

「返すぞ、『ウォーター・ライトニング』ッ!!」

 

 

 かつての主人同様に川を渡れぬほど“水に弱い”コシュタ・バワーは、水属性の『クリエイト・ウォーター』を付加させた連携錬成魔法に大ダメージを食らう。

 ゆんゆんは三発目の『ライトニング』は“外れた”のではなく、“外した”。パートナー(ゆんゆん)の危急を察して駆けつけた相方へ、雷撃魔法を放ったのである。

 背後からの強襲を受け、バランスを崩したコシュタ・バワーは、花畑から遠く離れた所へ激しく着地を失敗させる。水濡れて電撃痺れる――のたうち回り起き上がれない首無し亡霊馬へ、ゆんゆんの信じるパートナー・とんぬらは、飛び掛かる。

 

「ゆんゆん! 暴れ馬の動きを止めるぞ! 『風花雪月』!」

「わかったわ!」

 

 とんぬらが、鞘から引き抜くような動作で振るう『必殺の扇』に雪精が舞い、抜けば玉散る氷の刃を成形させる。

 そこへ、ゆんゆんが、『光のタクト』をとんぬらに向け、師匠『氷の魔女』直伝の得意魔法を放つ。

 

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 束ね閉じる扇の先より伸びる鋭い氷の刀身に、上級凍結魔法の力が宿る。

 

 

「『ブリザードソード』!」

 

 

 氷の刃で亡霊馬を背中から突き刺し、縫い止めた地面ごとその辺りを凍てつかせた。

 串刺しにしたまま『氷細工』の刀身を扇から折って、コシュタ・バワーより距離を取る。

 

「主人を亡くした彷徨える亡霊馬よ、我が奇跡魔法が、貴様に相応しい運命を決める――!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ママ……ララティーナ様は、言っていた。

 『アクセル』で魔王軍幹部を撃破しているのはママのパーティだけではない、頼りになるエースがいる。二人とも後衛職の魔法使いという異色のペアだけど、その息の合った連携は、(色々な意味で)二人の間に割って入れる余地はないと言わしめるほど。

 

「すごいです……」

 

 駆け付けたエリス教のプリーストらに守られながら、シルフィーナは、コシュタ・バワーを圧倒する二人の冒険者を見て、思わず感嘆を漏らす。他の子どもたちもこの花畑までやって来て、皆で声援を送った。

 

『いけーーーっ!!』

 

 みんなの声援を受け、憧れの冒険者、自分たちの街のエースの必殺魔法が炸裂する!

 

 

「『パルプンテ』――ッ!!」

 

 

 ………

 ………

 ………

 

 鉄扇の先より放たれた虹色の光球は、動かぬ的と化した亡霊馬ではなく、距離を取った花畑の方へ飛んでいった。

 これは、“外した”のではなく、“外れた”が正しい。

 

「…………うん。とんぬら、下がってて! 私が決めるわ!」

「待て! 今のはスカではないぞゆんゆん! だから、もう一回チャンスを!」

「もう、格好つけなくてもいいわよ。十分だから。――『インフェルノ』ーッ!」

 

 とんぬらが抗議するももう一度のチャンスはもらえず、ゆんゆんの灼熱の上級魔法が、氷漬けにされたコシュタ・バワーを焼失させた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「……エリス感謝祭を手伝ってほしいと頼んだクリス先輩が、どうしてアクア感謝祭を企画する側に回ることになったんです?」

 

「わかってる! すごく頭の悪いことしてるってわかってるけど! 先、アクアさんに頼まれると手伝いを断れなくって……本当にどうしたらいいの!?」

 

「知りませんよ本当に」

 

 待ち合わせの喫茶店。

 祭りに向けてのクリス(花)採集を手伝ったその日の午後、とんぬらは、祭りを手伝ってほしいと頼まれたのにサボっていたクリス(先輩)との会合(詰問)。

 互いの事情を話してみれば、このややこしくなってる事態に、とんぬらが思わず突っ込むと、クリスに泣きつかれた。

 

