この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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10章
96話


「きゅー……」

 

 円錐形に真っ直ぐに伸びた角は鮮やかな黄金、そして、腹部は白いも体毛もまた金色。

 真っ赤なお目目をしたこのウサギのモンスターは、一撃ウサギ(ラブリーラビット)の変異種『ゴールデンコーン』。

 通常の一撃ウサギの5倍の生命力を有しており、なんとその角から雷撃魔法『ライトニング』を放ってくる。魔法を使える野生モンスターなのだ。

 可愛い見かけで冒険者を油断させて、その鋭利な角で串刺しにしてくる、ウサギの皮を被った肉食魔物(オオカミ)がさらに極悪になったのが、今回の標的。

 

(その中でも『ゴールデンコーン』は凶暴。通常群れで行動する一撃ウサギでも、変異種のコイツは取り分が減るからと単独行動を好む一匹狼、それに見合うだけの力がある。目が赤いのは獲物を血眼になって探しているからだとも言われるくらいだし)

 

 『アクセル』の駆け出し冒険者には荷が重いモンスターだ。

 とはいえ、昔、駆け出し時代はこの外見に騙された少女は、今はもう違う。

 

「可愛い顔しながらきゅーなんて鳴いたってもう騙されないわ!」

 

 ウサギモンスターの角から放たれた『ライトニング』は、ゆんゆんがかざした手の指にはめてある『雷の指輪』へと避雷針のように引き寄せられて無力化される。

 そして、ゆんゆんはすかさず光り輝いていた棒が緋色になった『光のタクト』――奇跡魔法を取り込んだ錬金術『パルプンチェンジ』でもって強化された――『ライトニングタクト』を振るう。

 

「『パラライズ』!」

 

 高レベルの『アークウィザード』の麻痺魔法は、強力な変異種モンスターの自由をいとも簡単に奪ってみせた。

 痙攣を起こして、微動することしかできない『ゴールデンコーン』。そこへ容赦なくとんぬらが風巻く鉄扇を振り切って――蒼き旋風がモンスターを一掃する。

 

「『天地雷鳴士』となってより制御が上達した『春一番』の精霊の力を合わせ、昇華された『花鳥風月』! ――名付けて、『水神の竜巻』!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 邪神討伐から、運動会にメイド喫茶やらアイドルライブなどのイベントをどうにか終えることができたある日。

 とんぬらは、冒険者ギルドの酒場にて、同郷の少女……めぐみんを呼び出していた。ゆんゆんにだけは聞かれるわけにはいかない話をするために。

 

「それで、私に相談とは何です?」

 

「実は――」

 

 ああ、言い難い。凄く頼みたくない。でもこれがひとりでは克服できないのをとんぬらは重々承知している。

 スーッと長く息を吸い込んで、羞恥心をこの長い付き合いになる同郷への信頼で押し流して、とんぬらは言った。

 

「ゆんゆんに、“愛してる”と告白したい」

 

「………」

 

 ――ん?

 

 返事がないまま、テーブルに頬杖をついて、ゆっくり目を閉じてしまうめぐみん。

 ……これは、聞こえてなかったのか? 反応がない。仕方がない、ここはもう一度、復唱する。

 

「ゆんゆんに……」

「違います。大丈夫です。ちゃんと、聞こえています」

 

 何かを噛み潰すみたいに、やたらと言葉を短く切るめぐみん。

 

「何だ、理解できなかったかと思って心配したぞ」

 

「予想外過ぎて言葉を失っただけです」

 

 めぐみんは軽く頭を振って黒髪を揺らし、頭痛を感じたようにこめかみを揉みながら、

 

「なんというか……まず、あなた達は結婚前提に付き合っているんですよね? すでに同居もしちゃってますし」

 

「ああ。族長とも話をつけた。そして、成人するまでは年相応の付き合いをしている。どこからどう見ても健全だ」

 

「バカップルの基準は世間的に歪んでいるような気がしなくもありませんが」

 

 それはともかく、と話を戻し、めぐみんは言う。

 

「とんぬらには、我が紅の宿命で世話になりました。そのときの借りを返したく、この相談に望みました」

 

「律儀な奴だな」

 

「その上で言わせてもらいますが」

 

 やっと顔を上げてこちらと目を合わせためぐみんは、感情の抜けた声で言った。

 

「そんな告白くらい勝手にやればいいんじゃないんですか」

 

「なんか冷たいなめぐみんよ。こっちは恥を忍んで相談しているというのに」

 

「他にどう答えろと言うんですか?」

 

「少しは女子的な意見がないの?」

 

「この前のゆんゆんがアレでしたが、自信をもって断言できます。必ず喜びます、というかそういうことを言ってやらないからああも免疫がつかないんですよあのぼっち娘は」

 

 結論、言いたい時に言え。

 ごもっともな意見だととんぬらも思う。

 

「しかし……神社神主である俺は、“愛してる”と言おうとすると、“パルプンテ”になってしまうんだ」

 

「ふざけてるんですか?」

 

「ふざけてない。大いに真面目だ。奇跡魔法の使い手の宿業なんだよ」

 

 勇者の血筋と共に継いできた神主一族の“恥ずかしい呪い”である(という縛りプレイな紅魔族特有の設定)。

 しかしこれを他所に理解を難しく、めぐみんの目は呆れ感を口ほどにものを言っている。

 

