この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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本日2話目です。


95話

 とんぬらの『錬金術』スキルで材料の布地を精製してもらい、『裁縫』スキルを習得しているカズマ、それに意外にも裁縫上手なアクアと……花嫁修業の一環だとかで里の服屋でお裁縫を勉強したゆんゆんが一夜で6人分の衣装を作り上げた。

 ステージ衣装は少女趣味の、媚びない程度に可愛らしいモノ。

 紺と紅の二組のイメージカラーを基調とする、ふわふわとして襞の多い、可愛らしい装束だ。

 

「どう! とんぬらの可愛さをバッチリ引き立てると思うんだけど」

 

「ハハハ……かわいい服だにゃー……」

 

 ミニスカートに反対していた女子たちもこれには納得してくれた(黒一点の男子は、ゆんゆんが自信満々に見せた衣装を前に、悟り切ったように目から光がなくなった感じだったけど)。

 

 そして、6人……アクア、めぐみん、ダクネス、クリス、ゆんゆん、それにヒミコ()に着てもらったが、着慣れないはずのこんな浮世離れした服でも不思議なほど自然に着こなしていたとカズマは思う。

 見られるのではなく、見せるのが、アイドル。これなら少し意識すればヴィジュアル面は問題ないはず。

 

 外見の次は、内面。キャラ作りだ。

 基本は、メイド喫茶での設定を引き継ぐ形で構わないだろう。

 

(うーん、ゆんゆんは、メイド喫茶では、妹設定だったからな……これを活かすのに誰か相方役を入れるのがいいんだが……)

 

 ゆんゆんの妹属性を引き出せる……そんな化学反応の組み合わせは、やはり、

 

「と…ヒミコ、ゆんゆんと二人で百合姉妹をやってみてくれないか?」

 

「え、私がゆんゆんちゃんと姉妹かにゃ?」

 

 衣装を着替えて猫娘モードのヒミコ()。

 体型はスマートなクリスに近い少女で、二人並んで立てばどちらかと言えばゆんゆんの方がお姉さんに見えるはず。しかしそれは見た目に限っての話。外見的にお姉さん役は、ダクネス辺りが妥当と思うも、この前の耳かきでの対応を見れば、ゆんゆんを最も甘やかせるのは、ヒミコ()だろう……と持論を語ったところで、

 

「よし、ヒミコはお姉様で、ゆんゆんは妹役な。さっそくだが、やってみてくれ」

 

「そういわれても、どうしたもんかにゃあ」

 

「じゃあくっつこう」

 

「ええ! くっつく!」

 

「そう、頬っぺたを密着させて、手を握り合うんだ」

 

 百合姉妹となれば、やはり背景に花が咲き乱れる感じの絡み合いのポーズだ。

 

「何ですその、カズマの趣味が丸出しのシチュエーションは」

 

「いやいや、俺の趣味じゃねぇから! 嫌いでもないけど! あ、呼び方はお姉ちゃんじゃなくてお姉様で頼む」

 

 とめぐみんの追及にもめげずに手で促してみれば、物わかりの良いはずのヒミコ()は困ったように眉をハの字にして、それとは対照的に固まったヒミコ()の胸に飛び込むゆんゆん。

 

「あの、ゆんゆんちゃん」

 

「お、おねぇ様。どうすれば、おねぇ様の好みの娘になれますかぁ?」

 

 ぐいぐいと来るゆんゆん。演技とは思えぬ役の入りようである。

 

「えっ、ええっと……い、今のままでもゆんゆんちゃんは可愛いと思うにゃあ?」

 

「じゃあ、おねぇ様は、私のことがす、好き、大好きなんですねっ?」

 

「もちろんだにゃん」

 

「わあい♪ 嬉しいですおねぇ様!」

 

 抱き着きながら、胸元に頬をすりすりして、だらしなく顔をとろかすゆんゆん。

 その豆腐じみてふにゃふにゃしたセリフに、めぐみんがげんなりとした顔を浮かべて、プロデューサーなカズマへ問う。

 

「これは役作りなのですか」

 

「うむ、出来上がっているな、いろんな意味で」

 

 傍目からは美少女の睦み合いだが、ゆんゆんの変化無視する乙女フィルターにはきっと少年の顔が映っているんだろう。

 なんにしても知らなければ何の問題はない。

 

 

「もっと、くっついても良いですか、おねぇ様♪」

 

 一言、近い。

 鼓膜を揺らす、ゆんゆんの声。混じる吐息は甘い匂いがする。

 こんな状況なのに頭が蕩けそうになる。体も頭もこちらに近づけて、囁くようにセリフを続けるゆんゆん……もうグッと顔を動かしたら唇が触れ合いそうな距離である。

 

「もう、ゆんゆんちゃん、タイが曲がってるにゃ」

 

 と首元を整える体で、間合いを作る。

 “言い分”があるせいか、いつもよりも遠慮なくべったりきているので、そのための間であったのだが……身体を離すと、ちょうど互いの顔が見つめ合う位置。

 

「………」

 

 そこで目を閉じるな、ゆんゆん。顎を僅かに上げてないで、もっと状況を考えようか。公衆における適度な距離感が抜け落ちてるぞ。ここは家じゃないんだぞ!

 それに兄ちゃんも何そんなガン見してるんだよ。めぐみん……おいめぐみん! こういう時のストッパー役はあんたじゃないのか?

 

「コーヒー淹れてきますが飲みたい人はいますか?」

 

「あ、私もお願いめぐみん」

「すまん、私も頼む」

「ついでに私のもよろしく」

 

 役目放棄してどこへ行くんだめぐみん! つか、ブラック飲めないお子様舌だろうに。こんな二人きりの世界をエクスプロジョるしてくれないのか!?

