この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

9 / 150
9話

 長いようで短かったようで、色々と感慨に耽るものがある。

 久々の里帰りで、学校を通い、そして、今日、とんぬらは卒業する。

 

 朝、登校中でとんぬらは校門前で立ち止まり、学校の全容を視界に収めていた。

 

「ねー知ってる? この里に勇者候補が来てるって噂!」

「知ってる知ってる! ていうか私、昨日その人と会ったんだから! 爽やかなイケメンでさ、何でも、魔王を倒すための仲間を捜しにここに来たんだって! 腕利きの魔法使いを募集中らしくってさー。あーあ、なんで今来るのかな? 魔法を覚えたころにまた来てくれたならついて行くのに!」

 

 ふと耳についたその会話。あれは、ふにふらとどどんこだ。そのすっきりとした笑顔を見る限り、どうやら事は上手く進んだらしい。

 安心して内心胸を撫で下ろしたとんぬらは、その噂が気になり、耳を集中して傾ける。

 

「二人の女の子を連れて、すごい魔力を感じる剣を携えた、優しそうな人でさ。職業は『ソードマスター』って言ってたかな? 確か、ミツ……ラギ……?」

 

 ……んん?

 どこかで聴いたことのあるような……

 

 とにかく、強力な魔法の剣を持った『ソードマスター』か。

 ここ紅魔の里の周辺に生息するモンスターは強い。しかも、オークなんていう魔王軍でさえ敬遠するような最悪なのもいる。そんな危険地帯を抜けてこの里まで来たのであれば、その強さは本物だろう。

 勇者候補とは、神々に特殊な力を与えられた、変わった名前をした人たちの総称。

 変わっているのは名前だけでなく、性格や行動、日常の習慣なども他とは違う。かくいうとんぬらも一人のニホンから来たという勇者候補に出会ったことがある。でもそれは、どんなピンチもあっさりと乗り越える、英雄譚に出てくるような人物ではなく、世間知らずな坊ちゃんだったが。

 確かその名前は……

 

 

「とんぬら!」

 

 

 大きな声で呼ばれ、振り向けばそこに、息を切らし、張り裂けそうな胸を抑える少女がいた。

 こんな人前で、目立つような真似をして。

 名乗り上げすらも恥ずかしがる里で変わり者とされる少女がいったいどういう風の吹き回しだと周りが皆足を止めてざわつく。

 

 そして、注目を集める中、一世一代の決心をしたゆんゆんは、そのまま片足を鶴のように上げてピタリとバランスを取り、

 

 

「我が名はゆんゆん! 『アークウィザード』にして、やがてこの里の長となる者!」

 

 

 おおっ!? と周囲は期待の眼差しを送る。

 いつものようにか細い声で恥ずかしがることなど一切ない、堂々とした宣言。

 みんなの注目を独り占めにするかのように集める中、バサッとマントを翻し、

 

 

「今日学校を卒業するとんぬら、あなたの第二ボタンを私がもら――「ちょっと君どいてくれ。僕は彼と大事な話があるんだ」――え……?」

 

 

 こけた。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 パーティ三人で、旅をして、ひとりの仲間を勧誘する。

 それは日本でよく読んだ『三国志』で、稀代の名軍師を誘う有名な場面と一致してるような感じがして、つい頬が綻んでしまう。ちょうど扇を武器に使ってたし、神算鬼謀でもある。冒険者カードのステータスを見せてもらったことがあるが、当時でも今の自分よりも、いやこれまで会ってきたどの魔法使い職よりも上の知力と魔力に器用が圧倒的に高かった。運が異様に低かったが、魔法使い職なのに生命力、敏捷性も高かった。

 きっと魔法を覚えれば、歴史に名を遺すような大賢者としてとんでもない戦力となるだろう。それこそ『蜀漢王』と水魚の交わりをした『臥龍』のように。

 

「ねぇ、キョウヤ、わざわざこんな田舎まで魔法使い職を捜しに来なくてもよかったんじゃない?」

「そうよ。だって、あなたの『グラム』があればどんな敵だって一網打尽じゃない」

 

