この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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9章
82話


 空を飛び交うウミネコが呑気に鳴いている。

 白い雲、青い空、そして、見渡す限りの広い海――

 

 が、ここで行われるのは辛く苦しい研修だ。海水浴じゃない。

 

「海の魔物は強敵揃いで、しかも触手系のモンスターまでいると聞く! そんなけしからんモンスターは、私が身を呈して退治してやる!」

 

 逃すわけにはいかないこのイベント、と。特別何かやらかしたわけではないが、連帯責任だとかでパーティに同行したダクネス。

 

「その格好で、やるのか?」

 

 あまりにも問題だらけなので思わず訊ねたが、カズマの前に現れたダクネスの格好は、かなりキワキワで真っ白なビキニ。

 なんて、きわどい水着だ。ここ最近まで堅苦しい領主補佐の事務仕事に缶詰めになっていたからの反発もあるのか、かなり開放感のある水着姿。かつて雪精討伐で、幹部ベルディアに破損された鎧を修理に預け、防寒具だけで『冬将軍』に挑もうとしたときと同じパターンだこれ。

 本当に、普段は鎧で隠されていた豊満な肢体が申し訳ない程度に覆われているのみで、これと触手系のモンスターに絡んだらかなり危ういんではないだろうか、とそんな展開を想像(妄想)し――いや、ないとカズマは一秒で考え直した。

 

「問題なんて何もなかったな。ありがとうございますダクネス様」

 

「何故礼を言う。それに何故敬語になるんだ」

 

 ダクネスの身体は素晴らしく……頑丈だ。鎧がなくても問題ない。

 で、カズマは視線を後続に現れた小柄な人影へ向ける。

 

「しかし、それに比べて……」

 

「おい、今チラッと私を見たが、何か言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」

 

「その水着って子供用?」

 

「よし、その喧嘩買おうじゃないか! 紅魔族は喧嘩を買うのです!」

 

 子供用ワンピースのような水着に身を包むのはめぐみん。色気があるかはさておいて、大変よく似合っている。

 

「カズマの目は節穴ですね。これは子供用ではなく、この日のために用意した最高級品なのですよ」

 

「子供用はサイズがぴったりだったのだが、デザインが嫌だと駄々を捏ねてな」

 

「おっと、カズマだけでなくダクネスまで喧嘩を売りますか……。良いでしょう相手になります! 私の足元には焼けた砂、この意味が解りますね?

 ――食らうがいい、我が新魔法を!」

 

「熱、痛っ!? ――どこが新魔法だ! 焼けた砂をぶっかけてくるだけじゃねーか!

 

「ふ、甘いなめぐみん。『クルセイダー』であるこの私にこの程度――あひゃ!? 焼けた砂を水着の中に入れるのはやめてくれ! 痛痒い!?」

 

 爆裂魔法の日課は変わらず続けていたし、ここ最近お淑やかになってようで、根っこのところは変わってない。

 感謝祭からどうにも沈んでいたように見えたが、気のせいだったか?

 

「カズマさーん、ほら見て、ゼル帝が泳げるように――きゃー!? 溺れちゃってるー!?」

 

 で、早速海に突入して、慌ててひよこを抱いて帰って来たのは、珍しく水着姿のアクア。陽を浴びて、青い髪は淡く輝き、健康的な青い水着と相まって、その外見だけは水の女神のような美しさである。本当に見た目だけは。

 

「ひよこが泳げるはずがねーだろ。カモじゃねーんだぞ」

 

「だって、小さいころからスイミングに通わせると健康で丈夫な子に育つって言うじゃない」

 

 ゼル帝が生まれてから母性に目覚めたかと思えば、頭のバカさ加減は変わらないこの残念さ。ひよこ一匹にあたふたしてるのを見ると、何か色々と台無しである。

 

「せっかくの海なんだから……こう、もっと色気みたいのを出せよ」

 

 もうグダグダである。

 修行というか夏合宿に小旅行に来たようなノリだ。

 こうして、『アクセル』でエースに次ぐ活躍をしていながら、最も危ういパーティが集まったのを見て、軽い感じのアロハシャツに海パン姿な仮面の少年が手を叩く。

 

「じゃ、全員、揃ったな。ギルドのお姉さん、ルナさんよりお願いされて、この一週間、兄ちゃん達を、苛め抜く講師を仰せつかったとんぬらです。みんな顔見知りなんで自己紹介は略します」

 

 とんぬらの隣のポジションにはいつものように嫁……三歳年下(めぐみんと同年代)とは思えないプロポーションをしているゆんゆんが、腰にパレオを巻いて羽織っているパーカーの前のボタンをきっちり閉じるというガードの固い格好をしているが、その反対側に並んでいるウィズ……

 そのダクネスに勝るとも劣らないダイナマイトなボディで、スリングショットに近いデザインの、へそや腰、胸の谷間が大胆に露出した、いろんな意味で守備力はないに等しい危ない水着。

 『氷の魔女』……現役時代を彷彿とさせるその格好でカズマへ前かがみにピンと立ててウィズは言う。

 

「立場上厳しくいきますからね、皆さん、カズマさん?」

 

「ありがとうございますありがとうございます!」

 

「どうして拝んでいるのですか!?」

 

「今日は幸せだな! なんていうか、ここ近年の中で一番幸せかもしれない。水着姿が似合ってて眩しいな。健康的な色気があるよ」

 

「あ、ありがとうございます……。リッチーな私が健康的な色気というのもおかしな話なんですが、あはは、賑やかな研修になりそうですね」

 

「おい、私の時の反応と随分違うじゃないか?」

 

 めぐみんが軽く脇腹に肘を当ててくる。

 

「しかし、ウィズが講師とは……店の方は大丈夫なのか?」

 

「ええ、バニルさんが切り盛りしてますから。むしろ、いない方がいいと笑顔で送り出されて」

 

