この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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80話

 とんぬら、紅魔の里を出てからのことを深く思い出す。

 

 女悪魔アーネスに深夜襲われ、攫われた。1回。

 大悪魔ホーストに森で襲われ、攫われた。2回。

 里帰りの道中オークに襲われ、攫われた。3回。

 第一王女に芸を気に入られて、攫われた。4回。

 王都襲撃犯の濡れ衣を被せられ、捕った。5回。

 上位神器の中に取り込まれて、攫われた。6回。New!

 

(……いや、アルダープの件はノーカンで良いだろう。あれは、捕まったのであって攫われたんじゃない。だから、今回のを入れてもまだセーフだ。自分でもよくわからない理屈だけど、ギリギリ片手(五回)で数えられるなら、セーフということにしておこう。自分の精神衛生上的に!)

 

 そうだ。まだ大丈夫。慌てるような展開ではない。

 魔法もスキルも封じられ、体調も万全とは程遠い。力尽くで抵抗しようにも急に金縛りにあったように一ターン休みを強いられる。手も足も出ないとはまさにこの事。流石は最上級の神器だ。

 しかもこの全身鎧、装甲の鉄板が炎天下の日射で熱せられているので中は街のどこよりもホットだ。我慢大会の優勝者でもないと耐えられない。何この拷問。小説で読んだ大泥棒ゴエモンが釜茹でされるのに対して、自分は鉄板焼きにされているのだろうか。

 

『おい、弱火でじっくりドラゴンステーキでも焼いてる気か! このまま俺をハンター試験な会場まで連行しようったってそうはいかない! 我慢大会で優勝したのは伊達ではないんだぞ!』

 

《うるせぇよ! 俺の中で唾飛ばすんじゃねぇ! どうせお前の声は外に漏れやしないんだ! 大人しくとっとと弱れ! そしたら解放してやるからよ!》

 

 最初は喚いて注意を引き付けようとしていたのだが、その騒音で見つかるわけにはいかないとこの聖鎧、音をシャットアウトしてしまった。マナーモードも搭載している多機能な神器である。

 しかもこの感謝祭、『仮装パレード』なんて案が通っているから全身鎧が街をうろついていても大して不思議がられることはない。それにこの『アクセル』には鉄仮面だけ装備して息荒げな青年がいるくらいなのだ。誰も気に留めやしない。

 

『舐めるなよアイギス。俺は一ヶ月真っ暗闇の洞窟の中で過ごした経験値のある男だ。この状況で三日三晩苦しめようともへでもないわ。観念するんだな! 俺を出したその時が貴様の年貢の納め時だ!』

 

《ファック! コイツの精神タフすぎるだろ……!》

 

 獅子身中の虫、もしくは目の上のたん瘤となりて『アイギス』の自由を妨害していれば、きっと捜索しているだろうクリス先輩とカズマ兄ちゃんが見つけてくれる。この状況も一日二日で解決されるはずだ。

 

(……となると、問題はゆんゆんだ)

 

 昨日、もっと自分を労わるようにと説教を受け、その後言葉を尽くしてどうにか神器回収に行くのを許してはくれたが、この攫…われた状況は、まずい。堪忍袋の緒が切れていても不思議ではない。

 悪魔を滅するための竜言語魔法を短期修得し、オークの里を容赦なく圧倒的火力で滅ぼし、マネージャーの羞恥プレイを受けてまで警察署に潜入しちゃうパートナー……今回も、暴走しそうだ。いや、帰ってきてない時点で、王都滞在を延長していた時のように許容度は振り切れているだろう。

 普段大人しいのに火が点いちゃったときの爆発力はすさまじい。どうなるかはわからないが、できれば行動を起こす前に自力でこの状況を脱したい。じゃないと、ゆんゆんが強引に聖鎧を掻っ捌こうとするかもしれない。そうなったら中にいるとんぬらもただでは済まない。

 

『(マウントを取って何度もガンガン『ライト・オブ・セイバー』を叩きつける想像図(イメージ)が浮かんできたな……うん、気分を切り替えよう)……アイギス、そういえば、あんたの前の主はどんな人間だったんだ?』

 

《あん? いきなりなんだよ》

 

『根競べに自信があるが、この状況は退屈だ。歌って踊れてお喋り好きなアイギスもじっと黙りっ放しだと飽きるだろう? だから、暇潰しに話し相手にくらい付き合ってくれ。そしたら、その間は騒ぐのをやめてやる』

 

《……お前。何か攫われてる状況に慣れてない?》

 

『誰しも人生に五回くらいは誘拐される経験はあるもんだ』

 

《ねぇよ。俺が言うのもなんだけど、お前、何、結構強そうなのに五回も囚われの姫ポジションやっちゃってるの?》

 

『自ら望んでいるわけじゃない。だから、そう俺のヒロイン属性が深刻になりそうな発言は止めろ。喚くぞ。口角泡飛ばすぞ』

 

《閉じ込められてんのに生意気な奴だなー。あと唾つけやがったらクリーニング代を請求してやるからな!》

 

『六……五回も攫われた経験から言わせてもらうと俺のパートナーには遭遇しない方がいいぞ。その傷ひとつないと言いながら実はよく見ると薄ら傷のあるピカピカボディに穴を開けられたくなかったらな。これはわりと真剣な忠告だ。……うん、そうなったら確実に俺まで巻き込まれそうだし』

 

《はっ! お宅の相方がどんなヤツかは知らねーけど、この歴戦な最高級神器のアイギス様を脅かそう相手なんてこの世に存在するはずがねーだろ!》

 

『一例をあげると、オークを絶滅危惧種指定の魔物にしかけた』

 

《なにそれこわい……まあいい。話してやるよ。前のご主人様のことだろ》

 

 この神器には自我があり、当然、記憶がある。

 

