この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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77話

「ぬ、ヌラー様が、今年の感謝祭のアドバイザーに就任したと話を聞いていましたが本当だったんですね!」

 

「くっ……! 先日に正式に要請を受けた。アクシズ教が出張ってくるんだ。門外顧問として見過ごせねぇのさ」

 

 サキュバスが掛けてくれるチャームで、魅力あるフェロモンを放っている。美男美女はそれだけで得になるというように、これで再現度が甘くても、多少大目に。今では演技にもだいぶ慣れてきたと自負している。変装しているせいか、いつもよりも強気でいけるくらいだ。

 ヌラー´(カズマ)は、商店街の企画にチェックを入れに来た警察関係者のセナへ甘い言葉を意識して囁く。

 

「それで、どうだいコネコちゃん。俺の国の浅草って地域の祭サンバカーニバル。扇情的な格好をした女の人達が、踊り狂いながら行進するっていう……祭りの花となる派手なイベントさ」

 

 すでに祭りを取り仕切る(まだ政治に不慣れな)領主代行のダクネスには了承を得ている。あとは街の治安や風紀の指導を任されているセナが頷けば、この『仮装パレード』は通ったも同然。

 そして、セナは相手を厳しく追及する仕事人間であるも、一度下手(しもて)になると態度が弱くなるのは、取り調べの時に把握済み。性格はきつく攻めも強いが守りは弱い。つまりは、この盲目になってるヌラー´の顔で要求すれば、すんなりと通ってしまうのだ。

 『売り子の水着着用』やら『祭の花火利用に爆発ポーションの危険物取扱いの許可』やらを認可させてきた仮面の請負人の必勝パターンとなっていた。

 

「ヌラー様のお言葉を疑うつもりはありませんが、本当にそんな祭りがあるんですか?」

 

「ある。何ならウソ発見の魔道具を持ってきても構わない」

 

 これは男性冒険者たちからの要望であり、そして、企画書が通れば、本物のサキュバスのコスプレをしてくれるとお姉さんたちは約束してくれた。何としてでも通さねばと必死になるというもの……若干、ヌラー´の変装理由から外れている気がしなくもないが、これもみんなの幸福のためだ。

 

「しかし、祭りというのは本来神聖なもので……。流石に女神を称える祭りで、この、サキュバスの格好の許可申請は感謝祭の趣旨から外れてしまうのではないでしょうか?」

 

「……くっ……! 確かにこれは俺個人のわがままが入ってるだろうな」

 

 思えば、中学時代の文化祭もロクに体験していない。これは楽しめなかった学生生活を、ほんの少しでも取り戻したいというエゴもあるのだろう。

 それに、

 

「何せ、この最近、コネコちゃんのあられもない姿が夢に出てきちまってるんだからな」

 

「っ!?!?!?」

 

 仕方なく……そう仕方なく、サキュバスの契約を果たさせるために夢でお世話になっている。胸がデカい彼女がサキュバスの扇情的な衣装を着て迫られるシチュエーションは、とてもいい……とても印象が強いものだった。目を瞑れば思い出すほどに。

 

「じ、自分のせいで……これは責任を……そ、そうですね。領主様からの印が押されているのならば、問題はないでしょう」

 

 『仮装パレード』の企画を通す、そして、サキュバス達が契約を果たしていることを仄めかす。この一石二鳥。

 やはりこういう機転を利かせられるかどうかが冒険者の腕の見せ所というヤツだ……と内心自画自賛にやや酔っていたところで、ヌラー´()は右手をセナに両手を挟まれるように握られた。

 

「そ、それで、これよりプライベートな話になりますが――ヌラー様……感謝祭の三日目にご予定はありますかっ?」

 

 訊いてくるセナ。

 その眼鏡の奥の目は大きく開かれていて、ちょっと血走ってるかもと思うくらいに目力が篭っていた。下手(しもて)にお伺いを立てているが、思わず腰が引けるくらいぐいぐいと来ている。

 適齢期を過ぎた独身女性の勝負どころと見た時の押しにたじろいでしまうも……今朝の事を思い出す。

 

 

『そういえば、カズマ、お祭り三日目は空いていますか。その日の夜に花火大会があるのですが、もし予定が何もなかったら、私と一緒に見に行きましょう』

 

 

 ここ最近、なんかいい感じになっている女の子と一緒に祭に行って花火を見る。日本では高校にさえ行かない引き籠りの灰色の人生に訪れたこの青春イベント。

 セナにも迫られているけれども、彼女は“サトウカズマ”ではなく、“ヌラー”を見ている。

 

 ……そうだな。そろそろ目を醒まさせないと……。

 

 騙しているセナに罪悪感を覚え、リップサービスで彼女の望む夢のような理想像を演じていたが、引き際を誤るわけにはいかない。

 サキュバス達のアピールもしたことだし、これ以上真剣になってしまう前にすっぱりと別れるべきだ。

 

「コネコちゃん……俺にはもう」

「――ぬら様ーっ!! ここですかーっ!!」

 

 クソデカい声が、こちらのセリフを遮ってくれた。

 勢いよくこの部屋の扉を開け放った女性……修道服を着ているからプリーストで、ぱっと見は美人のお姉さんだが、目つきがヤバい。そう、あれは魔王軍ですら敬遠するアクシズ教徒で、この『アクセル』の支部長だというセシリー。