 そうなんだろうけど、それはオーナーとしてどうなんだ。

 

「私も講師のバイト代をもらえないと、今月の食事代もままならないもので……このままでは晩ご飯が砂糖水に……」

 

 小遣い制限されているウィズは店のお金が使えない。紅魔族製のパスワードロック式金庫だから、魔法で開けるわけにもいかない。

 

「あれ? でもこの前ウィズ、ミスコンに出てたから出演料貰ったんじゃないのか?」

 

「はい……。そのお金は新しく買い占めちゃって魔道具に費やしちゃって……あ、カズマさんどうです? 強力な雷撃を封印してある球なんですが、凶悪な魔物も気絶させることができる威力です。凄い性能ですよねこれ!」

 

「ただし、両手で握ってないと発動せず、放たれた雷撃は前には飛ばず真下にしか落ちないという、普通に使ったら自爆芸必死な魔道具だ」

 

「はい、結構です」

 

「そんな……! とんぬら君、もっとその他に紹介の仕方はなかったんですか」

 

「バイトを責めるのを間違ってますよウィズ店長。あとでクレームが来ないようにきちんと説明責任を果たしたまでです。というか、こんなのばっかり購入するから、バニルマネージャーから“商才が腐り果てている”とか言われちゃうんです。ロザリーさんからも道具を選ぶセンスは解呪不能だと匙を投げられてますし」

 

「そんな呪いですか、ロザリー……!?」

 

 お店に金はあるはずなのに、極貧に喘いでいるウィズ。でも、これも彼女の浪費癖を防ぐためなのだ。

 中心部で偶にバチバチと弾ける光が見える透明な球を残念そうにしまうウィズ。

 

 その反対側で睨み合うめぐみんとゆんゆん。紅魔族のライバル同士。

 

「めぐみん、今日は私も講師のひとりよ! ビシバシいくから! ち、ちゃんと言うこと聞いてもらうわ!」

 

「ゆんゆん、紅魔族随一の天才であるこの私に、一体何を教えるつもりなのですかっ?」

 

「魔法の制御とかいろいろよ!」

 

「ほう、ここにいるのは神聖魔法の腕に関してなら『アクセル』随一のアクアと、紅魔族随一の魔法の使い手であるこの私です。ゆんゆんは、その私達にいったいどんな講習をしてくれるのでしょうかねぇ? さぞやためになるお話なのでしょうねぇ?」

 

「そんな無茶ぶりされても……!?」

 

 カッカしてるなーめぐみん。

 仕方があるまい。里一番の魔法使いを自称しているめぐみんが、同い年で同郷の魔法使いの講義を受けるのだ。ちっぽけなプライドが傷ついただろう。

 ついでに、ダクネスやウィズ、それにアクアやゆんゆんに囲まれてひとり起伏の足りない肉体的にもいらだつのも無理はない環境である。

 

「魔法制御に関してならば、ゆんゆんはアクア様やめぐみんよりも上だぞ」

 

 ウィズと話し終えたとんぬらがめぐみんの方を向く。

 

「大目の魔力を注ぎ込めれば魔法は安定するから、平均より桁外れな魔力量を持つアクア様やめぐみんに魔力制御なんて大して必要のない技術だ。普通なら」

 

「そうでしょうそうでしょう! 最強の私に今更研修など必要ないのです!」

 

「が、爆裂魔法なんて放つだけでもその桁外れな魔力量がすっからかんになる、とても大目に注いで安定させる力業が無理な魔法を扱うめぐみんは例外だ」

 

 ポン、と肩に手を置くとんぬら。その表情は、笑っているのに背筋震える、怖い笑みだ。

 

「と、とんぬら……?」

 

「あんたが街中で爆裂魔法をぶっ放したと聞いた時は肝が冷えたぞ。何といっても爆裂魔法は魔力暴走を起こすと街を消し飛ばしかねないからな。だから、魔力制御の鍛錬は地味だが欠かさずしておけと前に忠告しておいたはずだが、めぐみん……やってないだろ?」

 

 つい、と視線を逸らすというなんとも分かり易い態度を取るめぐみん。

 

「や、やってますよ何言ってんですかとんぬら! 毎日爆裂魔法をぶっ放して、様々な工夫を盛り込んだりしてますよ!」

 

「一日一回だけで、こなした回数だけ熟練度が上がる魔力制御の訓練になるか。紅魔族は細かな魔力制御が苦手な種族だからな。魔力制御は才能ではなく努力がものを言う。それにどうせ、レベルが上がって魔力量が増えているはずの今でも爆裂魔法でからっけつになってるめぐみんだ。加算されたスキルポイントも全部、各種爆裂魔法系の威力向上スキルに注ぎ込んでんだろ! 昔にレベルが上がれば最大魔力が増えて爆裂魔法の後でも他人に迷惑かけないで済むとか主張していたが、全然ダメだろうが!」

 

 流石、同郷の問題児を理解していらっしゃる。

 

「だから、無駄のない安定して爆裂魔法ができるように、魔法を使わなくても制御訓練できる『吸魔石』を分けたはずだろ。あれがあれば爆裂魔法を放った後で少ない魔力でも制御訓練にもなる」

 

「あれはその……」

 

「ああ、あの石、前にクエストで全部“劣化エクスプロージョン”だとかで全部ばら撒いていたぞ」

「か、カズマ!? どうして今そのことを話すのですか!」

 

「おいコラ。『吸魔石』は、魔法使いの必需品で、安くない、と注意して渡したはずだろめぐみん。使い捨てオモチャじゃないんだぞ」

 

「とんぬら……ですから、私の爆裂魔法に『吸魔石』に溜め込める程度の魔力量ではとても賄えないのです。せめて私が全魔力を注ぎ込んでも爆発しない代物でないと」

 

「そんな『吸魔石』があるか普通」

 

「そ、それにですね。今の私には爆裂魔法の後でも任せられる……仲間たちがいますから」

 

