この素晴らしい願い事に奇跡を! 作:赤福餅
「『天地雷鳴士』となりてさらに超常の力を振るうようになった奇跡魔法を見よ! 『パルプンテ』!」
瞬く万華鏡の如き煌き。虹色の魔力波動を吹雪かせ、仮面の少年は大地に掌をつける。
「――遺跡の門番よ、地に沈め! 『鳴動封魔』!」
鳴動する大地に地割れが生じ、その狭間に堕とされた。
鋼鉄の巨人の下半身が地面に呑まれ、咢の如き亀裂に噛みつかれたように出れなくなった。
この日、とんぬらは、経験値と報奨金を両方稼ごうとゆんゆん、それにクリスと一緒に、先日発見されたばかりの遺跡調査クエストを受けていた。
この最近見つかった謎の遺跡をゴーレムが守護しているので、周辺住民は不気味がっているというらしい。それで、そのゴーレムを倒せば、その先に守られている
けれど、早速、誤算が生じる。
このゴーレム、重厚そうな見た目だが、意外に軽い。叩いた感触からして、中身が空洞のようで、ハリボテ。
ただ、ゴーレム改めこの巨大人型ロボットは、琴線に触れる。紅魔族的センスで格好良いものだ。あの造形と黒光りはあまりにも魅力的。
というわけで、討伐ではなく、捕獲に変更。紅魔族のペア二人は同意すると、とんぬらが下半身を埋めてゆんゆんが束縛魔法で上半身を縛り上げたところで、身動きできなくなったロボットは自爆しようとしたが氷漬けで封じた。
「遺跡に入る前からもうお宝を手に入れるとは、今日は幸先いいですねクリス先輩」
「ちょっとこれは、あたしが思ってるお宝とは違うなー。捕まえずに壊した方がいいんじゃないかな」
「ちゃんとエサも上げますし手入れだってきちんとします。散歩も躾も欠かしません。だから、出来れば壊さない方向がいいです」
「というわけで、多数決で、先輩の意見は残念ながら通りませんでした」
「後輩君だけじゃなくて、ゆんゆんさんもか……」
傷跡のある頬を苦笑しながら掻くクリス。けれど、この三人の中では唯一紅魔族ではない少数派。今この状況に限定されるが、彼女の方が非常識であった。
「しかし、クリス先輩の懸念する通り、これは風呂敷に包むにはデカすぎるし、置き場所もない。あとで紅魔の里に報せて、『テレポート』で引き取りに来てもらおう。きっとみんなも喜んで、里の新しい観光資源にするだろうな」
「そうね。それが一番よね」
箔がつく里の名所づくりのために別の場所にあった邪神の墓を移転させたツワモノ揃いである。眼帯や穴あきグローブなどの厨二病的なものはないゆんゆんにも、鋼鉄の巨人にロマンを覚えるだけの紅魔族らしい感性はあったりする。
「では先輩、露払いはチャチャッと済んだので、ここから先はよろしくお願いします。この前人未到の遺跡を攻略しちゃってください」
「そうだね。今日は任せてよ。ゴーレムの相手は
「は、はい、邪魔しないようについてきます! クリスさんお願いします!」
「じゃあ、ゆんゆんさん、それに後輩君も『潜伏』スキルが働くようにあたしから離れないでよ」
臨時で組んだ三人パーティ。
普段ソロ活動が多いクリスは、久々のパーティという事でテンションが上がっているのか、ワクワクとした笑みを浮かべる。
やる気は十分のようだ。ここで一獲千金のお宝を見つければ、今頃、借金返済に腐心しているであろうカズマパーティに大きな助けとなるだろう。
そして、地形知覚の魔法『フローミ』で地図を作った後は、クリスを先頭に三人は、遺跡の祠のような入り口から急な階段を降りていき……早速、広間のような開けた場所……展示室のようなところを発見した。
「何だ、これは……?」
「見たこともないマジックアイテムね」
小刀を指すと中の人形が飛び出すタルやら微かに芳香が残っている小箱など、紅魔族の知識にない、ウィズの魔道具店で働いて培われた鑑識眼でも不明な、魔道具ばかりだ。
「お、これは照明かな」
その中でクリスは、この暗い遺跡で、ハート柄の照明器を見つけ、そのスイッチを指でぽちっと押す。
一秒後、遺跡で盛大な悲鳴が発生した。
暗い遺跡を照らす光源の方へ反射的に振り向いたとんぬらが目撃したのは、上辺の服布一枚が消滅、いや透けている先輩の姿だった。つまりそれはもはや下着姿以外の何物でもなかった。
「……うん、なるほど。ランプに灯った、つまりその赤い光を浴びた途端にこの現象が発生したと思われるからなるべく陰のところに避難した方が良さそうか? ……先輩、その照明から距離を取ってみてください。どうなるか反応を見てみたいです。それで間合い、魔道具の効果圏は測れるはずですから」
「なんでそんなに落ち着いてるのさ!? ちょっとくらい慌ててくれないとこっちも反応に困るんだけど!」
現実逃避気味な遠い目をしながらも冷静に状況判断するとんぬら後輩に、只今紐のパンツの下着姿のクリス先輩はお冠である。
「いきなり過ぎてこっちの反応が追い付かなかくて驚くタイミングを逃したのもありますが、努めて冷静であろうとしてるんです先輩! 言っておきますが、これ先輩が無警戒に道具に触れた自業自得ですからね!」
「それはそうなんだけど! そうなんだけど、納得いかない!」
「納得いかないのはこっちの方ですよ。先輩は頼りになるかと思えば、こんな初っ端でずっこけちゃうですからどう対応すべきか困ります。『アクセル』で一、二を争う幸運の持ち主じゃないんですか」
「うぅ……女神エリス感謝祭の時には、何故かあたしがアクシズ教団の屋台を手伝わされたことといい、今回といい、どうして運がいいはずなのにこんな面白い状況になるのかあたし自身でも疑問だけどさ。と、とにかく、後輩君は目を逸らしてよ!」
「マジックアイテムの効果が単に服を透かすだけなのかどうか不明なんですから、観察してないといざというときに助けられません。だいたい、自爆した先輩から目を逸らすとか心配でならないんですが。こちらにも火の粉が飛んで来やしないかと――」
「とんぬら」
声に反応しとんぬらは身構えたまま首だけをそちらに振り向けば、ちょうど一歩前に進んで自ら赤い光に当てられに行ったゆんゆんが黒に青いリボンのついたパンツの下着姿に変わったところだった
「ど、どう? これで満足した?」
…………あれ? 俺、また『パルプンギフト』やっちゃったっけ?
