この素晴らしい願い事に奇跡を!   作:赤福餅

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98話

 ――エルロード外交対策会議。

 

 宿の広間を貸し切って催されたこの場には、カズマ、アクア、めぐみん、ダクネス、ゆんゆん、そして、本物の第一王女アイリスと、元の姿に――きっちりズボンを穿いて――戻ってるとんぬらが席についていた。外国にも顔が売れているミツルギのパーティは、会議の前に別の仕事を任されたためにここにはいない。すでに『エルロード』の王都を竜車で発っているだろう。

 

「ここにいる全員は、ややこしい事情を知っているものとして作戦会議を始めさせてもらいます……」

 

 瞳の輝きが何だか暗い……さっきから定位置な隣の席に着いたゆんゆん(パートナー)から若干距離を取り、顔を反対に背けているとんぬらが、司会を務める。

 

 アクアは酔い潰れて、めぐみんはウルッと涙目で、ダクネスは恍惚と頬を赤らめ、アイリスがきゃいきゃいはしゃいだあの超特急の暴走車、カズマも絶叫マシンにダウンしかけながらも急いだ結果、合流できた。

 

『こっちにとんぬらがいます!』

 

 と影武者な第一王女の現在位置を正確に割り当てたのは、ゆんゆん。何でもエリス様が結んでくれた“赤い糸”のおかげで、強く念じればどこにいるのかがなんとなくわかるのだそうだ。それだけでなく、(パス)を通して拍動も伝わってくるので、その心拍数の高鳴り具合でとんぬらの現状を測れてしまうという。

 

『ゆ、ゆんゆん!? なんで『エルロード』に!?』

 

 つまるところ、とんぬらに逃げ場はなくて、気分一新と精神統一に篭っていた自室を出たとんぬらは、ちょうど宿屋に駆け込んできたゆんゆんを見て、Uターンで踵を返す。

 それで、ゆんゆんと、再び自室に引き籠ったとんぬらとドタバタ騒ぎになって『アクセル』のエースが途中退場したのだが、念のためにアイリスが変装していたのでややこしいことにはならず、カズマ御一行は“外交が一筋縄ではいかないと見越し、応援として派遣された”と説明し、ミツルギ御一行に納得してもらった。

 

『とんぬら! どうしたの、鍵を開けてよとんぬら!』

『ダメだ! 俺はゆんゆんに会わす顔がない……! 今の……変態師匠と変わらないくらいに汚れちまった俺は、もう……』

『何があったのよ! 教えてとんぬら! 何があったって私は受け入れるから! とんぬらの味方だから!』

『………』

『『アンロック』』

『『風花雪月』! ――頼む、ゆんゆんは帰ってくれ!』

『わかったわ。こうなったら私だって手段を選んでられないわ! こんな板一枚で阻もうなんて思わないで!』

『ちょ、ま――』

『『ライト・オブ・セイバー』!』

 

 で、今、ひとまず落ち着いた(氷漬けに固めた部屋の扉をゆんゆんにぶった切られてとんぬらが立て籠もるのを観念した)ところで、お互いに情報交換……主にアイリス(とんぬら)が行った初日の外交についての議題で話し合うことになっている。

 

「まず、初日の外交は失敗に終わりました。支援の要請は叶わず、門前払いを食らってしまいました。申し訳ありません」

 

「いや、とんぬらはよくやった。ミツルギらから経緯は聞いたが、レヴィ王子のワガママにうまく対処してくれたと思う」

 

 頭を下げるとんぬらに、ダクネスが慰めでもなく本心から励ました。

 挨拶もなく強奪してくるような小生意気な小僧を軽くあしらってみせたのだ。カズマも、それにやたらとんぬらに厳しいめぐみんもそのことについて批難はしない。

 

「それで、また翌日に歓迎会は仕切り直して行われることになったのだが……許嫁な王子より三行半を叩きつけられてしまってな。姫さんの婚約が破棄された」

 

「まあ! それはよくやってくれました!」

「よくやったとんぬら! 今回の外交で最高の成果だ!」

 

 これには、アイリスと一緒にカズマも立ち上がってスタンディングオベーションだ。これでもうカズマとしては今回の外交の目的はほぼ果たしたものと見てもいいくらい。

 貴族のダクネスが反応に困る表情で、気を取り直すように、コホン、と咳払いをしてから話を現実に戻させる。

 

「つ、つまり! アイリス様が許嫁という立場を使えなくなった今、外交での交渉は不利になったという事だな」

 

「はい。ですが、この『ベルゼルグ』と距離を取ろうとする『エルロード』の様子より一つの推測がより強まりました」

 

 そう言って、とんぬらは剃刀のように薄く、鋭い笑みを唇の端にひらめかせた。

 

「つきましては、それを確認するために明日……」

 

 ととんぬらが主導で議題を煮詰めていき――

 

 ………

 ………

 ………

 

「というわけで、各々の役割りを果たして明日の歓迎会に望みましょう」

 

 情報交換及び戦略会議が終わった。ところで、皆、それぞれ宿を取った自室へと向かおうとしたところで、とんぬらがカズマを呼び止めた。

 

「兄ちゃん」

 

「うん? なんだ?」

 

