この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

97 / 150
97話

「――『カースド・スティール』ッッ!!」

 

 右手人差し指に嵌めた指輪が妖しく光る。

 

 世間では、“バカ王子”などと呼ばれている。

 政治にも関心を示さず、ギャンブルにばかり明け暮れていると国中に思われている。いや、実際そうなのだ。訓練や勉強などよりもゲームで遊んでいる方が何倍も楽しい。

 

 だけど、そんな第一王子でも、王族。力関係は対等であるべきなのだ。交渉事で舐められてはいけないのだ。

 『エルロード』は他国と比べると軍事力は弱く、経済力で成り立つ国家だ。『ベルゼルグ』は王族自ら魔王軍との戦争で先陣を切るというが、自分らには無理だろう。武力でのし上がったベルゼルグ一族とは違い、こちらの初代国王はギャンブルで財を成して国を作った。

 そこに、伝説の武具なんて代物はない。

 ……けど、ないのなら(つく)ってしまえばいい。

 宰相が城の宝物庫から見つけてきたという伝説の魔導士が製作した指輪のマジックアイテム。この力は凄まじくて、ドラゴンキラーで有名な勇者から竜殺しの魔剣をも奪い取った。それと同じように、『ベルゼルグ』の第一王女が身に着けるその神器も奪って、そして――

 

「どうだ、これで俺の力を思い知っ……」

 

 瞬く間に強奪する光が止んで、成果を確認すると、この手に握られていたのは、白と水色のストライプの縞パン――

 

 

 ♢♢♢

 

 

 この『アクセル』での暮らしで、様々なことを経験できた。

 『銀髪盗賊団』の支援団体(ファンクラブ)で、組織運営するための資金稼ぎのためにした初めてのアルバイトで品種改良されたところてんスライムのホイミンが身体を切り取った『アクシズ教団のアレ(門外顧問のお墨付き)』を売り捌いたり、

 新たな仲間を増やそうとして、アクシズ教の『プリースト』のセシリーお姉さんやお兄様にパンツを剥かれた『盗賊』のクリスさんが加わり、また興味を持ったアクシズ教や紅魔族から続々と組織の一員となりたいものが続出したり、

 他にも駆け出し冒険者の街にいるという噂の『ドラゴンナイト』を探し、様々な人の過去、冒険話を聞いたり、

 それから、お頭様やゆんゆんさん、セシリーお姉さんにクリスさんと一緒に貴族邸を襲うモンスターを退治したり、

 何もかもが新鮮で、お城の中にいては味わえない刺激が盛りだくさんの楽しい毎日だった。

 

 そして、お城には帰らずに、お友達の家に泊めてもらっている。

 

「ゲレゲレにわたぼう、それにプオーンのご飯もあげたし……じゃあ、イリスちゃん、私達のご飯作るからちょっと待っててね」

 

 珍しい変異種でそれも完全に人に懐いている初心者殺し、

 力は失ったけれど準公爵級であった牛角山羊頭の大悪魔、

 抱き締めると気持ちいいふわふわな新種の綿胞子の精霊、

 お城にもいない、それだけで見物料がとれそうな大変希少なものが集っているゆんゆんさん(とあの人)の家……お兄様のいる屋敷には、ララティーナがいるので、お頭様からお忍び中な(バレて同じ時に二人いると騒ぎになれば影武者が大変になる)ので避けるようにと提言された。残念だけど、カンダタにこれ以上の迷惑はかけられないし、それにまだお兄様に褒めてもらえることはしていない。顔合わせするのは事が全て終わってからだ。

 それに、ここでのホームステイも学ぶことが大変多くて、充実している。

 

「ふんふんふふ~ん♪」

 

 黒いエプロンをつけて、ぱたぱたとせわしなく動くゆんゆんさん。

 速い! 動きも速いけど、要領が良いというのか、見とれるくらいに無駄がない。もう何度となくこなして慣れた作業なのだ。ライスフラワーから獲れた米を拝むように洗う手つきも鮮やか極まる。

 お米を研いで、水の量が決まって火にかけると、もうお釜には見向きもしない。

 俎板の上にはすでに霜降りミートとびっくりトマト、じゃがいも、たまねぎ、ニンジンが皮を剥いて一口サイズに刻まれたものが用意してあって、それを温まっている鍋に放り込んでデリシャスオイルで炒める。

 

 丁寧に、だけど速い仕事。

 お料理しながらも同時並行に『ウインド・ブレス』で洗濯物を乾かしているのだから脱帽である。魔法がどの家庭にも当たり前にあるという紅魔の里、紅魔族のゆんゆんさんは家庭的な魔法の使い方が卓越していた。きっとこれは宮廷魔導士のレインにも難しい。

 失礼だけど、未だにお相手が見つからず独身のレインより、里を出てからパートナーと苦難を共にしてきたというゆんゆんさんには糟糠の妻のような貫禄があるのである。

 と邪魔しないよう観てたけど、やっぱり混ざりたくなってくる。

 

「ゆんゆんさん、何かお手伝いすることはありますか?」

 

 火元から注意()を逸らせる程度に余裕ができたところで声をかけた。

 王女にだってお手伝いくらいできる。というか、城にいるとどれだけ頼んでも料理をさせてもらえない。下々の者のやることだと言われてしまう。

 ゆんゆんさんにも最初は物凄く恐縮されたけど、尊敬の眼差しを向けてちょっとしつこく頼んでいくうちに“お友達と一緒に料理するシチュエーション……夢みたい!”としっかり指示に従うのならという条件付けの下、台所に入れてもらえるようになった。