 

「おねぇ様……」

 

 子猫が寂しそうに鳴くように乞われるとどうにも弱い。

 ……やむを得ず、ヒミコ()はそっと唇を落とす――前髪かき分けたそのおでこに優しく。

 

「おまじない、だにゃん」

 

「おまじない?」

 

「そう、ゆんゆんちゃんはこれでもう大丈夫になったはずだにゃあ」

 

 そう言って、ぽーっとゆんゆんが熱ぼったく惚けてるうちに今度こそ離れるヒミコ()。

 

「そうだ。そういうフレンチな方が、尊い」

 

 カズマ兄ちゃんもご納得してるようだし、これで問題はない。ただし、あまり多用するとこっちの精神がもたない。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 楽曲の提供先を探して走り回り、振り付けと共に練習させたり、歌や踊りだけでなくサイン練習や卒業式の練習までしながらも、広報戦術も怠らない。

 握手会をゲリラ的に行いつつ、まずはメンバーのヴィジュアルをアピールした。

 街の有力者やギルドと交渉し、ライブを開く許可を貰うだけでなく、人の集まる広場や冒険者ギルドにメンバーの写真を大写しにした看板を配置させてもらい、自己紹介見出し(キャプション)まで添えて少女たちの美しく愛らしい姿を『アクセル』の大衆へででんと見せつけた。

 『アクセルに降臨した女神的偶像! ――アクア』

 『爆焔に飲まれよ! ――めぐみん』

 『辛く苦しい時もぜひ一緒に! ――ダクネス』

 『よろしくね ――クリス』

 『下手ですけど一生懸命頑張ります! ――ゆんゆん』

 『元気いっぱい楽しもうにゃあ! ――ヒミコ』

 健康的な範囲ではあるが、それなりに肌の露出した感の写真、でも当人たちの表情の明るさからいかがわしい印象はない(中には“アクシズ教団をよろしく”とか書き込もうとした駄女神もいたが訂正させた)。

 その他にも街頭でブロマイドも販売したりととにかく彼女らの外見や仕草の魅力を伝える視覚的な広告に傾注した。

 

 そして、その視覚特化の宣伝は見事に図に当たった。

 ブロマイドの写真という形で手元に所有できるという感覚は、この異世界の人達の間に全く新しい感動をもたらしたのだ。

 また、評価の基準を単純な見た目やキャラクターに落とし込んだことで、“芸”と不可分で考えられていた“美”の概念を強調。売りにするのは芸事ではなく、人間なのだと周知した。

 

 

 で、もうすぐ本番ライブ開始前に決めなければならないことがあるのだが、それに『(自称)プロデューサー』サトウカズマは頭を悩ませていた。

 

 それは、アイドルのセンターを決める事だ。

 

 アイドルグループにとってセンターとは、そのユニットの顔とも言える者。

 普通、誰がセンターになるかは、歌やダンスに実力、カリスマ性やルックス、そして人間性が参考にされる。

 

 衣装も映えて、アイドルにあった強烈な個性なら、めぐみん。

 容姿、体のパーツなら、ゆんゆん。

 クリスのリーダーシップも捨てがたい。

 ダクネスの知名度、そして包容力も十分にセンターを張れる武器になるだろう。

 そして、アクアも、単純なアイドルとしての資質で選ぶなら頭一つ抜けてる。歌唱力も踊りも群を抜いている。でもこいつは人間性に難があり過ぎる。何よりもサボり癖が問題だ

センターの人間は、周りを引っ張っていくカリスマ性も必要だし、すぐ楽を選ぼうとする奴に人はついていきたいと思うだろうか。いやない。

 センターはリーダーだ。アクアみたいに怠惰を絵にかいたような奴を選べるわけがない。

 

「ヒミコさん、俺、この前のクエストでレベルが上がりました!」

 

「おー、すごいにゃあ! でも、レベルが上がっても慢心しないようにするにゃ」

 

「はい、ヒミコさん!」

 

 ヒミコ()は、完璧だ。

 頬の紅潮、上目遣いの角度などの細かなところまで行き届いた仕草ともう完璧! 非の打ちどころ無し! 握手の仕方も相手の手を自分の両手で優しく包み込むように、握る! これは間違いなく惚れる! その正体を知らなければ、カズマも堕ちてた。

 紹介写真でも、見えそうで見えない角度と体の捻りとくにゃりと尻尾を曲げて表現した絶妙な立体感を両立する計算されつくした一枚。それでいて、いかがわしさを全く感じさせない健康美の範疇に落とし込んでいるのだからお見事としか言いようがない。

 事前の人気調査を兼ねたブロマイドの売り上げでも、団体票(アクシズ教団)を持ったアクアをも上回って1位である。お守り代わりに持ち歩く駆け出し冒険者が続出しているらしい。

 

 詠唱を頻繁にこなす魔法使いのせいか歌唱力は長けているし、ダンスのキレ、演出、トークのスキルなどのすべてにおいて高水準。

 カリスマ性も、この前防衛拠点の指揮官を任された時に証明されており、姿が変われども変わらない、人を引き寄せる吸引力みたいのがある。皆をまとめ、練習を指導し、またカズマもアイドルの売り出し戦略についても助言をもらったりして頼りにしている。

 ――ただし男だ。

 

「ヒミコが女神だったらなあ」

 

 完璧だったのに。ついそんなことをぼやいてしまう。

 それにやはりヒミコモード(女装)は精神的負荷が大きいようで、小休止をいれることもしばしば。体力的には問題なくてもきついようである。

 センターは看板である以上、体調が悪いからって休まれても困る。無論、センター以外の娘にも自己管理は徹底させなければいけないが、アイドルのセンターはグループにとって特に必要不可欠だ。

 その点で言えば、アクアは年がら年中、能天気で元気(アホ)だ。

 

(それにヒミコからもセンターだけはやめて欲しいと嘆願されてるし)

 

 結果、仕方なくカズマプロデューサーは、アクアをセンターに据えることにした。

 

 

 それで決めるのは、センターだけではない。

 

「超覇権アイドル! やがてこの世を支配する者!」

 