 駄女神(アクア)の正体にも勘付いており、ちやほやとアクアを甘やかしては、こうして感謝祭に飛び入り参加してしまうほどの狂信者。

 この商店街の会議室まで押しかけてきて一体何を……いやな予感しかしない。

 

「エリス教に寝取られていたところをアクア様の訴えで目を醒ましてアクシズ教に加わってくれると聞いてたのに、これはどういうことなの! いつまでもぬら様が来ないからアクア様はもう反抗期をどうしようって悩みに悩んでてて……! しょげてるアクア様もまたいいけど!」

 

 確かに先日、アクアに駄々を捏ねられて冒険者ギルドでアクシズ教の手伝いをすると口約束した。

 それから一度アクシズ教の集会に顔を出したが、あのカオスを収めるのは大変重労働だと悟った。敵視されているエリス教も大変だが、逆にアクシズ教徒に慕われているのも大変なのだ。ゴスロリメイドな男の娘に言い寄られたときは、この変態共の相手をしていたヌラー(とんぬら)を尊敬した。あんなのに幼少期から付き合っていたらいやでも精神年齢が高くてしっかり者になるわ! 反面教師としてアクシズ教ほどうってつけなのはいない。

 で、これの監督するのとか無理、とわかったので、適当に理由をつけて中立である商店街運営側へ逃げたわけだが、そうは問屋を下ろしてくれないようだ。

 

「寝取られ……」

 

 ポツリとセナ。

 おっと拙いワードを拾ってしまっている。ここは早急にいつものアクシズ教徒の性質の悪い冗談だと訂正しなければ……!

 

 しかし、このテンションの高いアクシズ教の中でも有名な破戒僧の勢いはアンストッパブル。

 

「だから、ここはアクシズ教で美人プリーストと名高いお姉さんが一肌脱いでぬら様を寝取り返そうと思ったの! 一夜を共にして、アクシズ教の教義を耳元で優しくじっくりと語ってあげれば、すぐにアクア様のすばらしさを思い出してくれるはずだわ!」

 

「やめろよ! 耳が腐るだろ!」

 

 つい素で反応してしまった。だがそんな洗脳じみた真似は本気で御免だ。

 

「一夜を共に……」

 

 一方、こちらは悪化の一途を辿っている。目つきもだんだんと鋭いものになってきている。

 下手(しもて)に出ている時のセナはちょろいのだが、強きの攻めの仕事人間モードになると『アクセル』のチンピラ冒険者たちもビビる。

 一秒でも早く、セシリーを退場させなければ……!

 

「アクシズ教の教えを理解できないなんて……やはり反抗期なの!? ゼスタ様を最高司祭からおろして下克上しちゃうの! ならお姉さん全力で応援するわよ!」

 

「うるせぇ! どうでもいいからとっととここから出てけ! 関係者以外立ち入り禁止だぞ!」

 

「そんな……。私の……ぬら様と私の(ところてんスライムの)間に生まれたホイミンはどうなるの!?」

 

 強引に部外者を退出させようとしたら、セシリーの口から飛び出してきた爆弾発言。その威力は時間が止まったかと錯覚してしまうほど。

 

「新しくエリス教との間にわたぼうなんてマスコット()を作ったみたいだけど、それで、私達を捨ててしまうのぬら様!」

 

 鞘から抜かれたように、わなわなと震えるセナの眼鏡の奥に見える目つきが切れ味鋭さを露になってくる。

 

「こ、子供まで……!? それも複数人と関係を……!?」

 

 あ、終わった……――

 この修羅場に即時対応できるほどカズマの(対女性)経験値は高くはない。

 またセシリーが腐ってもプリーストであることを失念していた。

 

「すんすん……この匂いは……?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 金属光沢のある漆黒の巨体。

 蝙蝠羽に禍々しい角と牙。

 オーガも裸足で逃げだすほどの威圧感を放つ魔王軍幹部級の邪神の右腕。

 

「ホーストッ!」

 

 王都付近で活発化したモンスターの軍勢。それを率いていたのは、かつて一度倒したはずの強敵であった。

 

「へっ――久しぶりじゃねぇか、とんぬら」

 

 上位悪魔は、野太い声で、己の名前を唱えた。

 最後に互いに名乗りを上げた死闘は、今もとんぬらの心に強く焼き付いている。そして、それは向こうも同じ。

 

「こうして再び現世に(まみ)えたということは……!」

 

「ああ。再召喚されたのよ、邪神ウォルバク様にな!」

 

 それはつい先日、ついに最前線に参戦したという魔王軍幹部の名。その配下としてホーストは復活したのか。

 

「随分とやっているそうじゃねぇか。王都じゃ、アーネスを倒したんだろう?」

 

「……そうか。アーネスもまたあんたと同じ『怠惰と暴虐の女神』に仕える悪魔であったな」

 

「へっ! 勘違いするんじゃねぇぞ。アーネスがやられたことを恨んじゃいねぇ。俺達悪魔は滅ぼされるのを覚悟している。敵討ちなんて真似は性に合わねぇのさ」

 

 王都を防衛する騎士団と冒険者の混成軍と邪神に属する魔王軍が乱戦する最中、邂逅した両雄。

 そこに勝負に水を差す不純なものは一切ない――剥き出しの闘争が衝突する。

 

「これから俺様を滅ぼしたお前を直々にぶっ潰すのは、強者(てき)と認めているからに他ならねぇ!」

 

 瞬間、10mは離れていた間合いよりホーストの姿が掻き消えたかと思うと、視界が黒い巨漢で埋め尽くすほど至近にまで迫られた。

 ギッィィィィィィン!