 ピリ辛ペッパーなどの香辛料(スパイス)を調合するゆんゆんさんは、しっかりエプロンを装着した自分を前に少し考えるように目を右に左に彷徨わせてから、

 

「そうね……じゃあ、イリスちゃんにはこの前やってみせたサラダをお願いしてもいいかしら」

 

「はいっ! ……それで今日はどんな料理を作ってるのですか?」

 

「カレーよ。とんぬらのご先祖様……初代神主の勇者はとても食通で、他にはない様々な料理レシピを考案したの。カレーはそのひとつで、スパイスの配合にご先祖様は苦心したそうだけど、すごく美味しいわよ。ちょっと辛いけど、それも蜂蜜を加えるとまろやかになるし。あと昨日の揚げ物(フライ)にかけてたソースを隠し味に入れると味に深みが増すわ」

 

 さっとぐつぐつ煮えた鍋の中身に、調合したスパイス粉を入れるとぶわっと食欲をそそる香ばしい匂いが鼻をくすぐってきた。

 

「前に、めぐみんたちにも食べてもらったことがあるんだけど、その時、皆うまいって言ってくれて、特にカズマさんは号泣するくらいに感激して」

「それは是非覚えたいです! レシピを教えてくれませんか!」

 

 お兄様垂涎の一品! とても気になる。

 

「ふふ。じゃあ、あとでとんぬらが翻訳してくれたその秘伝のレシピ本を貸してあげるわね」

 

「ありがとうございます!」

 

 ニコニコしながらゆんゆんさんは鍋をかき混ぜる。

 

 そうして、出来上がったスパイスカレーは王家の肥えた舌を唸らせるくらい絶品であった。トッピングの漬物やゆで卵、チーズを入れていくとさらに美味しさは向上する。お兄様が涙を流すのも納得だ。これほどの一品がどうして貴族や王族の間で振舞われなかったのが疑問に思う。帰ったら絶対に、メイドたちにこの究極スパイスカレーのレシピを教えようと心に決めた。

 

(本当に、勉強になります!)

 

 家事の他にも、ゆんゆんさんは、毎日欠かさず聖水を家の四方四隅と戸など出入りの多い所に振りかけて邪なる気配の立ち入りお断りを徹底するなど、家を守る意識がとても高い。近寄る淫魔は根絶する者(デビルスレイヤー)の姿勢もまた見習う点に含むでしょう。

 もちろんお世話になりっ放しではいけないので、こちらも秘伝のレシピを教えてもらったお礼に、王家……ではなく、チリメンドンヤに代々伝わる魔法、神聖な力を秘めた稲妻を放つ、伝説の勇者が得意としていたとされるオリジナル魔法『セイクリッド・ライトニングブレア』の術式理論も教えていたりして……

 

 そんな充実した日々は、約束の一週間後を明日に控えた最後の一日の朝に届いた一通の手紙で急変する。

 

「え、お城から? “『エルロード』へ行ってしまったアイリス様を奪還してほしい”――」

 

「大変ですよ、イリス、ゆんゆん!」

 

 息を切らしたお頭様……めぐみんさんが玄関を勢いよく駆け込んできた。その手には今、ゆんゆんさんが読み上げているのと同じ手紙が握られていて、

 

「とんぬらが、王女様のまま隣国の王子様との見合い外交に出立してしまっています!」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 道中、()()ながらも何事もトラブルがなく(このイベントそのものがトラブルとも言えるが)、遭遇した魔物らも魔剣の勇者候補御一行が処理して、『ベルゼルグ』の第一王女アイリス……の影武者とんぬらは、無事に(誰ひとりとバレることなく)隣国『エルロード』の王都に辿り着いてしまった。気分はドナドナと出荷される家畜である。

 

(……ここまで来ちゃったら、今更引き返すこともできんな)

 

 カジノ大国『エルロード』。

 駆け出し冒険者の街『アクセル』でエリス&アクア祭の賑わいように匹敵する人の多さを、特別な祝日でもない平日で見せているくらいに盛んな王都。魔王領と接していないためか、隣国は見たところ平和な発展を遂げているようだ。『ベルゼルグ』よりも軍事力が劣ると評されるが、その軍事力を持たずとも国を維持できていたからなのだろう。

 

「あいかわらず『エルロード』は人が多いわねー」

「ねぇ、この街でお勧めのレストランを見つけたんだけど、一度キョウヤと一緒に来てみたかったの!」

 

 最初の方こそ、第一王女()との同乗に息をするにも緊張するくらい畏まっていた二人だが、三日も経てば慣れてきたもので、こちらからもそのような堅苦しい遠慮は無用だと伝えてある。といっても、呑気に観光気分でいるのは羨ましく思うが。

 この誘いに、御者台で竜車の幉を握るミツルギは浮かれ舞い上がる二人へ苦言を呈す。

 

「フィオ、それにクレメアも、僕たちは遊びに来てるんじゃない。護衛としての務めを果たさないと」

「いえ、会談は明日です。準備のある私はともかく、折角のカジノの国なのですから、皆さんはどうか観光をして、旅の疲れを癒してきてください」

 

 今は色々と自分を見つめ直したい。と思っての提案。

 この三日間、任に全力で全うするミツルギに付き纏われて、ゆっくりとひとりになれる時間がなかった。また時々断りなく頭を撫でてくるのだから、笑顔でいるのが大変である。この第一王女()のお言葉に嬉しそうな表情を浮かび上がらせたフィオとクレメアであったが、ミツルギは真面目だった。