「何でサブタイトルみたいのがついてるんだよ」

 

「存在証明の残響!」

 

「うん、なんか格好良いだけで意味が分からない」

 

 そう、グループ名である。

 これには様々な意見(主にめぐみん)が出てきたが、ここはプロデューサーの独断で決めさせてもらった。

 

「―――だ!」

 

「うん、響きは悪くないですね」

 

「それに、どことなく清楚さを感じる」

 

「何よりもブルーっていうのがいいわ!」

 

「どういう意味が込められてるのにゃあ?」

 

「直訳すると、輝く青って感じだな。青ってのは安らぎとか、あとは若いってイメージがあるだろ? だから安らぎの光を与える人たち。あとは若い芽がこれから輝きを放つって意味で付けてみたんだよ。決して、アクアがどうこうって意味じゃない」

 

 安直だが、めぐみんの案に出てきた“ルナティックナイトメア”よりは断然いいはずだ。

 

 センターとグループ名が決定されてからも、レッスンが厳しくて、アイドルをやめたいって言うことを皆で説得して、さらに絆を深めたりと涙なしでは語れない出来事の連続だった。

 そして、ついにアイドルプロジェクトのお披露目の時が来た――

 

 

 ♢♢♢

 

 

「す、すみません。お、おトイレ行ってきてもいいですか?」

 

「まったく、何度目なんですか? 仕方ないですね、特別に私も付き合ってあげます」

 

 義賊稼業の先輩後輩が互いに手伝いながら柔軟体操をしていたり、こっそりアクシズ教勧誘を画策したのがバレたセンターが領主代行に説教されていたり、それから緊張が表に出てる最年少の女子二人。

 とりあえず、クリスとヒミコ()は問題なさそう。カズマは、アイドル計画を台無しにしかけたアクアへの躾をダクネスに任せて、もう何度もお花を摘みに行っているゆんゆんとめぐみんへ声をかけた。

 

「ライブやれそうか、二人とも」

 

「任せておいてください、とは胸を張れませんが、期待に応えられるように頑張ります」

 

「ああ、期待しているよ」

 

「期待されては、応えないわけにはいきませんね。我が紅魔族の力、とくと見せてやります!」

 

「わかっているとは思うが、爆裂魔法は禁止な」

 

「……チッ」

 

「お前は、客を吹っ飛ばす気だったのか!」

 

「それもまた、熱いステージになると思ったんですよ」

 

「阿鼻叫喚で熱くなるわ!」

 

 なんてことを考える奴だ。

 しかし……

 カズマは、練習風景を思い出す。

 ふわふわのスカートの勝手が解らず、短くステップを踏んでみては鏡とにらめっこする少女の姿を脳裏によみがえらせると……うん、と、自然と顎が落ちて、上がる。

 

「頑張れ。俺は言えるのはもうこれくらいしかない」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 駆け出し冒険者の街にてイベントごとを行う大広間。人集まる場所へ設置された舞台、開幕の時間となる間際に、色とりどりの煙を吐き出し始めた。当然、観客らは騒然となった。ただし事前に通告されていたので、怯えや混乱を表しているものはほとんどおらず、住民や冒険者たちはただ好奇心と野次馬根性に目を大きくして期待を寄せる。

 

 そして。

 煙の中からは華やかな音楽が聴こえてきた。アップテンポでキャッチーな、耳への優しさを追求したようなメロディ……

 やおら――音楽に歌声が乗る。聞き易く瑞々しく、かつパワフルな歌声だ。

 まるでその歌に吹き散らされるように煙が晴れ、ステージの幕が上がって、彼女らは姿を現した。

 

 ステージ上で、衣装を着飾った6人の少女達がゆらゆらと体を揺らしながら歌っている。全員のできる身体基準に合わせてるため、序盤の踊りは派手ではないし、一糸乱れぬとまではいかない。だが、それでも高い統率が取れた動きは、一朝一夕でできるようなものでは断じてない。それに照明――遺跡発掘して見つけたランプを解析して、魔力を篭めると火ではなく光が点灯する器具(特別な魔法効果はない)――によるライトアップが、揺れ動く髪と爽やかに照り返して眩く、また綺麗に映える。それに演奏に乗せられた歌声は、『アクセル』の空気を遠く遠く震わせて群衆の心を奪う。

 やがて少女たちは挨拶代わりの歌を止ませた。

 

 ………

 ………

 ………

 

 ざ――ワッ……と、荒海の潮騒のように歓声が走り回る。観客の熱気は確実に空気を膨張させ、この広場における限定空間の量塊(マッス)が少女たちの体の芯を戒める。

 初めてのライブだけれども、メイド喫茶の成功に宣伝効果もあって埋め尽くされた満場の観客、その彼らの視線が、期待のうねりが、壇上の6人に突き刺さる。

 芸事で人前に立つ場数を踏んでいるアクアやヒミコ()は平然としたもの、ダクネスやクリスも落ち着いていたが、ゆんゆんは早くもぶっ倒れそうなほど鼓動が速くなっていた。

 そして、それくらい滅茶苦茶になったせいで開き直れた。心臓の早鐘に任せるままに、気分を高揚させていく。

 それですぐ隣のめぐみんにも動揺は見られない。むしろ不敵な笑みを浮かべて……と思いきや、顔は完璧だが膝から下が震えていた。ゆんゆんはなんだか楽しくなってきた。

 

「勝負しよ、めぐみん」

「は?」

 

 緊張しているところに出し抜けな提案。マイクを通さず小声で話を持ち掛けられためぐみんは目をぱちくりさせてゆんゆんを見上げてきた。挑発的な笑顔を返す。

 

「この中で下手なのは私とめぐみんで、足を引っ張らないようにしないと。だから、どっちがとちらないでライブをやり切れるのか競うの」

「上手さを争うのがアイドルではないと言われてるんですけど」

 