「これを克服するには、男として自信をつけるしかない」

 

 とんぬらは指を絡めるように手を組み、

 

「そこで、レベルを上げたい」

 

「レベル上げならゆんゆんが『養殖』をやっているではないですか」

 

「ああ、駆け出し冒険者が手を付けられないような高額賞金高経験値の討伐モンスターを片っ端からやっている。おかげで『アクセル』周辺の狩り状況はとても難易度が下がってるとギルドより報告されてな。この前、感謝状をもらった」

 

 動きを封じ、弱めたモンスターを倒すだけの簡単な作業『養殖』。紅魔族の伝統であるこれは安全に経験値を稼ぐのにとても効率がいい。

 

「でもな、同時にゆんゆんの実力というのが見せつけられるんだ。俺が言うと贔屓が入ってるように聴こえるだろうが、魔法使いとしての腕前なら紅魔の里や王都を含めてもトップクラスの『アークウィザード』になっている」

 

「ふん。私はその中でも頂点に位置する大魔法使いですが」

 

「この前の防衛戦での活躍で実力は認められてきたが、それでも自爆率が群を抜いて他の追随を許さないとギルド職員から認識されているみたいだぞ。これは身内な俺も納得なご意見だ」

 

「なにおう!」

 

 “実力だけはあるパーティ”……というのが、めぐみんを含め今のカズマパーティの評判である。

 

「話を戻すが、ゆんゆんに見合うような強さ(レベル)となるとそれはもう並大抵のものじゃない。これも頼りになるパートナーを持った弊害か。いや、だからこそ俺も張り合いが出てくるわけだが。うん、ゆんゆんは可愛いしな」

 

「惚気は他所でしてもらえませんか」

 

「でも、『養殖』という紐プレイにいつまでも甘んじているのは男の沽券としてどうなんだろうと思い始めてな」

 

 助かっているが、支えられっぱなしなのを気にしてしまう。

 

「そこそこレベルも上がってきたし、最近は俺一人で経験値稼ぎに行くと言っているんだが……“街の外に行くときは絶対に私もついていく”といって、単独クエストを許してはくれない。本当に助かっているし、効率も大変良いのは理解しているんだが……これで強くなった時に俺は胸を張れるだろうか――ゆんゆんに“愛してる”とちゃんと言えるだろうか、とな」

 

「……はぁ、面倒臭いですね。あの一途でベタ惚れなぼっち娘はどれだけダメ男でも生涯養いますよきっと」

 

「わかっている。けど、男というのは見栄張りにめんどうくさい生き物なんだ」

 

 心底呆れ果てたご様子のめぐみんだが、話を無視して席を立つ気配はない。怠惰の女神の呪いによってとんぬらのレベルが1になってしまったことには、負い目がある。

 

「他にレベル上げの方法、ゆんゆんに頼らないで経験値が稼げる手段がないかとめぐみんに相談してみたわけだ」

 

「そういうことですか……ふむ」

 

 めぐみんは、考える。

 とんぬらには、借りがある。それも踏み倒すことはできないくらいドデカいのが。防衛戦後も、メイド喫茶やらアイドルやらでもこちらのパーティのことで迷惑をかけたわけだし、それで彼の経験値稼ぎの時間も削ってしまっていた。これはあのカズマでも気にするだろう。というか、実際、気にしている。

 めぐみん自身も頼りにされたのならそれに応じたくも思う、と――

 ピカッと瞬くように紅魔族の赤目が点灯し、めぐみんの口角がゆるりと大きく弧を作る。

 

「ちょうどいいですね。思いつきましたよ。フフフ、我が天才的な頭脳が恐ろしい……これほどの一石二鳥な名案――いや、完全犯罪を閃いてしまうなんて……!」

 

 

 とんぬらは失念していた。

 めぐみんの思い付きでほとんどロクな目にしか遭っていないことがないということを。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 実際に家を買うときに不動産屋と交渉したからとんぬらは知っている。

 店で取り扱っている中で、『アクセル』で一番大きな建物となると月に200万エリス、敷金礼金も含めると500万エリスの費用は入りようになる。

 

 さて、めぐみんに連れられてやってきたのは、街の中心部近くの一等地にある、見るからに立派な屋敷。

 兄ちゃん達が住んでいる屋敷が普通の住宅に見えるくらいの屋敷だ。それを見上げながら、呟くようにとんぬらは問う。

 

「なあ、ここは何なんだ?」

 

「私達のアジトです。アクセル支部と言ったところでしょうか」

 

 なんとこの建物は占拠されているのだという。

 とんぬらは天を仰いだ。それから、とても真面目な声音で、めぐみんの目を見て言う。

 

「……めぐみん、流石にこれ以上警察の世話になるような犯罪に加担しているようなら、里に報告しなければならない」

 

「いきなり何を言い出すんですかとんぬら。ここはちゃんと不動産屋の店主と交渉して、是非にと鍵をもらい受けたんです」

 

「兄ちゃんもバニルマネージャーからの借金を返すために貯金を使い果たしている。そんな贅沢なんてできないところに、めぐみんまで連帯保証人にさせるようになったら俺は弁護できんぞ」

 

「ですから! この館は“左腕”のコネや実家の力を頼りましたがちゃんと正式な取引で手に入れました! 裁判沙汰になっても決して負けませんし、もうエリス祭が開催される頃にはここはアジトでしたよ」