疑似ストリップな下着ファッションショーという常人の理解の追いつかぬ展開にとんぬらの頭脳は混乱しそうになったが、そのため、余計なことを考えずに素直に応答した。
「う、うん……しとやかさの中に忍ばせた愛らしさ、微笑ましさとのギャップが良いと思うぞゆんゆん」
「そ、そう! 私もこの下着はお気に入り……――じゃなくて、そのマジックアイテムの効果検証のことよ! もう、クリスさんをまじまじと見なくても十分よね、って訊いたの!」
ああ、なるほど。
ドッキリな急展開過ぎて(それとクリス先輩は魅力ある女性だとは思うのだが、雰囲気的にどこか畏れ多すぎてそのような対象にとんぬらはみれない)、イヤらしい気持ちが湧く余裕もなかった……そんなことはゆんゆんもわかってくれたであろうが、それはそれ、これはこれで、とんぬらがじっと目を離さず下着姿の
それで、自身を代わりに存分に
以心伝心が完了した。状況並びにパートナーの心境(乙女心)を把握したとんぬらは目を瞑って、ゆんゆんの方に釘づけにされて固定されていた首をどうにかクリスのいる真正面に戻し、
「ほら、こっちにまで火の粉がかかっちゃってるじゃないですか!」
「これあたしのせい!? むしろあたしの方が飛び火されてると思うんだけど! ねぇ、君たちの関係はどこまでいってるの!? 年相応に健全なお付き合いをしてるんだよね?」
ハプニングはあったものの、スケスケ赤色光を放つ照明のスイッチを切った。
クリスの『罠探知』スキルが働かなかった原因にもすぐ推理できた。厳密に言って、先の照明の魔道具『えっちなライト』は相手に害を成す罠の範疇には入っていない。服が透けて見えるくらいで、命を脅かす危険性だとは判定されないからだ。つまりは、服が透けること以上の効果は何もないと証明された(それでも女性にはセクハラなので第一級危険物に指定された)。
「……ここにはあまり宝物らしきものはないみたいだね。奥の方へ行ってみようか」
気を取り直して先を進むと、遺跡の奥に今度はベッドや机にタンス、埃被っているが生活感のある居住空間と思しき場所に辿り着いた。
……ひょっとするとここは、遺跡主の自室であるかもしれない。
「これは……里の格納庫と同じ扉か……?」
その部屋の奥に、鉄の扉があった。それはただの扉ではない。解錠スキルや魔法が通用しない、鍵穴のない扉だ。
そう、この最近、発明家ひょいざぶろーが造り出した紅魔族の
「ひょいざぶろーさんが金庫を造るようになってから一年も経ってないし、あの金庫をひょいざぶろーさん以外が造れるものは今のところ他にいないはず……」
「つまり、これって……!」
「ああ。ひょいざぶろーさんが造ったものではない、そのモデルにした原本と同じ製作者によるもの。つまり――俺達、紅魔族の生みの親が関わっている可能性が高いぞ」
金庫のオリジナルモデル……紅魔族の里の地下格納庫にもある、かつて『賢王』が施した封印と同じだ。
つまり、この遺跡は、『賢王』と関わり深い施設。
「先輩、これには『結界殺し』が通用しません。もちろん、『盗賊』の解錠スキルに『アークウィザード』の『アンロック』もです」
「正しい数字を順々に押さないとダメ、か……なら、この遺跡の中にそのヒントになるかもしれない。まずはこの部屋から探してみようか」
さっきの失点を取り返さんと気合を入れて捜索に臨んだクリスは、タンスの中に古びた日記帳を見つけた。
……それは、この世界ではない、異世界の文字、日本語で書かれた日記。
(やはり、この遺跡は転生者の……)
これを書いた人は一体何を思っていたのでしょう。
人の書いた日記を読むのには僅かばかりの罪悪感はあるけれど、もしもこの遺跡に神器が放置されているのだとすれば、放っておくわけにはいかない。
せめてあまり人目のつかぬよう、別の場所を探している二人には報せず、まずはこっそり自分ひとりで改める。
(――異世界生活1日目。この日、私は女神に頼まれこの世界に降り立った。魔王を倒し、この世界を救うために。道は困難を極めるだろうが俺の決意に揺るぎはない。
それはそれまでの予想を確信に至らせるもの。この場所に、先輩が送り出した人がいた。
(――異世界生活2日目。女神様からもらった力を試してみた。それは色々と制約はあるものの、自らが望むものを創り出すという恐るべきものだった。これがあれば世界を征服することすらもできるのではないだろうか。だが私の望みはただひとつ。魔王を倒しこの世界の人々を救うこと。
どうやら特典に形のある神器ではなく、強力無比な特殊能力のようだ。
それにこの世界の文字を練習しているのか、ところどころ日記に書かれている日本語の部分が頁をめくるたびに少なくなっていく。
(――異世界生活113日目。魔王に対抗するものを創り出そうとするも難航している。というのも能力についてくる制約が問題なのだ。『物作りの
頁に刻まれた筆跡より、その苦悩が伝わってくる。
世界を救うなんて偉業は、天界からどれほどの力を授かろうと困難を極めるもの。これまで多くの転生者が送られてきたけれども、誰一人として魔王討伐は果たせていないのだ。きっと転生者たちはこの日記の彼のように力不足を嘆いて、苦しみ抜いた一生を送ったことだろう。
(わかっている。自分が本当に望むものは何なのか。だが、魔王を倒したいというのも嘘ではない。私は悩んだ。いったいどうすればいいのかと。何度も何度も自分に問いかけた。そして、悩みに悩んだ末に……
次の頁を開き、彼の最後の決断を目の当たりに――
(魔王討伐は諦めることにした。
し、た…………。
(しょうがないよな、だって、俺元ニートだし。異世界に来たくらいでそうそう中身が変わるわけないじゃん。俺はこれから好きに生きる。自分が本当に創りたいモノだけを創ろう。まずは男の憧れメイドロボが欲しい。あ、巨大人型ロボットもいいよな――)
日記を、そっ閉じした。
なにも見なかったことにしよう。
彼は言っていた。ここに関わっていると思われるのは、紅魔族の生みの親……つまり、あの魔王よりも傍迷惑に世界を滅茶苦茶にしてくれたであろう機動要塞『デストロイヤー』を製作した、とても罰当たりな人物であると。
“戦争用改造魔導兵”……紅魔族の話は天にも届くほど。
紅魔族は、元々戦争用に作られた改造魔導兵。彼らが生まれつき極端に魔力が高く、僅かな休息であっという間に魔力が全快するのも、そのように改造されたからだ。魔王軍と魔道技術大国ノイズの戦争時には、彼らは戦闘を行った後、数時間だけ眠り、また出撃して行く。そして、その優秀な頭脳で対抗策を即席で考案するという芸当も可能。
しかし、そのために、異常な魔力回復力の代償として魔力の自然排出が上手く出来ない、有り余る魔力のおかげで魔力制御の難しい体になってしまった。
……まあ、紅魔族への肉体改造は志願制だったから、自らこぞって肉体改造を希望し、その応募者数越えのあまりの人気に抽選となり……その後、“戦争用改造魔導兵”と言う語呂が良くないという事で“紅魔部隊”と名乗ることになったが紅魔族誕生の経緯であり、そのついでに彼らは色々な勝手な決まりを作った。
曰く、名乗る時は紅魔部隊員全員で決めた、キメポーズを取って名乗りを上げる。
曰く、隊員は元の名前を捨て、インパクトある名前に改名。
曰く、『生まれた時に、体に機体ナンバーとかあると改造兵器っぽくて格好良くね?』や『気が昂ると瞳が赤くなるのも格好良くね?』ということで肉体を弄る改造手術に注文を付けた。
……などなど、戦争に無関係な設定までドンドン勝手に決めていき……その後、『ノイズ』が『デストロイヤー』によって滅び、機動要塞の暴走に世界中が迷惑を被り出すと、何事も無かったかの様に魔導技術大国とは関係ない体を装い、我々は伝統ある魔法使い一族、紅魔族であると名乗り出した。
“戦争のために肉体を弄られた改造兵”という哀しい、憐れまれるはずの過去なのだが、当時の彼らはノリノリであった。
今の紅魔族も、自分たちの祖先が好き好んで肉体改造をして喜んでいた変わった人物であったことは知らない。昔話が伝わっているとすれば、他の転生者が深く関わっている後輩君の神主一族か彼女のように里を率いる族長の一族くらいのものだ。
それでもすべての事情を知っているわけではないので、身体に生まれた時から刻まれている機体ナンバーなどを気に病んでいたりするのだが……。
とにかくこの日記は報せなくても良いだろう。
私ひとりの胸の内に納めておくのが一番に違いない。
(ここには神器はなさそうだし、この扉の先にあるのもさっきの『
――ん?
