のんびりと読んでいただけたら幸いです。
ザンザスいいですよね。年取ってから読み返すと連載当時とはまた違った良さが見つけられて最高です。
目を開けると知らない天井だった。照明を直視したせいで目がチカチカとする。それとも、薬の影響が残っているのか思考が鈍い。手足を拘束されていないのは、私ごときが抵抗したところで大した脅威にはならないからだろう。彼らからすれば私なんて目を閉じていても殺せる。
そう、殺せるのだ。それが見事生きていることは大変喜ばしいことだ。この脳に詰まっているあれそれが正しく評価されるというのは悪い気はしない。しかし、これは拉致された割に厚遇なのではないだろうか。窓の鉄板に目を瞑ればベットは清潔で室温も暑くもなく寒くもなく快適。もっと不潔な地下の檻とか手足を拘束されて椅子に固定されるとかマフィアらしいものを想像していたが、予想外の人間扱いに戸惑いすら感じる。ここのボスが決してフェミニストでも人道主義でもないことを考えるとなおさらだ。どうやら想像以上に評価されているようだ。彼の築く次世代の組織に私は有用であるらしい。私が従うかは別ではあるが、そもそも人を引き込むだけの弁が立つ人間がこの組織にいるのだろうか。ここにあるのは暴力と首を垂れさせるカリスマだけだろう。他の組織ならそれで充分だが、ボンゴレではそれだけでは足りない。
目だけを動かし監視カメラのある場所を確認する。露骨にこちらを睨むものから家具などに隠されたものまでどこに設置されているのかハッキリと分かった。私がそこにあると確信すれば、例え目視出来なくてもあるのだ。私の直感が教えてくれる。一族の恵みに感謝。
しかし、これまた大量に置かれたものだと彼らの過大評価に少し意外に思う。それほど大きな部屋ではないのに死角を埋め尽くすように8つのカメラが設置され、盗聴器まである。ファミリーの財政管理を任されている自分が暗殺部隊の隙をついて何が出来るというんだろう。妙なことをして間違っても暗殺部隊に叱られるようなリスクは犯したくはない。痛いのは大嫌いであるし、いい子に大人しく寝ておこう。
私が決意とともに目を閉じると同時にガチャリとドアが開いた。まだ怠い体でゆっくりと目を開けゆっくりと顔をそちらに向けると昔馴染みの顔があった。
「君だとは思ってはいたけど、こんなに早く顔を見せてくれるとは思わなかったよ、ザンザス。」
ムッスリと黙りこんだ顔だ。眉間の皺が深く刻まれて常に挑むような睨むような視線が非常に威圧的だ。復帰後から数回しか顔を合わせていない為か、今の姿を通して昔の姿がチラつく。初めて出会った頃から常に威圧的ではあったが、火傷の痕が余計に凄味を出している。絵に描いたような悪党だな。彼に似合いすぎて微笑ましいくらいだよ。
「8年前が懐かしいよ。」
あえて地雷を踏んでみたが、眉一つ動かさずゆっくりとした歩調でザンザスはベット近くのソファーに腰掛けただけだった。正直、怒らせて殴られたらどうしようかとドキドキしていたから無反応で逆によかった。痛いのは大嫌いなんだ。
しかし、困った。もう少し会話をしてくれなくてはこちらの対抗手段がない。私に許された手段といったらこの口くらいなのに、薬のせいかまだ思考が鈍い。まさか、これも計算ずくではないだろうな。圧倒的暴力と狡猾さを併せ持つ男はたちが悪くて最悪だ。
「随分と評価してくれるんだね。こんなに快適な拉致は初めてだよ。」
「テメェは客だ。ここには会議で呼ばれた。」
「なるほど。」
本当に彼は8年前をくり返そうとしているらしい。私が解放される頃には前時代の人間は消え去っているか、ザンザスが再び負けたことになるんだろう。本当に思い切ったことをする。
「さながら私はトロフィーか何かかな。」
最年少幹部、ボンゴレ財政部総轄、ボンゴレ内の金の流れを管理する自分がそちらに着けば自動的にボンゴレ内の財源は新時代の懐に流れ、それこそ新しい時代の幕開けか。歴史や義理人情を重んじる人間以外の大半は金の流れに乗って流れてくるだろう。さらにボンゴレ直系の私がザンザス側にいるだけでもある程度の大義名分も与えられるだろう。自分の存在価値の高さは充分理解しているつもりだ。だからこそ、誘拐には気をつけていたのだが・・・。本当に鮮やかに襲撃されてしまった、気付いても戦力的実力差はどうしようもないな。そういえば部下たちは死んだのだろうか。
「あの場にいた私の部下たちはどうなった?」
「死んだ。」
やはり、死んでいた。真面目ないい部下たちだったのに勿体ないことをしてくれる。上を支えられる人材がどれだけ貴重かこの男は理解しているのだろうか。していないんだろうな。
「私を抱え込みたいくせに部下を殺すなんて賢い選択とは思えないね。私が恨むとは思わなかった?」
「コンピューターが人間みてぇな口をきく。」
「コンピューターだって成長したんだ。ただの足し算引き算ではなく人材価値ってものを理解している。」
「ハッ・・・。」
鼻で笑われたが、この男の方が私より非人間的だろう。ザンザスは昔から私を「コンピューター」と呼んだがコンピューターは人を撃たないし燃やさない。ただ計算をして株価の変動を見守るだけ、実に非暴力的で生産的だ。部下の命もちゃんと重んじる。今回の損失は8人、うち新人が2人に妻帯者が3人。遺族への葬儀の手配や今後の援助まで考えている。そして今後を考え全体の3割のスキルアップ、教育の効率を考え5人新人を加える予定だ。