《鎧だって叩かれりゃあ痛いし、この格好良いピカピカボディにも傷がつく。俺の眼鏡に適うヤツじゃないと守りたくないのは当然だ。そう思うだろ》

 

『注文の多い聖鎧だな』

 

《これくらい当然の要求だろ。俺の中で汗を掻くのが可愛い女の子ならバッチこいだが、汗まみれになった野郎だったらペッと吐き出したくなる普通だろうが! 俺様はそういう使い手をきちんと選ぶタイプなの……で、話を戻すが前のご主人は剣士だった。最前線で戦うから俺様の性能を存分に発揮できる、そしてここが重要だが、俺の中で汗っかきなご主人様の肢体がムレムレ……ハアハア……最高の相性だったさ》

 

 こいつは汗フェチか。

 

『先輩から話を聞いていたが、随分と無双したらしいな。魔王軍と激しい戦いをして、主が病に伏すまで一度たりとも敗北をしなかった。……この世で最も頑強で、身につけたものに勝利をもたらす神器。その通りに。

 ……しかし、あんたが認めるほどの美人なご主人様だというなら、誰かいい男と結ばれて子供を作ってたりはしないのか?』

 

 ふと疑問に思ったことを口にした。

 神器は選ばれた者以外には本来の性能を発揮できない。しかし、神器所有者の血を引いていれば、その神器の力も引き継げるケースはある。

 例えばとんぬらの『パルプンテ』や、アイリスの『なんとかカリバー』。

 だから、貴族の多くが積極的に活躍している勇者候補を身内に取り入れてその血筋を当家のものにさせようとしている。なら、この上位神器『アイギス』の力を求める人物が多いのだからお相手は選り取り見取りでは?

 

《はああああ、そんなの俺が許すとでも思ってんの! ご主人様の純潔は、この聖鎧アイギスが死守したに決まってんだろ! ご主人様と世界の宝である俺様の魅力に釣られた有象無象はこの全身凶器で追っ払ってやったわ! おかげでご主人様は生涯独身さ》

 

『あんた、本当は呪われた装備だったりしないのか?』

 

《はあ、この聖鎧様になにを言ってやがる。だいたい、ご主人様はアンダインに嵌められて子供を作るどころではなかったからな》

 

『なに?』

 

《アンダイン家もアプローチしてきたんだ。ご主人様ではなく、伝説級の聖鎧である俺様を目当てにな。そんなの当然お断りだ。そしたら、向こうは一億エリスやるから譲れとか言ってきやがったからな。ご主人様は交渉のテーブルを蹴っ飛ばしてやったのさ。スカッとしたね。

 ……しかし、まあ、それで面倒なのに目を付けられた》

 

 勇者候補の血が流れる子供が力を引き継げるのであって、相手になれば貴族も神器を扱えるようになるのではない。

 力ではなくその希少な神器の価値だけに目が眩む者であるなら、その所有者だろうと容赦なく謀略に嵌めるのだろう。

 

《この聖鎧『アイギス』がご主人様に勝利をもたらせるのはモンスターとの戦いでのみだ。商売上手や口達者になれるわけじゃない。俗世に塗れてない純粋無垢な俺様は人間の政治の機微に疎い。ご主人様もどっか世間知らずで、抜けてるところがあったからな。あんな平然と客人に毒入り紅茶を飲ませるようなファッキン野郎がいるとは思っちゃいなかった》

 

『アイギス……』

 

 神器を持つ勇者候補の戦闘力は高い。しかし、勇者候補はどうにも世間慣れしていないというか、謀略には弱い。あのミツルギも一度魔剣『グラム』がアウリープ男爵の手に渡り、危うく大事な仲間二人を手籠めにされてしまうところだった。もっと世渡り上手であればあのようなことはなかっただろう。

 

《で、まあ、結局、泣く泣く手放す羽目になった。つーか、俺様自ら売り込みに行った。仕方がねぇ、俺の力は、怪我は治せるが、毒は無理だ。ここはひとつ、俺様の身を収めるからどうか勘弁してやってくださいってな》

 

 なるほど、それでこれほどの神器があの蒐集家の屋敷にあったのか。

 

《何度か俺様を着込もうとしたみたいだが、そんなのは絶対に許さないね。まあ、可愛いメイドさんに毎日ワックスで磨いてもらえるからコレクションに収まってやったがな! あははは!》

 

 鎧内に反響するその念話は、どこかこの空洞のように虚しくとんぬらには聴こえた。

 ひょっとすると、ゲームの払いでダクネス家に移すためにアンダイン家から出す際に大人しくしていたのは……なんて、感傷に浸ってしまう。

 

『あんた……性格はあれだが、鎧としては最高なのかもな』

 

《今更気づいたの? おせーよ。……つか、お前、怪我してるじゃねぇか。おいおいおい勘弁してくれよ。装備したヤツは無傷で楽勝が俺様のセールスポイントなのに、血の染みなんて内側についたらいわく付き防具になって最悪じゃねーか。ちっ、まだ出すわけにはいかないし、出血大サービスだ、癒し系な俺様の力を体験させてやる。これに感謝して俺のいる方角に向いて、朝昼晩一日三回崇め奉れ》

 

『本当に性格はアクシズ教に入っていても何ら違和感なく溶け込みそうなくらい残念だ』

 

 聖鎧の自己治癒機能の波動が、先の戦いでの負傷を癒していく。

 

『流石性能は最上級の神器。しかし、あんたが癒し系なのは大いに誇張があると思うがな。というか何が純粋無垢だ。それだけ濃いキャラしておいてぶってるんじゃねーぞ』

 

《くぅっ! こんな姑みたいに一々文句を付けてくるヤツに装備したのは初めてだ。この『アイギス』の鎧生の汚点になるなきっと! さっさと追い出して忘れたい!》

 

『こっちだって黒歴史だ! 人生の誘拐レコードを記録更新してくれて……穴があったら入りたい。鎧の中に閉じ込められてるけど!』

 

 そうして、しんみりしかけた空気を換気するように鎧相手に言い合いをする。

 そんなおかしな状況にとんぬらは内心で深く息をつく。

 

(こういうの、ものの本で読んだことがあったが、“すとっくほるむ症候群”とかいうのか?)