ギィ、と開かずと思われていた金庫から音が。
そして、徐々にゆっくりと錆びついた不協和音を生じながら封印の扉は開かれていく。
その様子に気付いて別の場所を捜索していたとんぬら達もこちらに目を向ける。
「クリス先輩、いつの間に扉を開けたんですか?」
「いや、あたしは何もしてないけど……」
あれは……もしかして、アレのせい……。
扉をまた一度観察したクリスは、その金属扉の枠縁にわずかな罅が入っているのを見つけた。
経年劣化していて脆くなっていたのか。それで、さっき人型ロボットを沈めた地割れ、この遺跡地下深くにまで亀裂を生じさせた『パルプンテ』によりその部屋の中の封印がすでに
「『敵感知』スキルに反応あり! 来るよ二人とも!」
破られた扉が開け放たれて、クリスの警告が飛ぶ。
三人の瞳が睨みつけるその奥の暗がりに、何かが蠢き――顔が、見えた。
露わとなったそれは、彫像のような裸の女の人。それがカサカサ気持ちの悪い動きで出てきたのだ。
「先輩、下がって!」
狭い室内で魔法攻撃は危険――そう判断し、すぐさま鉄扇を片手に前に出たとんぬらを、ギシギシと首を回して、人形は視認捕捉する。この世界の技術力ではありえない合成樹脂で成型された、女性型の彫像。顔のデザインが落書きみたいに適当に目鼻を描かれているものであるが、それでも女性型だと判断できる顔立ち。女性らしさを強調した人工的なプロポーション。それで闇色なオーラを纏っていて、とんぬらへ一直線に迫ってくる。
「ゆんゆん、腕を頼む!」
「『筋力増加』!」
『竜言語魔法』の支援魔法を受けて、レベルダウンで衰えた分を補助したとんぬらが突き出した人形の腕を、広げた鉄扇で捌く。
突進を打ち返した衝撃で人形の胴体には亀裂が走り、左手の手首から先が吹き飛んだ。しかし、人形は損傷を気にすることもなく、そのままとんぬらへと攻撃を続行する。
人形が、折れた左手首の鋭い断面を、とんぬらの顔面目掛けて突き出した。人形の攻撃には殺意がない。素体の関節の数が限られているせいか、動きも人間とは違っている。おかげで攻撃動作が予測しづらい。緩慢な動きの割には厄介な相手である。
それでもどうにか敵の攻撃を躱して、とんぬらはそのまま反撃に転じた。攻撃直後でがら空きになった人形の胴体を、力任せに殴りつける。
「ぐ……!?」
しかしとんぬらの拳に伝わってきたのは、人の柔肌とは程遠い、硬質な……この世界にはないプラスチックの塊を殴りつけた不快な衝撃だけだ。人形は受け身もとらずに転倒するが、ダメージを負っている気配はない。そのまま何事もなかったように、ガシャガシャと四肢を蠢かせて起き上がる。むしろ痛手を被ったのは、殴ったとんぬらのようだ。
でも、直に触れてわかったことがある。
「素体の方は不明だがこれは、ゴーストが憑いているっぽいな」
ゴースト、人型のものに取り憑くアンデッドモンスター。この遺跡に安置されていた人形に憑依したんだろう。
そして、とんぬらは、自他ともに認める“アンデッドに好かれる体質”をしている。経験上、逃げてもしつこく追ってくるに違いない。
また、一体だけとは限らない。
とんぬらが痺れた左手を振った――その瞬間、開け放たれた扉の奥よりまた一体の人形が飛び出し、とんぬら目掛けて猛然と絡み付いてきた。
――が、とんぬらが左手を振った時、その指には一枚のカードが挟まっていた。
「宿木求める彷徨いし魂よ、汝らは俺が裁く。――『ターンアンデッド』!」
天秤の絵柄の『銀のタロット・正義』を起点として放たれた神聖魔法の光が人形に取り憑いていた悪霊を浄化する。
しがみついてきた人形の手から力が抜ける。
その隙を逃さずに、とんぬらは人形の腕を掴んで振り回すと、思い切り振りかぶって最初の一体の人形目掛けて叩きつける。
「『花鳥風月』――!」
不浄を清め祓う聖水放つ宴会芸で、扉の奥から次々と出てくる悪霊取り憑く人形たちを撃ち飛ばしていく。向こうの部屋に数十体潜んでいようが、この避けようのない、一体しか通りようのない出口。待ち構えて鉄扇より強力な(聖)水鉄砲を浴びせるとんぬらの前にゴーストは単純作業で処理されていくように成仏していき……
「『雷鳴豪断脚』――ッ!!」
人形を扉の向こうに蹴り飛ばす。
これ以降、扉から飛び出してくる気配もないので、それが最後の一体だったのだろう。
「これで、ようやく在庫切れか……」
いくら一対一で戦える狭路であろうと、それが百体、百戦もすれば、とんぬらも疲れる。ゆんゆんとクリスがサポートに回ってくれたけれど、もうしばらくはゴーストが取り憑く人形遊びは遠慮したいところだ。
「先輩、この先に『敵感知』は?」
「ううん。反応はないね。おそらくさっきので全部だったんだよ」
ゴーストは処理した。そして、厳重に閉ざされていた扉は開いている。ここで、中を覗かないで遺跡を出るという選択はあったが……
「ねぇ、行ってみない?」
興味津々なご様子のゆんゆん。赤く光る瞳から好奇心には勝てないのがよくわかるというもの。それに『仕方ないなぁ』とクリス先輩が片目を瞑りながら思わず苦笑いしているけれど、きっと同じ気持ちだろう。それはとんぬらもまた。
「じゃあ、慎重に行こう」
「うん、判ってるわ」
もしかしたらまだゴーストに憑かれた人形がいるかもしれないし、それに遺跡の最奥には何があるのか一冒険者としても興味もある。
というわけで、中へ踏み込むと……部屋の中央には円筒形の硝子槽が鎮座していた。
直径は1mほど、高さは2m弱と言ったところだろう。そして、中には女性、いやおそらくは女性の形をした人形が眠るように目を瞑っている。
もみあげのところだけが白い、その赤い長髪は整えられたかのように完全に左右対称。白い煙に隠れて頭部から下の全体像こそ見えないが、唯一ハッキリと視認できる顔はざっと百人斬りしてきた人形とは目鼻立ちのクオリティが違った。彼女の造形は生物ではなく、絵画や彫刻と同じ、芸術作品の美しさであると言えよう。