「いいや、クレメア、フィオ、やっぱりこれからの戦いを見据えると、優秀な後衛は欲しい。魔法使い職と僧侶職はひとりずつ加えたいね」

 

 難色を示していた二人だが、命の恩人であり、上級職の『アークウィザード』であり、それから年下の少年だけど尊敬できる……と説得したら、ほっと胸を撫で下ろされて彼の勧誘するのに納得してくれた。

 

 そして、里に辿り着いて、その名前を呼ぶ声に、何やら騒がしいその方へと駆け付ければ、やっと、見つけた――

 

(とんぬら! やっぱりここに君がいた!)

 

 見つけた。ようやく見つけた。あれから背が伸びて、顔つきも凛々しくなっているが、成長してもその目は変わっていない。

 早速、この思いを打ち明けようと、したところで周りが見えなくなっていた僕は前に立っていた女の子にぶつかりそうになる。

 

「ちょっと君どいてくれ。僕は彼と大事な話があるんだ」

 

「え……?」

 

 急に後ろから声をかけてしまったせいで戸惑わせてしまったが、逸る気持ちはそんなこと気にかけなかった。

 軽く、でも、レベル30を超えた上級戦士職の力で肩を押して、少女を脇へ。

 そして、とんぬらの前に立つ。

 

「とんぬら! 君をパーティに誘いに来た! 僕と一緒に魔王を倒して、世界を救おう!」

 

 勧誘に。

 彼は。

 ゆっくりと。

 鉄扇を取り出し。

 こちらに向けた。

 

 

「よろしい、決闘だ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 茶色い髪をした、年上のかなりのイケメンの正義漢。

 鮮やかに青く輝く高そうな鎧を身につけ、腰には、黒鞘に入った剣を下げていた。

 そして後ろには、槍を持った戦士風の少女と、革鎧を着て腰にダガーをぶら下げた少女。

 そいつらが空気など読まず、いきなり後ろから割って入ってきた。

 

 途中にいたゆんゆんを突き飛ばして。

 

「あ」

 

「フーッ!」

「シャーッ!」

 

 片足立ちなんて不安定な姿勢から、優男に強い力で転ばされて、声をあげてそちらを見るも、その取り巻きのふたりが威嚇。里に入ってから美少女揃いの紅魔族を警戒していた彼女たちは薄幸な少女が相手でも容赦なかった。

 

「っ……」

 

 泣き面に蜂な目に遭ったゆんゆんは、それでどこかへと走り去ってしまった。目元から煌くものを流して。

 それをすぐに追ってやりたいところだが、ここでやるべきことがある。

 

「ゆんゆんは任せてください。とんぬらは、あの空気の読めない、スカしたエリートに、紅魔族の流儀を叩き込んでやってください」

 

 ゆんゆんと一緒に登校していためぐみんはそういうと彼女の後を追っていった。

 

「ああ、とびっきりのお灸をすえてやる」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「決闘、だって……ああ、僕がどれほど強くなったのか知りたいんだね」

 

 想像していたのとは違う展開に、戸惑うもすぐに納得する。これは、力試しだと。出会った当初、『グラム』なしの戦闘訓練で、戦士職なのに魔法使い職の彼にコテンパンにされていた。結局それでひとつも白星を取れずに別れてしまったのだ。

 

「今の僕は『ソードマスター』。レベルも30を超えた。今では魔剣使いの勇者だなんて呼ばれてる。ああでも、もう魔剣『グラム』に頼りきりの駆け出しのころとは違うよ」

 

 仲間の少女から槍を借りて、軽快に回して見せる。本来の武器である魔剣(グラム)ではないが戦士職だからこれくらいお手の物。しかし、成長を見せても、彼の目は冷ややかで、赤々と光っていた。

 

「御託はいいから構えろ、ミツラギ」

 

 微妙に名前が違ってた気がしなくもないけど、聞き流すことにする。

 

