REBORN DIARIO 作:とうこ
しばらく更新停滞します。
彼女の目に映るへなちょこな彼の真剣な顔つきは、大空の彼にとてもよく似ていた。
まだ会ったこともない記憶の中の若きボンゴレの少年と君は、よく似ている。
人がいいところも、ダメダメなところも、仲間を大事にする者の素質も、全て彼女にないものを、君達は持っている。羨ましかった。
だから、君を妬んだんだ。
数日後に彼女をキャバッローネのシマに招くことが、ディーノの知らぬところで話し合われていた。
ディーノがそのことを知ったのは、シマの港にボンゴレのプライベート・ヨットが到着してからのことだった。
「俺の知らないところで話が進んでたらしくて、その……すまない。止められたらよかったんだが……」
止めたところであの赤ん坊にフルボッコにされてどの道連れ出されてたのは目に見えていたが、嫌がる彼女を巻き込むのは申し訳ないと思った。
「君が謝ることじゃない」
城から無理やり連れ出されたお嬢様は、ディーノにそう言いつつ、しかしかなり機嫌を損ねているようだ。
こんな気難しいお嬢様のご機嫌取りなんて押し付けるなよとディーノは主犯である赤ん坊に言ってやりたかった。
今朝から姿を見せないが、どーせまたどっかでこちらの様子を見ているんだろう。
それにしても困った。ディーノは今朝来客を聞かされたばかりだから、これといったもてなしも用意していない。ここまで慌ててやって来たものだから、身なりも皺くちゃな白シャツの格好のままである。
手持ち無沙汰でこのお嬢様をどうするか、ディーノが手をこまねいていたところにシマの子供達が嗅ぎつけてきた。
「ディーノじゃん! 何してんだよ!」
「げっ! ちょ、お前ら……」
「誰この人? ディーノ兄ちゃんのお友達?」
「ちょうどいいや。俺達食堂に行くとこだからディーノ達も行こうぜ!」
あっという間にディーノ達を取り囲んだ子供達はやいのやいのと騒ぎ立てる。珍しい客人に興味津々であるらしい。
そんな子供達の話題にある場所に、意外にもお嬢様は反応を見せる。
「食堂?」
食堂というのは、ディーノが束ねる港街にある昔ながらの大衆食堂だ。ディーノも昔からよくそこを訪ねていて、度々シマの人々とも交流している。
特にあの食堂のピッツァは、ディーノも一番のお気に入りだ。せっかくなら庶民の味を知らないお嬢様にもシマの自慢の味をご馳走してやりたい。
「おしっ! じゃあみんなで食堂のオバチャンにご馳走になるか!」
港からそう遠く離れていない食堂では、珍しい客人を招いた歓迎パーティーが行われた。
というのも、ディーノ達に最初に会った子供達が話を広げて噂を聞きつけた街の人々が集まってきて、気づけば食堂は満席になっていた。
わらわらと人が集まるシマの大衆食堂では、右も左もわからないお嬢様の客人を街の人々が次々ともてなし、自慢のピッツァを彼女にご馳走した。
「ど、どうだ?」
一口食べて黙り込んだまま口をモグモグさせる彼女の反応がここ一番で気になってしまう。恐る恐るディーノは尋ねた。
「うん。とても美味しい」
「だろ! やっぱオバチャンの焼くヤツは一番なんだよ!」
彼女がそう答えれば見る間に顔色をパアァァっと明るくするディーノに、子供かとすかさず彼女からつっこまれた。目の前でご飯の取り合いをする子供達と自分は大して変わりないのか。こんな場だからディーノも軽く笑い飛ばした。
