この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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78話

 これは王都で宮廷道化師を務めていた時に大貴族シンフォニア家の計らいで交わしたミツルギキョウヤとの会話。

 

『とんぬらに話があるんだ』

 

 ミツルギ曰く、かつて魔王軍の幹部ベルディアが最初に『アクセル』へ派遣されてきたのは、あの地に大きな光が舞い降りたと、魔王の城の予言者が言い出したことがきっかけだそうだ。

 当初は半信半疑でデュラハン・ベルディアを派遣した魔王だったが、その送り出したベルディアが討たれ、続けて送ったバニルが行方不明になる。

 魔王軍の間では、その二つにはある二つのパーティが関わっているものと推測されるようになる。

 

 それから、『アルカンレティア』にて破壊工作を行っていたハンスが、死に際に遺言を託す。『仮面の紅魔族』は危険だ、と……。この一報が届けられてすぐに、紅魔の里の攻略作戦を任されていたシルビアが『仮面の紅魔族』に討たれた。

 そして、その『仮面の紅魔族』にはある一つの噂がある。

 

『『アクセル』の街に舞い降りた大きな光……最初は、魔王が警戒する大きな光とは僕のことかなと思ったんだけど……そ、そんな目で見ないでくれ……』

 

 それは自意識過剰ではないか、というジト目をやれば、恥ずかしがるミツルギ。それでも彼は話を続けた。

 

『それか、『仮面の紅魔族』である君か』

 

 いいや、それは俺じゃないだろう。

 確かに魔王軍撃退の件に関わっているが、自身よりももっと“魔王が警戒する大きな光”とやらに相応しい方がいる。

 

『……僕は、アクア様の事だと思っている』

 

 だろう。

 ミツルギの意見に同意だ。ほとんど信じられないが、アクシズ教徒など見る者が見れば、その正体は明らかだ。

 

『だけど、魔王軍は、きっととんぬらの事だと思っている』

 

 なに……?

 

『今、『仮面の紅魔族』は魔王軍の間で高額の懸賞金が掛けられているそうなんだ。かつての『氷の魔女』に匹敵する額でね』

 

 それは、魔王軍の幹部を何人も撃破するのだから警戒されてしかるべきだ。だから、その予言が示した“大きな光”と一致してしまうのではないかと魔王が疑うのも無理はないのか……?

 

『そして、こうも噂されている。『『仮面の紅魔族』は、あのアクシズ教団の最高司祭の秘蔵の直弟子として鍛えられた、水の女神に仕える守護竜『アクアアイズ・ライトニングドラゴン』で、魔王を滅ぼせと勅命を受けている』んだって……』

 

 ただでさえ“アクシズ教”に“紅魔族”と魔王軍側すれば凄いパワーワードだろう。それに尾ヒレ背ヒレがついていて、名誉棄損を訴えたい噂になっている。

 奇跡魔法を操る初代神主の勇者の血を引いているが、アクシズ教ではないし、女神の眷属ではない。そんな伝説設定はもっていない。

 魔王軍から狙われる心当たりはあるのに、よりにもよってそんな理由で危険視されるとか……何だか納得がいかない。

 

『そう、魔王軍の注目はアクア様からとんぬらに逸れている』

 

 ……一体いつからこう他所の不幸まで請け負う避雷針みたいな性質がついたんだろうか。冗談が冗談ではなくなってきているぞ。

 

『とんぬら。僕がもう少し強くなるまで、アクア様のことを頼む。あの御方はこの世界になくてはならない希望の光。……君が魔王軍の目を惹きつけてくれれば、その分だけ安全になるはずだ。大変なお役目だろうがとんぬらならきっとできる』

 

 使命感に燃える(あるいは酔った)魔剣使いの勇者様は勝手に納得して、勝手に依頼すると我が道を邁進する。

 そんなアクア様を預けたみたいな風に言われても、実際に彼女を管理するのは別の人間なのだが……。

 ようは、囮、隠れ蓑、身代わりな大役を任された(あるいは押し付けられた)ようなもの。“身を呈して命懸けで護れ”とまでは頼まれていないが、今後の厄介事は増えるだろう。

 

 坊ちゃん勇者のように妄信するほどではないが、ミツルギの言う通り、アクア様が重大な存在であることは承知している。一神主として、守護するべき者だ。

 それにこれまでに水の女神には恩を……受けている。それを帳消しにするくらいのあれなことも負わされている気がしなくもないが、とにかく恩はある。こちらの名声で魔王軍の目が眩むのであれば、吝かではない。

 

 で、今回の感謝祭はアクシズ教から距離を置いてみた。

 何だか反抗期みたいな態度を取られている、と泣かれてしまわれているが、注目を惹きつけるにしても、あまり近くにその守護対象がいるのでは問題であろう。逆にこちらの厄介事に巻き込まれてしまう可能性がある。避雷針にべったりではむしろ危ない。一定の距離をおいてこそ安全なのだ。

 エリス教に協力する理由のひとつにはそういう意図もあった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――冒険者が最も揉める問題のひとつに、パーティ間の痴情のもつれによる人間関係の破綻というのが挙げられる。

 

 仲間の女性冒険者に馬小屋暮らしでひとり発散する機会になかなか恵まれない男性冒険者が我慢できなくて襲い掛かる……なんていうのが代表例。

 その問題解消となる性欲発散を良心的なお値段でしてくれるのが、この街のサキュバスである。とんぬらとしてはその話を聞くまでは信じ難がったが。

 