 

 名誉棄損だとばかりにぷんすかするめぐみん。とんぬらとしても真剣である。

 

「それに我が盗賊団には、ゆんゆんもいるんですから。団長である私の“右腕”です」

 

「何だと?」

 

 パートナーも関わっている? 控えめで慎重派な彼女がお目付け役についているのなら、違法な手段を使ってはいないのか。しかし、“盗賊団”って……

 百閒は一見にしかずとめぐみんは堂々とこちらを尻目に玄関のドアを開ける。

 貴族の屋敷というのはどこも似たような構造をしており、玄関を抜けた先にはまず大広間があった。

 あまり生活感はないようだが、慣れた感じでめぐみんは広間の一番高そうなソファーに身を投げ出すと、だらしなく寝転がりながら説明した。

 

「ここは秘密基地です。悪だくみをする時や活動方針を話し合う時、そして暇を持て余している時などは各自この溜まり場に来れるよう鍵を渡してあります」

 

 秘密基地に溜まり場とはまた子供っぽいというか、しかしこれはお遊びの範疇を超えている。

 

「悪だくみ、って……なあ、めぐみん、一体何を組織したんだ?」

 

「清く正しく真っ当に盗みを働く、世のため人のためになる盗賊団ですよ! きっかけはとある有名な盗賊団に憧れて結成したんですが……とんぬらは、『銀髪盗賊団』という人たちを知っていますか?」

 

 そして、めぐみんはこの団体の崇高なる使命をとんぬらに語り出す――

 

 

「――というわけです。彼らは私腹を肥やしているわけでもなく、むしろ庶民の味方の義賊であるにもかかわらず犯罪者であると高額賞金を懸けられ追い回される。それでもなお、彼らは世界のため、人類のため! その行いが誰にも知られることがなくても、そして理解されることがなくても、今も戦い続けているのです!」

 

 団員二人をイチコロで加入を決意させためぐみん渾身の名演説。

 とんぬらも開いた口が塞がらない。パクパクと何を言おうか迷うほどに圧倒されている。何故か悟りを開いたように遠い目をしているけれど。

 

「そして、この団体に所属しているのはその『銀髪盗賊団』に憧れたものばかりなのですよ。かの『銀髪盗賊団』の行いに感化された私達は、彼らに内緒で影からコッソリ援護しささやかなお手伝いをしようという、言ってみればファンクラブの発展形みたいな集団なのです」

 

「そうかー……うん、新手の冗談(ドッキリ)だと思いたいが、めぐみんの目は純度まじりっけなしの本気の色だし……」

 

「ええ、本気ですとも! ああ、賞金がかかった犯罪者を援護するというのが冗談に聞こえましたか? ここだけの話ですが、実は彼らに賞金がかけられているのにも訳があるのです」

 

「いやいい、大丈夫だ。よく知っているから説明は不要だ。つまりは『銀髪盗賊団』を援護するために勝手に作られた下部組織みたいな感じでいいのか?」

 

「それでアジトは手に入ったのですが、肝心の団員が私を含めまだたったの3人です。しかも皆年も若く、このまま縄張りを広げて勢力を拡大しようとしたところで、今のままでは舐められてしまうでしょう。それに我が“左腕”も今は追われてる最中でして――なので、歌って踊って戦える、そんな面白おかしくも優秀な人材を私は求めているのです」

 

 とこちらを見てくるめぐみんに、とんぬらは仮面の額に手をやる。

 

「えーっと、だな……兄ちゃんは知ってるの?」

 

「もちろん真っ先に頼みましたよ。ところがあの男と来たら、もう少し涼しい季節になったらその遊びに付き合ってやるよと言ったのです。どうも、私が本気でかの盗賊団の支援団体を作ろうとしているとは思っていないようでして」

 

「だろうな」

 

「ですが、とんぬらは私の本気度合いがどれだけのものかわかっているでしょう! 今なら同郷のよしみで試験をパスして入団を認めてあげますよ。ただし下っ端からですが」

 

「下っ端、か……藪をつついて竜を出したくないから、これに関して突っ込むべくまいと思っていたが、どうしても納得がいかん……」

 

 悩ましげに唸るとんぬらだが、いくら縁故採用でも組織としての上下は徹底させなければいけない。

 

「だがゆんゆんも関わってるとなると放置するのは気がかりだし……というか、ゆんゆんもいるんだよな」

 

 とそのとき、玄関扉が開かれて、ふたつの人影……残りの団員、“右腕”と“左腕”が揃った。

 

「めぐみーん、もう来てるのー――と、とんぬら!?!?」

 

 

 ♢♢♢

 

 

「ど、どどどどどうしてとんぬらが秘密基地にいるのめぐみん!?」

 

 残り3分で活動停止のカラータイマーのように赤目をビカビカと点滅させながら盗賊団の“右腕”ことゆんゆんが、リーダーのめぐみんへ問い詰める。

 

「それはもちろん、現状況を打開すべくこのリーダー自ら我が盗賊団にスカウトしたからですよ」

 

「とんぬらは絶対にダメだって言ったじゃないのよめぐみん!」

 

「そういえば、ゆんゆんはとんぬらの加入に反対してましたね。ですが、別に恥ずかしがることじゃありませんよ。とんぬらも紅魔族。『銀髪盗賊団』の格好良さにはきっと理解してくれるはずです」