「こんなに大勢の人達に囲まれてきたんだな」
食事の手を止め、大勢の大衆に満たされた食堂の中を見渡して、隣にいる彼女は呟いた。
その目の奥が不意に寂しそうにしていたのに気づくが、自分の目がおかしいのかと、ディーノは不思議に思う。
「ああ、みんな俺の大事なファミリーだ。この食堂も、この街も、俺が守ってかなきゃな」
「……そう」
「親父が残した財産だからな」
「君の父親は……」
「半年前に亡くなったんだ。俺のせいで親父は死んだ。俺が、逃げてなけりゃ……」
自身の腕に受け継がれたキャバッローネの証は、父親を見殺しにした罪も一緒に背負っていくための覚悟を刻んだものだ。
今のキャバッローネのためにできることなら何だってやり遂げてやる。ディーノが受け継いだ使命であり、償いだ。
「……とっ、悪い。こんな暗い話しちまって。まあ、なんだ。俺がこれからキャバッローネを大きくしていくんだ。そのために周りの大人が色々手回して、あんたにも迷惑かけたけど……」
お気楽に笑っているディーノの顔には、余裕がなかった。それは彼の隣に座っている彼女にもわかっていた。
食堂での歓迎パーティーを済ませてから、ディーノ達のあとを付いてきた子供達を交えて、キャバッローネのシマを彼女に案内した。
自然が多く集まる彼らの土地は、古城に閉じ籠もる生活をしていたお嬢様には初めて見るものばかりなのか、子供達と無邪気に笑い合う年齢相応の姿にディーノは釘付けになった。
空が暗くなると、満天の星空が
吸い込まれそうなほど煌めく星々の下で、若い二人の男女は歩幅を合わせながらどこまでも続く高原の中を歩いた。
星の不思議な輝きに目を奪われる彼女の黒髪を、闇が仰いだ夜風がさらりと撫でる。無邪気にそれが揺れる度、ディーノの胸はドキドキした。
「君の故郷は、星が綺麗だな」
「ああ。なんもねーとこだけど、俺にとっちゃこの場所が一番だ」
彼がそうやって何気なく言った言葉は、彼女が面を繕って隠そうとした古傷をチクリとさせた。彼が悪いわけではなかった。食堂の人々の笑顔も、この自然も、彼女には全部ないものだ。
俯いたままの彼女の胸の内を知る由もなく、彼女の隣では平然を装うようにディーノは真上に広がる夜空の絶景に気を逸らした。
それから二人は、月に一度は顔を合わせるようになる。
あれからもディーノのシマに度々遊びに来るようになり、あの食堂にもよく食べに来てくれた。お世辞ではなく食堂の味を気に入ってくれたことは、ディーノにとってとても嬉しいことであった。
食堂ではシマの子供達の遊び相手になってくれたり、地域の人々との交流も好意的にしてくれた。
しかし、ディーノが目を離している内にシマの男達に次々と口説かれているお嬢様には少し困ったものだ。少しも目を離しておけない。
「この髪飾り、似合ってるな。いつも身につけてるよな」
「ああ。君の刺青のようなものだよ」
ディーノの左腕にある刺青と似たようなものであるらしい。そうやって彼に微笑んでみせたのは、どういう意味だろうか?
ディーノがこの刺青を受け継いだのは、第一にキャバッローネやシマの人々のためだ。
彼女の髪飾りにもそんな意味が込められているのだろうか――?