 とんぬらが盾に構えた鉄扇で、ホーストの剛拳を受ける。だがその手応えは硬すぎる。

 

「くっ……!」

 

 ホーストの左拳を防いだ。だが、甲高い金属音と共に、とんぬらの右手が痺れる。

 

「おいおい、まだ変身してないのに俺様の“挨拶”を止めてくるとは成長しているじゃねぇか」

 

 上位悪魔はフンと笑いながら、

 

「だったら、遠慮はいらねぇよな?」

 

「魔法使いに肉弾戦を挑むとか容赦ないな!」

 

 そういって、とんぬらに向かって右の拳を繰り出してくる。とっさにとんぬらは上位悪魔の銅を蹴り、紙一重で拳の射程外へと回避した。しかしホーストが繰り出した拳はそのまま衝撃波を生み、

 

「っ? ぐっ、がああぁぁぁっ――――っ!?」

 

 目に見える衝撃をまともに食らい、とんぬらは後方へと吹っ飛ばされた。そのまま十数mほど地面を転がり、途中、宙空で猫のように態勢を立て直すとんぬら。

 

「へっ! ドラゴンを相手に手加減とかできるわけねぇだろオイ!」

 

 起き上がるよりも早くホーストが潰さんととんぬらに迫ってくる。躊躇なく止めを刺しに来ている。しかし、再び繰り出した拳がとんぬらに届くより先に、轟音と共に上位悪魔が業火に包まれた。ゆんゆんが放った上級魔法だ。

 

「とんぬらはやらせないわ! 『インフェルノ』ーッ!」

 

「ハッ……こっちの嬢ちゃんは上級魔法まで使えるようになってんのか。――だが、俺様も炎には自信があるぜ! 『カースド・インフェルノ』!」

 

 それでもホーストが放った地獄の業火は、『アークウィザード』の上級魔法をも飲み込んだ。魔法の衝突でいくらか勢いは減衰したものの、ゆんゆんに押し寄せる灼熱の津波――それを阻む氷の防波堤が扇の一振りで築かれた。

 

「『風花雪月』ッ!」

 

 じゅわ! という弾ける蒸発音。上級魔法の匹敵する宴会芸の防護は、融解しながらも確かに地獄の業火を阻み、

 

「オラオラァ……! 休む間を与えねぇぜ!」

 

「このっ――……つッ!?」

 

 ホーストの突進が、溶けかかっている氷壁を吹っ飛ばした。氷の破片が飛び散り、障害を打ち破った巨漢に轢かれる直前で、どうにかとんぬらがゆんゆんの体を回収するのに間に合う。

 だが、巨漢の上位悪魔はオーバーモーションで続けて拳を突き上げ、衝撃波を放ってくる。とんぬらは春風の精霊が起こす神風に舞ってどうにか回避するものの、とても反撃までは行えない。

 ……肉弾戦も魔法戦もこなせる完全なパワータイプか!

 単純な力押しに見えるが、パワータイプはその一極集中だけでも十分に戦闘が行える。

 力は強さだ。大きな力を扱える肉体は、当然ながら頑強で高い防御力も備えており、生半可な攻撃では有効なダメージは与えられない。ドラゴンブレスや地獄の稲妻の直撃を食らっても耐えきり、前回は弱ったところを爆裂魔法でやっと消滅させたのだ。恐らく上位悪魔の中でも突出したパワーとタフネスをもっている――しかも衝撃波による中距離攻撃に、業炎による遠距離攻撃まで可能なのだから隙はない。

 よって、パートナーを抱えながら回避をいつまでも許されるはずがない。

 絶え間なく破壊力のある攻撃で攻めてくるホースト。反撃させる余裕を作らせない。恐らくあの体躯なら、スタミナも相当あるだろう。いずれはこちらの方が先に息が上がり、猛攻を避けられなくなる――このままでは手詰まりだ。

 ……だったら。

 

「ゆんゆん」

 

 強敵たるホーストを見据えながら、とんぬらは身体を左腕一本で抱きかかえているパートナーを呼ぶ。

 すう、と鉄扇を腰に仕舞い、自由になった右手を彼女の眼前に寄せる。

 その人差し指から、一筋の血が垂れていた。たった今、自分の歯で噛み切ったものか、まるで宝石のように赤い血であった。

 

「………っ」

 

 一瞬だけ、ゆんゆんが躊躇った。

 しかし、

 

「そうね」

 

 と、少女は頷いた。

 

「我が名はゆんゆん。とんぬらのパートナーにして、『ドラゴンロード』」

 

 確認作業の儀式のような小さな名乗り上げを胸の裡で唱えると、彼の手を取った。

 その人差し指を、ゆんゆんは唇に含んだのだ。

 それはどこか淫靡で、またひどく重要な契約を成すかのような光景。

 こくん、とゆんゆんの喉が震えた。

 

「……あ」

 

 溢れ出すような何かを抑えるように、ゆんゆんは胸を押さえた。

 とんぬらもゆんゆんの体を両腕で抱きしめる。熱に浮かされそうな意識を繋ぎ止めて、目を開く。

 