 

 まったく……こういう性格がちゃらんぽらんな奴ほど情が湧きやすいのを自覚しているというのに、余計な話を聞いてしまったせいで、ますますぶち壊しにくくなってしまった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「キングスフォード・ゼルトマン。通称ゼル帝。この私のお眼鏡に適ったこの子は、ドラゴン族の帝王となるべき定めの者よ」

 

 感謝祭最終日。

 三日目に団員が各々『これだ!』と思った路線で企画を出したけど、売り上げはあまり芳しくない。警察のお世話になって出店を撤退させられたり、また客たちから苦情が殺到したり、午後になるとアクシズ教団の店はほとんど閑古鳥が鳴いているような状況で、結果残るは赤字の山。一方、エリス教の方は順調に好評のようである。数多の書を出展させ知識を広める“コミケ”という企画が当たって、この感謝祭を大いに盛り上げているという。おかげで一気に差がついた。もうアクシズ教団参入は今年限りで、来年からは例年通りに女神エリス感謝祭の単独開催にしよう、と商店街の会長は言っていると聞いてる。

 これはもう野球に例えれば、コールド負けギリギリで最終回を迎えたようなものである。

 

 でも、こちらにはまだとっておきの“秘策”がある。

 

「みんなも知っているだろうけど、ドラゴンの素材はとても貴重よ。角や鱗、牙はおろか、血の一滴に至るまでそのすべてに相当な値が付けられるの。だから、きっとこの竜王になるゼル帝の素材は売れるわ」

 

 目をつけたのは、生え変わりの時期なのかどっさりと抜け落ちた羽。

 めぐみんも認めてたけど、このゼル帝の身体には多大な魔力量を保有している。その一部だから、この羽には凄い魔力が篭められているに違いない。

 

「このゼル帝の羽を50万エリスで購入して知り合いに売りつけるの! ひとり売りつけるごとにその人には10万エリスの報酬を与えるわ! だから、その知人にも参加しないか勧誘してみて、3人以上紹介できればボーナスとして報酬を1件15万エリスに引き上げてあげる! それで、自分が紹介した人が販売に成功したらそれにも1件5万エリスの報酬をおまけするわ!」

 

 確か、これでよかったわよね? まだ借金地獄から抜け出せなかったときにカズマがやり方を説明してくれたけど、この商売なら絶対に最初に始めたものが大儲けする必勝法!

 ……まあ、あまりに勝ち過ぎて揉めてしまうから、犯罪に……いいえ、大丈夫! まだこの世界の法整備ならやったもん勝ちだってカズマは言っていたもの。

 

「さあ、皆で広めればきっとエリス教に逆転できるわ!」

 

 おおっ! と気合を入れる信者たち。

 その様子に満足気に頷いてから、アクアは円卓から振り返って、見上げた。

 

「ゼル帝も、すごく……大きくなったわね……」

 

 もうこの教会の天井スレスレまで成長している、大きな大きなひよこ――じゃなくて、その身を体毛に覆われし極レアなフェザードラゴン(と推定)。これはもう二、三日経過したら屋根を突き破りそうな勢いの成長期。おかげで外に出してやれず運動不足が祟って、横に幅を利かせるようになってきた。ふくよかなのは良いけど、ちょっとこれは太り過ぎかもしれないと思い始めている。

 

「そうね。これ以上窮屈な思いをさせないように立派な竜舎を購入できる費用を稼がなくっちゃ!」

 

 羽を握り締めて、自分にも気合を入れるアクア。

 

 この体力と魔力が有り余り過ぎる彼女には些細な変化であるため気づかなかったけれども、その羽は何かを吸い上げていくように仄かに光りを強めていく――

 

 

 ♢♢♢

 

 

「カズマ、クリス、ちゃんと説明してもらえるんだろうな!」

 

 ドネリー家からの脱出は、熾烈を極めるものだった。

 屋敷の上空に響き渡った轟音に警備たちが気を取られてなければ、強行突破しても危うかっただろう。

 しかし、こうして無事に追手を巻いても、領主代行のダクネスに取っ捕まって説教。

 父の仕事を手伝っているときに限って、親しい知り合い連中が問題ばかり起こすから大変お怒りだ。

 今、カズマとクリスは上半身を縄で縛られ一緒に並んでダクネスの前で正座を強いられていた。

 

「アクアはアクシズ教団と傍迷惑な出店を始めるし、めぐみんは警察署内の留置所に拘束されてしまっているし!」

 

「ん? めぐみんもなんかやらかしたのか?」

 

「昨夜意味もなく街中で爆裂魔法を唱えたそうだ。どうしてこんなことをしたんだと幾ら問い質しても、『花火大会では結局魔法を放てずむしゃくしゃしてやった。私の爆裂魔法の方が綺麗だったし反省はしていないが弁償はする』などと意味不明な供述をしていてな。もう祭りが終わるまで預かってもらうことにした」

 

 やはり昨夜、ドネリー邸を襲った衝撃波の正体はめぐみんの仕業だった。

 

『あ、あの……。もしかして、そこにいるのは銀髪盗賊団の御三方ではありませんか?