「どうだ? 順調か?」
彼女との交流が増えた頃になると、この家庭教師が仕事中にちょっかいをかけてくることも恒例になってきた。
「なんだよ。冷やかしか?」
「まあな。お前にしてはよくやってるじゃねーか」
「ちげーよ。そんなんじゃ。彼女とはただの……」
ふと、その先が続かないことに、彼自身は気づいた。
彼女と自分は、一体なんだろう? 最初に出会った頃に、大人達の都合に振り回される彼女を気の毒に思ってから、ディーノは放っておけなくなった。最近ではくだらない話をして笑顔を見せてくれることが増えた。
でも結局、彼女との関係を明確に表す言葉は、この時まだ見つからなかった。
そんなことを頭の隅に抱えながら彼女との面会に向かうディーノは、慣れない気張った格好に身を包んで、人気のない古城の回廊を進む。
少し早い時間に着いてしまったが、城の内部へは問題なく通された。深い森林の奥地に聳えるこの古城に通うのはこれで何度目になるが、城の陰鬱とした空気といい、こんな閉鎖的な場所に彼女は閉じ込められているのかと彼も少し気に病んだ。
約束の面会室の扉を叩くと、人影がいた。
シャンデリアに明かりも灯さず、暗い部屋に一人でいるその人影は、彼がよく知る人物だった。
「どうしたんだ?」
ディーノがそう尋ねても、彼女は何も答えようとしない。頭は俯いたまま、部屋の隅の窓際から離れようとしない。
ディーノからそっと近づくが、その手を振り払われる。どうしてもこちらを振り向かない彼女だが、その肩は僅かに震えている。
ここで彼女を一人にしてやるべきか、ディーノは悩む。
けど、目の前にいるか弱い少女を放っておけなかった。
「秘密にしててやるから、辛いなら我慢するな」
彼女から一度振り払われた手で、もう一度彼女の身体に触れる。鼓動が伝わりそうなほど彼女と密着したのは、初めてかもしれない。
後ろから彼に抱き締められた彼女は戸惑う様子を見せたが、ディーノを強く拒むことはしない。
それから彼女の身体が自分から離れるまでは、ディーノはそばで彼女の啜り泣く声を静かに聞いた。
「……もっと、早く君から離れるべきだったんだ」
開口一番に彼女が口にしたのは、それだった。
「どうしてだ? 俺は、お前のことを……」
部下達やあの家庭教師の前では誤魔化し続けた自分の気持ちが、彼女を前にして形になり始める。
初めて生まれた感情に、彼女の悲しい言葉に、彼は戸惑うばかりだった。
「君は将来、キャバッローネを背負って立つ男だ。君を支えるのに、私は相応しくない。わかってくれ」
まだ涙が乾ききっていない瞳は、ディーノを一瞥する。ディーノの気持ちなど無視して、見なかったふりをして、突き放そうとする。
「なんだよそれ……そんなことで、ここで一人で泣いてたのか?」
「……」
「お前が思い詰めることじゃないだろ。俺が、まだまだへなちょこだから、不安にさせちまってるんだ。お前がそう思うなら、これから俺はもっと強くなってやるよ。ファミリーも、お前のことも、大事なもんが奪われないように、この手で守ってやる。それができるようなボスになってやるよ。お前が、一人で思い詰めることがないように」
人知れない場所で彼女が震えていたのなら、そばにいてやりたい。
今の彼なら、少しずつそれができるような気がした。もっと力がほしい。そのために自分の血が流れても、彼は昔のように恐れはしないだろう。
「ディーノ」
小さく硝子のように繊細な声だが、初めて自分の名前を口にしてくれた。
自分の中に一気に力が溢れるような気がして、自分はまだまだへなちょこなんだと実感する。
「お前のことが好きなんだ。セラン」
幼き日のディーノの覚悟と誓い。
古城の窓から差し込む朧げな月明かりの下での二人だけの誓いを、長い髪を切り落とした彼女は、まだ憶えていただろうか?