 いつもの勝負を断る感じの雰囲気に、ゆんゆんは一瞬落ち込みかけた。しかし、めぐみんは視線を観客の方へ戻しながら続ける。

 

「でも、その得意(ドヤ)顔がなんか頭に来るので受けてあげます」

 

 もう脚は震えていない。いつもの調子でライバルなゆんゆんに勝負を持ち掛けられた、からだろうか。なんでもいい。

 そこで、ふと視線を感じると、二人のやりとりを若干苦笑気味にヒミコ()と目が合った。めぐみんの顔が真っ赤になったが、そこは意地で真顔を保つ。

 それから、アクア、ダクネス、クリスからの目配せも入り、6人の視線が絡み合ったところで、頷き、そしてバックバンドの前奏が始まる。

 センターのアクアが一歩踏み出す。観客の息が千切れる。

 こじ開けた静寂の一穴を、彼女たちの迸る咆哮が決壊させた――

 

 

        センターのアクアが、

   「私達はこの『アクセル』に降臨した!」

 

              めぐみんとゆんゆんが、

            「「『ベルゼルグ』随一の!」」

 

 ダクネスとクリスが、

 「「6人組のアイドルパーティ!」」

 

          ヒミコ()が、

         「その名もー!」

 

       最後は声を揃えて宣言した。

   「「「「「「『シャイニー・ブルー』です!!」」」」」」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――アイドルのパフォーマンスは歌と身体表現。

 もちろん歌詞のメッセージ性も欠かせない重要なポイントだ。でもそれは歌と体を奔逸させるためのキーでもあるし、最低、その言語が通じなくても音楽は通用するのだ。前の世界では英語がほとんどわからなくてもメロディから伝わるニュアンスでその歌詞の意味が大まかに測り取れたりした。

 そう、一体感を味合わせることが肝要である。

 

「さああなたたち! 私に続いてちょうだい!」

 

 センターのアクアの呼び声と共に最前列で彼らが掲げるのは青い布切れ。衣装作りの際にクリス、ダクネス、めぐみんらに用意してもらったアイテムだ。特別な力が籠められた魔道具ではない。作るのに裁縫の腕前も大して必要のない、普通のタオルにでも使えそうな、『シャイニー・ブルー』のグループ名のロゴが入れられたもの。アクアの羽衣を模したデザインである。

 それをファングッズとしてウィズに協力してもらいながら広告作戦のブロマイドとセットで販売してあった。

 

『うおおおおおっ!!』

 

 そのグッズと同じ、羽衣を模した青い布切れを持ったアクアが回すと、最前列の観客も合わせて、ぐるんぐるん羽衣タオルを回す。

 彼らは、雇ったサクラ(アクシズ教団)である。ただ青いタオルを回す、そんな見様見真似で簡単にできる動きは、ライブの熱気にあてられた観客たちもノリでタオルを振り回していく。そう次々と、次々と。生で伝わる迫力に観客たちは否応なしに興奮以外の感情を忘れる。いつしか誰もが曲に合わせてタオル旋風を巻き起こし、大地を踏み締めビートを刻んでいた。まるで地鳴りだ。

 伝播していくこの心燃え立つ一体感で、会場の熱は一気に上がっていく。

 

 アクアがセンターとして観客らを扇動しながら歌い、それを脇でめぐみんやゆんゆんもサポートのようにタオルを回しながら歌っている。

 そして、ダクネス、クリス、ヒミコ()ら動きに自信のある面子が、さらに盛り上げんとアクション感あるパフォーマンスを始めた。

 

 ――『アクロバットスター』!

 

 始まるのは、演武。冒険者の特色を活かしたアクロバティックなパフォーマンス。これをするのは、ダクネスとヒミコ()。

 ダクネスのキックパンチをヒミコ()が躱し、反撃にヒミコ()が繰り出す猫パンチを今度はダクネスが躱――さずに受ける。

 

「(避けて! どうして避けないんですか!?)」

「(もっと力を入れたのを打ってこい! お前のパンチはこんなもんじゃないだろ!)」

 

 甘噛みではなくマジ噛みな一撃を所望するダクネスにやや予定は狂うものの、場の雰囲気で押し切って、最後は殴り躱している二人の間をクリスが駆け抜けて――3人でポーズを決める。

 この連携に、テンポが加速。そして、お次は、ダクネスが下がり、めぐみんが出た。

 

 ――『スピードスター』!

 

 ヒミコ()とクリスが高速で走り巡って、五芒星(スター)の魔法陣を描きつける。

 

「私という闇に抱かれ、更なる狂乱を宿すがいいです!」

 

 その中心にて最後、決めポーズを取った二人の間に立つめぐみんが皆に魔法でもかけるようマイクを掲げた。

 アップビートに高鳴る胸の鼓動と比例するように観客のタオル回しのリズムがより早くなって、熱狂的に雄叫びもあがる。めぐみんが爆裂魔法の熱風でもぶつけたかと疑わんほどに、会場の空気は沸騰せんばかりだ。そして、お次は、めぐみんが下がると、センターのアクアが張り切って飛び出す。

 

 ――『スーパールーレット』!

 

 アクアが光り輝く水の円盤を作り上げるとそれをフリスビーのように投げた。飛んできたそれをジャンプキャッチで受け取ったヒミコ()が氷細工でもって固めながら、舞台上に設置されていた台に填め込んで――回す。

 氷の円盤を的にしたルーレット!

 

「いくよー!」

 

 最後はクリスが投じた投げナイフが、winと書かれた場所に命中。

 この大当たりにワッと歓声が沸き起こり、その日の調子や運勢の上がるご利益をもらったかのように活気づき――最後、クリスとバトンタッチする形でゆんゆんも出た。

 

 ――『スペクタルショー』!