「ゴーストに憑かれている気配もなさそうだが……」
「見てとんぬら、あれ」
ゆんゆんが示した先、硝子槽の前には台か石碑のようなものが設置されていて、その上に金属製らしい板が填め込まれている。そして、この石造りではない内装は、前に見たものと似ている、いや、同じ。
「やっぱり、ここ紅魔の里にあった謎の施設と同じ……――わっ、光ったわ!」
ゆんゆんがおそるおそる金属製のいたを手に取ると、ぼうっと赤く光った。
まだこの建物は生きている。手にした金属製の板の凸凹をなぞったり、さすったり、押したりしているゆんゆんを見て、思い当たったことがあった。
(あれ、地下格納庫で、
「おいっ、ゆんゆん、あまり無闇に触るな! 何が起こるかわからんだろ」
「あ、とんぬら」
慌ててゆんゆんの手から端末を取り上げる。その際に、ゆんゆんの指が何かの図形の上を滑って――
ピコーン、と。
音が響いて室内に反響。それから、今ちょうどクリス先輩が観察していた、人形を納めていた硝子槽が煙を噴き出しながら開けられる。
「後輩君、人形が動くよ!」
ゆっくりと目が開けられる。
長い封印から解放された彼女は、抑揚のない無機質な声で確認する。
「メイドロボ・サンディ起動します。――私のご主人様はどなたです?」
「喋った!?」
台座に嵌められていたはずの金属板の端末を取ったのはゆんゆんだが、今持っているのはとんぬら。
それを視認して、判断を下したのだろう。人形はゆっくりととんぬらの方へと歩み寄る。
「貴方が、私のご主人様……」
一歩一歩進んでいくとやがて煙が晴れて…………人形がハイヒールに女王様の服、そして、鞭を装備していることが判明。その声色も無機質なものから喜悦を含んだ状のあるものに変わって――
「さあ、ご主人様、お仕置きのお時間です」
パシン! と実に堂の入った構えで鞭をしばくドSキャラ人形。その立ち姿は、ドMが頬を赤らめてしまうくらいたまらないだろう。この三人の中にその該当者はいないが。
その迫力は創作物であるというのに、近寄り難いオーラを発している。さっきの特攻しか知らぬ凶戦士じみたゴーストが取り憑いていた方がよっぽどマシだと断言できる。
「こいつはどうやって……使用用途は棚に上げるとして、できれば、レアな発掘物だから破壊したくはないのだが、むこうはヤル気満々だし」
「後輩君! その操作盤で起動できたのなら、その逆に停止させることもできるはずじゃなかな」
「流石、先輩。鋭いご指摘です! じゃあ、早速……」
と、
「とんぬら?」
「どうすれば停止できるなんてわからんぞ……。肝心の操作方法を熟知してなければかえって危険だ。ええい! ままよ! こうなったら、エネルギーが尽きるまで付き合ってやればいいんだろ」
とんぬらは停止操作を諦めると、操作盤の金属板をゆんゆんに渡して、また鉄扇を構える。
襲い掛かる人形の鞭をとんぬらの鉄扇が弾いて、ひたすら専守防衛に徹して捌く。
「ご主人様、防いでは躾になりません。ちゃんとイタ気持ちいように力加減しますので、大人しく鞭を受けてください」
「誰が好き好んで痛い思いをするものか! 一体コイツの製作者はどんな意図で造ったんだ!?」
相手の鞭捌きは、お仕置きするには達人級かもしれないが、純粋に武技としてみればそう巧くはない。油断しなければとんぬらにも防御できる。それに動きも機械的で単調だから、パターンも見切れてきた。
このまま慎重に攻略し――そこでふと見ると、ゆんゆん、それにクリスが額を突き合わせながらまた端末に触れようとしていた。
「……おい」
「さっきはここに触れたらああなったんです……」
「じゃあ、もしかしてこうしたらどうかな?」
ピコーン、と。
また鳴った無機質なチャイム。
「ご主人様のレベル設定をイヌからブタへの変更命令を認識しました。これより完全調教メニューに移行します」
「……は?」
「「あ……」」
人形の赤い髪がその毛先にまで神経が通っているかのように自ら蠢いて、首輪や蠅叩き、蝋燭に拘束具、あと耳かきなどをジャラジャラと取り出してきた。
折角、動きが見切れてきたのに、ここにきて相手のバリエーションが増えた。
「Sit down! 伏せ! ハウス! ハウスッ!」
「『風姿花伝』――からの『アクロバットスター』!」
荒ぶるドS人形。ご主人様(ブタ)に相応しいマゾに躾けんとその手のアイテムを駆使して迫る。そんなのは御免なとんぬらは分身を作ってから避ける避ける避ける。
「ちっ、ちょこまかと逃げ回るご主人様、いえ、ブタですね!」
「その言い直し方、アンタ本当にメイドなのか? ご主人様に敬意払ってんの!?」
「ほら啼けよ! イイ声で啼けよ! 喚け叫べ!」
「後輩君頑張って! あとちょっとで何かわかりそうな……――あ!」
必死にメイドロボの相手をするとんぬら。
この状況を収拾せんとゆんゆんとクリスが必死に端末のあれこれ触っていると、パカッと金属板が割れてそれらしいボタンが中央に現れた。
「よし! これだっ!」
クリス、そのボタンを押す。
お約束的にこれが非常停止ボタンのはず……そう彼女は思ったのだが、
「ご主人様のレベル設定をブタからムシへの変更命令を認識しました。これより地獄体験フルコースメニューに移行します」
「………」
スーパーハイテンションを超えたウルトラハイテンションに達しちゃったかのように、紫色のオーラを迸らせるメイドロボ。
なんかアブナイ薬の入ったお注射や拷問器具じみた万力のペンチまで出てきた。ご主人様(ムシ)への容赦が皆無な模様。
ていうかあんた、調教メニューをいくつ取り揃えているんだよ! そもそもメイドロボなのに躾ける側に回るとか普通逆じゃないのかよ! イヌ、ブタ、ムシとか人間扱いすらしてないし!
