REBORN DIARIO   作:とうこ

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雨の一太刀

 

 今晩の雨の対決は、大勢の関わる者が注目するものだった。

 その理由は、雨の守護者候補である山本武が負けることがあれば、沢田綱吉側にはもうあとがないからだ。

 

 そうというのに、当人の山本武はこの真剣勝負において、相手から苦境を強いられていた。その相手は、数多く剣豪を倒しのし上がった百戦錬磨の男――S・スクアーロだ。

 

 

 序盤から時雨蒼燕流の型を抜く事態へと転がり奮闘する山本武であったが、その流派を強豪の相手には見破られていた。

 彼が受け継いだ時雨蒼燕流は、先代の頃にこの男によって倒されていたものだったのだ。

 

 流派に頼るな、ディーノのあの時の忠告が思い返される。

 

 

 

 繰り出した時雨蒼燕流の型をこの男には躱され、鮫衝撃を受けた左腕はしばらく使い物にならない。男が撃ち出す斬撃の雨に為す術なく、彼はアクアリオンの最下層に突き落とされる。

 

 鮫の男の鎮魂歌(レクイエム)の雨に撃たれる中で、山本武は歯を食いしばる。

 

 

 こうも一方的なのか……何もできない自分に憤りさえした。自分の弱さで時雨蒼燕流が倒されたなんて、この技をくれた父親が知ったら、きっと悲しむだろうと……。

 

 

 

 

 それに、やられる局面に彼の頭に浮かんだ一人の少女の存在――。

 

 

 まだだ。こんなところで、諦めてしまうわけにはいかない。あの娘との約束が、残っている。

 

 ここで自分が立ち止まったら、彼は二度と彼女に会えなくなる気がした。あの日精一杯彼女へぶつけた言葉が、全部嘘になる気がした。

 

 

 

 

 そんなの、カッコ悪いだろ。そんな無様な醜態をさらすわけにはいかなくて、彼の諦めのつかない思いは、戦禍に降り頻る雨の中でポツポツと響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「伊波、見てるか?」

 

 

 何百回と、口にした名前。

 ただ一人のクラスメイトのことを想って、死ぬほど彼の頭を悩ませて、それでもやっぱり口にしたそいつの名前。今のあいつに、届いているだろうか。

 

 

 

「俺は、正直に言ってバカだ。お前の気持ちだって、ロクにわかってなかったんだ。お前に今まで無神経なことばっか言ってたかもしれない。こんなことになってわかったんだ。俺が言った言葉が俺の知らないところで……お前を傷つけてたかもしれねーって……」

 

 

 校舎内に激しく打ちつける水音の中で、穏やかな彼の心に秘めたものは、静かに奮え出した。

 彼の足元を緩やかに流れていく水面、滲み出す鮮やかな血に、あの娘の面影を浮かべていた。

 

 

 あの娘の瞳に映る世界は、いつもこんな色だったのかと、教室でこっそり見ていたあの表情を思い出す。今更自分の脳天気さに、ほんとに腹が立った。

 

 

 

 

「ハハッ……ほんとバカだよな」

 

 

 いざあの場で彼女の真実を知ると、彼には全部を受け止められなくて、こんな自分は、結局情けない奴だと思い知らされた。

 これまで何度も辛い局面で、彼女に救われたというのに。

 

 

 

 

 あの夜の冷たい雨が降ったように、雨のフィールドは静まり返った。

 

 

 

 

「ゔおおおぉぉい゛! 負け惜しみが長げえええぇぇぞおぉッ!! てめえはここで俺に無様にかっ捌かれるんだあ゛!!」

 

 

 彼の頭上から、あの獰猛な牙の男が唸った。一度目はボロボロに負かされた相手だ。ここで彼が負けるようなことがあったとしても、不思議ではない。

 

 

 

「じゃあ、やられる前に言っといてやるよ」

 

 

