この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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9.5章
90話


「ギュゴロロロォ……!」

 

 白黒の体毛に覆われた大きなクマのモンスター。

一撃熊の変異種『一撃パンダ』である。愛らしい動物を模したツートンカラーをしているが、その凶暴さは、普通の一撃熊より一線を画すモンスターだ。

 

 だがその賞金首に指定されるほどの魔物が、一人の少女の魔法使いの手によって身動きを封じられていた。

 

「『アンクルスネア』――!!」

 

 足元の地中よりいきなり飛び出して『一撃パンダ』の四肢胴体に絡みつく蔓は、『アークウィザード』による拘束魔法。それもかなり念を入れて縛っているようで、剛腕をもってしても引き千切れない。

 

 そして、少女が抑える獲物に照準を定める仮面の少年。

 

 掲げる手に持つその鉄扇を両端が重なるほど全開に広げ、鏡形態に展開。

 その鏡の円周状に合わせて、半透明の筒が形成され。さらに、まるで大筒のようなその銃口の前には、空間に固定設置された魔法陣。

 

「これは、上級火魔法(インフェルノ)ではない、初級火魔法(ティンダー)だ」

 

 『一撃パンダ』の全身を呑む豪火球が放たれた。

 

 

「流石とんぬらね。まだレベルは十を超えたばかりなのに、もう一撃熊の変異種を倒せるなんて」

 

「ゆんゆんが抑えてくれたおかげだ。この魔法の戦術は、まだ展開に時間がかかるし、設置型だからな。モンスターの注意を引き付けてくれる相方がいないととてもできない」

 

 『天地雷鳴士』。

 それは、『アークウィザード』と『アークプリースト』の両方の性質を併せ持つ賢者なスーパースター、紅魔族の変異種こととんぬらの資質を開花させるにピッタリな、まさしく“天職”とも呼べる職業であった。

 その高い魔力でもってパワフルなモンスターを抑え込んで見せたゆんゆんが興味津々と目をほんのりと赤々としながら先の魔法について訊ねる。

 

「さっき、とんぬらが筒状に張ってたのって、『プリースト』の人が使ってる『リフレクト』?」

 

「ああ。反射防壁を張る神聖魔法『リフレクト』はあの変態師匠の得意魔法のひとつだから、覚えるのは非常に癪であったが、それでもその有用性はよく理解しているからな。工夫次第ではさっきみたいに攻撃にも転用できる」

 

 通常は一枚板で張って防御する『リフレクト』だが、とんぬらは魔法を圧縮して放てるよう、砲のように筒型に展開した。こうすることで、筒状に展開した『リフレクト』の中で炸裂した魔法は、飛距離と貫通力を飛躍的に伸ばすことができた。

 この攻撃的な反射防壁の利用法により、初級魔法でもって、中級から上級魔法に匹敵する、強敵モンスターを倒せるほどの威力を叩き出したのだ。

 

「それと、『リフレクト』と一緒に展開したのは、魔力増強させる支援魔法『マジック・ゲイン』。ただし、個人に掛けるのではなく場に敷いたものだがな。空間に固定した、設置型の支援魔法、その魔法陣を通ると魔法の威力が増強される仕組みだ。そして、俺は単に魔力を強化するだけでなく、暴走させるよう働きかける術式に弄ってみた。名付けて『暴走魔法陣』だ」

 

「ええ!? そんな暴走させるようにして大丈夫なの!?」

 

「リスクはあるが、魔力制御で抑えられる程度だ。それに魔法は暴走すると制御が難しくなるが、その分、爆発的に威力が跳ね上がることはゆんゆんも知っているだろ? 俺はそのクリティカルな状況を意図して起こせるようにしただけだ。それに空間に設置するのだから魔法使い自身が自爆するようなこともない」

 

「ほぇ~……」

 

 既存の魔法をアレンジして、低レベルながら驚かされる戦闘法を取る。このパートナーの発想力に口を開けて感心してしまうゆんゆん。

 元より初級魔法の性質も錬金術に適していて、どのような条件で成れるかもわからないレア職業『天地雷鳴士』にクラスチェンジしてのけたのだ。紅魔族随一の異才であるのは疑いようがなく、めぐみんが事あるごとに“紅魔族の変異種”と言う気持ちがよくわかる。

 今や彼の応用力は、魔法使いの魔法だけでなく、プリーストの神聖魔法系統のスキル習得も解放されたことによって、さらに幅が広がったようだ。

 

「これくらいで驚いてもらっては困るなゆんゆん。俺はさらに支援版オリジナルの奇跡魔法を開発した」

 

「『パルプンテ』の支援魔法……?」

 

「その名も、『パルプンギフト』。奇跡魔法の増強効果に的を絞って、仲間の肉体面全般を強化する支援魔法だ。成功すれば、パワー、スピード、タフネスをいっぺんに底上げできる」

 

 おお、それが本当なら普通に支援魔法を掛けるよりも実戦的。

 

「それで、開発してみたはいいが、まだ一度も試したことがなくてな。術式理論上は問題ないはずだが……。すまないが、ゆんゆん、実戦投入する前にちょっとデータ取りに付き合ってくれないか?」

 

「うん、いいわよ。実際にやってから分かる問題点もあるかもしれないしね」

 