 随分と長い間、座りっぱなしだったからかやや凝った腰を伸ばしながらカズマが反応。

 

「すまんが、まだちょっとここに残ってくれ。……相談したいことがある」

 

「外交や政治とかの話だったら、俺に訊かれても困るぞ。ダクネスとかアイリスに……」

 

「いや、これは厳密には外交に関わらないんだが……その、個人的な人生相談だ」

 

 言い難そうにながらも頼み込むとんぬら。これにまだ席を立たず椅子に腰かけたまま、床まで届かない足をぶらぶらとさせていためぐみんが、明後日の方向を向いたままで口を挟んだ。

 

「カズマに相談とは随分と思い切りましたねとんぬら。ですが、その男はあまり恋愛事に頼りになるとは思えませんよ」

 

「違う。この前めぐみんに話したのとは違う……ようで、掠ってるような……とにかく、状況を整理するためにも、俺の話を聞いて欲しい」

 

 言葉に惑う感じで歯がゆそうに仮面の下の口を動かす。

 とんぬらが頼み事とは珍しい。それも恋愛絡み……まあ、お相手は確定しているが、おそらく男同士でしか話し合えないことなんだろう。よし、ここは(夢限定で)経験豊富な年上らしく請け負ってやろう、とカズマはやや張り切った風に胸を叩いてみせる。

 

「そうか、とんぬら。この、大人な、俺が相談に応えてやろう!」

 

 が、これにめぐみんだけでなく、他の二人も反応した。

 

「ねぇ、めぐみんの言う通り、カズマに恋愛事を相談するのは止めなさい。女性経験がまったくないヘタレニートだから」

「そうだぞ、とんぬら。その選択は間違っている。肝心なところでヘタレる根性無しだからな。むしろカズマは反面教師にするべきだ」

 

 コイツら……!

 真剣に止めに来るアクアとダクネスにカチンとくるカズマ。わなわなと腕が震えるのだが、否定しづらくもあるので歯軋りさせつつ口は噤む。

 そこで、ストレートに喜色満面な言葉を投げるアイリス。

 

「もしかして、ゆんゆんさんとの結婚式のことですか! 成年になる十五歳に本格的なプロポーズをするのだと話に聞いておりましたが、そうなんですね! でしたら、私からご提案があるのですが」

「解散だ。解散。姫さんも、今は外交に集中しておけ」

 

 目を輝かせて興味津々なお姫様を強引に打ち切るとんぬら。やや頬と瞳を赤らめつつ野次馬たちの退場を促す。のだが、傍をついてはないものがひとり。

 

「……で、だ」

 

「うん、あのねとんぬら。アイリスちゃんから結婚式、特別に王都の大聖堂を貸し切ろうかって提案されてね!」

 

「ゆんゆん、お泊りの間にいったいどんなことを姫さんに話したのかはこの際もう訊かないが、会場探しは気が早いし、今は退室しててくれないか」

 

「でも、とんぬらの人生に関わる相談なんでしょ。だったら私も……」

 

 体の前に重ねられたパートナー(ゆんゆん)の手の平。それが、ぎゅっと拳の形に握られる。こういう、無意識でその感情を表に示してくる変化にまた、とんぬらは無性に頭を掻きたくなってくる。

 

「とんぬらが大変な目に遭ってるのがわかってるのに……どうして私に言ってくれないのよ……」

 

 少し俯いた顔は前髪の関係で目が見えないが、その普段より一段低い声より察するに、芒と仄かに瞳を赤らんでいることだろう。彼女がとてもとても不満なのが明らかな態度である。

 

「なんか最近、ひとりでクエストにもいきたがってたし……とんぬらは……私のこと、いらない、の……」

 

 語尾を吐息に溶かす彼女に、とんぬらは迷ってなどいられず俯いたその顔に手を添える。

 

「いるいらないの問題じゃない。答えなきゃ納得しないなら“必要不可欠”に決まってる」

 

 睫毛を伏せたままの顔と目を合わせるようゆんゆんの頬を優しく撫でた。それが自分の気持ちだ、というように。

 参った。だけど、ゆんゆんには絶対にいてもらいたくない。

 仕方ない。幻滅されることを覚悟に決めると、とんぬらは真顔を作って言う。

 

「ただな、ゆんゆん……兄ちゃんに聞いてほしい話というのは、ものすごく卑猥なものなんだ」

 

 ピタッと気持ちよさげにほおずりしていたところを機能停止するゆんゆん。すまん、セクハラなことを言ってしまった。あとで頬をひっ叩いても良い。でも下半身に関わることだから嘘でもないんだ。

 とんぬらは心の中で謝りながら動きの止まったパートナーの身体を部屋から退場させ――ようとしたのだが、押し出そうとする手を、ガッチリとゆんゆんに掴まれた。

 

「ぜ、是非! 勉強させてもらうわ!」

 

 ふんすと鼻を鳴らすゆんゆん。とんぬらは目眩がしてきた。昔から普段大人しめな分を溜め込んでいるかのように爆発力が凄まじかったが、どこまで覚悟が突き抜けているんだと。

 とても意欲的、いや貪欲的とも言えるくらい前のめりな姿勢で握手されたとんぬらは、悟り切ったような遠い目をして、

 

