REBORN DIARIO   作:とうこ

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雪解け

 ボンゴレ達が帰った後、紫乃は夕暮れに染まる帰り道をトボトボと歩いていた。

 

 彼女を待ち伏せていたその人物は、そんな彼女の寂れた帰り道をおもむろに塞いだ。紫乃はゆっくりと視線を上げそいつの顔を睨みつけた。

 

 

 

 

「よお」

 

 紫乃に親しげに声をかけるのは、跳ね馬だった。部下は見当たらないが、近くで待機しているのか、特にドジを踏むようには見えなかった。

 紫乃と対面して、彼の方もようやく確信したようだ。キャバッローネ十代目としての普段の愛想のいい顔つきから、少しだけ身内に見せるような砕けた素の笑顔を紫乃に向けた。

 

「久しぶりだな。まさか日本まで逃げていたとは」

 

 紫乃は黙っていた。

 彼らを裏切った自分を、向こうがどう思っているのか、少し探りを入れてみたいと思った。長い年月はどれほどお互いを変えてしまったのか。深い溝の中を覗いてみる感覚だ。

 

「一言でも言ってくれたら嬉しかったぜ」

 

「……すまない」

 

「いいって、お前の気持ちもよくわかるよ。あんなことがあったんだ。今は伊波紫乃で、こっちで上手くやってんだろ」

 

 彼は昔の彼と何も変わらず、優しい言葉をかけてくれた。その言葉は紫乃を少しだけ安心させた。昔に比べれば背も伸び、紳士らしく落ち着いた物腰だった。きっとここ数年で女性の扱いにも慣れたはずだ。昔の彼なら、こんな風に気の利いた台詞を紫乃にかけられただろうか。

 

「ありがとう、ディーノ……」

 

「昔のよしみだ。つっても、今じゃもう昔の名残もねえが……」

 

 二人の間に長い沈黙が続く。

 久しぶりに会ったのに、ぎこちない空気は、溝が深まるばかりか、昔の面影も見当たらない。

 

 ディーノから少しずつ彼女の方に近づいていく。

 

「つーかよ、びっくりしたんだぜ。髪もバッサリ切っちまって、なんだよその伊達眼鏡! 一瞬誰だかわかんなかったぜ」

 

 昔は丁寧に手入れをして伸ばした艶やかな黒髪が肩を流れ、どんな男も魅了していた。でたらめに掛けたその眼鏡の下にも、今もその面影がある。ディーノは昔の彼女の長い髪が好きだった。

 彼は彼女の髪に不意に触れた。後頭部をさらりと撫でると指に絡まる彼女の短い髪……。もうそこに昔の面影はないのか。

 腰の辺りまで伸ばしていた髪を、屋敷の奥にある部屋の一室で、一人窓際の椅子に腰掛け、黙々と丹念に自身の絹糸のような髪を梳かしていた。

 彼と同じ髪飾りが、黒髪の束の隙間から垣間見えて、さらりと小柄な少女の肩を流れる。

 指先のひとつひとつにまで、彼女に魅了されていた。そんな光景がまるで昨日のことのようにディーノには思えたのに――……。

 

 目の前にいる彼女は、今の自分を見て何を思っているだろうか。昔に比べて二人の間にはどれほど距離ができただろう。ディーノは、言い知れない不安に駆られた。

 

「なあ……あの時はお互いファミリーのためだったかもしれないが、俺はずっとお前のことを……」

 

 つい口が滑った。

 それだけは、言ってはならないとわかっていたのに。

 

 

「ディーノ」

 

 それでも、抑えきれない衝動だった。

 

 

 

「私はもう、"伊波紫乃"でしか生きられないんだ。昔のことは、君とはもう一緒にはなれない」

 

 

 彼女の言葉は、やはり昔から変わらず自分よりもずっと大人びている。こんな会話は懐かしくて、悲しかった。

 わかっていた。わかっている。彼女の気持ちもその言葉の真意も、彼には痛いほどわかっていたんだ。けれど、気持ちはあの頃から変わらず彼女を求めている。

 

 

「わかってる。俺ももうガキじゃねえんだ。俺にもこれから食わせていくファミリーの奴らがいるし、昔のことにいつまでも縛られてなんかいたらキャバッローネのボスがなんてツラしてんだってな」

 

 彼も昔とは違う。今やイタリア本土で知らぬ者はいない、キャバッローネの島を持つ十代目なのだ。

 自分の立場を自覚するなら、潔く彼女を忘れるしかない。

 

 そしてディーノは、自身の思いを告げた。

 

 

「でもよ、お前一人の面倒くらい見られるぜ」

 

 気づけば自分の胸に彼女を抱きしめていた。抵抗もままならないほど、彼女の感触や香りを忘れないよう、あの頃のように、それはそれは強く固く。

 長い年月を痛感するようにあの頃の感触も身長差も違っていた。あまりにも悲しい現実を知った。

 

 

「まだ一人で泣いてるんなら、いつでも頼ってくれよ……俺が、守ってやるよ」

 

 守る。必ず守ってやる。今度こそ。そんな覚悟がなければこうして彼女と二度と会うことはなかっただろう。

 

 やはり、どうしようもなく心は彼女を求めていた。大切にしたい。

 今は昔とは違う。多くの部下に信頼されるボスにまで成り上がったんだ。二度と彼女を悲しませないために誓える。必ず守ってやる。後悔したくないんだ。

 

 

 

 

「ディーノ……」

 

 すぐ耳元で、懐かしくて愛おしい声がする。待ち焦がれていたあの頃の声が。

 

 

「ディーノ……あなたのことを、一日でも思い出さない日はなかった。ずっと、忘れられなかった。あなたのその言葉を聞けただけで、嬉しかったよ。今でもあなたを愛しているんだ」

 

 あんな別れ方をしても、まだ自分の胸に委ねてくれるのか。彼女の温もりを確かめられただけでも嬉しかった。

 

 潤んだ彼女の瞳に自分が映り込んだ。情けないツラをしていた。もう一度彼女を抱きしめてやりたくて待ったこの数年間の想いが張り裂ける寸前まで詰まっていた。

 

 彼女の視界を阻む眼鏡を取り除き、ディーノは彼女から目が離せなくなった。それから、夢中で彼女の唇を奪った。逸る気持ちを抑えられずにいた。それは昔と変わらず彼女を愛していたからだ。

 

 

 ギリギリまで彼女を繋ぎ止めようとしたが、結果を言ってしまえばそれは叶わなかった。理由はわかりきっていた。彼女が自分のために離れていくことを。

 

 

 

 

 

「ったく、もったいねえぜほんと……」

 

 昔と随分違う彼女の髪をさらりと撫でる。たとえどんな容姿だろうと、見つけられたんだ。これからも忘れられないだろう。

 

 名残惜しく彼の指からほどけていく。

 

 

「……今度会う時は、伊波紫乃としてよろしく頼む」

 

「ああ……」

 

 彼女は最後にふわりとあの頃と何も変わらないように微笑んでいた。彼女の感触も温もりも、ずっとこの手に残ったままだ。

 

 

 

 

 

【雪が降る日は寂しい外を眺めていた。あの花は見る影もなく萎んでいった。雪解けの春にはまた色とりどりの花を満開に咲かせるが、もう二度と一緒に見ることはない。後悔は捨てるんだ。】

 

 

 

 

 

 

 

 雪解けも近い景色の先に、もうそこにはいない彼女の面影をしばらく探していた。

 

 

 

「セラン……」

 

 

 

 

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