REBORN DIARIO 作:とうこ
【二月十九日
グラウンドで特訓する山本武達を発見。応接室での雑用の間に標的を観察するに至る。
めっさコンクリートの電柱を打ち砕いた山本武に沢田綱吉も言葉が出ない様子だった。無理もない。私もあれを間近で見たらそこそこドン引きしていたと思う。
ともあれ山本武のトレーニングは成功だったようだ。このところ投球の筋も良くなり調子がいい山本武を放課後のグラウンドで見かける。まあ、私の知ったことではない。
二月二十二日
通常通り授業を聞いていると、まだ授業中だというのに一年の教室を訪ねる輩がいた。笹川了平だ。
一番に彼の妹の笹川京子が反応したが、彼の用は沢田綱吉だった。二人ともいい迷惑だろうな。傍観者の私にはわからない苦労だと線引きする。道場破りの件はこの日のことのようだ。
二月二十八日
放課後に沢田綱吉と黒川花が一緒に下校するのを見た。珍しい組み合わせだな、とも思うが大人ランボか。
まともな方だと思っていたが、黒川花の好みもわからないな。甲斐性があると納得すればいいのか。
三月十日
この日は休日の朝から沢田綱吉は憧れの笹川京子と動物園に行ってきたようだ。
私は休日の朝も関係なく応接室で雑用係だ。そして朝から夕方まで雲雀恭弥のお茶出しだ。
そんな雲雀恭弥の足扱いの私が、何故この日沢田綱吉の動向を把握していたかと言うと……】
「そんでツナがよ~」
公園で山本武に捕まった。
帰り道に偶然公園を通った時、山本武が近所の子供達に野球を教えていた。紫乃が気にせず家路を急ぐと、ちょうど子供達と解散した山本武がこちらに気づいた。
思えばすぐにあの場から逃走しておけばよかったと思い、公園のベンチに腰掛けながら山本武の動物園での一日の話を複雑な思いで聞いていた。
しかし、何も悪いことばかりではない。こうして彼女の知らないところでの沢田綱吉の動向が知れることはプラスである。
公園の木々はポツポツと桜が春を知らせていた。
割と真剣に山本武の話を聞いていると、何を思ったのか、山本武がおもむろにこんなことを言う。
「伊波は動物好きなのか?」
「まあ……」
可もなく不可もない程度だ。
紫乃が特に否定もしないでいると、山本武が今度もまた何を思ったのか紫乃に言った。
「じゃあ、今度二人で遊びに行こうぜ」
さらりと言ってのける山本武に、紫乃の反応は微妙なものだ。二秒ほど瞬きをして、その眼鏡の下から不審げな眼差しをそいつに寄越した。
「は?」
「ほら、この間のチョコのお返しまだしてねえし、面白そうじゃん」
「その言葉でまとめないでくれ」
お得意の地雷ワードで危うくペースを持っていかれかけた。しかも会話の中でさらりと「二人で」と言いのけているところこいつもなかなかの天然タラシである。その手には乗らないぞ、と紫乃はバッサリと切り捨てた。
「ありえない」
「ありえねえって……」
思いのほか山本武は落ち込んでいるようだ。紫乃にしてみればこんなのと二人で出かけるなんて想像もつかないことだ。二人きりということは、傍から見てデートとも捉えられる。紫乃ははなからそんな誤解は御免被る。
「動物園は悪くないだろ」
「臭いし嫌だ」
「さっきはいいって言ってただろ」
「言ってないし。そもそも君と行くなんて論外だ」
しかし山本武もこの時は負けじと強情だ。往生際が悪い。彼はこんなにしつこい人間だったのか。獄寺隼人がいちいちキレているのも少しわかるような気がする。
平行線の攻防が続き紫乃が思わず地団駄を踏みたくなる頃に、向こうも多少気を悪くしたようなつっけんどんな表情を紫乃から逸らして、ボソッと言った。
「んだよ、ヒバリとならいいくせに……」
「はあ?」
耳に入れてしまったその呟きに、紫乃は自分の耳を疑うようにそれに噛みついた。
「どうして雲雀が出てくるんだ。あんな奴が態々群れるところに自分から行くわけもないだろ」
「そうだけどよ……なんつーか、伊波はさ、俺のこと好きじゃねえのかよ?」
今までとは比べものにならない静けさが落ちた。二人きりの公園のベンチで、時が止まったように見つめ合う。遠くでは烏がまた鳴いていた。
正気なのか? いつも突拍子のないこの男の発言に紫乃はたじたじである。
「あぁ?」