 疑いなく頷くゆんゆんは、魔法を受けやすように両腕を広げてみせる。

 パートナーに絶大の信頼を寄せているのもあるが、実験大好きな紅魔族の血が、このオリジナル魔法開発に関わることを良しとしたのだ。とんぬらの発想力が斜め上の方向に群を抜いているのは、ゆんゆんは一番によく知っている。スタンダードな魔法使い路線を行くゆんゆんであるも、とんぬらの実験はとても刺激を受けるのである。言ってしまえば、アブない火遊びをしてるような感じでワクワクする。

 

「ありがとう。何があっても全力でフォローすると誓おう」

 

 とんぬらの掌から球状に浮かぶ虹色の魔力。

 その奇跡魔法が篭められた魔力球が、パートナーの下へ投じられる。

 

 

「奇跡を成す英雄の祝福を汝に贈る! ――『パルプンギフト』!」

 

 

 パートナーの全身が虹色に輝き出し……

 

 

 ゆんゆんは、突然、服を脱ぎ捨てた。

 

 

 いきなりマントの『ドラゴンローブ』の紐を解いて、止まらず、うんしょと上着のシャツも脱ぐ。その脱ぎっぷりに思考停止《フリーズ》しかけたとんぬらであったが、すぐ呆けてる場合でないと喝を入れた。

 

「なあ!? ちょ、ゆんゆんを何を――」

 

「とんぬら、すごいね! とんぬらの魔法を掛けられた途端、力が湧いてきて、それに体が熱くなって……! ねぇ、ここ暑くない? もうすぐ秋になるのに、こんなに暑いなんて、残暑なのかな? 脱いでも良い?」

「ダメだ」

 

 コテンとこちらに首を傾げるゆんゆん、その真っ赤になった瞳はなんかグルグルしていた。

 しまった。混乱作用も引き起こしてしまったか!?

 支援効果のみを抽出した、支援に適した術式構造であっても、元が、何が起こるかわからない『パルプンテ』である。

 ハプニング要素は切っても切れないのであった。

 

「じゃあ、脱ぐねとんぬら」

「いや、だから脱ぐなと言ってるだろう!?」

 

 上着をぽーいと投げて、スカートをバサッと降ろす。

 とんぬらの必死な制止の呼びかけもむなしく、下着姿になったゆんゆん。周りを遮蔽物となる木々に囲まれ、周りに魔物や人がいなかったから良かったが、目のやり場に困る。というか、森の中で下着装備の女の子という構図が背徳感あり過ぎる。

 

「はぁ~、すっきりしたぁ……でも、このブラ、この前買い替えたばかりなのに何だかきつくなってきたし……うん、脱いじゃお」

「おいいいいい!?」

 

 とんぬらの目の前には火照った体の黒い下着にハイソックスのみのゆんゆん。

 でも、混乱していて今の自分の状態に自覚のないパートナーはさらに下着にまで手を掛けようとしていた。

 

 とにかく、この屋外ストリップショーを止めねば色んな意味で危ない!

 

 言葉ではダメだ。力尽くでも止める。

 とんぬらはダッシュで、ちょうどブラのホックを外そうと背中に両腕を回した、前面に胸を押し出したようなポーズを取って隙だらけなパートナーに抱き着いた。もうがっちりと背中に腕を回し、ブラジャーの留め具を外そうとする手に手を重ねて押さえ込む。レベルが下がろうが、元々の個体値が『ドラゴンハーフ』の如く身体能力ステータスの高いとんぬら。レベルは格上でも魔法使いの少女を抑え込むことくらいできる。

 そんな強引な阻止に、ゆんゆんは……

 

「……きゃ」

 

「大丈――」

 

「きゃああああああぁぁ~~~んっ♪」

 

「その中途半端に喜びが混じってる悲鳴は何だゆんゆん!?」

 

「え、とんぬら、襲いに来てくれたんじゃないの?」

 

「何をどうなったらそういう解釈になるんだ!?」

 

「もうとんぬらったら大胆ね。その、私、恥ずかしいから出来れば初めては家が良かったけど……とんぬらがどうしてもって言うならいきなりお外でも、頑張るわ!」

 

「いやそんな決意を固めんでいいからあのな話を聞け。お願いだから! 混乱したのは俺が原因だけど、俺が本能回帰しないうちに正気に戻ってくれ!」

 

 もうとんぬらまで混乱が伝染しそうな事態であったが、アダマンタイト級の自制心で頑張ってどうにか収拾を付けたが、こんな風に色々とレベルをあげている二人であった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 駆け出し冒険者の街に、カジノができた。

 

 世界一のダンジョン造りのための建設費用にあくせく働く元・魔王軍幹部のすべてを見通す悪魔バニルの新しい金稼ぎである。

 

 ここのところ、売れない問題品しか購入しない呪いのかかった協力者の店長(ウィズ)が海へしばらく教官役として出張してたり、また紅魔族製の金庫が凄腕魔法使いのピッキングテクで隙あらば無駄遣いする協力者の店長でも開けられない代物だったりと最たる問題(主に協力者の店長)を抑止することができたので、順調に金稼ぎができていた。

 それから、お得意様(カズマたち)より『吸魔石』の大量発注があり、臨時収入も入った。

 

 これらを元手に更なるあぶく銭を手に入れようと、バニルは隣国『エルロード』を倣った賭博場を開いたのである。

 

 ただし、ひとりで。

 このカジノ計画に魔道具店の面子は誰も誘っていない。

 