「めぐみーん!」

「はいはい。面倒ですが、色惚け娘を回収してあげます。ほら、行きますよゆんゆん。まったく、いつからぼっちなだけじゃなくてえっち娘になったんです」

「え、えっちじゃないわよめぐみん! 私はただとんぬらのことなら何でも頑張りたいだけで……!? それにぼっちでもないから!」

 

 同郷の少女に一つ貸しを作って、パートナーを引き摺り回収してもらった。

 

 

 ♢♢♢

 

 

 『エルロード』のレヴィ王子の『カースド・スティール』――

 王子は『エルロード』に代々伝わる奥義だとか吹聴していたが、紅魔族にして魔道具屋のとんぬらの目利きからすれば、それは嵌めていた指輪の効果によるものが大きいとみている。

 そして、その効果は、ただ強奪するだけでなく、強奪されたものを装着できなくさせてしまう恐るべきスキル。

 とんぬらからなるべく感情を排した淡々とした声で説明されたカズマは頬を引き攣らせた。『スティール』の有用性を知るが故に、使いようによってはジャイアントキリングさえも可能な脅威である。現にとんぬらはその被害に遭っているのだ。

 カズマはごくりと固い唾を飲んでから、恐る恐る確認する。

 

「つまり……とんぬらは、ぱんつ、穿いてないのか?」

 

「ああ。パンツを穿こうとすると頭がポーッとして、気が付くと足元に落としている。何度やってもダメだ。一度も穿くことができないんだ……」

 

 なんて恐ろしいんだ!

 アイリスが来て、とんぬらは助かった。スカートではなく、ズボンが捌けるようになったのだから。だがそれでも、ノーパンだ。たかが布切れ一枚、されどこの布切れ一枚あるかないかで、世間の見方は変わる。

 

「ノーパンだなんて……今の俺は、変態師匠クラスの変態だ……」

 

「と、とんぬら……」

 

 自嘲するように乾いた笑いをするとんぬらに、カズマは何て声をかければいいか躊躇う。とにかく言えるのは、この波乱万丈な人生を往く男はまた、バニルにとって大変美味しい事態になっている。

 そういえば、ちょむすけとゼル帝を預けにウィズの店に行った時、未来も見通せる悪魔(バニル)が水晶玉の前で腹を抱えて悶え苦しんでいた記憶がある。あれは笑い死にしそうなくらいに抱腹絶倒していたんだな。

 

「しかも、ミツルギは魔剣を“返し”てもらったが、俺は返却されないまま焼却されたからな」

 

 しょうがない。あの場で、アイリス´に変化していたとんぬらが、“その男物のぱんつを自分のだから返してくれ”なんて言えるはずがない。そんなことしたら第一王女の株が大暴落だ。お姫様なイメージが木端微塵である。

 

「こうなれば、あの王子の指輪を無理やりにでも……最悪、指ごと潰してやろうかと考えていた」

 

 しかし、この強硬手段に及んだ場合、ほぼ確実に外交問題になるだろう。だけど、とんぬらはそれくらいに追い詰められていたのだ。

 カズマとしても、本人ではないにしても、アイリス´の姿をしたとんぬらへ躊躇なく強奪の呪いをかけてくれたバカ王子に腹が立つ思いがある。もしかすると、妹キャラ(アイリス)がぱんつを奪われ、ぱんつを穿けなくなってしまったかもしれないのだ。うん、やはり、婚約破棄して正解だ。

 

「でも、兄ちゃんが来てくれたわけだ。――頼む! どうかあの指輪を盗んでくれ!」

 

 拳をついて腕立てのように頭を机の上につけるように下げて頼み込むとんぬら。

 とんぬらには、一瞬で得物を奪い取る『窃盗』スキルはないし、目当てのモノを狙えるだけの運ステータスはないのだ。だが、カズマ……『銀髪盗賊団』、第一王女から指輪を盗み取った仮面の怪人ならば――

 

「とんぬら……お前の訴えはよくわかった」

 

 恩や借りが山と積まれている、この異世界に来てからとても助けられた相手だ。

 それに、今度こそアイリスのぱんつが狙われるかもしれない。ならば――

 

「ここがチャンスだと思った時に、盗めたら盗む。……でいいか?」

 

 国家レベルの問題になりかねないとなればやっぱり慎重を期してしまうのだ。義賊に扮して強硬手段はやれることをやってからだ。そんな兄貴分とすれば情けない回答であるが、とんぬらはそれで満足なのか、僅かに強張っていた肩の緊張を落として、息を吐く。

 

「ありがとう、兄ちゃん。面倒かもしれんが、頼んだ。もちろん俺もなるべく隙をつけるように働くつもりだ」

 

 そうして、一先ず話しがついたところで、ふと訊ねる。

 

「そういや、その……穿けなくなる呪いさ。試しにアクアに祓ってもらったらどうだ?」

 

 ………

 ………

 ………

 

「うーん、ダメねこれ」

 

 ダメだった。

 あまりこの“恥ずかしい呪い”を知られたくないと渋ったとんぬらを説得して、アクアを呼んでみたカズマだったが、失敗。

 カズマのこの思い付きは、とんぬらの方でも考えついていたようで、この結果を予想していた。

 