「俺はさ、好きだぜ、伊波のこと。学校で全然喋んねえけど、話せば面白いし、面倒見もいいし、なんだかんだ俺がうっかりした怪我も心配したり根は優しいしよ。クラスの奴らもったいねえよな。こんなに伊波のいいとこ見落としちまってて」
怪訝そうに紫乃はしていたが、山本武は思いのほか真面目な顔つきである。またそんなことを突拍子に語る彼の神経が紫乃には理解し難いものだ。
ほんの少し、山本武の無神経さに気力を削がれる。馬鹿馬鹿しいなんて思いながら、紫乃は目を伏せた。
普通なら、地味で目立たない自分にいちいち絡んでくるこの男がおかしいんだ、彼女の傍観者でいるスタンスを崩す厄介な奴なのに、気づけばこうして隣にいることを許してしまう甘い自分がいた……。
「……そんなことを言うのは君くらいだよ」
「そんなことねえぜ! 伊波と話してみたい奴らなんてたくさんいるぜ。でもよ、最近の伊波なんか素っ気ねえしよ」
山本武の顔色が曇る。紫乃のことでそんな風に思い悩むなんて、精々このお人好しの男くらいだな。
本当にバカな男だ、なんて、紫乃は一人ごちるのだった。
「大人数が苦手なら、まずは俺と二人でどっか遊びに行かね? 動物園でも、どこでもいいんだ。伊波のこともっとよく知りたいんだ。そんでツナ達やクラスの奴らとも仲良くしてくれよ」
「はあ……だから君はバカなんだよ」
「えっ?」
大仰な溜息とともに紫乃は言った。山本武の目が点になっていたとか知るか。勝手にアホ面でもしてろ、と言いたげに今度は紫乃からこう切り返す。
「もとより、君と仲良しこよしをする気はないんだ。私のことを優しいというなら、君はバカなくらい優しすぎる。バカ正直で人が良すぎる。それが君のいいところなのも、私は十分に知っている。でも、人は選べ。君の無償の優しさに見合う人物かは見極めろ。優しさにつけ込まれたら終わりだ」
これは忠告だ。未来の戦いでも、彼の人が良い性格は、時に自らを追い込んでしまう。敵に何度も詰めが甘いと指摘されていた。彼の良さは沢田綱吉が率いるボンゴレに重要な役割を持つが、その使い分けは大事だ。その親切は良薬にも毒にもなる。
紙一重の誤差が、山本武を殺めてしまうかもしれない。
紫乃は怖かった。彼を救えなくなることが……。
「ダメか?」
ハッと山本武に振り返った。
穏やかな顔で、紫乃を見つめている。そんな彼に、紫乃は心を見透かされるような焦燥感を抱いた。
「お前がくれた優しさに見合う優しさで返すのは……そいつを最初にくれたのはお前だぜ」
思いがけない山本武の告白。
紫乃には思い当たるところがないが、聞き返しておいた。
「……なんのことだ?」
「伊波はよ、憶えてねえかもしれねえけど、俺が野球で挫けそうだった時、ただのクラスメイトだった俺に言ってくれたんだぜ。野球しかない俺のことを、必死に止めてくれる奴らがいたんだ……。
俺……あん時の言葉がなけりゃ、きっと飛び降りてたぜ。お前が気づかせてくれたことなんだ」
彼との出会い……忘れるはずもない。紫乃は、何があっても忘れないようにしていた。
山本武にボールと思いを託したあの日を……。
彼はあの日のことを、この日が来るまで胸の引き出しに仕舞っていた。そんな些細なことを、彼女の昔の思い出のように。
何より思い出を大事にする紫乃だから、山本武のその言葉を無下にはできない。
紫乃よりも、君は沢田綱吉の傍にいてほしい。紫乃の願いはただそれだけだ。
「お前が俺にくれたもんを……そいつに見合う恩を返すのはおかしいことか? 俺が今度は気づいてやりたいんだ。伊波がどうしようもなくて悩んでる時は、俺が一番に気づいてやりたい。こんな感じでな」
またお節介だ。馴れ馴れしくも紫乃の頭を撫でる。君達に恩を感じているのは紫乃の方だ。
「今までずっと言いたかったんだぜ、伊波、ありがとな」
そんな言葉をかけられる日が来るなんて、思いもしなかった。紫乃の存在は、彼らに恨まれて当然だというのに。
どうして、この男は、彼女にそうやって笑ってみせるんだ。
「ば……かなの、か……どうして……」
「ハハッ、バカは嫌か?」
「っ……」
白い歯で屈託なく笑っている。
そんな彼の無邪気な表情が、西に沈んでいく夕陽なんかよりずっと眩くキラキラと輝いて見えた。
どんなに突き放しても、彼は紫乃のそばにいてくれた。そんな余計なお節介精神に彼女も心折れたのか毒されたのか、固く閉ざしていた気持ちの片鱗がはらりと彼女の目元を落ちた。