 

「アイリス様、僕達は護衛です。アイリス様が宿に残るというのであれば……」

 

「いけません! 実は私、初めて会う王子に多少なりとも緊張しています。気が張っているのかもしれません。落ち着くためにも、ひとりにさせてほしいのです」

 

 周りへの気配りを欠かさないお姫様“アイリス”をトレースしながら述べた言葉であるが、これには心からの本心が篭っている。

 お人形のように張り付けた笑みを向けながらそう言えば、あちらも妥協するように頷く。

 

「ほらキョウヤ。アイリス様がこう仰っているのだから私達も羽を伸ばしましょう」

 

「う……。わかりました……」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 護衛に雇ったミツルギらがいなくなってから、宿の一室にてひとりになると、とんぬらはアイリス´から姿を変えた。

 変装を解いたのではなく、また別人に化けた。特にモデルは決めていない適当な民間人Aとなって、こっそりと街へ繰り出す。

 こうなればもう影武者のまま交渉するしかないだろうから、軽く探索して現地での情報収集をする。地味だが、何も知らずに交渉の場に出るなどして、ヘマをすればそれはとんぬらではなく、自国の王族に泥をつけることになりかねないのだ。細心の注意と砕身の準備をして明日は望むべきだ。

 そして、適当に酒場にでも入れば、あちらこちらで生の声は聴こえてくる――

 

「いやあ、今日も儲かった儲かった! 『エルロード』に乾杯だ!」

「まったくだ、これだけ景気がいいと何をやっても上手くいく。国王陛下が長期間他国に出向くことになると聞いた時は心配したもんだが、なかなかどうしてあの王子もやるじゃないか」

「まったくだ、ずっとバカ王子とか言われてたのになあ」

 

 ……ふむ。

 この経済状況は外交戦略による広告(サクラ)などではないよう。だが、『エルロード』は財政難であるため、支援を打ち切るとのことだったが、景気が良いとは話がおかしい。

 第一王女のお相手が、バカ王子だというのは事前に話を聞いていたのだが、そのバカ王子と評判の息子一人を残して国王が外交で国を空けている。『ベルゼルグ』でも陛下が国を空けることは多いがそれは武力に秀でた王族自ら魔王軍との戦いの前線に立って鼓舞しているからだが、こちらの国王は一体何のために、こんな国元を留守にするリスクの高い真似をしている?

 

「でもよ、これだけ景気が良いのも全部宰相様が取り仕切ってるかららしいぜ。例のバカ王子にも政治に関する決定権はあるそうなんだが、ほとんど何もせずに遊んでると聞いた」

「それじゃあ『エルロード』に乾杯じゃなく、宰相殿に乾杯だ!」

「「「おお、宰相殿に! かんぱーい!」」」

 

 ……王族はお飾りで、実質この国の政治を主導しているのは宰相ということか。

 ならば、突然支援を止めたのはその宰相の判断である可能性が高い。そして、宰相の名声が高まるのとは反比例に、第一王子、ひいてはエルロード王族の求心力は失ってきている。国の象徴的存在が民に支持されてない現状、主君の一声でもって国全体が一丸となって戦うなど無理で、この平和ボケしているカジノ大国は侵略されれば滅ぶだろう。

 これはまた魔王軍にとっては有利な状況だ。

 

(姫さんから“魔王軍に攻め入ろうとするタイミングではしごを外された”と聞いた時から予感はしていたが、『エルロード』に魔王の手の者が政治中枢にまで……)

 

 考え過ぎかもしれないが、前回の邪神攻防戦にて暗躍した()()()魔王軍諜報部も存在している。たったひとりで一騎当千の勇者候補らを手玉に取ったような相手が、この国にも潜んでいるのだとすれば――

 

「思ったよりもめんどうな外交(しごと)になりそうだな……」

 

 一杯だけ飲んでとんぬらは店を後にした。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 自国『ベルゼルグ』の王城は、外装内装共に豪華なものだった。

 廊下の装飾ひとつとっても、飾られる調度品や照明など、隅々にまで気を配られた作りとなっており、初めて訪れた者たちに由緒ある歴史の風格を訴えてくる。当然、埃など微塵も落ちていない。

 

 城は国の威厳を表すひとつのパロメーターだ。

 王都にかなり活気がある『エルロード』の王城は、自国よりも豪勢で、大きなものであった。これまで見た城の建造物の中では最も大きい。ただ、芸術を嗜む感性からすると装飾に成金趣味が過ぎる、造られたような風格であるが、随分と金をかけている建物だというのは素人目にもわかるだろう。

 

 到着から翌日の早朝。

 一団率いて王城へ訪れると、現在の城主である王子自ら出迎えるのを城の前で待てと言われて数十分。

 城の様子を観察するに十分な時間と、それからあちらがこちらをどう思っているのかがわかる無礼な対応で、この外交は七面倒だなと内心嘆息を漏らした、その時だった。

 

 

「――『カースド・スティール』!」

 

 

 何の前触れもなく、不意を打ったのは、子供特有の、変声期前の甲高い声。

 まるで自分の力を見せつけるかのようにぞろぞろと多くの家臣を引き連れて現れた、そばかすが散った赤毛の少年。

 見たところ、年の頃はこちらのアイリス第一王女と同じくらいだろう。

 年の割には背が高く、身長はこの前抜かしたカズマ兄ちゃんの背の高さとあまり大差がない。

 それで、頭に王族の証たる小さな王冠を載せていて、指輪を嵌めた右手には、黒鞘に入った剣……お供の冒険者ミツルギ・キョウヤの『グラム』が握られていた。

 

