この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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94話

「今回の目玉はこの、1回だけ、『花鳥風月』のスキルが使えるようになるスクロールだ!」

 

 道端にゴザを敷いて商品を並べる露天商が、巻き物を見せつけながらパシンと手に持ったハリセンを叩く。

 するとそれを合図としたかのように、周囲から歓声が上がった。

 

「キャー! それ、それくださぁい!!」

「いや、俺だ! そのスクロール、是非欲しい!」

「俺にくれ!」

「私よ~! いっぱい買うわよ~!!」

 

 ……目元を揉んでしまうとんぬらであったが、ここは人外魔境の『アルカンレティア』ではなく、駆け出し冒険者の街『アクセル』である。

 だが、こんな頭が良さそうで悪そうな連中は、サクラだ。ここまで露骨なサクラはある意味希少である。

 棒読みで口だけだしまったく財布を手に取る素振りも見せない。とんぬらの役者魂がもっとやる気を見せろと演技指導したくなるくらいだ。

 こんなあからさまな大根演技に釣られて買うような人物が……

 

「あ、あのっ! 私にもください!!」

 

 ここにいるのである。

 そして、非常に残念ながらこの頭がぽわぽわしてる人は、バイト先の上司、ウィズ店長である。

 

 どこに行ってるかわからんが、早く店に帰ってきてくれ、バニルマネージャー!

 

 どこぞへと出張中の愉快犯に救難信号を送ってしまうくらいに、この久々に入ったバイトで大変なバイト少年。掘り出し物の付き添いに来てよかったと思う。

 メイド喫茶で忙しく、空けることの多かった……つまり、ウィズ店長しかいなかった店内には新商品がズラリと並んでいた。

 

 『どんな毒でも瞬時に解毒できる解毒剤(ただし解毒のために数時間、麻痺する)』

 毒よりも麻痺の方が危険である。本当に最後の最後の手段としてはありかもしれないが、ほとんどの状況で意味がない。

 

 『幸運を呼び寄せる亀の甲羅』

 骨董品向けのアイテム。何か修行の重石代わりに使えそうなもの。でも神職系のとんぬらが見る限りそういったご霊験あらたかな気配は覚えない。

 

 『何かが出るかもしれない箱』

 ギリギリマジックアイテムの分類に入りそうで、見た目普通な宝箱。こういうのは開けたら呪われるのがお約束だと学校の授業でも習った。

 

 『持ってるだけで素敵な出会いに恵まれるロザリオ(人間だけに限らず魔物も含む)』

 魔道具店で珍妙な品ばかり仕入れる店長を相手するに必然的に鍛えられた鑑定眼で見たところ、ずばり呪われている。と言っても大したものではない。呪いマニアにも売れない二束三文の代物だ。しかし力の強弱はともかくとして呪い、正確には怨念が憑いているのだが、とりあえず見た目は綺麗なので棚に並べている。

 

 そんな役に立ちそうで立たなそうで、でも決定的に使えないわけではないアイテムが混じってる、この微妙さ加減。買い出しスキルなんてものがあるのなら、ウィズ店長はマイナスの域にあるに違いない。

 

「はいはい、ウィズ店長、買いませんよ。もっとマシな、売れるアイテムを探しましょう。バニルマネージャーが留守してる間に大金を稼いでアッと言わせたいんでしょう?」

 

「でも、とんぬら君は『花鳥風月』を使って戦ってるじゃないですか。こんなに買いたいって言ってる人がいるんです! 売れますよきっと!」

 

「俺の日進月歩する一芸をそんな一朝一夕で使えるような代物と一緒にしないでください。アクシズ教徒よりは幾分かマシとはいえそんな詐欺まがいのことに引っかかってどうするんですか」

 

 睨みを利かせて大根劇団(サクラ)と三流監督な露天商の口を閉ざさせながら、店長をリードするバイト。

 

「だいたいですね、店の金庫はウィズ店長にだけは開けられませんし、そんな勝手ができる資金はないじゃないですか」

 

「うぅ、私が最高責任者のはずなのに……で、でも、お店が暇な時にその暗証番号を虱潰しに試してるんですよ。4ケタですから0001から9999までを打っていけばいつか開くと思うんです」

 

「何で紅魔族製の最新金庫を購入したのか、ウィズ店長はもっと理解するべきだと思います」

 

 バニルマネージャー……早く帰らないと金庫破りに遭いそうだぞ。

 

 とわりと失礼な、もとい雇い主に対しておかしな感想を抱きながらお店に戻る。

 

「あ、あー! 魔道具作成のアイテムに使う素材が足りなくなってるのを思い出しました! ちょっとダンジョンに行ってきますから、とんぬら君は真っ直ぐお店に戻ってください」

「それなら、俺も手伝いましょうか? まだレベル上げの最中ですけど荷物運びとか手伝いますよ」

「結構です! とんぬら君は早くお店に帰るべきです! いえ、その私ひとりで十分ですから……」

「はあ」

 

 道中、世界最大のダンジョンへと魔道具の素材となるモノを狩りにいったウィズ店長と別れたとんぬらが魔道具店の扉を開けると…………そこに、メイドがいた。

 

 

「お帰りなさいませ、旦那様……あぅっ」

 

「………」

 