 協力者の店長はそのまま魔道具店の店長であるからに責任者として店を離れられないが、バイトの少女は接客業があまり得意ではないし、バイトの少年は混沌とした運勢に賭博屋の店員が務まるとは思えない。

 以上が、声を掛けなかった理由である。

 かといって新たに雇う人件費ももったいなく思う。

 そこで、魔界のアイドル的存在のためならば低賃金でも喜んで働いてくれるサキュバスたちに、飲食業経営の合間に時間が空いた、暇を持て余す者にパートタイムでバニーガール役を務めさせ、またポーカーやブラックジャック、ルーレットなどのディーラーに闇の遊戯(ゲーム)でも利用された魔界の機械人形ジャッジを配置した。

 

 完璧の布陣だ……その時はそう思うバニルだった。

 後に、私利私欲に利用するとそっぽを向く運命力を敵に回そうが未来視を使っておくべきであった。

 ここのところ商売が順調に行っていて油断した。何故“アクシズ教、特に狂犬女神入店お断り”の張り紙をしなかったのかと己を恨めしく呪った。

 

 

 バニルのカジノはオープン初日にビギナーズラック・サービスとして、三万エリス分のチップを無料配布していた。ただし店のゲームで三万エリス分のサービスチップは使い切るという条件である。

 これで使い切っても懐は痛まないし、儲かった分は財布に入るという仕組みだ。

 でも、これは釣り餌である。“タダ”という文句でちょっとお試し感覚で来店させた客たちにギャンブルの味を舐めさせて、後でたっぷりと金を出させるようにするという作戦。

 

 そんな狡猾なる悪魔の罠に、嵌ったのがこの青い髪の自称女神である。

 

「カズマぁぁぁ!! カズマさあああああん!!」

 

 うわぁ……関わりたくねー……。

 

「カズマ、お金を、お金を貸して! 私が持ってるお金じゃ全然足らないの! お願いよおおおおお!」

 

 先日の邪神侵攻阻止防衛戦線から帰還してから体を労わる生活を送ってきたカズマに、半泣きで縋りついてくるのは、当然、アクアだ。

 今しがた事情は聴いたが、要するにカジノで大負けしてアクアが借金を作ったのだ。その尻拭いにしてくれと嘆願されているのが現状。

 

「お前さ、幸運度が残念なんだからギャンブルやるなよ。大負けするのは目に見えてるんだから、大金をドブに捨てるようなもんじゃねーか」

 

「違うのよカズマさん。これは悪魔の野望を挫いてやろうとする女神の崇高なる意思に基づくものなの! 悪気があったわけじゃないの!」

 

「でも、負けたんですよね」

 

 使命感に燃えてと言い訳を述べるアクアであるも、同じく居間にいためぐみんにダクネスも呆れ顔である。当然だ。

 

「うぅ……」

 

「はあ。そんで、幾らギャンブルに注ぎ込んだよ?」

 

「…………300万エリス」

 

「ズブズブに賭け狂いになってるじゃねーかこの駄女神! どうしてサービスチップ分の百倍の借金をつくってんだよ!」

 

「だ、だってぇ、悪魔相手に負けっ放しは悔しいじゃない! それに最初の勝負は勝ったのよ! ……勝ったのは最初の一回だけだけど」

 

「自業自得だ」

 

「うわあああ、お願いだから見捨てないで、カズマさああああん!!」

 

 現在、カズマはバニルに技術提供する契約で、月々100万エリスが入ることになっているが、その三ヶ月分である。婚約指輪かよ。

 

 こんな借金をこさえてきた駄女神を放置してやりたいが……しかし、無視できない。

 

「それで、汝らのコントもそろそろ見飽きたし、詰まらんのでな。そこの水の女神と同じ名前をした駆け出しプリーストの保護者の小僧が足りない分を支払うので、よろしいな?」

 

 現在、居間にはわざわざ経営者自ら屋敷に赴いてきてくださっている。

 カズマたちの前には、新商売の出鼻を挫かれて大変お怒りのバニルが、魔王よりも実力が上というのが過言でないと納得するほどのどす黒いオーラを発している。

 ヤバい。これはヤバい。人を殺さぬと誓いを立てるバニルであるが、今にも殺人光線を放ってきそうな感じで目が赤く点滅している。危険信号だ。

 

「おいおい、カズマ、屋敷を囲まれているぞ!?」

 

 それから窓からチラチラと見えていたが、バニルが自らの眷属を召喚させたのか、翼を生やし剣を持つ悪魔族ガーゴイルの大群でこの屋敷は包囲されている。アクアが張っていた結界もバニルが破っている。逃げ場無し。

 

「どうするんです? どうするんですか? とりあえず撃ちますか?」

 

「お、落ち着けめぐみん! 何だったら私を罵ってくれて構わない!」

 

「ダクネスこそ落ち着け、支離滅裂だ」

 

 バニルも魔王軍幹部であったのだ。それが、ウォルバク戦のような軍を率いてくる、それも個人狙いで。相手が天敵である女神なのだからしょうがないが、この対応は冒険者の一パーティには手に余る。それに、このバニルの眷属にはサキュバスのお姉さん方もいるのだから逆らいたくないのだ。

 アクアの借金の肩代わりなんて非常に癪であるが、仕方がない。

 

「わ、わかった。俺が払うよ」

 