「な……っ!?」

「キョウヤの『グラム』が……!」

 

 これに第一王女の置物(オプション)のように文句を言わず物静かに控えていたミツルギパーティも慌てる。

 ミツルギの代名詞とも言える大事な魔剣が奪われたのだ。装備を盗まれるのは冒険者として不覚であるが、これはミツルギを責めることはできないだろう。こんな見せかけとはいえ正式な会談で戯れに盗みを働くなど誰も思わないのだから。

 

「何だこれが、田舎の『ベルゼルグ』で有名な魔剣使いの勇者か。拍子抜けだな。魔剣を盗まれて駆け出し冒険者に負けたという話は本当だったようだ」

 

 キレてもいいワード盛り沢山なこの挨拶に取り巻きらは大きく目を見開くも、相手はキレてはいけない王族である。

 

(紅魔族なら売られた喧嘩は買う。アクシズ教なら思うがままに行動せよ。だが、今の俺はそのようなわがままの許されない第一王女だ)

 

 ここでのいざこざが国同士の戦争に発展することもありうるのだ。上手に処理をせねばとミツルギよりも神経逆なでされたフィオやクレメアが失礼な文句で噛みつく前に、開幕早々波乱万丈な――己に相応しいとすら思える――会談の場へ、一歩前に踏み出した。

 

「あなたが『エルロード』の第一王子、レヴィ様ですか? 私は『ベルゼルグ』の第一王女、アイリスと申します。あなたにお会いするためにやって参りました。本日はあなたのお顔が見られて嬉しいです」

 

 まずは予め決めてあった定例句から始める。少しだけ困りながらも笑みを浮かべ、大き過ぎず小さくもない涼やかな声を意識しながら、優雅さと愛らしさを併せ持った――アイドルで磨かれた――完璧な礼をしてみせた。

 ミツルギパーティを背に負う。堂々と。彼らを庇うよう、または諫めるよう、まさに一国の代表に相応しい対応で臨む。

 

「アイリス様……!」

 

 ミツルギらもその姿にこれが国事であることを思い出し、揃って口を噤む。のだが、向こうの第一王子は、小生意気に鼻を鳴らし、

 

「お前が俺の許嫁か? 『ベルゼルグ』の一族は女子供に至るまで武闘派だと聞いたが弱そうだな。もっと強そうで凛々しい姿を想像していたのに拍子抜けだ」

 

 おい、不服があるようなら本来の姿に戻ってやろうか。それと、第一王女はこんな見かけでもステゴロであんたを軽く秒殺できる恐ろしい傑物だからな。その血筋に外れず生粋の武闘派であることは、何度となく勝負したとんぬらが保証しよう。

 

「それにその護衛の少なさはなんだ? 『ベルゼルグ』にはそこまで金がないのか? 筋肉だけではなく、もう少し金を稼ぐ頭も鍛えた方がいいぞ!」

 

 小馬鹿にするように笑うレヴィ王子に同調するよう率いていた家臣団もどこかこちらを見下したような視線を向けて笑い声をあげる。

 初対面の、それも友好的な同盟国の使者相手をさらし者にしようなど随分な対応。これはクレアが過保護に懸念していたのもあながち冗談ではなかったようである。

 それで肝心の“第一王女”の婚約者である、レヴィ第一王子は世間知らずの坊ちゃんというのが第一印象。海千山千の貴族連中と比すれば経験不足も良いところだ。

 ――悪役にもなり切れていないところが特に。

 

 さて、いつまでもやられっ放しなのは趣味ではないし、こちらも一国の代表として毅然とした態度を取らなければならない。

 

「レヴィ王子、お戯れはその辺に。我が『ベルゼルグ』王家が認める冒険者ミツルギへ、その魔剣をお返しくださいませんか? “身に合わぬ装備はその身を滅ぼす”ことになりましょうから」

 

 ふざけるのはそこまで。少女らしい感情を露にする素振りを見せず、凛とした口調で言う。一瞬、『エルロード』の一団は“思っていたのと違う”と当惑の色を顔に浮かばせて、けど、すぐにその当惑も居丈高な表情に塗り潰された。

 

「王族である俺に魔剣は扱えぬ、不相応だと言いたいのか?」

 

「『グラム』は、選ばれし勇者にしか使えぬ神器です。その者の縁者でなければ真に力を発揮することは叶いません。失礼ですが、レヴィ王子には、魔剣を振るうことも満足にできないかと」

 

 指摘すれば、レヴィ王子はその手に掴んだ魔剣の“重い”感触を確かめ、苦虫を潰したような表情に。この動かぬ、王族にも動かせぬ証拠に後ろでもミツルギの取り巻き2人がクスリと小さな嘲笑を零す。それが見えて、レヴィ王子は不機嫌そうに忌々しげな顔をして……けれど、それでも、まだ王子は引き下がろうとはしなかった。

 

「しかし、今、俺が()った魔剣は、そこの田舎勇者には装備することもできないぞ」

 

 王子が側近のひとりにその重たい剣を預けさせて、こちらへ送り届けさせる。それを受け取ろうとしたミツルギだったが、柄に伸ばした手が金縛りにあったように固まってしまう。

 

「うぐっ!? これは一体……」

「どうしたのキョウヤ?」

「剣を取ろうとすると力が――っ!?」

 

 どうにか痙攣して震える腕を伸ばし魔剣『グラム』を取るも、途端に手から握力がなくなり、落としてしまう。

 