「どうしてだよアクア。自称女神のお前は、呪いならデュラハンの『死の宣告』でも解けるんじゃないのかよ」

 

「自称は余計よ。あのね、掛けられているのは厳密には呪いじゃないから。方向は最低だけど、この力は怨念とは異なる純粋な願いによるものなの」

 

「ああ、やはりそうですか……」

 

 だから、いつものように解呪はできないとのこと。

 察していたとんぬらであったが、頼みの綱がひとつダメだったことには落胆を禁じ得ずに深い溜息を吐いてしまう。そんなとんぬらを励ますようにアクアが、

 

「大丈夫よ、アクシズ教はノーパンが性癖でも受け入れるわ」

 

「あ、あはは……ありがとうございますアクア様」

 

 そんな慰めにもならないことを言うのであった。

 

 ………

 ………

 ………

 

「お、アクア」

 

 自室へと戻る途中、ちょうど廊下に出たダクネスにアクアがみつかった。

 

「さっきカズマに呼ばれたみたいだが、何だったんだ?」

 

「あー、それね、カズマじゃなくて、とんぬらのことなんだけど」

 

「とんぬらが?」

 

「うん、その……ここだけの話なんだけど、あの子、(呪いで)ぱんつを穿けなくなっちゃってね」

 

「ぱんつを穿かな……!? なっ、それは本当なのか!」

 

「本当よ。私も頑張って(解呪を)尽くしたんだけど、方向性は間違ってても純粋な想いだからどうしようもないわ」

 

 口元に手を当てて驚くダクネス。

 いやしかし。そのいつになく真剣な表情から察するに、珍しくもアクアは真面目に取り組んだようだ。それでもとんぬらは己の信念を曲げはしなかった。

 

(アクアとカズマが()()()尽くして説得しても、世間から間違っていても突き進むその想い! とんぬら……! ぱんつを穿かないスリルという新境地は、それほどに筆舌に尽くしがたいというのか!)

 

 わなわなと拳を震わせるダクネス。段々と頬が紅潮に色づいていく。

 

「でも、ノーパンでもアクシズ教はOKよって元気づけたから」

 

「そうか。うむ……理解者を得るのは難しいだろうが、それがとんぬらが選んだ修羅道(みち)なら……」

 

 一同志として、背中を押してはやれないが、止めはしない。

 そう、ダクネスは拳を固く握りしめながら頷いた。

 

 ………

 ………

 ………

 

「おや、ダクネス」

 

 少し気を静めるために冷水を飲みに降りたダクネスは戻ってきたときばったりとめぐみんに遭遇。

 ダクネスは目を瞑って少し考えたが、意を決して口を開いた。

 

「めぐみん、ここだけの話なんだが」

 

「何ですか、そんな急に真剣な顔で……」

 

「とんぬらのことだ」

 

 訝しむめぐみんに、言葉拙いことは重々承知しているダクネスだがそれでも懸命にこの想いを伝えようとした。

 

「とんぬらは、その……世間から見れば後ろ指を指されるアブノーマルな性癖なのだろうが、それでも己の信念を貫いた生き様なんだ」

 

「はあ……。よくわかりませんが、とんぬらが(猫耳フェチの)変態であるのなんて私だって知ってますよ。今に始まったことじゃありませんし」

 

「そうなのか。そうだな、お前達は付き合いが長いみたいだからそんなことも把握しているか。しかし、となるととんぬらは昔から……」

 

 ぶつぶつと考え込むダクネスに、めぐみんが首を傾げる。

 

「なあ、めぐみん、周りがどれだけ否定しようとも、お前はとんぬらを擁護してやってはくれないか」

 

「しませんよそんな。私も一度、あの男の趣味に走らされましたが(氏子の件)、あんな思いはもうごめんです」

 

「なっ、めぐみんも……!?」

 

「え? 何驚いてるんですか。あなたも(その場にいて)見たでしょう?」

 

「い、いや見てないぞ私はそんなの!?」

 

 必死に否定するダクネス。

 何か食い違いが生じていそうな気がしなくもないが、おそらくこれは自身を気遣ってのことなのだろうとめぐみんは考えた。あの羞恥プレイを……怠惰の女神を前に猫耳装備で対峙したときの事を見なかったことにしておいてくれているのだと。

 ひとまず、そう納得することにした。

 だから、次のダクネスの予想外の単語にこれまでの会話の成り立ちがちゃぶ台返しされたかのように引っ繰り返された。

 

「と、とにかく、とんぬらがノーパンに目覚めていても理解してやってほしいという事だ!」

 

「は…………は?」

 

「う、うむ。理解しがたいのはわかる。私もそれほどの域に自ら踏み込むことには躊躇するからな。しかし、それは純粋な想いなのだ。カズマやアクアがその先は修羅道なのだと言っても、ぱんつは穿かない……そう決めているんだとんぬらは。――だから、同郷のめぐみんは一理解者であってほしいというのが私のわがままだ」

 

 めぐみんは事情を承知しているものとみて、再度説得を試みるダクネス。

 立て板に水の如く、一息に自らの伝えたい言葉を言い切ったダクネスは、じゃ、とそのままめぐみんを置いて自室へと入っていった。

 

 ………

 ………

 ………

 

「はあああぁぁぁあああぁあああ――!?!?」

 