 生唾を呑んで、カズマはそう言葉に出した。

 まあ、300万エリスなら払えなくもない。とりあえず、今は借金を一括で支払って、この地獄の公爵の機嫌を直させるのが優先だ。借金の取り立てにガーゴイルに四六時中見張られるのはたまらん。それからアクアを馬車ウマのように働かせて損失分を補おう。

 

「300万エリスだろ。ちょっと待っててくれ。今から銀行行って下ろしてくる

 

「いいやぁ、連帯保証人の小僧よ。3000万エリスだ」

 

 ひとつケタの違う数字が仮面の悪魔の口から飛び出した。

 当然、空耳を疑うカズマであったが、しかし……

 

「おい、いくらアクアでも3000万エリスなんて額をドブに捨てるほど馬鹿じゃないぞ」

 

「そこの運のない駆け出しプリーストは、300万エリス負けた腹いせにイカサマしてると騒ぎ立ててな、『ゴットブロー』で(ぶんなぐって)、我輩の所有物のディーラーのジャッジ――貴重な魔界の絡繰りをスクラップにしたのである」

 

「は?」

 

 理解できなかった。アクアを見るが、アクアは右方向に顔を逸らす。目を合わせない。でも、そっちの方にめぐみんが周り込んでいて、その向かい側にはダクネスが。

 完全包囲されたアクアは、ダラダラと冷や汗を顔に垂らしていて……あ、これ、完全にやらかしたやつだ。

 カズマはなるべく優しい声音で、厳しく問い詰める

 

「おいアクアぁ? お前、300万エリス足りないって言ってたよなぁ?」

 

「もうカズマったらこの女神である私の言葉をちゃんとお聞きなさい。ゲームに負けたのが300万エリスなだけであって、支払いとは別よ」

 

「お前、羽衣の神器を売っぱらって金作って来い」

 

「ごめんなさいカズマさああああん!!」

 

 つまり、器物損壊の修理費用も加算されて、借金が3000万エリスに増えたということか。

 駄目だこの女神。それよりも、悪魔の方だ。

 

「お、おい、バニル! この駄女神が殴っただけでそんな金がかかるほど壊れたのかよ!」

 

「フハハハハハ! 我輩はこの世のすべてを見通す大悪魔、絡繰りを修理することなど造作もなし! と言いたいところだが、この魔界の遺物は相当に複雑な術式が書き込まれていて、また貴重な素材、我輩のナイスな仮面と同じ魔竜の骨が使われているからな。無理ではないが、ただ、複雑なので色々と手間がかかるし、面倒なのだ。

 術式の構造を再現する技術費、手間賃、それから構成素材の入手――それから、カジノの借金分も諸々一纏めにし、しめて3000万エリスで手を打とうと言っている」

 

「はああああ!?」

 

「言っておくが、今後の出世払いや分割払いなど論外」

 

 『アクセル』一の成金男だとか呼ばれているカズマ。

 しかし。

 先日、防衛軍に参加した全員に魔王軍幹部ウォルバクの討伐で得た懸賞金も入ったが、めぐみんが失敗した『吸魔石』の代金や防衛戦に参加する際に装備を一式新調したりなど出費も大きかったのだ

 多少、懐に余裕はあるが、そんな数千万の大金をさらっと払えるほどじゃないのだ今は。

 む、無理だ。

 

「ちょっと、でも……もうちょいまけられないか? 具体的には1000万エリスくらいまでなら何とか」

 

「この程度、当然である。むしろ、ジャッジが直るまでカジノを休業しなくてはならないと考えるとその分の慰謝料も支払ってほしいくらいだ。よって、我輩はこれ以上譲ることはできんな」

 

「ぐ、ぐぐぐぐぐ……」

 

「我々悪魔は契約にはうるさいので、たとえ口約束であろうと一度小僧が払うといった以上は、契約は果たしてもらおう。小僧は知的財産権の特許など担保になりそうなものは持っているからな。支払い義務が果たせんとは言わせん。魂でも何でも売り払ってでも3000万エリス払ってもらうぞ」

 

 言質は取られ、しかも相手は地獄の公爵の第一席。前にめぐみんの爆裂魔法で撃破した(残機一つ減らした)が、アレは互いの利益が合致したからこそだ。

 カジノという新たな城、聖域と言ってもいいそこを荒らされたバニルを敵に回すのは賢明な判断とはけして言えない。

 血のように赤い眼光に怯むカズマであったが、逆に血気盛んに復活するのがその敵対者。

 

「私の従者が悪魔に魂を売るなんて認められないわ! 3000万エリス、払えばいいんでしょ? わかったわ、やってあげようじゃない! 私たち全員の力を合わせて、その顔に札束を叩きつけてあげるわ!」

 

「よかろう。その時は貴様のビンタを甘んじて、我輩の仮面で受けてやろう。3000万エリスの大金を持ってこれるのであればな! フハハハハハ!」

 

 コイツはまた勝手なことを……!

