REBORN DIARIO   作:とうこ

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偽物への報復を

 例のリングが動き出してから四日目だ。

 今日の夕暮れ頃がタイムリミットかもしれない。彼らの修業は、形となっているだろうか。

 

 

 

「んふふ、さっすがお嬢ねぇ〜。その細い腕でルッス姉さんの肋骨が折れちゃいそう〜〜〜」

 

 アジト敷地内の中庭から見上げるイタリアの秋晴れの空には、少し冷たい風が吹いている。

 彼らの修業のことが頭を離れない日々が続く中、部屋に籠っていた紫乃は、ルッスーリアの誘いで中庭に出て泰式ストレッチという名のムエタイの稽古をつけてもらっていた。一通り型を習い、ルッスーリアの肋骨に拳を打ち込んだところだ。

 打ち込まれた本人はくねくねと痛みを表現しているのか緩和しているのか、単にふざけているかもしれないが、久しぶりに彼女も思いっきり身体を動かすことができた稽古だった。

 

 

「そのゲロブスな顔でゲロ吐いて何言ってんだよオカマ」

 

「んも〜〜う、ベルちゃんったら〜、お口が正直すぎるわよ〜〜ごふぉオォォッ!」

 

 彼女達の稽古の最中にベルフェゴールが様子を見に来たらしい。機嫌がいいルッスーリアに淡々と毒づいている。

 タンクトップから伸びる二の腕や首筋に垂れた汗を拭き取り、彼女が火照った身体を冷風に当てていると、時間差でルッスーリアの口から吐血した。

 まるで時が止まったような衝撃的場面に遭遇したが、崩れ落ちた本人は血を吐くほどの痛みに満更でもないような昇天顔を浮かべてて綻んでいた。

 ここにいるのは暗殺のプロ達だ。彼らは動じることもなく、それぞれが何も見ていないことにした。運動の後で消耗した水分をとりあえずは潤しておく。

 

「次は俺とやろーぜ、おじょー」

 

「やめとく」

 

「ししっ、ノリわるー」

 

 そいつに背中を向けて彼女が断ると、後ろではまだブツブツと文句を言っている。

 うるさい。紫乃は無駄な争いは嫌いだ。だから彼らの前でも必死に隠そうとした。痛みは残るものだから。

 

 

「そーいや、なんで髪切っちゃったの? 王子はロングの方が好みなんだけど」

 

「知るか」

 

 二年前にした小さな決断。ここに自身の全て置いていくと覚悟した。そしてこれは、自分だと気づかれないためのカモフラージュだった。

 しかし、あの獰猛な鮫には、こんな小細工もすぐにバレてしまったがな。

 

 

 中庭でのその一部始終を、スクアーロは古城内部からひっそりと見下ろしていた。獲物を睨む深海生物の獰猛なそれは、少女の隙を密かに狙うように……。

 

 

 

 

 

 

「セラン」

 

 

 彼女達の押し問答の会話に水を差す声は、どこからともなく霧のように彼女の前に現れた。

 喉の渇きも、熱の暑さも、霧の冷感に触れてあっさりと引いていく。

 

「ボスが呼んでるよ」

 

 彼女の前に姿を見せたマーモンは、手短に用事を告げる。紫乃は、顔色ひとつ変えず、小さな身体に覆われた怪物を睨んだ。

 

「ちっ。ボスに取られちまったじゃん。じゃあマーモンでいいや」

 

「ボクも暇じゃないんだけど。いくよ、セラン」

 

 空中をフワフワと徘徊する小さな赤ん坊の先導に、紫乃は古城内部へと戻ることを余儀なくされる。

 古城の渡り廊下は、中庭より隙間風が冷たく感じた。前で先導する赤ん坊は何も語らない。

 

 今日が、タイムリミットだ。

 彼らの修業は、上手くいっているだろうか。

 

 

 

 

 

 

「来たか」

 