 5秒ほどフリーズしてから、めぐみんは胸の内でグルグルと渦巻いて抑え止められなくなった感情を一気に吐き出すように大声で喚いた。爆発した。

 この夜中に傍迷惑な奇声に、自室を飛び出してきたのは、めぐみんと付き合いの長い同郷の……

 

「ちょっとめぐみん! もう眠っている人もいるんだから大きな声で喚かないでよ」

 

「ゆ、ゆんゆん! 辛いでしょうが、聞いてください。とんぬらは、私達の想像をはるかに超える変態です。紅魔族随一のド変態だったんです」

 

「え?」

 

「実はとんぬら……――」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 とんぬらの部屋のドアに耳を寄せる。

 物音、なし。

 以前、とんぬらは言っていた。“兵は神速を貴ぶ”、と。

 ならば、思い立ったら即行動もまた戦術であるのだ。

 “めぐみんはああ言うけど、やっぱり自分の目で見て確かめないと信じられない……!”という想いを原動力に、彼の寝込みに忍び入る。

 

「(『アンロック』……)」

 

 すやすやと寝ているとんぬら。その寝顔を写真に撮りたいけど、我慢する。第一、魔道カメラは持ってきていないし、幼少期にサバイバルな修行をこなしているとんぬらは、野生の動物のように気配にとても敏感である。それも一度覚醒すれば、ゆいゆいさんに直接指導してもらった『スリープ』にも耐えれるくらいにメンタルが逆境慣れして屈強である。起こさないようにするのが肝心だというのがこの最近の命題だ。

 

「(『ティンダー』、『ウインド・ブレス』)」

 

 魔法による温風でもって室内の気温上げ。

 つまり、掛け布団を取り除いてもすぐには気づかれない。

 幸い、とんぬらはあまりきちんと布団を掛けない性質である。雪山の環境に慣れたせいか寒冷地仕様で、ちょっと暑いと布団を除けようとしてしまう。なのでそれを隣から見かける度に布団を掛け直したりしているのだけど。そんな無防備でヤンチャっぽい所も何だか愛おしくなってしまう自分はもう末期。

 

「(はっ! そう、とんぬらは暑がりだから、脱ぎたがりになってもおかしくないわ……! ――い、いや、まだちゃんと確認するまで結論を出すのには早いわよね)」

 

 ベッドサイドに立って、室温が少し上がるのを待ちながら彼を見下ろす。

 ……男の人って、どこが一番鈍感なのかな。

 アレを確かめる前に……ちょっとキスも、してみたい。

 なんとなく上半身は危険な気がする。それと問題の下半身は……

 

「(うん。よし)」

 

 室温も十分温まってきた。そこでいったん胸に手を当てて……

 

「すううぅぅぅ……」

 

 深呼吸。これからの慎重を要する作業を前に落ち着けるため。でも、息を吸うと一緒に胸の奥深くまで、匂いを吸い込んでしまう。かすかに蒸れてるとんぬらの匂いを。

 

(はっ! あるがままの匂いを嗅ぎ合うことが男女の仲を深める正しいやり方だって、いつもの本に書かれてた気がする。なら……――って、ダメダメ! 今はそうじゃなくて!)

 

 こうなると逆に気が落ち着かなくなってきてしまうので、深呼吸は中断して――そーっっっと、布団を除けていく。

 “失礼します”と心の中で唱える。……そういえば、男の人は朝、生理現象で、あそこが――

 

「(――ふわあああぁぁ……!?)」

 

 すごく、おっきぃ……。

 前にお風呂で触った時とは、また違う。天を衝く感じだから、角度が視覚にもたらす印象差というのはかなり大きい。

 ズボンを押し上げている、ありえないほどの隆起感。まさにドラゴラムってる。きちんと自分は受け入れられるかどうか不安になってくる。

 

「(……いいえ、ゆんゆん! とんぬらのドラゴラムを満足させてみせるのがドラゴンロードの務め! やれるか、じゃなくて、やるのよ!)」

 

 自分に言い聞かせるように鼓舞する

 それから、狭い所に閉じ込められて窮屈そうにしてるのを解放……そう、“私が助けてあげないと!”という、最初の決心と外れている気がしなくもないがそんな気持ちで、そんな大義名分を掲げて、とんぬらのズボンに指を掛けようと手を伸ばす――

 

 

「ゆんゆん、か」

 

 

 だが、地底深くに眠る裏ボスな地獄の帝王でも接触すれば起きるのだ。

 

「ん……と、ん? 何を、してるんだ?」

 

 心地よい微睡みより重たい瞼を開いていくとんぬら。

 まだ寝惚けているのか、もしくは家ではいつも一緒に寝ているせいか、寝起きにゆんゆんがすぐ傍についていても、大して慌てていない。

 でも、冷静になられたら……きっと説教される……!