 

「そうじゃなくて、そうじゃなくてぇ~! もうっ! 気づいてよめぐみん!」

 

「まったく何をそんなに騒いでるのですゆんゆんは。ああ、もしかして、あの覆面のカンダタキッドを推しメンにしてるのをバレたくないんですか。大丈夫ですよ、とんぬらはそんなことで浮気と見るような小さい男ではありません」

 

「あうあうあうあ~~~!!」

 

 頭を抱え込んでその場にしゃがみ込んでしまうゆんゆん。ここは情緒不安定な団員に代わって、めぐみんが団長として訊いてやる。

 

「とんぬら、推しメンというのは、『銀髪盗賊団』の中でもイチ推しの団員(メンバー)のことです。私と“左腕”のイリスは、仮面の男を推しメンにしているのですが、ゆんゆんは覆面の男にメロメロなのですよ。まあ、といっても、ファンとしてですから、理解してあげてください」

 

「ああ、うん。全然気にしないから……その、ゆんゆん、気にするな」

 

 頬を掻きつつもとんぬらが気遣うよう優しく声をかけるのだが、ゆんゆんは固まったまま動かない。機能停止してしまったようである。

 

「それよりも、だ」

 

 とりあえずゆんゆんは心の整理がつくまでそっと放置しておくことにして、もうひとり。とんぬらはどんな表情を作ったらいいかわからず、仕方なく乾いた笑みを浮かべてる。

 まあ、とんぬらがこうも驚くのも無理はない。

 ゆんゆんと一緒に来たのは、野暮ったいローブにフードを被った小柄な少女。今はその手にした“杖”で、髪と目の色を、黒髪赤目と紅魔族カラーに変えているが、容姿そのものは変わっていない。

 

「保護者……じゃなくて、護衛の人達はどうしたんだ、姫さん?」

 

「護衛の人とは何のことですか? 私は王都のチリメンドンヤの孫娘、イリスです。姫さんとは一体誰かと勘違いしているのでは? ほら、髪と目の色が違うでしょう?」

 

 そんなすっとぼけた言葉を吐くも、彼女の持つ“杖”を注視する仮面の奥の瞳は誤魔化せない。

 

「アンタが持ってるその『変化の杖』の製作者は俺なんだが……確かこれ兄ちゃんから没収したんじゃなかったか?」

 

「ですから、それをこの“左腕”に渡したんです。金髪碧眼は目立ちますからね」

 

「おいめぐみん。何勝手に譲渡してんだ」

 

「カズマにやるよりはずっと有効活用してますよ。それに変装は盗賊には有利なスキルですからね。戦闘力はありますが、そこらへんのところが足りてないイリスに渡したんです」

 

「それを言うなら爆裂魔法一択しかないめぐみんもスキル不足だと言わざるを得ないんだが」

 

「何を言うんですかとんぬらは。爆裂魔法があればどんな侵入困難な屋敷も一撃で更地にできるんですよ」

 

「それは盗賊じゃなくてテロリストのやることだからな。絶対にやるんじゃないぞ」

 

「とにかく私がリーダーなんです。この中で一番強くてしっかりした大人な私だからこそ、まとめ役が務まっているのです」

 

 ピクリとこの文句に反応する手下二人。ゆんゆんもゆらりと立ち上がって、イリスも頬をぷっくりと膨らませる。

 

「ねぇ、私、めぐみんの配下って言うのが、やっぱり気に入らないんだけど」

 

「王ぞ……チリメンドンヤは強いんですよ? なんなら戦ってみますか?」

 

「そうやって簡単にムキになるところが子供もなんです。ゆんゆんも学校で散々私に負かされたのを忘れたんですか」

 

「いつも私が勝負を挑んで負けて、その度、お弁当をとられて――そうよ、めぐみんがここまで大きく……はないけど、大きくなったのは、私のお弁当のおかげよ! つまり私がめぐみんをここまで立派に育てたんだわ!」

 

「なるほど。つまりゆんゆんさんが、めぐみんさんの育ての母だったんですね」

 

「いや姫さん、その納得の仕方はおかしいからな」

 

「とにかく、この『銀髪盗賊団』の支援団体を発足した私こそがリーダーなのです!」

 

 強く言い切って、不満反論を口閉ざさせる。

 のだが、とんぬらが何とも言えない表情でポツリと。

 

「この中で、一番わかってないのは、めぐみんだと思うぞ」

 

 

 このままで話が進まないし、イリスの存在を知ってしまった以上、とんぬらを逃すわけにはいかず、とんぬらも何だか割り切った感で一応盗賊団加入に納得してくれた。

 

「つまり、あなたが私の下っ端になるんですね!」

 

「なんだか嬉しそうだな姫さん」

 

「よし! では、お茶を淹れてきなさい!」

 

「早速パシリか……まあいいが。それで台所はこっちか?」

 

 初めての下ができたイリスは笑顔で迎え入れる。ふーッと鼻息も荒くビシッと身振りを加えて早速ご命令。ゆんゆんも推しメンのカンダタキッドへ贈ろうとしている隠密トカゲの皮を素材とした覆面の制作作業、チクチクと針を縫いながら没頭することで、ひとまず落ち着いている。

 そして、とんぬらがお茶の支度をして帰って来たところで、めぐみんは話を切り出す。

 