 恥ずかし気に、チラとこちらへ目をやり、そう呟くめぐみん。

 これにはカズマも頬を無性に掻きたくなるくらいこそばゆくて、ダクネスもアクアもニマニマと笑っている。

 ――しかし、この同郷の少年はそれすらズバリと切る。

 

「……そうだな。昔、『ずっと一人で大丈夫』だとか孤高を気取ってボッチだっためぐみんの口から、そのような発言が出てくるとは、嬉しいような寂しいような心境だ」

 

「おい、今私をボッチだとか言わなかったか? それにあなたは私の親ですか!」

 

 まあ、兄みたいなものだろう。

 

「しかし、それで改善する努力を放棄するのは“甘え”だなめぐみん。パーティとは協力し欠点を補い合うものだが、いつまで経っても同じことで反省もせずに迷惑かけっぱなしなのは、すねかじりのニートと変わらん」

 

「な!?」

 

「予め、『吸魔石』を用意しておけば爆裂魔法のあとでも魔力を回復させて動けるだろう。一個分の魔力を注ぎ込んでも紅魔族ならば十分程度でその分の魔力は回復する。余分に発散している魔力をストックするようなものだからな、一日一回の爆裂魔法に支障はないはずだ。しかし、そんな魔法使いならば当然の備えをする意識すらないというから呆れかえるわ。なんだ、このくらいの計算もできないとは、その随一の天才を自称する優秀な頭でっかちは飾りか?」

 

 研修だからか、今日のとんぬらはやたらめぐみんに厳しい。

 確かに魔法使いというよりは、爆裂魔法使いという爆裂魔法一辺倒という新ジャンルの職業なめぐみんは、普通の魔法使いとしての意識が薄いのだろう。

 

「里で、使い勝手の悪い爆裂魔法しか使えないことを悔やんだんだろうに。迷いが吹っ切れたのは構わないが、だからってその思考を放棄するのは違う。わざわざ上級魔法にスキルポイントを費やそうとしなくたって取れる手段はたくさんある。……爆裂魔法しか覚える気のない娘にと、ひょいざぶろーさんが『理力の杖』を作ったが、それも全くの無駄だったという事だな」

 

 理路整然と説教されて、めぐみんが肩身狭そうに縮こまっていく。

 そんなめぐみんを見て可哀そうに思ったのか、シリアスな雰囲気に三分も我慢できないくらい苦手なアクアが厳しいとんぬらに、言い過ぎと注意する。

 

「ね、ねぇ、もうその辺にしておいてくれない? ほら、めぐみんも反省してるみたいだし。これ以上言ったら泣きそうよ?」

 

「な、泣きそうになってなどいませんよアクア! 私がとんぬらなんかに!」

 

 言いながら、目元を腕で拭うめぐみん。紅魔族の体質とは別に、その瞳は赤らんでいた。それに気づいているはずだろうが、とんぬらは無視するように目を瞑り、

 

「だそうです。このくらいじゃへこたれても意地でも認めません。その辺りの偏屈ぶりは筋金入りですから。それに気まずくさせて悪いですが、アクア様、これも必要な事なので――めぐみん、邪神は『エクスプロージョン』を放った直後でも、『テレポート』を使えたぞ」

 

「―――」

 

「爆裂魔法を放っても余力を残しておけとは言わないが、せめて自分の足で逃げれるくらいの用意はしておくべきだ。……じゃないと、同じ土俵にも立てない」

 

 めぐみんは、今度こそぐうの音も出ずに俯いた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「そういうわけで、めぐみんは、ここに大量にある『吸魔石』で魔力制御の訓練だ。修行しながら備えも作れる一石二鳥。実にタメになるだろ?」

 

 どっさりと風呂敷包みいっぱいに、軽く百個以上はありそうな白い石ころの山をめぐみんにやるとんぬら。

 これ全部に魔力篭めろとは相当骨が折れそうだ。

 

「ゆんゆんがマンツーマンでついてくれ。事故にならないように見張りながら、めぐみんに足りない魔力制御の鍛錬をイヤというほど積んでほしい」

 

「うん、とんぬら。任せて」

「ぺっ」

 

 研修自体に文句はないが、講師役に不服ありと態度で示すめぐみんにダクネスとカズマは、まったくどうしようもないなと呆れる。

 

「また随分と分かり易く態度が悪いな」

 

「ゆんゆんに教わるのがそんなにイヤか?」

 

「ゆんゆんは、とんぬらとバカンスをしてればいいのです。ハネムーンの予行練習でもすればいいんじゃないんですか?」

 

「は、ははははハネムーン!? 何言ってるのよめぐみん!」

 

 なるほど。収監されてる間にあった結婚式のデモンストレーションでも、このライバルに大きく後れを取ってることが気に食わないようだ。

 

「研修の講師をしなきゃならんのに、海を楽しめる余裕があるはずないだろめぐみん」

 

「え……」

 

 とんぬらの発言に、がっくりとしたようにチカチカと赤く点滅していた目の光を落とすゆんゆん。

 あ、これ少しは期待してたっぽいな。

 

「……こほん。そうだな、研修が早く済めば、皆で遊ぶのもいいかもな。折角海に来たんだし」

 

「っ! わ、私、頑張るっ!」

 

 お預けを食らってしゅんと垂れた犬の尻尾が、その言葉にぶんぶん振る……ような感じで一喜一憂なゆんゆん。とんぬらはやっぱり甘いなー。色んな意味で。

 

「ふん。爆裂魔法は火力こそが胆なのです。相手が何かする前に一撃必殺。攻撃こそ最大の防御が我が爆裂道の真髄!」

 

「爆裂魔法を究めたというなら、その長たらしい詠唱なしでもできるくらい魔力制御してみろ。ありゃ隙だらけだ。白兵戦で近づかれたら、どの道、爆裂魔法で自爆してしまう。鋭すぎる刃は自らも貫いてしまう典型だな」