「あーっはっはっは! どうした? 神器は選ばれた勇者にしか装備できないんじゃないのか!」

 

 何度も魔剣を拾うおうとして失敗するミツルギを、面白おかしく、隠すことなく腹を抱えて爆笑するレヴィ王子。

 

「レヴィ王子、これは一体……?」

 

「さっきの特技(スキル)は、『エルロード』王族に代々伝わるものだ。“相手から物品を強奪し、同時にその物品を所有できなくさせる呪いを掛ける”。……ま、カジノの支払いを渋るヤツにかけるものだが」

 

 ――つまり、俺が“返す”と認めてやらない限りは、そこの田舎勇者は魔剣を持つことすらもできん。

 

「ちょっとアンタいい加減にしなさい! いくら王子だからってやって良い事と悪いことがあるわよ!」

「そうよ! キョウヤにかけた呪いを解きなさいバカ王子! さもないと……!」

 

 ついにフィオとクレメアが爆発した。今にもレヴィ王子へ飛び掛からんばかりに怒っている。確かに、これは外交の駆け引きとしては行き過ぎている。

 

「さもないと、なんだ? 田舎者風情がこの俺に……」

「――レヴィ王子、浅慮にも魔王軍との戦争に貢献する我が国の勇者からその神器(ちから)を奪おうというのなら、それは人類に仇なしているのと同義に取られても仕方のないことですよ。きっと『ベルゼルグ』だけに限らず、他国も同様にそう取ってもおかしくはありません」

 

 窘めるように説いたこの言葉に、王子それに家臣団も明らかに怯んだ様子を見せた。

 魔剣使いの勇者は、『ベルゼルグ』以外の、周辺の国々にも有名だ。そこから何の罪もなく剣を奪い取ったような真似をするのなら、人類に小さくない損害をもたらすのと同じことで、アイリス()の言うように“『エルロード』は魔王軍に与してる”と誹られてもおかしくはない。

 あまりおふざけが過ぎると物笑いの種は国を滅ぼす騒乱の種になる。

 家臣団からも諫めるよう進言されたレヴィ王子は、ミツルギにかけた呪いを解くことにいなるだろう……けど、そう素直に矛を収めようとはしなかった。

 

「だが、今そこの女がこの俺を“バカ王子”と呼び捨てたぞ。それを等閑にしてもいいのか」

 

「謝罪を要求しているのですか?」

 

「王族を愚弄したのだぞ、ただの詫びですむはずがあるまい。ふん、そうだな……」

 

 次の瞬間、王子の顔には、“面白い事を思いついた”とでも言いたげな、どこか嗜虐的な表情が浮かぶ。

 

「地面に頭をこすりつけるくらいのことはしてもらおうか。それとも三度回ってワンとでも吼えるか? そこまですれば、先の暴言を水に流し、呪いを解いてやっても良いぞ」

 

 

 その言葉を聞き、アイリス()は知らず顔を顰めた。位が高いほどそのプライドもめんどうくさいくらいに高くなるのが世の常であるが、これは座視しえるものではなかった。

 だが、こちらが口舌でもっていかに愚かであるかを悟らせる前に、別の人間に割って入られた。大事な魔剣を奪られ、暴言を吐いたパーティのリーダーであるミツルギだ。

 

「パーティのリーダーは僕です。僕が頭を下げれば、この場を治めてくれるのですか」

 

「もちろんだ。謝罪を受ければそれを許すくらいの寛容さを俺は持ち合わせている」

 

「……わかりました」

『キョウヤ!?』

 

 そういうと、我が国の勇者候補はゆっくりと跪く。その動作が鈍いのは、きっと歯がゆさがあるからか。

 アイリス()は咄嗟に止めようとしたのだが、ミツルギは頭を振って答えた。

 

「これ以上、アイリス様にご迷惑を、おかけするわけにはいきません」

 

 そう言うや、真面目過ぎる、魔剣を奪われた魔剣使いの勇者は頭を垂れた。深く、深く。けして地面に付けはしなかったけれど、傍目にはほとんどわからないほどに深く……

 

 

 周囲の者たち……フィオやクレメア、それに『エルロード』の家臣団までも、どこか痛ましげにその光景を見やっている。

 後味が悪いが、これで終わりか。この場にいるほとんどの人間がそう考えたに違いない。

 だからこそ――

 

「どうした、次だ。ワンと吼えてみせよ――きっちり三度回ってな」

 

 この従順な態度にさらに調子に乗ったレヴィ王子がそう催促した時――咄嗟にその前に立てたのは己だけであった。

 

 取り巻きが激昂するより早く。

 家臣団が血相変えるより早く。

 

「王族である私が彼らの雇い主であります。ならば、ミツルギ様に倣って私も上の者として謝罪が通るのが筋でございますね」

 

 アイリス()はさっさとレヴィ王子の前に進み出て、ミツルギの隣に並んだ。

 

「アイリス様……」

 

 事態が掴めず、戸惑ったような声を向けてくる坊ちゃん勇者に、ぱちりと右目を閉じてみせる。

 そして、周りが何か言うよりも早く、くるりとその場で回ってみせた。

 

 アイドルの経験がこんなところで活きようとは……

 

 一周目は、見せつけるようにゆっくりと。

 二周目は、金色の髪、それにふわりとスカートが靡くくらいの速さに。

 三周目は、クルッと跳んで回って着地と同時に、面差しを伏せ、頭を垂れる。

 