「それでですね、とんぬら。あなたに入ってもらったのは、我が盗賊団が危機に直面してるんです」

 

「正直、聞きたくない。厄介事の匂いがプンプンしてるんだが」

 

「これはあなたにも利益のある話ですよ」

 

 強気に笑んで言ってやったのだが、とんぬらの表情は相変わらず微妙のままである。

 

「実はですね……今、イリスの家出を計画してるんですよ」

 

「ぶふっ!?」

「とんぬら!」

 

 紅茶を吹いたとんぬら。慌てて作業を放り出してゆんゆんが駆け付けて、咽るとんぬらの背を摩る。

 

「“家出”、って王じょ」

「チリメンドンヤは王都でも立派な家柄なので、イリスは外に出るのも一苦労です。ですが、そこはあの男から回収したその“杖”で変装し、ゆんゆんを迎えに寄越すことでこの『アクセル』まで来られるようになったんです」

 

「そうか、兄ちゃんにやったはずの『変化の杖』をな……」

 

「“お兄様のものは妹のもの、妹のものは妹のもの”と言います。きっとお兄様も納得してくださるはずです」

 

「そんな兄妹観は初耳なんだが。で、俺が製作した魔道具がとんでもないことをしでかしてることに戦々恐々すればいいのか。って、ゆんゆんも協力してるんだな」

 

「その……ア…イリスちゃんのこともわかってるし、これが大変な事だってのはわかってるんだけど、お友達と自由に遊べないって辛いと思うの」

 

「はぁ……そうか。うん、いい。そこは棚に上げよう。だが、それでも“家出”というのは大事だぞ。日帰りならとにかく、王じ…チリメンドンヤの孫娘が行方不明となったら国は大混乱だ。あんた自身もそれはわかってるだろう」

 

「はい……それはわかっています」

 

 俯くイリス。

 この『変化の杖』による脱走法でも、その日のうちに護衛のクレアがイリスを見つけてしまう。

 週にどれだけ背が伸びたか、日に何回欠伸をしたか、食事の際に何回ピーマンを横に除けようとしたかまですべて細かにチェックしており、イリスの行動をお見通しな忠臣。きっと今頃、もうひとりの従者であるレインと一緒にこの『アクセル』まで来て探し回っていることだろう。

 彼女がいる限り、盗賊団3人は大手を振って活動ができないのである。

 

「ですが、イリスはすでに盗賊団の一員なんです。一度入団した以上、そう簡単に足抜けできないんですから」

 

「お頭様!」

 

 ぱあっと顔を輝かせるイリス。

 一組織を率いる長として、配下の望みは叶えなくてはならない。

 

「そこで、とんぬら。――あなたが、イリスの影武者になってください」

 

「は?」

 

 そう、めぐみんが思いついた秘策がズバリこれである。

 

「変化魔法でイリスになって帰れば、『アクセル』へ捜索の手が伸びることはないでしょう。つまり、私達は存分に活動ができるわけです」

 

「待て待て! 姫さんの代役ってそんな大層なことを俺がするのか!?」

 

「とんぬらは一度、イリスに化けて外に出たことを誤魔化したことがあったんでしょう?」

 

「そりゃそうだがな……」

 

「とんぬら、あなたがこの『銀髪盗賊団』の支援団体たる盗賊団に入ったのは一番最後なんですから。トップスリーのイリスのために働くのが筋というものです」

 

「何だろうな。どこに突っ込めばいいのか手が迷子になる状況になってきてるぞ」

 

 そう簡単に頷いてくれるはずがないが、イリスの影武者ができるのはとんぬらしかいない。

 キーマンだけど大いに不服であるとんぬらを連れて、一旦広間から出て、ゆんゆんとイリスから距離を取る。

 

「とんぬら、言ったでしょう。これはあなたにも利益がある話ですと」

 

「何だ? 俺が首をかけて重労働するリスクに見合うだけのリターンがあるのかこれは」

 

「ゆんゆんのヒモ生活を送っているとんぬら」

 

「当人が気にしていることをストレートに投げてくるんじゃない」

 

「この影武者としてイリスと入れ替わることで、とんぬらは庶民が手を伸ばせないようなとても高級な食材を頂くことができるんです」

 

 前にイリスがもってきた弁当には、フカヒレしゅうまいなど豪華すぎる食材が盛沢山だった。

 そう、カモネギなんか目じゃないような王族御用達の、超高経験値の食べ物を朝昼晩とフルコースで食べることができるのだ。それだけでなく、近衛兵らを相手にした訓練や宮廷魔導士との魔法の授業なども受けられる、最高の環境。

 この『アクセル』近辺の高レベルモンスターを粗方片付けてしまい、経験値稼ぎにお悩み中のとんぬらにはうってつけではないだろうか。

 けれど、それでもとんぬらは遠回しに断りの言葉を口にする。

 

「それは確かに魅力的ではあるが、だからこそそれを俺が口にしていいのかますます遠慮したくなってくるな」

 

「――お願いできませんか」

 

 広間で待機させていたはずのイリスが、話に入ってきた。

 

「大変無茶なことをお願いしているのはわかっています。ですが、一週間……この国のことを知りたいんです」

 

「それはお城の中では不足か」

 

「とんぬら、イリスは……」

 