コイツの製作者は、アクシズ教徒並みに変態な嗜好の持ち主だな絶対。
「先輩は、本っ当に幸運ステータスなんですか!? 状況は悪化の一途を辿ってるんですけどっ!」
人間から三階級ほど特別降格したとんぬらが訴えるも、先輩は気まずそうに頬を掻きながら目逸らし、
「こ、これは、後輩君の不幸ステータスの影響なんじゃない、かな?」
「俺ですか? 俺のせいなんですか!? というか、先輩と行動を共にすると大変な目にばかり遭ってる気がするんですけど、先輩ってまさか疫病神なんですか?」
「疫病神!?!? そ、そんなこと言われたのは初めて……」
ガガーン、と効果音が出そうなくらいに狼狽える先輩。余程ショックを受けたのか、メイドロボに反して、ダウナーローテンションに陥ってしまった。
まずい、半分冗談のつもりだったのだが、言い過ぎてしまったか。あとでフォローしないといけないが、それよりも今はメイドロボの方をどうにかしないと……!
「とんぬら、下がって! ――『フリーズ・バインド』!」
凍結魔法による強制停止を試みたゆんゆんだったが、凍える風はメイドロボの肌に触れる前に弾かれ――とんぬらの足元を氷漬けにさせた。
「無駄です。私が身に着けている『光のドレス』は、中級魔法以下は反射します」
「ええっ!?」
無駄にこだわりすぎだろ本当に!
「ようやく、
くっ、今や高レベル高ステータスの『アークウィザード』となったゆんゆんの上級魔法は火力が高すぎるから生け捕りには向いていない。
だからって、このままじゃ足が凍って動けないから回避もままならなず、メイドロボのお仕置きを鉄扇ひとつで捌くには無理がある。
やはりこの人形は壊さないとダメか……いや、まだ諦めるな!
「無垢なる僕よ、我が万能なる魔法を聴け! ――『パルプンテ』!」
時間を逆転させて、停止状態にまで戻す!
パルプンテ……
パルプンテ……
パルプンテ……
室内に反響する山彦の詠唱。この反応が、
「っ、何が……!?」
揺れる。部屋が、否、遺跡全体が大きく揺れる。ピキピキ、と不吉な音まで聴こえてくるこの異変に、誰よりも早く事態を把握したとんぬらは叫んだ。
「ゆんゆん! クリス先輩! すぐこっちへ来てください!」
――そして、足元が、天井が、崩壊した。
♢♢♢
下の床板が崩れて、上からは落盤の瓦礫が降りかかる。
「『ウインドカーテン』!」
「『春一番・為虎添翼』!」
その間際に、ゆんゆんが風魔法の守りを固め、さらにとんぬらが風の精霊で層を厚くし、加えて三人の身体を風に乗らせる。
これで巨塊に押し潰されて自爆するのを防ぎ、落下を免れた。
突発的な事態であったにもかかわらず、息ピッタリなエース二人の連携で、危機を脱する。
「……どうやら、被害はこの部屋のみの局所的なものみたいですね。じゃあ、一旦、降ります。しっかりと捕まっててください」
浮遊を維持するとんぬらに他二人が左右からしがみついている。
とんぬらとゆんゆんの魔法で織り合わされた風の繭に包まれながら、春風の精霊にゆっくりと下降を促す。
「ここは部屋みたいだね。さっきの部屋の地下にまた別の隠し部屋があったみたいだ」
足が地に着くと、クリス先輩が辺りを見回し言う。
落盤の瓦礫で滅茶苦茶になっているが、部屋としての
「じゃあ、このメイドロボはあたしに任せて。今なら簡単に『バインド』やれそうだし……それに先輩なのにここまであまりいいとこなしだったから……――絶対にやるから、徹底的にふんじばるから! 汚名返上でちゃんと先輩らしい頼れるところを見せるから! さっきの評価は撤回してねっ!」
「わ、わかりました先輩。コイツの相手はお任せします。それで、さっきはこちらもすみませんでした。二度と疫病神だなんて言いませんから! どうか落ち着いてください!」
それで、メイドロボの処理をクリスに任せて、とんぬらとゆんゆんはこの落ちた地下隠し部屋の中を初級火魔法『ティンダー』の灯りで照らしながら捜索し……それを見つけた。
「とんぬら、あれ」
それは遺跡の崩壊を受けても無事だった作業机。小型の四角い、複雑な機構の魔道具を載せていて、その横に羊皮紙の巻き物が広げられている。
「ここに書かれてるのって、古代文字よね……どう? とんぬら、読めそう?」
「ああ。読める。筆記は違うが、『悟りの書』に書かれている字と同じだ。それで……どうやら、これは魔道具の開発研究を綴った発明メモか」
それは日本語で書かれた発明メモ。
とんぬらが読み解くに“でんち”や“くるま”などを造ろうと試みている。けれど、その動力源となるところで躓いている。
「『エネルギー物質』の生産……“炎と氷を合体させる”研究で失敗続きだったようだ」
それで魔王を倒すための兵器を完成させることはできなかった。
「で……おそらくこの作業机の上にあるのは、『マシンメーカー』だろう」
「ましんめーかー? って何、とんぬら」
「女神に与えられた創造の力を、自らの手で具現化できないかと考案した試作品らしいな。“想像したものを創造する”力が限定的に宿っている、と……どれ、ひとつ試しに」
右手に初級火魔法『ティンダー・ヘパイトスの火種』を、左手に初級土魔法『クリエイト・アース・魔力の土』を発現させて、『マシンメーカー』に篭めて、そして、机上の発明メモの
――瞬間、紅く煮え立つ円筒型のアイテムが出来上がった。
「『マグマ電池』……絡繰りを動かすために必要なアイテム。ふむ、前にエリーの身体を点検する際に触れたことのある動力源とよく似ている。おそらくは、絡繰りにとっての『マナタイト結晶』なんだろう」
発明メモのレシピを参考にしてみただけで全部を試したわけではないが、どうやらこれは本物。しかし、それが本物であったとしても、その魔王を倒す研究が目指した最終形にまでは至っていない。この『マグマ電池』もそこに至るまでの副産物に過ぎない。
「後輩君、ゆんゆんさん、ちょっとこっちに来て!」
呼ばれたので、そちらへ行くと、ミノムシのようにワイヤーロープを雁字搦めにされたメイドロボを足元に転がすクリスが一点を指差していた。
瓦礫が山となっている方を見るように促していて、隙間から垣間見えるそれは喩えるなら、馬のない三輪馬車。
前輪が二つに後輪一つの車体で、前に馬と繋ぐロープではなく、鋭く硬そうなトゲがついている。それで後方には大砲のような筒状のものが備え付けられ、そこが噴射の反動で加速する装置なのだと思われる。
そして、この全体像はまったく違うのに、どこか既視感を覚えさせられる。
「この感覚は、まさか……『デストロイヤー』? いや、そうか。これが、『超激突マシン』なのか!」
♢♢♢
『行商人の方が言うには、遠方の国の礼服だとか。そんな珍しい服が10着で20万エリスなんて、とてもお得な買い物でした』
事の発端――サトウカズマがこの金策を思いついたのは、ウィズの仕入れた“紅茶を淹れるに相応しい服”を披露した時だった。
ミニスカートでこれでもかと言わんばかりのフリルでの装飾は、給仕するに相応しくないが、ロマンがある。
その服を見た途端に、日本出身ならではのインスピレーションが湧いた。
そうだ、メイド喫茶をやろうと。
(萌え……それはどんな世界であろうと、ぶれることのない共通の見解に違いない。そう日本であろうと、この世界であろうとだ!)
