この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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87話

 ――砦到着時から五日目。

 

 防衛軍に示した作戦は、それ自体は単純なものであった。

 概略は次のようなものである。

 

 1:前回強襲作戦に失敗した勇者候補の精鋭部隊と共に敵本陣に攻撃するため、城外へ出る。ただし、とんぬらはそれぞれに指示を出すと密やかに砦へ引き返して王国兵と合流。

 2:探査地図でウォルバク襲来を逸早く察知すると、相手の注意を引き付け、強襲隊の爆裂魔法阻止を補佐する。この時、ミツルギのパーティ+ワン(ゆんゆん)を除いた勇者候補らは敵本陣を視認できる位置で待機。人数増やして奇襲を気取られるわけにもいかないし、失敗時に緊急避難できるゆんゆんの『テレポート』にも一度に転移できる人数に限りがあるで、ウォルバクの魔封じはこの四人に一任する。

 3:爆裂魔法阻止作戦の成功の如何によって、こちらも行動を変える。阻止失敗すれば、爆発音の後に閃光矢を空に放つ。爆裂魔法の発動直後のため魔力を多く消費している幹部からの撤退はさほど難しいものではないはず。阻止成功すれば、閃光矢はなく爆発音のみ。すなわち、幹部はその脅威たる爆裂魔法が封じられているので、遠距離戦を仕掛けても恐れることはない。

 そして、まず事前にとんぬらと別れ際に『ヴァーサタイル・エンターテイナー』の支援によって、声真似ができるほどに芸達者になった冒険者が拡声器を使って、同士討ちを誘発。その後、何もかも脱力してしまう『ヘルハーブ温泉』に浸かる愚を犯さず、深く斬り込まずに徹底して遠距離から相手の混乱を煽る牽制を入れ続ける。

 

 なお、大々的に流布した広場での作戦概要は、布石のひとつである偽情報。本当の作戦概要は、あの広場にいた連中には報せない。『敵を騙すにはまずは味方から』を実践したのである。それに戦争の最中に足を引っ張る輩は、“内通者がいる”であろう状況に置いて作戦参加を認められないからだ。個人個人を面談して信頼できるものを厳選し、策の全容を知るのは極少数に限定する。

 また、城門を解放する空城の計にしたのは、砦内にいるであろう内通者への牽制。砦中枢を晒したことで、ウォルバク様の方は訝しんだが、この予期せぬノーガード戦法に内通者の方は大いに慌てたことだろう。下手をすれば砦に潜んでいる内通者も爆裂魔法に巻き込まれかねないからだ。対岸の火事ではなく火中にいる。こんな時に、騒ぎに乗じて破壊工作なんて火事場泥棒の真似をすれば自身も大火事に巻き込まれかねない。迂闊に動き難くした。

 それと、自爆する際に避難しやすいようにする意味合いもある。とんぬらが密かに砦に帰還したのは前回の“毒と呪いの襲撃者”を警戒するためであって、砦全体を映す敵感知の地図に反応があれば急行する……それで、手に負えないようならば最悪、砦の自爆機能を作動させてでも倒す構えでいたのだが、今回は大人しくていたようだ。

 

 

「少数精鋭で出陣した理由は簡単だ。せっかくなんだから、失敗を無駄にせずに布石として利用する方がいいでしょう。相手も油断しやすいだろうし、侮ってくれる。そして、成功すれば、ミツルギらの策は“決して間違ったものではない”と汚名返上にもなるし、また“内通者”への意趣返しにもなる」

 

 落としてから上げた方が効果は劇的だ、と騎士団長の目の前にいるとんぬらはコーヒーを口に含む。

 実際、“魔王軍に大打撃を与え、敗北させた”という戦果は落ちた勇者候補たちの名声を一気に高めてくれた。

 

「そこまで考えていたのですか……。魔王軍をこうも手玉に取る知略。事実、これまで魔王軍幹部を四体も相手取ってきたのですから、真に恐れるべきはとんぬら殿かと思ってしまいます」

 

 あながち冗談とも取れない口調で、呟く騎士団長。

 

「それは買いかぶりというものです団長殿。ただ、“もしかしたらありうるかもしれない事態”に備えたまでのこと。必ずこうなるとわかっていたわけではない」

 

「備えあれば憂いなし、ですか。簡単なことのようですが、それをこうも完璧にやってのける者は、そうはいないはずでしょう。とんぬら殿が“内通者”ではなかったことを、感謝せねばなりません。魔王軍の諜報部とやらもなかなかやるようですが、ちと相手が悪いようだ」

 

「ミツルギらの奇襲策の失敗に、その後の勇者候補を戦犯に祭り上げる騒動、それにホーストの敵は魔物だけではないと示唆する発言もありましたから、砦に着てすぐに獅子身中の虫が潜んでいることが予測できた。だから、備えた。それだけのことです」

 

 騎士団長の言葉に、とんぬらは口許にマグカップを寄せ、湯気立つ香ばしい薫りを楽しむように目を閉じてみせた。

 

「それで、この三日、爆裂魔法の襲撃は阻止されている。あちらが新たな陣を張るのにかかりきりになっているのも理由なのだろうが、迂闊に攻め入らないのは警戒しているのだろうし、密告の信用がないのだろう。諜報部として名誉挽回には手柄が欲しいところだろうが……ふむ。そろそろ我慢できなくなって多少強引な手段に打って出るかな」

 

 大々的に裏切りの宣告で疑惑の種を植え付けられ、そうでなくてもまんまと利用された“内通者”の信用はがた落ちだろう。そして、この汚名返上をするにはどういう行動を選ぶか、という事も十分に予測できること。

 またこれは根拠のない経験則になるが、こういう場合、真っ先に狙われるのが避雷針の如き不幸属性のお約束である。とんぬらにしてみれば、それは朝になれば日が昇ることを指摘するようなもので、つまりはもう予測ですらなく、時期を未来に設定した単なる事実の指摘に過ぎないもの。

 元より“紅魔族秘伝の儀式のできる神主がいる限り、呪いも毒も無駄になる(つうじない)”という情報を流布しておいた。一騎当千の勇者(坊ちゃん)やら対爆裂魔法の魔封じ(カウンター)の使える次期族長(人見知りなぼっち)やら他に手柄となりそうな(あとチョロそうな)人物を独立遊撃隊と理由をつけて砦の外へ出して、狙いは()()()()に絞っている。パートナーが駄々を捏ねそうだったけれど、される前に先手で誠心誠意()()した。

 

「さて……。あちらの方はどうだろうかな」

 

 砦の制御室に自室を移した指揮官(とんぬら)はパートナーと離れてゆっくりと独り身の時間を寛ぐ。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――砦到着時から二日目。

 

「……というわけだ、ゆんゆん。これからは別行動を取る。ミツルギたちとこのまま遊撃隊と合流して、予定通りの作戦を伝えてくれ。紅魔族の十八番なゲリラ戦法で行く」

「う、うん。“地図”を使えるのは私かとんぬらだけだから?」

「その通り。ゆんゆん、爆裂魔法に先んじて手を打つには情報を把握しなければならない。そして、二局面を支えるには分担しなければならず、俺は砦から動けない。適材適所だよ」

 

 作戦が無事成功し、情報を整理し終わったころはもう陽が落ちるころ、周りに人気のない木の下。

 とんぬらとゆんゆんは“これから暫しの別れを惜しむ”という体で抱き合い、まるで恋人同士が蜜月を過ごすかの様にお互いの耳元で会話をしていた。

 これは男女の密談はこの方が自然で良いと諭されてなのだが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。顔が真っ赤に染まったまま戻らない。

 

「(やっぱり、ゆんゆんは耳が“弱点”かあ……俺もこっぱずかしいが……)ゆんゆん、別動隊の補佐――やってくれるな? これは、ゆんゆんにしか頼めない事なんだ」

 

 くぅ……。だ、だめぇ……。

 眉に唾を付けて(実際にして)臨んだ、口の達者なとんぬらとの話し合い。ビシッと自分自身の意見を言ってやるつもりだったのに、これはもう話を聴くだけでいっぱいいっぱいに。名前を呼ばれる度に耳元にかかる小声の息に体が自然とビクッと震えてしまう。

 

「とても不慣れで大変なことをさせてしまうが、俺の可愛くて大切なパートナーのゆんゆんは、いずれ里の皆を導く長となる者だ。俺はゆんゆんを信じてる……ゆんゆんも俺を信じてくれないか?」

「は、はいっ! とんぬらを、信じます……」

 

 思わず縋って抱く力を強め、とんぬらの胸に顔を埋めながら応える。

 そんな私の心の内を察したのか、とんぬらが左手で抱き返し、右手で後頭部を優しく叩き撫でて慰める。子猫をあやすような手技、その心地良さについ目を細めてしまう。

 ――っと、ダメ! ダメよゆんゆん! 気をしっかりもって! このまま流されてはこの前の二の舞になっちゃう! ちゃんと、とんぬらに注意しないと……!