 お帰り……は、まぁ、いいとしてだ。

 ご主人様ではなく、旦那様という呼び方に意味深なニュアンスがあるのも棚に上げておこう。お一人様限定予約済みの新商品として。

 とにかく、今、とんぬらが思うのはひとつ。

 

「あ、あのっ、無言は……恥ずかしいんだけど……」

 

 バニルマネージャー、小一時間ほどでいいから今の店に帰ってくるな。

 

 絶対ヤツは面白おかしく弄るだろうし、とんぬらをしてもこの解体にはどうすればこの娘が自爆しないで済むのか匙を投げたい気分である。

 まずは軽い牽制(ジャブ)を放つ感じに言葉を選んで状況を確認する。

 

「何でメイドなんだ……?」

 

「だって、メイド服を着ると男の人は喜ぶんでしょ」

 

 この前のメイド喫茶経験の影響だな。推理するまでもない。

 ゆんゆんの格好は今まさに、メイド喫茶で着たあのメイド服だ。綺麗にクリーニングして、衣装のレンタル料金を払ってウィズ魔道具店に返却されたはずのあの格好をしている。

 

 まさかこれをお店に仕事着にしたわけではないだろうから……なるほど、見合い話で『あとはお若い者同士でウフフ』なんてお節介お姉さんのつもりでフェードアウトしたウィズ店長もこのドッキリのグルだな。

 頭が痛い。普通のバイトだったらイチャコラするなと怒鳴られるところだぞこれ。こういうのを職場環境に恵まれていると喜ぶべきなのだろうか?

 

「あの、だから無言は……その、メイド嫌いなのとんぬら?」

 

 正直、メイド喫茶(というか女装)の一件を思い出させるようなものは避けてほしいが、それを、声を大にして言うほどとんぬらは無遠慮ではない。

 きっと彼女の行動も終始自分のためにしていることもちゃんとわかっているのだから。

 なので、素直な感想を口にした。

 

「メイド云々は置いておいて、メイドなゆんゆんは最高に可愛いと思うぞ」

 

「あっ……♪」

 

 ホッとしたような笑顔を見せてくれる。

 ……でも、いくら閑古鳥が鳴いてる店とは言え、ゆんゆんはこの格好でお留守番待機していたんだろうか。一応、“閉店(closed)”の看板が掛けられていたけど、もしも誰か来てたらいろいろと問題である。

 そんな無粋な指摘は今こそしないが後で家に帰ったら注意しておこうとゆんゆんに過保護なことを自覚するとんぬらは……とりあえず、接客対応を受けることにする。

 

「えっと、それではその……あのっ、お席! お席に座ってください!」

 

「あ、ああ……」

 

 促すゆんゆんだったが、メイド喫茶をしていた時よりも背骨に沿って身体が縮こまって、案内する足運びも何だか乱れがちである。人慣れしてなくてもわりと普通に接客で来ていたし、ここは彼女にとって慣れた店内環境、そしてお相手するのは色々と見知ったパートナーのはずだが、ガチガチ。でも、頑張ってる。……頑張り過ぎなくらいに。

 

「その、ご奉仕……する、しますから……」

 

「ごっ、ご奉仕……?」

 

 何というか、それはそこはかとない甘美な言葉……というのは、この前のメイド喫茶でわかっているんだが、今のゆんゆんはプライベートで、自らの意思でその発言である。

 店内に用意されている歓談用のテーブル席に着くと、店の裏に戻って、予め用意していた昼食を運ぶ。

 とろーり卵を被せたケチャップライス……メイド喫茶の看板メニューのひとつだったオムライスである。

 

「あっ、待って、ください……その前に」

 

「その前に?」

 

「前に……えっと……わ、笑わないでね」

 

 そんな防衛戦を張って。

 

「おいしくなーれー……♪ おいしくなーれー……♪ 愛情注入~~~、きゅんっきゅんっ♪」

 

「………」

 

 ケチャップで♡マークを描いてみせるゆんゆん。

 とんぬら、若干遠い目に。この対応は、二度目。前にお転婆なお姫様の助言を受けて、王城でもやってもらったことがあった。あの時は思い切り咽たが、今のとんぬらは凪いだ面持ちで流すことができる。

 

「だから、無反応はやめてってば!!」

 

「いや、反応に困る本当に。その、まさにパルプンテってるな!」

 

「それ褒め言葉なの?」

 

「俺の中では最上級だよ」

 

 本当に予想のつかない娘である。

 

 アイリス王女にその手の知恵を吹き込んだカズマ兄ちゃんが監修したマニュアルを覚えてるんだろう。

 こういう時に頭の良さを発揮してしまうのは何というか、真面目なところのあるゆんゆんらしいというか。

 

「とにかく、吃驚してるが、嬉しくないわけじゃないからな」

 

「そうなの……あまり、そんな感じ、しないけど……」

 

 それは、驚き過ぎてるからだ。メーターが一周回って0地点に戻るような感じである。

 

「ほら、一緒に昼食を頂こうゆんゆん」

 

「で、でも、旦那様とメイドが食卓を囲むわけには……」

 

「マニュアル通りにやらなくてもいい。それに飯はふたりの方が楽しい……だろ?」

 

「そうよね! ひとりよりは全然そっちがいいわ!

