REBORN DIARIO 作:とうこ
森林の奥地の丘陵に佇む古城の内部では、月に一度の客人を招いた懇親会が開かれる。そこでは各界の著名人らや大富豪マフィアの重役も数多く招かれ、立食式の食事やオーケストラの生演奏に舌鼓を打つことができる。
この日の宴会では、六歳になったばかりの獄寺隼人も、客人にピアノの演奏を披露するよう父親から言いつけられていた。
だが、この日も当然バックレようとした彼は、しかしその逃亡に失敗し、城の執事や使用人から現在追われるハメとなっていた。
まだ六歳の子供とは思えない逃げ足の速さで追手を巻きつつ、城のどこに身を潜むか獄寺隼人は考えた。このくだらないパーティーがお開きになるまで絶対に見つからないところがいい。
彼の父親のメンツなど知ったことかと言った少年の残酷さのお陰で、今頃舞台の袖では大勢の大人達が混乱していることだろう。それくらいは彼にも予想がついた。
古城内部を探索しながらいい隠れ場所を探す彼の前に、一人の男の大きな影が被さった。
「君が脱走した例の少年か」
眼鏡の奥に鋭い眼光を光らせる得体の知れない男は、獄寺隼人の幼い容姿を見下ろして言った。子供が相手だというのに、それに見合う愛想を全く見せる様子もない。
しかし、獄寺隼人も並のクソガキではない。見ず知らずの男を相手にいきなり啖呵を切った。
「誰だよてめぇ」
「このパーティーに招かれた客人だ。君の執事から君が逃げたと小耳に挟んだので、私も協力することにしたんだ。お嬢様が招かれたパーティーを、こんな小僧に台無しにされては参るからな」
わけのわからないことを語る男の内情などどうでもいい。獄寺隼人は早く自身の隠れ場所を探すため、男を小型爆弾で振り切るとそこから逃走した。
遠くなる廊下の向こうから、クソガキッ! と怒鳴る声が聞こえたが、してやったとばかりに獄寺隼人は足を弾ませた。
男から逃走してまもなく、人気も寄り付かない廊下の奥で行き止まりにぶつかった。引き返してしまえばあの眼鏡の男に見つかると思った獄寺隼人は最奥にある部屋にしばらく籠ることにした。
部屋はさほど広くはないが、人気もない静かなところで、部屋の中央にはグランドピアノが置かれている。ここでピアノを弾いてパーティーが終わるまでの時間を潰すのもいいと獄寺隼人は思った。
そしてピアノの奥に置かれたテーブルとソファーに目をやると、むくりと身体を起こす小柄な人影がいた。
「……だれ?」
彼の目に一番に飛び込んだのは、小柄な少女の透き通る肌と、彼を見つめる大粒の宝石のように輝く双眸。歳は変わらないように見えるが、獄寺隼人を見ても落ち着いた物腰が大人びた印象だ。小柄な身体に見合わない長い黒髪が彼女の白い肌とは対照的である。その華奢な身体に纏う飾り気のない白のパーティードレスが、その娘の淑やかな雰囲気によく映える。
彼女もこのパーティーの参加者なのか? その質素に着飾る少女の姿を前に、幼い獄寺隼人は思う。
少しの間じっと獄寺隼人を観察していた彼女の色素の薄い唇から流暢なイタリア語で話しかけられ、言葉が詰まるのを実感しながらも強気に言い返した。
「あ、あんたこそ誰だよ。こんなところで何して……」
先客がいたことに動揺していたが、その時コンコンと部屋の扉をノックする音がした。心臓が飛び跳ねながら、まさかあの男が自分を追ってきたのではないかと、獄寺隼人は慌てて隠れる場所を探して部屋を見回す。
――すると、見ず知らずの少女の手が、獄寺隼人を引き止める。
「失礼致します。セラン様」
「オッタビオ……」
眼鏡の年若い男が、控え室の扉を叩いて入ってくる。二十代半ばの生真面目なその風貌には、他のマフィアとは一線を引く凛々しさがある。その端正な顔つきに反して、眼鏡の奥には野性的な眼差しを感じられる。
その男が、安静にする彼女のもとまで近づくと、柔らかな雰囲気を纏う。
「お嬢様、ご気分はいかがですか?」
「少し横になったから平気よ。ありがとう」
「では、お嬢様が楽しみにしていた演目までもうしばらくこちらでお休みください」
繊細な少女の身体を気遣い、優しい声をかけてくる。献身的に世話役を務める彼は、あの人がいなくなった後も残された部下達のために毎日忙しなく動いてくれた。
「……ところで、カーペットが汚れていますが、誰か部屋にお招きしましたか?」
部屋の焦げ茶色のカーペットが、汚れているように見える。それは靴跡のようだ。はじめこの部屋に入った時にあったものだろうか?
