REBORN DIARIO 作:とうこ
敵襲後、すぐさま重傷の獄寺隼人を並中の保健室へと運んだ。あそこには例のタラシ保健医が在駐している。案の定男は見ないと一蹴されたが、保健室のベッドくらいは貸してやると許可が下りた。昔のよしみであることはこいつらには内緒だ。
ボロボロの身体でベッドに横になる友人の姿を、自分にはどうしようもないやるせなさと罪悪感に押し潰されそうで、不安定な精神状態の中で沢田綱吉は見守っていた。隣では山本武が獄寺隼人の姉にしつこく絡まれているが、今の彼にはそれを気にかける余裕もない。
このような深刻な事態に遭遇し、内心取り乱したい気持ちでいっぱいだった。けれど、自分がどうしたって現実は友達を傷つけてしまったことに変わりはない。彼の姉に申し訳なくて、合わせる顔なんて見つからない。
「山本、伊波紫乃は来ていなかったんだな?」
「おう」
こんな時に事件と関係のない伊波紫乃の話を赤ん坊が持ち出してきて、二人の会話に注目する沢田綱吉であった。
何故こんな非常事態に、クラスメイトの伊波紫乃のことであるのか。彼らの会話を聞くと、今日は登校していなかったそうだ。
その時、いつかの自室でのリボーンとの会話を、沢田綱吉は思い出す。あれは、一年の秋の終わり頃だろうか。
沢田綱吉はその日いつものように学校から帰宅し、早々に部屋に籠る予定だった。しかし、先客がいた。いつものように沢田綱吉の部屋を私物のように占領するあの家庭教師の赤ん坊だ。
その姿を視界に入れて、この間の中間テストの成績のことが瞬時に頭を過る彼だが、赤ん坊が振り返ることはなかった。何かに意識を集中しているようだ。飛び蹴りが飛んでこなくて安堵した彼は、赤ん坊が握る書類の束の中に紛れている知り合いの人物の写真に、思わず反応していた。
「え? 伊波さん……?」
「なんだ、ツナ。帰ってたのか」
沢田綱吉に背中を向けていた小さなシルエットが振り返る。つぶらな瞳と目が合うが、それより沢田綱吉は混乱していた。
「いや、ていうかリボーン……なんで伊波さんの写真なんて持ってるんだよ……それアングルからしてまさか盗撮……」
「帰ってきてグズグズうるせーぞ。物理的に黙らせてやろうか?」
沢田綱吉は、特に何もしていないはずなのに、このままでは飛び蹴りよりもおっかないものが飛んできそうで口を噤んだ。今は下手に刺激しない方がいいと、人並みの直感で悟る。これも彼の経験の賜物である。
「伊波紫乃は、ファミリーの筆頭候補だぞ」
おもむろに赤ん坊がそんなことを言った。
沢田綱吉もこの腫物のような空気には耐えかねていたが、それを言葉にされると彼はどう反応していいかわからず再び沈黙した。
彼女のことは、将来的にボンゴレと関わることだ。この場で誤魔化しても仕方ないと、リボーンは口を割ってみたが、しかしまだまだ未熟な彼にはどうして唐突にクラスメイトの女の子の話題なのか察しが悪いようだ。
「あのヒバリが目かけてたくらいだからな」
「ええー!? あの人誰よりも群れるの嫌いなんでしょー!?」
先日の応接室強襲や体育祭での地獄のような思い出を振り返り、あの時並盛川に落ちた寒気が彼の全身を襲う。
あんな恐ろしい人に目を付けられるなんて、彼女もなかなかの苦労人であるのかもしれないとその苦労を労る沢田綱吉である。
「山本やヒバリだけじゃねーぞ。獄寺もそうだ」
次から次へとクラスメイトや先輩の名前がリボーンの口から飛び出し、何かが引っかかる沢田綱吉は戸惑いながらもやや前のめりに反応していた。
「はあ? 獄寺君と伊波さんが何!?」
「山本やヒバリと決定的に違ってんのは、あの二人には全く接点がないことだ」
ぽかん、とまるで内容に追いついていない生徒の反応を無視して話を続ける。
「以前にクラスメイトの伊波紫乃について獄寺に尋ねてみたことがある。あいつの性格はお前もよく知ってるだろ。お前ら以外の他のクラスメイトの顔もロクに覚えない奴だ。全く接点のないクラスメイトの顔と名前を獄寺が認知しているなんてそもそも珍しい話だぞ。あいつは"転校初日にそいつと目が合った"と話していたが、獄寺も無意識に伊波紫乃のあの眼つきに、何かを感じ取ったんだろうな」
そう言われて、あの時の不可解なリボーンの言動を彼は思い出す。
彼自身もまた、教室で見かける彼女の凛々しい横顔がとても印象的で、目の前にいる彼につい話したこともあった。
あの頃はまだ彼女と小さな会話を交わしたこともなかったのに、黒髪の隙間から覗く白い輪郭には、この胸が惹かれるものがあったような気がする。
伊波紫乃については、謎が深まるばかりだ。
「ボンゴレ次期後継者であるお前は勿論、獄寺に山本……そしてヒバリ、全員俺が目をかけていた奴らだ。こんな偶然があるのか? お前ら全員が、伊波紫乃と繋がる節がある。日常生活の普遍的な意識の中であの女の印象を植え付けられてるとでも言っていいくれーだ」
それは彼女の意図的であるのか、そうではないのか、この期に及んで真相は確かめられなくなった。
けれど、沢田綱吉の脳裏にふと過ぎるのは、あの夏の終わりに少ない会話を交わして別れた彼女があの時最後まで言葉にしようとはしなかった、どこか寂しそうにしながら自分に何かを言いかけた、いつも教室で見ていた伊波紫乃の横顔だった。
"もし明日、世界が終わると告げられたら、君は何をする?"
「どうして……」
"君は、間違っていない。胸を張れ、そして、後悔するのも程々にしろよ"
「君は、どうして俺にあんなことを……」
今もまだ眠り続けているだろうか。
その紫乃の声に、耳を傾ける者はいない。けれど、もうすぐだ。時は近い。どれだけ待ち続けようと、引き返すことはもうできないんだ。仄暗い意識の底に、彼の幻想を見た。