 

 この文句はボッチ癖が抜けきれないパートナーの心に強く響くのだが、

 

「で、でも……せっかくだから、ちゃんとして……その、とんぬらに喜んでもらいたい」

 

「ぅ……」

 

 あわあわしつつも、しっかりと自分の意見を通してくると、正直照れるのはどうしようもない。

 つい鼻元を押さえるとんぬら。

 そして、三つ指つくほど従順である少女は、オムライスをスプーンですくって、仮面の下の口元にまで運ぶ。

 

「そ、それじゃあ……あーん」

 

「あーんっと」

 

 ひと掬いの卵からめのケチャップライスを頂く。

 もぐもぐとやや大げさに噛みしめてから、

 

「ああ、美味いな。うまいうまい」

 

「か、隠し味は効いてる?」

 

「だからな。前にも言ったと思うけど、あんな目の前でやられて隠すも何もないだろ」

 

「でも、おいしい?」

 

「……だから、そういってるだろ」

 

「えへへ……お気に召して何よりです、旦那様♪」

 

 ……やや素っ気ない言葉だけど、それでも眠たい猫のように機嫌よくする。ご主人様を演じている方が、ゆんゆんは喜ぶようだ。

 

「……よし、これでっと……それじゃ……あーん」

 

 再びスプーンでオムライスを掬って、

 

「あ、あー……っと」

 

 が、スプーンからオムライスが服の上に落ちる。

 

「ああっ、ごめんなさいっ!!

 

「仕事着のエプロンの上だ。生地の下に染み込むほどでもないし、被害は他に汚れてない」

 

「でも、汚しちゃって……落ちにくいのに……」

 

「そこはゆんゆんが、洗えばいい。ウィズ店長も怒らないさ。まぁ、そもそもゆんゆんはあーんなんて一回もしなかったからな」

 

 しようと注文を付けた野郎は、全員横から奪ってヒミコが代行した。

 とんぬらはこの話はもうおしまいだとパンと手を叩いてから、

 

「普通に食べるとするか」

 

「そ、そうね……うぅ……あっ、そうだ……確か、その……あった、ような」

 

「ん?」

 

 ゆんゆんが何やら、思いついたようだが……?

 

「あっ、あの……旦那様……?」

 

「え? ゆんゆん……?」

 

 緊張した面持ちでゆんゆんがじっとこちらを見つめてきて、若干目を紅く光らせながら、言った。

 

「あの……ミスをしてしまった、その……イケナイメイドに、えっと……お仕置きを……して、ください……!」

 

「お仕置きって……」

 

「今、私……メイドですから……お仕置き……してください!!」

 

 上目遣いでなんてことを言ってくるんだろうかこの娘は。

 

「……そんなの接客マニュアルにあったか?」

 

「そっ、そのこれはダクネスさんのアドバイスで……それに……えっとその……お昼ご飯のデザートは、わ・た・しってやるつもりだったから……♪」

 

 お仕置きに説教した。

 

 

「はぁ……それで、どうしてこんなことをしたんだゆんゆん」

 

 平らげた食器を片付け、説教したとんぬらは、ゆんゆんに事情、もといこんなことをするきっかけの説明を求めた。

 するとゆんゆんは目を真っ赤にして熱弁を振るう。

 

「私達はその婚約…パ、パートナーで、それでもうすぐとんぬらも十五歳(おとな)になるんだから、もっと夫婦らしいことをしなくちゃって!」

 

「い、いや、そんな握り拳を作ってにじり寄られてもな」

 

「夫婦は支え合うもの。だけど、私はとんぬらに支えられていても、私はとんぬらを支えることができていないと思うの」

 

 そんなことはない。

 特にこの最近は経験値稼ぎでお世話になりっ放しで、ヒモっぽくなってる感が否めなくなってるのはこちらのほうである。あと夫婦云々は気が早い。

 

「だから……どうやったら、癒してあげられるのか色々と考えてて……とんぬらって、あまり甘えることしないから……」

 

 人に頼らなくても大概のことはひとりでやれてしまうのも考え物か。これまでの人生の半分以上をひとりでやってきたとんぬらはつい他力本願な手段を、選択肢の最後の方に順位付けしてしまう。

 というか、甘えるのがこっぱずかしいのだ。

 

「そうだな……そんなことしなくても、抱きしめてくれるだけでも十分だ」

 

「それでいいの?」

 

「ああ。何だ、メイドさんをやるよりも贅沢なお願いか?」

 

「ううん。ちょっと恥ずかしいですけど、それがご褒美になるって嬉しいかなって」

 

 ストレートに言うと、耳まで真っ赤しながらモジモジするゆんゆん。初々しくも可愛い姿はそれだけで眼福である。

 

 というわけで、こんな劇薬なメイド戦法は頻繁に用いないようにと締め括ろうとしたとんぬらだったが、口よりも早くゆんゆんの手が伸びてきた。

 ちょうどやれやれと目を瞑ったタイミングを不意を突かれたとんぬらは、首に腕を回されて、ギュッと。

 

「もがもがっ(い、いや、ちょっとこれは……いきなりどうしたんだ、ゆんゆん!?)」

 

「遠慮しないで甘えてちょうだい。私、とんぬらが喜ぶこともっとやりたいから」

 