 

「で、でも、この前みたいに爆裂魔法の囮になるようなことはやめてちょうだいとんぬら! あれ、すっごく心配したんだから!」

「ああ、わかってる。俺は城に籠っているよ。むしろ、外に出るゆんゆんの方が危険だと思うんだが」

 

 とんぬらは宥める様に私の頬を両手で覆うと、驚き見開く赤い瞳を覗き込んで不敵に頼もしくニヤリと笑った。

 近い、近すぎる。たまらずより熟したように真っ赤に染まった顔は沸点に達してしまっているけれど、高揚する彼の接近は止まらない。

 

「(なんかこう……。いつまで経ってもこう初心というか初々しい反応をしてくれるのはチョロ可愛いけど、いぢめたくなる衝動を抑えるのが大変だ。うん、このような説得方法は多用しないように反省する。しかし、ここは一気に完封で押し通らせてもらおう)……そうだな」

 

 その上、両頬を挟むように添えられたとんぬらの手に、プルプル微動する顔を正面に固定させると、コツンと額と額を合わせてきた。

 正に文字通りの目の前。仮面の奥の瞳の中に驚き戸惑いながら顔を赤く染めている自分が映っている。吸い込まれそうな錯覚を覚える鋭い眼差しに覗き込まれ、ジュンッと何か熱いものが体の芯から溢れ出てくるのを感じる。

 

「この働きに国から特別な報酬が出るとか限らないけれど、これが終わったら代わりに俺から何かご褒美に、ゆんゆんがして欲しいことをしようではないか」

「―――え?」

 

 何を言ったのか意味を咀嚼するのに時間がかかり、三秒ほど呆然と目が点になってしまう。

 そして、再起動。

 

「ご……ご褒美っ!」

 

「ああ……(ウソは一切ついてないがいいように言い包めたようで罪悪感があるし、その罪滅ぼしにも)、ゆんゆんの望みをかなえるのに俺の全力を尽くすと誓おう」

 

 この最後の一押しにゆんゆんは大きくこくこくと頷くのであった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 森に覆われた山岳地帯。

 険阻な地形を防壁として、穴を塞ぐよう砦が置かれている地域である。

 すなわち、魔物だけでなく遊撃隊率いるミツルギたちが身を隠すことの出来る場所には、事欠かないところなのである。

 

 奇襲の日からすでに三日が経過している。

 敵の混乱につけこんだこと、さらには神器持ちの精鋭たちの奮戦もあって、あの奇襲では魔王軍に相応の打撃を与えることに成功した。

 だが、数にして五倍を越えるであろう敵軍を、一戦で蹴散らすのは流石に難しかった。

 現在、魔王軍は邪神ウォルバクの指揮の下、内乱に荒れた本陣を立て直し、これまでと同じように砦攻略の機を窺っている。

 ただ、その勢いは明らかに衰えていた。以前は日夜爆裂魔法を撃ち込んでいたというのに、この三日の間、魔王軍が砦に攻め寄せてきたのはわずかに二度だけ、という事実を見れば、それは誰の目にも明らかであったろう。

 くわえて言えば、一手先に察知した砦側が鐘を鳴らすだけで本格的な戦いになる前に矛を引いてしまうようになっている。それも爆裂魔法を撃たずにだ。よほどトラウマになっているのか、奇襲以前と比べれば動きが慎重になってきており、その警戒度の高さはあまりにも顕著である。

 

 

 先の奇襲が、魔王軍の戦意に痛撃を与えたのは間違いない。

 だが、そういった心理的な要因とは別に、魔王軍の慎重さ、言い換えれば動きの鈍さにはもっと直接的な理由が存在する。

 現在、奇襲を成功させたミツルギ率いる遊撃隊は砦にはいない。奇襲の後、砦に戻らず、そのまま魔王軍の陣の身辺に潜んでいてもらったからである。この“対爆裂魔法の使い手”が組み込まれている遊撃隊の存在が、魔王軍を激しく悩ませているのだ。

 

 森は魔物たちのテリトリーであるはずのに、尻尾を掴ませない遊撃隊。されど、確かにその影はチラついている。またウォルバク様を狙っているのか、それとも砦襲撃に出掛けて留守にしたところに奇襲をかけようとしているのか。爆裂魔法を唱えようとするたびに鳴らされる鐘の音も()()のようで、拍車をかけている。かといって、付近で蠢動する遊撃隊を山狩りして見つけ出そうと戦力を投入すれば、相当数集中させなければならないだろう。爆裂魔法封じが使える術者がいる限りウォルバク様を出すのは危険であるから、配下たちだけで叩きたいが、何せ遊撃隊に揃っているのは神器持ちの勇者候補のパーティだ。生半可な戦力では逆に迎え撃たれる恐れがある。

 

 以上のように、遊撃隊の存在感を活かした撹乱は非常に有効な手段であるようだ。

 だが、同時に危険も大きい。上に、尋常でなく、と付け加えてもいいほどに。

 遊撃隊を潜ませる利はあるとはいえ、人間も生き物である以上、食事は欠かせないし、休息だって必要となる。大軍に追い回され、疲れ果てたところを狙われれば、全滅だろう。『テレポート』でもって緊急離脱もできるだろうが、流石に全員いっぺんは無理だ。

 

 戦術上の有効性と引き換えに、敵の勢力範囲で孤立し、味方と連絡をとることもままならず、補給もできないという状況に置かれる部隊。

 

『実力がないと普通に捨て駒になるわけだが』

 

『……今、さらっとひどいこと言わなかったかい、とんぬらッ!?』

 

 脳裏に作戦を説明した際の指揮官(とんぬら)の率直なご意見がよみがえった。

 もちろん、あくまで一般論を述べたまでであって、彼には遊撃隊を捨て駒にするつもりなどまったくない。

 とんぬらがこの危険な役割を遊撃隊に任せたのは、自分たちであれば魔王軍の捜索の目をかわし、撹乱という任務を完遂させることができる、と判断したからであろう。

 

 その根拠は、彼のパートナーである紅魔族の次期長の存在にあった。

 

 魔王軍の追及をかわすには、地の利と敵陣の動きに通じる必要がある。そのどちらも把握できる魔法の地図を彼女は展開できる。遊撃隊の戦力と、紅魔族の地図があれば、魔王軍の追撃を回避することはさして難しくはないだろ。

 むろん補給や疲労の問題は残ったままなので、いつまでも大丈夫というわけではない。だが、当面の間は――具体的に言うと一週間くらいは――猫じゃらしで目前にくすぐらせるように、魔王軍をかき乱すことは可能だととんぬらは判断し、僕たちもその判断を是としたのである。

 

「さ、携帯拠点を設置したわよキョウヤ」

 

「それじゃあ、クレメアとフィオから休んでてくれ。僕はこの前休ませてもらったからね」

 