その数年後に、彼の誓いは脆く儚く、破られることになる――――。
「セランッ!!」
ヴァリアーの所有するアジトへと逸早く駆けつけたディーノは、使用人が先に扉を開けるのを待ちきれず扉を押し開けた。
ここに来る数時間前にロマーリオに聞かされた内容に、ディーノは真っ先に彼女のことが心配になった。いてもたってもいられず、書類仕事も切り上げて彼女に会いに来てしまった。
部屋の中に入ると、テーブルを囲んでたくさんの使用人達の群れが飛び込んでくる。
「セラン……」
「ディーノ……」
数名の使用人が囲むその中心に、お嬢様の姿があった。
初めてディーノと会った頃よりも、大人の女性として魅力を増した恋人の姿は、ディーノがここに来るまで泣き腫らした目をして、かなり憔悴していた。それほどショックを受けているのだろう。
ディーノがそこに駆けつけると、あとを任せて使用人達はそそくさと部屋を出ていった。気を遣わせてしまった彼らにディーノは頭を下げて、椅子の上に崩れ折る彼女のもとに近づいていく。
ディーノの気配に気づけば濡れたハンカチを握る手を緩めて、静まり返る部屋に啜り泣く声を漏らす。
「本当なのか……オッタビオが、死んだって」
その問いかけに、コクリと頷くだけだった。
「ロマーリオから聞いた。城の内部で、何者かに殺られたって……辛かったな」
犯人は未だ判明していない。しかし、城の内部で起きたとなれば、身内の犯行である可能性が高い。
オッタビオは、兄を失った彼女に献身的に尽くしてくれたヴァリアー幹部の筆頭だった。信頼も厚く、暗殺部隊の立て直しにも尽力してくれたのが彼だ。そんな近しい人物が亡くなってしまった事実は、鳥籠のお嬢様の中でも大きなショックだろう……。
ディーノも、彼女と初めて対面した際に付き人役をこなしていた彼の姿はとても印象に残っていた。その眼鏡の奥に潜んだ鋭い眼つきが冷ややかに感じることもあったが、真面目な青年だった記憶がある。
酷く気を落としている彼女にかけてやる言葉がなかなか見つからず、華奢な身体を抱き締めてやるくらいしかできなかった。窶れた彼女の身体はディーノの腕の中でも震えていた。
ディーノはどうしてやるか、色んな思考を巡らせた。自分がどうすることが、彼女の中の不安を取り除けるのか、彼は考える。元気づける言葉ならいくらでもある。でも、もっと何かあるはずだ。
昔、彼女に誓った言葉を思い出す。
今なら、その想いを口にすることが赦される気がする。
「セラン……こっちを見てくれるか?」
優しい声で、耳元に口を寄せ彼女にそう囁く。
ディーノの指示に従い、俯いていた顔を恐る恐る恋人の方へと振り向いた。
「ごめんな。お前を悲しませないって……あれからお前のために強くなろうって誓ったのに、俺はまだまだへなちょこだ。またお前にそんな顔をさせてすまない」
彼女の前に跪くディーノが見上げている。もう少し彼が近づけば口づけを交わすほどの至近距離である。突然そんな切ない言葉を彼からかけられるとは思わなかった。
「君が思い詰めることじゃない……」
「前にも言っただろ。お前を好きになるために、俺は強くなりたかった。今でもその気持ちは変わらねえけど、今はもっとお前のことを愛してしまったんだ」
出会った頃から、もう六年が経つ。
ディーノも腹を括る覚悟はできていたし、遅かれ早かれ自分はこうしていただろう。
親しい人の死の悲しみに打ちひしがれる彼女の涙を見て、抑えることができなくなった。
「お前のそばにいられるように、俺のそばにいてほしい」
こんな一途な彼の甘い言葉に酔いしれられたら、彼女も愛を手に入れることができたんだろう――。
「俺と、結婚してくれないか?」
そして、彼女は今から、最悪の形で彼の愛を奪うのだと、握りしめられた手を振りほどいた。
「ありがとう。ディーノ。嬉しかったよ……」