 視界が暗転するも、この柔らかな感触は、間違いなく。仮面で覆われた顔は、天国、否、ゆんゆんの胸の谷に埋まっていた。

 ただし、奮発した少女の腕の力は強く、歳不相応に胸は大きいので、とんぬらが呼吸するのもままならない、このままだと陸の上なのに溺れて本当に天国行きになる。

 何とか抜け出そうとするのだが、

 

「んーっ! んーっ!」

 

「きゃあ!? あ、暴れないでって! とんぬらはそんなに……私の甘えるのが、嫌、なの?」

 

 拒否されて少し傷ついた感じでしょんぼりした声をされるとこちらの力も抜けてしまう。

 とんぬらはどうにか傷つかぬよう、乱暴でない程度にやや強引に顔の位置を呼吸が確保できるポジションにまで持ってきてから、

 

「いや、そういうわけじゃないんだが」

 

「だったら、大人しくしてて」

 

 さっきの言葉でスイッチが入って気合い満タンなゆんゆんは、その細い指でとんぬらの髪を梳くように頭を撫でながら、

 

「とんぬらは、いま……気持ちいい?」

 

「まあ、気持ちいいって言うか落ち着くな。体温が伝わる感覚ってのはやっぱり心地いいもんだ」

 

「私も……なんだか落ち着く」

 

 それは良いんだが、いつまでこの状態が続くんだ? こう頭を押さえられて再び胸元に沈められると流石に息苦しくなってきたんだが。

 しかし、ゆんゆん、こうしている今もテンションが上がっているのが、どんどん抱きしめる力が強くなっている。

 

「私、こうしてると胸が高まっていくのが自分でもわかるよ。とんぬらは……どうなの?」

 

「ああ、そうもがっ」

 

 同意するも、高まりどころじゃない。息苦しさで意識が飛びそうである。

 

「今の私達、同じ気持ちなんだあ。何だか幸せ……」

 

 うおい! さらに締め付けがきつくなった! これは本当につらい!

 ゆ、ゆんゆん! 離して、離してくれ! 気持ちいいは気持ちいいが、きつく抱きしめるから息ができない。

 

 頭を抱きしめる彼女の腕にタップするも、よしよし、と(押し)撫でるのを辞めない。

 女の胸を枕に窒息とか、ある種のロマンはあるかもしれないが、とんぬらはまだ死ねない。しかし、こう甘い匂いに包まれてるとこちらも抵抗感が失われていくというか。

 シルビアと問答をした時もこんなことがあったけど、そうかこれが『悟りの書』に記されていた『ぱふぱふ』の魔力、1ターン休みにしてしまう魔性の――とそんなことに思考力を使っている場合ではなく。

 

 

「……赤ちゃんができたらこうやって、お」

「母性に目覚めるのはまだ早いと思うぞ!」

 

 ダメだダメだ。場の空気に流されてはいけない。

 

「十分、もう十分だゆんゆん! ほら、あまり休憩してもられない。俺達にはまだやるべきことがあるんだからな!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 アイドル、それは夢を与える者たちのこと。

 この世界ではまだ浸透していない前の世界での文化だが、問題はない。

 祭りなどのイベントから長い時間をかけて進化したような他の芸事やら、厳密に計算された論理や予め知っておかなければならないような予備知識を必要とする魔法の儀式ではない。わざわざカズマが事前に“アイドルとは何たるか?”を集まった異世界の観客たちに説明しなくてもいい。

 アイドルは、歌も踊りも直感的でプリミティブに人に伝わるものなのだから。

 たとえ言葉がわからなくても、その場の雰囲気で、音楽や身体感覚は伝わる。良くも悪くも分かり易いし、文句なしに感じやすいエンターテインメントなのだ。

 

 屋敷にて、めぐみんがそんなカズマの演説(説明)から迸る情熱に操られるように再確認した。

 

「ええとつまり、歌って踊れ、さらに可愛らしい女の子が“あいどる”というものになれるんですね?」

 

「いいや、今のは一例だからな。別に歌が下手で基本のステップが出来なくてもアイドルにはなれるんだよ」

 

 この言葉に首を傾げるのはダクネス。

 

「んん? ではいったい“あいどる”とはなんなんだ」

 

「一番分かり易いアイドルってのは、やっぱり高嶺の花の存在だろうな。しかし最近では、身近さを感じさせるアイドル像というのも流行ってるんだ」

 

「んんん? さらにわからなくなったぞ」

 

 とはいっても、カズマもアイドルとは何ぞやと問われて、満点の解答ができるほど達者ではない。どういうものかというのはわかるのだが……そこで、共通の理解を持つ女神様が呆れ声でダメ出しする。

 

「カズマの説明は、いちいちややこしいのよ」

 

「そうか?」

 

「つまりアイドルっていうのは、異性に夢を与え、喜ばせる存在なの」

 

 かなりぶっちゃけた解答だけど、アクアの語るアイドル像は間違ってない。

 

「という事は、私達に異性を喜ばせる何かをしろという事なんですね?」

 

「つまりそういうことだな」

 

「それは私にもできるのか? 可愛いとは程遠い、硬さだけが取り柄の女なのだが」

 

 さっきの“可愛い”というカズマの言葉に気にかかったダクネスが己の力不足を嘆くようやや表情を落としていう。しかし、

 

