REBORN DIARIO   作:とうこ

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6月の招待状

 今朝、紫乃が郵便受けを覗くと、見覚えのあるような封筒があった。ピンク色のそれに、『リボーン&ビアンキ』と差出人がある。

 数分間その差出人の名前を凝視し、ガクンと膝から崩れ落ちた。狭い玄関に蹲り、無意識に震えている手に封筒を握りしめ、襲いかかる恐怖に心臓を落ち着かせようとする。この状況を先に整理しなければならなかった。

 

 どうしてこんなものが……まさか、あの男が入れていったのか? しかし、あれはビアンキの勘違いだった。招待状もビアンキの単独行動である確率が高い。彼女と接触したのは沢田綱吉の家でバレンタインチョコを作ったほんの少しの間だった。

 あれだけで……あのヒロイン達と関わっただけでこんなものを送り付けられるとは……。

 

 あの男の愛人というだけある。そんなことを寂れた部屋の中で一人ごちり、彼女は動揺から収まらない動悸に胸を抑え、再び畳部屋の布団の上に倒れ込んだ。遠くなる意識には、いつもあの男の銃口が、こちらを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ん……と小さな呻き声とともに、意識を醒ました。ぼんやりとする視界には、いつも自室で見る薄気味悪いシミの天井が映る。額には何か、冷たいものが当てられている。

 

 

「ちゃおっス」

 

 紫乃の知っている声だ。しかし、彼女の部屋では聞くはずのない声だ。

 重い頭を寝込んだまま横に傾けると、この部屋にいるはずのない人物が紫乃を看病していた。

 

「大丈夫か。顔が真っ青だぞ」

 

 そいつの姿を見て、紫乃の顔色は一層悪くなる。お前のせいだと紫乃は八つ当たりしたい気分だった。今はそんな気力も殆どないのだが。

 

 それより……紫乃の部屋に彼がいることが一番の問題だ。

 どう調べたのか、過去にも紫乃の家にこの赤ん坊は堂々と上がり込んでいた。今日の普段通りの格好を見ると、あの毒サソリの毒に塗れた披露宴会場から逃げてきたようだ。

 こんなところにまで逃げてくるとは紫乃も想定外だった。こんなタイミングで敢えて紫乃のもとに来るのは、何か魂胆があるのか。ともあれ主役が逃亡し向こうでは今頃大変なことになっているだろう。沢田綱吉達が今頃血相を変えて彼を探している姿が目に浮かぶ。

 

「……なんだ。式には出ないのか」

 

「結婚なんて知らねえぞ。どーせ俺が寝てる間にビアンキが言い出したんだろ。面倒くせーからしばらくここでやり過ごすぞ」

 

 それはもう君の中で決定事項なのか。ここは一応紫乃の借家なのだが。まあこの頭ではロクに一人で動けなかったし助かった。この地雷男でなければ一番助かるのだが。

 

 紫乃が特に文句も言わないので、リボーンはお構いなしに布団を敷いた狭い四畳半の部屋に居座ることにする。

 

 

 

 

「……セラン」

 

 

 

 長い沈黙の結末は、彼のその一言で破られた。

 

 まだ具合の悪い身体に、彼の言葉は中毒性の高い毒だ。

 紫乃は息を飲んだ。顔面蒼白で、重い岩のような頭で彼の言葉を反復した。

 どこで情報が漏れたというんだ。その口調がまだ確信を突いていないのは……ディーノとの会話を盗み聞きされていたのか。それしかない。

 

「……」

 

「セラン、なんだな」

 

 念を押す。項垂れる様子の彼女からは、特に反論はない。本人が押し黙るなら、そういうことだ。

 

 雪合戦最中にディーノの様子がおかしいことに気づいていたリボーンは、その後の会話を盗み聞きその中で知り得ることとなる少女の事実を、すぐには受け入れられなかった。リボーンの目にも彼女は一介の少女にしか見えていなかったのだ。

 

 すぐに裏を取るため本部に問い合わせたが、イタリア本土にある本部からその詳細を待つのと、この日のタイミングを窺うまでには、かなりの時間を要した。

 それに目の前の少女から直接聞き出すべきこともある。

 

 

「あなたとこうして二人で話をすることも以前はなかったかもな」

 

「……ああ。あの頃は、そうだな……まだまだガキだと思ってたんだが……ディーノは相変わらずベタ惚れだったぞ」

 

 お互いに以前から面識はあった。そんな当たり障りのない会話をするのもどこかぎこちないほど、二人は希薄な間柄である。

 今までにも彼女を見て引っかかる節はあった。殺し屋として人の本質を見抜く目は常に備えていた。あの眼つきには惹かれるものがあった。それでも彼女だと見抜けなかったのは……。

 

 

 

「……どういうことなんだ。こっちでは暗殺の話も出ていた。どうしてお前が並中に通ってんだ」

 

 

 彼女の行方は現在消息不明である。一年前からだ。半年前には彼女の安否に関する様々な憶測が飛んだ。

 あの事件の闇と切っても切り離せない重要参考人物である。中には組織の陰謀だと噂を立てる者もいた。

 

 リボーンには他に確かめておきたいことがある。

 

 

「沢田綱吉に近づいたのはなんでだ?」

 