 クレメアが『ランサー』の『穴掘り』スキルを使って掘った穴に、携帯屋敷の魔道具を展開させる。そうすることで外に目立つことのない、地下壕として広げることができるのだ。携帯屋敷は少々値の張る高価な魔道具であるも、持ち運びすることのできる便利な拠点である。

 数が限りあるので見張りと交代でとなるが、遭遇した魔物との戦闘の疲労を癒している。

 

『参加したいというのなら、連れて行けばいい。何も魔物とやり合うことだけが戦いというわけではない』

 

 とんぬらの言う通りだ。

 クレメアとフィオは、戦闘に参加せずに紅魔族の次期長と協力して拠点確保や敵影察知の役割に従事してもらっている。それは戦闘に直接かかわる働きではないが、遊撃隊を支える重要な役割になっていた。

 “危険だから”と言う理由で、彼女たちの同行を渋っていた僕とは違い、きちんと二人を評価していたんだろう。こういうところを思うと、自身にパーティのリーダーの資質は劣るものだと痛感させられる。二人の能力を把握し切れていない自分が、防衛軍の指揮官をやろうだなんて土台無理な話だったんだろう。

 

『何を悩んでいるかは今更だし何も言わん。どうあれあんたは人気はあるし、指揮するに文句は出ないだろ。俺からも文句はない。まあ、他人のことまで考えさせるとその魔剣は鈍るようだから、自分のできることに専念すればいい。“花形”は戦い以外の雑事は裏方に丸投げして目立つことだけを考えていろ。敵味方の注目を一手に引き付けて、な。得意だろそういうの?』

 

 こうして、この魔剣使いの勇者(ミツルギキョウヤ)も上手に使うのだから。

 

 無論、魔王軍とていつまでも後手に回ってはいないだろう――が、ミツルギは先の心配はしていなかった。この遊撃隊に任せられた作戦は、およそ五日間、本格的な戦闘を避けつつ魔王軍の身辺を撹乱する、というものであったからだ。

 

『最初、まだ立て直っていないうちに力で以て圧倒し、それ以降は敵の目を避けて姿を隠すことで不安を煽れ。否が応でも注意を引き付けるだろう。そして、機が来た時に魔王軍を撃破する』

 

 ………

 ………

 ………

 

 で、ミツルギが全幅の信頼を寄せるとんぬら……の大事なパートナーの少女。今作戦で彼女の存在は必要不可欠だと言わしめるほど有能な『アークウィザード』。

 

「やあ、ゆんゆんさん、少し話を……」

 

 この空いた時間にミツルギはそんな彼女とちょっとした交流を深めるために声を掛けようとしたのだが、地図をつぶさにチェックを入れているゆんゆんの意識の端にも引っかからなかった。彼女は頬を上気させ、『ご褒美、ご褒美……』とブツブツ呟き、『……どのくらいまでなら、いいのかしら』と悩ましげに熱い溜息。

 何だかお取込み中のようだけれど、空気を読まないことに定評のあるミツルギは、この貴重な優秀な後衛職との交流の機会をそうあっさりと逃す気はない。

 

「ゆんゆんさん、ちょっといいかな?」

 

「っ、は、はい! な、なななななんでしょうか、ミツルギさん?」

 

 没頭しているところに水を差された少女はビクッと驚き、また対応に困ってしまう。

 そういえば、自分とはいつも誰か人を挟んでしか話をしたことがない。面識はあっても親しい間柄ではない。

 ここはひとつ、お互いに共有できる話題、つまりは共通の知り合いについて話を切り出す。

 

「とんぬらのことについて話がしたいと思ってね」

 

「え……」

 

「彼と君は今ふたりでペアのパーティのようだけど、それはもったいないと僕は思うんだ。とんぬらの指揮能力を実感して、改めて確信した。僕は彼が欲しい。僕には彼が必要だ。魚が水を求めるように、とんぬらと僕は水と魚のような関係を築きたい!」

 

 前の世界における古代の偉人に倣って、『水魚の交わり』に喩えて訴えてみるミツルギ。

 彼のパートナーであるゆんゆんがこの熱意を聞き届けてくれれば、きっととんぬらも――

 

「ほら、パーティーの構成的にも前衛後衛のバランスが取れていていいとは思わないかい?」

 

「思いません」

 

 ぴしゃりと言い切る少女はさっきまでのおどおどとした雰囲気を一変。ミツルギが吃驚してたじろぐくらい、ゆんゆんは目を芒っと赤くしていた。

 

 紅魔族は、格好良い言い回しに関することならなんでも意欲的に学習していくし、自家製のぬか床のような感じで、良いものがあったらそれぞれの家で代々書き留めて伝わっていく参考書があったりする。

 そして、これは、『悟りの書』を丸暗記しているパートナーから聞いた雑談。

 初代神主のご先祖様曰くに、水魚の魚とは、すなわち“恋人”の比喩である。『水魚の交わり』なる言葉は、“夫婦の睦まじさ”のことを示すもの。

 ゆんゆんは、そんな彼との他愛のない雑談もちゃんと覚えていた。

 

 つまり、今、ミツルギはゆんゆんに、“とんぬらと、水と魚のように切っても切り離せない、夫婦のような関係を目指したい”と発言したも同然である。

 これはミツルギも言葉の意味合いをきちんとしていなかった勉強不足が招いた事故だが、当人はそれゆえに気付かない。

 

「とんぬらは、渡さない! 絶対に渡さない! とんぬらと水魚の交わりですって!? しかも、男の人同士で……不純です!」

 

「い、いや、ゆんゆんさんと二人でパーティに入ってほしい――」

 

「はー!? 何!? フィオさんとクレメアさんとハーレム作ってるくせにフラフラしてるとかそれだけでも許せないのに、信じられない!」

 

 宥めようとしたのに、何故か火に油注ぐ事態になってしまう。

 感情を昂らせた彼女は、紅い瞳を鮮やかに輝かせている。

 なんでこんなに怒るのかミツルギにはわからず、騒ぎを聞きつけて携帯屋敷から出てきたフィオとクレメアは、ゆんゆんから事情を聞いて……飛び火してしまう。

 

「キョウヤ、ダメ! その道は誰も幸せにならないわ! 目を覚まして!」

「お願い。キョウヤにそういう嗜好があるのは理解したいけど……! ごめんっ、私達は断固反対よ!」

 

「何を言ってるんだい!? フィオ、クレメア!?」

 

 その後、あらぬ嫌疑をかけられたミツルギは、取り巻きの娘たちに懇願され、またその場にいないとんぬらもそれに巻き込まれることになった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――嵌められた……っ。

 

 内通者の存在にとっくに勘づいていて、またそれを逆手に取られた。現状を見れば、そう判断せざるを得ない。

 このあわや異教の邪神が滅ぼされるほどの事態のきっかけを作ったのは、あたしがもたらした情報。この失態は高くつき、おかげで諜報部からの情報は全く耳に貸されず、内部分裂とまではいかないが魔王軍は分断されている始末。

 

「……あたしよりも一手も二手も上をいかれている。そういうことか」

 

 手で顔を覆っているため、彼女の表情はわからない。唇からこぼれる笑いは途切れることがなく、ただ虚ろにあたりに響きわたる。

 勇者候補の連中は出払っていて攻め入るに好機だ――と伝えても、まず罠の可能性が疑われる。半信半疑の対応を取らされる。これは諜報部(スパイ)として相当な痛手だ。信奉している神が別であることもまた要因。魔王軍内の魔物どもに信仰者の多い『怠惰と暴虐を司る女神』の存在を、同じ組織に属するとはいえ『復讐と傀儡を司る邪神』の信奉者として疎ましく思っていなかったと言えばウソになる。いずれ魔王軍全員にレジーナ様の教えを布教させるという壮大なる計画を胸に抱くあたしは、異教の邪神に対して一定の敬意を払っていても、目の奥に野望の炎をちらつかせており、向こうはそれを見逃してはいなかった。

 

 なんたること……! このあたしが復讐を失敗するなんて……! レジーナ様に申し訳が立たない!