「ダクネスは、自分を過小評価し過ぎだろ。見た目だけならお前は十分にアイドルとして通用する逸材だぞ」

 

「そ、そうだろうか」

 

「それは、めぐみんとクリスも同様だ」

 

「っ……お世辞と受け取っておきます」

 

「あたしは素直に喜んでおくよ」

 

 やや照れた顔を逸らすめぐみんと普通に笑い返すクリス。

 今日はバイトに入っていてここにはいないゆんゆんととん……ヒミコ()も同じだ。

 

「――しかし可愛いだけでは、アイドルとしての要素が不足してるのも事実なんだよ」

 

「更なる付加価値が、踊りであったり、歌であったりするわけか」

 

 ダクネスもだんだんと理解できたようだ。カズマはさらにそれに注釈を入れ……る。ちょっと頼りなさげに。

 

「あとは演技とか、人間性とか、話す力とかそれこそ仕草のひとつも要素になるのかな?」

 

「どうして疑問形になるんだ。頼りはカズマだけなんだからしっかりしてくれ」

 

「そういわれても、本当に多種多様なんだって」

 

「つまり……要素の組み合わせで多様なアイドルというものが生まれるというわけなんだろ?」

 

「そう! そういうことだ!」

 

 自信をもって、断言するカズマ。

 それにやや押されながらも、また一度確認に問う。

 

「うーん、いまいち想像できないんだけど、それで本当にお金を稼げるの?」

 

「みんな、メイド喫茶を思い出してくれ」

 

「できれば一生封印しておきたい記憶なんですが」

 

 あの女装野郎に負けたイベントは早々に忘却、いや爆裂魔法でもって焼却したいめぐみん。

 

「大盛況でかなり儲かってただろ? 今回はあの時みたいに客を集めて、歌と踊りで盛り上げるんだ」

 

「という事は、踊り子さんみたいなことをするってことかな?」

 

「アクアの『花鳥風月』みたいなものですね」

 

 クリスの言葉を拾って、めぐみんが連想するも、そこにカズマはノーを入れる。

 

「あれは宴会芸だろ。俺達が提供する価値は、もっとクオリティの高いエンターテインメント性に富んだものなんだよ」

 

「ちょっと、私の芸をバカにしないでほしいんですけど! 現場の親方たちや商店街のおじさんおばさんにドッカンドッカン大受けなんですからね!」

 

「別にお前の芸をバカにしてるんじゃないって。あくまで目指す方向性が別だって言いたいんだ」

 

 アクアの抗議を適当に宥めてると、その時に来訪を告げる声がした。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「アイドル、ですか……何だか、難しそうですね」

 

 屋敷へ来たのは、ゆんゆんととんぬらだった。

 いまいち一回の説明で理解できないダクネスらのために、カズマは彼らにも同じ話を持ち掛けると、ゆんゆんは恐縮したようにそうつぶやき、一方で、とんぬらは顎に手をやりながら、咀嚼した言葉を声にする。

 

「劇、それは何事かの到来であり、能、それは何者かの到来である。

 ……と『悟りの書』に書かれてる格言のひとつだが、兄ちゃんのいうアイドルというのはアクア様のパフォーマンスとは別物なんだろう」

 

「ふうん」

 

 とんぬらの解釈に、ゆんゆんは猫のように喉を鳴らす。

 カズマの説明から、アクアのように芸道に造詣が深く、まためぐみんと同じ紅魔族として頭脳明晰なとんぬらはおおよそを理解したようだ。

 

「ほら、大衆の信奉を集める個人はいるだろう。名のある演劇役者だったり、歌や楽器、踊りの名手であったり、無双の剣豪であったり、大魔法使いだったり、それに勇者も。

 でも、彼らはそれぞれの技芸、すなわち能力が愛され憧れていたんであって、その人格に関心を持つ者はそういない」

 

 聖鎧『アイギス』も、神器が作った伝説は広まっているのに、所有者の情報はほとんど残されていないように。

 

「でも、兄ちゃんの口ぶりからして、アイドルというのは、本人の人物が愛されるもの。要は自分自身の人間性を売り物にしてるという事だ。歌や踊りもアピールのために行う手段……原始的な身体感覚や躍動感ある共感能力でもって、人柄を感じ取らせようとするコミュニケーションに過ぎない。

 簡潔に言うと、偶像(アイドル)は芸術ではなく、人間である……と兄ちゃんは言いたいんだろう」

 

「うん、流石はとんぬら。満点の解答だ」

 

 ……そこまで深い理念があったわけではないけど、カズマはウンウン頷いて拍手する。何やらめぐみんが底の浅い思いつきなのを見抜いてそうな感じで、ジト目になってるがとにかく。

 

「しかし、まあ、あまり類を見ない手法ではあるな」

 

 カズマもこれがアクロバティックな提案なのはわかっている。

 それでもアイドルが魅せる爆発力がすごいことを知っているのだ。

 

 メイド喫茶での活躍はすでに拡散されている。すでに店じまいをしてしまったが、この駆け出し冒険者の街『アクセル』という環境に爆弾のように広がって、鳥のさえずりのように定着していることだろう。