「箱入りの姫さんがワガママを言えないのは俺とて承知している。しかしそれが必要な措置だという事も考えなければならない」

 

 嘆息するとんぬらは、それまで誰もが彼女(イリス)を甘えさせていたのとは異なる雰囲気を醸す。

 団長らしく策を打ち出して意気込んでいためぐみんが眉間に皺寄せて、不満をあらわにした顔を作るも、向こうは顰め面を向けてきた。

 

「とんぬら」

「めぐみん、これはママゴトで済むような問題じゃないと理解しろ」

 

 けれど、こういう時のとんぬらは、自身よりも大人な論理で、感情論では反論できない言葉を返してくるのだ。

 

「“一週間”、と言ったが、それが本当にどれだけ無茶だというのをわかっているのか? かの『ドラゴンナイト』は、王女を国から“一週間”連れ出して、貴族としての地位も竜も何もかもを無くした。この『ベルゼルグ』にも知れるほど名を馳せた栄誉ある『ドラゴンナイト』でも、“一週間”で転落したんだぞ」

 

 その前例に倣うのであれば、数多の魔王軍幹部を討伐し、王国でも覚えめでたい宮廷道化師であろうと、“一週間”も陛下の宝である第一王女を攫うのに加担すれば破滅である。

 

「生憎と俺はそこの姫さんから友人であることを否定されて、かつ何でも甘やかすお兄様じゃあない。人生を賭けるような義理もないし、安請け合いは無理だ」

 

 ……返す言葉もない。

 悔しいが、とんぬらの文句は正論だ。すこぶる正しい。反発するなどもってのほか。こっちがお門違いなのである。

 

「魔王がいない平和な世の中になるまで、そのワガママは心の中に留めておけ」

 

 宮廷道化師とは、様々な芸で主を楽しませるエンターテイナーであるが、同時に身分差に拘らずに、主を批判することのできるアドバイザーでもある。

 

 でも、懇々と諭されながらも、この曇天の如く重たくなった空気の中で、イリスは憂いに沈む瞳をとんぬらから外さなかった。ゆるゆると首を横に振って、

 

「それでは……ダメなんです」

 

 これは単なる同郷の問題児の無茶ぶりを諫めるだけの話ではないのか。

 とんぬらは話の先を促すようイリスと見つめ合うと、一度言葉を切ってから唾を飲むほどの間が空いて、ゆっくりと彼女は話し始めた。

 

「私は、一週間後、許嫁である隣国の王子との顔合わせのために、国を発たなければなりません」

 

 イリスは国の政策、民間には隠された秘事を明かす。

 これは単なる顔合わせではない。魔王軍との戦いが苛烈化している今の時期に行われる訪問は、支援要請を兼ねている。

 『ベルゼルグ』は、魔王軍との国境が重なる唯一の国であり、そのために各国は強い冒険者や騎士団を援軍として派遣している。『ベルゼルグ』が破れ、防衛ラインを抜かれれば、脆弱な他国は蹂躙されるしかないからだ。

 しかし、『エルロード』は、カジノ……賭博業界で成り立った国であってか、騎士団が脆弱であり、人材の代わりに資金面で協力をしてもらっていた。防衛費としてかなりの資金を『ベルゼルグ』に出してもらっている。

 

「この最近、これまでずっと倒されることのなかった魔王軍の八大幹部が次々と討伐されています。それはとても喜ばしいことで、我が国、お父様もお兄様も魔王軍に対して攻勢に出ることを考えています。ですが……」

 

 魔王軍を撃滅できるこの千載一遇の好機が巡るかもしれぬところで、『エルロード』が、財政難のため攻勢に出る資金どころか、防衛費の支援自体を取り止めたいと言い出したのである。

 

「そこで、前線で指揮を執るお父様やお兄様に代わり、王族である私が使者として、『エルロード』に出向くことになったんです」

 

 つまり支援してもらうために、許嫁にご機嫌伺いに赴くのである。

 そして、イリス……もう面倒なので、アイリスは、これが初めて任された国事になる。初めてのおつかいとは比較にならないスケールであって、失敗は許されない。

 

 だから、知りたかった。改めてこの覚悟を刻むために、この国の運命を担っている王族としての責務を確認するために、籠の鳥は城の外の世界を見てみたかった……と。

 

 語り終えて、小さく息を吐き出したかと思うと、アイリスの表情はふっと緩む。

 

「私は随分無茶を言っています。あなたに対して図々しい態度を取っておきながら、私の個人的な事情に巻き込んでいいはずがないことは、わかっています。でも、私は……」

 

「………」

 

「私はあなたに“負け”を教わりました。……ですから、でしょうか。お兄様のように甘えられないけれど、()()()()()あなたをつい頼りにしてしまうのは……」

 

 そう吐露し、俯く。アイリスには、もう言えることはないだろう。

 めぐみんは、よく理解できる。対等でありたいから、甘えたくはない。けど、頼りになる。だから、これ以上はワガママ言えぬアイリスに、たまりかねたか、めぐみんは訴えかける眼差しをとんぬらへ向け、

 

「とんぬら、私から――」

「――冒険者は、ギルドに依頼された頼み事(クエスト)以外は請け負わないのが通例だ」

 

 めぐみんの言葉を阻むように、仮面の下の口が開いた。

 

「はい、そうです」

 