 

 アクアの魔力とゆんゆんの魔力。祈るように手を組んでから天に昇った二つの光の玉が一つに溶けあい、神々しい閃光が瞬いて――それを真下で降り注ぐその力を受けるは、ヒミコ()。

 

「スリー――ツー――(ニャ)ン――! イッツショウタイムだにゃー(『パルプンテ』)♪」

 

 そっとヒミコ()が奇跡魔法を唱える。

 すると、閉ざされていた幕が上がると、背後の何もなかったはずのステージに一石三鳥に美味しいレアモンスター・カモネギが大量に発生して、ステージから広間に飛び出す。

 この種も仕掛けもないマジックに会場は最高潮に達し、ライブの後にも余韻が残るほどの熱狂の渦を生み出すのであった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 やはり最初のステージということもあり、失敗が多く見られた。

 でも、あいつらはそれを少しも気にしてないようだった。ただ、今、目の前のステージを楽しむことだけに没頭し、そして“シャイニー・ブルー”という輝きで、客たちを照らし続けたのだ。

 楽しい時間というのは、どうしてこうも早く過ぎてしまうのだろう。

 楽しい時間は永遠に続けばいいのに。

 頬を紅潮させ、息を切らせながら観客に手を振るあいつらもきっとそう思っていたに違いない。

 

「みんなとってもよかったぞ! やっぱり、俺の目に狂いはなかった。お前ら最高だ!!」

 

「はぁはぁ、あったりまえじゃない!」

「ああっ……。このステージは、癖になってしまいそうだ」

「燃え尽きた、にゃあ」

「何だかあっという間だったね」

「よかったぁぁ……終わったよめぐみんー」

「な、何とか、乗り切れましたね。爆裂魔法は撃てませんでしたが」

 

「客の顔を見たか! みんな満足そうにしてたぞ!」

 

 ライブ後の皆の活躍をカズマは労い、お疲れのところ悪いと思うもプロデューサーとして次の仕事へ促す。

 

「しかし、まだこれで終わりじゃないぞ。すぐこの後に、握手会が控えている」

 

「こ、このあと、すぐにですか!?」

 

「今日掴んだファンを、これからも応援してくれる心強い味方にするために頑張ってくれ!!」

 

「みんな、やろう!」

 

「そうだね、ファンの皆さんが喜んでくれるんだったら」

 

「笑顔で頑張るにゃ」

 

「ほら、アクアも行くぞ」

 

 アイドルとしての自負が芽生えたのか、疲れてるのにもう一働きしてくれる。このグループのリーダーとも言えるセンターも……

 

「私、さっきのステージですべて出し切っちゃったんですけど」

 

「ほら、頑張れ。お前はこのユニットのなんだ?」

 

「うぅ、センター」

 

「わかってるならよし! みんな、自分のキャラを忘れるな?」

 

 

 ステージ後は握手会。

 会場の出入り口にて、アイドルとの交流する機会を設けた場では、大行列ができていた。

 高嶺の花的な偶像と握手ができるのである。そんな文化が未知なこの世界の住人にとってこれはすごい事なんだろう。

 

「応援ありがとうございまーす! また来てくださいね?」

 

 人懐っこいアクアは上手にファンと交流。

 

「フッ、この私に触れた者がどうなるかわかっているのか? それでもいいなら、触ってみるが良い。あ、手です……手」

 

 ロリっ子厨二病キャラのめぐみんも凄い人気だ。

 

「応援感謝する、これからも頼むぞ。みんなの応援は、私の力になるだろう」

 

 ダクネスは客層がガラッと変わる。女子も結構多いし、クール系はいいチョイスだった。

 

「はいはい、これでいい? はい、次ー」

 

 クリスも、塩対応でも嫌われないというのはやっぱり滲み出てくる人徳のおかげだろう。

 

「おねぇ様、恥ずかしいですぅ」

「大丈夫にゃっ、ほらっ、良い子良い子にゃあ。一緒にファンの人に、ありがとうって言おうにゃあ」

 

 百合百合な絡み合いも自家薬籠中の物にしてきたゆんゆんとヒミコ()は姉妹設定を活かしての二人同時握手。ファンの心をがっちりと掴んでくる。

 

 みんなそれぞれのキャラを押し出して、ファンを満足させている。

 今回のライブは大盛況で予想以上の入場料が手に入った。これは借金完済も間近に違いない。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 『アクセル』の街に衝撃をもたらした伝説のファーストライブから数日後――

 勢いに任せて突っ走ったアイドルグループ『シャイニー・ブルー』は毎日ライブを行い、サイン会や握手会も精力的にやった。

 噂が噂を呼び、郊外からもファンが殺到して会場は大混乱。

 一時、街の警備兵から注意を受けたが、ファンの協力もあり、ライブは何とか続行できた。トラブルもあったくらいが人気絶頂のアイドルっぽいし、むしろ歓迎しよう。

 そして、ついに借金を返済する額まで稼いで、最後の卒業式までやり切った……

 

「……………」

 

 完全燃焼、真っ白に灰になってるのは……センターを差し置いて人気投票1位を取っちゃったヒミコこと『アクセル』のエースとんぬらである。

 

「フハハハハハハ! フハハハハハハハ!! どうした竜の小僧よ、抜け殻のようになりおって。近頃姿を見なかったが何か疲れることをしてたのかな?」

 

 アイドル……ただしそれを女装でやるには、心労が半端ない。カズマも自分でも女の振りをして野郎どもの前に媚びるのは想像するだけでもキツい。無理だ。しかし、グループの中でも人気のあるヒミコ()が出ないわけにはいかなかった。

 

「いやあ! この最近、我輩、相談屋で“幻の獣娘アイドル”の行方を求められることが多いのであるが、いざ水晶玉を視てみるとそこに映るのはやや何と竜の小僧の顔ではないか! はてさてこれは一体どういうことなのであろうなっ?」

 

 借金は返せたんだけど、悪魔に弄られているその功労者を見ているとその罪悪感が半端ない。精神的にブラックな労働環境だったことに、流石のカズマも胸を痛める。男として心底同情しよう。

 