 ははは、初めまして! いえ、実は初めましてではないのですがっ! 三人には一度王城でお会いしたことがありまして……。私、あなた方のファンを自称しております、『アークウィザード』のめぐみんと申します!』

 

 こっちは眠っていたので顛末はとんぬらから聞いたけど、警察に連れていかれたはずのめぐみんと、屋敷に突入前に出会っていた。

 その後で、まあ、ファンサービスなやり取りをしてから別れたのだが、めぐみんはどうやらその場にそのまま見守っていたようで、屋敷に明かりがついたのを見て、盗みが失敗したものと判断し、ピンチ脱却の起点になればと全身全霊の魔法を撃ち放ってくれたんだと思う。

 もちろん爆裂魔法を使えば魔力切れに陥り、騒ぎを聞きつけ駆け付けた警察に捕まったんだろう。

 悪いことをしたな、後で差し入れを持っていこうか。

 アクアは知らん。

 今はそれよりも最優先して当たらなければならないことがある。

 

「それよりダクネス! 大変なんだ!」

 

「ええい、何が大変だ! これ以上一体どんなことをやらかしたんだカズマ!」

 

「ダクネス、お願い聞いて……! 後輩君が……とんぬら君が神器に攫われちゃったんだよ!」

 

「何だとクリス……!?」

 

 そう、ミイラ取りがミイラになったというのとは少し違うが、とにかくとんぬらがあの忌々しい鎧に捕らえられた。

 この世界で最も頑丈な最高クラスの神器の聖鎧『アイギス』。それはこの世界の如何なる監獄よりも堅いに違いない。継ぎ目ひとつない全身鎧で、力を封じられる内側(なか)からの脱出はまず不可能。自分たちが何とかしなければ救えないのだ。

 

 カズマたちはダクネスに、とんぬらがどれほどピンチなのかを語った。

 

 力も使えず、身体の自由をも奪われ、この夏の熱い日射に炙られ熱中症になって弱っているかもしれない。一刻も早く救助してやらないと……!

 二人はそう訴えた。その訴えを聞いたダクネスは胸に手をやって、

 

「くぅ……! なんて羨ましい! とんぬらは、いつもいいとこ取りばかりするな! 私にもその幸運を分けてほしい!」

 

「ダクネス、ふざけてる場合じゃねぇ!」

 

 領主の代行と真面目な仕事をしていてもダクネスはドM変態(ダクネス)だった。

 でも、こんなのでも代々敬虔なエリス信者である大貴族の令嬢、この駆け出し冒険者の街の領主を務めるダスティネス家のご令嬢で、権力をもっている。

 

「お願いだ、ダクネス。あたしの失態で後輩君が大変な目に遭ってる。まさか『アイギス』があんな手段を使ってくるとは思わなかった。……先輩の私がもっとちゃんとしてたらこうはならなかったはずなのに。だから、ダクネス、後輩君を助けるために協力してほしい」

 

 正座をしながらもダクネスの方へ身を乗り出すように、精一杯の嘆願をするクリス。

 皆に愛され何でもこなせる完璧な女神であり、詰めが甘いせいでピンチに陥りやすいお頭。

 そんなちょっと頼りないけど努力家の大事な友人が、それまで独りでしてきた義賊の稼業に初めて誘いを持ち掛けたのが、とんぬら。

 幸運の女神として水の女神のやたら強い加護(不幸属性)を負っているのを気にかけていたのがきっかけで目を付けていて、それが今では上位悪魔の偽賊の一件で協力要請やエリス教の感謝祭のアドバイザーを依頼するなど、頼れる後輩になっていた。

 カズマのようにその正体が女神だと知られてしまったからではなく、ダクネスのように友人が欲しいと願われたわけでもなく、そう、クリス(エリス)が自ら手を伸ばして掴んだ“後輩”なのだ。

 それだけにクリスは責任を強く感じていて……それはカズマもまた同じ。

 

「ダクネス、俺からも頼む。考えがあるんだ。でもそれにはダクネスの協力が必要なんだ!」

 

 サキュバス(インキュバス)の催眠で気が大きくならされていたのを言い訳にできようとも、とんぬらにあんまりにも無礼なことをしてしまっていた。それでもあいつは最後まで見捨てずに手を貸してくれたのだ。

 最低なことをしても“兄ちゃん”と呼んでくれる……この頼れる弟分と、前の世界のように、近くにいるのに疎遠となってしまうのはイヤだ。

 だったら、これまでの格好悪いのを返上しなくてはダメだろう。

 ここで、利息をつけるくらいの勢いで借りを返しにいかなかったらウソだろう。

 そう、こうしてダクネスに説教される覚悟でここに望んだのは、アイギス捕獲及びとんぬら救出作戦のためだ。

 

「……まったく、そう頼まなくたって話を聞くさ。二人とも、私を誰だと思ってる。とんぬらも私にとっては身内も同然だ。ここで協力を惜しんだらシルフィーナに恨まれてしまうしな」

 

 腕を組んでいたダクネスの顔から呆れを含んだ笑みがこぼれる。

 拘束スキルの通用しない自由に彷徨う聖鎧ことアイギスを捕縛し、その継ぎ目がいっさいない閉鎖空間からとんぬらを救出する。

 その難問を二つクリアするために、カズマとクリスは考えた。そして、決めた。

 

「それで、どういう作戦なんだ、カズマ。一体どうやって攫われたとんぬらを救出する?」

 

「それはだな」

「――どういうことですか? とんぬらが攫われたって……」

 

 ――あ、と気づく。芒っと紅い光点が二つ、わずかに開いた部屋の扉の影から浮かび上がっていることに。

 きっととんぬらが帰らず、行方を探しにダクネスのところに赴いたのであろう少女は、こてんと首を傾げると淡々と問いかける。

 

 

「事情、話して、くれますよね、カズマさん、クリスさん?」

 

 

 ――怖い。超怖い!