 

 諜報部とはいえ、戦闘ができないわけではない。偉大なるレジーナ様のお力による即死の魔法も使える。運が悪ければ一発で仕留められる。

 しかし、ヤツが類まれな幸運の持ち主であって、呪文が失敗すれば終わりだ。正体がバレる。そんな一か八かの特攻じみた危険を冒す真似は、自分には似合わない。黒幕となり裏ですべての傀儡糸を引いて意のままに操ることこそ彼の信徒に相応しきものという信仰心(こだわり)があったから。

 

「だけど、甘いわね。魔王軍はお前の想定以上に脅威と見ている」

 

 そう言って、ようやく内通者は笑いをおさめると、顔を覆っていた手をはずす。

 現われたのは、決意と、殺意と、害意とを渾然とさせた、苛烈な瞳。

 

「ここで、『仮面の紅魔族』を屠ればすべてが解決する」

 

 激情を示す輝きは、しかし、一瞬で去る。

 彼女は瞬き一つで、その眼差しを鎮め、裏の怜悧な眼光を取り戻し、小さく哂った。

 

「どうせなら“傀儡”にしてしまいたかったけれど……ふふ、ここまで泥を塗られると、その気持ちも揺らいでくるわ。裏方とかそういうの抜きにして、その存在を滅したくなったわよ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 就任して五日が経った若き指揮官の評判は概ね好意的なものになっていた。

 

 仮面なんて奇をてらう格好をしているものの、いざ話をしてみれば、愛想いいし受け答えは丁寧かつ明晰であり、紅魔族流の難解(ネタ)なセリフを交えることも控えている。指揮官という地位を笠に着る様子もない。王国兵や冒険者の名も一度で完璧に覚え決して間違わず、目上に対して敬意を払うのを忘れない。初日の力でもって君臨した暴君とは思えぬ心遣いである。

 

 そして、彼の下で働くことにやり甲斐も覚える。

 

 先日、魔王軍に大打撃を与えた策が強烈な印象を残しているものあるが、この宮廷道化師は、指揮官をやらせてもなかなか上手くやるのだ。

 敵の動きに誰よりも早くに察知して、味方の誰よりも最前線に立とうとする姿勢は、輝しく映る。一手先んじて牽制を入れることで、相手の攻撃を防ぐという実績も築き上げていた。

 

 また戦事以外にも働く。外壁の復旧作業にも加わっている。

 年齢こそ最年少であるも、立場は上。下の人間の士気を上げるために指揮官が自ら現場で汗を流す。“人がやりたがらないことを率先してやる”は手法としては決して珍しいものではない。ひねくれた見方をすれば責任者の自己満足であろう。

 しかし、たとえそうであっても、今や『ベルゼルグ』で知らぬ者とてない宮廷道化師がすすんで泥仕事に精を出している姿を見れば、周りは発奮せざるを得ない。年下と侮っていた冒険者も、軍師として敬う王国兵らも。しかもこの指揮官の場合、一日二日だけのポーズというわけではなく、普通にこの三日間欠かさず働いているのである。おまけに『クリエイト・アース』と『錬金術』を使うという魔法使いならではの裏ワザを利用した作業速度が尋常ではない。

 爆発魔法の破損痕もあっという間に埋め合わせ、むしろ以前よりも頑強に補修してしまっている。また就任してから爆裂魔法が未然に防がれているため、砦を囲む外壁は日に日に分厚く、そして頑丈になっている。

 そんな上に立つ宮廷道化師が他者の数倍働き、冒険者や王国兵も、この年下の指揮官にばかり働かせては名折れとばかりに仕事に精励する。して、その働きぶりも厳正に評価している。騎士団長を通じて掛け合ったのか、魔物をどれだけ倒したかの戦働きだけでなく、外壁工事やポーション作りなどの雑事の貢献も入れるように進言して、それが聞き入れられた。

 ただ、いうまでもないが、砦にいる人間は十人や二十人ではなく、職種も多岐に渡る。討伐数が更新される冒険者カードのように分かり易い指標はない。これらすべての仕事ぶりを正確に把握することなどできるはずはない……と最初そう思った者も少なからずいた。

 

 だが、この考えは一日目で覆される。戦働き以外の貢献度を記したその日分の目録が広間に張り出されて、そこに文句をつけた者はひとりもいなかったのだ。まるで、一日中、自分たちの仕事ぶりをつきっきりで監査されたのではないか、と思われるほどに宮廷道化師の評価は正確であった(あの無秩序なアクシズ教徒に目を光らせていた最高司祭の影武者時代を思えば、常識人な防衛軍を余さずチェックできない理由はない、というのが当人の弁)。

 砦にいる冒険者たちはあちこちで声を潜めて語り合った。

 

「宮廷道化師は本当に人間か? 紅魔族はみんな優れた頭をしてるって言うが、ここまでお見通しだと悪魔じみたもんだぞ」

「そりゃああの歳で『アークウィザード』の時点で十分おかしい」

「細かいことはいい。今重要なのは、あの指揮官が来てから状況は変わったってことだ」

「おうさ、ドラゴンだろうが悪魔だろうが、頼もしいのが味方に付いてくれた。今では魔王軍も宮廷道化師様が睨みを利かすだけで引き下がっておったわ。ブハハハ」

「邪神やら魔王軍幹部やらとみんなピリついたが何のことはねぇ。こっちの大将も負けず劣らずヤベェ奴だぜ」

 

 お通夜ムードだったはずの砦の中はすっかり活気を取り戻し、絶望の砦は希望の砦へと変わったのである。下働きにも厳正に評価され、指揮官も有能、そりゃあ外壁補強も順調に進むだろう。

 

 このことは王都への伝令役として残っている『テレポート』が使える魔法使いによって既に報告がなされ、準備次第翌日にも補給物資及び応援の冒険者達や騎士たちが転送されることとなった。

 

 

 ――その日に、それは再び現れた。

 

 

「若旦那、ささどうぞ! たくさん食べていただいて、少しでも、消耗した魔力を回復してください!」

 

「ああいただこう。腹が減っては戦はできぬと言うし、人間、食える時に食っておかねばな」

 

「はは、違いねぇ」

 

 地図監視による警戒、外壁の改修工事といった諸々がひと段落し、とんぬらはようやくその日の夕食にありついていた。

 まだ酒を嗜むお年頃ではないので、日々の食事がとんぬらにとって贅沢な時間である。ゆんゆんの手料理と比べれば味気はなく思うも、このようなジャンクなものもたまには悪くない。焼きたてのウサギステーキの芳しい香りを放つこのうさまめバーガー。修行時代にもお世話になった一撃ウサギの肉に、豆などの野菜を添えてパンに挟んで頬張れば、一日の労働が報われる実感と共にご褒美を噛みしめられる。ピリッとした辛い味付けがされた豆が肉の味を引き立て、凝集した旨味を小麦の生地が優しく包み込んでハーモニーがそこに生まれる。これにまろやかなきのこ豆乳スープが加われば、まさに鬼に金棒である。

 

 一応断っておくが、冒険者・王国兵に粗食を強いて自分だけ贅沢しているわけではない。明日に来る転送部隊によって王都からの補給が受けられるため、食料をはじめとした物質に窮することはなく、とんぬらの口に入る物は、ほぼ同じ形で皆の口にも入るのである。たまにとんぬらだけ肉のランクが上がって、ウサギ肉がカモネギ肉に化けたりするのだが、そこは指揮官特権という事で許してほしい。指揮官としての責務に加え、肉体労働に従事しているため、カロリー消費量は増大の一途を辿っており、それに比例して食事力が増えるのは止むかたなしである。

 ただまあ、今ごろかくれんぼしている遊撃隊の皆さん、ゆんゆんには悪くは思っているものの、彼らも彼らで出陣前の食事で景気づけに奮発したので頑張って。帰還すれば王都でまた晩餐会を開いてくれると思うから。