「もう、大丈夫よ、とんぬら」

「よし。行くぞ、ゆんゆん――『ヴァーサタイル・ジーニアス』!」

 

 蒼く輝くとんぬらの竜の目。

 そして、ゆんゆんの瞳もまた輝いた。

 ぎら、と真紅に。

 もう一注の、竜の眼光に。

 

「ちっ、これだからドラゴンと『ドラゴン使い』のペアは凶悪なんだ!」

 

 悪態を吐くホースト。

 

 ――関係が極まった『ドラゴン使い』は、ドラゴンの力をその身に宿らせる。

 

「まずはよろしく頼んだぞ」

「任されたわ!」

 

 例えば、爪が竜爪と化し、ドラゴンブレスを放てる等、契約を交わしたドラゴンの特徴を転写する、ドラゴンハーフじみた変化を起こす。

 とんぬらが抱えて逃げていたゆんゆんの体を下ろす。ドラゴンを『竜言語魔法』にて強化する『ドラゴン使い』を先に仕留めるのが定石であるが、竜の血と才を分けた今、その弱点はない。『アークウィザード』の少女ながら、ドラゴン特有の身体能力強化の効果を得たゆんゆんは、自力でホーストの攻撃を見切れるレベルにまで底上げされているのだから。

 むしろ果敢に前衛に飛び出してホーストへと、杖先より展開される光の刃を叩き込む。

 

「『ライト・オブ・セイバーB(ブレイク)』っ!」

 

 イメージするのは、決して、折れない、強き刃。高密度の魔力で刃を編む紅魔族の十八番の上級魔法、それを竜の剛力を発現させて斬り込む。

 ホーストはすかさず腕を盾に防御(ガード)するが、その防御ごと巨漢を大きく弾き飛ばす。それも断ち切れずとも筋骨隆々の両腕に大きな切痕を残して。

 そして、ゆんゆんの左右より“二人のとんぬら´”が飛び出した。

 

「――『風花雪月・猫又』――『モシャサス』――『ヴァーサタイル・ジーニアス』!」

 

 ゆんゆんと前衛後衛を入れ替わり、準備に十分な時間を掛けられた。

 

 己の魔力を貯蓄しておいた『吸魔石』を核として『氷彫刻』で作り上げた氷人形(ボディ)に、己の姿形(ステータス)に己の経験値(ポイント)を付加させる。

 できあがるは、お転婆な第一王女をも攪乱した、魔法もスキルも使える高性能な“分身”である。『吸魔石(でんち)』が尽きるまで動き続け、自爆戦法も取れる。

 それが軽業師の宴会芸『アクロバットスター』にて機敏に駆け抜け、ホーストの攻撃を攪乱しながら回避して挟み撃ちで襲い掛かった。

 両足にそれぞれ一人ずつタックル。そして、爆発はせずに鋼化魔法『アストロン』。超重量の重しとなって、パワータイプの上位悪魔の足を封じ込めるためにしがみつく。

 

 されど、この相手は超重量の鋼像を武器として振るった規格外。故にまだ徹底する。

 

「『花鳥風月・猫飯』! ――ゆんゆん!」

「とんぬら! 『ボトムレス・スワンプ』!」

 

 ホーストの目前に扇を地面に突き刺し、瞬間、上位悪魔の足元が地盤沈下。高純度の聖水でずぶ濡れな泥濘に巨体を支える足が一気に飲まれる。

 同時、とんぬらが後方宙返りで跳躍して引き下がったところで、ゆんゆんも魔法を行使。範囲深度がさらに拡張される。

 この二人合わせての聖水で満たされる底なし沼設置に、ただでさえ巨漢のところを重りまで付けられた下半身が地に沈み、身動きが取れなくなったホースト。だが、邪神の右腕はそれで怯むことなく、

 

「まだまだァ!」

 

 ただでさえ太い上位悪魔の剛腕が一回り――否、二回り膨れ上がった。

 力を十二分に溜めてから繰り出す衝撃波の壁を地面に叩きつけ、周囲一帯を薙ぎ払う裂波を生じさせる。

 これまでの比でない強力な一撃の予感に――二人も渾身の一撃にて応じる。

 

「邪魔はさせない! ――『ジゴスパーク』!」

 

「くっ……! また、これか……!?」

 

 ゆんゆんの杖より迸る悪魔をも痺れさせる『ドラゴンロード』の必殺魔法。蒼き稲妻がホーストを硬直させ、稼いだその時間に奇跡を起こす――!

 

「この好機、無駄にはせん! ――『パルプンテ』ッ!」

 

 宙空を舞う、運命を手繰り寄せる占術を付加する『銀のタロット』。

 それを舞い踊るように挟む取るのは、“チャンスを掴み易くする”という補助効果のある『必殺の扇』。

 曲芸じみたアクションにて、『正義』、『審判』、『法王』と三枚の札を装填した鉄扇(つえ)を掲げ、虹色の魔力波動を解き放つ。

 

 その時、ホーストの麻痺が解かれたが、この数秒で勝敗が決まった。

 

「裁け、『グランドクロス』――ッ!!」

 

 十字架の真空波が、上位悪魔の巨漢に直撃。

 

「グオオオオ――ッ!?!?」

 

 元来の頑強さがあるため、十字に切断され四分割となるようなことはなかったが、それでも不浄を清め祓う攻撃。拮抗する十字架の接触面よりホーストの漆黒の体表が少しずつ白く白く……じりじりと脱色されていくように肌が焼かれていく。

 そして、更に――

 

「仕上げにもうひとつ! ――『ライト・オブ・セイバーA(アロー)』ッ!」

 

 ゆんゆんが突き出した杖先より発射された渦巻状の光の刀身が、十字架の交差する中心を射抜いた。

 

「最後は一緒に――」「――うん!」

 

 十字架に突き立った光の剣は、徐々に旋転の速度を上げる。一転ごとに(はや)く、より疾く……!