 悪魔が売った言葉は、飛びついて買うような女神である。いやそもそも借金作ったのは全面的に駄女神の責任であるが、アクア一人で働かせたところで到底返せる額とは思えない。

 

「はあ……ダクネス、めぐみん。協力してくれるか?」

 

「仕方ありませんよね。このままアクア一人にやらせたら余計に借金が増えて、明日の食う物にも困るような生活になりそうですしね。一刻も早くお金を貯めて、アクアの借金を帳消しにしましょう」

 

「アクアは私たちの仲間であるし、放っておくこともできないからな」

 

「うぅ、ありがとう、皆……!」

 

 とりあえず、パーティが一致団結してやる気になっているのは良い事だ。

 しかし、3000万エリスなんて大金、どうやって稼げばいいんだ? バニルがどれくらいの支払い猶予を与えてくれるかわからないが、のんびり構えていられないし、コツコツ貯めるんじゃなくて、手っ取り早く、金を稼ぐ方法を考えないと。

 

 本当に、何でいまさらまた金稼ぎに執心せにゃならんのか。

 砦であった勇者候補(元日本人の神器持ち)連中は、その特典(チート)のおかげで魔王軍幹部の賞金レベル、億単位の金を稼げているそうだが、カズマが選んだこの水の女神が抱え込んでくるのは、魔王軍幹部の賞金レベルを必要とするような借金だ。絶対値は同じであっても、プラスとマイナスが違うので、境遇は天と地の差である。

 

「精々足掻き努力するがいい。異邦の地にて、貧乏神なんぞを掴まえた小僧よ」

 

「選び直せるんなら選び直したいわ!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「………はあ、バニルさんが。なるほど、それでウチに」

 

 早速、カズマたちが向かったのは、一応、冒険者ギルドよりあの元魔王軍幹部の監視役を任されている隠れ魔王軍幹部……ウィズの魔道具店である。

 

「なあ、ウィズ、お前からバニルに何とか言ってくれないか? 流石に3000万エリスはきついって」

 

「そうは言われましても。バニルさんは一度契約したことは絶対に破らない悪魔(かた)ですし。それに金銭面では本当に厳しいんですよ。前に勝手にお店のお金を使った時なんて、私に殺人光線を使ってきたんですから。あれはリッチーの私でもすごく痛かったんですよ!」

 

 殺人光線を浴びせられて“すごく痛い”ですんだのか……

 何気なくウィズは凄い奴である。商才の方は残念極まっているけれど。

 

「ねぇ、頭の足りてない悪魔をヤッたように、あの悪魔もヤる気はない?」

 

「俺もすべてを見通す悪魔にはいろいろとしてやられてはいますが、そこまでは……。無理に倒す程、実害はありませんし」

 

「お願い! 何か作戦があるなら危険が及ばない限り全力で協力するぎゃら!?」

 

 (おつむ)の足りてない女神が絡んでいるのは、バイト中のとんぬらである。

 無茶ぶりな実力行使をさせようとするアクアの頭に拳骨落とす。

 

「ひゃにひゅんのひょ、ひゃひゅま!」

 

「お前は下がって大人しくしてろ駄女神。俺がこれまでどんだけお前に実害を被ったか言ってやろうか?」

 

 舌を噛んで涙目なアクアが抗議してくるが、カズマは睨みを利かして一蹴。

 

「悪い、とんぬら。お前も今大変なのはわかってるんだが、何か知恵を貸してほしい。できれば手伝ってくれ」

 

「ふうむ。兄ちゃんには平穏な日々という言葉が縁遠いようだな。親近感が湧いてくる」

 

 とそこで、顎に手をやり、悩ましく唸るとんぬら。

 

「どうにかしてやりたいとは思うが、しかし、兄ちゃんが知っての通り、こちらも色々忙しい。経験値稼ぎのクエストだけでなく、バイトもあるからな」

 

「でしたら、お店の方はしばらく私ひとりで構いませんよ」

 

「ウィズ店長……」

 

「きっとゆんゆんさんもカズマさんたちのことを放ってはおけませんでしょうから」

 

「そうですね。……わかりました、今回はそのお言葉に甘えましょう」

 

 迷うとんぬらを、ウィズが押してくれた。

 よし。これで頼りになる優秀な人材の協力を取り付けることができたぞ。流石にもうひとりウィズまで確保することは叶わなかったけれど。

 

「助かったよ。紅魔族の知恵者の力を借りれて。俺達だけじゃまともな案が出てくるか怪しかったからな」

 

「おい、カズマ。ここにいる私が“紅魔族随一の天才”であるのをお忘れではないでしょうね?」

 

 ホッと胸を撫で下ろすカズマを不機嫌そうに指摘するめぐみん。

 めぐみんはキョロキョロと店内で誰かを、というか彼女を探していたようだが見つからないようで、そんな様子から察したとんぬら。

 

「ゆんゆんは、店にはいないぞ」

 

「別に私はゆんゆんのことを探しているとは一言も言ってませんが、珍しいですねあなた達がワンセット揃っていないのは?」

 

「ゆんゆんは……今日のクエストの最中に、ちょっと熱が出て、家で休ませてる」

 

「それは大丈夫なのかとんぬら。そういうことなら、私達のことよりもゆんゆんの傍についててやる方が」

 

「むしろ俺が一緒にいるのは大変というか――いえ、大したことはないんです。きっと今頃は立ち直っているはずですからご心配なくダクネスさん」

 

 純粋に心配するダクネスの気遣いに、とんぬらは遠慮は無用と応える。それを“なんか怪しい”と訝しむめぐみんだが、そこは追及せずに苦言のみを呈した。

 

「あまり無茶はさせないようにきちんと幉を握っててくださいよ。あの子は、何事も全力でやる娘なんですから。特にとんぬらのことに関しては」

 

「重々承知してる。でも、本当に大丈夫だめぐみん。ダメだったら、店を休んでつきっきりで看病しているさ」

 