 さておき、とりあえず状況を持ち直し支援の目処が立ったので、皆の心に余裕が出てきた。“勝って兜の緒を締めよ”と一度の大勝で浮かれている防衛軍に喝を入れたいところだが、折角明るくなってる雰囲気に水を差したくはないものだ。

 

 敵には自分たちが不利な状況にいるのだという錯覚を与え、味方には自分たちが有利な状況にいるのだという幻想を植える。

 その上で、錯覚も幻想も、事実に変えてしまうのが、指揮官たる己の役目である。まったくもって、“敵を騙すには味方から”である。

 

「ふんふふん♪ ふふ、ふふ、ふん♪」

 

 魔王軍の陣を、砦の外壁から遠望せんと鼻歌交じりに登る。

 ほどなく夜の帳が落ちる時刻、西の空はかろうじて茜色を保ち、入り日の残照が山岳を淡く照らし出しているが、それも間もなく夜闇の中に没するだろう。視線を上空に転じれば、夜の勢力はすでに空の過半を制し、至る所で星が瞬き始めていた。

 

「ふん、ふーふふん♪」

 

 夕と夜の狭間を縫うように、粘るような湿り気を帯びた風が吹きつけてくる。仮面の下の頬を舐める生温かい風の感触に、とんぬらがかすかに眉をひそめた時だった。

 

 べぢっ……と。

 

 その時とんぬらの耳に届いたのは、ぬめるように粘着な液体音。

 

 びぢっ、ぐちゃり……と。

 

 腐った体液のような、奇怪な臭いが鼻につく。

 

 ぐちゅ、ねちょり、べちゃくちゃ……と。

 

 外壁には“先客”がいた。

 黒騎士の上半身、しかし下半身は原形のない毒々しい暗紫色のスライム。あたかも二体の魔物を無理やりにツギハギしてひとつのキメラとなしているかのようだった。

 

「“地図”に反応が急に現れたが……やはり、これは召喚獣扱いか。にしては……――いや、これが“襲撃者”なのだとわかればいい」

 

 次の瞬間、とんぬらの目に夕闇に瞬く、恒星さながらの勁烈な光が躍った。

 相手を射抜く眼光は、その精悍な容貌とあいまって尋常ならざる重圧をかける。だが、それをものともしない。そして、血の色のように禍々しく紅く光る目からは隠しようもない敵意がにじみ出ていた。

 

「「■■■……ッ!!」」

 

 声にならぬ咆哮。

 解放されるあらゆるものを食い潰さんとばかりに溢れる禍々しく圧倒的な鬼気。

 その軟体な下半身に納めていた二本の巨剣。ぬらりと体液に塗れた得物を引き抜きながら左右同時に払うように水平に振る。居合の如き太刀捌きが唸りを上げる――!

 

「『アクロバットスター』!」

 

 断頭狙いの挟み撃ちを限界まで身を反らして、神回避。そのままバク転して距離を取る。避けたと思ったが、首筋に薄らと切り傷。それもこのジワリと染みる感覚からやはり毒。

 

 狂っているがこの剣の冴え、そして、浄化作業でも味わったがこの身を蝕む毒……。まさか、こいつ、ベルディアとハンスか……!?

 

 倒したはずの魔王軍幹部。それも二体合わさっての登場にとんぬらも驚愕する。

 しかし、話に聞いた『死の宣告』に、プリーストでも解毒不能な毒素。思い至ったがそれはありえないと思っていた。しかし、それは“そうであってほしくない”と言う己の願望であったかもしれない。

 

「「■■! 紅魔族ゥゥゥゥ(アクシズ教ォォォォ)ッ!」」

 

 考えている余裕もない。次の瞬間には、襲撃者の姿が眼前にあった。

 

「くっ!」

 

 振り下ろされる大剣の刃をとっさに端と端を取った『必殺の扇』で受け止めるが、その尋常ならざる膂力にとんぬらは思わず膝をつく。

 

 重い……!

 

 襲撃者は右手一本で大剣を振るっているというのに、両手で受けるとんぬらが撥ね退けられない。

 疾さも力も、そこらの魔物のものとは次元が違う。

 何よりも鬼気の密度が濃い。相手(とんぬら)を捻じ伏せ打ち倒さんとする本能的な欲求、怒りや憎悪と言った負の感情より生じる異質なこの鬼気。どれほどの強烈で激甚な恨みがこの大剣に乗っているのか。

 

(ゆんゆんの支援もなしにこれと打ち合うのはキツい――っ!)

 

 詠唱を口ずさむ間もくれず、続く二撃目。刃を鉄扇が受け止めるも、鉄扇ごと腕を持っていかれそうになった。これほどの豪撃、間違いなく魔王軍幹部(ベルディア)のものだ。アンデッドのリミッターの外れた膂力。

 受け切れぬと判断し、回避に専念するとんぬらに、息を吐かせぬ連撃が襲う。

 

 剣風が擦過して、外壁の床や柵に切痕を刻みつける。そして、そこが、枯葉または錆びたように変色する。剣で切り裂いた場所、そのすべてに異常が発生していた。

 傷んでいる。あるいは、脆くなっている。その剣に塗りたくられた毒に(さわ)ったものが何であろうと、その構成が、弱化していた。

 

(これは、ますます打ち合うわけにはいかん……!)

 

 先ほど大剣を受けた鉄扇にも錆びた切痕。ただでさえ盾にした得物ごととんぬらをへし折らんとする馬鹿力で迫るのだ。

 そして、その二刀流のメッタメタ斬りが『仮面の紅魔族』に直撃する。

 しかし。

 手応えは、なかった。

 

「『風姿花伝』――幻の一芸に酔いしれたか」

 

 霞と消えた分身の隣に扇構える、本物のとんぬら。

 そして、すっかり振り抜き無防備な身体を晒す襲撃者。

 そこへ鉄扇の先より抜けば玉散る氷の刃を瞬間成形して、隙を吐くとんぬら。起死回生の一撃。回避も防御も至難だったはずのこのタイミングで――兜の奥より真紅の魔眼が、怪しく光る。

 

「っ!?」

 

 空を切った。

 デュラハンとデッドリーポイズンスライムがツギハギされて合体したシルエットの襲撃者が、いきなり真下へ消えたのだ。それは布で覆われたコップが消失したと見せかける手品のようだった。襲撃者はスライムである下半身の形をかろうじて固化していた軟体から液状化に崩して平たく潰れることで、渾身の一撃を躱したのである。

 

「しまっ――」

 

 今度は変幻自在のスライムが飛び出し、隙を晒したとんぬらの胴体に思い切りぶちかましを食らわす。

 べきべき。ごり。ぐしゃあ。

 自分の肩がたてているとは思えない、異様な音が鳴った。それでも痛みはなかった。痛みも苦しみも、全てが麻痺させられていた。

 まっさかさまに、吹っ飛ばされたとんぬらは外壁から落ちていく。

 

 

「――若旦那っ?」

 

 外壁と砦本部の間にある空間、そこで酒盛りやら訛らぬよう身体を動かしたりしていた冒険者は、空から墜落してくるとんぬらに血相を変えた。

 

 

 どん!!!