「さあ、知らないわ。ずっとこの部屋で一人で休んでいたもの。急に部屋を用意してもらったから、掃除が行き届いてなかったのかも」
普段と変わりないさっぱりとした少女の口振りに、オッタビオも彼女の身体を労わってそれ以上は言及しなかった。
「時間までもう少し休んでいたいの。もういいかしら?」
「……それでは時間になればお呼び致します」
控え室の扉が完全に閉まり、男の足音が遠くなると、部屋の奥のクローゼットに呼びかける。
「行ったわよ」
カラッとした態度のその女に、恐る恐る押し込まれたクローゼットから顔を出した獄寺隼人は、歯切れ悪く言い返した。
「な、なんだお前。どうして俺を――」
焦る獄寺隼人を半ば強引にこのクローゼットに押し込んだ本人は、少し意地の悪い顔をして彼の疑問に答える。
「姉のクッキーを食べたくなくて、逃げ回っていたんじゃないの?」
「ど、どうして、それを……」
大勢の大人達から追われる面倒を起こしてまで、彼がこのパーティーから逃げ続ける理由を明確に突く女に、まだまだあどけない獄寺少年は、明らかに動揺している。
「あなた個人に義理はないけど、あなたの演奏するピアノは好きよ。綺麗な音色ね」
いきなりそんなことを言われるとは彼も思ってはいなかったので、初対面の女の子を前に言葉の歯切れはさらに悪くなる。
押し黙ったままでいる年下の少年に、その見た目とは裏腹に無邪気な一面を合わせる彼女は、ほんのりと顔が赤いように見える彼にこんなことを言った。
「ねえ、本当にパーティーには出ないの?」
「嫌だね。戻ったら親父に怒られて姉貴のポイズン料理を食わされてイカれたようにピアノを弾かされるんだ。ぜってーに御免だ!」
意地でもパーティーには出たくないと押し切る幼い彼に、彼女も少し考え込む。
突然訪れる沈黙にも獄寺隼人には耐え難い。ここを出て別の隠れ場所を探すか、決断しようとしたところに彼女の完熟した果実のような瞳がこちらを見る。
「じゃあ、今ここでお聴かせ願える? あなたのピアノ演奏。あなたを匿ったお礼に」
少女の思いがけない提案に、獄寺隼人はたじろぐ。
「はぁ!? なんで今会ったばっかのお前にんなこと……」
「言ったでしょ。あなたのピアノが好きなの。こんなつまらない大人達のパーティーに出席したのも、あなたが演奏するピアノをちゃんと聴いておきたかったから」
赤い目の奥に獄寺隼人が汲み取れない感情を含んで、一心に自分の姿を見つめている。
「なんで、お前……俺のこと……」
その先の言葉を続けようか彼が迷うと、無邪気な眼差しを自分に向けた少女の顔色はみるみると萎んでいく。
まるで誰の目にも触れられず耐え忍ぶ可憐な花のように。
「さあ、なんでかしら。遠くから見ているだけでよかったと思っていたけど、君と私は少し似ているから」
悲しそうに微笑んだ理由が、彼にはよくわからなかった。軽やかな羽根飾りの真珠は、涙のようにキラリと光る。
その憂いを映す真紅の瞳に魅了されながら、幼い彼は白い鍵盤を弾いた。
彼と直接話をしたのは、あの一度だけ。
何度かゲストとして招かれたピアノの演奏会で、彼のピアノ演奏を一番楽しみにしていたことは、ずっと彼女の中で内緒にしているつもりだ。
君の母親譲りのピアノが、大好きだった。
昨晩、獄寺隼人と対峙したこの河原の河川敷で、紫乃は幼き日の
思い出さいないでくれてよかった。今の君には仲間がいるから。君を苦しめた辛い思い出は、もう必要ない。
あの日のピアノの音色は、私だけがずっと憶えているから。
右腕として奮闘する彼の姿を見届けることが叶わなかったのは残念でもあるが、紫乃は不安など微塵も感じていなかった。
君のそばには、沢田綱吉が付いているから。
並盛の夜景を目にして、紫乃は深く息を吐いた。
嵐のリング争奪戦に彼女が赴くことができなかった理由は、他にもある。
今頃、ボロボロに破壊された校舎を目の当たりにして、怒りに震えている頃だろうか。収拾がつかなくなる彼らのことを考えるだけで、自分が最悪のタイミングで顔を見せるわけにはいかないなと紫乃は思った。
【明日は、彼の出番が来る。
相手は、剣帝を倒し今の暗殺部隊にのし上がったほどの腕の男だ。
もしも君が万が一、倒されることがあれば、どう償えばいいか。そんなことばかり考えてしまうんだ。
伊波紫乃なんて偽りの自分で、あなたと出会わなければよかった。次にどんな顔をして、君に会えばいいのかわからないんだ。
でも、仕方ない。過去の時間は巻き戻せないんだ。引き返せないのなら、選択肢を誤ってはいけない。
これが彼らを守るための最善であると信じよう。そして、あなたを守るために、私にできること。
山本武。君なら、ボンゴレの業を洗い流す唯一の村雨になれる。この醜い血の争いを、君の一太刀で清算してはくれないか。】
獄寺との幼少期のお話は隠し弾をおさらいしつつ仕上げました。
せっかくいいお話なのでもっと洒落たタイトルを考えたのですが、全然思いつきませんでした。
隠し弾では「あのひとの息遣い」「愛のカタチ」などふお〜っとなるワードが山ほどあったんですが、サブタイだけ見たら獄寺の母親要素が不十分なので結局これに落ち着きました。納得はしていない。
これを書いていて「愛」はこのお話全体のテーマでもあるので、今後の展開やサブタイの参考になるかも。
あとこれで獄寺の彼女への当たりがマイルドになるか……ならないか。