 けれど、流行(ブーム)というのは旬があり、廃れるのも早い。閑古鳥が鳴くようになる前に続けて手を打っていくべきなのだ。

 そうすればメイド喫茶で蒔かれていた種が芽吹き、何かしらの需要が生まれる。そう、アイドル活動の下地は出来上がっているといってもいい。

 

「とにかく、まずは皆に認知されることが重要だ。そして人を集める!」

 

「そんなにうまくいくとは思えないが」

 

 話は理解したがダクネスの表情はまだ少し曇ってる。

 

「確かに難しいかもしれないが、しかし可能性は0じゃない。いやむしろ俺は高確率で成功すると見ている」

 

「また根拠のない自信を」

 

「根拠はあるぞめぐみん。それはメイド喫茶の成功だ。メイド喫茶をやって分かったが、この世界の男どもは女の子とキャッキャッうふふする娯楽に飢えている!」

 

 サキュバスのお姉さんの店が繁盛しているのも男の欲望をターゲットにした娯楽が少ないからだろう。

 だから、このアイドルプロデュースも、必ずいける。

 

「うーん、でもねぇ」

「大勢の前で歌って踊るなんて、恥ずかしいですよ」

「あたしもかなり抵抗があるかな。やっぱしキャラじゃないしね」

 

 渋るクリスとゆんゆん。

 あまり目立ちたがり屋ではない彼女たちには抵抗があるようだ。

 カズマは拝むように手を合わせて頼み込む。

 

「そこを何とか頼むよ! 絶対に悪いようにはしないから! アクアの借金を返すためには、俺達だけじゃなく友人の力も必要なんだ!」

 

 やや卑怯臭いが、二人をウンと言わせるワードを織り込んで。

 

「……わかった、今回もあたしが折れるよ」

 

 先輩(アクア)の尻拭いにと渋々了承する()リス様。

 

「と、友達……はい、私も協力します!」

 

 良い娘な(チョロい)ゆんゆんも、頷いてくれた。……狙ったのがバレてとんぬらから睨まれたが。でも、助けてもらいたいのは本当である。

 

「……わかったよ、俺も付き合うよ、兄ちゃん」

 

「おお、サンキューな!」

 

「でも、これで最後にしてくれよ」

 

 よし、これで協力者を確保。あとは身内の連中……

 

「うむむ……アイドルかぁ……めぐみんはどうする?」

 

「私は裏方に徹しようかと思います」

 

「却下だ」

 

 カズマの思い描く構想上必要不可欠なダクネスもめぐみんも是か非でも参加させる。

 

「なんでです! 手伝うことに変わりはないじゃないですか!」

 

「おい、ロリっ子!」

 

「ろり!?」

 

「お前は、貴重なロリ枠なんだぞ。それをおいそれと手放せるわけないだろ」

 

 幅広い層の獲得を目指してるのだと滔々と説くカズマであったが、めぐみんはムカッと、

 

「訳が分かりませんし、失礼にもほどがありますよ!」

 

「とにかくお前の参加は絶対だ! 拒否は許さん! ……それに、このままじゃヒミコ(とんぬら)に負けたまんまになっちまうぞ」

 

「ぐぬぬぅ……」

 

 後半囁き目に負けず嫌いを煽ってやると、めぐみんは歯軋りさせて黙り込んでしまう。

 素材としては負けていないハズなのだが、客の心をがっちりつかんだのはヒミコ()。だけど、今回のアイドルで足りなかった面を克服できれば、リベンジは成せるとカズマは熱心に説得し、最後はゆんゆんが後押ししてくれた。

 

「ねぇ、めぐみん。気持ちはわかるけど、一緒に頑張ろうよ」

 

「……わかりました。ですが、本当に、今回が最後ですからね!」

 

「俺だってそうするつもりだ。いつまでも屋敷を悪魔の眷属たちに包囲されてるのは御免だからな」

 

「はぁ、結局こうなるんですね」

 

 もう諦めたと息を吐くめぐみん。続いて、

 

「ええと、ダクネスの参加も強制な」

 

「別に構わないが、理由くらい聞かせてくれ」

 

「美人だからだけど」

 

「なっ!?」

 

「美人」

 

「ひっ!」

 

「ダクネスは美しい!」

 

「ももも、もう、やめろ! そういう羞恥は私の好むところではない!」

 

 ドMのせいか褒め殺しには弱いダクネス。

 しかし、社交界ではいやというほど賛辞を送られているにもかかわらず、こうも素っ気ない言葉でも照れるのはなんでだろうかとカズマは内心首捻った。

 

 

「ねえねえ、カズマ」

 

「どうした?」

 

 そして、メンバーが決まったところで、(問うまでもなく強制参加な)アクアが次の議題に移るきっかけとなる文句を口にした。

 

「衣装はどうするの? 私としては水をイメージした優雅なのが良いと思うんだけど」

 

「え、衣装!? まさかメイド喫茶の時のような短いスカートをまた穿かされるのですか!?」

 

 過敏に反応するめぐみんへ、アクアが常識のように呆気からんという。

 

「それはそうよ、アイドルだもの」

 

 これにめぐみんだけでなく、複数の声が上がった。

 

「あのあの、短いスカートはちょっと困るかもです」

「踊るってことは激しく動くってことだからね。私もそれはイヤだよ」

「私もミニスカートは断固として拒否させていただきます!」

「俺も精神安定的に、スカートよりもズボンが良い」

 