 

「この私の前で、爆裂魔法を自爆魔法とバカにするとはいい度胸ですとんぬら」

 

「これは爆裂魔法ではなく、爆裂魔法の威力に振り回されて使いこなせていない爆裂娘をバカにしてるんだ。だいたい、破壊力でも『デストロイヤー』戦で杖のないウィズ店長に負けてただろ」

 

「あれは過去の話。これまでレベルで入手したスキルポイントを全て爆裂魔法の威力向上に突っ込んだ今の私の爆裂魔法と試しっこすれば、『アクセル』の街で一番の爆裂魔法使いがこの私であると証明できるはずです!」

 

「はいはい、それは後だ。今は魔力制御に励め。どのみち、今のめぐみんには爆裂魔法を撃てっこないんだから」

 

 トントンととんぬらがめぐみんの前で右の小指を見せて、左の人指し指で突く。

 自分の手を見ろというジェスチャーにめぐみんが悟ると、ようやく自身の右手の小指に髑髏の指輪が付けられていることに気付く。

 カズマも今頃になって気づいた。

 

「あら? 気づかなかったの? さっきめぐみんに肩を叩いた時にサッと嵌めたわよ。ふふっ、私でないと見逃しちゃう、意識の間隙をついた早業だったわね」

 

「はは、俺程度の魔法の指先では、神の手にはまだまだですよアクア様」

 

 芸人って、極まるとそこらの冒険者よりもすごいのかひょっとして?

 で、

 

「何ですかこれは?」

 

「敏捷性は上がるけど、代償に魔力量が半減してしまう『髑髏の指輪』。この前の呪われた装飾品で、ひとつは『ソーサリーリング』に錬成したが、『聖なる塩』の素材は貴重で、あともうひとつのそれは浄化し切れなかった」

 

「なあ!?」

 

「つまり、これ外せない限りめぐみんは爆裂魔法は撃てん。“残念。魔力が足りませんでした”のオチになる」

 

「まさかそんな――っ! 邪なる封を打ち砕き顕現せよ、我が爆裂魔法! 『エクスプロージョン』ーッッッ!」

 

 海に向かって魔法を唱えたが、何も起こらない。

 

「!? あああっ! 魔力が! 本当に、爆裂魔法発動に必要な魔力が足りません!」

 

「しかも呪われてるからめぐみんには外せん。これで存分に魔力制御に集中できるだろ」

 

「どうしてくれたのですかとんぬら! 私は一日一回爆裂魔法を撃たないとポンッとなるんですよ!」

 

「ならん。一日一回爆裂魔法を撃たなかった程度で死ぬはずがない。だいたい、研修というのは“反省”の意味合いも含んでいる。街中で爆裂魔法を放ったことがどれだけ危険な行為だったか理解しろ」

 

 爆裂狂なめぐみんに爆裂魔法禁止令を出すとは、鬼教官な同郷である。

 当然、納得のいかないめぐみんは、呪いなんて鼻歌交じりに片手間で解けるであろうアクアに頼み込む。

 がそんな手段に出るのはわかっているだろう、とんぬらも間髪入れずに手を打つ。

 

「アクア! このとんぬらが嵌めてくれた呪いの指輪を解いてください! そして、この分からず屋に爆裂魔法をぶっ放してやります!」

「ちなみにですが、アクア様、講師役の指導を無視して指輪を外すような妨害をしたら違約金が発生します」

 

「え゛……」

 

「個人的に俺の方でもいくらか肩代わりしてばら撒かれたゼル帝の羽は回収しましたが、正直に申し上げて被害額は、以前アクア様が洪水で壊した建物の弁償代くらいの負担はあったんじゃないかと見ていますね――流石にこれ以上は庇い切れません」

 

 この前の感謝祭の結果、文無しになった駄女神は、にっこりとぎこちない笑みをめぐみんに向け、

 

「めぐみん、しっかり反省はしないとダメよ」

 

「アクア!?」

 

 まあ、そうだろうな。

 とはいえ、カズマも、勝手に人が昔に語った“ネズミ講”をやったアクアはともかく、めぐみんはこちらの逃走を助けるために街中で爆裂魔法を放ったわけで、できれば庇ってやりたいが……

 

「なあ、とんぬら。めぐみんに呪いの指輪をつけさせてまで爆裂魔法禁止ってのはやりすぎじゃないか?」

 

「この爆裂バカは、呪いでもかけんと自重しないぞ兄ちゃん。それに如何なる理由があろうとも、お灸を据えんと警察とギルドの方も納得してもらえない。何が『花火大会では結局魔法を放てずムシャクシャしてやった。私の爆裂魔法の方が綺麗だったし反省はしていないが弁償はする』、だ。取り調べをした警察がキレて、街のブラックリストに入れようと考えるのも当然だ。――猛省しろこの天才バカ」

 

「ぐぬぬぅ……滑り芸人の癖に、私のことを二度もバカと言いましたねとんぬら」

 

「とにかく今はゆんゆんと魔力制御に専念しろ。めぐみんは才能はあるのに基礎が大雑把すぎるからな。卒業してバイト全滅した時からほとんど成長していない。きっちり満杯に魔力を篭めた『吸魔石』全部と引き換えに、『髑髏の指輪』は解いてやる。その後で、ウィズ店長と爆裂魔法競争でもすればいい。めぐみんの講習はそれだな」

 

「わかりました! それなら今日中にでも『吸魔石』全部を片付けてやりますよ!」

 

「一個でも爆発させたら、ペナルティとして二個補充するからな。それもペナルティ分の出費はそちらに請求するから覚悟しておけ。言っておくが、安くはないぞ『吸魔石』。この前弁償したばかりで余裕のないめぐみんには十個の負担で破産すると計算している」

 