 どうして、この『アクセル』にて、爆裂娘(めぐみん)は頭のおかしい変人奇人扱いで、この大人しそうな娘が、頭のアブない危険人物指定されているのか、ほんのり渦巻く闇(病み)の混じった紅の瞳を見て、震え上がったクリスと抱き合いながらサトウカズマはその理由を悟った。

 

 

 ♢♢♢

 

 

《――んん? 俺の美女センサーに感あり》

 

 また変なことをほざいたかと思ったら、己を抱え込んで彷徨う聖鎧はいきなりダッシュを始めた。

 

『いきなりどうした? そんな全力ダッシュなんて目立つ真似をすると見つかるぞ』

 

《俺の直感(センサー)が囁いている。絶対に見逃してはならない光景がこの先にあるってな!》

 

 そんな機能を神器に搭載しているはずがあるか、とツッコミたい。

 けれども、アイギスが向かう先には異変が……『アクセル』の大広場に多くの人が溢れかえるくらいに集まっている。

 

『エリス教団主催による今回の祭最終日のメインイベント! 第一回! ミス女神エリスコンテストを、ここに開催いたします!』

 

 設置された舞台上から司会が開幕を告げると、ステージ前に集まった見物客から盛大な歓声が湧いた。

 

 エリス教のアドバイザーをしてたけど俺はこんな企画は聞いたことがないぞ……?

 

 いくらアクシズ教打倒に一致団結していて、いくらか柔軟になろうとも、崇め奉るエリス様をダシにしたミスコンなんて、エリス様に対する冒涜だと抗議される案件だ。

 つまり、これを裏で糸を引いているのは……

 

《おおおおっ! なんて最高なイベントだ! 俺様の新しいご主人様を見定める絶好の機会じゃないかこれ!》

 

 見物に俄然乗り気なアイギスの様子に、とんぬらは確信を深める。

 なるほど、ミスコンなんてこの美女好みな聖鎧を誘き寄せるのに格好のイベントだ。これは、餌なのだ。

 街を彷徨い歩き、外へ出て行こうとすればとんぬらが鎧の中で手足を突っ張って全力で抵抗するが、今にも旅に出かねない貴重な神器。それを回収するために、この街中の美女を集める企画をしたのだろう。

 そう、説得したのだ。カズマ兄ちゃんとクリス先輩が。

 

『……ったく、本当に我の強い聖鎧様だな』

 

 渋々と付き合ってやるいった風に鼻を鳴らすとんぬら。

 このミスコンが、二人が考えた作戦ならば、乗らなくては。ただし、これが罠だとアイギスに気取らせないように。

 

『抵抗するにも疲れたし、ここらで小休止としないか』

 

《いいぜ、その停戦協定にのった!》

 

 それほど難しい作業でもなかったけれど。高ステータスで思考能力はあっても、授けた女神様と同じように知能指数は低めで欲望に一直線な上位神器である。

 

『それではまず、最初の方となりますが……。お名前と年齢、そしてご職業の方をお願いします!』

 

 

 そして、始まったミスコン。

 目立つ全身鎧でステージ最前列に行ったらまずいと考える理性だけはあるようで、至極残念そうにしながらも路地裏の陰に、大きなローブを被って身を潜めながら美女たちを眺めるアイギス。と、その中にいるとんぬら。

 

《ありゃあキツめの性格をしてそうだ。だがスタイルは良いな、着やせするタイプと見たね》

『確かに性格はきつそうには見えるな。着やせするかどうかは……まあ、水着審査がないようだし浮き出たボディラインから推察するしかないな』

《ファック、何でそんな大事なもんを審査に入れてないんだよ、ミスコン企画者!》

『堅物なエリス教徒がミスコンを開催するだけでもすごいことなんだぞ。一体どう説得したのか俺も知りたいところだ』

 

 

 ――はい、ありがとうございました、ソニアちゃんでした! いやー、また素晴らしいバストの持ち主でしたね! しかし、この次もご期待ください! この大会は徒ても素晴らしいナイスバストの持ち主が集まってきてます!! さあ、張り切ってどうぞー、我らが『アクセル』の治安を守る検察官のセナちゃんです!!

 

 

《おいっ! 見ろよアレ、お堅いスーツ姿にくっきりボディラインが浮き上がってるとか反則だろあんなの! 検察官だけど自分の身体を取り締まるべきだろ!》

『誰が相手でもぶれないよなあんた。俺としては昨日の今日で少々気まずいんだが……でもまあ、イベントで人前に出れるくらい持ち直してくれてるようで何よりだ。ちょっと吹っ切れてる感はあるけど』

《どうして水着審査を必須にしなかったんだよ主催者! 生肌を拝ませろー!》

『いい加減に念話で汚いヤジを飛ばすな。ほれ、次の売り子のお姉さんは、あんたお望みの水着姿のようだぞ』

《うひょー! 大丈夫なのかそんな無防備な格好で! まあ夏だから水着になっても問題ないけどな!》

『商店街からの発案だそうだが、出店の売り子は水着だと義務付けられている。熱中症対策だとか、打ち水をしても平気な格好だとかで』

《賢いなその発案者。熱中症対策ならしょうがないよ、だって危ないしな》

『どこかの聖鎧様に俺は現在進行形で熱中症にして弱らそうとされているんだが』

 

 

 ――続きましてはこの御方! 皆さんご存じ不憫が似合う薄幸店主! 最近お店は儲かってるけどその店主が自由に使えるお金はないだとかで、お小遣い稼ぎにこの大会の賞金目当てで参加しました! ウィズ魔道具店の店主さんです!