 あたりがしんと静まりかえる。

 “何が起こったのか”と狐につままれたような顔をする、もしくは、その綺羅らかな舞踏に目を奪われる人々。

 その中には調子づいた要求をした第一王子も含まれていた。アイリス()の行動に理解が追い付かなかったのだろう。またはスカートの中が見えるか見えないかのチラリズムに気を取られたのか。その手は所在無さげに宙を漂い、表情も戸惑いを露わにしてる若造は、今の跳躍でさらにまた一歩分、間合いを詰めていたことに気づいておらず。

 

 

「――わんっっっ!!!!」

 

 

 その眼前に叩きつけるように、可憐なお姫様の口から苛烈な一声を浴びせられた。

 

「ヒッ!?」

 

 悲鳴じみた叫びと共に、眼前の王子が地面に腰抜かして崩れ落ちる。それを前にして構わず、ぺこりと一例。

 

「ごめんなさいでした」

 

 すまんな。猫の鳴き真似(ニャン)ならとにかく、犬の鳴き真似(ワン)は練習不足で加減がわからなかった。

 

 

「ぷっ――」

 

 直後、その場に広まった笑いは事態を把握した嘲笑ではなく、地面に尻餅をついた王子の格好が、ただ単純におかしかったのだろう。

 だが、どんな事情があるにしても、笑いを向けられた当の本人にとっては関係のない事。

 また、『エルロード』のレヴィ第一王子は、負けず嫌いな性格をしている。

 

「貴様ッ! ふざけた真似をッ!」

 

「さて、私はそちらの流儀に合わせた謝罪をしただけですが、何がお気に召さなかったのでしょう。ワンと吼えれば許してもらえるのではないのですか?」

 

「うるさいッ! この俺に恥をかかせてくれおって!」

 

 挑発し、悪印象を与えて怒らせるはずだったのに、その立場がいつのまにやら逆転している。思うようにいかない憤りもあって癇癪を起こす王子、それを家臣たちは諫めようとするのだが、止まらない。

 

「恥をかかせるつもりはなかったのですけど」

 

 調子に乗った小物にお灸を据えてやろうとは思ったが。

 

「そのよくさえずる口、すぐに封じてやる! 喰らえ!」

 

 レヴィ王子は指輪を嵌めた右掌を、アイリス()へ向けて、その空を掴みながら、怒鳴らんばかりの大声で唱えた。

 

 

「――『カースド・スティール』ッッ!!」

 

 

 視界を瞬く、強奪の光。

 それが止んだ時、アイリス()は――奪われていた。

 

「どうだ、これで俺の力を思い知っ……」

 

 成果を確認するレヴィ王子の手には、白と水色のストライプの縞パン――マジマジと広げてみると――『ステテコパンツ』、トランクスタイプの()()()下着がしっかりと握られていた。

 

「なんだこれはあああ!?!?」

 

 第一王女の持つ神器を奪ってやろうとしたが、掴み取ったのは、一枚の布切れ。

 そう、ぱんつだ。それも、少女趣味なのとは程遠い、男物だ。

 この異常事態に訳が分からず喚き叫ぶレヴィ王子へと、アイリス()は腰に付けた神器を見せつけながら、状況を推理する解説を始めた。

 

「このなんとかカリバーという我が『ベルゼルグ』の国宝は、所有者をあらゆる状態異常や呪いなどから守ってくれる神器です。あなたの『エルロード』に代々伝わる特技とやらも防いでみせたみたいですね」

 

 つまり、この『ステテコパンツ』は別の野郎のモノなのか……!

 レヴィ王子は、第一王女の近くにいたミツルギを見た。ミツルギは反射的に首を横に振る。ならば、家臣団を見る。皆揃って首を横に振る。誰だ、このぱんつは誰にものだ。

 警備兵もいるが……いや、何にしてもスカを掴まされたことに変わりない。くそっ!

 

「では、返してもらえますか?」

 

「ちっ……わかった。“魔剣使いの勇者に魔剣を返すと認める”!」

 

 第一王女に催促される。強奪失敗に最初は驚かされたが、すぐに興が削がれた。客観的に自分がいかに子供だったのかを知れたレヴィ王子は舌打ちしながら、パチンと指を鳴らして、呪いを解いてみせた。すぐミツルギが魔剣『グラム』を手に取ってみせ、解呪の確認をする。

 けど、そんなことで苛立ちを消化できるわけもなく、レヴィ王子は『ステテコパンツ』を地面に投げ捨てて、配下に命じ、

 

「燃やせ。誰のものかは知らんがこの俺に恥をかかせた罰だ」

 

「は、はっ! 『ファイアボール』!」

 

 この腹立たしさを八つ当たりするかのように、所有者不明のぱんつを燃やした。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 ――俺の妹(アイリス)に婚約者がいた。

 ――隣国に支援を要請するためにその婚約者に会いに行く。

 

 まず聞かされたこの情報だけで、吃驚仰天ニュースだった。

 ダクネスと並ぶ大貴族の令嬢クレアから『貴殿を見込んで頼みがある。アイリス様を奪還してほしい!』と事情を書き記した手紙(婚約者の王子暗殺用の劇薬が同梱されていたがそれはゴミ箱に投げ捨てた)にさっそく出立の準備を固めて――

 そこからさらに入った新情報に状況はさらに摩訶不思議な域に達していると知る。

 

 ――実はとんぬらが、アイリスの影武者をしていた。

 ――予定が早まりそのまま隣国への外交へ行ってしまった。

 