 

 

「こうなったらもう……――えいっ!」

 

「ぐふっ!?」

 

 起き上がろうとしたところにカウンターを食らう格好で、飛びついてきたゆんゆんの身体ごとベッドに押し返された。

 

「ごめんなさいとんぬら! あの、その、つまずいちゃって……」

 

「えいって言わなかったか?」

 

「そ、それは吃驚して声が出ちゃったの」

 

「そうか」

 

 深く突っ込まないでおこう、ととんぬらは倒されたまま天井を仰ぐ。

 突拍子もなく気まぐれにじゃれついてくる猫ってこんな感じだな……と思いながら、膝にすりすり甘えるゆんゆんを撫でた。

 最初は喉元から顎裏を指でくすぐりながら上へ、そして、少し前髪をかき上げるように撫で梳く。軽く洗っただけのすっぴんは、ちょっとだらしない感じであるも、汚くはないし、隙を見せてるゆるゆる感というのがある。

 

「じゃあ、ここに侵入してきた理由はなんだ?」

 

 まだ完全に目覚めていないとはいえ、状況を整理できるくらいに思考を回しながら問いかけの言葉を絞り出す。

 

「ほーら、言わないとくすぐっちゃうぞー」

「あんっ」

 

 耳の後ろをこちょこちょすると、現在進行形でふくよかさを増している胸元がぽふぽふ動く。完全に覚醒していれば、とんぬらはその胸の感触にドギマギするだろうが、そんな反応をするにはあと5分の時間がかかるだろう。

 

「一週間も一緒に寝れてなかったから、その、寂しくなっちゃってっ!」

 

「本当か?」

 

「本当よ!」

 

「うん……じゃあ、それだけか?」

 

「うぅ……」

 

 解答を躊躇ったゆんゆんに、とんぬらはつんつんとほっぺをつついてみる。ジッとにらめっこをしていると、やがて観念したのか、ゆんゆんはか細い声で白状する。

 

「そのね……とんぬらが――」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 どうしてこうなった……!?

 

 めぐみんから明かされた情報に、とんぬらは一発で完全に目が覚めた。

 え? なんか俺、ノーパンでいるのが趣味・性癖な変態野郎だとか思われてるの? 一体どんな伝言ゲームを経てこうなっているんだ!?

 

(そもそも、アクア様には厳重に口止めをお願いしたはずなんだが……)

 

 まあ、いい。どうでもよくないが、誤解は解けばいいとして……

 

「でもね、とんぬらがノーパンでも大丈夫よ! うん、そうよ、なんなら私だってノーパンになってみせるんだから!」

 

 一人勝手に熱暴走を起こしているパートナーを宥めるとしよう。

 面倒臭い娘だが、その面倒臭いのもまたいいと思ってしまう自分は末期に違いない。

 

「待て待て。わかった、話すよ。ちゃんと説明するから」

 

 自らのスカートの内に入れようとしたゆんゆんの手を捕まえて、とんぬらは事情を話すことにした。

 人は自分よりもパニックになっている他人を見ると逆に冷静になってくるというが、とんぬらもまたゆんゆんの暴走っぷりを見てると、ノーパンで悩んでいるのがあほらしくなったのである。

 

 

「そう……とんぬらは、強奪の呪いを掛けられて、その穿けなくなったのね」

 

「厳密には悪霊の呪いではないのだが、そうだ。別にパンツを穿かないことに目覚めたわけじゃないからな。決して!」

 

「うん、わかったわとんぬら」

 

 いったい朝っぱらから何を下半身(ぱんつ)のことで熱く語ったんだろうか、ととんぬらは若干自己嫌悪しつつも、着替えのためにゆんゆんに退出を促す。

 

「じゃあ、ゆんゆん。部屋を出てくれ。着替えるから」

 

「待って、とんぬら」

 

 ゆんゆんは部屋を出て行かず、むしろとんぬらの手を捕まえて、

 

「その呪いって、とんぬらが自分でぱんつを穿けなくなったんであって、他の人に手伝ってもらえば穿くことはできるんじゃないかしら! ね!」

 

 どやっ! と解決策を述べた。

 “どう? いい考えでしょとんぬらっ!”と言いたいのが言葉にせずともわかる目の輝きように、とんぬら、朝日を浴びせられた吸血鬼のように立ち眩みを起こす。

 何だかんだでゆんゆんは、自身のことを真剣に考えてくれてる、どうにかしようと全力で取り込んでくれているのはわかるのだ。

 多少頓珍漢であっても、それを無碍に否定するような真似はどうにもとんぬらにはできない。

 

「あー……つまり、何だ、ゆんゆん」

「私がとんぬらにパンツを穿かせるわ!」

 

 でも、これは百歩譲っても余裕で断りたい。

 

「とんぬら、恥ずかしいのはわかるけど、穿くは一時の恥、穿かぬは一生の恥よ」

 

「ゆんゆん、どちらに転んでもこれは一生分の黒歴史になると思うぞ」

 

 バニルマネージャーに毎日悪感情を食べさせてほしいとプロポーズされるレベルだ。

 だが、一度こうだと決めたパートナーは頑固であり、説得するのは至難であって、それも言葉を間違えるとしばらく凹んでしまう。これは今後の外交戦略の成否にも関わる。

 

「な、なるべく見ないように頑張るから! だから、私に任せてとんぬら!」

 

「……はぁ、わかったわかった。じゃあ、お願いするよ」

 

 ぱぁぁぁ! と眩いオーラを前面に出して、溢れんばかりのやる気を見せるゆんゆんに、仕方なく千歩譲ろうと決めたとんぬら。完全に目が覚めているけど、まだ夢の中だという事にした。