 

 

『ウィズ店長……いや、店のお金を任せたら破産しかねないが、小遣いも与えんとか徹底し過ぎだろバニルマネージャー』

《おい、レベル高えな抱き締めてえ! 抱き心地良さそうなあのお姉ちゃんを抱き締めてえよ! もしくは中に入ってもらいたい! すぐにこいつとチェンジしてくれないかなあ! でも魔法使い系にしか見えないな、残念ながら職業の不一致かあ。ちくしょう、あのお姉ちゃん前衛職にジョブチェンジしねえかなあ》

『戦士職だろうとウィズ店長は(リッチーの)体質的に聖鎧の中に入るのは無理だ。逆に滅される。あと俺も魔法使い系だからな』

《お前みたいな魔法使いがいるか。魔法を使わずに全身鎧を抑え込むとか何ふざけてんの?》

 

 

 ――さあ続いては……。おっとサキュバスのコスプレをした参加者たちだ! 女神エリスコンテストと銘打っているのに、中々の度胸をお持ちの……お嬢さん……方……

 

 

《ひょおおおおおおおーっ! ちょっと、ねえなに? あれ何なの、レベルが高いのが三人もいる! 右のお姉さんと左のロリっぽい子も捨てがたいけど、ど真ん中の美女は何なわけ!? 俺あんなの見たことねえ! 悪魔! 悪魔っ子! 小悪魔通り越して悪魔っ子だよアレは!》

『兄ちゃん……これ、私情もだいぶ混じってるなー。まあ、らしいけど。……それに、あの真ん中は……』

 

 

「さあ皆様、今までの参加者ではさぞかし退屈だったことでしょう……。不肖この私が、今からこの薄絹を脱ぎ捨てて、めくるめく官能の世界にお連れしましょう……!」

 

 

《ファックファック! どうして、俺にカメラ機能が搭載されてなかったんだよ!》

『普通に防具には不要だからだよ。自我を持ってるだけでも相当変だからなあんた。それに、アレ、サキュバスじゃないぞたぶん』

《はあ? あのサービス精神旺盛でドエロい本家サキュバスクイーン様に向かって何言って》

 

 

「華麗に脱皮! フハハハハハ、通りすがりのサキュバスクイーンだとでも思ったか? 残念、ウィズ魔道具店のバイトでした! おお、会場中の特上の悪感情、美味である美味である!! ウィズ魔道具店では現在相談屋も行っております! お困りの際にはよろしくどうぞ!」

 

 

《ふざけるな! 俺の純心な期待を返せ! ファック! ファック! ファックッ!!》

『あー、やっぱりな。バニルマネージャーがこの美味しいイベントを見逃すわけがない』

 

 

 ――物を投げないでください! お客様に申し上げます、気持ちはわかりますが物を投げないでくださいっ!

 さ、さあ、続きましては本日の優勝候補のひとりです。この街に住む皆さんなら、既に知らない方はいないでしょう! ある時は冒険者、またある時は我慢大会準優勝者。そして今。女神エリスコンテスト出場者として参加されるのは、大貴族ダスティネス家のご令嬢、ダスティネス・フォード・ララティーナ様です!

 

 

《ファーッ! いいじゃんいいじゃん凄くいいじゃん! 綺麗な顔したエロバディ、しかも貴族令嬢ってか!? ポイント高えなおい!》

『なんだ、ダスティネス家に預けられていた時に会ってなかったか。まあ、感謝祭を仕切るのに忙しくてなかなか屋敷に帰られてないようだからな』

《マジでそうなの!? くそう、青い鳥ってのは身近なところにあったのか!》

『ダクネスさんは、上位騎士職の『クルセイダー』だ。聖鎧様のお眼鏡にもかなうんじゃないか?』

《うん、これまでで一番の高得点は間違いない! 俺のご主人様はあの子がいい! あのエロバディには絶対傷なんてつけさせないから!》

『でも、ダクネスさんにはすでに『鎧の魔剣』というあらゆる魔法に絶対の耐性を持つ鎧を持っているんだよな。それも掛け声を合図に一瞬で換装するという格好良いのが』

《はあ、ふざけんなよ! この伝説の鎧である『アイギス』様よりも上等な鎧なんてこの世に存在するはずがないだろ! 歌って踊れるようになってから出直せ!》

『歌って踊れる機能は鎧には不要だ』

 

 

 ――では、あらためまして! もう知ってはいるのですが、お名前と年齢、ご職業の方をお願いします!

 

「……ダスティネス・フォード・ララティーナ……。歳は18、仕事は領主の補佐を……」

 

「ララティーナ! もっと大きな声じゃないと聞こえなーい!」

「お嬢様、今日はまたお綺麗な格好ですね!」

「いつもの鎧はどうしたんだよ、でもその格好も可愛らしいぞララティーナ!」

「いいぞララティーナー! そこだ、自慢のバッキバキに割れた腹筋を見せつけろ!」

 

 

『あれ? なんか今兄ちゃんの声がしたような……。まあ、本当に人気者だなダクネスさん』

《割れてるのか腹筋。いやしかし、それもなかなか……、でも『クルセイダー』……。くそ、よりにもよって『クルセイダー』かよ……。でもなあ、外見は好みなんだよなあ、あの顔真っ赤にして涙目で観客を睨みつける顔なんてすごくそそる。あれ以上のがそうそう出て来るかなあ……》

 

 

「領主補佐様、もっとサービスしろー」

「そうだそうだ、サービスしろー!」

 

 

《姉ちゃん、水着は着ないのか水着は!》

 

 

「領主補佐様、スカートのすそを持ち上げてみようか」

 

 

『おいあんた。今交ざってなかったか?』

《今一番のお気に入りの娘にエールを送っただけだよ。このビッグウェーブに乗ったんだ》

 

 

「もういっそのこと脱げーダクネス!」

 

 

『うん、やっぱりこの声は兄ちゃんだな。いつも通りに調子に乗ってるなー』

 

 

「そうだ、脱げー!」

「領主補佐様、脱げー!」

「脱ーげ! 脱ーげ!!」

《脱ーげ! 脱ーげ!!》

 

 

 ――乱闘騒ぎになり、ミスコン一時中断する。

 

 

 ♢♢♢

 

 

《こりゃあ楽しくなってきたな、あの姉ちゃん強いじゃねーか! 美女と喧嘩は祭りの華だ、俺も何だか血沸き肉踊って来たぜ! 燃え上がれパッション! 光り輝けマイボディ!》