「美味である! やはり小僧が醸す羞恥の悪感情は大変美味! バニルガイドの星五つを進呈しようではないか!」

 

 サイン入りブロマイド写真で煽りながらバニルにご飯にされているとんぬら。その瞳は本当に燃え尽きたように力なくなっていた。

 これにはさてどうやって元気づけてやったらいいのか悩み所であったが、

 

「大丈夫です。とんぬらは私が支えてみせますから!」

 

 気合いを入れて胸を叩いてみせる乙女がここに一人。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ではな、竜の小僧。明日も楽しみにしてるぞ」

 

 今日のバイトで久々に帰って来たバニルマネージャーにそれまでの分も絞り取らんと居残りまでさせられて散々弄られたとんぬらが家に帰ると、

 

 

「我が名はゆんゆん! とんぬらのために歌って踊って、そして、セ、セクシーなポーズも取っちゃうアイドルなる者!」

 

 

 アイドル姿のゆんゆんが出迎えてくれた。

 誰かに男心をくすぐるアドバイスをもらい、それを実践しているんだろうが、残念なことにパートナーは歌も踊りもあまり得意ではない。

 なので、その四つん這いになっての猫伸びのポーズを帰って来るまでずっと取り続けていたと思われる彼女は、とても頑張ったんだろう。努力の方向性が残念だと思ってしまうも、ぷるぷるとバランスを維持しているゆんゆんにこれ以上とんぬらは突っ込むことはできなかった。セクシーなポーズもそのいっぱいいっぱいな感で心配の方が胸を占めてしまうことも言わない方が良いだろう。

 

「……とりあえず、楽にしてくれゆんゆん」

 

「うん、ありがと……そ、それでどうとんぬら?」

 

「ああ。えっちだなぁ、ゆんゆんは」

 

「え、ええええっちじゃなくてセクシーなポーズだから!」

 

「それは違いがあるものなのか? 大体アイドルでそんな真似はアウトだって言ってたろ。お嫁に行けなくなるぞ」

 

「……とんぬらがお嫁にもらってくれるから、大丈夫」

 

 そう、返答に困る台詞を恥ずかしながら言わないで欲しい。こっちも妙な気分になるから。

 

「それで、これは何なんだゆんゆん」

 

「とんぬらへのご褒美。元気ないみたいだし、その、アイドル頑張ったから」

 

 アイドルならゆんゆんも頑張ったろうに……

 愉快犯なマネージャーに玩具にされたが、そんなことをいつまでも引きずるような軟なメンタルはしていない。しかし、心配させてしまったようだ。反省しよう。

 

「それで、男の人は、アイドルを独り占めにしたいもんなんだって」

 

 兄ちゃんにあまりゆんゆんに変なことを吹き込まないようにと注意すべきか。

 と頭の隅で考えつつ、大きく鼻で深呼吸して、3秒ほど考えてから、とんぬらはここは同意しておくことにした。

 

「そうだな、アイドルというか、ゆんゆんを俺だけのアイドルとして独占したいとは思う。俺もバカな男のひとりなわけだ」

 

「っ……わ、わかったわ!」

 

 声弾ませるゆんゆん。

 なので、その姿を見れただけでもお腹いっぱいだぞ……と言葉を続けようとしたとんぬらは、ゆんゆんに押し付けるようにそれを渡された。

 

「じゃあ、はい!」

 

「はい、って?」

 

 とんぬらの手にあるのは、カメラ。割と高めな魔道具である魔道カメラで、消耗品のフィルムもまた高額。アイドル活動でも利用したが、普通は何かの記念日でもないと使わないような代物だ。はて、何故これを?

 

「私、歌は本当に苦手だから、ひとりで歌うと逆にとんぬらを不快にさせるだけだと思うの」

 

「いや、結構上手に歌えていたと思うぞ」

 

「それに、踊りも家の中でドタバタすることもできないから」

 

「めぐみんたちのいるような大きな屋敷じゃないからなここは」

 

「でも、アイドルにはグラビアというお仕事もあるみたいなの!」

 

 言って――ゆんゆんはおもむろに首元のタイを解いてシャツのボタンを外した。たどたどしくも止まることなく、第三ボタンまで留めがなくなって、右肩がはだけて鎖骨の辺りまで丸見えになり――

 

「――って、おいぃ!? 何をするつもりだゆんゆん?」

 

 いくら精神的にまいってる状態でも、これで平然としていられる場合じゃない。思わず悲鳴を上げて、目を逸らす。

 ゆんゆんは恥ずかしいけど、でも羞恥を呑み込んで精一杯に応えてくれた。

 

「この写真集では、こんな感じで肌を見せてるから」

 

 取り出した参考書は、以前没収された『えっちな本』……ちょうどさっきゆんゆんが頑張っていた猫伸び、もとい女豹のポーズを取っている女性が表紙を飾るあれである。

 

「グラビアってこういうものなんでしょ」

 

「確かにそのようだが! 真似しなくてもいいんだよ!」

 

「大丈夫、私、とんぬらにならセクシーな……その、エッチなポーズを要求されても頑張るから!」

 

「こういう上級者向けなのを無理にやる必要はないからな……つか、その本、返却……しなくてもいいから処分してくれないか」

 

「ダメよ。とんぬらのし、嗜好を知るに大事な資料だから!」

 

 たった一度の過ちをいつまでも所有される(しかも利用する気満々)なんて、どういう責め苦だこれ。

 

「ああもうっ!」

 

 問答無用だ。とんぬらはなるべく見ないようにしながら、ヒミコ時代で世話してきて慣れた手つきでもって、ゆんゆんのシャツのボタンをきっちり嵌めて――それから、改めて目を合わせて説き聞かせる。

 

「背伸びしなくていいからな。そんな無理をされても俺は嬉しくない」

 

「そんな私全然無理なんかして……」

 

「年齢的に子供は無理があるんだ」

 

 とんぬらは頭をフル回転させて言葉を探し、

 