「……さて、ここか」

 

 話には聞いていたがとんぬらが初めて訪れた、一軒の飲食店。

 大通りから外れたこの路地裏にたたずむここは、この『アクセル』に住まうサキュバス達が営業する例の店だ。

 

「ああ、バニル様のオススメ――とんぬら様、お久しぶりです」

 

「もう悪魔のマーキングは外れてるのに、マネージャーの専属みたいな扱いにされてるのか」

 

 まだ開店前であるも、店の掃除をしていたロリサキュバスに挨拶された。

 

「それでどうしてお店に……も、もしかして当店をご利用するんですか!? でしたら、私にご指名を!」

「お待ちなさい! バニル様のお気に入り…であるとんぬら様に粗相があってはいけません! ここはベテランの私めを今宵の閨に!」

「下がりなさい! バニル様の星三つ…なとんぬら様でもこの店では一言さんです。今後もご贔屓にしていただけるよう、リーダーである私が懇切丁寧にご説明をしなければ!」

 

「あんたらにやる精気(めしのたね)は一欠けらもない」

 

 興奮気味に自らを売り出すロリサキュバスが店の中へと案内すると、それをきっかけにサキュバスたちがぞろぞろと集まって来た。女性の身体はこうあるべきと多くの男性の理想像のような、そんな魅惑な身体をしているサキュバスにあっという間に取り囲まれた。バーゲンセールで残り一点の品になった気分である。

 

約束(アポ)なしで急に店に押しかけて悪かった。あんたらに客としてではなく個人として用がある。……もちろん、悪魔と交渉する礼儀として、土産も用意した」

 

 とんぬらが差し出した風呂敷の中身は、バニルマネージャーが店のゴミ箱にポイ捨てしていた抜け殻。毎月、荒ぶる満月の夜になると脱皮する習性があるのだ。そんな地獄の公爵であるマネージャーは、悪魔の中ではスーパースター、その抜け殻はファンには垂涎の一品。

 サキュバス達は目の色を変えた。

 

「おおっ! この仄かに残る魔力……! 間違いなくバニル様の皮! このような土産を頂けるなんて……! 是非とも家宝にしたい! ……それで一体どのような用事なのですか?」

 

「ちょっと話を聞こうと思ってな……」

 

 しかし残念ながら。

 全てを見通す悪魔の抜け殻という一品に店のサキュバスが一体残さず集まってきたにもかかわらず、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ♢♢♢

 

 

『この日を楽しみにしていた『アクセル』の皆さん、準備はよろしいですか? 今ここに、女神エリス&アクア感謝祭の開催を宣言します!』

 

『うおおおおおおお!』

 

 数週間の準備期間を経て、ついに感謝祭が開催した。

 『アクセル』の商業区の入口には大きな横断幕が張られ、そこには女神エリス感謝祭の文字が大きく踊り……その横に、小さく女神アクア感謝祭の字が並んでいる。

 

 通りは普段にもまして大きく賑わい、冒険者に民間人、商売人に至るまで、いろんな人たちで溢れていた。

 至る所に出店が並び、あちこちが喧騒に包まれている。

 

 その中でも感謝祭初日で最も大きな盛り上がりを見せるのが、この会場。

 駆け出し冒険者の街で最も大きな広場に設置された舞台上で、スーツを着た仮面がトレードマークの少年が、これから始まるチャリティオークションイベントの司会を行う。

 

 人目を引き付ける仕草、人を飽きさせない話術、また、手品の宴会芸でどこからともなくオークション品を出現させてみせる演出。

 舞台脇に並べられたテーブルには『アクセル』のエリス教支部長を筆頭にした鑑定団が揃っており、物を鑑定する簡単な講義を披露しながら適正で良心的な入札開始価格を決めてもらう。オークション参加者でなくても勉強になるイベントに仕立てている。

 

「――さあ、お次の品はこちら!」

 

 ドラムロールが鳴り響く最中、布を取り払ってみるとそこに兜。

 一見シンプルだが職人の技が光る、相当な良品。時々、ゆんゆんと一緒に魔法の談義を交わしたりしている『ウィザード』の女性冒険者リーンから日頃世話になっているお礼と仲間が迷惑をかけている詫びだとその問題児からかっぱらってきた中古品である。

 盗品でないかと疑うところだが、ダストが昔に使っていたもので、通気性が悪くて蒸すし、この街じゃ使う必要もないそうだ。

 そして、このアクセル随一のチンピラが愛用していた兜は……

 

 

「この兜、我らの鑑定団が決めた入札開始価格は、五万エリスからですが、さあ、いくらで落札――」

「百万エリス!」

 

 

 このオークションで最も鑑定団の予想を上回る入札価格の二十倍の額で落札された。

 兜を買い取った貴族の青年は何故か鼻息が荒く、とんぬらから渡されたダストの兜を抱きかかえると足早に会場を離れていった。

 

(ああ……あの人、アクシズ教だ……)

 

 もうあの目の色から分かってしまったとんぬらは遠い目になった。

 

 

「すうううううっ! これがダストさんの匂い! 鉄臭さの中に仄かに残る汗の香り、一息だけだというのに軽く達してしまいそうですよ。こ、こんなのを装着しちゃったら……ごくり――ああっ、ああああっ! ダストさんに包まれているっ! ダストさんとひとつになってるっ! 何という幸福感。あ、あ、あ、あ、あああっ! 内側を舐め回してもいいですよねっ! 僕の物なのですからっ!」

 