 ゆんゆん、クリス、めぐみん、とんぬらとメンバーの過半数が抗議する。

 落ち着くようカズマは4人へ掌を向けながら、

 

「まあ、衣装のことは後でしっかり話し合おうぜ」

 

 が、カズマの中ではミニにするのは決定事項である。あとでなし崩しにでも持ち込む気満々だ。

 

「カズマ! この計画は絶対に成功させましょうね!」

 

「どうしたアクア? そんなに乗り気で……」

 

「お金が欲しいからよ! 当然じゃない!」

 

「お前はどんだけ自分の欲に正直なんだよ」

 

 呆れるカズマだが、そもそも借金を背負う羽目になったのも、アクアが一発大金狙いでギャンブルに嵌ったからである。

 

「私はこの世界に来て思い知ったの。世の中は、所詮お金だって!」

 

「待て待て、崇められる対象のお前がそんな身も蓋もないことを言うな」

 

「それに、これで私の名前が広まれば、信者が一気に増えるわ。ふふ、そうなったら夢の貢ぎ物生活よ!」

 

 どうしてこの世の中には、こんな奴を信仰してる奴がいるんだろうか。

 アクア曰く、この世界で正式に女神と認められているのは、この駄女神とエリス様だけのようだし。なんか不条理というのか不思議というのか、カズマには理解できない領域だ。

 

「それで具体的にはどんなことを考えているんだ?」

 

「ああ、ダクネス、それなんだが――お前たちを、歌って踊れる超接近アイドルとして売り出すことにする!」

 

「歌って踊れる――」

「超接近アイドル?」

 

 キョトンと言葉繋げるめぐみんとゆんゆん。

 

「歌って踊るというのはなんとなくわかるのだが、その超接近とはどういうことだ?」

 

「まさか、いかがわしいことじゃないでしょうね」

 

 ダクネスの疑問に、アクアの追及も厳しく突いてくるも、それは全くの誤解である。

 

「大切なアイドルにそんなことさせるわけないだろ、超接近というのはだな、高嶺の花っぽく感じるアイドルが、寄り添えるぐらい身近な距離にいてくれることだ。アイドルを応援してくれる人たちにとっては、目の前でアイドルと交流できてうれしいし――アイドルも、自分たちのファンの熱気を直に感じられて励みになるって、お互いWin-Winな関係を生み出せる効果もある……はずだ」

 

「なるほど、一理ある」

 

 日本ではもう当たり前すぎる事なんだが、こっちでは、皆初めて経験するだろうし、確実に受けるはずだとカズマは見ている。

 

「まぁ難しく考えなくていいよ。サイン会や握手会でちょっと楽しくおしゃべりをするぐらいだし」

 

 楽しくおしゃべりなど交流イベントにピンと反応するゆんゆんは、隣のめぐみんの肩を叩いて、

 

「わ、私にできるかな。どう思う? めぐみん」

 

「知りませんし、興味ありません」

 

「ええ、友達でしょ! アドバイスくらいしてよ!」

 

「まあ、これも前のメイド喫茶の成功を見て、打ち出した企画なんだし、そう気張らずとも同じようにすればゆんゆんにできるはずだ」

 

「とんぬらぁ……」

 

「ふん。前みたいにまた横から掻っ攫うような真似はしないでくださいよ」

 

 カズマとしても固定客もついたし店の回転率も上がったけど、あのちょいSな塩対応には冷や冷やした。

 

 

「これから肝心な事なんだが、アイドルに必要不可欠なものがある」

 

「なんですか、それは?」

 

「さっきも少し話が出たけど衣装だ!」

 

 ズバリというカズマに先程ミニスカート反対した4人の目が厳しいものになる。

 

「みんな、メイド喫茶をやったときの事を思い出してくれ。メイド喫茶に客が押し寄せたのは、メイドさんにお世話してもらえるからだけじゃない。理由は他にもあって、メイド服の女の子が可愛すぎて、また会いに行きたいって気持ちになっていたからなんだ」

 

「つまり、愛らしい衣装は必要不可欠だと?」

 

「その通り!」

 

 ダクネスの質問に首を大きく縦に振ってみせるカズマだが、そこへ鋭い声が飛ぶ。

 

「異議ありです!」

 

「却下する!」

 

「私も異議ありです!」

 

「なんだい、ゆんゆん。友達の俺に何を意見するつもりなのかな?」

 

「え、ええと、それは……な、なんでもありません」

 

「まったく、頼りないですね、あなたって人はっ!」

 

「だって、友達に意見するなんていけない事だよ! 否定をしないで、相手の言うことにはただ頷く。それが人間関係を上手に保つコツなんだからね!」

 

「そんなんだから、いつまで経ってもボッチ癖が抜けないんですよ!」

 

 始まっためぐみんとゆんゆんの恒例のやり取り。

 それはカズマとしては好都合なので放置するとして……残念なことにその仲裁役に入るはずのもうひとりの紅魔族がこっちに睨みを利かしている。

 

「兄ちゃん……あまりそういうやり方をするようなら俺も付き合いを考えるぞ」

 

「お、おう。わかってる。でもこれは本当に重要だからさ」

 