「ふん。でしたら、とんぬらも金策に知恵を絞ってください。……レベルは下がっても、頭の出来まで悪くなったわけではないのでしょう?」

 

「く……っ! 里一番の問題児に心配されるほどでもないから安心しろ」

 

 ふいと顔を逸らしながら訊くめぐみんに、とんぬらは仮面の下の口元の片端を上げ、いつもの不敵な笑みを浮かべた。

 

「そういや、兄ちゃん。もうすぐ行われる運動会イベントは知っているか?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 冒険者ギルド主催のガチの運動会。

 元々冒険者にやる気を促すために始めたイベント。これは、昔、まだ街の周りの魔物を駆逐で来てなかったころ、少しお金が貯まっただけで街に引き籠る冒険者が多くいたのだそうだ。

 それで体が鈍り、次のクエストで怪我をしたり、そもそもクエストに行かなくなるという人たちが出てきてしまう始末。このままではいけないという事になり、体力作りや意識向上を促すため運動会を企画したとか。

 そして、それがいつのまにか慣例行事になったそうな。

 

「この運動会、優勝すると結構な額の賞金がもらえることになっている。なんといっても大半の冒険者は基本金で動くからな」

 

 この後、冒険者ギルドへ行って、馴染みの受付嬢ルナに確認したところ、今年の賞金額はまだ決めていないが、予算として4000万エリスほど確保しているのだそうだ。何でも、前領主アルダープが多額の裏金を溜め込んでいたので、それを還元するのだという。

 

 そして、競技の内容は競争して順位を競う。

 街の入口をスタート地点として、近くにある湖へと走って向かい、その湖を泳いで横断するとゴールというコースだ。

 他に玉入れとか騎馬戦とか、部活対抗のリレーとかそういうのはない。

 マラソンと遠泳のみ。自転車のないトライアスロンって感じだ。

 

「何だよこれ凄く美味しいイベントじゃんか! 優勝したら一発で3000万エリスが払えるだろこれ」

 

「その分のリスクがないわけではないぞ兄ちゃん。あの湖にはブルータルアリゲーターが生息しているからな。大型ワニモンスターに襲われながら湖を泳いで行くのだから、すごく大変だし、危険だ」

 

 しかしだ。それも過去の話。

 あの湖は、以前、アクアが浄化したところだ。ブルータルアリゲーターの目撃情報はそれ以来ないというし、泳いでいる最中に水生モンスターに襲われるという地獄絵図な事態にはならないはず。

 

 ただし、今年は危険性がない分、それに例年以上の優勝賞金のため、参加希望者が多いであろうと見込まれている。

 障害がないため単純なスピード勝負になるだろう。

 

 また、運動会を企画する冒険者ギルドの受付嬢が言うには、今年は例年と違って個人戦ではなく、チーム戦。

 1チーム7人で組んで全員の合計タイムで競う形になる。

 なんでも、この運動会イベントも長く続けてきて、少しマンネリになっていたのと、冒険者の皆さんの横のつながりを強められたらと考えてのことだ。

 

 ウィズは店番があるし、また現役のころに少し川遊びをした程度で泳ぎに自信はない。

 そこで、偶々冒険者ギルドで暇していた、すばしっこい『盗賊』のクリスに協力を募り、了承してもらえた。

 カズマ、アクア、めぐみん、ダクネス、とんぬら、ゆんゆん、クリス、とこれで七人揃って、出場条件はクリアだ。

 

 問題の水泳能力の方だが……

 

 アクアは、目を奪われるような美しい泳ぎをする。一応は、水の女神である。陸を歩けるのを得意と言わないように、泳げるのが当然と豪語する。

 

 めぐみんは、泳げるが遅い。頭では理解しているが、体が思うように動いてくれない、と言ったところだろう。要水泳特訓。

 

 ダクネスは、湖底を歩いて進むなら自信がある。つまり、カナヅチだ。よくそれで海で触手(イカ)モンスターに立ち向かっていったな。要水泳特訓。

 

 ゆんゆんは、以前子供たちの水泳教室の際に、誰かが溺れても助けられるように練習したそうで、普通に泳げる。

 

 クリスは、斥候目的の泳法を身に着けていた。水音を立てないことが大前提で、スピードはあまり出ないので競技向けとは言えない。でも水での動きに慣れているのだからちょっと普通の泳ぎ方を練習すれば大丈夫だろう。

 

 そして、とんぬらは……

 

「まったくスピードを落とさず、クロールで対岸まで泳ぎ切ったな。しかも、小休止を挟まずそのまま普通に帰ってきてるし」

 

 向こう岸まで2.5kmくらいありそうな湖も、25mプールと変わらないノリで泳ぎ切った。

 レベルが下がったので、海での超人的な泳ぎと比べれば落ちているが、それでも十分すぎるスピードとスタミナ。

 今年がチーム戦にルール変更されたのも、個人戦ではこのダントツなエースがぶっちぎりで優勝するのが決定したようなものだからではないだろうかと思ってしまう。あんなのが出場したら他の冒険者全員、優勝を諦め辞退する。

 

 ちなみにカズマ自身は普通である。冒険者で鍛えられてるからそこそこは泳げるつもりだ。

 

 それで運動会までの間、要練習のめぐみん、ダクネス、クリスに、コーチ役のとんぬらとゆんゆん(アクアは感覚で泳ぐタイプなので人に教えられるものではない)がついて、泳ぎの練習をした。