 その翌日から駆け出し冒険者の街に仕立ての良い服を着こなしながら常に鉄仮面な兜をかぶった、ちぐはぐなファッションセンスの男が徘徊するようになる。

 

 ………

 ………

 ………

 

 こうして、初日のスタートダッシュを大成功させて勢いづいたエリス教側は、二日目の聖歌隊をアレンジしてのカラオケ大会などのイベントで感謝祭を盛り上げた。またイースターバニーよろしく綿胞子の精霊わたぼうを看板マスコットにして、街の至る所に隠し物を仕込んだトレジャーハントゲームも企画しており、子供たちは連日、ヒントとお宝(お菓子の詰め合わせなど)を求めて、祭りを練り歩いては、賑やかな喧騒があちらこちらから聞こえてくる。

 エリス教として堅実なイメージを崩すことなく、前評判の堅物な印象を覆す。例年以上に盛況なエリス教に対して、アクシズ教も前回の雪解けのアクア祭りを参照に、ソース焼きそば、たこ焼き、かき氷を薄利多売でやっている。

 けれど、エリス教も負けてはおらず、アクシズ教がこってりソース系路線で来るのは事前にわかっていたのでネタが被らないように甘菓子路線で攻める。ベビーカステラやりんご飴、そして、わたあめ。紅魔族随一の(自称)発明家ことひょいざぶろーが、現在修理中のぽんこつ兵・エリーの部品をモデルに作り出された副産物のモーター。これを利用し、『悟りの書』の“縁日の定番屋台”のページに記載されたわたあめ製造機をとんぬらが再現してみたのである。

 この食感がふわっふわで甘い綿菓子、また看板マスコットなわたぼうもマッチしていてとても好評。わたあめ製造機に関わったウィズ魔道具店に専属家電職人ひょいざぶろーも発注が留まることなく左団扇でウハウハである。

 

 

「まずいわ。これでは来年以降、女神アクア感謝祭の単独開催は厳しいわね」

 

 街外れのアクシズ教の教会。

 その円卓の上座につくアクアが机に両肘を立てて寄り掛かり、両手を口元に持ってくるポーズを取っている。

 その隣の席についているのは、『アクセル』を任された支部長のセシリーで、彼女も今日の売上報告書より現状が劣勢下にあるのを認めざるを得ない状況に唇をかむ。

 

「ぬら様に私達の手の内も読まれていますし。それに、どうやら本気でぬら様が取り組んでいるので、今年のエリス教は一味も二味も違う。くぅ……アクア様をもっとちやほやして楽ちんな生活にしてさしあげたいのに、力及ばず……っ!」

 

「いいのよ。今のあの子はちょっと盗んだ馬で走り出したいお年頃なの。でも、アクシズ教の偉大さを示せば、きっとすぐに目を醒まして私たちのところに戻ってきてくれるはずよ。その時にゼル帝と一緒に温かく出迎えてあげるの」

 

「おお! なんと寛大なアクア様! ええ、きっとぬら様も帰ってきてくれるはずです! そして、最高司祭のゼスタ様を蹴り落として、下剋上を果たしてくれるはず!」

 

 機動要塞に街を踏み潰されようが、アクシズ教だけは残る。そんな雑草魂で、この教会に集まっているアクシズ教徒全員は、まだ勝利を諦めていなかった。

 

「前回の成功に甘んじて、以前の祭と踏襲してしまったのがダメだったのよ。何事にも進歩しないといけないわ。同じことをするなんて守りに入っているなんてアクシズ教らしくない」

 

 もちろん、アクアも青い瞳に不屈の光を翳させたりしていない。

 困窮しているアクシズ教団に、祭りの開催資金を捻出させるわけにはいかないと、この前の大物賞金首討伐の懸賞金をアクア個人で出している。本当ならこの()()()()()()()()()()飼いドラゴン()のための竜舎建設の費用にあてるつもりだったけど、それはまた今度。

 今はこの自らを崇める信者と共に、国教となってお金の単位にまでなってる、そして、守護竜を寝取った後輩のエリス教の打倒を目指すのだ。

 

「ジャンジャン意見を出してちょうだい! アクシズ教はやればできる子なんだから! そう、このアクア様には皆をアッと驚かすとっておきの秘策があるのよ!」

 

 二日目が終わり、感謝祭もこれから後半戦に入る。そこで逆転して、出資額以上の儲けを出してみせる。

 

「ゼル帝も成長期みたいだしね。頑張って稼がないと!」

 

 アクアは振り返る。

 円卓の席の背後、教会の奥で教壇のあった場所に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が鎮座していた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 商店街入り口。

 混雑する人混みの向こうから待ち合わせ場所に現れたもう一組を見つけて、リボンでまとめた二つ結びを快活に弾ませるくらい爪先立ちでぴょんぴょんとしながら、ぶんぶんと手を振るゆんゆん。

 

「めぐみん! 今日は私が色々とレクチャーしてあげるわね! なんてったって、私の方が経験者だから!」

「とんぬら、このテンションの高い娘を放置していていいんですか?」

「何で私じゃなくてとんぬらの方に振るのよ!?」

「遠慮深すぎて人の多いイベントの時期には引き籠っていた期間が長かったせいか、一緒に祭りに出掛けられるだけでテンションが上がるんだ。純心というかお手軽というか、とにかく可愛いだろ?」

「いきなり惚気ないでくれます? ふん。そんな出掛けられるだけでテンションが上がってしまうほどまだ慣れ切っていないゆんゆんがいったいどのようなことを私に教授できるんでしょうかね」