 

 

「『グランド――」「――ネビュラ』ーッ!!」

 

 

 二人の掛け声を受けて、轟、と颶風の唸りを上げ回転する。それは真空波の十字架をも捻じり寄せるように回転を連動させ、ひとつに収束。巻き込みながら融合していく螺旋剣は、星雲の如き煌きを炸裂させて、頑健な上位悪魔の胸板を貫通して突き抜けた。

 

 捻れ廻る連携魔法に抉り穿たれて、ホーストの肉体に大きな風穴が開けられたけれど、まだ存命していた。仮初の肉体である。核さえ壊れなければ、維持できる。実戦初投入で習熟度がまだ拙く、完成していなかった連携魔法は狙いが甘かった。それでもホーストを消滅させることはできなかったが、ダメージが大きく、戦闘続行は不可能だ。風前の灯火のようにその目の光が点滅して消えかかっている。

 

「これに耐えるか……! やはりあんたは強敵だホースト」

 

「へっ……。復活していただいたのに早々消滅させられるわけにはいかねぇからな!」

 

 大技の反動で、とんぬらとゆんゆんも動けない。そこへ魔王軍幹部の副官であるホーストを回収せんと悪魔達が駆け付けようとする。

 

「上位悪魔よ、以前の雪辱をここで果たせてもらう! 今日こそはこの『グラム』が貴様に引導を渡す!」

 

 ――乱戦を飛び出してホーストへ襲い掛からんとするのは、魔剣使いの勇者――ミツルギ・キョウヤ。

 戦闘不能の状態に追い込まれて、神器の一刀を貰えば、流石のホーストも消滅する。そうはさせじと配下の悪魔達が妨害しようとするが、ミツルギの後続に騎士と冒険者、後援には魔法使いの強襲部隊がついていた。

 魔法使いは全員が爆発魔法の使い手。その殲滅力でもって、勇者の花道を遮る悪魔達を一掃せん!

 

 これで決まる――ミツルギら王都防衛軍がそう思ったその時、とんぬらとゆんゆんは強烈な魔力の波動を覚えた。

 

「まさか――」

 

 顔が一気に蒼褪める。

 血管に初級凍結魔法(フリーズ)でもやられた感覚。その意味が分かればこそ、その恐怖を理解した。

 第六感が指す魔力の波動の発生源、最前線で戦っていたホーストとは逆に魔王軍の一番奥に控える深めにフードを被ったローブ姿の女性が両手を頭上に掲げ、破滅の光を作り出していた。そう、それは紅魔族随一の天才児が形成するのと同じ、人類最強の攻撃手段と称された必殺魔法!

 

 

「下がれ、ミツルギ! 爆裂魔法が来るぞおおおおっ!」

 

 

「なにっ!?」

 

 とんぬらの声に篭った響きが、否が応でもすぐ迫る脅威に気付かせた。

 ミツルギたちは急ブレーキをかける。しかし、突撃で勢いがついていて、すぐには引き返せない。まずい。早めに警告を飛ばしたがこれでは回避が間に合わない。この状況で突っ走ったやつらを助けるには――!

 

「ゆんゆん! 防護支援を頼む! ――『ドラゴラム』!」

「とんぬらっ!?」

 

 全身装甲の光り輝く竜に変じたとんぬらは、ミツルギたちのいる最前線へ駆け込もうとする。タイムラグはほぼゼロ。人間の視界から消え失せるほどの高速移動で回り込むと、扇の翼を全開に展開し、ドラゴンの巨躯で壁となる。

 

「もう! ――『体力増加』! 『魔法抵抗力増加』! 『皮膚強度増加』!」

 

 止める間もなく飛び出した相方への文句を吐き出さずに飲み込んで、ゆんゆんは全魔力を振り絞って、『竜言語魔法』の支援魔法をかける。

 

 

「……――『エクスプロージョン』ッッ!!」

 

 

 ――そこで、最後の詠唱が終わる。

 魔法使いたちが一斉に放った爆発魔法を掻き消す爆裂魔法の閃光が、全てを包み込んだ。

 

 ………

 ………

 ………

 

 ――視界が紅に染められ、意識は濁流に呑まれた。

 

 配下に止めを刺そうとした勇者たちを戦場ごと洗い流す、一帯を焦土と化すその威力。直撃すれば骨身残さず焼失させ、余波でさえ地形を変える爆裂魔法。

 それを、後ろの人間たちを守護するために真っ向から食らった。

 

 無数の針に、身体中まんべんなく、突き刺される灼熱。背中から指先まで、鋭い痛みで満たされる爆炎。感覚という感覚が痛みにすりかわり、執拗に己の原型を刺激する。

 ――とんぬら!