「ふっ、成金カズマの財力を舐めてはいけません。たとえ私がこれ全部を劣化エクスプロージョンしても簡単に支払えますよ」

 

「おいめぐみん。わざと失敗するようなら俺は弁償しないからな」

 

「すでにバニルマネージャーに『吸魔石』の買い付けは頼んであるし、めぐみんが一爆裂魔法もどきをするたびに、ウィズ魔道具店は潤う計算になっている」

 

「ギルドから講師代の報酬をたんまりもらっているはずなのに、更に私達から貪り取ろうとする気ですか! 鬼! 悪魔! とんぬら!」

 

「なんとでもいえ。さっき兄ちゃんから前にあげた『吸魔石』を全部オモチャにしたと聞いた時から俺の中にわずかにあった慈悲は消え失せたわ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 と、めぐみんに辛く苦しい研修を命じて、ゆんゆんを講師(かんし)役につけて追いやったところで次のアクア……。

 

「アクア様はゼル帝の調教をしてください。まだ幼いゼル帝に厳しく躾けるのは辛く苦しい研修でしょうが、また暴走したら大変です。今度同じようなことがあればその時こそ駆除対象になってしまうでしょう。強大な力にはそれだけ強大な責任が付き纏うものです。そして、ペットの失態は飼い主が負うべきもの。いずれドラゴン族の帝王になるのならば、やはりまだ幼い内から教え込む英才教育が必要不可欠。ウィズ店長がバニルマネージャーの抜け殻を用意していますので一緒に頑張ってください」

 

「うぅ……わかったわ。またゼル帝に餌代わりにされたら大変だもの。この研修でしっかり私が親だと認識させてみせるわ!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「――おい。アクアに随分と甘くないかとんぬら」

 

 つい険のある声が出た。

 めぐみんとの対応の差が違う。明らかに贔屓してるだろうと指摘するカズマに、とんぬらも自覚があるのか、頬を掻いて、

 

「俺はアクア様にはどうにも厳しくできないのは認めるよ兄ちゃん。とはいえ、ゼル帝がまた巨大化しないとは言えないから、躾をすることは大事なはずだ。……それに修行をしようが意味がないだろうし、気分転換になればいいと思ってる。感謝祭はさんざんであったからな」

 

 海という広大な水源の近くであれば、水の女神も調子は良くなるだろう。と言っても、あんまり調子に乗らせるのは問題だろうが。

 それで、このとんぬらの言葉に、彼がこの研修に何かを企んでいるのがわかる。単純に罰則を与えようという考えではなさそうだ。

 

「……兄ちゃん、ダクネスさん。近々、めぐみんからある頼み事をされると思う。ハッキリ言ってそれは無茶ぶりだろうし、兄ちゃんはそういう面倒ごとは御免だろ?」

 

「うん」

 

「正直だな……がまあ、俺からもそこは折れて頼むよ。もしめぐみんが頼ってきたら話を聞いてやってほしい。そしてできれば、力になってほしい。さっき言ったが、めぐみんがああも人を頼れるようになったのは嬉しいんだよ」

 

「………」

 

 ずるい。そんな言い方をされたら断りにくいだろ。

 

「うむ。めぐみんが頼るのなら、私は力になろう」

 

「ダクネスさん……」

 

「……しょうがねぇな。でも、めぐみんが何か言ってきたらだぞ」

 

「兄ちゃん……」

 

 フッととんぬらは笑みを零して、

 

「その面倒ごとの為にも少しでも俺は、この研修で兄ちゃん達に力をつけてほしい。

 めぐみんは、精神的な問題を抱えてる。あれは自分で解決するしかない。荒療治だが、しばらく爆裂魔法から離れて自分を見つめ直すのがいいだろう。

 それで、正直、最初から完成されているアクア様は、まあ、成長の余地はない。強いて言うなら、コンディション調整が主。

 あと今回の研修の対象外ですがダクネスさんは、生粋の前衛職な『クルセイダー』ですから、口出しするには俺では専門外。兄ちゃんの研修に付き合ってくれればと思っています」

 

 とんぬらがこちらを見る。

 

「もし俺がこのパーティを強化しようとするなら、成長の余地のあるひとりを徹底して鍛え込むのが手っ取り早い。――そして、四人の中で最も伸び率があるのは兄ちゃんだ」

 

「お、俺……?」

 

 指名を受けてビックリだ。

 実はここ最近、レベルが上がってもステータスの伸びが徐々に悪くなってきている気がするのだ。あまり考えたくないが、既にステータスの成長限界(カンスト)が見えてきてしまったのかと思ってしまう。

 チート能力も持たない状態で、レベルを上げても強くなれないとかそれは本当に洒落にならない。

 が、とんぬらは力強く、確信を得ているように頷く。

 

「ああ、これから行う、俺が奇跡魔法を習得するまでに親よりされた猫耳神社秘伝の修行法で、俺が知る限り兄ちゃん以上に最適なのはいない。まったく、『冒険者』は天職だ。“男子三日会わずんば刮目してみよ”という格言があるが、この一週間で、“最強の最弱職”に大きく前進してみせようではないか」

 

 “最強の最弱職”って強いのか弱いのかわからん。しかし、どこかカズマの耳には魅力的に響いた。成長の限界を感じ始め、冒険に出るのが億劫になってしまっていた、早々に見切りをつけようかという考えが過ぎっていた時に、その文句は、『もうちょっとだけ頑張ってみるか』と、やる気を出させるものだった。

 

「兄ちゃん、辛く苦しい研修になるだろうが、受けてみないか?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 とんぬらが講師の研修を、カズマは珍しくも真面目に受ける気でいた。

 感謝祭でやらかした負い目があり、その反省という意味でも、とんぬらの出す課題をこなすつもりであった。

 それに……

 

 ――一週間で、最強の最弱職に近づけさせてみせる……!