「魔王軍の影響で、不安が尽きないこのご時世、せっかくのお祭りでも盛り上がらない。だからこそ、エリス教の皆さんは、自分たちなりの盛り上げようと頑張ろうとしているのに、先輩と来たら……」

 

「それを言われるとものすごく申し訳なくなってくるから……。で、でも、それを言うなら後輩君だって、アクシズ教に頼られているよね?」

 

「別に俺はアクシズ教ではありません。水の女神アクア様を敬ってはいますよ。水があることが当たりまえの生活となって、ありがたみが薄いように思われているようですけど、誰もが水なしでは生きてはいけないんですから。だからと言って、先約を違えるような礼を失する真似はできませんが」

 

「う、うん……。そう言ってくれると申し訳ないような、嬉しいような。……とにかく、ありがとね」

 

「でも、覚悟しておいてくださいよ。一度火が点いたアクシズ教ですから、何が何でもアクア感謝祭を開こうとするはずです。商店街の皆さんはとても苦労なさるでしょう……おそらくは共同開催という形に落ち着くと俺は予想しています」

 

 アクシズ教のずば抜けた行動力を嫌というほど知っている。アクア感謝祭に変更しろという無茶は流石に聞き入れられないだろうが、アクシズ教団にしつこく付きまとわれるのは嫌だろう。折衷案として商店街役員はアクシズ教とエリス教の両方の顔を立てると見ている。

 

「だ、大丈夫かなぁ……。アクシズ教のお祭りは盛り上がったって話を聞いてるし、来年以降には、あた、エリス感謝祭がなくなっちゃったりしないかなあ……」

 

「そんなに気になるのなら断ればいいのに……。一体どうしてそんなにアクア様にクリス先輩が弱いのかは知りませんが、祭りは無礼講です。言いたいことがあればキッパリというべきでは」

 

「うう……」

 

 それが出来たらこんなに悩んだりしないというクリス先輩の落ち込みっぷり。これ以上この話をしてもしょうがないので、切り替える。

 

「それで、神器の行方の方はわかったんですか?」

 

「うん、場所までは突き止めたよ。でも、ちょっと厄介なところに保管されてるみたいでね。アンダインっていう貴族が持ってるんだけど、この人は変なものを好んで集める癖があるんだ」

 

「蒐集家、ですか。貴族であるながらダクネスさんに依頼してみるのは?」

 

「それは無理だよ。アンダインはこの神器を非合法な手段で手に入れたみたいだし、きっととぼけられるよ。欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れることで有名な貴族でね。ダクネスが交渉しようとしても、そんなものは知りませんって言われて終わりだね」

 

 脅迫して手に入れたのか盗み出したのかはさておき。

 非合法な手段を使う輩が相手であるのなら、こちらもそのような手段に出る事にも躊躇いはない。

 

「それでは、とりあえず下見も兼ねて、オークションの出品のお伺いを立ててみましょうか」

 

 

「わたわた」

 

 

「……それで、さ。さっきから気になっていたんだけど、後輩君の肩に乗っているモコモコとしたのは何だい?」

 

「わたぼうです。おそらくケセランパサランと同種の精霊で、今日の戦闘中に偶然に奇跡魔法で、懐かれてしまったというか、テイムに成功してしまったんです……」

 

「わたたっ」

 

 自身の肩から頭によじ登るふんわりモコモコとした精霊。さっきの話し合いから興味津々とチラチラと目で追っていたクリス先輩にご紹介する。

 

「すでに家にはゲレゲレとプオーンがいるので自然に還そうとしたら、ゆんゆんから猛抗議されてしまい……まあ、三匹までならモンスターを御せるだろうと判断した次第です」

 

 『頼っ(なつい)てきているのに独りにさせるのは可哀そうよ』とパートナーの説得もあって、飼う飼わないかはモンスターの自由にさせてみたら、とんぬらの肩の上が気に入ったという結果に(横でおいでおいでとゆんゆんが腕を広げてバッチコイの態勢だったけどスルーされた)。それで、安直ながら、綿毛っぽいので、“わたぼう”と命名した。

 