 それでも。

 声ならぬ声が身体を震わす。この痛苦に抗うにはあまりにも小さな、けれど決して無理することのできない、少女の声に応え、少年は現世に意識を繋ぎ止めて生還した。

 

 

「……頑張り過ぎはよくないと忠告したわよ」

 

 そして、爆裂魔法を放ったローブの女性は、竜の変身が解けた少年、頽れた相方を抱きしめる少女に一瞥をくれるとホーストを連れて、『テレポート』で戦場を離れた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 王都を視界に捉えたところまで接近していた魔王軍は、撤退。防衛軍は戦線を押し上げて、砦まで魔王軍を退かせた。王都の危機を免れたのだ。

 戦果とすれば、十分に人類の勝利と言える。けれど、上位悪魔ホーストに完全に止めを刺すことはできず、最後に爆裂魔法を放ったローブの女性……魔王軍幹部が最前線に参戦したという一報が戦勝ムードをかき消した。王都人気第三位の冒険者ミツルギも『最後でツメを誤ってしまった』と険しい表情でインタビューに応じ、そのまま王都へ凱旋することなく騎士団と共に魔王軍と相対する砦へと援軍に向かった。

 恐るべき魔法を操り、強力な上位悪魔を従える邪神。右腕である配下が回復し、軍を立て直せば、王都への侵攻を再開するに違いない。

 

 

 そんな九死に一生を得るような戦場より、『アクセル』へ帰還したのは感謝祭一日前。

 王都で(ゆんゆんに泣きつかれながら)療養してから帰って来たとんぬらは、早速呼び出しを受けた。――世間を騒がす盗賊団から。

 

「はあっ? 聖鎧『アイギス』に逃げられた!?」

 

 『アクセル』の街の外れにある、こぢんまりとした喫茶店。

 そこにとんぬらが席に着くと、クリスとそれからカズマが非常に申し訳なさそうに視線を逸らしている。

 

「うん。ダクネスのところに預けてるのを引き取りに来たんだけどね。……それが『アイギス』は何というかヤンチャで……」

 

「鎧相手にヤンチャだと言われたのは初めてですよクリス先輩」

 

「本当なんだよ後輩君! すっごい態度のデカい神器なんだよ! あたしに不合格って偉そうに……!」

 

 憤慨してテーブルを叩くクリス先輩。でも、とんぬらがジトッと半目で見られてることに気付くとしゅんと申し訳なそうに項垂れる。

 

「ごめん……後輩君がアンダインから奪還してくれたのに、あたしの失態で……」

 

「別にいいですよー。先輩のフォローをするのも後輩の役割ですから。しかし、意識をもって自律して行動を起こせる神器だったとは驚きですね……それで、その失踪した『アイギス』の行方は把握しているんですか?」

 

「うん、場所までは突き止めたよ。でも、また厄介なところに潜り込まれちゃってね。ドネリー一族っていう貴族の家で食客みたいな扱いをされている」

 

 ドネリー家……確かそれは商売上手で築き上げた資産がダスティネス家をも上回る成り上がりの貴族。

 

「ダクネスさんに相談はしたんですか?」

 

「うん。そしたら、『カレンのような成り上がり物の悪徳金貸しになど容赦してくれるな!』って」

 

「あー……」

 

 うん、まあ、アンダインやアルダープほどの悪徳貴族ではないだろうが、暴利の金貸しで取り立てほうもえげつないために庶民には不評である。庶民の味方なダスティネス家とは相容れないだろう。特にその若い当主カレンは、ダクネスと仲が悪いようで、王城の晩餐会でもその犬猿っぷりが伺えたが……

 

「とにかく、場所まで特定できているんです。王城と比べれば貴族の屋敷の警備なんてざるみたいなもんです。……しかし、聖鎧『アイギス』の方をどうにか対策を立てなければ……」

 

「また逃亡されたら大変だよ。今回は幸運にもって言ったらおかしいけど、この近くに留まってくれてるからね。……そこでひとつ提案があるんだけど」

 

「何ですかクリス先輩」

 

「後輩君……ちょっと女の子になってくれないかな?」

 

「……はい?」

 

 ちょっとこの先輩、夏の暑さに頭がやられたんじゃないだろうか、という目でとんぬらは見る。

 

「クリス先輩……。その、疲れてるんですねだいぶ。エリス教の教会でプリーストに回復魔法を掛けてもらったらどうです? 何なら王都の大聖堂に勤める、昨日俺の怪我を治療してくれたロザリー司祭を紹介しましょう」

 

「違うよ! これはアイギスが、可愛くて大人な女性が好みだって注文を付けてくるからさ。それでほら、後輩君、女装が趣味なんでしょ?」

 

「趣味じゃなくて得意な宴会芸のうちのひとつというだけです。鎧を篭絡するとか提案する時点で、もっとマシな作戦を考えましょうよ! と突っ込みたくなるんですけど……それ以前に男の俺に色仕掛けを頼むとか、先輩は女性としてどこまで自信喪失しているんですか? と相談に乗りたくなるんですが」

 

 とクリス先輩の方はひと段落付いたので、お次は……

 

「……兄ちゃんはまたどうしたんだ? いきなり頭を下げられたが、事情を説明してくれないと許しようもないんだが」

 

「……その、だな。セナと感謝祭でデ、デートすることになった」

 

「? 展開が読めないが、兄ちゃんがセナさんとデートするのに何で俺に謝るんだ?」

 

「俺じゃない、ヌラーとだ」

 