カズマはこの革命的なアイデアを早速力説した。
「みんな、メイド喫茶をやろう!」
「めいどきっさ?」
耳慣れない単語にきょとんとするめぐみん。他もそう。どうやらこの世界には使用人という身分制度はあれど、メイド喫茶なる文化はまだ根付いていないらしい。――これはチャンスだ。誰もしたことのない商売はきっとインパクトあるはず。
何事も一番最初に始めた開拓者には特権があるのだ。
「そう! 可愛らしいメイド服に身を包んだ女の子たちに、ご主人様として甲斐甲斐しくお世話をしてもらえる素敵空間――それがメイド喫茶だ」
「メイドになって世話をするだと!? なんていかがわしい店を開こうとしているんだお前は!」
「お世話からそんな想像をするお前の思考の方がいかがわしいわ!」
「な!?」
ショックを受けたように固まるダクネス。
ったく、すべてを見通す悪魔認定で初心なくせして、ダクネスはそういう方向にすぐ結びつくとは……
「まあ、世話って言っても、注文されたものを運んだり、簡単なゲームの相手をするだけだけどな」
「それだけ聞くと、普通の喫茶店とあまり変わらないように思えるのですが」
「だからこそ雰囲気づくりが大事なわけだ。衣装はもちろん、言葉遣いや立ち振る舞い、その他諸々メイドになり切って、心からご主人様に奉仕する――そんなメイドのいるメイド喫茶に俺は行きたい!」
自分の欲望を垂れ流しているだけじゃないですか、とめぐみんが呆れた様子の嘆息を漏らす。
「ちっがーう! これは全世界のメイド喫茶好きの総意なんだよ!」
「総意とは大きく出ましたね」
カズマの力説に驚かされるめぐみん。
まあ実際には好みなんて人それぞれだし、あくまで今のは個人的な欲求でしかないけど、ハッタリは大きくかましてこそ意味がある。
「しかし、ようは使用人なのだろう? そこまで熱くなるものが大勢いるとも思えないのだが?」
「はっ。これだからお世話されることに慣れてるお嬢様は」
「そ、それとこれとは話が別だろう!」
これは、お貴族様にはありがたみの薄い話なのだろう。彼らには当然と思っていることも庶民にはそうじゃない。
「まあ確かに、この世界でメイドの存在自体は珍しいものじゃないかもしれない。だが、当たり前のように存在しているからと言って、誰もが実際にお世話をしてもらってるわけじゃない。だからこそ、それに憧れ、需要が生まれるんだ。
加えて、そのメイドがめぐみんのように可愛らしく、ダクネスみたいに美しかったらどうだ? そう! 誰もがこぞって通い詰めるに決まってるだろう!」
グッと拳を作り、主張するカズマ。
これには、二人もやや狼狽した感じで、
「か、可愛らしいとか、面と向かってそういうこと言わないでください。恥ずかしいじゃないですか」
「美しいなどと、らしくないことを言うな。まったく」
よし、この勢いのまま押し切ろう!
「だからさ、メイド喫茶の店員をやってみないか?」
で。
「カズマ、あんたやっぱりそれやるつもりなのね。ちょっと、女神である私になんて事させようとしてるのよ、このヒキオタは!」
元日本担当は、察しが良く、今後の展望の共有もカズマとできていた。ただし、猛烈に反対する。これは理解しているからこその反応であろう。
だが、借金はアクアが原因で出来上がったものなので、何としてでもやらせる、それはカズマの中では決定事項。文句は言わせないし、辞退も拒否、強制参加だ。
「いいだろ別に。何か失うわけでもないんだし。むしろアクアが一番人気になったら信者が増えるかもしれないぞ?」
「え、ほんとに?」
そこであっさり信じちまうからお前は駄女神なんだよ。とは言わないでおく。
「ああ。何しろアクアは女神なんだからな。その神々しさに惹かれて通い詰める客だって出てくるかもしれない。そうして人気を獲得できれば、店のアイドルとして好きなだけちやほやしてもらえるぞ?」
ん、アイドル……次はこの路線もいいかもしれん。
「べ、別に、ちやほやなんてしてもらいたいわけじゃないけど。そうね。どうしても私の女神としての威光に頼りたいって言うなら、少しくらいは手伝ってあげてもいいわよ?」
だから、お前が借金の原因なんだから少しじゃなくて汗水たらして働け。
とまあ、ツッコミたいし、発言とは裏腹に思いっきり顔がにやけてるのをみれば、ちやほやしてもらいたいのが丸わかりである。
まあ、普段が普段だし、たまにはちゃんと女神扱いされたいんだろう。周りで女神として敬ってくれてるのはとんぬらくらいなもんだし。
(うん、そうだな。とんぬら達にも手伝ってもらうか。店員が三人いればとりあえず店を開けるだろうけど、もう少し人手が欲しいところだしな)
♢♢♢
こうして、新しい借金返済の商売戦略の大筋が定まった。
商売をするための場所も冒険者ギルドと交渉して、酒場の一画を借りることができた。
でも、まだ足りないものがある。
「人員は必要なんだけど、それよりも重要なのは客のニーズに応えるってことなんだよ。客がメイド喫茶に何を求めてくると考えてる?」
「そりゃ喫茶店なのですから、食事の味では?」
めぐみんが答えるも、それは常識的な回答だ。カズマの目指すメイド喫茶はそこからさらに一味違う。
「外れてはいないが、正解でもない。奴らが何に金を落としているのか――それは好きなメイドと過ごす時間にだ!」
「なるほど、客が求めるメイドを用意しないとスタート地点にも立てないというわけか」
理解したダクネスが、ふんふんと頷き返す。
「そのためには人員を増やす。メイドは多い方がいい。そこで――」
………
………
………
「めぐみん、今日はあの二人はクエストに出てるんだったよな?」
「ええ、ですが、とんぬらとゆんゆんのことですからキッチリバイトの時間に遅刻はしないはずです。――あ、ほら」
「すみません! 遅くなりましたウィズ店長! ……っと、兄ちゃん達来てたのか」
ウィズの魔道具店で待つことしばらく。
遺跡調査クエストから帰って来たとんぬらとゆんゆんを捕まえる。早速で悪いが、ウィズにも事前に許可取ってあるし、カズマは二人に新しい商売について説明する。
「――メイド喫茶。簡単に言うと、ウェイトレスがメイド服姿で接客をしてくれる喫茶店だな。メイドになり切って手厚い接客をする。そして、メイドになる第一条件……それは、可愛い事だ。この世界でも萌えって感覚は共通だと思うんで、きっと成功するはず!」
「メイド、ねぇ……」
渋い顔をするとんぬら。あれ? 同じ男としてこの情熱を理解できると思ったのだが、反応があまり芳しくない様子?