『よし、じゃあ俺をここから出せ。あんたお望みの喧嘩をしてやる。神主の格闘スキル秘伝『雷鳴豪断脚』でべっこべこに装甲を凹ませてやるから』

《お前、やっぱり魔法使いじゃないだろ。前のご主人様並にバリバリ前線で戦えるだろ。神器で超重量な全身鎧の俺様を力ずくで押さえつけるとか普通じゃないから》

『魔法使いであろうと、必要とあれば白兵戦を挑むし、前衛の壁役をこなしたりすることもあるだろうさ。この世界には大の男をワンパンKOできる第一王女もいるんだ。これくらい常識の範疇だ』

《いやそれはおかしい》

 

 現在、観客席では悲鳴と罵声が飛び交っている。

 脱げコールにとうとうキレたダクネスが、客席に飛び込み冒険者達へ襲い掛かったのだ。筋力や頑健さ肉体的なスペックでは最上位の『盾の一族』のハイブリッドは、素手同士の喧嘩となると滅法強い。あまりの不器用さに武器の扱いがてんでダメなだけであって、並の冒険者を一周してしまえるだけの能力があるのだ。

 ひょっとすると、モンスター相手でも素手で殴りかかった方が攻撃は当たるしいいかもしれない。

 

《にしても、さっきから冷静に批評してるなーお前。もしかして、おたく、その若さで枯れてんの?》

『生憎と枯れてない、むしろ溢れ出しそうなくらい満ち満ちている。この前もサキュバスらに香ばしい精気が薫ると寄り付かれたし……。……に処理してばっかりだというのに』

 

 この街の有名どころの美女は色物しかいないとはいえ、アイギス好みのイベント。

 ここでうまいこと先輩たちに捕縛されたいのだが、あと一押し……それがなければ、強引にでも――

 

 

 ――さて、会場の混乱も収まったことですし、最後の参加者に登場していただきましょう。

 

 

 なに……?

 アイギスのご要望に最も当て嵌まるだろうダクネスがミスコンのトリではなかったのか?

 

 舞台を見る。

 会場の混乱が収まると、気を取り直した司会者がステージの袖を大仰に指し示すと――純白のドレスに身を包み、クリスの花束(ブーケ)を胸に抱く少女がステージに上がる。

 顔がわからないように薄絹が隠されているが、しかしそれは誕生日にプレゼントした『シルクのヴェール』……――間違いなく、彼女だ。

 そして、その出で立ちは、女の子の憧れる姿のひとつたる、花嫁衣裳――ウェディングドレス。

 

《イイ身体してる。それに若そうだし、実に将来有望だな。顔が見えないがアレは相当可愛いなきっと。しっかし……こりゃ随分気合の入った格好してるが……》

 

 そうだ、ミスコンの趣旨には合わない。観客たちも静まり返っている。

 でも、彼女はその格好で出た。

 きっとヴェールで覆われて隠れているその表情は、恥ずかしそうに目と顔が真っ赤で、いっぱいいっぱいだろう。いずれ里の長になろうが、あれだけの注目に慣れていないのだから。容易に想像できる。

 でも、彼女は人前に出た。

 

 

 ――では、お名前と年齢、ご職業の方をお願いします。

 

 

 司会者の問いかけに、すぅっと息を吸ってから、ビシッとポーズを決めて答えた。

 

 

「我が名はゆんゆん! 結婚のできる十四歳! いずれとんぬらのお嫁さんになる者!!」

 

 

 紅魔族流の名乗り上げを、言い切った。……まったく、これはまた後日思い返すだけでこっぱずかしくなって煙を噴いて沸騰しそうなくらいの黒歴史を作ってくれた。これを失敗したらもうしばらくの間引き籠るんじゃないかってくらいの大自爆っぷり。

 本当に気が早くて、困った婚約者(パートナー)だ。

 

『……――アイギス、急用が出来た』

 

《あん?》

 

『怪我の治療してくれた義理立てに教えておいてやる。これから舞台に飛び入り参加するがきっとこのミスコンは、あんたを釣るためのエサだろうから、そうなれば捕まる』

 

《はあ!? なにそれ――つか、何する気だおま――》

 

『全力で抵抗するならしてみろ。――だが、今の俺たちをそう易々と止められるとは思うなよ?』

 

 

 ――なにせ、あんな独り(ボッチ)で舞台に立つ花嫁(ゆんゆん)を、放置できるはずがない!

 

 

 ♢♢♢

 

 

 真面目なエリス教徒たちが幸運の女神様をダシにしたミスコンなんてやりたがるわけがない。当の女神様は『別に、名前使われるくらい構わないんだけどねえ……』と了承してくれているけれど、どうしてもエリス教の権威回復しなければならない状況ならとにかく、現在、エリス教は大成功を収めている。このまま感謝祭を終えれば例年以上の盛り上がりを見せたと皆に評価されるのだから、この最終日は手堅く守りに入っていた。

 神器回収のことについて大っぴらに話せるわけがないので、ダクネスを説得したようにはいかない。

 

 そこで一計を案じた。

 

 これは、ミスコンではない。それを隠れ蓑にしたサプライズ。

 そう、このイベントの真の趣旨は、デモンストレーションであると。

 エリス教の大々的な結婚式の宣伝だ。

 元々、この『アクセル』は、『女性の婚期を守る会』なんてのができるくらいに男女のお付き合いが乏しい街だ。だから、バァーッとこの祭りの最終日に派手に、皆の記憶に残るような結婚式的なイベント(仮)を挙げれば、この結婚率の低い街のアピールにもなるのでは? とプレゼンをすると、渋い顔だったエリス教のお歴々は表情を変えて何度も頷いてくれた。

 そして、モデルになるのは、エリス教の感謝祭に多大な貢献をし、『アクセル』の平和を何度となく守ってきて先日も魔王軍の諜報部からの刺客より街を守ったとんぬらとゆんゆんだ。