「は?」

 

「すまん!」

 

 手を合わせて謝罪ポーズを取るカズマは説明する。

 とんぬらの代役に“ヌラー様”を演じたカズマは、この一週間に祭り実行委員の商店街に取り入り、『売り子の水着着用』、『花火のために爆発ポーションの代用』、『仮装パレード』などの案を推し進めていたそうだ。

 

「『仮装パレード』という企画はまた斬新な……」

 

「女神エリスは借りの姿で地上に降臨し、人々のためにたった一人で人知れず活動しているって話をとんぬらも知ってるだろ?」

 

「ああ。エリス教徒の間では有名なお伽噺だ。毎年この時季になるとエリス様が本来の御姿でお祭りを楽しめるようにと、祭りの期間中はエリス様の格好をした人で溢れかえる。本物が交ざっていても目立たないように」

 

「その恒例行事に乗っかって、祭りを派手に盛り上げるためのイベントだな。折角のお祭りなんだし、女神もたまには本来の姿で羽を伸ばしたんじゃないか」

 

「ふうん。……なんか兄ちゃんの話しぶりだとすでにエリス様に会ったことがあるような感じだな」

 

「そりゃ、」

「助手君! 話が横道にそれてるんじゃないかな?」

 

 何故か慌てたクリス先輩が口を挟んで方向修正。

 

「でまあ、色々とやっていた……ヌラーに化けて」

 

「いや何故そこで変身する必要がある」

 

「色々とあったんだ。アクシズ教に祭りの手伝いを強制させられそうになったから、商店街役員の方へ逃げて、でも、彼女たちを救うには俺がヌラーになるしかなかった!」

 

「ああ、この前のサキュ」

「とんぬら! 勝手なことをしちまったのはわかってる! 悪いと思ってる! それでも俺は、俺達は彼女を助けたかった……!」

 

 クリス先輩に淫魔の情報を知られるのはまずいのだろう。カズマが大声を上げて、途中拳を振るって大変気合の入った演説だ。それから、一旦、テーブルを立ち、クリス先輩から距離を取ってから再開する。

 

「うん。まあ、わかった。気持ちは伝わった。それで?」

 

「それで頃合いを見て、セナに“いい夢”が見れたっぽい感じにアピールをしようとして、後腐れないようにしようとした……んだが、アクシズ教のプリースト、セシリーってやつに……」

 

 話があと少しでまとまりかけたところで、なかなかアクシズ教の手伝いに来てくれない門外顧問へ業を煮やしアクシズ教でも有名な破戒僧セシリーが泣き叫んだのである。子供を作って捨てられた女性風に。

 

「いやいや。ホイミンってちょっと俺の血が混じっちゃったけど、改造したところてんスライムのことだろ? なんでそんな痴情のもつれっぽい展開になってんの?」

 

「言おうとした。セナにもホイミンはところてんスライムだって! でも聞き入れてもらえなくって……それで、まあ……いろいろとあって、こちらの誠実度を測るとかで感謝祭三日目の花火大会でデートすれば許してくれるってことになった」

 

 本人不在の間に最低野郎になっていっているなヌラー様。

 

「これはもう俺の手に負えない。女性関係のいざこざに手を出すには力不足だった。……とんぬら、バトンタッチをお願いできないでしょうか……!」

 

「はあ!? ちょっと……つか、兄ちゃんは、事態を余計ややこしく混乱させただけだろこれ!」

 

「でも、代わりに夢は見てきたぞ」

 

「いい思いしただけだろ兄ちゃん!」

 

「とんぬら、無理を承知で依頼する。紅魔族随一のプレイボーイの手腕でもって、セナの説得に協力してくれ! 具体的には花火大会のデートを頼む!」

 

「いやいやいや。ちょっと、これの尻拭いっていくら何でもとばっちりがひどくないか? 責任とって兄ちゃんが最後までとことん付き合うべきだろ」

 

「いや……その、予定があるというか、めぐみんにも花火大会でデートに誘われてるんだよ。だから、とんぬら! お前が代わりにセナさんに付き合って!」

 

「俺も予定が入ってるし。ゆんゆんとデート……この前の戦闘で心配かけたし、その分の詫びっていうか……」

 

「このリア充が!」

 

「傍から見ると兄ちゃんも人のことを言えないと思うんだが。というか、客観的に言って最低だな。もう俺でもフォローできないレベルでクズマさんだぞ」

 

「今回ばかりは言い訳できない……! でも俺だってこんな危ない橋を渡りたくなかったんだよ! 何というかこう、最近はめぐみんともちょっといい感じだし、ダクネスだってなんか俺を意識してるみたいだし! 大金入って働く必要もないし、このまま皆とイチャつきながら退廃的な生活を送りたいんだ!!」

 

「ああ、ったく、なんというか、自分の欲求に直球だな兄ちゃんは!」

 

 頭を掻くとんぬら。

 カズマが本気で悩んでこちらに相談を持ち掛けているのはわかる。しかし、だ。とんぬらから言えるのはひとつ。

 

「だったら、サキュバス達のフォローにセナさんと付き合うのをやめて、めぐみんとデートすればいい。これまでの付き合いから察するに、兄ちゃんに二股なんて器用な真似は無理だろうし」

 

「それでも、俺は、皆を幸せにしたかったんだ!」

 