「いや、個人的な感情はさておき、まあ、面白いんじゃないか」
「そうか。わかってくれたか。……それで、このメイド喫茶にとんぬら達の手を借りたいんだ」
「ウ、ウェイトレス……つまり、接客業」
魔道具店のバイト用のエプロンを身に着けたゆんゆんが、急に震え始めた。
「ええと、これ、どうしたんだ? ゆんゆん、顔が真っ青じゃないか」
「おそらく人見知りが発動して、尻込みしているのでしょう。まったくバイトをしているから少しは改善されたと思っていましたが」
あー……そういうことか。
ウィズ魔道具店では身内な常連客ばかりを相手にしていたが、メイド喫茶となると初めて話す相手ばかりになるだろう。
とそこでこのボッチな少女の操縦法を心得ているめぐみんが口を開く。
「まったく、しょうがありませんね。ゆんゆんは戦力になりそうにありませんし、誘うのはやめましょう」
「え!?」
「大丈夫ですよ。ゆんゆんの分も私が働きますから。それでいいですよね、カズマ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! まだ私は何も言ってないじゃない!」
「言わなくてもわかります。無理なんでしょ? 不可能なんですよね?」
「ウ、ウェイトレスくらいできるったら!」
「というわけで、ゆんゆん、確保です」
「え? え? ええーー!?」
一分とかからず首を縦に振らせてみせる手腕、いや口車には脱帽するところはあるが、本当にこれで大丈夫なのかと心配になる。
「おいおい、滅茶苦茶動揺してるけど大丈夫なのか?」
「問題ありません。その辺のケアはとんぬらがやりますから」
「投げっ放しかよ……まあ、問題ないと思うぞ。ゆんゆんは、王城でメイドのレクチャーを受けたことがあるからな。めぐみんより上手にできるんじゃないか?」
「なにおうとんぬら! 私がボッチなゆんゆんよりも接客ができないというんですか! 私だって、里にいた時に喫茶店でバイトしていたんですよ!」
「めぐみん、そのバイト時代で俺がどれだけフォローに回っていたのを覚えているか?」
「そんな昔の話は覚えちゃいませんよ。大事なのは今、出来るかどうかでしょうとんぬら」
「それなら、めぐみんの働きぶりを拝見させてもらおうか。どれだけできるか楽しみにしよう」
うん。紅魔族というのは簡単に乗せられるチョロい種族なのだろうか。
「それで兄ちゃん、メイド喫茶ってことは、男の俺は裏方をすればいいのか?」
「いや、とんぬらを裏に回すのはもったいない。だから、とんぬらには執事役をやってほしい」
「執事役……つまり、俺は女性客の相手をしろということか」
「そうだ、理解してくれたかとんぬら。メイドのニーズは九割九分男性客に当てたものだからな。とんぬらはメイドにはできない女性客のニーズに応えてほしいんだ」
つまるところメイド執事喫茶だ。とんぬらが執事役ならきっとそれはウケるはず……だったのだが、
「悪いが、その執事役には抵抗がある」
「え、何でだとんぬら? お前は人見知りとかするような性格じゃないだろ」
「確かに、やろうと思えばできる。兄ちゃんの借金返済にはできる限り手伝いとも思っている。……けど、それって、王都にあるホスト業と似たようなことだろう。あのセナさんの一件からそういうホストのようなことを自粛すると心に決めている」
きっぱりと言われた。
その一件に関わったことのあるカズマとしてはこれ以上誘い難くなる文句。でも、とんぬらのように看板になれる人材を表に出さないなんて宝の持ち腐れだし、でも、あまりとんぬらに無理をお願いするような真似はしたくはない、要望を叶えてやりたいと思うし……
「じゃあさ、私達とメイドをやればいいんじゃないかしら?」
と、そこで交渉に口を挟んだのは、アクア。
我名案思いついたとばかりに、女神様は神主へと告げる。
「女の人を相手にする執事がダメなら、男の人を相手にするメイドをやればいいのよ。変身魔法が使えるんだし、芸達者な私の
「え゛……」
『パンがなかったらケーキを食べればいいんじゃない』みたいな、『執事がダメならメイドをすればいいんじゃない』というアクアの無茶苦茶な提案。
“その方が私も楽が出来そうだし”とは流石に口に出さなかったが、カズマはすぐにその提案の裏にピンときた。
……でも、その提案は、ないとは言えない。どちらかと言えば、アリだ。
「アクア様、流石に男の俺がメイドをやるのは兄ちゃんの言うニーズから外れてるんじゃ……」
「とんぬら、俺の故郷では、そういう男の娘と書いて、“男の
「兄ちゃんの故郷には、アクシズ教があったのか?」
真顔でツッコミを入れるとんぬらであったが、一度勢いづいた場の空気はそう簡単に止められない。
ゆんゆんも小さく手を挙げて、控えめに意見を述べる。
「私も、とんぬらがメイドの方がいいかな?」
「ゆんゆん、お前もか」
「だ、だって、とんぬらが女の人を相手するよりやきもきしないで良いし」
徐々に小声に、最期の方がか細い音量だったがきちんと彼女の心情を聞き取ったとんぬらは、天を仰ぐ。
これでもう過半数、いやとんぬら以外は女装メイド参戦に賛成している空気で、最後、めぐみんが滔々と諭すように利点を述べる。
「とんぬら、同じメイドの方がゆんゆんをフォローしやすいと思いますよ」
「まあ、そりゃ同じ職場だしな。しかし、流石に男としてのプライドが……」
「確かに男がメイドやるなんて精神的にキツいでしょうが、たとえ自分が汚れても女を守る、それが真の漢ではないでしょうか」
「…………っ、ここで頷くとめぐみんに乗せられたみたいで屈辱だが、これ以上わがまま言っても仕方がない。やるよ」
降参、と肩を落とすとんぬら。ただし、と一度止めた言葉を続ける。
「でも、めぐみん、覚悟しておけよ」
♢♢♢
この異世界には、獣人がいる。
前に『アルカンレティア』に行った時に、ドワーフとエルフに幻滅させられたことがあったが、この世界の獣人はちゃんとイメージ通りの獣人だった。ただ、人権団体や動物愛護団体が、獣人は動物に分類するべきではなく亜人として扱うべきで、基本的人権を与えるべきだと日々叫んではいるものの、それでも獣人族をペットにしたがる貴族や金持ちは後を絶たず、なかなか獣人族のペット化禁止法案が可決されないという事情があったり……