「そ、それは……――男女のお付き合いという意味でだから!」

「ほう? では、どんな風に上級者なのかお教えして貰っても構いませんか」

「前にめぐみんが一緒にお風呂に入ったって言ってたけど私だってとんぬらと!」

「いいや、やっぱりちょっと浮かれすぎてるなゆんゆん! めぐみんにそう簡単に乗せられるなんてちょろいぞ!」

 

 勝負事が二人なりのコミュニケーションであるめぐみんとゆんゆん。里を出てからずいぶん経つがこういうところは学校時代から変わらない。いい加減にそろそろ十五歳(おとな)になるんだからもう少し自制を利かせられればととんぬらは思わなくもないが、この全力投球っぷりな姿勢は何であれライバルとの真剣勝負であるからだ。手抜きなんて無理な相談である。

 

「今日はよろしくな、兄ちゃん」

 

「お、おう、こっちこそよろしく頼むとんぬら」

 

 軽く手を挙げて挨拶するとんぬらとカズマ。

 今日の花火大会ダブルデートに向けて、綿密に打ち合わせをしてきている。

 

 道中、屋敷に財布を忘れた。すぐに取りに帰る。という体で途中抜け出す。

 出店を覗きに行き……人混みが多いところで迷子になる。という体で途中抜け出す。

 貸衣装店でKIMONOに女性陣を着替えている合間に席を外す。という体で途中抜け出す。

 ……等々。

 長時間の『変化の杖』使用で魔力切れを起こさないよう事前に魔力を蓄えておいた『吸魔石』、それから息切れしないように栄養ドリンクも用意している。匂い消しもばっちりだ。クエストで野生のモンスターを相手にするよりも細心の注意を払ってお相手する。そう、今日までに一人二役をこなす準備は万端に整えてきた。

 

(クッ……! だが、変態師匠の影武者をやっていた時よりはましだ)

 

 どんなに言い繕うとも“二股のアシスト”というわけなのでとんぬらは本心から気が乗ってはいないが、こうでもしないと破滅。アクシズ教の最高司祭を師に持ったせいか、心の中で『変態師匠よりはマシだ』と唱えれば、大概の厄介事に対して寛容になれてしまう。

 

「……にしても、カズマから、このようなダブルデートみたいなことを提案してくるとは思いませんでしたね」

 

「ああ、めぐみん。それは俺の提案だ」

 

「とんぬらが?」

 

「折角の逢引きを邪魔して悪いと思ったが、兄ちゃんに頼んで機会を設けさせてもらったんだ……めぐみんと話をしたいことがあったからな」

 

 とんぬらが謝罪し、カズマへの追及を逸らす。

 爆裂バカであるも、めぐみんは“紅魔族随一の天才”を関するに相応しいだけの知力ステータスを有している。怪しまれでもすれば、バレてしまう可能性が高いのだ。

 少しの油断も突かれないようにするこの対応は、ダブルブッキングして内心罪悪感を覚えているカズマには厳しいので、基本めぐみんの相手はとんぬらが請け負うと決めた。

 

「ほら、めぐみんもこの最近、とんぬらとゆんゆんとはご無沙汰だったろ。一昨日にも救援要請されて『アクセル』から二人がいなくなって寂しそうになんか愚痴ってたし」

 

「はあ!? 何を言っているんですかカズマ! 私はただこの大魔法使いを差し置いて救援要請する王国の対応に不満を漏らしただけで、置いてかれたことを寂しがってなどいませんよ!」

 

「だから、夏祭りだし、たまには親交を深めるのも良いだろうなーって」

 

「いえ、ゆんゆんとはわりと顔合わせしてますけど」

 

「え……」

 

 ゆんゆんを見るとんぬら。ここのところ盗賊団の作戦会議とかで別行動を取ることがあったが、その間にゆんゆんもゆんゆんでめぐみんと会合していたらしい。

 

「別にとんぬらを省いてたわけじゃないのよ! ……ただ、そのめぐみんが立ち上げた団体が、ね?」

 

「おい、めぐみん。今度は何をやらかしたんだ?」

 

「厄介事の常習犯みたいに言わないでください。これは崇高なる行いです」

 

「『アクセル』に来た当初俺がどれくらいの頻度で爆裂魔法をぶっ放す問題児の引き取りに呼ばれたのか教えてやろうか?」

 

「そこまで言うのならば教えてあげます。良い機会です。とんぬらも勧誘してあげましょう!」

「ちょっ!? めぐみん、とんぬらも誘うつもりなの?」

「恥ずかしがることではありません、ゆんゆん。あなたは副リーダーなのですからもっと堂々としたらどうです!」

「堂々とギルドの掲示板に貼ったからこの前めぐみん、受付のお姉さんに怒られたんじゃない!」

 

「わかったわかった。無理に教えようとしてくれなくていい。こっちも厄介事は本当にお腹いっぱいで、これ以上抱え込んだら流石に吐きそうだから」

 

 血を。

 今日は深夜に神器回収を予定している。時間的には余裕を入れていても、イベントの濃度が過密なスケジュールだ。

 

「だいたいなんでめぐみんがリーダーってことになってるの? 別にリーダーがやりたいってわけじゃないけど、めぐみんのライバルとして勝手に部下にされると負けたみたいで嫌なんだけど」

「またこの子は面倒臭いことを言いだしましたね。そんなものは決まってるじゃないですか、私の方がゆんゆんよりも強くてしっかりした大人だからです。なら、そんな私が上に立って導くしかないじゃないですか」