「写真を撮らせてもらえるなら、健全に……素朴な可愛さを俺は求める」

 

「それは、どうすればいいの?」

 

 そう言われると写真撮影の方は素人のとんぬらは困るしかないのだが、グラビア撮影はもはや決定事項。とにかく何らかの結果を出しておかないと納得してくれそうになかった。

 

「普段の姿というか……とりあえず、ブロマイドの時のように座ってポーズを取ってみてくれ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ゆんゆんは、とんぬらに言われるままに寝室のベッドの上に上がり、楽な姿勢で座ってみせた。ここは自分たちの生活空間、パーソナルスペース――外でおすましに幾らか気を遣うけれど、ここではそれがない――ので、何だか変な感じだった。

 パシャリと音がしてフラッシュが瞬いた。とんぬらがカメラを操作した音だ。首の裏の産毛が逆立つのがわかった。ゆんゆんはどうも、被写体にされると映り具合が気になってしまうちょっと神経質かと思われる性格だった。

 ブロマイドの写真撮影でも変な顔をしていないか、瞬きしてるところを取られたか、不安になってしまう。

 そんなことを考えている内に、とんぬらが次の操作音を鳴らす。やっぱり気になる。体の芯に通っている筋を擽られているような心地になる。

 

「ふむ……」

 

 とんぬらは口許に手をやり何か考え込んでいる。やっぱり何かあのえっちな本に出てきたようなえっちなポーズを取らないと満足させられないんじゃないかと、ゆんゆんは思った。

 そうね。ちょっとくらいはボタンを外してはだけた方がいいかもしれない。彼にはもう生まれたままの姿だって見られてるのだから恥ずかしがることなんてない。紅魔族の紋章(バーコード)の位置だって知られてる。そう、彼には身も心もゆだねている。

 でも、とんぬらは頑固としてそういう一線は踏み越えないようにと注意してるし、気を遣っている。その、とんぬらに気を遣わせてしまうのは本意ではない。

 パシャリ。

 ちょっと考えに耽っている内に、三度目の操作音。とんぬらはそこで魔道カメラを下げて、撮影開始から初めて口を開いた。

 

「……ゆんゆんは」

 

 仮面に垣間見える目顔で問い返す。

 

「今、緊張しているのか?」

 

 胸の内の不安に気づかれていたようだ。そう彼は何でもお見通し。表に出さないようにしても気づかれてしまう。

 

「その、ほんの少しだが、写真を撮るたびに体がピクってするみたいだからな」

 

「ごめんなさい」

 

「? どうして謝るんだ?」

 

「だって、モデルがあんまり動くとカメラの写真ってブレちゃうっていうし」

 

「いや、それほどひどく震えてないし、肖像画を描いてるわけじゃないんだからな……」

 

 写真撮影は一瞬で切り取るから、少しくらいの動きは許容範囲だ。そういうとんぬらの声は優しかったけど、その目は優しいのとちょっと違った。

 

「それに」

 

 砦で魔王軍を迎え撃つ策謀を巡らした時や、不幸に降りかかる苦難逆境に挑む時にする、奥底に熱のある眼だった。

 

「震えているゆんゆんは可愛いよ」

 

 一瞬。

 ゆんゆんは、一瞬、真っ白になった。

 可愛い、とは彼によく言われる言葉のはず。あまり自信のないゆんゆんを励ますように、素直にとんぬらは口にしてくれる。それを聞く度に嬉しくなる。

 だけど、今の“可愛い”は、ぞくりとした。ぞくぞくした。

 カメラの音を聞く前に、体へ震えが走った。両肩が強張り、閉じた膝がぶつかり、足指が水を抜かれたように引き絞られてベッドのシーツを掴む。

 そんな自身の反応に戸惑った瞬間を狙い撃つかのように、またシャッター音が鳴いた。びくりと前進が強張り、四肢の内側の筋肉に冷たい線が走る。

 とてもじゃないが、とんぬらの方を見られない。視線は自分の胸元に落ちたまま張り付いたように動かない。胸が運動もしていないのに上下に弾むように揺れていて、気づいたら鼓動の音が耳の裏にまで届いてきた。

 だめだめ、これ以上意識できないと視線を自分の心臓から引き剥がすも、前を見ているのは、彼の瞳……

 

(あふ……とんぬらの視線……熱いよ……すごく熱くて……わたし……)

 

 もぞりと内股をこすりあわせる。

 とんぬらは、私に酷いことをしない。ずっと大切にしてくれてる。

 ……でも、“メチャクチャにして欲しい”、なんて望みをゆんゆんは奥底に隠してる。そんなはしたない恥部が、バレそう。けどこれは昔におねしょした布団を隠そうとしたときのように、隠したい。

 でも、その仮面の奥の眼差しは、カメラのレンズ越しに見透かしてるかもしれない。なんて、考えがよぎり、脳裏にこびりつく。うなじがひやりと震える。それでいて、熱い。特に顔が熱くなる。もう押さえてほしいと裡で訴えてるのに、体は言うことを聞いてくれない。

 

「……そうだな、ちょっと軽く踊ってみてくれないか?」

 

 そんな動かないだけでも大変な状態で、とんぬらがなんて()()()注文をつけてきた。でも、ここで躊躇うなんて彼に不自然なところを見せたら、今度こそバレてしまうかもしれない。そう思うと怖い。たまらなく怖い。

 ゆんゆんは震えを押し隠しながら、立ち上がって、

 

「じゃ、じゃあ、踊るわね! ――えい! とぅ! やぁぁ!」

 

 身体がもうガチガチ。とんぬらのために一生懸命に踊ろうとしても、ライブの時よりもずっと緊張してしまう。きっと今の踊りはお世辞にも上手いとは言えない。

 でも、魔道カメラは鳴く。シャッターを切った。意識すまいとしているのに意識してしまう。何も言葉のなく沈黙する中、ドタバタとした足音と静寂にかするスカートや服の衣擦れまでも、ゆんゆんの集中を割いて、

