REBORN DIARIO   作:とうこ

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嵐の憂鬱

 時計の針が、間もなく11時を刻む――――。

 

 

 

 

 並盛中学校の校舎の三階に再び招集された、それぞれの守護者達。

 

 ヴァリアーからは、暗殺部隊きっての天才と謳われるベルフェゴールが、いつまで経っても現れない対戦相手を悠々と待ち構えている。

 沢田綱吉側の嵐の守護者である獄寺隼人の姿が、約束の時間になっても一向に現れない。彼の師範であるDr.シャマルにストップをかけられているかもしれないと、山本武の肩にとまるリボーンが語った。

 

 リボーンのその話を事前に聞いていた沢田綱吉達は不安の色を隠せないまま、向かいの校舎に掛けられた時計の文字盤を凝視した。ついに一分を切った制限時間、一同が息を呑む。

 張り詰めた緊張の場面で、時計の長針が11時ジャストを刻もうとした寸前――……その白い文字盤が、爆音とともに吹っ飛んだ。

 

 

「お待たせしました。十代目」

 

 

 ド派手な銀髪に、嵐のハーフボンゴレリングを首に提げた獄寺隼人が、何食わぬ顔で登場する。

 待ち焦がれた人物のお出ましに、ボンゴレ陣からワッと喝采が上がる。

 

 

 

「獄寺隼人、いけます」

 

 

 

 

 ヴァリアーから嵐の守護者に選出されたベルフェゴールと、この校舎三階のフィールドで正面衝突することになる。

 前髪で隠れたいけ好かない奴の顔面に、ガラの悪さに見合った鋭いガンを飛ばす。それでも相手はうししっとニヒルに笑っていたが。

 

 

「約束の時間に間に合いましたので、勝負への参加を認めます」

 

 獄寺隼人は勝負に間に合ったが、その相手はこと暗殺においては一番のやり手であるというベルフェゴールだ。

 その天才を相手にしなければならない獄寺隼人を思い、沢田綱吉の顔色は晴れないまま、今晩の対決の説明が始まった。

 

「今宵のフィールドは、校舎の三階全てです。もちろんこの棟と繋がる東棟も含まれ、廊下だけでなくこの階にある全ての教室を含みます」

 

 獄寺隼人が好む遮蔽物のあるフィールド構成だ。

 

「ただし――」

 

 双方の間を突然疾風が横切る。それに巻き込まれた机や椅子が廊下の窓ガラスを突き破り、校庭にバラバラと落ちた。

 

 ハリケーンタービンと審判役の女が解説する機器が、校舎三階のあらゆるポイントに設置されている。それが人工的に最大級の突風を作り出す。タービンの四方にある吹き出し口からそれが放出されるという、まさに嵐の装置だ。

 

 まともに食らえば、フィールド外に引き飛ばされ失格とさえなり得る。さらにそれは試合開始から十五分が経過すると、仕掛けられた時限爆弾が爆破するというのだ。

 最悪十五分以内に勝負がつかなければ、二人とも死ぬことになる。

 

「そんな……」

 

 チェルベッロの女達の説明を受け、沢田綱吉は狼狽えていた。

 

「最悪嵐の指輪ごと爆破してもいいってことだ。守護者のリングをどーでもいいと考えてんのは……あいつかもな」

 

「XANXUS……!」

 

 

 彼の脳裏に……昨晩の雷のフィールドで邂逅した恐ろしい男の顔が浮かんだ。

 圧倒的なパワーと威圧であの場を征したXANXUSという男……その恐ろしさは、あの晩にも十分に思い知らされることとなった。

 

 

「デスマッチかよ……おもしれぇじゃねーか」

 

 獄寺隼人は、恐ろしいマシーンにも全く動じていない様子だ。しかし、沢田綱吉には不安が残る。

 

 チェルベッロ機関の話が一通り終わると、Dr.シャマルがどこからともなく湧いてきて、唐突に彼女達にセクハラ行為をしている。すぐさま肘のダブルパンチを食らっていたが。