 めぐみん、それからアイリス当人の口から語られたその報せにはもうダクネスが目を回して卒倒したくらいだった。

 カズマもこれに“どこぞの馬の骨にアイリスを嫁入りすることは避けられた”と安堵はするが、放っては置けない。もし影武者が見も知らぬ誰かであったのなら、そのままお幸せにと祈っていたかもしれないが、第一王女を演じているのは多大な恩やら借りがあるとんぬらである。

 事を大事にしないよう今から『エルロード』へ向かい、アイリスが影武者(とんぬら)と入れ替わる。第一王女が入れ替わっていたことにダクネスは驚きが隠せぬようだったが、アイリスからの嘆願もあってその事には口を固く噤むと誓い、また事態を元に戻すために全力を尽くすと話に乗った(アクアはカジノ大国に行ってみたい、と呑気に旅行気分)。

 

 そうして、急いで身支度をすませて、ちょむすけとゼル帝をウィズに預かってもらってから、転送屋を頼って王都へ向かう。

 めぐみん曰く、ゆんゆんが移動手段を用意していると言っていたが、豹モンスター(ゲレゲレ)を繋いだ馬車だろうかと思っていた元日本人のカズマの予想を大きく裏切るものがあった。

 

 え、これって、車か……!?

 前輪二つに後輪一つと変わった形状の車体だが、エンジンノズルっぽいのもあるし、ハンドルの付いた運転席まであった。

 ゆんゆん曰く、これは『超激突マシン』。とんぬらとクリスと一緒にある遺跡発掘クエストで発見して、それを紅魔の里の発明家ひょいざぶろーととんぬらが設計図を見ながら修理して動かせるようにしたそうだ。どんだけとんでもないんだよ紅魔族! 火薬を考案したカズマの言うことじゃないが、こんなオーバーテクノロジーを造っちゃうとか。

 機動要塞『デストロイヤー』にも用いたられた技術が利用され、その移動速度はリザードランナーよりも速く、『コロナタイト』の代わりとなる燃料の『マグマ電池』がある限り爆走し続ける。

 で、まだ生産体制は整っていない一台だけのオリジナル試作車だが、そこはゆんゆんの“次期族長”の権限でもって(もしくは荒ぶる乙女心)出し渋ったひょいざぶろーをウンと頷かせ、ここへ『テレポート』で持って来た。

 

 

「皆さん乗りましたね! じゃあ行きますよ!」

 

 待っていてはくれたけど、今か今かと発進させるのを、目を真っ赤にさせて我慢していたゆんゆんがアクセルを踏む。思いっきり。車体を修理する際に登場人数を増やそうと馬車サイズに拡張改修されていた『超激突マシン』はワゴン車のようだったけど、その推進力はF1マシン並みのロケットエンジンを積んでいる。

 

「ゆ、ゆんゆん! もっとスピードを遅く、遅くはできないのですか!? 事故にあったら即死レベルですよこれ!」

「ぐぅ! なんて速さだ、体が椅子に抑えつけられるこの感覚……! 悪くないぞ!」

 

 一気に景色が線になって見えるほどの超加速。目が慣れるまでめぐみんやダクネスら異世界の住人が軽くパニくっていた。カズマもシートベルトのありがたみがよくわかった。アクアはなんか酔っていた。前の方、ハンドルを握るゆんゆんと隣の助手席に座っていたアイリスは、『この世に竜車よりもずっと速い乗り物があったなんて!』と興奮に目を輝かせていたのが救いだった。

 

「なあ、目の前の街道に何かモンスターの大群がいないか? このまま一直線で突き進んだら、衝突する……」

「大丈夫です! このまま行きます!」

 

 ハンドルを握っているのは、ヒロイン役に抜擢された婚約者(パートナー)が心配で心配でしょうがない少女。踏みっぱなしのアクセルから足を離す気配がない。

 

「待て待て! こんな速度でモンスターにぶつかったら俺たち全員グシャッとお陀仏する……」

「大丈夫です!」

 

 制止を聞かず、爆走する『超激突マシン』は、立ち塞がっていた巨大な牛型モンスターを撥ね飛ばした。

 この車体には紅魔族が張った超強力な結界が張られてあって、障害物は逆に吹っ飛ばされるのだそうだ。

 そういえば、前のバンパーにトゲトゲとしたスパイクがついてあったけどあれは単なる装飾じゃなくて、実用性も加味してのものだったのか……

 

「今、とんぬらが凄くピンチに陥った予感がしたんです! 止まってなんかいられません!」

 

 前を阻む障害を一切鏖殺する暴走車のハンドル握るのは、虫の予感に火が点き絶賛乙女心暴走中のゆんゆん。これ、もうちょっとした『デストロイヤー』だ。隣国は緊急避難警報を鳴らした方がいい。

 

(ダメだ、免許なんてものがないこの異世界じゃ安全運転なんて期待できねぇ!)