「ただ、俺は冒険者であって、神主だ。ギルドに介さぬ厄介事であっても、悩み事を打ち明けられたのなら、ボッチな少女の友達作りから漫画の手伝い、はたまた女神と対峙できるようセッティングを取り計らうことまで全力を尽くすのが、いずれ初代を超えた歴代随一の神主となる俺の主義。忙しい神の手には取り零すものをこの人の手で拾うことが役目であると信じているからな」

 

「………」

 

 今度こそ、ぽかんと仮面の少年を見つめた。

 

「無論、ただ働きは勘弁願いたい。そうだな、イリスが何者であるにせよ、パートナーと親しい友人であるからにサービスして、ロイヤルメニューの三食を祭壇代わりの俺の胃袋へ奉納するのなら、その“一週間”を怪盗のように鮮やかに盗み出してやっても構わんが」

 

「……っ」

 

 とんぬらの台詞に、言葉を詰まらせる。

 そして、アイリスはすっと背を伸ばして、45度に会釈する。

 

「ありがとうございます」

 

 それを見ためぐみんは顔面筋を揉み解すかのように百面相を演じてから、文句をぶうたれるように、

 

「結局、私の言った通りになったじゃないですか」

 

「お前は考えが足りんからな。思い付きのままに言っているが、そこに責任は取れるのか?」

 

「わかっていますよ。いざとなったら私がとんぬらを」

 

「違う。姫さんをしっかり(さら)っておくのが、悪の道に唆した“悪い魔法使い”の役目だろ」

 

 そういって、とんぬらはこちらの額にデコピンした。

 めぐみんは打たれた箇所に両の掌を当てながら、やや上目遣いでその仮面を睨む。

 やっぱり、この男、格好つけである。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 あれからゆんゆん(パートナー)としっかりと相談してから、とんぬらはアイリスの影武者を請け負った。

 『銀髪盗賊団』の支援団体の下っ端のために、盗賊団のひとりである怪盗が身代わりになるという訳の分からん事態だが、やると決めたのならやっている。

 メイドやアイドルの経験が活きているのか、以前よりも第一王女の『女形(まね)』は上達している。また幸いにも国王と第一王子はおらず、第一の忠臣をも騙し果せているので、バレることなく、この五日間、鍛錬勉学に勤しみながら、疑われない程度の健啖さで馳走をおかわりする。

 ……順調である。極めて順調だ。ちょっと不安になるくらい美味しい思いをさせてもらっている。

 

 ――だが、仮面の悪魔が星五つ認定する不幸属性はその間に力を溜めこんでいたのか。

 

 

「アイリス様……突然ですが、三日後に予定していた『エルロード』への出立を今日に早めさせていただきます」

 

 

 早朝、朝食の席で深くフードを被った宮廷魔導士レインからの通達に思わずフォークとナイフを落としかけたアイリス(とんぬら)。

 第一王女の教育係と護衛を務める貴族令嬢は、秘書役のようにスケジュール管理も務めており、謝意を含ませながらもこの予定変更について述べる。

 

「つきましては、朝食後は出立の準備をよろしくお願いします。急遽の予定の変更、誠に申し訳ありません、アイリス様。……ですが、そのクレア様をこれ以上留め置くのは難しく……」

 

 背景にはこんな裏がある。

 もうひとりの第一王女のお側付きの護衛騎士クレアの暴走である。

 

 きっかけは、この最近、第一王女が、『旅に出るのですから自分ひとりでできなければなりません』とのことで何でも一人でやるようになったことからだ。

 アイリス()にはやむに已まれぬ理由があったからなのだが、レインら王族に仕える者らは寂しく思いつつも第一王女の自立を喜ばしく思っていた。

 ただし、ひとり。

 クレアは違った。

 これまで一緒にお風呂に入っていたのだがそれも断固拒否された彼女は次の日寝込むほどのショックを受ける。

 そもそもクレアはアイリス様の婚約自体に猛反対であった。

 お相手になる第一王子が甘やかされて育ったせいか実にワガママな小僧。生まれ持った戦闘の才能においてもアイリス様には遠く及ばず、外見的にもこの世で最も可憐でお美しいアイリス様には釣り合うはずもない。それに隣国『エルロード』は我が『ベルゼルグ』王国を下に見ており、アイリス様が嫁いだところで、田舎者めと陰口を叩かれるなどきっとひどい目に遭われるだろう。

 ――そんなことは断じて許さない。

 そうだ、アイリス様がこの最近つれないのも、四六時中(トイレの中まで)付き纏おうとして拒絶(子離れ)されたのもきっと、婚約のせいだ。ならばすべての元凶を無くしてしまえばいいのではないだろうか。という結論に至る。

 

 そういうわけで、クレアは王族に次ぐ大貴族としての地位を利用して、貴族連中を取り込んでいき、『アイリス様婚約反対のデモ』を起こそうとしていたのである。貴族が政敵を葬る際に使うご禁制の劇薬まで用意していたとあっては、看過できない。冗談ではない本気度である。

 というわけで、レインら良識派の家臣が、大貴族クレアを抑えられている内に、出立してもらおう――という話になったのである。

 

 もちろん、この予定変更に大いに戸惑うのは、アイリス()である。

 クレアの暴動を制止しようとするレインの苦労は理解した。だが、だからってこんなイレギュラーはこちらとて大変困るのだ。

 