「綺麗なセリフのはずなのに、今のデートをダブルブッキングした兄ちゃんが言うとなんて胡散臭いんだ」

 

 めぐみんとの関係も大事にしたいが、サキュバス達も護りたい。それは本心なんだろう。

 とんぬらとしては、何だかんだで同郷で長い付き合いのめぐみんを悲しませたくない想いはある。一方でサキュバスの方は、街の治安に一役買っていることに一定の理解を示してはいる。それでどちらに天秤が傾くかと言えば、ここは危険性が決め手となる。

 

「……兄ちゃん、悪いことは言わないから、めぐみんに不義理を働かない方がいい。サキュバスのためにセナさんを相手にするなんてバレたら、いくらここ最近兄ちゃんのクズっぷりに寛容になってきているめぐみんでも目を真っ赤にするぞ。そして、エクスプロジョるかもしれん」

 

 カズマの脳裏に不吉なイメージが過ぎる。

 

 

『言いたいことはそれだけですか、カズマ』

 

 

 先日、爆裂魔法をその身に受けた者として、あれは冗談ではなく骨身残さずに消滅する火力だととんぬらは語る。ドラゴンでもない、さして高レベルというわけでもない最弱職『冒険者』のカズマが直撃されれば蘇生不可能なレベルで塵と化す。

 しかし、セナの方をすっぽかせば、ヌラーの評判は今度こそ回復不能なほどにガタ落ち。そして、サキュバスらの方にも飛び火するかもしれない……

 

「……まあ、俺としてはヌラーに幻滅して貰っても構わないんだがな。むしろその方がセナさんも踏ん切りがつき易いだろう」

 

「いや、そうなるのはまずいんだよ本当に! サキュバス達が危ない!」

 

「危ない? いや、まあ、幻滅されてしまったが、契約通りに夢を見させたということはアピールできてるんだろ? なら、セナさんも看過してくれるのではないか? 次のお相手を見つけるお手伝いにも良いだろうし」

 

 焦るカズマ。まさかまだ何かが……? とんぬらの厄介事に反応するセンサーがまだもう一段階変身を残していることを告げるように警鐘を鳴らす。

 

「……わかった。全部話す」

 

「いや、もう、聞きたくない。これ以上泥沼な相談事は勘弁です」

 

「良いから訊いてくれよ! この失態のせいで、俺、真剣にこの街から居場所を無くしそうなんだよ!」

 

 耳を両手で塞ぐとんぬらに話を聞いてもらおうと、腕にしがみつくカズマ。

 

 

『くんくん……! あれ? ぬら様に、サキュバスのチャームの魔法がかかっているわね?』

 

 

 妙に勘が鋭い聖職者セシリーに、カズマに下駄を履かせていた魅了値アップの悪魔の魔法フェロモンが嗅ぎつけられたのだ。

 つまり、同席していた『女性の婚期を守る会』の会長にして国家検察官のセナにもサキュバスの関与がバレた。それも“最低野郎”と評価が逆転したヌラーに、女性を落とすように協力しているという……

 ……これは最悪、サキュバスが害悪魔指定される可能性がある。いや、この上でヌラー´が『変化の杖』で化けた偽者だとバレれば、悪魔と人間が結託してこちらを嵌めようとした……なんて疑われる展開が目に見える。そうなれば、彼女たちは人間の街では暮らせなくなるだろうし、街のオアシスがなくなったとなればその戦犯であるカズマが男性冒険者たちから槍玉に挙げられる。

 

「……本当に、どうしたものか」

 

 兄ちゃん(カズマ)先輩(クリス)もステータス上は幸運なのに、どうして上手くいかないのか? いや、こうして巡り巡って自分にお鉢が回ってくることからとんぬらが不幸なのか?

 

「……こうなったら悩んだってしょうがない。ああわかったよ。俺の責任だ。俺が二人とデートすりゃいいんだろ!」

 

「おいおい、ヤケになってないか?」

 

「できないと終わりなんだ。作戦を考えよう。物理的にも社会的にも死なないデートプランを考えるんだ。両方こなさないといけないのが辛いところだが、人間その気になれば二人分の仕事量をこなせるはずだ!」

 

 ……どうしよう。もがけばもがくほど沈んでいくアリジゴクに捕まったムシの足掻きを見ているようだ。

 はっきりいってダメ人間だが、ここで見捨て難いと思ってしまう。

 

「…………はぁ。これを反省して、少しは真人間を目指すんなら、協力する」

 

「おおっ! 協力してくれるのかとんぬら!」

 

「ただし、セナさんの相手(ヌラー)は兄ちゃんがやるんだ。俺にサキュバスを庇ってやる義理はないからな。それに事態をややこしくしたのも兄ちゃんだし。自分で蒔いた種はまず自分で刈ってみるのが男として最低限の礼儀だ」

 

 “ヌラー”になるつもりはない。でも、“ヌラー”にならなくてもとんぬらにもできることはある。

 

「こっちは、花火大会の本番まで、途中途中で兄ちゃんが抜けても紅魔族随一の天才に覚らせないようにフォローする……――兄ちゃん、めぐみんにダブルデートしないかと誘ってみてくれないか?」

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 ライト・オブ・セイバーA(B):ダイの大冒険のアバンストラッシュの派生と同じ。直接攻撃するアバンストラッシュB(ブレイク)、アバンストラッシュAは、斬撃を飛ばす。


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