「ちょうど卒業するんだ。新たに覚えた魔法を試す良いお披露目になる」

 

「っ! それは楽しみだね」

 

 そうか。僕に君が得た新しい力を見せてくれるのか。

 

「よく見てろ。見逃せば一瞬で勝負を決めてやる」

 

 鉄扇を構えるとんぬらから白い蒸気のようなオーラが漂い始める。

 びりびりと肌に感じる魔力の波動はただ事ではない。周りが固唾を呑んで見守る最中、クレメアとフィオが止めようと手を伸ばしかけたが、後ろ手に制すと言葉を飲み込んでくれた。

 『アークウィザード』の魔法はモンスターを一掃するほど強力だが、この間合いでは、『ソードマスター』の方が有利だ。それに今装備しているこの鎧は強力な魔法耐性が施されていて、上級魔法にも耐えられる――

 

 

「『猫騙し』」

 

 

 わずかに開いた鉄扇の面が凍って、氷面鏡となっていた。

 それを日中の陽射しとの角度を計算して当てられた反射光に、一挙一動見逃さないと注視していた勇者候補・御剣響夜の目を晦まされたところで、懐に飛び込んだとんぬらが先手を打つ。

 槍を持つ左腕の関節部、いわゆるファニーボーンという人体の神経が通うところで最も浅いところを、鎧装甲の上からだろうが魔力で身体能力をあげた鉄扇で強打して、ミツルギを痺れさせた。

 反射的に左手を引いてしまいがら空きになった左脇、魔剣の柄へととんぬらは手を伸ばす。

 

「魔剣はキョウヤでなければ鞘から抜けないわ!」

 

 その動作から魔剣を掏り盗ろうとしたのがわかったのだろう、盗賊の少女が叫んだ。

 

「知ってるよそんくらい。付き合いは短いだろうが、あんたらよりも前にこのぼっちゃんの面倒見てたんだから」

 

 構わず、柄を握り締めたとんぬらは、ミツルギの鎧の胴をケンカキックで蹴っ飛ばしながら呪文を口にする。

 

 

「『モシャス』――!」

 

 

 魔剣使いの勇者である御剣響夜にしか使えない剣を御剣響夜´に化けたとんぬらが抜いた。

 完全変化呪文『モシャス』

 それは単なる物真似芸とは一線を画し、姿形だけでなく、その対象の『ソードマスター』や勇者候補などといった性質から、筋力と敏捷といった身体能力のステータスに習得した保有スキルまでも模倣してしまう。

 そして、魔剣『グラム』は、手にした相手に限界を超えた膂力を与える加護を持った神器である。

 

 結果、魔剣を盗られ不慣れな仲間の槍を持ち、尻餅をついているミツルギを、魔剣使いの勇者になっているとんぬらは、容赦なく魔剣『グラム』の腹を頭に叩き込んでやって、ノックアウトしてやった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ひ、卑怯よ! いきなり目晦ましなんてせこいことして、勝負として認められないわ!」

「そうよ!キョウヤが本気だったなら、絶対に勝てっこないんだからね!」

 

 気絶したミツルギを抱きかかえる取り巻き二人がただ今の決着に物申す。

 とんぬらは、それを聞き流した。確かに『ソードマスター』が魔剣を抜いて、詠唱させる間も与えずに果敢に攻められたらほとんど勝ち目はなかっただろう。

 しかし、油断したのはそちらの方だ。それを容赦なく突かせてもらって何が悪い。魔剣『グラム』は出してこないから、こっちも奇跡魔法は封印してやっていたというのに。

 そもそも、いくら同じ上級職だからって、レベル差が20近くもある魔法使い職と戦士職が決闘して、正々堂々を求められても困る。

 

「俺の勝ちだ。魔王を倒すだか何だか言ってたが俺にも負ける、(おつむ)の弱い勇者にはついて行けないな」

 

「なっ!? いくら上級職の魔法使いだからって調子に乗って!」

「キョウヤの命の恩人だからって大目に見てあげたけど、許せないわ!」

 