 

「え、えーい! てや!」

 

 もう気恥ずかしさを隠すためにやけっぱりに声上げるゆんゆんは、ステップを踏み違えてしまう。

 

「う、うわ! あっ……足がもつれて……!」

 

 後ろに倒れ、床の上に尻餅をついた。――反射的に力の入った彼の手指が、意図せずして魔道カメラのシャッターを切ってしまう。

 

「っ、すまん! ゆんゆん、大丈夫か?」

 

 すぐさま手を差し伸べようとするとんぬら。

 それがまたゆんゆんの心のアルバムに収められた失敗談……猫耳神社で初めて会った時と同じポーズを取ってることに気付いてしまうと、その時の羞恥心が蘇って、ゆんゆんはついに耐えられなくなってしまった。

 これ以上、はしたない姿を曝け出しちゃダメ――!

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ちょ? ゆんゆんー!?」

 

 とんぬらは慌てて、寝室を飛び出したゆんゆんを追いかけた。しかし家を出た時にはもう彼女の姿はない。ついでに居間にいたゲレゲレの姿もない。

 これはきっとゲレゲレに跨って飛び出したんだろう。アイドル衣装のまま。

 

「一体いきなりどうしたんだ……」

 

 頭を掻く。

 ブロマイドで皆と一緒に撮った時は普通そうだったのに。なぜ逃げたのかわからないが、放っておくわけにもいくまい。

 カメラを向けられたゆんゆんは、いつになく不安定というか、()()()たくなる感じに揺れていて、まあ、素直に感想吐いてしまったが、可愛い……魅力的であった。視線を合わせると一瞬怯えたかのように目を逸らし、恥ずかしそうに、そして何かを期待しているように再び視線を合わせてくるのもまたクる。最後の方もトロンと表情が濁っていて……撮ったフィルムが現像されるまではわからないが、ちゃんと個人撮影のグラビア写真ができていれば、あの『えっちな本』は不要になるなと断言できるほどに、とんぬらにはクリティカルであった。

 

 さて、逃げたパートナーの行方を推理する。

 ゲレゲレに乗っていったという事は、『テレポート』で紅魔の実家に里帰りしたわけではないだろう。ついでにウィズ店長のいるお隣の魔道具店でもない

 つまり、心当たりはひとつに絞られる。

 

 めぐみんのいる兄ちゃんの屋敷だ。

 そうして、目的地に寄ると庭にはゲレゲレがいて、ビンゴ。ただし、玄関が開かれると仁王立ちしているめぐみんがいた。

 

「めぐみん。ゆんゆんは来ているか?」

 

 目下の懸念事項を尋ねてみると、返されたのは棘のある声と怒りと警戒に染まった赤い目線。

 

「とんぬら……あなたゆんゆんに何をしたんですか?」

 

「はっ? いや、何って……」

 

「さっきここに駆け込んできましたけど、ゆんゆん、泣いてましたよ?」

 

 本当かっ!? と口に出しかけたが、ここまでめぐみんが険のある声を出すのは珍しい。とんぬらはたじろいだ。

 

「な、何もしてない、はず……。了承を得てる、というか、ゆんゆんから持ち掛けた話で、俺はそれに乗ったというかだな……」

 

 ダメだ、言葉が、思考が上手くまとまらない。

 そんな手を無意味にあわあわ振ってると、ついそのまま持ってきていた証拠物件(カメラ)を、めぐみんが目敏く見つけた。

 

「これは何ですか?」

 

「魔道カメラ。それでゆんゆんを撮ってたら急に」

 

「ふうん」

 

 ぎろっと真っ赤な眼光放つ目でとんぬらを睨んだ後、断りすら入れずに没収された。

 

「あのゆんゆんが逃げ出すなんて……どんないやらしい写真を要求したんですか、この変態」

 

「待て待て!? むしろ俺は諫めていたくらいで。普通に写真を撮っていただけだぞ。正直、興奮したが、俺は指一本触れてないし、ゆんゆんも服一枚脱いでない。本当だ。ゆんゆんに訊いてみてくれ!」

 

 信じてくれと訴えて、めぐみんはいったん、ダクネスが介抱しているゆんゆんの下へ赴いて――その間、とんぬらは玄関でジッと待機していた――戻ってきた。ゆんゆんは連れておらず、めぐみんの軽蔑し切った目が、生ごみを見るような目に悪化していた。それか淡々と「『今日は帰れない。とんぬらととても顔を合わせられそうにない』とのことです。お帰りを。さもなくば爆裂魔法をぶっ放しますよ」と杖を突き付けられて屋敷から追い出された。

 

 

 ♢♢♢

 

 

「…………女の子って……何なんですかね?」

 

 屋敷から夢遊病のようにふらついた足取りで辿り着いた冒険者ギルド。とんぬらは酒場のカウンターによろよろと突っ伏し、ちょうど隣にいたモヒカンで肩パットを装備した荒くれ者のおっちゃんにそんな切実な問いを投げかける。

 この駆け出し冒険者の街で新たな英雄たちの門出を何人も見送ってきた熟練の機織り職人は、キンキンに冷えたシュワシュワの入ったコップと共に若き者へ説いた。

 

「常に問い続けな。男の歴史ってのは、すべてその積み重ねから成り立ってる」

 

 

 その翌日、女性陣が夜通しでゆんゆんから事情を聞き取った結果、誤解は解け(なぜかダクネスと仲良くなって)、法的に無罪とも言えなくないという事で納得してもらった。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 ドラクエⅪの連携

 アクロバットスター:回避率及びカウンター率が大幅に上昇。

 スピードスター:回避率及び素早さが大幅に上昇。

 スーパールーレット:成功すると経験値・ゴールド、それにレアアイテムドロップ率が大幅に上昇。

 スペクタルショー:戦闘でメタル系(高経験値モンスター)を出現させる。


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