 暗い部屋に入ると、呼び出した相手が玉座の椅子に着いて待っていた。窓の外はもう日が暮れ始めている。

 

 XANXUS――紫乃が小さく呟くと、彼もこちらに視線を寄越す。怯みはしない。彼女も同じだ。その男に鋭い視線を返す。

 日が沈み始めた室内は暗く、その男は自らの手に炎を灯した。轟々と爆ぜる炎が彼らのいる室内を照らした。

 そこで、彼の背後に陣取る鉄屑に気づき、彼女を威嚇するかのように仰々しい吐息を吐いた。

 

 

 

「俺がカス共にハメられ、抹消されたこの八年、てめえは忘れちゃいねえだろうな」

 

 

 単刀直入に男が切り出す。

 片時も忘れることなどなかった。炎に揺らぐあなたの怒りと悲しみを閉じ込めた眼差し。

 

 

 

「誰が、お前を生かしてやったのかを」

 

 

 ああ、彼女は頷いた。

 身体中に憶えている痛みは、この八年間彼女に束の間の安息などもたらさなかった。逃げられないとわかっていた。

 

 彼がいないこの八年を、彼女は空白の八年を、その人の記憶で埋めてきた。底無しの絶望に激昂する目が、片時も離れず、心を蝕んで、思い出の花は朽ちり果て、執念の想いだけは募り続け、少女はただただ哭いた。自身の弱さを嘆くばかりだ。

 

 この日が来るまで、自分の弱さを隠し続けた。あの日記に吐き出して、秘事にした。自分を殺して、生きてこられた。

 

 

 

「ハッ、ならいい」

 

 大袈裟に鼻を鳴らす。満足げに頬杖をつき、それ以上は彼女に言及しなかった。

 

 

 けれど、彼女には、まだわからないことがある。この男だけが抱える真実を。

 

 しかし、それを知る資格が自分にあるだろうか。

 彼女が、殺したも同然なのに。

 

 

 

 

「お呼びかぁ゛、ボス」

 

 

 部屋に入ってきた鮫の唸るような声に、彼女の思考は引き戻された。

 彼の手の炎は消火され、日が暮れた彼の部屋は視界不良の中、夜見をきかせた部下の男は呼び出した人物のもとに駆け寄るようにやって来た。

 

「ハーフボンゴレリングの褒美をくれるってんならありがたく頂戴するぜぇ」

 

 ハーフボンゴレリングを持ち帰った自身の功績を讃えられるかと調子づいてやって来た奴だが、不明瞭な視界に彼女の姿を見つけるなり、その顔つきは曇る。

 

「セラン……」

 

 苦しそうな顔で何かを言いかけるようにそいつに見られると、思わず目を背けたくなった。彼を責めたのは、自分の弱さからだ。そんな顔をしてもらいたくて、あんな酷いことを言ったのではなかった。

 

 おもむろに座っていた男が立ち上がる。その足先がスクアーロに向くと、テーブルの一角に彼の顔を掴んで殴りつけた。それは痛ましい光景だった。

 狼狽えたままの彼の鼻筋からは、赤黒い血が垂れている。

 

 おもむろに男は、中指に嵌めた指輪を取り出した。

 

 

 

偽物(フェイク)だ」

 

 

 偽物だとバレたそれは、彼の手の中で砕け、灰になる。その目に静かな怒りが滲み出していた。

 

 

「日本へ発つ」

 

 

 

 断罪の時間だ。

 

 それを告げるように、奴の横顔には、八年前の怒りがあった。

 

 

 スクアーロに召集をかけるよう告げ、再びその視線を、立ち竦む紫乃に向ける。

 

 八年前の血塗れの残像が、フラッシュバックした。

 

 

 

「お前も来い、セラン」

 

 

 

 

 

 きっと、君達を失望させることだろう。

 

 それでも、大きな悲しみを乗り越えて、君達は強くなれると信じている。

 

 

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