 パーティ申し出にお断りを入れるとますますお怒りになる取り巻き二人。

 顔を真っ赤にする彼女たちからすれば、ミツルギから直々に誘ってもらえるのは大変名誉なことなのだろう。試すまでもなく、自ら進んで『どうか僕を皆様の一行に加えてください。お願いします』と低頭で立候補してしかるべきだと。学校でも、どんな困難にも真っ向から立ち向かうような、まっすぐで正義感にあふれた、誰もが憧れる勇者候補が率いるパーティに加わることを、望むものはいるだろう。だからそれを蹴る自分が許せないし、信じられない。

 

「ご先祖様の言葉には『三顧の礼』というのがあってな。相手を試すために三度どんな非礼をしても許される。だから問題ない」

 

 飄々と肩をすくめてそう言い切ると、魔剣を持ったまま、ちょうど近くにいたクラスメイトに声をかける。

 

「なあ、もょもと、新しい商談がある」

 

「なんだとんぬら」

 

「もょもとの家の鍛冶屋『ゴブリン殺し』の前にある岩に刺さった聖剣を、この魔剣と交換しないか。これ神器だし、本物の伝説が作れるぞ」

 

「よっしゃ、早速、親父に渡してくる。滅茶苦茶強い封印にしてくれって頼んでおくぜ」

 

 乗り気な級友に魔剣を手渡そうとしたところで、この紅魔族的なノリについて行けない取り巻き二人は血相を変えて慌てて止めに入る。

 

「バ、バカ言ってんじゃないわよ! その魔剣はキョウヤのものよ。早く返しなさい!」

 

 当然のことのように言ってくる取り巻きAに、嘆息してとんぬらは説く。

 

「あんたらは決着を認めないんだろう。だったら逆襲されないように徹底して牙をもいでおくのは当然だろうに」

 

「ちょちょちょ、そんな、どうしてそんなひどいことすんのよあんた! キョウヤはあんたのためにこんなド田舎までやってきたのに!」

 

 ついに武器を構えた取り巻きB。同じくもうひとりもその得物を手にした。

 まったく、この未だにわかってない世間知らずの愚か者に、キレている理由の一端をとんぬらは懇切丁寧に教えてやる。

 

「さっきあんたらが突き飛ばしてくれた女の子は、俺たちの次期族長なんだよ」

 

 取り巻きABはやっと気づく。自分らの主張に誰も同調してくれないことに。

 そう。

 先ほど彼女たちが手を差し伸べずに、剣呑な視線をぶつけた紅魔族の少女ゆんゆんはただ常識的な感性を持っているため馴染めないが、周りの好感度は割と高い方にあったりする。

 ここ最近はいろいろとお世話を焼いていたみたいだからなおさら好印象だろう。ついさっきイケメン勇者候補に熱をあげていたふにふらとどどんこも、弟を助けてもらったゆんゆんに無下にした彼らへ送る目線はきつく、赤い攻撃色に光っている。

 きっとゆんゆんが中二病というか、殻を破って紅魔族として覚醒した名乗りを人前で高らかにあげられるようになったら里総出でお祝いするに違いない。

 そうでなくとも重要な紅魔族の名乗り上げを邪魔するという里の者にとって絶対にやっちゃいけない禁忌をしたのだ。

 ぽっと出の勇者候補らに味方する者などいない。

 

「ぼっちゃんのあんたらに、あと三つ教えてやる」

 

 動揺する二人に向けて、とんぬらは三本指を立ててみせる。

 

「割と有名だと思ったんだが知らないのか、それとも気づいていないからなのか知らんが、あんたらの言うド田舎な紅魔の里の民は、実は全員、『アークウィザード』だ」

 

 紅魔族に喧嘩を売るなんて、魔王軍でもそうできない。そんなところに大ぴらにド田舎だと喧伝して、とんでもない無礼を働いてくれたと気付いた彼女たちは、真っ赤にしていた顔色を真っ青にして震え上がる。