 クリスは少しコツを掴めばあっという間にゆんゆんよりも泳げるようになり、ダクネスも沈まないで進めるようになれたし、めぐみんはまた二人にお世話になるのに文句を言っていたものの、泳ぎはだいぶマシになった。

 ちなみに皆さんが水着での練習風景は眼福でした。

 ただ、最後の練習が終わった際、

 

「ねぇ、カズマ。この湖、本っ当にモンスターはいないのよね?」

 

 浄化作業の一件で負ったトラウマからモンスターの気配に神経質になったアクアが不穏なことを言ってきたがとにかく――

 

 

 ♢♢♢

 

 

「あー、あー。お集りの皆様、お待たせいたしました」

 

 本日晴天。絶好の運動会日和。

 

「本日はギルド主催の運動会にご参加いただき、誠にありがとうございます。まもなくスタートの時刻となりますが、その前に、改めてルールなどの説明をさせていただきます」

 

 街の正門前に設えた壇上で受付嬢ルナが、開幕の挨拶から説明する。

 

 ・まず、コースに関してですが、この正門をスタート地点として、湖までを道に沿って走っていただきます。

 ・その際、道から逸れてショートカット等をした場合は失格とさせていただきますのでご注意ください。仮に遠回りなどをした場合も、こちらとしては判断が難しいので、同様に失格という形にさせていただきます。

 ・湖に到着したら、持参した水着に着替えていただき、対岸まで渡るとそこがゴールとなります。その際、服のまま湖に入るのは危険なので禁止とさせていただきます。また着替えの時間も最終的なタイムに含まれますのでご注意ください――

 

「そうしてチーム全員がゴールし、合計したタイムが最も早かったチームが優勝となります」

 

 よし。

 ルールは事前に聞いていた通りだ。

 

「よし、みんな! 緊張するのはここまでだ! そろそろ気合を……」

 

 とカズマはそこで気づいた。

 青い髪をした(一応)女神が、青ざめた顔色をしていることに。

 

「ッて、おい、アクア。何だよ、その顔」

 

「忘れた」

 

「忘れたって何を?」

 

「水着……持ってきてないの」

 

 もうすぐスタートの土壇場でこの発言にカズマは頭を抱えた。

 

「はぁぁぁぁぁ? 何やってんだよお前は!」

 

「だ、だって、屋敷を出る時、誰も言ってくれなかったから」

 

「それはお前が寝坊したせいもあるだろ! 時間があれば、ちゃんと荷物の確認ができたんだよ!」

 

「うぅ、ど、どうしようカズマ、このままじゃ優勝賞金が……」

 

 狼狽えるアクア。この運動会で優勝を取れないとなるとこれまでの労力が無駄になる。そして、バカでも水泳能力の高いアクアは大会で優勝するに必要不可欠。何が何でもここはアクアに参加してもらわなければ!

 

「こうなったら、もうそのまま泳げ!」

「いや、それは危険だから禁止されているだろう?」

「あ、そうか。じゃあ……全裸だ!」

「それってカズマが私の裸を見たいだけでしょ……」

「俺にだって選ぶ権利あるわ!」

「何それ、どういう意味! ちょっと失礼だと思うんですけど」

「ふたりとも、今はくだらない言い合いをしているときじゃないでしょう」

 

 パニックになるカズマとアクア、それを宥めるダクネスとめぐみんだが、状況はまずいまま。

 衣服着用の水泳は危険行為、全裸も公序良俗に反する。だったら、下着はどうかと思うがそれを提案すれば正気を疑われる。

 近場の店で買えばいいかとも思ったが、水着に着替えることになるので貴重品は必要最低限にしか持ってきてないので、今のカズマたちは出店の串焼きを買える程度の小遣いしかない。

 最後の手段に、運営側に水着を取って来るまでの時間を延ばすようにお願いしてみたが、流石に個人の事情でスタートを遅らせるわけにはいかない。

 

「よし! スタートまであと少し時間があるから、アクアは走って取ってこい!」

 

「あーん! なんで私がー!」

 

「いいからダッシュ! そもそもこの運動会で優勝せにゃならんのはお前の借金を返すためなんだぞ!」

 

 肝心な時に足引っ張りやがって、本当に迷惑な駄女神だな!

 こうなったらアクアを置いてスタートするか。いや、チーム全員のタイムの合計を競うのだから、出遅れることになっても足並み揃えた方がいい。

 そんな八方塞がりな状況の最中、何やら観客の方辺りに視線を走らせていたとんぬらが、トントンと肩を叩いて、カズマに小声で耳打ちする

 

「あー……兄ちゃん、別に水着を取りに行かなくても大丈夫かもしれん」

 

「本当かとんぬら!」

 

「ああ。当てはある。あまりこの手段には頼りたくはなかったが。事態は一刻を争うからな。やむを得まい」

 

 誰を見つけたのか。選手らを応援する観客席、その中で何故か周りから距離を取られている一団へととんぬらへと目配せする。

 

 『アクア様! とその御一行! 優勝目指して頑張ってください!』と運動会よろしく垂れ幕を掲げて、一同全力で応援の体勢を取っているのは……感謝祭で見た、アクシズ教の連中だ。

 

「そうだな……アクア様がドラゴン(ひよこ)を飼い始めたとき、教徒内で空前のひよこブームが到来したのを兄ちゃんは知っているか?」

 