 強敵に一方的にここでやられるだけじゃ、彼の虫が収まらない。たとえほんの数日の特訓でも、ここまで流した汗の努力は、本物だ。あの約束だって――。

 

 

 

 ここ一番に、息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

「好きだ。伊波」

 

 

 

 二度と口にするなと告げられたその娘の名前を、それでもまた口にして、戦いでボロボロになる彼はまた笑ってみせた。

 その笑顔は少し照れくさそうに見えたが、きっとどこかで見てくれている彼女に向けて、精一杯に自分の想いをぶつけているようだった。

 

 

「びっくりしたか? ちゃんとお前に言いたかったんだけど、タイミングとか、わかんなくてよ。でも、やっと言えたぜ」

 

 

 

 こんなことがなけりゃ、自分の気持ちを彼女に伝えることがもっと先になっていたと思った。

 こんなことになって、鈍い彼もようやく気づいたのだ。素直に認めてしまった方が、ここから前に進めると――。

 

 

 握り込んだ拳が、これまでのいろんな出来事を思い起こした。楽しい思い出だって、辛い記憶だって、そこにはある。

 

 いつも周りを明るくする彼の落ち込んだような笑顔が、そこにはあった。

 

 

 

  

 

 素直になれば、そのために彼はどこまでもまっすぐに突き進むことができる。

 

 

 一度は負けた相手でも、彼は進むために、この戦いに挑んだ。

 

 

 

「けど……お前があんな顔をしていた理由が、こんなことのためだったんなら……俺がこの戦いの流れを変えることで、"自分が惨めだ"なんてお前がバカなこと言わねえで済むんなら……」

 

 

 彼の周りの水面が揺れて、水音が跳ねる。

 正面を睨んだ彼の目つきには、殺し屋のそれと似た鋭く突くものがあった。

 

 

 

 

「勝つぜ。この勝負」

 

 

 

 ボロボロの身体で、それでも自力で立ち上がる男に、屋外で見守る誰もが目を離せずにいた。

 彼が固めた意地に、野次を飛ばす者はおらず、その姿を見守り固唾を飲む音がした。

 

 

 

 その屋内では、滝水の轟音が唸るフィールドの上から男の醜い罵声が飛んだ。

 

 

「うお゛ぉい、まだやるか? 得意の時雨蒼燕流で」

 

 

 鮫の眼が、牙を突き立て竹刀を持ち直す奴の格好を見下ろしていた。

 

 

「どぉしたぁ!! 継承者は八つの型すべてを見せてくれたぜぇ!!」

 

 

 

 その男は言った。先代の継承者は、八の型"秋雨"を放ったとともに無惨に散っていったと――。

 

 

 それを耳に入れて、山本武はひとつの考えにたどり着いた。

 

 肩で息を吐きながら、にやりと口の端が動く。

 

 

 

 

「ああ。時雨蒼燕流は、完全無欠最強無敵だ」

 

 

 

 敵が撃ち込んだ小型爆弾の爆発の中へと自ら突っ込んでいった。斬撃の水飛沫がフィールドのあちこちで飛び散り、彼の肌を針のように刺す。

 圧倒的力の前で挫けそうになる苦痛さえ、彼の内に秘めた闘志は燃やして、そして彼は前進することをやめなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――"篠突く雨"は、八つの中でも、八番目にできた型でな。若い継承者が、大事な友達を助け出すって時に生まれた技らしいぜ。

 

 

 

 崩れ落ちたアクアリオンのブロックを上り詰め、彼は再び竹刀を構えた。すると相手との距離を一気に詰めていく。竹刀の刀身は潰れ、刃を剥いた。

 

 

 

「さぁ打てぇ! 秋雨を!!!」

 

 

 これまですべての時雨蒼燕流の型を見破られてきた。その山本武の顔つきには微塵も恐れはなく、相手の懐へと一直線に切り込んでいく。

 

 

 

 

 

 篠突く雨――――時雨蒼燕流・攻式八の型を打ち出した彼の刃の峰は、鮫のように正面から食らいついた相手の懐にヒットした。

 