 もう結婚するのが将来の確定事項な付き合いをしているだけでなく、街のエースとして顔が広いし、数多くの冒険者をクエストのピンチから助けたりしているので慕われている。宣伝効果は抜群だ。

 アクシズ教団にも伝説を作っちゃってるバカップルの片割れ(ゆんゆん)が、この案に顔と目を真っ赤にしながらも二つ返事で頷いてくれたこともあって、エリス教団からゴーサインをもらうことができたのだ。

 

 まあ、とんぬらの方はもうぶっちゃけアドリブであるが、絶対に来ると確信があった。思考パターンが自分(カズマ)と似通ってるアイギスならきっとこのミスコンをどこからか見ているはずだし、ステージ上のゆんゆんの盛大な告白(アピール)を耳にすれば、聖鎧の妨害を振り切ってでもこの表舞台に行こうとするはずだ。そうなればきっと目立つ。見つけることができる。『アイギス』をひっ捕らえるための投網の準備はできている。

 

 また、もう一パターンも用意している。

 

 もし、アイギス(とんぬら)が、このステージ上まで来れた時、この『アクセル』の支部長が祝福をするために、舞台脇でスタンバっているが……

 

(頼んだぜ、お頭。いや、エリス様――)

 

 

 ♢♢♢

 

 

《ハッ、好き勝手にはさせねーよ! 伊達に聖鎧『アイギス』さんと呼ばれた俺じゃねーぜ、その昔、ご主人様と共に巨大なモンスターと押し相撲で寄り切って青天にさせてきて戦場においては生涯無敗!》

『だがそのご主人様のいない単品のあんたと、俺たちが負けるはずがない!』

 

 ゆんゆんの自己紹介に舞台上へ注目が集まる最中、ぎこちない動きながらも観客席の後方から一歩一歩着実に踏みしめながら前進する全身鎧姿の男。

 ガッシャンガッシャンと騒々しい足音。そして、素人目でも胸が高鳴りを覚える、完成された芸術品の如き聖鎧。

 何事かと振り返った観客たちは、その行進にハッと息を止めて目を大きく瞬きも忘れる。

 

 

「――道を空けろー! 花婿のお通りだー!」

 

 

 どこからともなく聴こえてきた声に反応し、この怒涛の展開に頭が追い付かずボケっとしていた観客たちは空気を読んで左右に割れて花道を作る。

 聖鎧と中の人がせめぎ合い、そして、押し切ってステージ上へと進む。

 

《かぁっ! これ、ステージ上に行かないと空気読めない奴になるじゃん。――でも、取っ捕まるんなら俺様は全力で抵抗する!》

 

 金縛り。幾度となくとんぬらの行動にストップをかけ、自由を奪ってきたアイギスの手段。認められない人間が無理に装備をすると働くペナルティだ。

 しかし――

 

『言っただろ? 俺達は止められないって!』

 

 そのとき、フライングに花嫁がブーケを高々と投げ(トスし)て――花束の中に隠れていた光放つタクトを頭上に掲げる。

 

 

「『速度増加』! 『筋力増加』! 『体力増加』! 『魔法抵抗力増加』! 『状態異常耐性増加』!」

 

 

 聖鎧『アイギス』。その絶対防御な防護性は害のある魔法は遮断するが、支援魔法は通過する。

 そして、ゆんゆんは花嫁のヴェールを上げて、最後にもうひとつ。

 

「――『本能回帰』、にゃん」

 

 シルクのヴェールの下には、猫耳バンドを付けた彼女に、猫耳神社神主なとんぬらはリミッターを外れる勢いで漲ってきた――!

 

 熱風の如きエネルギーが、全身に行き渡る。身体中の血液が入れ替わるような興奮。身体中の細胞が生まれ変わるような歓喜。暴力的な衝動が喉元まで込み上がってきたが噛み砕いて飲み込んだ。暴れ狂おうとする手足を完全に統率し、己が意思をその一点に定めた。

 あと距離は10m。そこで己を信じて待つ少女が1人。最高の応援(エール)を頂戴した今、阻む障害などない。

 

「今、行くぞ――!」

 

 上昇した抵抗値でもって金縛りを振り払い、片膝が地面につくくらい深く曲げて前屈みになり、両手も地面につく。外骨格な聖鎧が逆ベクトルで抵抗するも、火事場の馬鹿力は止められない。まさに力業。

 

《お、お前、この力は……!》

『意外と軽いな、あんた』

 

 負荷軽量化の機能が発揮できていない以上、『アイギス』の全身鎧の素の重量は軽く百kg強と推定したが、今のとんぬらにとっては布の服と変わらない。そうしてバネを溜め込んでから――爆発的な勢いで解放。ステージへ跳躍。着地。その勢いにステージ上を僅かにブレーキ痕をつけて擦るも、確かに婚約者(ゆんゆん)の前へと馳せ参じた。

 

 

(よし、今だ――!)

 

 その光景を見たカズマは、爆発ポーションの花火を空に打ち上げて――炸裂。

 突如、真上に轟き木霊する爆発音に、集まった観客たちの意識が、一瞬、上にそれたその瞬間――

 ステージ上、主役な二人も目を疑うような“御方”が登場していた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 遠く、街の中央より震撼する花火の音は、この郊外にあるオンボロな教会にまで響いていた。

 

 ――ピヨ!

 

 騒音に目覚めてしまったからか、それとも、あちこちにばら撒かれた羽からもう十分量の魔力を溜め込めたからか、その建物を占領していたそれは、ついに立つ。

 まるで卵の殻を破るように、教会から突き出た巨大な巨大な、ひよこ。

 とある女神よりいずれドラゴン族の帝王になると定められたそのひよこは、たった今、花火が打ち上げられた方角へとその嘴を向けた。


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