 Dr.シャマルの乱入に敏感に反応していたのは、獄寺隼人だけではなかった。ヴァリアー陣のスクアーロや小さな赤ん坊が、その男の姿に反応している。

 現役時代は、"トライデント・シャマル"の名を轟かせ、天才の異名を欲しいままにしたやり手の男だ。ことセクハラにおいても、その殺しの技が活かされている。

 ヴァリアーの小さな赤ん坊の話では、二代前のヴァリアーに声をかけられたが全て断ったというほどの変わり者でもある。

 その本人は、危なっかしい弟子の冷やかしに来たという名目で、今晩の争奪戦に駆けつけたとのことだ。獄寺隼人にはあからさまに嫌厭されていた。

 

 初めは頑固に嫌がっていた円陣も、沢田綱吉の一言でさっさと済ませると、いよいよ対決の舞台に乗り上げる。

 右腕の名に恥じぬよう、この戦いに挑んでくると意気揚々と決意表明をした獄寺隼人が舞台中央に向かう。その姿を見送る沢田綱吉だったが、勝負事にはいつも張り切りすぎる彼が心配であった。

 

 ベルフェゴールの揺さぶりにも動じず、獄寺隼人は勝負への本腰を据える。自分が負けたら、もうあとがないのだ。そのことを守護者の誰よりも肝に据えていた。

 

 

 

「それでは嵐のリング、ベルフェゴールVS.獄寺隼人――――勝負開始」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランボを預けた病院を後にした獄寺隼人は、飲んだくれたDr.シャマルとの修業の最終段階に入る前に切らしたタバコを雨の中買い出しに行っていた。

 

 買い出しに雨で全く人気のない片道をそそくさと早足に向かっていると、思いがけない人物を河原の河川敷で見つけた。

 雨でぼやけるその人物の姿を確かに視界に入れて、獄寺隼人は思わずそちらに足を向けた。こんな雨の日に河川敷で一人佇んでいるそいつのもとまで一直線に向かって走る。

 獄寺隼人が背後から近づくと、その気配を感じた相手が、遅れてこちらを振り返る。

 

 

「おいッ!」

 

 獄寺隼人の鋭い剣幕に後退る彼女が逃げないよう、やや乱暴ではあったが上着の胸倉を掴んで引き寄せる。

 

 あの時の屋外でのやり取りで、この女が去り際に沢田綱吉に言い放った侮辱を、獄寺隼人は聞き流すことができなかった。

 この女を好いているらしい山本武にあんな仕打ちで返したのは一向に構わなかったが、なんだかんだで彼女のことを気にかけていた沢田綱吉の好意もあんな形で無下にしたことを彼は許せないのだ。

 

 

「てめぇ……!」

 

 街でチンピラに絡まれた時のように、彼女にあの時の十代目への侮辱を訂正させようとしたが、獄寺隼人の動きがピタリと止まる。

 

 今まで正面からまともに見たこともなかった彼女の目と目が合う。

 その目尻には、冷たい雨に溶けてしまいそうな透き通る涙が、滲んでいた。

 

 

 泣いて……いるのか……? 獄寺隼人は戸惑いつつ、口に出す言葉を模索する。

 その女がここで泣いている理由が、彼にはさっぱりわからないが、これでは沢田綱吉への侮辱の言葉を責める気にもなれない。

 

 

 

「思い出したのか……?」

 

 突然、その女がわけのわからないことを言う。その潤んだ目で、先程までの彼女とは別人のように弱々しい声を漏らして、至近距離で顔を見上げられると、獄寺隼人もこれまでの勢いを削がれてしまう。

 

 

「は……はぁ!?」

 

「……君は何も変わらないな」

 

 そんなことも知らず知らず、見つめ合う紫乃の方から彼との距離を縮める。

 こうして彼女の方から近づくとはじめの勢いはどこへやら、少年時代から変わらず頬を俄に染めてしどろもどろになるのだ。わかりやすいのは嫌いじゃない。

 