兎にも角にも、この世界にはちゃんと獣人がいるのである。
「この姿の時は、私のことをヒミコと呼んでほしいにゃん♪」
手首をクイッと曲げるにゃんこポーズを取るのは、カズマも一度紅魔の里で見たことのあるご神体……猫耳神社に飾られていた猫耳スク水少女のフィギュアと同じ容姿をした、ヒミコ(とんぬら)である。
白髪のツインテールで、胸元に付けたネームプレートには『にゃん』と書かれてるなど細部まで芸が細かい。一度やると決めたら徹底してやる、とんぬらは凝り性のようだ。
しかし、流石だ……他の女性陣にはない獣娘属性を
「とんぬら、これ明らかにあなたの趣味が入ってるでしょう」
「めぐみんちゃんが何を言ってるのか、私にはわかりませんにゃあ」
「と、とんぬらはこういうのがいいのね! わかったわ、私、勉強する」
「ゆんゆんちゃんはそのままでいいと思いますにゃあ」
うむ、まったく違和感を感じさせない。注意して見たが、その仕草に男っぽい角ばった感じはまるでない。
紅魔の里のエリス様コンテストに優勝したという猫耳エリス変装は、めぐみんも舌を巻くほどであったと話に聞いたことがあったが、事前にこれの正体がとんぬらだとわからなかったら本当は男だと気づけなかった。
女装もとい女よりも女らしく振舞う宴会芸『女形』スキルを習得しているのだから、これならメイドをやらせても問題はないだろう。
うんうんと頷くカズマ……の前にとことことヒミコ()が駆け寄ってきた。
「こんな感じで、ヒミコは一生懸命頑張りますにゃん!」
「お、おう、その調子で頑張ってくれとんぬ」
ぴと――と口元に人差し指を当てられ、言葉を封じられる。
「ひ・み・こ、と呼んでほしいにゃ、
「―――」
………………ヤバい。一瞬これが
「ちょ、カズマ! 今、とんぬらに堕とされかけませんでしたか!?」
「い、いいいやそんなことあるわけねーだろ! ちょっと、いきなりだったからびっくりしただけで……」
兄様とか卑怯だろ。そうか、男だから男のツボになるポイントがわかるのか。
目を紅くしためぐみんがカズマの身体を大きく揺さぶっているのを見つめ、一旦、素の口調に戻したヒミコ()が挑発気に言う。
「わかってるのか、めぐみん。もしも、男の俺に人気で負けたら、女としてのプライドが大変なことになるぞ」
参考ネタ解説。
えっちなライト:ドラクエビルダーズに登場するインテリア。赤色に光るハート柄の照明器具……だが、その赤い光に当たるとその人物は、危ない水着姿になるという隠れ仕様がある。
作中では、下着姿に透けるという仕様に。
銀のタロット:銀のタロットを道具として使い、正義のカードを引き当てると『二フラム(アンデッド昇天)』の効果。作中では、このカードを媒体に『ターンアンデッド』の効果。
光のドレス:ドラクエに登場する女性専用装備。眩いばかりの金ぴかのドレスで、呪文反射の特性がある。
作中では、お姫様なドレスではなく、女王様のドレスで、中級魔法以下の魔法を反射するという仕様に。
発明メモ:ドラクエビルダーズに登場するレシピアイテム。
作中では、日本語で書かれていた……つまりは、まだ転生者が真面目だった頃の研究書。
マシンメーカー:ドラクエビルダーズに登場する作業場。大砲や電池、果ては自動車などが作れるようになる。
作中では、“自ら望むものを創り出す”という特典を持った『賢王(デストロイヤーや紅魔族の創造主)』が造った想像上の産物で、“自分の特典(物作りの才)と同じことのできる魔道具”を想像して創った物(作業効率を高めるために造ったが、そもそも人形たちには使えない)。失われた魔法技術大国ノイズの原点を納めたに等しい小型機械。
マグマ電池:ドラクエビルダーズに登場する素材アイテム。凄まじい出力を生み出す電池。
遺跡に残されていた『賢王』の発明メモを見て発想力が広がったとんぬらが初級土魔法『クリエイトアース(魔力の土)』と初級火魔法『ティンダー(ヘパイトスの火種)』を『マシンメーカー』の錬成融合でもって作成できるようになった。
エネルギー物質:ドラクエビルダーズに登場する素材アイテム。凄いエネルギーを秘めた塊。“炎と氷を融合させて莫大なエネルギーを生み出す”研究の試作品。
超激突マシン:ドラクエビルダーズに登場する乗り物(にして最強武器)。バンパーにトゲのついた赤い自動車。前輪が二つに後輪が一つの三輪車。ダッシュすると直進しかできずに曲がれないという癖があるが、衝突したときの威力は伝説級の剣の必殺技よりも高く、魔法の大砲をも上回る。それも突進成功した直後数秒間は無敵になる。
稀代の発明家の“炎と氷を融合させて爆発的な力を得る”研究にて完成まで辿り着けなかった最強の兵器。
なおその『超激突マシン』のネーミングは主人公考案のもので、三賢者のひとりである姉御からは絶望的なセンスだと評された。
作中では、のちの機動要塞『デストロイヤー』にも同じ構想が適応されるが、魔導技術大国ノイズに仕官前の『賢王』が魔王討伐のために考案した兵器……だったのだが、途中、魔王討伐を諦めて、個人の欲求で理想のメイドロボットへシフトしてしまったので、結局、未完成のまま遺跡に放置していた。
まとめると、『物作りの特典』をもった転生者が造ろうとして断念した対魔王兵器で、超小型『デストロイヤー』な改造車。
ヒミコ:ドラクエⅢに登場する極東の国ジパングの女王。その正体はドラゴン(ヤマタノオロチ)。
パルプンテ新効果。
地割れ:敵全体が即死。『鳴動封魔』は『天地雷鳴士』のスキルで、同じ地割れを起こして一撃必殺の技なので当てはめたものです。
山彦効果:ダンジョン内では、落盤が起き敵全体にダメージ(ボス戦では発生しない)。またダンジョンシリーズのパルプンテの巻き物には、下の階層に落ちるという効果もある。
誤字報告してくださった方、ありがとうございます!