 

 

 寸前、猫のように身を翻し、地面に四点着地。

 

「……ぐっ、がっ」

 

 が、右腕のバネが利かせられず前のめりに屈す。苦痛もあがらない。衝撃で、全ての感覚が痛みにすり替わった。柔らかな土の上でなければ、痛みを感じる前にあの世行きだったかもしれない。

 

「う……あ……――っ!!」

 

 転げ回りたいが、それどころではない。激痛を噛みしめて必死に堪え、叫んだ。

 

「来るぞっ!!」

 

 来た。

 同じく高い外壁の上からそれは飛び降りて、再びとんぬらの前に姿を晒す。

 ツギハギの醜悪なる襲撃者。それを見た冒険者たちは顔を蒼褪めさせる。かつてこの砦で猛威を振るった災厄の再来。姿が視界に入るだけで意気阻喪するものもいる。混乱し、畏怖し、これではとても実力の半分も出せない。

 だが、そんな彼らを一喝する号令が砦に轟き渡る。

 

「この砦に集った勇士に告げるッ!」

 

 その声を聴いた冒険者、また王国兵は、まるで叱咤されたかのように背筋を伸ばし、後退しかけた足を止め、再び前に視線を向けた。

 呪いと毒を撒き散らす襲撃者、ではなく、瞳に雷火を走らせる若き指揮官へと。

 

「何を恐れ、何に怯えるのか。敵、いかに狂猛を奮おうと、俺は立っている!」

 

 その通り。毒液に濡れたトーガを羽織りながら、屹然とそこにある。襲撃者と対峙する。

 次に彼は、鉄扇を高々と掲げ――

 

「恐れることはない。俺があんたらに降りかかってくる不幸(やく)を受け切ってやる。敗北を恐れ怯えるな! 勝利を求め咆哮しろ! この紅魔族随一の勇者が先陣を切る限り、勇士が手にするのは逆境覆す奇跡(ちから)と知れ!」

 

 その言葉と共に、勢いよく振り下ろす。

 

 

「『パルプンテ』――ッ!!」

 

 

 竦んで重くなっていた足が、“ハヤブサのように身軽に”。

 怯え震えが止まらない腕に、“力が漲る”。

 

 そして、刮目する。

 

 毒に汚染されたはずの『必殺の扇』が、『空のトーガ』が、虹色の波動によって染め直されるように再び鮮やかな色を取り戻しつつあった。

 錆びつき、染み付いていた部分がピキピキと罅割れる音が響き、ついにその装具から剥がれ落ち、一瞬で空気に溶けて消えた。そして、鉄扇と装衣より輝かしい光を放つ。

 神秘のヴェールに包まれていたものが、伝説の舞台へと姿を現すように――

 

「『ドラゴンソウル』――ッ!!」

 

 揺れる和装は残像遥かに、それは“魔眼()”にも留まらぬ速度(たけり)であった。

 鋭い光跡を曳き、瞬きひとつ分の時間で潰される間合い。

 その目に蒼い紫電が走り、竜の闘気を纏うその体が、一本の矢と化して襲撃者の胴体に突き刺さる。小細工なしの真っ向勝負。正面衝突した衝撃に、襲撃者は上半身覆う鎧が爆ぜ飛ぶように弾け、向こう壁まで吹っ飛ばされた。

 

 凄まじい威力。文字通りの全身全霊。放ったとんぬらも反動を受け、足が痺れて動けない。――されど、手は動く。

 己に続き、一気呵成に攻め立てよ! と鉄扇を振るう。狙うは、激突の際に帯電して怯む敵ひとつ。

 

「『ヴァーサタイル・ジーニアス』――!」

 

 『調星者』の輝きによる支援を受けた者たちはゾーンに入る。

 まずは、『ウィザード』二人。

 

「『ファイアハリケーン』!」

 

 『ファイアーボール』と『ブレード・オブ・ウインド』が混ざり合い、炎の竜巻を引き起こした。

 

「『ヴァーサタイル・ジーニアス』――!」「『火炎払い』!」

 

 続けてスポットライトを浴びるのは、『モンク』。炎を払う華麗な足技で衝撃波を放つ。

 

「『ヴァーサタイル・ジーニアス』――!」「『裂鋼一閃撃』!」

 

 次に舞台に上がるのは、『ランサー』。『モンク』とのコンビネーションで、鉄を切り裂く激しい連撃を見舞いする。

 

「『ヴァーサタイル・ジーニアス』――!」「『竜虎撃』!」

 

 飛び入り参上果たすは、『戦士』。『ランサー』と、竜虎の如く、激しく切り裂く。

 

「『ヴァーサタイル・ジーニアス』――!」「『極楽送り』!」

 

 勇士たちの背中へ祈りを捧げる『プリースト』。『戦士』は聖なる光を、宿した剣で叩き切る。

 

 スイッチしながら途切れることなく続け合わせていく連続攻撃。それも『調星者』の指揮によって二人がかりの連携で。

 特に最後の不浄を払う斬撃は、アンデッドには効果的なはず――されど、襲撃者は耐え切った。『プリースト』の神聖魔法を付加された剣撃を食らったが、その魔性が祓われたようには見えない。

 

(これは単純なレベル差が問題ではない。この砦に集まってきているのは、レベルが30以上のベテラン冒険者、いくら元が魔王軍幹部と言えどアンデッド。弱点特攻のダメージが大きいはずなのに、神聖魔法の効き目が薄い……これは普通の蘇生体(ゾンビ)じゃないのか?)

 

 でも、状況は悪くは、ない。

 実体がある以上、攻撃は効かないわけではない。代わる代わる必殺技を撃ち込み、反撃に転じさせる余裕を与えずに攻め立てる。毒も呪いも治療してくれる後ろ盾(とんぬら)がいるからこそ、果敢に攻撃できている。この一撃ごとに盛んになる勢いを止めるのは容易ならぬもの……しかし、襲撃者もこの高レベル冒険者の集う砦の危険性、単騎で攻め落とすことは困難であると理解しているはず、猛毒も『死の宣告』も克服されたものだと知っていようものなのに、またも単身で挑んでくる。

 その狙いは――

 

「……やはり」

 

 と唸るとんぬら。

 激闘の最中であるというのに、その口元には笑みすら浮かんでいた。

 

「これは、“陽動”か。ならば、本命は――」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 難攻不落の砦。

 王都へ侵攻するには通らねばならぬ要所であり、挑めば魔王軍に少なくない出血を強いる。だから、異教の邪神は眷属の犠牲を最小限にせんと邪魔な外壁に毎日ネタ魔法をぶち込んでいたのだが、わざわざそんな手段を取るまでもなく、楽に砦を落とせる。

 ――たったひとりでも。

 

(アヴェンジャーが、『仮面の紅魔族』も仕留めてくれると嬉しいんだけど……)

 

 『傀儡』に使う力のほとんどをあの“アヴェンジャー”の維持制御にもっていかれ、自分で動かなければならなくなるので、あまり使いたくはない手段であったが、あの派手な“囮”によって砦の警備は薄れている。

 よってこの“制御室”の札が掛けられた部屋の前に、王国兵はいなかった。皆、緊急事態に持ち場を離れたのだろう。

 

 この制御室には、砦の跳ね橋や扉の閉開レバーや罠のボタンがある。そして、この砦が敵に奪られる前に破却するための自爆ボタンも。

 

(つまり、これを作動させてしまえば、人間たちの拠点はおしまい。そして、防衛軍は生き埋めになる……!)

 

 落とされた諜報部の信を勝ち得るためにも、己を嵌めた相手に復讐を果たすためにも、そして、レジーナ様の信徒を増やすためにも!

 邪神ですら落とせなかった砦をひとりで陥落させる。レジーナ様に仕える『ダークプリースト』であるこのあたしが! すなわち、これは『怠惰と暴虐を司る女神』なんぞよりも、『復讐と傀儡を司る邪神』の方が上位である証明に他ならない。

 

「ふふ、復讐の味は蜜よりも甘い」

 

 数多あるレバーやスイッチの中に、ひとつだけある魔力水晶。ガラスケースに保護され、迂闊に使われないようにするその配慮から間違いない。それが“自爆スイッチ”だ。

 あたしはそれに手をかけ、魔力を篭めて作動させ――

 

 

 ♢♢♢

 

 

 カッ! と夜闇を切り裂くように閃光が瞬き、ほぼ同時に雷鳴が轟いた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 魔王軍からの信頼を著しく落とした“内通者”が手柄を立てるには、指揮官である『仮面の紅魔族』を倒すか――もしくは、この砦を破壊するか、その二点だととんぬらは考えていた。もっと言えば、そう選択肢を絞っていた。

 

 

「■■■■■――ッ!?!?」

 

 激しい激闘を繰り広げていた襲撃者が急に影に沈むように消えた。

 突然のことに冒険者たちは攻撃の手を止めてしまったが、それよりもとんぬらは、自室にしていた制御室の方へと意識を飛ばしていた。たった今、“仕掛けていた罠”が発動した制御室へ。

 

(獲物が“ネズミ捕り”にかかった。襲撃者の消滅も契約者にトラブルが発生して、サーヴァントの現界が維持できなくなったと見れる。――内通者の尻尾を掴むチャンスだ!)