「なによ。私の方が常識だってちゃんと知ってるし、背だって高いじゃない。それに戦闘だってこの前救援要請を受けるくらいなのよ」

「そうやって簡単に向きになるところが子供なんです。そして、大魔導士である私は秘密兵器ですから。露払いには出さずに温存しているのですよ」

 

 発足してからまだそれほど日が経っていない団体であろうに、トップの二人(たぶんまだ二人しかいない)が空中分解しそうになっている。

 そして、どちらからともなく、こんなことを言いだすのだ。

 

「わかったわ。じゃあ、今日のダブルデートでどっちが大人か勝負よ!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 この展開は予想できた。

 何が発端かは知らなくても、学校時代から変わらず筋金入りの意地の張り合いを続けるこの女子二人行動を共にさせれば、この活気付いた祭りに気分にも当てられて、勝負事になる確率が高いだろう。とんぬらはそう読んで、ダブルデートを提案した。こうなれば、めぐみんの注意はゆんゆんに向けられるであろうと、その分、カズマが抜け出してもあまり気にされないだろうと……

 

 ただ、内容まではこのとんぬらの目をもってしても読めなかった。

 

「……カズマ、もうちょっと手を握るのを緩めてもらえませんか」

「しょ、しょうがないだろおおお! デートとか初めてなんだよ。女の子と手を繋ぐだなんて小学生以来だぞっ!」

「小学校って何ですか?」

「いや、何でもない。まあつまり、相手がお前でもほんのちょっぴりは緊張するってことだよ」

「相手がお前でも、とか! ほんのちょっぴり、とか! 何なんですか失礼ですよ!」

 

 めぐみんも黙っていれば美少女。女性経験は豊富でもそれは夢限定な兄ちゃんには緊張してしまうものなのか……とんぬらは、微笑ましく見守る。

 昔はあんな風に照れてたんだなー、と……

 

「ふふっ、めぐみんは手を繋ぐのでも精一杯のようね!」

 

 ライバルへの対抗心に火が点いちゃった暴走特急パートナーは、指と指とを絡み合わせて手を繋ぐだけでなく、抱き着くように腕も絡めている。

 上目遣いにとんぬらを見る目は恥ずかしげでありつつも、ぎゅうっと全身で体当たりでくっつくこの対応、彼女のぬくもりや柔らかさが服越しにも伝わるような密着具合はいつになく果敢である。

 

「公衆の面前でとかいちゃつくとか……ついに人目を憚らなくなるようになりましたねこの紅魔族随一のバカップルッ!」

 

「バは余計だめぐみん。普段はこうじゃないからな。本当に、今は雰囲気にあてられて積極的になってるだけだから!」

 

「チーズ塗れにした手をしゃぶりつかせたりしたのにですか?」

「ちょ、とんぬら!? お前、もうそんな遠くに……!?」

 

「いや、違う兄ちゃん! 違わないんだけど、もうあれは、何というか……その場の勢いに乗ってしまったというか……とにかく、健全なお付き合いをしている!」

 

 師キールを成仏させて、正式に恋人関係になった最初は、もう体に接触するのも禁止、目を合わせるのもダメで、逆に意識し過ぎて告白する前よりも距離を取るような関係だった。もうめぐみんに呆れられるのに大きく頷くくらい同意するほどめんどうくさかったが、それも過去の話だ。

 誕生日に水の都で結婚式の予行練習をしたり、里帰りで正式に婚約をしたり、王都でしばらく別れ離れになったり、そして、お互い裸になって打ち明けたり……とまあ、色々な出来事を経て、“手を繋ぐ”ことくらいは特別意識することでもなくなった。むしろ、きちんと意識しなければ歯止めが利かなくなりそうで危ない。

 

「私の勝ちってことで良いわねめぐみん?」

 

「いえ、異議ありですよゆんゆん。大人であるならもっと節度を持つべきでしょう。発情してるのを抑えきれないのでは子供ですよ全然」

 

「な……なんですって!?」

 

 十四歳(こども)な少女の水掛け論。

 そろそろ渦中にいるのが恥ずかしくなってきたとんぬらはカズマへ目配せする。カズマも気づく。祭りで溢れかえる人混みの向こうで、もうひとつの待ち合わせ場所に黒髪ロングの女性が来ていることに。

 

「あーっ! 財布を屋敷に忘れてしまったーっ!」

 

(意識し過ぎると逆にダメになるタイプだな兄ちゃん)

 

 でも、ゆんゆんとの論争に伯仲していためぐみんはその音調の外れた不自然さにさして気に留めることはなかったようで、

 

「仕方ないですねカズマ。私がカズマの分まで代わりに払いますよ」

 

「ダメだなめぐみん」

 

 めぐみんの対応に、とんぬらがダメ出しする。

 

「男の見栄張りを許せるのが大人ってもんだ。女に金を払わせるのは男の矜持に触れるんだよ」

 

「カズマは別にそんなことは気にしませんよ。真の男女平等主義者で、女相手だろうとドロップキックをかませられると豪語していましたから」

 

 兄ちゃん……!

 日頃の言動が足を引っ張ってくるとは……! いや、これは成長しためぐみんの懐の大きさに涙ぐむべきなのか……?