 

 

「っ……あんた……」

 

 

 あの人のピアノの旋律が、昔の記憶を呼び覚ます。

 

 

 

 

 

 "shh――――……"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――大粒の雨の音が徐々に遠くなる意識から現実の戦いに思考を引き戻し、獄寺隼人はハッと目を醒ました。ナイフに切り裂かれた痛みを伴って、現状に目を凝らす。

 なんで今……あの女のことが頭に浮かんで来るんだ。

 それよりも、この戦闘で勝つには、切り裂き王子の見えない仕掛けをどうにか攻略しなければならない。

 

 それには……獄寺隼人はこれまでの出来事を搾り出した。

 

 そして、仕組まれたある仕掛けに彼は気づく。時間はない。理科室の人体模型にそれを括りつけ、この勝負の必勝法を模索した。

 

 

 最終局面に達し、爆弾の制限時間が三分を切る前に相手の全ての手の内を見抜き、なんとかギリギリのところで敵を倒すことができた。獄寺隼人も全身が切り傷だらけである。ガクッと膝から力が抜けそうになり、モニター越しからDr.シャマルにいびられている。

 最後の仕上げに失神した相手の首から提げられたハーフボンゴレリングを手に入れる。

 できることならぶっ倒れる前に、沢田綱吉への侮辱を訂正させたかったと、薄れる意識でぼやきながら、あの女のことが再び頭を巡る。

 

 そうだ。あの女にも、沢田綱吉への侮辱を訂正させたかった。だが――……。

 

 

「勝つの……俺っ……!」

 

 

 

 気を失っていたと思っていたヴァリアー幹部の男が、まだ粘る。獄寺隼人のハーフボンゴレリングを狙って手を伸ばしてきた。

 獄寺隼人も振りほどきたかったが、この激戦の後では身体に上手く力が入らない。

 

 まもなく爆破の予告時間となる。

 別の教室から、次々とハリケーンタービンに仕掛けられた時限爆弾が爆破する。

 

 Dr.シャマルからリングを敵に譲って引き上げろと告げられる。このままでは敵とお陀仏だ。

 だが、獄寺隼人も簡単には引き下がれない。自分が負ければもうあとがないのだ。

 

 「手ぶらで戻れるかよッ!」そうやって意地になる彼の姿に、モニターを見つめる沢田綱吉はショックを受ける。

 十代目とか、ボンゴレリングとか、そんなよくわからないことのために彼が命を落とすなんて馬鹿げてると思った。沢田綱吉にはそんなことより、彼に他に言いたいことがある。

 

 円陣を組んだ時に君に言ったことを、もう忘れてしまったのか。彼の小さな拳が、わなわなと震えてしまっている。

 

 

 Dr.シャマルに修業で教わったことを、彼も忘れてはいなかった。だから、一番の使いどころで、自分の命で十代目に貢献しなければと思った。

 

 それが、今なんだ。

 

 

 

 

「ふざけるなッ!!」

 

 

 誰の声にも耳を貸さなかった獄寺隼人の動きが、止まる。

 

 肩で息をする沢田綱吉の声に、この場にいる全員が耳を傾ける。校内スピーカーがはち切れんばかりの、獄寺隼人への渾身の叫び。

 

 

「何のために戦ってると思ってるんだよ! またみんなで雪合戦するんだ! 花火見るんだ! だから戦うんだ! だから強くなるんだ!」

 

 

 

 いつも周りの顔色を窺うばかりだった沢田綱吉が、自分に帰って来いと必死に声を上げている。

 

 霞んだ視界に雪合戦や花火の思い出が浮かんだ。リングを掴んでいた手が緩んだ。

 

 

「またみんなで笑いたいのに……君が死んだら意味がないじゃないか!!」

 

 

 城を飛び出してから、周りの大人達が汚く見えて、グレているばかりだった。

 路頭を彷徨っていたところを九代目に拾われ、沢田綱吉と出会ってからの二年間は、彼の隣で心から笑えることが多くなった。嫌な奴と張り合うことも、バカな奴らに振り回されることも、一人でブラブラとマフィアを彷徨っていた時期よりずっと心躍る時間だった。