 仏の顔も三度まで。これ以上友達面を利用した文句は控えよう。拝み倒すととんぬらは溜息を吐いて、過熱していく同郷の少女達を宥めに席を外した。

 ちょっと危うい真似をしてしまったが、会議からミニスカート反対派がごっそり抜けた機を逃さず、カズマは話を押し進める。

 

「良しじゃあ、時間もないし、とっとと衣装を決めちまうぞ」

 

「ねえねえ、私に決めさせて!」

 

 ピンと挙手するアクアだが、ここで選ぶ相手は最初から決まってる。

 

「いや、ここはダクネスだろう?」

 

「私か?」

 

「お前は色々な服やドレスを見てきただろ? だったら適任じゃないか」

 

 貴族のご令嬢として、華やかな社交界を経験してきたダクネスが適任……という体だが、カズマの本音は違う。

 

「それはそうだが。デザインはまた、別の話だろう」

 

「難しく考える必要なんてないんだって。お前がどんな服を着たくて、どんな服で興奮するかを言えばいいんだよ」

 

「私が興奮する!?」

 

「そうだ、興奮だ。そして男の目を誘うものならなおよし!」

 

「ちょっとまさか!」

 

 ただ一人残ったミニスカ反対派のクリスが反応するも、既に彼女の親友のダクネスはカズマに火を点けられて、燃えている。残念な方向に。

 

「男たちの淫欲に満ちた視線をこの身体だけに集める衣装……」

 

「ちょっとダクネス。こういうことは皆で話し合って決めた方が!」

 

「まあ、ミニスカートは基本だよな?」

 

「カズマは、私に太股を晒して、いつ中を見られるかもしれない状況に怯えながら踊り歌い続けろというのか!」

 

 そう言うダクネスの顔は紅潮しているが、これは激昂しているからではないのは確かだ。このまま一気に押し切ってしまおう。

 

「しかし男達は、そんなダクネスに釘付けになり金を落とすんだ」

 

「くっ、この身体を男たちの卑猥な視線に晒し金を取れなんて――お前は私に、騎士と女の誇りを同時に捨てろと言うんだな! ああ、なんて汚らわしい思考。理解なんてできない、できるわけがない。しかし私は決断をしなければいけないんだ。悪魔に負わされた契約を果たし、また平和の中で笑って暮らせるように!」

 

「さあ、ダクネス! 答えを訊かせてもらおうか?」

 

「当然、スカートはミニだろう! ミニに決まっている!」

 

 ダクネスの力強い断言によって、衣装構想の方針は決まったのであった。カズマの思惑通りに。

 

 

 日常茶飯事なので、喧嘩の収拾の付け方にも慣れたもの。互いに引きどころを心得ている紅魔族組が戻ってきた。

 が、既に議題はミニスカートに可決されていた。

 

「先輩……」

 

「い、いや後輩君、私も反対したんだよ。でも、ダクネスがもう乗せられちゃって……だから、そんな先輩は頼りにならないなって目で見ないで!」

 

 反対派の方が多数であったが、議長を取り込んだこちらに軍配が上がった。あの場にとんぬら達がいたらこう上手くはいかなかったろうが、決定事項である。

 と行きたいが、当然こんなので納得してくれるはずもないし、抗議の声は止まない。

 

「スカートが短い理由を論理的に説明してください」

 

 ぐっ、論理的にだと……

 めぐみん、それにゆんゆん、とんぬらも薄らと目を紅めにするのを見て、息を呑みながらも、こちらにも譲れぬ一線があるためプレッシャーに負けじとカズマは舌を動かす。

 

「見せるのがアイドルの仕事なんだ!」

 

「やはりそうなのか!」

 

「ダクネスは喋るな。話がややこしくなる」

 

「なぁ!?」

 

「いいか、誤解が生まれないように言っておく。俺が言ってる“見せる”というのは、別に薄いひらひらした布地の事じゃないぞ」

 

「いや、そこは普通にパンツって言おうよ」

 

「俺達が見せるのは、エンターテインメント! 歌、踊り、演技、そしてトーク! その中に、スカートの短さも含まれているんだ!」

 

「……わけがわかりません」

 

「そうだろうな。そして理由を聞いても理解はできないだろう」

 

「い、一応、聞かせてもらえますか?」

 

「ふっ、チラリズムだ」

 

 決め顔で応えるカズマに、紅魔族女子は固まる。

 

「スカートがひらりと浮くが、見えそうで見えない、しかし男は、そこに何かを見る!」

 

「ええと、太股……とかですか?」

 

「違う……ロマンだ」

 

 戸惑うゆんゆんへ勢いのままに言い切ったカズマに、めぐみんは冷めた声で、

 

「馬鹿なんですか?」

 

「ああ、バカだよ! でも男ってのはそういう生き物なんだ! 何だよ、めぐみんならわかってくれると思ってたのに」

 

「今の話のどこに賛同できる要素があったというのです」

 

「お前は何のために爆裂魔法を撃つ?」

 

「はっ!」

 

「そこに何がある!」

 

「ロ、ロマン……」

 

「だろ?」

 

「です!」

 

 カズマの熱い熱意に、めぐみんも理解を示してくれた。

 

「ねぇ、とんぬら。なんか言い包められてるような」

 

「ゆんゆん、話がややこしくなるから、黙っていよう。俺はもう諦めた」




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