 

「……めぐみん、俺は世間一般的な意見として述べている。デートしてる相手に全額支払わせるようなヒモみたいな、格好悪い真似を相手にさせてもいいのか? いやない」

 

「そうだぞめぐみん。ここは男の俺を立てるのが、大人な女ってもんじゃないか!」

 

「……何だか普段言っていることと随分違いますね。ヒモみたいな生活が理想的だとか前に語ってませんでしたかカズマ」

 

「いや本当に、心苦しいから! ちょっくら屋敷まで走って取ってくる! 悪いな、とんぬら、ゆんゆんも、しばらくめぐみんの相手を頼む」

 

「私は構いませんけど、カズマさんが……」

 

「何なら先に行って祭りを楽しんでてくれよ。気にすることない。あとで追いつくから!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

『兄ちゃん、明日のデートにはこれを指に嵌めておくといい』

 

 花火大会のデート作戦前日に、とんぬらから『吸魔石』などの支援物資と一緒に渡された小さな目玉のような装飾がいくつも施されたやけに奇妙な指輪。

 何でも『聖なる塩』に槍を塗り付けるように錬成し、続けて更に金の指輪に錬成して作った魔道具らしい。装備しても害はないし呪われてもいない。ただちょっとデザインが珍妙であるも、“指輪をつける”というアピールはさりげない効果があるだろう。

 最後の思い出作りに協力するも、“ヌラーには相手がいる”というのをきちんと相手にわからせる。それがとんぬらからつけてきた注文である。あともうひとつ――

 

「カズマ様」

 

 カズマがちょうど『変化の杖』を使おうとしたタイミングで彼女が来た。

 これまで“ヌラー様”の変身に協力してくれた日焼けした幼い少女は、この前のローブ姿とは違って、『仮装パレード』の企画が通り、街の往来で、コスプレ……ではなく彼女本来の露出の多いサキュバスの衣装で堂々としている。そう、『女性の婚期を守る会』の一件で泣きつかれたロリサキュバス。初めての依頼で仕事を失敗させてしまった娘とは別の、見た目が幼いサキュバスである。

 ……いや、ロリ系が好みというわけではないが、歩くたびにデカい乳や尻が揺れる大人なサキュバスが隣にいては、心休まらない。これから行う作戦に心の乱れはあってはならないので、サポーターとしては彼女が良いのだ。決して、その見た目がロリっ娘(めぐみん)の色違いの2Pキャラっぽいなー……とかで気に入っているわけではないのであしからず!

 

(いかん。一体誰に言い訳してるんだ俺……)

 

 疲れているのだろうか。それとも緊張しているのか。

 眉間を揉みこむカズマに、そのロリサキュバスは慣れた対応で掌を向ける。

 

「では、いつものようにチャームの支援魔法を掛けさせてもらいますね」

 

「いや、今日はいい」

 

「え」

 

 『サキュバスに頼るのはやめろ』――それがとんぬらからの二つ目の注文。

 先日、プリースト・セシリーにバラされたんだから、サキュバスの支援を受けるのはリスクが高い。またチャームを受けてるのがバレたら、今度こそ終わりだ。

 

「あー……この前、お前に支援魔法を掛けてもらってるのがバレちゃってな。またそれがバレたらヤバいから……その、せっかく来てもらったのに、なんか悪いな」

 

「そうですか……」

 

 軽く手を立てて謝罪すると、落ち込むロリサキュバス。

 その彼女と似た顔で沈んだ表情を見せられると、弱い。でも、この忠告を無視するわけにはいかないのだ。

 

「……でも、カズマ様、私の協力なしで彼女を相手することができるんですか?」

 

「うっ……」

 

 女生とのまともな交際経験がない身で、適齢期を過ぎて結婚に焦っている女性の相手ができるかと言えば、自信はない。だから、彼女の支援に頼ってきたわけで、

 

「カズマ様だけにさせるのはとても心苦しいんです」

 

「いや、気にしなくていいからな」

 

「匂い消しの香水も準備しています。今度はバレないように細心の注意を払って魔法をかけますから」

 

 ジリジリとにじり寄って嘆願する褐色めぐみん、じゃなくて、ロリサキュバス。

 その芒っと紅く光る上目遣いに、自信なさげなカズマの心が靡きかけた時……。

 不意に、鋭い痛みが左手小指の付け根に走り、カズマの意識に冷や水を浴びせた。

 

「……いつっ!?」

 

 原因は、とんぬらから渡された指輪の魔道具だ。そこが前触れなく炙られたように熱を持ち始めていた。

 

「どうしたのですか? カズマ様」

 

 心配するロリサキュバスに、何でもないと手を振る。

 

(とんぬらのヤツに限って、まさか変なのを渡してくるとは……)

 

 ぶんぶんと頭を振って……それから、少し冷静になって考えてみたが、今は感謝祭だ。そこかしこにプリーストがいる。どんなに注意しても確実にバレないとは言えないだろう。

 

「やっぱいいよ。今日は自力でやるから」

 

「え、カズマ様……?」

 

「ほら、プリーストの奴らに目をつけられたら面倒になるだろ。リスクは最小限にだ。ここまで来てサキュバスを巻き込むわけにはいかねーよ」

 

 作戦は慎重に行こうぜ。

 一手たりとも間違えるわけにはいかないのだから、細心の注意を払って行動するべきだ。

 

「じゃあ、今日はそこでデートの成功を祈っててくれ……って、サキュバスにこんなことを頼むのはまずかったか?」

 

「いえ……その、頑張ってくださいねカズマ様!」

 

 健気なロリサキュバスに見送られ、ヌラー´に変装したカズマはセナとの待ち合わせ場所へと向かった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「許可もなくこんなものを売られては困ります! 今日までまともだと思ったら、どうしてあなた方アクシズ教徒はこうも問題ばかり起こすんですか!」