 

 その文句に釣られ、研修を了承してみたが……早速、暗礁に乗り上げた。

 

 バサッバサッ、と日本で神主が振るう白い紙のついた棒・大幣(おおぬさ)を振るう神主代行のとんぬら。

 祈祷をしているのはわかるが、どこか間の外れてる変なステップを踏んだり、奇天烈というか不思議な踊りをしているようだ。まさか失敗しているのかと思ったが、本人はいたって真剣。とんぬらは一心不乱に、大幣を振るって、カズマの周りを巡りながら舞っている。

 

 こんな儀式に意味あるのか……?

 

 不安になる。これが秘伝の修行法というが、紅魔族ってやっぱり訳の分からん。

 むしろ、段々だるくなってきてる気がするんだけど。

 やたら身体が重く感じる。浜辺に降り注ぐ日射にも汗だらだらだ。踊っているとんぬらは涼しい顔で汗ひとつ掻いてないが、結構熱くないかここ?

 

「――よし、お終いだ」

 

 開始してから三十分後、ようやくとんぬらの不可思議な祈祷が終わった。

 

「とんぬら、今何やったんだ?」

 

「それは、三日経ってから教えよう」

 

 まさかこんなことを三日もやるの?

 

「じゃ、兄ちゃん、この靴を履いてランニングをしてくれ。折角砂浜に来たんだしな、向こうの灯台まで走ってきてくれ。辛かったら歩いてもいいぞ」

 

 道具袋から取り出したのは、ピエロが履いているような一風変わったデザインの不思議な靴。先端がクルッとまるまったデザインで、金色で優雅な装飾が施されている。

 特別ランニングシューズというわけでもなさそうだが、履き心地は文句なしに良い、シャランシャランと踵についてる鈴が歩くたびに鳴り、これから走らされることになるのだが、なんとも幸せな気分になってくる。

 

「ダクネスさん、兄ちゃんについてやってください。俺は海から手頃な『養殖』モンスターを用意してくるので」

 

「お、おい……とんぬら、これは大丈夫なのか? そのむしろ……」

 

 言葉を濁すダクネス。

 研修期間、冒険者カードを取り上げられて、ダクネスに預けさせている。そのダクネスが、今自分の冒険者カードを見たその反応にカズマは激しく不安になってくる。

 

「大丈夫です、ダクネスさん。ほら、スキル欄を見てください。つまりこれは……」

「うむ。確かに表記は変わっていないが……本当にそうなのか? もしそうだとすれば……」

「もし思う通りにいかなかったとしてもその分俺が稼いでみせます。そして今、兄ちゃんに履かせた靴は……」

 

 ごにょごにょと鉄扇で口元を隠しながらコーチ陣が何やら話し合ってる。とても気になる。よし、今度スキルポイントが溜まったら『読唇術』スキルを習得しよう。

 

 

「カズマ、ランニングに行くぞ! しっかり私についてくるんだ」

 

 そうして、納得したダクネスがランニングに誘う。

 恵まれた身体能力をもつ上級騎士職のダクネスを追いかけるのは、大変だ。こちらに気を遣って速度を落としてくれてるみたいだが、今日は調子が悪いのか熱中症になっているのか、呼吸は早いし、体が重い。

 

 一方でダクネスの方は軽く息を切らしている程度で、走っている途中に、時折足を止めて、自分(カズマ)の冒険者カードを見ては、『おおっ!』、『す、すごい。こうもあっさり……』とか何やら実感している。

 

「はぁ…はぁ…おい、ダクネス。そろそろギブアップしてもいいか」

 

「まだ灯台までついていないだろカズマ」

 

「本当に…はぁ…きついんだよ……ちょっと休憩させてくれ」

 

「ふ、む……そういえば、そうだったな。よし、じゃあ歩こう。……それでも効果はあるみたいだしな。とにかく、カズマ、足を止めるな」

 

「はぁ…くそお、鈍間なダクネスに先頭をいかれるなんて……」

 

「鈍間というな。いつもは鎧が重いだけだ!」

 

 義賊稼業に付き合ってそこそこ足の速さには自信があると思ったのに。

 それとランニング中にも聞こえたけど、向こうの砂浜から爆発音……これめぐみん何度かやらかしてるな。海に来てまともに楽しめてるのはアクアくらいじゃないか?

 ……けどまあ、この状況も悪いものではない。

 

「くそおー、ダクネスに先をいかれるなんてー……」

 

「まだいうかカズマ!」

 

 陽光に煌く金糸の髪がなびいて、そして、動くたびにたゆんたゆん揺れたり弾む乳や尻。

 最初は研修に水着とかふざけてんのかコイツとか思ってたけど、ビキニ水着姿のダクネスの後ろを行くこのポジションは悪いものではない!

 

(見られてる……! いつも風呂上りに感じるのと同じ視線を感じるぞ! これはカズマにイヤらしい目でガッツリ視姦されてる……! くぅ……! し、しかし、カズマをとにかく走らせるにはこれが最も効果的……私が羞恥に耐えるしか……! な、なんて辛く苦しい研修なんだ!)

 

(ダクネスは前にいて、後ろのこちらの様子は見えない。だから、このまま後ろについてればいくら見たってバレない……! しかし、徐々にペースを上げてないかダクネス? まずい、これ以上離されるわけには……! なんて辛く苦しい研修なんだ!)