 この少女の返答次第では、この場で始末することも彼は念頭に置いていた。

 彼は九代目の勅命で沢田綱吉の家庭教師なのだ。大事な生徒に危害が及ぶことは決してあってはならない。

 

 彼女が、あの"セラン"だと断定された今でも、リボーンはまだ迷っていた。

 

 

 

「彼の額に灯る炎を初めて見た時、確信したよ。彼が、ボンゴレの未来に相応しい男なんだと……。不思議な少年だよ、彼は……。頼りない炎だが、彼のようなひたむきな芯の強さを持った灯火だ。私はただ……見守っていただけだ。いつもそうだった。ただ見ていることしかできない」

 

 少女の独白に、リボーンは耳を傾ける。

 

 やはり少女は、あの事に触れてきた。しかし、どう言い訳をしても、彼女にあの場でできることはなかった、誰が見ても、彼女は無力だっただろう。

 

 血の生臭さも知らなかった鳥籠の少女に、あの場で何かが為せただろうか。まるで彼女自身の立場を悔いるような声、リボーンはそれに小さな違和感を憶えた。

 

 

「ああ、あいつは引退後日本に渡った初代の血を引き継いだ正統な後継者だからな」

 

 彼にも彼女が言いたいことはわかる。二度と繰り返しはならないとボンゴレの歴史に刻まれた血を。

 

 そして彼は引き金を引いた。リボーンは、敢えてその言葉を選んだのだ。彼の前で何かを隠そうとする彼女の本心を聞き出すために態と火の粉を落とした。

 

 蚊の鳴くような微かな声を漏らし、彼女は生返事を返した。もともと寝込んでいたからか、それは死に際にこぼしたような生気のない声である。

 ゆっくりと宙を彷徨う視線を傍にいる赤ん坊へと移し、黒目がちのつぶらな彼の瞳に自身の真紅の瞳を映す。

 

 

「それで……? 彼らを裏切り、君達の目を欺いた私を、ここで殺すか?」

 

 彼女が言う通り、あの人が望んでいることだろう。

 

 マフィアボンゴレの長い歴史にあってはならない裏切り。そのマフィアの闇に手を伸ばしすぎた彼女、本来ならのうのうと生かすわけにはいかない。彼女は、知りすぎた。犠牲の上に立つ大義を――。

 

 

 

「……そうだな。俺は殺そうと思えば、いつでも殺してやるぞ」

 

 殺し屋の本質は冷徹だ。

 他人を殺すことで自身の存在意義を肯定してきた彼に、その問いかけは愚問だ。鉄の仮面の男に呪われた後も、それは変わらなかった。

 

 彼女の命をここで奪ったとして、リボーンが今まで殺してきた標的達と何ら変わらないことだった。

 

 

「でも、それは最終手段だ。今はやめておくぞ。お前もツナのファミリーに欲しい人材だからな。お前みてーに幼少からマフィアの闇を見ている奴も、ファミリーの仲間に入れておくべきだ」

 

 まだ彼女に小さな存在価値を見出していた彼は、その銃口を今は仕舞った。

 

 いつでも殺せる。あの人からは、少女の行方捜索も暗殺命令の声明も預かっていない。それにまだ始末するにはもったいない。

 教え子達の傍で、どんな化学反応を起こしてくれるのか実験するのも面白いかもしれない。

 

 彼の今の目的は、あくまで沢田綱吉の家庭教師。

 

 

「あいつらは、お前の目から見てどうだ? まだまだ青臭さは抜けねえ子供(ガキ)だが、お前の目に見て信頼に足らない奴らか?」

 

 彼女と彼らの組み合わせと可能性は無限大だ。

 今後ボンゴレ十代目として成長していく沢田綱吉に様々な影響をもたらしてくれるに違いない。

 

 

「信頼……か……まだそんな虚像に縛られていなければいけないのか」

 

「心を赦してんじゃねえのか、山本武に」

 

「……」

 

 そう言われて、最後に見た彼の顔が過ぎる。遠くにいても自分の名前を馴れ馴れしく呼んでいる野球バカの男の顔が……。

 

「……違う。彼は子供すぎる。君の教育がなっていないせいで、こっちが困っているんだ」

 

「そいつは悪かったな。俺は基本放任主義でな」

 

 ……急にこの男のおふざけが始まった。彼女の白々しい目がリボーンを睨みつけるが、くるりと身体を反転させ彼は再び窓枠へと降り立っていた。

 

 視線だけを寄越して彼を見つめると、紫乃に向けてこんな口説き文句を落とした。

 

 

「覚えとけ、俺はかなり諦めの悪い男だぞ。紫乃」

 

 そのニヒルな笑みを残し行ってしまった。

 

 その通りだな、と紫乃は押し潰されそうな胸に手を当てた。緊張の糸がほどけてまだ暴れている。

 すっかり具合の方も悪化していた。当分起き上がれないだろう。

 

 瞼にこびりついている裏切りの景色が、古傷を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 "沈黙に耐えた者が勝ちだ"

 

 この口は、弾丸を押し込められても君には裂けない。

 

 

 

 

 携帯の不在着信の履歴を見ると、あの男から何件もの着信が掛かっていた。

 紫乃はもう折り返す気にもなれず、そのまま暗い闇の底に意識を放り投げた。

 

 

 

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