 

 

 部屋の扉の鍵を掛け、それから念のために、ゆんゆんに『サイレント』で室外への防音処理をしてもらった。

 そして、とんぬらは、まずは自分でぱんつを穿こうとし……太股のところで脱力してしまう。

 

「くっ……! ダメだ、どうしても穿けない!」

 

「大丈夫よとんぬら!」

 

 膝まで落ちてしまったぱんつを後ろから支える手。ゆんゆんだ。背中に立ったゆんゆんがぱんつを掴まえた。

 

「私が、とんぬらにぱんつを穿かせてみせるんだから~~~っ!」

 

 あまり見ないように薄目で状況を視察しながら待機していたゆんゆんが、この一度はずり下がったぱんつを持ち上げる。ぱんつを穿けないとんぬらに代わって、とんぬらにぱんつを穿かせようとしてくれる――

 

 その時、“これはもう夢だ”と思い込もうとし、夢想の境地に入っていたとんぬらは、ふと思う。悟りを開いた。

 “女の子にぱんつを穿くのを手伝ってもらう”。

 文章にするとなんておかしな……いや、普通に状況は途轍もなくおかしい。混沌としている。傍から見れば変態(ゼスタ)師匠を変態師匠などと呼べないくらいに上級者なプレイをしていると思われてもどうしようもないと諦められる。

 

 でも、そこにあるのはひたむきな想いなのだ。

 最初、それに物凄く抵抗があった。でも、とんぬらは、このぱんつを――ではなく、自分を支えて尽してくれる彼女に、胸の奥から滾々とこみあげてくる。

 

 ああ、俺はつまらないことにこだわっていたな……

 

 あの王子は“自分よりも強い女性と結婚できるか”とほざいていたが、違う。そうだ、レベル差でどうとか小さいことにこだわってどうするんだとんぬらよ。

 そんなものよりも、この想いこそが大事だろうに。

 しばらく離れていたからこそ、わかるものもあった。王宮に出てくる料理はどれも高級高経験値だが、やっぱりとんぬらはゆんゆんのご飯がいい。ひとり勉学鍛錬に励むよりも一緒に冒険した方が断然楽しかった――

 ああ……。

 解放された――下半身が開放されているがそうではなく――気分だ。他人にぱんつを穿かせるなど普通は嫌がる仕事だろうに、文句ひとつ言わずに、自ら率先してやる。そんなゆんゆんに、とんぬらはとても…………うん、ちょっととんぬら自身の思考もおかしくなってるかもしれないのだが、今なら言えそうな気がするのだ。あの言葉を。

 いや、“言えそう”などではなく“言いたい”のだと衝動が胸を衝いているのだ。

 

「――やった! やったわ、とんぬら! ぱんつ、腰まで穿かせることができたわ!」

 

 達成感のある歓声がとんぬらを夢想の境地から現実に引き戻してくれた。腰にはしっかりを布一枚に覆われた感触がある。そして、背中には彼女がいる。

 こんな時に、こんな場面で、こんな下半身パンツ一枚の格好で、言うようなセリフじゃない。将来、子供たちにいったいどんなプロポーズだったのかと話して聞かす時に、”パンツを穿かせてもらった時に……”なんて説明ができるはずがない。そんなことはわかっている。だけど、どうしても言いたくなってしまったのだから仕方がない。

 

「ゆんゆん!」

 

「は、はいっ!」

 

 とんぬらは、背後へ振り返り、ゆんゆんのほっそりとした肩を掴まえ、真っ直ぐに見つめ合いながら、胸のつっかえが消えた――そう、羞恥も躊躇もなく、その想いの篭った言葉を今こそ告げる――!

 

 

「ゆんゆん……俺はお前を愛して、」

 

 

 ぱんっ! とその瞬間、因果律にも干渉するレベルの強制力が働き――……スースーした。

 時が停まったかのように、見つめ合ったまま固まるとんぬらとゆんゆん。両者はそのままゆっくりと合わさった視線の焦点を下へ――

 

 

 ♢♢♢

 

 

「め、めめめめめぐみんっっ!」

 

「どうしたんですか、とんぬらがノーパンだったんですか?」

 

「ドラゴンだったわ! とんぬらは、ものすっごくドラゴンだった!」

 

「はい? 何が言いたいのか意味が解りませんが、ゆんゆん、興奮し過ぎて鼻血が出ていますよ」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 『エルロード』のレヴィ第一王子は、機嫌がすこぶるよくなかった。

 今朝起きたらまた正体不明の男物のぱんつが握られていたのだ。

 “不良品を掴まされたな”……そう思い外そうとしたのだが、ガッチリ嵌ってしまったのかどうにも右手人差し指から外せない。

 

 おかげで、今日またもやってきた『ベルゼルグ』の第一王女と昨日とは全員様変わりした()人のお供らに開口一番棘のある文句をぶつけた。

 

「何だ、今日の護衛はパッとしないな。どいつもこいつもまだ若いし、仮面なんてヘンテコな奴もいる。昨日の魔剣使いの勇者の方がまだましじゃないのか」

「その喧嘩、買おうじゃないか」

 

 真っ先に反応したのは、目を紅く輝かせた黒髪の少女。一番幼く、同年代にも見える小娘が、大きく前に踏み出した。

 学習能力がないのか『ベルゼルグ』の連中は。

 昨日カッとなったお供のひとりの愚行を許してしまったというのに、今日もまた繰り返すとは。

 ――貴様、一体誰に向かって不遜な態度を取っている!