 

 

 ニンジンをぶら下げられた馬の如く、女の尻を追いかける。

 それを海面から顔を出して沖より窺うとんぬらは、苦笑しながら頬を掻く。

 

「予想通りの展開なんだが……。自分に素直というか、欲望に一直線だなぁ兄ちゃんは」

 

 

 そうして、カズマが灯台から往復してランニングから元の位置に戻ってくると、浜辺に魚モンスターが氷漬けにされて並べられていた。

 

「とんぬら、これ何だ?」

 

「ちょっと潜水して狩ってきた。強力な海のモンスターだ。あと霜降り赤ガニにカタマリアワビも見つけてきたぞ」

 

 魚にイカなどのモンスター、それに高経験値な高級食材を、ちょっとコンビニに寄ってくるような感じで素潜りで獲ってくるこの『アクセル』のエース。

 水中内でも長時間行動可能で、高レベルモンスターを小遣い稼ぎ感覚で倒す修羅の紅魔の里出身。海はとんぬらにとって絶好の狩場であるようだ。

 

「おお、触手系モンスターまでいるな! な、なあ、これちょっと氷を溶かしてみないか?」

 

「ダメですよ、ダクネスさん。いくら陸に上げられて、弱体化しても海のモンスターは強いんですから。兄ちゃん、このまま凍らせたまま『ドレインタッチ』で仕留めちゃってくれ」

 

 まさに俎上の鯉。陸に打ち上げられただけで鰓呼吸の海モンスターはお手頃にかけるようになる……つまりは、紅魔族お得意の経験値稼ぎ法『養殖』がしやすいのである。

 

「……まあ、魚を捌くみたいな感じで気が楽だけど」

 

「だから、そういう食べられそうなのを選んできたんだ。マーマンとか、人間っぽいモンスターは抵抗あるからそっちは海で屠って来た」

 

 紅魔の里でも経験したが、無抵抗なモンスターを絞めるのには心理的に抵抗があったが、そこにも配慮してくれたようだ。

 うん、やっぱりとんぬらも十分におかしい。自分で潜って狩ってくるとか魔法使いのやることじゃないと思う。海の強力なモンスターを買い物の感覚で狩ってくるとかどれだけ桁違いなんだとんぬら。その肉体も、“ザ・海の男”の看板が立ちそうなくらいムキムキに筋肉が絞り込まれている細マッチョで、もやしっ子とは程遠い、まったく『アークウィザード』っぽくない。

 

「じゃ、経験値稼いだついでに体力も回復しただろうから、もう一度灯台までダッシュ」

 

「はあ? また走るのか?」

 

「また、っていうか、研修は基本、日が暮れるまで兄ちゃんは動き続けて、海の魔物で『養殖』してもらう。俺が海で潜って狩って、冷凍直送で浜辺に並べていくから戻ってきたら『ドレインタッチ』で息の根を止めてやってくれ、兄ちゃん」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 延々と走らされて、給水ポイント代わりにモンスターから『ドレインタッチ』。

 それから一日の始まりにはとんぬらが不思議な踊りのような祈祷をカズマにかける。

 そのサイクルで行われるこの教習。

 さんざん海モンスター狩って経験値を荒稼ぎにしているカズマはレベルが上がっているはずなのだが、いまいちその実感は薄い。ランニングも全然楽にならないし、夕方近くにやっと呼吸がしやすくなったかと思えば、明日の朝になると体がだるい。筋肉痛だろうか? こなせないほど難易度の高いものではない、ただ浜辺を走って魔物にタッチするだけ。鬼ごっこか。でもそれを何度も何度も繰り返すから苦行になってる、そんな感想である。

 とにかく、三日間こなしたが、とてもダクネスが前を走ってくれなければ途中で逃げ出してたかもしれない教習メニューだ。

 で、他の皆はというと、

 

『ゼル帝見てて! これがトビウオターンよ!』

 

 アクアは蹴る場所なんてない海でキックターンを決めるというどういう物理法則が働いたのか意味不明な泳ぎをウィズの抱くひよこ相手に見せていたり、砂浜に巨大なお城を作ってたり……時々、どこからか夏場の臭い腐ったアンデッドに追い掛け回されたりもしていたが、ゼル帝の前でいい格好をせんと浄化(ついていたウィズごと)したりしている。この海水浴を一番に謳歌しているだろう。

 

『ぬあああ! 劣化エクスプロージョン!』

 

 で、逆にめぐみんは一番苦行のようだ。話を聞くと紅魔の里でバイト時代、魔力制御が上手くできず魔力の過剰供給による暴走自爆を頻繁に事故ってたみたいで、本当に苦手な分野のようだ。その横でゆんゆんが手本を見せるように『吸魔石』にきっちり満杯分をノーミスで、しかもめぐみんの作業スピードの三倍でやっているのだから、ライバルに競争でも負けている。

 そして何よりも、一日一爆裂を禁じられたことがめぐみんの集中力を欠かせているようで、おかげで三個に一個の割合でポンポン爆裂もどきしている。そんな三歩進んで二歩下がるような難航した進展具合なので、出された課題量は半分も納品できていない。

 で、こちらは……

 

『――大体な、前々から思ってたんだよエロ貴族! やらしい体でやたらと男を誘う色気を振り撒くクセに、何だかんだと身持ちが固いってどういうことだ! ムレムレの身体しといて変なところで恥ずかしがりやがる! お前何なの? 変態痴女なのか純情娘なのかハッキリしろよ! どスケベなくせに処女とかどうなってんだよ半端者が!』

『よし、貴族の権力を行使するのは嫌いだが、貴様だけは特別だ! 貴族を侮辱した罪で、貴様は処刑だ、処刑してやる!』

 

 と今日の午後は攻守逆転してカズマがダクネスの前を走っていた。ダクネスに追いかけられたが、『逃走』スキルを発揮することでいつもよりも倍速で走れた。その分疲れたけど。

 

 そして、この海辺の宿屋で休息を取っている今。

 アクアは霜降り赤カニを肴に高い酒を煽っている。おっさん臭い女神である。ゆんゆんとウィズはチェスゲームをやっていて、とんぬらは一人部屋で何やら作業をしているらしい。ダクネスも一人部屋にいる、超強力なバインドを使って身動き取れないように簀巻きにして転がしている。『このプレイ料金は一体いくら払えばいいんだ』とおかしなことを叫び、顔を赤くして身をくねらせていたし、あの調子だと朝まであんな感じだろう。

 

 そんなちょうど手が空いた時に、お誘いが来た。

 