「子供たちやエリス教の皆様方にも人気で、マリスさんからクリスの花畑で見つけた新種の精霊だからこれはきっとエリス様のご利益があるかもしれないと。それからセリスさんには感謝祭のマスコットキャラにしてみたらどうかと提案されましたね」

 

「ふうん……それ、いいかもね。エリス様の使いとは違うと思うけど、悪魔じゃなくて精霊だし、それくらいならエリス様も許してくれるんじゃないかな」

 

「先輩に了承していただけると、不思議と気が楽になってきました。……しかし、こいつは子供たちの弁当から勝手につまみ食いをしたりと手癖が悪いイタズラ精霊でして……はっ! まさか問題児な眷属を押し付けての遠回しないやがらせ? エリス様はやっぱり俺のことが気に入らないのではないかと勘繰ってしまいますね」

 

「それは被害妄想を膨らませ過ぎじゃないかな後輩君! もう、わたぼう君も人に迷惑を掛けちゃダメだよ」

 

「そういうクリス先輩も手癖が悪くてヤンチャなところがあるじゃないですか」

 

「ほら、あたしは人のために盗みを行う義賊なわけだしね」

 

「いや待てよ……。幸運の女神エリス様は、ヤンチャな女神だと話に聞いたことがありますし、それにペットは飼い主に似るとも言いますし……これは、エリス様が遣わした使いという話にも信憑性が出てきたり……?」

 

「ちょっとその納得のされ方は納得がいかないんだけど! あたし、そんなに子供っぽくないからね後輩君!」

 

「そう思うと『お堅いエリス教に祀られているけれども、案外、エリス様も可愛いところがあるんだなー』と微笑ましくなってきませんか?」

 

「か、かわ……!?」

 

「こう、『はは、こやつめ』と大概の悪戯は許せてしまいそうな」

 

 こっそりテーブルの上のケーキに手を伸ばそうとするわたぼうに、とんぬらは軽くピンとデコピン。額に両手を当てて尻餅をつく綿毛の精霊にくすりと笑う。はは、こやつめ。

 ――と、先輩の様子がおかしいことに気付く。

 俯いているので顔色はわかりにくいけれどもどこか頬を赤くしているようで、また全身微動にブルブルと震え始め……バンッとテーブルを叩いて、キッと睨まれた。

 

「不敬! 不敬だよ後輩君! これは説教しないとダメだね!」

 

「ええっ!? 先輩の悪口を言ってるわけじゃないのに、どうして……??」

 

「きっとエリス様も、後輩君には先輩を敬う気持ちが足りてないって言うと思うよ」

 

 この後、本能的に畏れ多いクリス先輩より、とんぬらはめちゃくちゃ説教された。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 わたぼう:ドラクエモンスターズを代表するモンスターにしてナビゲーター。全身が綿毛でできているモコモコな植物系モンスター(または精霊、エレメント系)。

 見た目はマスコットだけれど、ゲームでやっていることは幼児誘拐。しかも本来は姉を狙っていたけれど、一足先に同業者なわるぼうが掻っ攫ったので、妥協して弟を攫おうという結構いい加減な魔物。モンスターマスターに素養のある人間を連れ去るのは、星降りの夜に行われる国際モンスターバトル大会で自国を優勝させるため。なお祭典の際に、祠に新しい個体が誕生する。

 モンスターとしては成長率が早く、またパルプンテやまねまねを覚えたりする。

 作中では、ケセランパサラン(雪精の亜種で、綿毛の精霊)の『冬将軍』バージョン。でも、戦闘力は、魔王軍幹部の使い魔(コシュタ・バワー)以下。

 

 パルプンテ新効果。

 相手モンスターが戦うのをやめて仲間になる:ドラクエⅤの没ネタ。馬車に空きがあるなど条件はあるものの、レアなモンスターも落とせる、ポケモン風に例えればマスターボールな効果。残念ながら実装はされなかった。




更新遅れまして、すみませんでした!
夏の暑さにここしばらく参ってしまい……でも、ドラクエⅪで復活しました。グランドネビュラのシーンは思わず、おおっと言ってしまうほど琴線が刺激されました。

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