 まあ、ここにいる大半が、まだ上級魔法を覚えていない学生なのだが。

 

「それと紅魔族は、オークとご近所さん付き合いをしてる」

 

 里周辺のモンスターで最も危険視されるモンスター、オーク。

 オークのメスは、縄張りに入り込んだ他種族のオスを捕らえ、集落に連れ帰り、それはもうすごい目に遭わせる、男性冒険者にとっての天敵。メスのあまりの性欲の強さによって、オークのオスはとっくの昔に絶滅しており、たまにオークのオスが生まれても、成人する前にメスたちに弄ばれて干乾びて死んでしまう。おかげで、オークは混血に混血を重ね、各種族の優秀な遺伝子を兼ね備えた、もはやオークとは呼べないモンスターになっている。

 なので紅魔族も迂闊にその集落付近に近づかないようにしてる。オークのメスたちも紅魔族の上級魔法を危険視しているため、互いに不可侵なご近所付き合いである。

 

 そして、とんぬらは最後の指を折り、にっこりと、とっても良い笑顔を作って、顔面蒼白な年上の少女たちへ言う。

 

「ちなみに、俺の知り合いのひとりに、オークでも愛せる『アークプリースト』がいるんだ」

 

 ウソかもしれないが本当だ。

 あの水と温泉の都で最高司祭をしてる変態師匠は、悪魔以外は何でも許せるオークもいけると豪語する、デットボールでさえストライクゾーンな広すぎる心の持ち主だ。

 

 で、とんぬらの語りが終わったところで、取り巻き二人の震えは、それはもう酷いものになっていた。

 

「あ、ああああなたの勝ちだって認めるから! キョウヤをオークにやらないで!」

「お願い! 私たち、何でもする! だから、許してええええ!」

 

 嘘はついてないが、一度もそんなことやるとは言ってないのだが。

 自己中なぼっちゃんだが好青年だと知ってるミツルギに、そんな鬼畜な行いをするつもりは流石にない。

 でも、今の説明だと『族長の娘に無礼な振る舞いをした輩は、オークたちのエサにしてやる。これまでも上級職の僧侶も餌食にしてやったぜ』と聞こえたかもしれない。

 その勝手に勘違いしてるふたりの誤解を解いてやる気はしないが、とんぬらは戦利品の魔剣『グラム』を勇者候補御一行へ放り投げる。

 

「『三顧の礼』だ。今回は見逃してやる。ほら、魔剣も持っていくと良い」

 

 ひとりはミツルギを支え、もうひとりは魔剣を抱え、魔剣使いの勇者パーティは到着して早々に、逃げるように里を後にした。

 多分もう二度と里に近寄らないだろう。勇者候補が何と言おうとあの二人がそれはもう必死になって止めるはずだ。

 

「良かったのかい。あれでも一応、実力は本物だろう」

 

 観客のひとりであった女子生徒あるえが、とんぬらに声をかけてきた。

 魔剣の力が本物だというのは、実際に手にしたとんぬらだけでなく、それが放っていた波動から周りの紅魔族も察していた。先も言った通り、神器を持った勇者候補のパーティに入れるのは、大変名誉なことだ。

 しかし、

 

「俺は勇者の末裔にして、紅魔族随一の勇者になる男。一パーティに二人も勇者はいらん」

 

 そういって、やるべきことを片付けたとんぬらは、ゆんゆんが走り去り、そしてめぐみんがそれを追いかけていった方へと走り出した。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「まったくゆんゆんはチキンですね。普通、紅魔族ならあそこであのエリート面を蹴っ飛ばしてやるものなのに逃げてしまうとは。情けない。おかげで私まで学校をサボることになってしまったではないですか」

 

「う、ううぅ……」

 

 体育実技の一位とビリ。ついでにふてぶてしい毛玉のクロという重りがある。もともと足の長さに体力の差があった二人が追い付くには結構時間がかかった。

 それでも追いかけてきてくれたのに、慰めるんじゃなくてダメ押しをしてくるめぐみんにゆんゆんは涙目になる。

 彼女としては、あれは一世一代の大勝負であり、これからしばらくあんな真似は無理。冷静に考えて、あんなポーズを取りながら、白昼堂々と青春な主張をしようとしていた自分はどうかしていた。