「こんなものって失礼ね、せっかくアクア様がおっしゃった金魚釣りというのをお姉さんなりに頑張ってアレンジしたお店なのに、それにいちゃもんつけようっていうの!?」

「何がいちゃもんですか、許可できるわけないじゃないですか。こんなところでジャイアントトードの子供を売られては困ります! こいつらはあっという間に大きくなるんですよ!? 子供が買って、数ヶ月後に街中にカエルが溢れたらどうすんですか!」

 

「クラーケン焼きいかがですかー? クラーケンの子供を焼き上げた、とっても珍しいクラーケン焼き! 美味しいですよー!」

「ねぇ、これ普通のイカ焼きじゃないの? イカと味が変わらないんだけど……」

「何を仰います、あなたは本物のクラーケンを食べたことがあるんですか? それは間違いなくクラーケン焼き。ええ、アクシズ教団が保証します!」

 

「さあさあ見世物小屋だよ! この中にはとある勇敢なアクシズ教徒が捕まえた、魚人間マーマンと、半人半漁マーメイドの間に生まれた世にも珍しいハーフがいるよ! ……あっ! お客さん、小屋の中で暴れられては困りますよ!」

「ふざけんな、おい金返せよこの野郎! 水槽に入ったデカい魚がいるだけじゃねぇか!」

「だから、マーマンとマーメイドのハーフですって!」

 

「射的いかがっすかー。的の眉間に見事に刺されば豪華景品がもらえま……」

「ちょっと、的にされてる人形がエリス様そっくりなんだけど! あんたたち、エリス様を冒涜するのもいい加減にしなさいよ!」

「くっ、エリス教徒による妨害か! おまわりさーん、こっち来てくださいこっち! ここにいるエリス教徒を取り締まってくださ……ああっ、何するんだ、取り締まるのは俺の店じゃなくてこの女の方で……」

 

 

 …………ブレーキ役のいないアクシズ教って、もうどうしようないな。

 アクシズ教に割り当てられているブースを覗いてみたとんぬらは、喧騒飛び交うこの光景に天を仰いだ。この感謝祭二日目まで評判は普通に良かったはずなのに、どうしてこうなってる?

 

「とんぬら、ここは門外顧問の出番じゃないですか? さもないと、祭りを盛り上げるどころか、このままだと自然消滅してしまいそうですよ」

 

「いやー、俺、今、エリス教側についているからな。めぐみんの方こそ、アクシズ教にアドバイスをしてやったら……いや、ダメだな」

 

「なんですかとんぬら。この紅魔族随一の天才の頭脳になんか文句があるんですか?」

 

「ほう。そういうなら思い出してもらおうか。この最近、『アルカンレティア』で横行している詐欺まがいの勧誘方法の原本を考案したのは一体どこの乞食娘だったのかをな」

 

「わかりました。それを言うのはやめてください。私もあれにはちょっとトラウマになってるんですから」

 

 アクシズ教の暴走は、女子クラス首席にも予想がつかぬほど。

 

「ま、待って! とんぬら、めぐみん、ほらあそこのお店には行列ができてるわよ!」

 

 ダウナーになった連れ二人を盛り上げようとゆんゆんが示した先にある小さなお店。

 ゆんゆんの言う通り、その出店には意外にも人だかりができていた……が、とんぬらは店番を見て仮面の下の頬筋を引くつかせる。

 そこの区画を任されていたその店主とやらが、煤けた顔をしたクリス先輩だった。

 

 先輩一体何しているんですか、いや本当に。

 無理やりに手伝わされたんだろうけど、裏の手伝いどころか普通にアクシズ教の店番をやらされている。

 どことなく死んだ目をしながら体育座りしていたクリス先輩は、とんぬらの視線に気づいて、こちらへ手を振る。

 どんな出店だろうかと伺えば、そこは当たりくじをやっているようだ。

 

「おい、もう一度だ! もう一度頼む!」

「待てよ、こっちが先だ! もうかなりの額を突っ込んでんだぞ!」

 

 三枚のうち一枚のくじを購入し、当たりが出れば掛け金が倍になる。

 そんな単純な出店にも拘らず客は多く、それも子供よりも大人が多い。それでいて皆熱狂していた。

 

「チクショウ、またハズレか! おい、残りのくじを開いてくれ!!」

 

 男性客に促されて、手元に会った残り二枚のくじを公開すれば、それらすべて“当たり”の文字が書かれていた。

 どうやらこれは三分の一で当たりではなく、三分の二、つまりは50%以上の確率で掛け金が倍になる、客に有利な勝負なのだ。

 でも……この店主、今のところ不敗である。

 

「よし、今度こそ当ててやる! そろそろ当たるはずなんだ!」

「どうしてこんなに俺達ばかり負けるんだ……? おい、もうそろそろ止めとこうぜ」

「一回だけ! もう元手を取り返せなくてもいいんだ、とにかく一回当たれば満足するんだ! このまま全部ハズレで引き下がれるか!」

 

 客側が有利なのに、負け続けるので熱くなり、ズルズルと引き下がれなくなっている。結局、男性客の最後の勝負も負けて、泣きながら店を出て行った。

 

「クリスさん、すごい……」

「ふむ。イカサマをしている節も見当たりませんし、祝福魔法を掛けられている形跡もありません」

「かといって、心理戦を仕掛けているわけでもない。……本当に純粋に運で勝っているのか、クリス先輩」

 