 

 沢田綱吉が、この戦いに懸ける思いは、最初から変わっていない。ランボを助けた時もそうだったじゃないか。

 この戦いで彼の願いは、次期後継者の椅子じゃない。このメンバーでまた当たり前の日常に帰ることだ。

 

 

 

「……十代目」

 

 

 

 

 今なら、わかる気がする。

 

 右腕として、友達として、その言葉を選んでくれた意味が……。

 

 

 

 

 彼はそうしてリングから手を離した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思い出さないでくれて……よかったのに……」

 

 

 少しだけ雨の気配が弱まる気がした。

 ふと自分から視線を逸らし、恥じらうように目線を下げる。その言葉とともに憂いを帯びた視線に、不思議と惹き込まれそうになる。

 獄寺隼人もロクに関わることのなかった女子生徒に、どう切り返していいのかわからない。

 

 

「なあ、ひとついいか?」

 

 しっとりした女の声。

 すぐさまこれまでの流れから切り替え、再びこちらの顔を覗き込むようにして見つめる彼女の視線が、イタイ。

 

「あぁ?」

 

 半分照れ隠しのつもりで返事をする。濡れた彼女の髪や肌が、妙に艶っぽい。こんな土砂降りの中、河川敷の一角で、そんなことを考える。この女にゾッコンだという彼には少し申し訳ない。

 

 

「沢田綱吉が死ねと言ったら、君は死ぬのか?」

 

「なんちゅう縁起でもねえこと言ってんだッ!!」

 

 その口調から想像にもしなかったえげつない内容の問いかけに、今までの張り詰めた空気もぶち壊して獄寺隼人は叫んだ。

 全く縁起でもねえ。そんなことが現実に起きたら悪夢だ。しかしそれでも、彼はこう質問に答えた。

 

 

 

「ったく何かと思えばクソつまらねえこと聞いてくんじゃねえ。十代目の右腕なら、十代目のためにソッコーで死ぬ覚悟くらいできてんだ。あのお方の生涯右腕が務まるには、そんくらいの覚悟背負ってかねえと」

 

 

 少しの迷いもない彼の口振りに、紫乃は安心した表情で素っ気なく返した。

 

 

「そうか。わかった」

 

 

 愛想もない女はそれの答えを聞くと彼に興味をなくしたのか、視線を合わせることもなく寂しげな背中を向けて行ってしまった。

 

 一度は引き止めようとしたが、真実を引き出すためのきっかけになる言葉が見つからず、結局は霧に消えゆく彼女の姿を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嵐のハーフボンゴレリングを捨てて、獄寺隼人は図書室を飛び出す。

 爆発から逃れるために、最後の力で仲間が待っている場所に駆け出していく。

 

 

 

「へっ。そういうことかよ……」

 

 

 空っぽの自身の手を見て、悔しさが一気に込み上げてくる。勝負に負けたのもあるが、あの時自分にとんちんかんなことを質問した女の真意が解けてしまったからだ。

 

 あんな暗い女に自分のことをわかったように思われてしまうのが、獄寺隼人には癪である。

 

 

 

「カッコつかねえじゃんかよ……」

 

 

 ボロボロになりながら一生の仲間に迎えられた彼が小さくこぼしたその小言を、聞いている者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【十月二十一日

 

 嵐の対決、ベルフェゴールが執念を見せ、嵐のボンゴレリングを持ち帰った。

 

 けれど、勝ち負けよりも、最後に命を取った君のここ一番の成長は素晴らしかった。

 あの時、君なら沢田綱吉の気持ちに必ず応えてくれると思ったからだ。必要ないと思ったが、お節介をかけてすまない。

 

 

 昔のことは、忘れていい。

 まだまだ頼りない若きボンゴレのそばで、居場所がなかった君が心から笑っていてくれるなら、それでいい。】

 

 

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