 

「まあ、とんぬらがきっとゆんゆんの敵を取っていてくれるでしょう。あれは奇跡魔法以前に、とんぬら自体が何をするかわからない『パルプンテ』な滑り芸人ですし、私もまともにやり合いたくない相手です」

 

 理由は単純なくせに、行動は予測不能。

 一体どうお灸を据えるのかはわからないが、でも、あの少年の勝利だけは信じられた。

 

「今更学校に戻るのも格好がつきませんし、家に帰りますか。族長の娘であるゆんゆんは今の時間に帰り辛いでしょうが、私の両親は出稼ぎに出てます」

 

「う、うん……」

 

 走り続けて今、ちょうど里の端の方。

 発破をかけても萎んだままな反応に、それ以上はめぐみんも傷心してるゆんゆんを責めたりはせず、家へ誘う。その時、

 

 ――カーン、カーンという甲高い音が、紅魔の里に鳴り響く。

 

 それは、緊急事態を告げる鐘の音。

 一体何事かと音の方を見やれば、視界に飛び込んできたのは、真昼のてっぺんに太陽が差し掛かった空に、無数のモンスターの群れが舞い上がっていた。まるで何かを探すように四方八方へと散らばって……

 

「めっ……、めめ、めぐみん! あれっ! ああああ、あれって……!」

 

「おっ、おお、落ち着くのですゆんゆん!」

 

 里の大人たちが、邪神の再封印を強引に行うと言っていた。きっとそれは里の子供たちが学校に集まっている時間を選んだのだろう。

 しかし、学校を前にして引き返してしまっためぐみんとゆんゆんは。急いで最寄りのめぐみんの家へと走る。

 

「ねぇ。……ね、ねぇ! こっ……、こっちに来てない?」

 

 青ざめた顔のゆんゆんが、空のある方向、あきらかにこちらへ向かってくるモンスターを指摘する。

 

「早く私の家に逃げますよ! ゆんゆん、もし私の身に何かあっても、決して私のことは気にせず、そして振り返らないでください! ここはあなたに任せて先に行きます!」

 

「バ、バカッ! 何言ってるの? めぐみんを置いて行けるわけない……じゃ……え、あれっ? 今なんて言ったの!? ねぇ、なんて言ったのよ!」

 

 そのとき、鐘の音がこだまする空に、色鮮やかな青白い閃光が幾筋も迸った。

 里の大人たちだ。普段は里でのんびりとしている紅魔族の『アークウィザード』たちが、ここぞとばかりに力を振るっているのだろう。その制圧は凄まじいもので、空を埋め尽くすほど大量にあったモンスターの群れが急激に面積を狭めていってる。すぐ散らばり、這う這うの体に逃げ出すモンスターたち。

 あの分だと制圧するのにそう時間はかからないだろうが、しばらく建物の中に避難した方が良いだろう。

 

「家はもう目の前です。とっとと隠れますよ。妹も中に一人でいます。戸締りをして、留守番をしっかりとこなしてるでしょう。ウチの妹はあれでなかなか根性が据わり、世渡り上手なところがあります。訳もわからず泣き喚くような甘っちょろい子には育ててません」

 

「そうだね。こめっこちゃんが心配だよねめぐみん」

 

 まず妹こめっこの安否を確認しようと考えていためぐみんは、固まる。

 

 駆け付けた家、小狭く、そしてオンボロな建物の玄関のドアが無残に破壊されていた。

 

「……………こめっこ?」

 

 毛玉を詰め込んだ鞄を、ぼとっと肩からずり落とす。

 

「こ、ここ……こめっこ……こめっこ! いるなら返事を……!」

「めめ、めぐみん落ち着いて! おおお、落ち着いて!?」

 