振りほどかれた手が、彼女の前で行き場をなくした。どうして彼女がそう言って微笑んだのか、彼にはわからなかった。
「セラン?」
「結婚はできない。この件で暗殺部隊は九代目の監視下に置かれている。君にも迷惑をかけてしまう。もう会わない方がいい」
「そんなの……納得いかねえよ」
どうして冷たいことを言うんだと、彼女の心を見透かすことができたなら、彼も乱暴な口づけを彼女にすることはなかっただろう。
想い描いた彼女との幸せな誓いは、彼の中で脆く崩れていく――。
「ディーノ……」
「守るっつっただろッ」
「うん。あなたは守ってくれた。もう十分だよ」
彼の頬に手を添えて、前髪を横にそっと流して、彼女は最後の口づけを彼にした。
彼の目の前で、彼女の髪飾りはゆらゆらと無邪気に揺れていた。
「さようなら、ディーノ――……」
ディーノの昔の惚気話を聞かされるはめになった雲雀恭弥は、真面目に彼の話を耳に入れたわけではないが、ここしばらく音沙汰無しの彼女のことが気がかりだった。
今の自分は、並盛から遠く離れた地にいる。
彼女のことを探し出すどころか、自分は戦いに逃げているようだ。逃げる、なんて、彼らしくもない。こんなことは、今までありえなかった。
伊波紫乃……その娘のことを考えると、ムカついた。
「……ただ咬み殺すだけでは、つまらない気がした」
簡単に手に入ると思った。
彼女の肉を裂いて、骨を砕いて、この手が彼女の血で汚れることを、以前は疑いもしなかった。
同じクラスの山本武に度々邪魔をされても、いつか必ず彼女を振り向かせられることができると、彼は疑いもしなかった。それは雲雀恭弥の執念だ。
並盛の他にも、彼が恐らく初めて見せる執着だ。自分でも少しばかり戸惑っている。
どうして、あの娘なのか。
伊波紫乃の存在は、どうしてこんなにも心を掻き乱すのか。動揺するのか。思考が彼女のことでいっぱいになる。
「他の小動物とは違う。もっと君のことを深く知ってから、グチャグチャに咬み殺すつもりだった。でも、咬み殺すだけでは何かが満足しない……」
咬み殺すことじゃない。もっと別の手段がある。
トンファーを降ろした自身の手を見つめ、雲雀恭弥はそんなことを思う。
まだ具体的には、形になっていない。ひとまずこの男との戦いが一段落したら、ゆっくり考える時間はある。今は目の前の戦いに集中しよう。
「恭弥……」
これまでは生意気な奴だと思っていたが、この時ディーノは彼のことを初めて可愛い奴だと思った。
雲雀恭弥の不器用で健気な姿は、思わぬところでオヤジ達の枯れた心に染みていた。
そして雲雀恭弥は、視界に立ち憚る金髪の男を、じとりと睨みつける。
この男を倒して、必ず君を見つけ出す。
もしも次に君を見つけられたら、今度こそこの答えが出るような、そんな曖昧な予感がしていた。
しかし、彼らはまだ知らない。
目の前にいる男が、己の恋敵であることを。
両者の想い人は一致し、しかしながらそのことに彼らがまだ気づいていないことを。
そして二人を引き合わせたのが、あの赤ん坊の策略であることを――……。
彼らが事実を知った時、一人の少女を巡る戦いは、一体どんな修羅場を巻き起こすのかと、その赤ん坊が密かに楽しみにしているとも知らず、二人の男達は再び壮絶な死闘へと繰り出すのだった。
――――じゃじゃ馬とのここ数日間の修業の中でそんなこともあったなと思い出に浸るディーノは、今や自分が若い奴らを引っ張る立場となった。
彼の隣に昔の彼女の姿はないが、今はこの戦いで、若い彼らの成長を見守ることがやり甲斐でもあった。
「で、ヒバリはどれくらい強くなったんだ」
奴の修業の成果を、この赤ん坊が単刀直入に切り出す。雲雀恭弥のこと以外のディーノの話には全く興味がないらしい。彼も少し苦虫を噛み潰す。
「どーかな」
「なっ!? どーかなって何ですかソレ〜〜!?」