「そのレイン、でしたら、お兄様に護衛を依頼してはくれないかしら」

 

 アイリス()は、カズマパーティ――事情を知るめぐみんを呼んで、事態の修正を図ろうとするのだが、レインに先手を打たれていた。

 

「アイリス様、残念ながら一月前よりダスティネス様から、問題が発生してサトウカズマ殿のパーティに護衛の任を請け負う余裕がございません。今回は遠慮なされた方がよろしいかと」

 

 3000万エリスの借金である。すでにそれは完済されたのであるが、好都合なのでその事を知らされていない体で側近は話を進める。

 ベルゼルグ第一王女アイリスの婚約相手はカジノ大国で有名な隣国エルロード第一王子はまた大変気難しく、ふざけたノリで無礼を働けば一発で外交問題になる。正直、クレアと同程度の気質(レベル)で妹馬鹿なお兄様(カズマ)に知れたら、もう問題発生するのが目に見えている。いくらダスティネス家の貴族令嬢がついていようとも相手が王族とあっては対処できないだろう。

 

「それに、私達の方ですでにアイリス様の護衛を任させられる高レベルの冒険者、ミツルギ殿のパーティに依頼しております」

 

「お久しゅうございます、アイリス様。此度の件、女神様より賜った我が魔剣『グラム』に懸けて、御身をお守りいたします」

 

 ミツルギ……! またあんたか……!

 ちょっと叫びそうになったアイリス()の前に現れたのは、爽やかなイケメン、何かと縁のある勇者候補のお坊ちゃんである。

 陛下と第一王子のいない今、国を運営するためにもクレアやレインは王城を離れることができず、代わりに冒険者に依頼した。

 アイリス()の前に膝をつき頭を垂れて畏まるミツルギパーティをレインは自信をもって紹介する。

 

「幹部の邪神が率いる魔王軍と対決した砦防衛戦で目まぐるしい活躍をした『ソードマスター』のミツルギ殿、そちらの『アーチャー』のフィオ殿と『ランサー』のクレメア殿は、隣国『エルロード』に武者修行していたそうでして、そちらの地理にもお詳しい」

 

「はっ! お任せください。キョウヤがいれば何があっても大丈夫です!」

「『エルロード』の首都まで必ずやアイリス様をお連れしてみせます!」

 

 あー、まずい。話がどんどん進んでいく。流されてはいけないと思うが、これにあまり逆らって不審がられることもできない。

 

「キュンキュンキュイー!」

 

 あれよあれよと案内された王城の裏には、お忍びという事で見た目だけは質素にカモフラージュされた竜車が停まっている。

 二頭のリザードランナーが引く王家の竜車は、みすぼらしい外観であるも強力な結界が張られており事故があっても竜車は安全、その走行速度は普通に馬車で向かえば十日はかかる距離にある『エルロード』の首都までおよそ三日で辿り着けるという。

 

「レインー! アイリス様を行かしてはならんー!」

 

「ささ、アイリス様! 早く竜車へ!」

「ちょっとレイン!? 私の話を聞いて」

「――ミツルギ殿、アイリス様をよろしくお願いします!」

「はい!」

 

「アイリス様ああああ!」

 

 この内部にも極秘な出立を嗅ぎつけたクレアがやってくるのを遠巻きに確認し、切羽詰まったレインに竜車へと押されてアイリスは乗り込み、フィオとクレメアが続く。正体をバラす暇もない。御者台に座ったミツルギが繋がれた革紐を握って、リザードランナー達を走らせた。

 

 

 この怒涛の展開に、アイリス()は思う。

 

 あれ? 俺って、姫を攫う竜騎士役(ドラゴンナイト)じゃなくて、攫われる姫役(ヒロイン)なのか?

 

 

 ♢♢♢

 

 

「くっ! 行ってしまったか……! ――こうなったら、手紙を! 宮廷道化師とんぬら殿、それにサトウカズマへアイリス様奪還の依頼通達を!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 白骨化して尚、活動する巨竜。

 ドラゴンにしてアンデッドのスカルドラゴン。兄の無念を晴らさんと魔導士が、黒魔術で自らの魂を竜骨の巨体へ憑依させたこの怪物。

 魔王軍にスカウトしたばかりだが、その戦闘力は推定するにかの不死王リッチーにも匹敵する幹部級。これならば、これからやってくる魔王様に刃向かう憎き王族をも始末できよう。

 

「カロロロロロ、クルルルル……ッ!」

 

 さあ、来るがいい。

 人間同士の醜い争いの引き金として生贄になる、『ベルゼルグ』の第一王女よ!

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 ゴールデンコーン:ドラクエに登場する転生モンスター。初心者殺しとして悪名高いウサギモンスター(アルミラージ)の強化版。倒すと『黄金一角獣ハンター』の称号が与えられる。雷撃魔法(ライディン)を使ってきて、倒すと金塊アイテムをドロップする。

 

 パルプンチェンジ:ドラクエⅩに登場する職人スキル。ゲーム中、ルーレットで決定する錬金効果の中で何が起こるかわからない『パルプンテエリア』を『大成功エリア』に変換する。

 

 ライトニングタクト:ドラクエⅪに登場する片手杖。光のタクトの色違いの上位版。先端の棒状の部分が緋色の光に変わっている。

 

 水神の竜巻:ドラクエⅩに登場する特技。天地雷鳴士が覚える。


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