 “まあとりあえず、ちょっと交渉してくるから兄ちゃんはアクア様を遠ざけててくれ”ととんぬら。一応は秘事なので当女神様には知られないように配慮する。

 そうして、ひとりアクシズ教団の応援席へ行ったとんぬらは、この街の支部長である金髪碧眼のお姉さんプリースト・セシリーらを筆頭に熱烈歓迎を受けた。

 

「あら、ぬら様! どうなされたのですか? もしかしてセシリーお姉さんからとっておきの応援を……」

 

「神託が下った!」

 

 喝を入れての発声に、ハッと信徒らすぐに静聴の体勢を取る。

 

「心して聴いて欲しい! アクア様が、今、とてもお困りになられている!」

 

 そんな聞き捨てならない発言に、騒めく信徒たち。

 

「アクア様が!?」

「確かに何かお困りのようだぞ?」

「ぬら様、私達はどうすればいいんですか?」

 

 注目を集めるとんぬら、紅魔族お得意のセリフを厳かな雰囲気で唱える。

 

「これより湖に入るための大事な(クロス)をお忘れになられた。このままではアクア様はこれより始まる戦いの掟に反してしまうことになる。そこで、敬虔なる信徒であると見込んで汝らに頼みがある。

 ……アクア様が着れる水着を持っている者がいれば、それを貸してほしい」

 

 訊ねると、全員一斉に青い水着を見せる。中には下着代わりに着ているものもいた。

 

 彼らは、アクアの正体に勘付いているが、その勘付いていることをアクアに勘付かれないように、温かく遠くから見守る姿勢を徹底されている。

 信仰心を秘めるが、彼らはアクシズ教の狂信者たちである。アクアのために全身全霊を捧げることを誓う神の信徒たちだ。

 つまりは、アクアが身に着けた水着は男女問わず、それと同じ物を保存用、観賞用、布教用と買い揃えていても不思議ではない。当人の知らないところでファッションリーダーになっているのである。

 

 (老若男女)選り取り見取りの中でとんぬらは、ポケットから水着を取り出し、アクアとも体型が近いセシリーに注目する。

 

「アクア様に着てもらうことになるのだから、清潔な、できれば、一度も着用したものでないのが望ましいが……」

 

「大丈夫です。これは未着用の新品です。私はこれをお守りに持ち歩いているだけですので」

 

 使うつもりもないのに常に水着をお守りとして持ち歩いているその信仰の姿勢には一神職として両手で抱え込みたくなるくらい頭が下がる思いである。

 

「そうか。じゃあ、これを借りるとしよう。運動会の後に返却することになるがよろしいか?」

 

「そ、そんな畏れ多い。アクア様が一度身につけた代物を賜るなんて……なんて光栄なんでしょうか! ぬら様、アクア様には洗わないで返すようお伝えください! その方がご霊験あらたかな気がするわ!」

 

「最後の戯言は三歩歩いても覚えていたら言っておこう」

 

 もう教団内で聖遺物に指定されそうな勢いであるのが心配であったが、とにかく水着を現地調達することに成功したとんぬらは、成果をもってカズマたちのところへ戻って来た。

 

「アクア様、代わりの水着が用意できました」

 

「まあ! それ、私のとピッタリ同じ水着じゃない! これをどこで手に入れたの?」

 

「あちらにいるアクシズ教徒のプリーストからです。偶々、偶然にも、新品の水着を所有していたそうで、アクア様がお困りだと言ったら快く貸してくださいました」

 

 とんぬらが手で応援席を指すと、アクアから視線を向けられた教徒たちがワァーッと歓声を上げて、手を振りアピール。

 

「さっすが、私の可愛い信者たちね! これは私も優勝しないと……! 女神として無様な姿は見せては示しがつかないわ」

 

 アクシズ教団のエールに、アクアの気合が入った。

 これなら期待できそう……いや、空回りしそうで心配な気もするが、問題は解決できた。

 

「アクシズ教の手を借りるとか、思いつかなかった、っつうか、思いつきたくもなかった手段だが……とにかく助かったとんぬら」

 

「兄ちゃん、まだスタートラインに立ったばかりだぞ。これからが本番だ、気を引き締めて行こう」

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 一撃パンダ:ドラクエⅪに登場するごうけつクマの転生版のあらくれパンダを参考。

 

 暴走魔法陣:ドラクエに登場するスキル。魔法陣を設置して、呪文の魔力暴走(会心の一撃)の確率をあげる。さらにその上の『超暴走魔法陣』というのもある。なお魔力暴走の発生率は、そのキャラクターの器用さに比例する。

 作中では、このすばの魔力強化の支援魔法『マジック・ゲイン』のとんぬら版。

 

 パルプンギフト:パルプンテから派生した補助魔法。ドラクエモンスターズスーパーライトのイベント限定モンスター・ギフトボックス(プレゼント箱版のミミック)だけが使える特技。

 味方全員の走攻守のいずれかをランダムに上昇する(重複あり)か、ハズレか、混乱させてしまう。

 ちなみに、『着ているものを脱ぎ捨てた』は、混乱行動のひとつ。

 

 ガーゴイル:ドラクエに登場するモンスター。本編では雑魚であるが、不思議のダンジョンシリーズでは、非常に強い。ダンジョン内で『ガーゴイルの店』を経営していて、泥棒をしようものなら驚異的な戦闘力で、しかも大量の仲間を呼んで、プレイヤー(盗っ人)を瞬殺する。




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