はっきりしないディーノの返事に、そばにいた沢田綱吉が声を上げる。
だが、ディーノもヘソを曲げて適当に返したのではない。相手が雲雀恭弥だからこそ、彼の成長への可能性は、今のディーノに断言できるものではない。
「あいつの成長は底なしだからな」
今の彼らにそれだけは言っておいた。
しかし、まだまだ安心できる流れではない。ディーノにその話を聞いた山本武は意気揚々としているが、彼には一番に伝えておくことがあるとディーノはそのために並盛中まで足を運んだのだ。
「スクアーロのことをお前に話そうと思ってな。攻略に役立つかもしれねーしな」
「ディーノさん、あいつ知ってんスか?」
「ああ……よく知ってる」
山本武の顔つきが俄に変わった。その男の名前を出した瞬間、鋭いものを宿したのをディーノは見逃していなかった。
「スクアーロは、ヴァリアーのボスになるはずだった男だ――」
昔と大きく変わったディーノに対し、学生時代の一時を共にした奴は、昔と殆ど変わらない男だった。
昔から型破りな男で、剣士でありながら自分のスタイルを持たず、古今東西の剣士を倒して剣技を吸収していった。そして今のS・スクアーロとなるに至るまで、ヴァリアーのボスであった剣帝を倒し、自身の剣技を完成させた……。
誰もがスクアーロが次期ボスであると疑わなかったが、しかしそれを一人の男の存在が覆した……。
「XANXUSに何か大きな謎があるのは確かだ。いくつか想像はできるが、真実は闇の中なんだ」
XANXUSの真実を知るには、やはりこの争奪戦で彼らが勝つしか道はない。
未完成な沢田綱吉達には確かに難しい道だが、まだ希望はある。
「山本、はっきり言っておく」
彼らの道を開くために、これから彼らにとって酷なことが数えきれないほど待っているかもしれない。
昔の自分自身のように――……。
「スクアーロはいくつもの流派を潰してきた男……流派に頼っちゃ勝機はないぜ」
けれどそれを乗り越えなければ、誰も守れないことはわかっているはずだ。
ボロボロになるまで突き進むしかない。
「奴を倒すには流派を超えるしかねぇ」
同時刻――……嵐の決戦を終えてホテルの一室に戻ったスクアーロは、部屋の中央で椅子を引いて寛いていたXANXUSに戦況を報告した。
「ベルは勝ったぜ。しかも明日の勝負は俺だ」
明日の勝負に余裕で自身が勝ち、このくだらない遊びに蹴りをつけると意気込んでいたスクアーロの後頭部に酒が入ったままのグラスが投げつけられた。
彼の頭でそれが割れ、そいつの中身をモロに被ったスクアーロはすぐさま投げつけた本人を睨み返した。
「何だてめぇ……!!」
どきついアルコールの香りに鼻が潰されそうだと反吐を堪えるが、スクアーロが睨んだ相手はそんなの知ったことかとそいつに赤い目を寄越す。
八年前の復讐に血眼になる目が、獰猛な鮫を捉える。
「文句、あんのか?」
その男の赤い目に射竦められ、スクアーロは何も言い返すことができなかった。
――――あの八年前の光景が、ぶり返すからだ。凍りつくような、あの日の結末が。
「くっ」
やめておいた。あの日の出来事は、簡単に口にするものではない。スクアーロは自ら視線を外した。
ホテルに目的の人物の姿を探すが、どこにもいないことを不可解に思い、部屋で悠々としている奴に問い詰めた。
「セランはどこだぁッ!! あいつも今日来てなかったぞお゛ぉ!!」
ボトルに直接口をつけ残りの酒をガツガツと煽るXANXUSに居場所を尋ねるが、今度は視線を寄越しもしなくなった。
「知るか」
「知るかって、あいつはてめぇが連れてきたんだろお゛ッ!!」
この兄妹は一体どうなってんだあ゛ッ!! とスクアーロはもどかしい思いに振り回され、しばらくホテルの部屋中を歩き回った。そしてXANXUSから空のボトルを投げつけられた。
「くたばる奴のことなんざ……」