 と言ってやろうとしたのだが、控えている家臣団に同調する気配がない。

 どころか、その少女を見て血相を変えている――

 

 

「違うのです! レヴィ王子はそちらの国に詳しくなく、紅魔族の存在を知らなかったのです! 本気で喧嘩を売ろうとバカにしたわけでは……!」

「王子、ちゃんと相手を見てください! アレは紅魔族です、魔王ですら一目置いている厄介な連中です。あの連中にはシャレが通じないので迂闊な発言はやめてください!」

 

「わ、分かった、悪かった! 俺が悪かったから魔法を唱えるのは止めろ!」

 

 異を唱えるどころか、攻撃魔法の詠唱を唱えてきた。それも素人にもわかるほどの強大な魔力を放出させて。家臣たちが冗談で進言していないことはすぐに悟ったし、向こうの紅魔族の少女も冗談のつもりじゃないのが否が応でもわかった。

 

「今回は見逃しますが、次はありませんよ? 我が名はめぐみん。爆裂魔法を操り、魔王軍幹部を葬りし者。この私を怒らせない方がいい」

 

「わかっておりますめぐみん殿、今後このようなことが起こらないようにいたしますので!」

 

 ……だが、こう自分よりも小さい相手に、配下がペコペコと頭を下げるのは気分が良くない。交渉術としても威を示してやらないといけないのに、これでは向こうが調子付くではないか。

 

「よくわからないけど、ちゃんとごめんなさいが言えるのは良い事ね。パッとしない護衛って言われたときは聖なるグーを食らわせてあげようかと思ったけど私も許してあげるわね」

 

 このっ! 何たる口のききようだ! 王族に対して上から目線など無礼にもほどがあろう!

 だから、そいつに紅魔族で晴らせなかった鬱憤も八つ当たりにぶつけてやるつもりで、言ってやった。

 

「貴様、プリースト風情がこの俺に……」

「王子、王子、あれはアクシズ教です!」

 

 しかしそれも家臣に遮られた。

 

「王子もご在知でしょう! 安楽少女よりも厄介で、アンデッドよりもしぶといと言われるあのアクシズ教徒です! しかもあの蒼髪にあの格好、相当熱心な信者ですよ!」

 

 ヒッと思わず悲鳴が漏れてしまう。

 男殺しのオークに並ぶほどのこの世界で関わってはいけないアクシズ信者。その嘘か真かわからぬ話だが、その恐ろしさはこの『エルロード』にも聴こえている。

 

「ねぇ、アクシズ教徒を安楽少女やアンデッドの仲間みたいに言うのをやめてほしいんですけど! 謝って! ウチの子たちをモンスター扱いしたこと謝って!」

 

 そして、そのアクシズ教徒の隣にいる金髪の女騎士もただものではない。

 家臣団がこちらの質問に口早に唱えた名は、ダスティネス卿……『王家の盾』と呼ばれる一族で、代々強力な力を持つ騎士が多く、敵に回すのは得策ではない。

 

 ええい! これではこっちの気が収まらん。

 このままでは低姿勢で外交に望むことになろう。

 

(なら、この指輪の力で……!)

 

 魔剣使いの勇者からその神器『グラム』を取り上げてやったように、もう一度――そうだな、あの王族の面前に拝しながら顔を明かさぬその仮面を奪ってやろう。

 

「『カースド」

 

 ――スティール、と言い切ることはできなかった。

 レヴィ王子は、仮面の男へ向けた手を、引いたのだ。灼熱に炙られたと錯覚させるほどの激しい威が篭められた真紅の眼光に射抜かれて。広げた指が強張り震え、掌がびっしょりと汗を掻いていた。

 そう、仮面の奥の双眸が、紅く、光っていた。それも先の紅魔族の少女よりも勁烈に、まるでレヴィ王子個人に恨みでもあらんばかりにガン睨みをしている。

 

 ゴクリ、と固い唾を飲み込んだ。

 人の姿をしているのに、それ以上に大きな影を感じられてしまう仮面の男は何者か? と目で問えば、家臣は震える声で答えた。

 

「あの仮面に、紅魔族の瞳……! 間違いありません。『ベルゼルグ』の宮廷道化師です! 地獄の公爵をも倒したと噂される、竜殺しの勇者ミツルギと同等以上の実力者、その知勇兼備の有能さを称えて貴族相手でも無礼が許される、王族が一目置く存在。そして、紅魔族であり、あのアクシズ教の次期最高指導者であるとか……」

 

 おい! なんで紅魔族でアクシズ教なんて最悪極まっている危険人物を我が『エルロード』へ入国させたのだ!

 魔王軍でなくとも敬遠したくなるぞ!

 

()()()()()、レヴィ王子、本日の歓待の席を用意してくださり、ありがとうございます」

 

 あまりにインパクトの強いお供にレヴィ王子は、第一王女のその意味深な挨拶を聞き逃してしまった。




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