 

 店長(ウィズ)の仕入れる魔道具は、どれもこれもクセが強すぎるが、それも使い方次第。

 海での合宿で嘆いた『強力な雷撃を閉じ込めた魔法玉』。使用するにしても雷が下にしか落ちないので自爆必至な問題作品であったが、それも使いようだ。

 そう、例えば、“ブービートラップ”……砦の自壊ボタンの身代わりに設置すれば、それは内通者を嵌める罠になるだろう。

 

 とんぬらは急いで、制御室へと駆ける。

 行動不能になっているであろう今のうちに敵諜報部を捕縛する。とんぬらは勢いよく制御室の扉を蹴破って――

 

「っ!?」

 

 とんぬらの進行方向を遮る遮断機のように振り下ろされた大剣。続く、長槍に戦斧。咄嗟に鉄扇で捌くも制御室の外へ弾き飛ばされた。

 レックス、ソフィ、テリー――そして、強烈な電撃を浴びた直後のようにビリビリと帯電しているセレナが、警備の外れた室内に無断侵入していた。

 

「なるほど、あんたが内通者か」

 

「チィ、よくも……!」

 

 ブービートラップで受けたダメージによるものか、ぼさぼさに乱れた髪、悪態に舌打つその様からは、初対面時の清楚なイメージは欠片もない。

 そして、セレナは手で顔を覆うと、また表情を一変させる。

 

「今回は、あたしの負けってことにしておいてやる」

 

 その目は暗く、冷たい、人形のような無表情になっていた。なまじっか整った容姿をしているだけに、その豹変ぶりには見る者に怖気が走るであろう。

 とんぬらはそれを不敵に一笑にふす

 

「なんだ、この状況からタダで逃げられるとでも思っているのか?」

 

「そのために、こいつらがいるんじゃない――今日までの貸し分、死に物狂いで時間を稼ぎな、“傀儡”ども!」

 

 自らに回復魔法を施してから、支援魔法を唱える。

 それは、数々の肉体強化の支援魔法。筋力増加に速度の上昇。レックスたちの身体が淡い光を纏い、プレッシャーが増す。

 されど、この狭い室内戦闘で、大剣、長槍、戦斧など長物は適した得物ではない。とんぬらは素早く懐に潜り込み、鉄扇の突きをレックスへと放つ。強烈な当身をもらい、くの字に身体が折れて、床に頽れた。

 しかし、ただ頽れたわけではない。レックスは腹筋にめり込まれた鉄扇を抱えつつ、床に倒れ込んだのである。

 

「ぬっ!?」

 

 完全に意識を落としたと思っていたとんぬらは、レックスの思わぬ行動のために、武器を手放してしまう。

 それを好機と見て取ったのだろう。ソフィが槍を突き付けながらとんぬらに向かってきた。

 

「ッ、『クリエイト・アース』! 『ウインドブレス』!」

 

 兄ちゃんの十八番な目潰しコンボで突き出された切っ先の照準をズラし、くるりと沈み込みながら回転して足払いで体勢を崩す。

 が、そこでとんぬらはよろめいた。

 

「(くっ、さっき喰らった毒が回ったか……!)――ぐあっ!?」

 

 そこへテリーが飛び掛かってきて、とんぬらに抱き着く。背骨をへし折らんとするテリーの抱擁に抵抗するとんぬらは、身動きが抑え込まれた。

 その間に、ビリビリの痙攣をやっと回復したセレナは懐より巻き物――転送の魔法が封じ込められた緊急離脱用のマジックスクロールを取り出す。

 

 足にすっ転ばされたソフィがしがみつかれ、ますます身動きができない。

 

「――くっ……! 忘れたか、俺は魔法使いだぞ」

 

 起死回生を狙える一手、それが奇跡魔法『パルプンテ』。

 

「テメッ、この状態から魔法を……っ!」

 

 鉄扇(つえ)などいらぬ、詠唱などいらぬ。

 大事なのは意志。奇跡を成そうとする想いこそが実を結ぶのだ。

 

「極めるというのはこういう事だ! ――『パルプン―――テ』ッ!!」

 

 女神級の現象さえ実現し得る、奇跡魔法の虹色の波動が放たれた――

 

 

 パルプンテ……

  パルプンテ……

   パルプンテ……

 

 

 山彦のように室内に残響する詠唱。

 外れ、である。シリアスな場面で最後の最後で不幸属性が働いてくれた。だがしかし! 奇跡魔法を究めし者は、たとえポーカーで言うならブタを引こうとも、勝利してみせる者のことを言うのだ。

 

「くくっ、いつまで間抜け面晒している。まだ、自分の身に何が起こったのか気づいていないのか?」

 

 朗らかで親しげな口調。しかしセレナは覚えた。その、のどかですらある声のそこに、極寒の気配が潜んでいることを。

 

「まあ、仕方あるまい。あんたに治せない呪いさえ解いてしまう俺との格差は明らかであるのだからな」

 

 屈強な冒険者に身体を押さえられながら、そこでとんぬらは、ゆっくりと、深呼吸するように、抵抗をやめる。もはやこれ以上は()()()()()と。そう、これは諦めたのではなく、もう相手は詰んでいるのだとでもいうような態度。

 セレナが唇の端を持ち上げる。ふてぶてしい微笑。だが、笑みと呼ぶには強張り、緊張感に満ち過ぎている。

 歯軋りさせて、口を開いた。

 

「……なにをしたの?」

 

「なんだ本当にわからないのか? 腐ってもプリーストであるなら専門家であろうに」

 

 白々しい台詞を吐くとんぬらに、セレナのこめかみのあたりがぴくぴくと震える。それに、仮面の相貌は低く、冷たく、笑った。

 

「これは解呪するのに時間がかかりそうだ。拙い密告(チクリ)屋をやるより、本職のお勉強に励んだ方がよろしいな。僧侶の不養生とはあんたにお似合いの言葉だよ」

 

「なんですってっ」

 

 揶揄する言葉に怒りを露わに視線を投げるセレナ。それに対する返答。仮面の奥の双眸が、にんまりと、底冷えのする眼差しで、

 

「まあ、しばらくのんびりと工作活動は休業して自分の身体をくまなく、納得がいくまで調べるといい。お宅の使い魔(デュラハン)が掛ける『死の宣告』よりも期間は長めに設定してあるからな。それに、()()()()害を及ぼさない」

 

「……ハッタリよ。あたしは、レジーナ様のご加護で護られている。第一、それほど強力な呪いを人間ができるはずがないっ」

 

 否定するセレナ。されど、そんな受け答えは予測済みのとんぬらは失笑気味に、

 

「ククク、そう信じたいのならば信じればいい。できれば、な。あんた、()()んなら、もう俺のことが()()()()いるんだろう? 一体誰に、そして、どのように()()されて、魔王軍の策略とやらは台無しにされているんだ?」

 

 “裏をかいたつもりで罠にかけられた”、この事実がある限り、このとんぬらのセリフは無視できなかった。

 

「ほれ、逃げないのか? もうすぐにここの警備が駆け付けて来るぞ。それとも、()()()()()()()()()を解いて欲しいのか?」

 

「……いずれこの()()は絶対に返させてもらうわよ、紅魔族の神主」

 

「それはいつ頃の話になるだろうな。悪いが、今のあんたを見ていると憶えていられる自信がない。まあ、()()魔王軍を嵌めるのに()()()してくれよ」

 

 そうして。

 目前で内通者(セレナ)緊急離脱用(テレポート)のスクロールを発動させるのを逃してしまった――が、向こうには油断ならぬ脅威対象に見逃された、と思っているだろう。

 成果は大して得られなかったが、勝負には勝った。

 これが、奇跡魔法を究めるということである。

 