 屋内に溢れる水面に血を垂らしながら、その男がすぐさま彼に問い詰めた。時雨蒼燕流以外の流派を使えるのかと。

 

 

 山本武は、頭を振る。

 

 

「八の型"篠突く雨"は、オヤジが作った型だ」

 

 

 

 

 その鮫の男だけでなく、屋外から見守る者からもざわめきが起きた。

 その中で合点がいったように、ディーノの肩にとまる赤ん坊が口を開く。

 

 

「なるほどな。それで八代、八つの型なんだな」

 

「ん?」

 

「時雨蒼燕流にとって、継承とは変化のことなんだ」

 

「変化……?」

 

 いち早く彼の声に反応した沢田綱吉が、どういうことかと家庭教師に問い返す。時雨蒼燕流の"変化"のことを、赤ん坊はこう見解した。

 

 

 

「恐らく山本の父とスクアーロが倒した継承者は、同じ師匠から一から七までの型を継承され、その後それぞれが違う八の型を作ったんだ」

 

 

 それは受け継ぐ者が先代の型を受け継ぎながら幾通りの新しい型を生み出してきたが、一度きりというシビアなものだった。

 

 変化には、進化だけでなく、退化がある。

 

 

 常に自分で自分を追い込むように、その流派は受け継がれてきた。

 

 

 

 故に、時雨蒼燕流は、気と才ある者途絶えた時、世から消えることも仕方なしとされた"滅びの剣"と呼ばれたのだ。

 

 

 

 

 

 しかしこれで彼はすべての時雨蒼燕流の型を種明かしした。追い詰められた山本武に委ねられたのは、ひとつの覚悟。

 

 

 "流派を超えろ"

 

 

 

 

 篠突く雨を受けて立ち上がるスクアーロの前で、彼は突然と野球のフォームを構えた。水面が彼の膝の上まで上がりつつある閉鎖的な屋内で、そこに彼の影がゆらゆらと反射している。

 

 

「山本の奴……新たな自分の技を放つ気だぞ」

 

「なるほど。常に流派を超えようとする流派……もしそれができるのならば……確かに時雨蒼燕流は、完全無欠最強無敵!」

 

 

 

 しかしこれは、大きな賭けだった。

 彼がここで流派を超えることができなければ、即ち彼は時雨蒼燕流継承者としての資格がないと見なされるのだ。こんな場面で試練を課すのは、博打でもある。

 

 

 

 それは彼自身もまた十分に理解していた。

 ここで打たなければ、もうあとがないくらい、わかってる。だから必死だった。

 

 

 彼の父親が友達のために流派を超えたように、彼にもここで守りたいものがある。

 彼の友達のために、そしてあいつのために……。

 

 自分が惨めだなんて、そんな悲しいことを、あいつが二度と言うことがなくなるように――

 

 

 

 敵の重い剣に押されても、顔面が切り傷だらけになろうと、彼は引かなかった。全身全霊で目の前の敵を倒すことだけを考えて、行動した。

 

 

 敵の一撃を避け、背後から刀を振り上げる。すると男の義手がそれを捉え、剣先が彼の腹部を貫いた。だが、手応えがない。

 

 そして大波が男の視界を一瞬阻むと、正面から山本武が突っ込んだ。水面に映る影のフェイクを咄嗟に作り上げ、敵の意識を逸らしたのだ。

 

 

 うつし雨――。

 

 山本武が新たに生み出したその型を喰らい、その獰猛な男は水が覆う地面に伏して微動だにしなくなった。

 その一太刀を浴びせた時に、敵のハーフボンゴレリングを時雨金時の剣先で跳ね返すと、自身の手の中に収めた。

 

 彼の手の中で、雨のボンゴレリングが完成した。

 

 

 

 

「勝ったぜ」

 

 

 

 

 

 

 苦しい戦いの最後に、それでも彼は笑っていた。

 

 

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