「無価値なカスは消えて当然だ。」
「価値あるものが残るのは道理ではあるけれど、消えてしまったから無価値というのは強者の傲慢だね。」
「当然だ。」
この男は確かに強者であるだろう。傲慢さを振りかざすだけの説得力があるだろう。存在だけで自分の価値を示す男だ。自分の比重を自分で決められる人間は決して多くない。当然だろう、価値とは他者の評価が介入して初めて成立するものだ。それを物ともしない自信とカリスマはザンザスをさらに非人間的な評価に近づけるんだろう。相変わらず暴力の権化のような男だ。
会話も途切れ、向けていた首が疲れてきたので天井を眺めることにする。やれやれどうしたものかと息を吐き出すと体の怠さが薄れる気がした。ふと上質な革張りソファーが軋む音がした。視線だけそちらに向けると相変わらずゆっくりとした歩調でザンザスが近づいてきた。どうしたものか、接近されれば勝てる見込みが全くない。非力なこの身を呪うよ。数歩の間に考えを巡らすが、無理だ。さながらまな板の上の鯉、ホラー映画でクローゼットに隠れる人間の気持ちがよく分かる。出来れば私もあの狭い空間にとても潜り込みたい、距離を取りたい。そもそも今近づく意味も更に言えばこの部屋にこんな早いタイミングで現れた意味も分からない。再会を喜ぶ間柄ではないだろう。
「無価値なカスは消えて当然だ。」
先程と同じ台詞を吐くと、まさかベットに乗り上げてきた。顔の両わきに手をつかれている、視界はザンザスの顔で埋まっている。赤い目がよく見える。久しぶりに呆然としている、処理が全く追いつかず視界に映るものを見返すことしか出来ない。この男はなんと言っていた?「無価値は消える」?まさか、私を無価値と断じたわけではないだろう。では、私の弟を沢田綱吉を殺すという宣言か?なんの為に?その程度で私が動揺するはずがないだろう。それよりもこの状況だ。男が女を押し倒したような、まさか女としての価値を示せと?そんな馬鹿な、そこまで愚かではないだろう。この男はフェミニストではないがわざわざ強姦を脅迫手段と使うほど堕ちてはいないだろう。いや、これは推測の域を出ないが、そんなまさか・・・。何故、無言なんだ。何か言え。
「ザンザス、なんのつもりだ。」
相変わらずザンザスは何も発さずゆっくりと私の首に手をかけると徐々に圧迫してくる。まさか、本当に殺すつもりか?それこそまさかだろう。顔を覗き込まれているせいでザンザスの顔がよく見える。自分の苦しそうな声と荒い呼吸が耳障りだ。こんなにまじまじと目を見たのは初めてだ。生理的な涙で視界は滲んでいるが、こんなにまっすぐ見つめてくる男だったろうか。何故か8年前の会話が思い起こされる。そう言えばあの時もこの男は私の目を覗き込んできた。その時は胸ぐらを掴まれていたが。思えば初めて会った時から目に感情がよくのる男だった。大体は無関心か他者を威嚇する威圧的な光であったが、あの8年前ゆりかご事件の直前は別の光をたたえてはいなかっただろうか?いつもと違う光に「おや?」と思いながら会話を交わした気がする。あれは気のせいだったのだろうか。ダメだ、意識が霞んで考えが飛躍する。走馬灯じゃないだろうな。
瞬きと一緒に目に溜まった涙が溢れて一瞬視界が若干クリアになると覗き込むザンザスと目があった。その瞬間記憶が結びついた。同じだ、ゆりかごの直前と同じ光だ。相変わらず強い光であるのに揺らいでいる。そんなまさか、もしかして不安なのか。もう、自分の比重が分からなくなってしまったのか?そんな、あれほどの君の人生が揺らいでしまうほどなのか。君にとってのボンゴレボスの椅子はそれほどのものなのか、根幹が揺らいでしまうものなのか。それが君の全てだったのか。分からなくなってしまったのか?考えてみれば、ボスになる為に生きてきた男だ。それが取り上げられて、失うことが恐ろしくなってしまったのか?
そこまで考えて「しまった」と思ったが遅かった。息苦しさから解放されたと思った瞬間、頬に衝撃が走った。脳が直接揺れているように感じる。いや、今のは完全に私が悪い。完全な悪手だった。私は今何を思ったんだろう、誰に対してどう思ってしまったんだろう。もしかして私はこの男に「同情」してしまわなかっただろうか。最悪だ、殴られて当然だ。ザンザスに対しての完全な侮辱だ。
ザンザスがゆっくりと離れていくのが布の擦れる音で分かった。遠ざかる背中が揺れる視界に写る。
「すまなかった、ザンザス。」
当然、返事はなく声が届いたのか確証すらないまま無言で扉が閉まった。頬は痛むが、それよりも自分がザンザスを侮辱してしまったことの方が衝撃だった。
これから、私の弟はあの男とボンゴレボスの座をかけて戦うのだろう。弟の敗北は微塵も感じていない。私は弟こそがボンゴレボスになるのだと私の直感により確信したうえで今まで行動してきた。しかし沢田綱吉に敗北したザンザスはどうなるのだろう。負け犬として死ぬような男ではないはずだ。こうやって考えを巡らすこともザンザスへの侮辱となるのだろうか。私は数字以外のことには本当に弱いな。そこまで考えて意識の限界を感じ、私は目を閉じた。
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