『結局、それっぽく格好つけて滑らなかったように見せかけただけじゃない』

 

 後に、この一件をご報告したときのパートナーの感想。

 

 

 それで、この後、駆け付けた騎士団長ら王国兵らにレックスのパーティは捕まり、すぐに目に正気が戻った。『一体自分たちは何を……?』と揃って戸惑い隠せぬようで、それが演技してるものではないととんぬらは判断。あの“傀儡”という単語から操られていたものと推定する。でも、完全にそうでないとは断定できないため、彼らは明日の援軍組と入れ替わりで王都に帰還され、取り調べを受けることになる。

 

 そして――――ようやく、来た。

 

 

 ♢♢♢

 

 

『……カズマ、こんなことをお願いしてすいません。私と一緒に来てはもらえませんか?』

 

 パーティの『アークウィザード』と因縁ある魔王軍幹部の討伐。

 今までみたいにスライムやアンデッドではない、完全にラスボス枠な邪神。爆裂魔法なんて脅威度のあり過ぎる魔法を使ってくるボスなど相手にしたくないが、短気で人に頭を下げたがらないめぐみんに頭を下げられては、『しょうがねぇなあー!』としか言いようがない。

 もっとも砦にはこの国の騎士団やら、俺より先に送られてきたチート持ちの冒険者ら最高戦力が終結しているという話だし、それにそこに幾度も魔王軍幹部を相手にしてきた『アクセル』のエースもすでに加わっているのだ。そう滅多なことは起こるまい。

 案外、勝率は結構高いんじゃないかとも考え直す次第だ。

 他の面子もこれといった反対もなかった。(痛い目に遭わせてくれそうな)強敵との(一方的な)戦いを望むダクネス、それとは真逆に『命は大事に』が基本方針のアクアも、

 

『私に挨拶もなく、邪神とは言え勝手に神を自称する不埒物が相手だもの。ここはアクシズ教団のご神体として痛い目見せてやらないと』

 

 と縄張りを荒らされたチンピラみたいにやる気になっていた。

 

 それで装備を新調し、海での修行を経てパワーアップした俺達は『転送屋』でもって、まずは王都に向かう――

 

『よう親父、また来てやったぞ! 王都行きのテレポートを頼む』

 

『いらっしゃ……。って、あんたは手配中のサトウカズマじゃないか! 性懲りもなくまた来やがって、あんたには王都へのテレポート許可は下りてないって言っただろ!』

 

 数ヶ月前からだが、あのクレアとかいう貴族が手を回したせいか、王都への『転送屋』のブラックリストに載せられていた。

 第一歩目から躓いてしまった感があるが、まあいい。これから功績を挙げて『最強の冒険者』になれば、堂々と妹のアイリスに会いにいけるようになるはず!

 今回はダスティネス家のご令嬢であるダクネスのご威光によって王都へ移動が許された。またその際に、高レベルの冒険者など実力者を砦への援軍を派遣するための転送部隊が用意されているという話を聞き、『支援物資も送らなければならないので派遣できる人員数は少数ですがダスティネス卿とそのお供の方ならばきっと枠に入るでしょう!』とのことで、ありがたく乗らせてもらった。実家の威光をあまり使いたくない(また道中の凶暴なモンスターとの出会いを省きたくない)ダクネスが非常に悩ましくしていたが、これで移動は短縮されるし余計な手間もなくなるのだ。それに事態は一刻も争うかもしれない! と訴えれば、ダクネスも折れて、援軍枠にエントリーしてくれた。大貴族の家名だけでなく、魔王軍幹部を何度も撃退した経歴があるのだ。もちろん通るに決まっている。

 

 こうして、VIP待遇で魔王軍と交戦中の砦に派遣された俺達は、この砦の指揮権を預かっている人のところへ、騎士団長に案内された。

 

 

「ようこそ、歓迎しよう。今か今かと待ち侘びておりました、ダスティネス卿とその御一行様方」

 

 

 軍略会議のテーブルに座していたのは、大変よく見知った、けれど、その席にいるのが予想外な仮面の少年。

 

「我が名はとんぬら。『アクセル』を代表するエースにして、今はこの砦の作戦指揮を預かっている若旦那だ。……っと、自己紹介する必要はなかったか?」

 

 ちょ……!? え? ちょっと数日前に出て行ったとんぬらが、もう何か指揮官ポジションに収まっているんだけど!

 

「とんぬら、なのか? こちらの騎士団長が指揮を執っているのではないのか?」

 

「それは王国への表向きの対応(かお)ですダクネスさん。あくまで俺は影の軍師役なポジションで全体の総指揮は騎士団長さんになっています。ですから、手柄とかその他諸々はそちらへ」

 

「いえいえ。宮廷道化師殿の神算鬼謀には驚かされるばかりでして、きっとアイリス様、クレア様も話を聞けば、是非とも王城へ召し上げられたいことでしょう」

 

「ハハ、勘弁してください。このような指揮経験は一度で十分ですから」

 

「さっすが、私の信者()ね! 次期最高司祭の推薦状を私からも一筆入れてあげるわ!」

 

「そんなの書かれても困りますのでご遠慮ください」

 

 いや、マジか……。本当にこの防衛軍を掌握しているのかよ。

 だいぶ年上の騎士団長から恭しくされるとんぬらを見て、状況を納得せざるを得ない。

 

「すげぇな。とびきり優秀な奴だとはわかっているつもりだったが、これが()()の紅魔族随一の天才か」

 

()()の紅魔族随一の天才とはどういうことですか。おい、紅魔族随一の天才の称号を冠するに相応しい大魔導士は、すぐ隣にいるのですよカズマ。あそこの紅魔族の変異種(イレギュラー)を見つめながら言うセリフではないと思うのですが」

 

 と今の物言いに、呆気からんと停止していためぐみんがパチッと目を紅くして、噛みついてきた。

 

「別れてからおよそ一週間経っての重役出勤ご苦労様だめぐみん、ご注文通りの“露払い”は済ませてやったが……何か言う事はあるか?」

 

「ま、まあまあではないのですか。ええ、私が指揮を執っていれば、もう勝負は決していたと思いますがね」

 

 ちくりと刺さるようにとんぬらに言われ、ふいっと視線逸らすめぐみん。

 

「……まあ、これで覚悟はある程度固まったものと見るか。上等上等。さて、役者も出揃ったことであるし、幕を下ろしに行くとしよう」

 

 ふっと息を吐いたとんぬらは、にこやかに言った。

 

 ――これより魔王軍を撃退するが、兄ちゃんらにはこの趨勢を決める大役を任せたい。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 穴掘り:ドラクエの商人が覚える特技。海上以外であれば、フィールドでも室内でも足元の地面を掘ってお宝を探せる。他にも商人には『大声』というどこでも道具屋・教会・宿屋を飛び出せる特技があったが、作中ではどちらかと言えばこちらの方な感じ。

 

 メッタメタ斬り:ドラクエのモンスター・デンガー(スライムジェネラル)の固有特技。2、3回の連続攻撃で、それぞれに防御力ダウン判定が入る。

 

 風姿花伝:ドラクエⅨの扇スキルのひとつ。自分の分身を作り出し、盾ガードで防げる攻撃を一度だけ回避する。

 

 ドラクエⅪの連携技:『極楽送り』、『火炎払い』、『裂鋼一閃撃』、『竜虎撃』、『ファイア(メラ)ストーム』。

 

 パルプンテ新効果。

 装備強化:トルネコのダンジョンシリーズ。パルプンテの巻き物の効果のひとつの、持っている装備の強化。

 『必殺の扇』→『無双扇』(攻撃力だけでなく必殺技のチャージ率も上昇)

 『空のトーガ』→『天のトーガ』(防御力だけでなく、炎氷の属性耐性に眠り麻痺毒などの状態異常耐性値も上昇)




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