「カズマ、いますか?」

「おお、おう! どどどどうぞ!」

 

 めぐみんから。

 緊張のあまり声が裏返ってしまったが、それはめぐみんも同じ。以前より、そう実は感謝祭の最終日に誕生日プレゼントの紅魔族のお守りを渡されたときに、『ふたりきりで話したいことがある』と皆に内緒に耳打ちで言われていたのだ。

 前兆は前からちりばめられてたけど……この言葉こそ、きっとモテ期の到来を知らせるものだろう。

 そう、ちょこちょこと好きオーラを出していたのに気づいている。祭りでとんぬらのことが好きなんじゃないかと疑った時もあったがそれも誤解だと後で訂正された。

 そして、鈍感系でも難聴系でもないとカズマは己を語る。

 だがここで焦っては年上の威厳が崩れる。

 アクアがひよこを抱いて酔い潰れ、ウィズとゆんゆんがゲームに集中し、さりげなく『潜伏』スキルを使って場を離れて部屋に。

 それから少ししてカズマが取っている部屋を控えめにノックされた。戸を開けるとそこに、この旅先でも連れて来ていたちょむすけを枕代わりのように胸元に抱いていて、部屋に入る。めぐみんの喉から唾を飲み込む音がカズマにも聞こえた。

 

「ど、どうも。……その、皆で一部屋ずつ取って宿を貸し切ってますけど、内装は似てる感じですね」

 

「そ、そうなのか! まあ宿屋が部屋を統一してるんだろきっと」

 

 すぐに本題には入らず、きょろきょろと落ち着きのないめぐみん。

 旅行は人を解放的な気分にさせるという。きっといつもと違う環境が彼女を緊張させているんだろう。

 と、俯いたまま黙り込むめぐみんと部屋にいるこの沈黙に、なんかお互い気まずくなって、カズマは適当に口を開いた。

 

「そっちはどうだ研修? 魔力制御上達してんのか?」

 

「どうもこうも。とんぬらの鬼畜っぷりがよくわかる三日間でしたよ。今日だって一日の成果を納めたら、『お、昨日よりは増えてるな。進歩してるようだ。が、このペースでは次の段階に進むにはあと三日はかかってしまうな。この調子でもう一度励め。コツは掴み始めてるんだろう。それとも魔力を半分にされためぐみんではこれが限界か? だったら悪いな。無理しなくていいぞ』って。もうそろそろ禁断症状が出そうだった私はそこで一回だけ爆裂魔法を撃たせてくれないかと嘆願しても『は? ダメに決まってるだろ』と一蹴してペナルティの加算分の『吸魔石』を押し付けられましたね! アルダープが退陣して、『アクセル』においてカズマ以上に鬼畜な男はいないと思ってましたが、ここまで私の爆裂道を禁じて来るとかなんて鬼畜の所業をしてくる男なんですかとんぬら!」

 

 ちょっと泣いていいかな。

 しかし、めぐみんの燻ってる火の如き怒りは、気まずかった雰囲気を変えてくれるきっかけとなった。

 

「ま、成長してんならいいじゃねぇか。正直、俺の方はあんまり成長してる実感がわかないんだけど……本当に効果あんのか?」

 

「とんぬらは、無駄なことはしませんよ」

 

 こちらも胸中を打ち明かせば、あっさりとめぐみんはそう言う。

 

「私も時たまカズマの教習を見てました。走らされながら、『養殖』するという一風変わったスタイルですが、きっとそれがカズマに効果ある修行法なんだと思います。とんぬらが何も言わないんなら、問題なく順調なんでしょう。そのままやってればいいと思いますよ」

 

 あれだけ自身の研修内容に愚痴りながらもこれである。

 さっきしためぐみんの口真似の内容も、彼女に対してひとつずつの言葉に気遣いが垣間見えた。ぶっちゃけこの講習もめぐみんのためなんだろう。めぐみんの方もそれを感じているのか、思っているよりも進捗が芳しくなかろうとも、凹んでいる様子は見られない。むしろ、負けてなるものか! と発奮している。

 とんぬらとめぐみんは口ではああだが、互いに理解し合っているようだ。

 

 で、共通する話題で場が温まったところで、めぐみんがついに話を打ち明ける――

 

 

「実はずっと黙っていましたが、ちょむすけはただの猫ではないのです」

 

 

 ちょっ……!

 

「違うだろ、お前ここまで来てなんだよヘタレ! いつも俺のことヘタレだの腰抜けだのチキン南蛮だの言ってるくせに、そっちだってとんだヘタレじゃねーか!」

「チ、チキンなんたらは言ってませんよ! それに私が打ち明けたいこととは、本当にこの子のことです!」

「これだけ期待させといて何日和ってんだ! ほら、もっと他にもっと甘ったるいことを言いに来たんじゃないのか? 勇気を振り絞ってほら早く!」

「うう……」

「ほら早く、言っちゃえよ! っていうかもう半分言ってるようなもんだし! 俺にちょこちょこ好きですだの愛してますだの言ってるじゃん!」

「愛してますまではまだ言ってませんよ、勝手に拡大解釈しないでください!! というか、カズマ、海ではダクネスとあんな追いかけっこをしているクセに、節操がないですよ! 今日のところはこの子と一緒に寝てください!」

 

 追い詰め過ぎたのか。感情が高ぶっている証拠に上気している顔以上に真っ赤に瞳を輝かせて、めぐみんは逆切れ気味に部屋を出てってしまった。抱いていたちょむすけをこちらにぐいと押し付けて。

 アイツ、時々様子を窺っていたと言ってたが実はダクネスと二人きりなのが気になってたのか?

 今日のところはこの子と一緒にって言ったが、という事はコイツ以外と寝る日もあるって受け取ってもいいのか?

 いや、っていうか……!

 

 

「また勿体付けてこんなんかよおおおおおおお!」




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