 紅魔族三人衆が揃っても、この全勝のトリックがわからない。

 

「ま、いずれにしてもとんぬらはやめておいた方がいいでしょう。運が残念な滑り芸人にギャンブル勝負で勝ち目なんて全く期待できませんから」

 

「ほ、ほう……」

 

「めぐみん! どんなにレベルが上がってもほとんど上がらない運ステータスをそれでもとんぬらはいつか急上昇するって信じてるんだから、そういうの言ってはダメよ」

 

「ゆんゆん、いい加減にパートナーを悟らせてあげなさい。それはいつかきっと空を飛ぶんだと夢見てる子供と変わりませんよ」

 

「お前らな……いいだろう。そこまでいうなら、普段俺の運が不幸なのはいざというときのために貯められているのだということを証明してきてやる」

 

 この女子二人を見返してきてやる、ととんぬら数枚のエリス硬貨を握り締めて、たった今空いた対戦席にドカッと座る。

 

「いらっしゃい……え、と、後輩君はやめておいた方が良いんじゃないかな?」

 

「客に気遣いは結構ですクリス先輩」

 

 もう知り合いの誰からもとんぬらの運は残念だと思われているのだろうか。不名誉である。

 

「俺は今日までこのエリス教の感謝祭のために頑張ってきました。オークションにわたあめなど提案してきたのはどれも大当たりしています」

 

「あたしもそれは話に聞いてるよ。やっぱりすごいね後輩君。君が新しい風を吹き込んでくれたおかげでいつも以上に賑わってるよ。本当にありがとう。……うん、きっとエリス様もすっごく感謝してると思うよ」

 

「ならば、もしここでくじを外すようなことがあれば、俺はエリス教のアドバイザーを辞退し、実家の神社でもエリス様を祀るのをやめにします!」

 

「ええっ!? ちょ、ちょっと待って!? どうしてそんな結論に至っちゃってるの!?」

 

「だって、もうどれだけ貢献しようとも運に見放されているのでは、エリス様に嫌われているんでしょう。……俺、どんなに崇めようとも女神に嫌われていては逆に迷惑なんじゃないかと」

 

「いやいやいや、そんなことないって。というか、そんな、たかがくじでそこまで重大決心しなくても良いんじゃないかな……!?」

 

「たかがくじではありません! 俺は本気です。ここに賭けているのはお金だけでなく、神主としての矜持も懸けているんです!」

 

 カッと燃えるように目を紅く輝かせたとんぬら。その手が差し出された三枚の札のうち一枚に伸びて――バシンッ、と捲る前にクリスの手で押さえ止められた。

 

「……何の真似ですか、クリス先輩」

 

「その札はやめておいた方が良いんじゃないかなー、って先輩としての助言だよ。うん! 選び直すべきなんじゃないかな後輩君」

 

 かるた取りで言えば、お手つきな状態。

 引き取ろうとしても、向こうも全力で体重をかけてまで押さえつけている。

 

「クリス先輩、これはいずれ神主になる者として指針を決めるための、そう、女神エリスの真意を知るための神明裁判なんです! 邪魔をしないでください! 俺はこの札にすべてを懸けたんです!」

 

「先輩命令、だよ」

 

「はい」

 

 にっこりと笑うクリス先輩。でも、その目は真剣(ガチ)だった。

 もう原因不明で逆らい難いオーラにあっさり屈服したとんぬらは別の札を選び、見事に“当たり”の札を取ったのであった。

 

「おおー、当たりだね後輩君! すごいじゃない! あたし、今日初めて負けちゃったよー。はい、これ賞金」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ささっと捲らずにとんぬらが手を付けた札とあともう一枚も裏のまま回収する。これで最初に選択したのが外れであったのかの真偽は闇の中に葬り去られた。

 

「うんうん、きっとこの結果はエリス様も君に感謝してるからだと思うな。そうだよね、後輩君?」

 

「は、はい、そうですよね」

 

「つまり、これからも君の神社はちゃんとエリス様も祀ること。いいね?」

 

 こくこくと頷く。

 無理やり感が半端なかったが、とんぬらは条件反射的に首を縦に振っていた。

 

 そして、店を出たとんぬらは勝利の凱旋に観戦していたゆんゆんとめぐみんに胸を張って、

 

「どうだ。これでわかっただろ、俺の運力はいざというときに発揮する逆境タイプなんだと」

 

「す、すごいなとんぬら! うん、クリス先輩に勝っちゃうなんてとんぬらすごいなー」

「いえ、今のはいくらなんでも無効でしょう。あれきっとそのまま引いてたらとんぬらの外れでしたよ」

 

 パチパチと拍手をくれて盛り立ててくれるゆんゆん。一方で冷静に突っ込んでくるめぐみん。

 

「勝ちは勝ちだ。うん、こういうのは結果が大事。そうだな、お祝いにわたあめでも奢ろう」

 

 いたたまれなくなってきたとんぬらはすぐにこの場を後にしようとして……そのとき、この区画内で一番広く場所を取って、設置された舞台の幕が上がった。

 

 

「――さあ、これから始まりますのは、我らがアクシズ教の総本山『アルカンレティア』で本当にあった出来事の再現! 仮面の王子様が、魔王軍幹部の毒にやられた少女を、キスで復活させる不朽のラブシーン、ゼスタ最高司祭が脚本を手掛けたノンフィクション劇です!」

 

 

 やっぱりアクシズ教から目を離したのは失敗だった……!


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