 

 

 ♢♢♢

 

 

「――何事ですかこれは?」

 

 ぱんつが燃やされたその時に、男は城から悠然と歩いて現れた。

 目鼻立ちは普通でこれといった特徴がないけれど、着ている装衣の細やかに凝らした意匠やその王子以上の貫録を漂わせる立ち振る舞いから、その正体をアイリス()は察した。

 

「宰相殿! いや、これは……」

 

 家臣のひとりの言葉により、その推測は確定へと変わる。

 あれがこの『エルロード」を牛耳る宰相か。鼻腔を擽るこの気配にわずかに目を細める。王子を除き家臣団の全員が畏まる中、アイリス()は同盟国の王女として、宰相へと社交辞令の挨拶をする。

 

「初めまして。私は『ベルゼルグ』の第一王女、アイリスと申します。お目にかかれて光栄です」

 

「これはこれは、噂に聞く『ベルゼルグ』の一族とは思えないほど可愛らしいお姫様だ。私は宰相を務めているラグクラフトと申します、よろしくお願いいたします」

 

 主導権が、王族であるレヴィ王子よりラグクラフト宰相に移る。場の空気も、家臣団が向けてる意識()も王子ではなく、宰相。この反応から、王子がお飾りであるのが本当であることがよくわかった。

 そして、それは当人も感じているのだろう。面白くなさそうに唇を尖らせたレヴィ王子が、慇懃な礼をするラグクラフト宰相を遮って言った。

 

「気分が悪くなった。今日の歓待は中止だ。中止にしろ」

 

 なんて子供な意見だが、相手は王子だ。

 

「それに外交なんてするまでもなく、答えは最初から決まっているんだ」

 

 この発言、薄々と歓迎の仕方から察してはいたが、『エルロード』に支援する気はないみたいだ。

 

「レヴィ王子、支援を頂けずに我が国が負けて魔王領になれば、次はこの国が狙われるんですよ?」

 

「その事ならお前が心配する必要はない。俺にはすでに考えがあるのだ。というか、今後我が国は魔王軍に対して敵対するつもりはない。なので、防衛費の支援以外の協力を要請されても困るからな」

 

「それは、どういうことですか? それでは我が国との同盟はどうなるのですか?」

 

「こちらにも事情があるのだ。同盟については続けても良いが、魔王軍を刺激したくないという事だな。ああ、それと今回の件に伴ってお前との婚約も破棄でいい。そもそも親が勝手に決めた話だしな。野蛮な『ベルゼルグ』の姫との結婚など、俺は最初から嫌だったのだ。男より強い娘と聞いて結婚ができるか」

 

 と言い捨て、王子は一人勝手に城内に帰ってしまう。案内されることなく放置されたアイリス()は、この場において最も偉い宰相へと丁寧にお辞儀をして、

 

「ではまた明日に日を改めてお伺いします」

 

 今日のところは顔合わせ、と。

 この無礼な門前払いを受け入れることにする。でも、まだ外交は終わらせる気はないのだと言に含めて。

 これに、宰相は尊大そうに問うた。

 

「ああなった王子は頑固です。それでもまだ、諦めるおつもりはございませんか」

 

「はい。まだ一日です。私達は支援を頂けるまで、いつまででも伺います」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 王子が機嫌悪く拗ねてこちらも助かった。

 

 実はさっきからずっと下半身が大変だった。

 “神器の鞘は害を為すあらゆる魔法効果を撥ね退ける”とそれっぽく説明したけれど、神器は選ばれた所有者が装備しなければ真価を発揮できない。

 つまり、ちゃんとレヴィ王子は、アイリス王女()の大事なぱんつ(もの)を盗んでいた。

 あの『ステテコパンツ』は、とんぬらのである。いくら変装に気合いを入れていたって、目に見えない下着までは譲れなかった。

 そして、職種が変わっても変わらない運ステータスの低さに、とんぬらはあの手のギャンブルなスキルにとても弱い。まさにクリティカルなものを盗られた。

 旅は人を開放的にするというが、スースーしていた。スカートだからなおさらスースーしていた。おかげでさっきから内心落ち着かなかった。きっとミニスカノーパンで国務に望んだ人間は歴史上自分だけだと思う。

 

(門前払いだが得られるものは得られた。だから、早く宿に戻って、下着(ぱんつ)を――いや、これって呪われてるから穿けない? いや待て。さっき俺の下着、返される前に燃やされちゃったし。こういう場合ってどうなるんだ? 呪いも消えちゃっててくれるのかー!)

 

 大きく足を上げて走るなんてはしたない真似はしなかったが、競歩並みの早足で、ミツルギらを軽く置いてけぼりにして宿へと帰還し…………アイリス(とんぬら)は自室に引き籠った。

 

 

「ああ、ダメだ……こんなんじゃ、ゆんゆんに告白するどころか合わせる顔もない……!」

 

 “せめてあの呪いの源と思われる指輪をブチ壊すまでは『ベルゼルグ』に帰れない!”……ととんぬらが不退転の覚悟を心に決めるまでの一時(およそ二時間)後に、本物の王女御一行が『エルロード』に到着する。

 

 

 参考ネタ解説。

 

 

 ステテコパンツ:ドラクエに登場する防具。白と水色のストライプ柄の木綿性男性下着。通気性があって蒸れない。男性限定装備。これを使った『ステテコダンス』なる一ターン休み系の特技もある。

 

 カースド・スティール:このすばゲーム、『この欲深いゲームに審判を!』に登場する指輪を参照。エルロード王族代々のスキル云々の設定は王子のウソ。多少仕様は変更しているが、その嗜好はほぼ同じで、カズマ・スティールと同様に女性(と見える)対象ではパンツを狙う。そして、盗まれた相手には同時に呪いがかかり、盗まれた装備箇所を所有(装備)できなくなってしまう。その呪いも女神アクアでも解けないくらいに強力。術者(王子)に“返し”てもらい呪いを解くか、その指輪そのものを壊さないと、手に取ることすらもできない。

 つまり、盗まれたパンツを燃やされたとんぬらは指輪がある限り、パンツが穿けなくなった。ドラクエⅪの縛りプレイ、主人公に掛けられた“恥ずかしい呪い”が常時発動しているような状態に。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。