REBORN DIARIO   作:とうこ

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霧の昔話

 長く降り続いた雨が止むのを待ってから、紫乃は遅い時間にホテルに帰還した。寝静まるホテルのロビーには、ひとつの小さな人影が彼女を待ち構えていた。

 亡霊と見紛いそうな黒衣の人物が待ち構えていたことに背筋がヒヤリとしたが、顔色を変えないようにその人を見つめた。フードに隠れた眼差しは、棘のようにこの胸を突き刺そうとしているようだ。

 

 

「随分と戻るのが遅かったね。守護者の対決にもめっきり顔を出さないくせに」

 

 皮肉った指摘を受け、口元がつい引き攣る。

 紫乃は、彼相手には下手なことは言えまいと思った。下手に口は滑らないよう、力を入れる。

 

「明日は僕の出番だよ。セラン。君は来てくれるんだろうね?」

 

 

 彼がそう言ってくれるなんて、珍しいことだ。いや、見物料をたかっているだけか。抜かりがない。

 マーモンとは、スクアーロ同様長い付き合いであるが、他の守護者達とは違って、彼女がXANXUSの妹であろうと甘やかす真似はしなかった。

 だから彼にしか頼めないことがあった。スクアーロに頼めば、きっと止められた。あの男は見かけによらず女々しいところがある。

 それにいざという時は、やはり彼の能力が一番役に立つ。金に物を言わせれば、彼以上に物分かりのいい相手はいない。

 

 

「……それは、やめておいた方がいい」

 

 相手から視線を落とし、血潮が散ったように赤黒いカーペットに目線を落とした。

 八年前のクーデターで見た景色と一緒だ。何百という男達の死体の山があった。紫乃が知っている男達の顔もたくさんあった。みんなが血走った目をして、死んでいる。あの時、紫乃には結局何もできなかった。

 

 NOと返事をすれば、彼は俄かに機嫌が悪くなっているようだ。

 

「僕の言葉にも耳を貸さないなんて、困ったものだね。君からも見物料を徴収できると踏んでいたけど……」

 

 小言を言いながら、彼は考え込んでいるようだ。あの話のだろう。あの城でヴァリアーが集結した夜から数日後、マーモンの後ろに続いてXANXUSのもとへ向かう道すがら、紫乃は彼にまたひとつ頼んだことがある。

 

 紫乃は、彼女の手にある権限や財産のほとんどをマーモンに譲り渡した。二年前に彼女が突然姿を消した時に。真相を知るのは彼だけだった。いや、彼も彼女のすべてを知ったわけではない。

 だからこんなタイミングで彼女が帰還したことや、彼女の頼みごとの内容を聞いて、納得はしていないようだった。

 

 

「僕には今でもわからないんだよ。セラン。僕は金のために動くことは厭わないけど、ここにいる以上はボスを信じている。八年前のクーデターでボスを失った後、僕に幻術を教えてくれと頼んできたことには驚いたよ。君はなんとしてもあの時ボスを助けたかっただろうけど、まだ9歳だった君のことが可哀想で、僕はYESと言った。けど、君にその素質はなかった」

 

 

 六道骸と交渉するためには、幻術を手玉に取る必要があった。クーデターが失敗し失意の底にあるあの状況を利用すれば、最小限の条件でマーモンから術を引き出すことができると思った。

 紫乃は、上手くやれると思っていた。マーモンを利用して、一人で戦える術を身につけられると……。

 

 

「誰にでも素質があるわけじゃない。賢い君ならすぐにわかってくれると思った。けど君はそれでも食い下がった。耐性くらいなら、並の人間でも鍛えられる。血を吐くような鍛錬が必要になるけれど、君はそれでも引き下がらなかった。そんな君が、今は真逆のことを言っている。正気なのかい?」

 

 マーモンの言う通りだ。所詮は、なり損ないだ。頭では組み立てられても、彼らのような桁外れた戦いの素質があるわけじゃない。自分は所詮、なり損ないなのだ。

 

 

「僕にはさっぱりわからないな。二年前の君の逃亡を黙っているのも金を積まれたからだけど、今回の件は僕の負担が大きいし、保証はしないよ?」

 

 

 

 

 ――ああ。わかっているよ。

 

 

 霧の戦いの行方を特別席から見届けた紫乃は、無惨にもボンゴレの若い精鋭に敗れたアルコバレーノのその散り様を静かに見つめていた。

 

 

 そろそろ、海を渡った大陸では、あの人の影武者が動き出している頃だ。XANXUSの思惑で、ボンゴレ本部はXANXUSを支持する過激派の手で収集がつかない事態に陥っている。

 あの門外顧問が上手くやってくれることを信じていたいが、紫乃が並盛の空を仰ぐと、雲行きは怪しくなるばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セラン」

 

 

 ホテルに戻ると、他の幹部は先に部屋に戻っていた。しかしそこに負けた幹部の姿はない。敗者は排除される。煌びやかなホテルの内装がいつもより殺風景に感じる。

 

 紫乃が誰にも会わず上の階の部屋に戻ろうとすると、呼び止められた。また酒のボトルを右手に握りしめているが、それをぶつける相手はここにはいない。

 

 

「XANXUS……」

 

「明日の雲の対決はお前がやれ」

 

 次の対戦カードは雲。雲雀恭弥との対戦だ。通常であれば、モスカの出番のはず。

 思いも寄らないXANXUSの命令だった。紫乃がそれを拒むことは許されなかった。誰も信じていない彼の信頼を崩さないため、一本しかない手綱を放さまいと必死だった。

 

「マーモンが負けた。己が負けると悟れば試合放棄でトンズラしやがった。奴の行方はモスカに探らせる。あのカスはとっ捕まえて始末する」

 

 自分を信頼していた部下さえ切り捨てて、口封じに殺す。血が繋がっていようと安心できない男だ。

 こんなにも残酷な人じゃなかったはずなのに。昔はもっと笑う人だったのに。

 

 大きな力は、人を変えてしまう。

 釣り合わない力は、その人を呑み込んでしまう。

 

 

「わかってるだろーな。お前は俺を裏切るような無様な真似はするな。死に損ないの老いぼれ達への怒りを忘れんな……」

 

 

 

 私だって、信じたい。彼のこと。

 でも、この目を見れば、もう手遅れなんじゃないかと不安さえ憶えてしまう。

 もうあの頃の兄は死んでしまった。散々泣き腫らしたのに、いつまでも弱い自分が付き纏う。

 

 

 

 

 

 

【十月二十三日

 

 激戦の末、バイパーを破り六道骸の勝ち越し。彼も今後は頼りない若いボンゴレの力になってくれるだろう。

 最後に六道骸に敗れてしまったが、あなたに教えてもらったことを後悔していない。金にはうるさいが、なんだかんだで心配してくれていたことを知っている。

 

 長きに続いた守護者の戦いも、明日で最終日だ。

 雲雀恭弥。最後に会ったのはいつだったか。何も言わず逃げ出した相手とまた面会することになるのは気後れする。ディーノの修業の成果が、無駄にならないといいが。

 

 

 もうすぐ、終わる。たとえ何者にもなれなくても。すべてが終わろうとしても、この一冊が、あなたの手に残っていてくれたらそれでいい。】

 

 


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