REBORN DIARIO 作:とうこ
夏休みに入りここ二週間は入江正一のマンションの前に張り付いていた紫乃。
この日沢田綱吉の家の方角から牛の子がジグザグ模様に火花を噴いて飛んでくるとマンションの一室に墜落した。入江正一の部屋だ。
爆発の音に気づいた入江正一らがランボを見つけて間もなく、電柱脇に潜んでいた紫乃の視界を、怪しい業者が木箱を持って横切り入江正一のマンションの方角へと消えていった。
【八月八日
10年前の入江正一がランボと接触した。
特に想定していたズレはないようだ。順調である。
……否、まだだ。どこで記憶とズレていくかは経過観察をやっていくしかない。
先日の橋の上の一件は、確かに私の落度だ。
本来ならまだ面識のない山本武と三浦ハルを会わせてしまった。当初の予定なら彼らは勉強会で顔合わせをする予定なのだ。私があの場にとどまった故に起きたズレならどうしよう。
怖くて、その場は逃げてしまった。
しかし、逃げてはダメなんだ。彼らを生かすには、ここが今から正念場だ。】
10年前の入江正一の行方を見届けた紫乃は、沢田綱吉の家から帰る途中、並盛川の河原を通った。
日もすっかり落ち、西の空にまだ僅かに滲んでいた。濃紺の空には一番星が輝いて見える頃に、紫乃はなんとなく河原に足を向けた。
いないだろうとは思っていたが、夜の陰影がゆっくりと落ち始める河原一帯に、男の姿を見つけた。まだ遠くからでもその顔を認識できる時間帯に河原で自主練をしていたその男を、紫乃はしばらくひっそりと見守った。
練習が落ち着き、バッドを下ろしたところに河川敷を見下ろす紫乃を見つけて、山本武が手を振り上げるのが見えた。
「伊波〜!」
どうして彼はこうも自分のことを見つけるのが得意なのだろうと、甚だ可笑しかった。ただのクラスメイトの紫乃をこうも付け回す男は、したたかでお人好しな性格なのだろうと思った。
河川敷にいる山本武とある程度の距離を置いたまま、紫乃は並盛川の水面まで響くよう少し声を張って言った。
「私の不安の種は、君が野球に打ち込めなくなることだ。私が今まで無作為に言い放った発言が、君を傷つけてしまったなら謝りたいと思う。だから……」
どうかもう私のことなんて忘れてしまってくれ、という願いで紫乃は深く頭を下げた。
自分の存在が、この世界を掻き乱すようなことがあってはならない、それを重々に承知していた。
河原の草むらの地を踏みしめる紫乃に、大きな影が被さる。気づくと山本武が目の前まで歩み寄っていた。
そして、紫乃にそれを差し出す。
「んっ」
「……何?」
目の前に飛び込んできた使い古しのグローブを見て、紫乃はジトリと山本武を睨み上げた。
「お詫びっつうんなら、相手してくれよ。そしたらお互いなあなあってことで」
そう言って、山本武はニカッと白い歯を見せた。
こんな腑抜けな相手に真面目になっていた自分が、なんだか馬鹿馬鹿しいと思えた。
グローブと山本武をそれぞれ一瞥して、水面に浮かぶ月が微笑む頃、紫乃は答えを出した。
「……やっぱり、君に許してもらわなくてもいい」
「んだよそれー」
二度目の誘いもあっさりフラれてしまった山本武だが、やはりそんなところが紫乃らしいと微笑むのであった。
「またな、伊波」
後ろから、その声に見送られた。どこまでも水面を伝って響き渡ってきそうなその別れ際の言葉を、紫乃は噛み締めた。
【情けない。
あの夜、山本武の胸に委ねるしかなかった。
私は、弱い。こんな自分が情けなくて仕方ない。
ギリギリまで思い詰めて、最後には彼を救えなかった。愛していた。裏切った今でも、その気持ちだけは本物だ。】