 破壊された玄関にフラフラと近づくめぐみんの肩を、ゆんゆんは掴んで揺さぶる。

 それでも動揺が戻らない。かくいうゆんゆんもパニックになっており、冷静な思考ができないでいる。

 

 背後より這い寄る影に気付かない。

 

「大丈夫です! 我が妹は、実は暴食神アストロボルグの生まれ変わり! ピンチになったらその封印が解かれ、やがて私と共に世界を席巻」

「落ち着いてったら! しっかりしてっ!」

 

「ハブッ!?」

 

 頬を引っ叩かれ、正気に戻る。

 めぐみんの調子が戻り、そしてゆんゆんも落ち着くことができた。

 

 自分たちを覆う影に気付けるくらいに。

 

 ――恐る恐る振り向くと、めぐみんの落とした鞄を拾うモンスターがいた。

 

 この前のよりは幾分か小さいが、クチバシのついた爬虫類顔の悪魔と、二人の視線が合って……

 

「………あ、あああああゆんゆんゆんゆんゆん! ゆんゆんゆん! ゆんゆん!」

「待って押さないでちょっと今私の名前がおかしくなかった待って待ってちょっと待って!」

 

 パニックになるめぐみんとゆんゆんだが、それよりも悪魔は、めぐみんの鞄を引き裂いて、中に入れられていた毛玉クロを手の平へそっと丁重に乗せる。

 

「クロちゃんがっ! クロちゃんが、モンスターの手に!?」

 

「も、もうあの子はダメです、諦めましょう! 私達の尊い犠牲になったということで、ちゃんとお墓も作ってあげますから! 大丈夫、あの子はこれからも共に生きるんです。そう、私の心の中で、ずっと一緒に……」

 

「生きてるよ! ちゃんと見てよ、あの子まだ生きてるよ! 諦めるの早すぎるでしょっ!?」

 

 モンスターから逃げようとするめぐみんの首後ろをガッと掴むゆんゆん。

 

 しかして、妙である。

 これだけ騒いでも、悪魔は一向にこちらへ興味を示さない。

 それにモンスターに捕まってるクロも、抵抗することなく大人しくしている。妹の非常食として育てられたクロは、身の危険を敏感に察知するはずなのに。

 

「なんだかわかりませんがチャンスです! あの毛玉に母性本能でも刺激されているのかもしれません。今のうちにここを離脱して妹を……」

 

「待って! お願いだからクロちゃんも助けてあげて! こめっこちゃんが気になるのはわかるけども!」

 

「何言ってるんですか、あれだけ執着しているクロをアイツから奪えば、きっと私たちを追いかけてきますよ! なんだかそんな気がします!」

 

 捨てられた子犬を拾ってきた子どもが親に元の場所に戻してこいと言われていやいやするような、そんなやりとりをしている二人を他所に、クロを確保した低級悪魔は翼をはためかせ、空へ舞い上がろうとし――背中を貫かれた。

 

「ヒギャアアアア!」

 

 空高くへと舞い上がろうとしたモンスターを、串刺しにしたのは、氷柱。

 そしてめぐみんとゆんゆんは、低級悪魔の背後に目を赤くしたとんぬらの姿を視認した。

 とんぬらは閉じた鉄扇の先より伸びる氷彫刻の刃、その根元を折って、モンスターに突き刺さったまま聖水の氷柱を鉄扇から切り離す。それから、急所に鉄扇の照準を合わせ、

 

「『花鳥風月・猫の爪』!」

 

 聖水の水芸による水鉄砲が、低級悪魔に止めを刺す。

 

「まったく、昨日言ったことがまさか本当になろうとは……」

 

 聖水の高圧放射を喰らわされたモンスターは蒸発するかのように、黒い煙となって死体を残さず消えた。

 とんぬらは落ちた黒猫を拾い上げて、二人へ安心させるよう不敵に笑いかける。

 

「とりあえず、勇者候補をさくっと片付けてきた紅魔族随一の勇者が助けに来たぞ。事情を話してくれ」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。