夢の中の僕はバンパイアだった。
でもそれは所謂、一般的広くに知られているだろうものとは少し違っていた。十字架、聖水、ニンニクは平気、牙は生えない。不死身でもなかった。
そんな夢を最初にみたのは、確か小学生高学年の頃。
…母が亡くなった後だった。
そして、何年も経った今でもその夢をみつづけている。
一人の男の視点を元に流れる映像には、残酷で辛く、心が締め付けられるようなことが幾度となくあった。最近では確か…死を満たしていく水に、一面無数の針…そして絶え間なく襲いかかる炎。
もう何年もたった今では最初の頃にみた夢はあまり思い出せない。だが、一つ覚えていること。
それは間違いなく悲劇だった。
□
「はぁっ、はぁっ」
グールに追いかけられている。さっきは、ついに大人の階段を一気に登れると思った。それが、なぜこんなことに。
命の危機の中、そんなことを考えられるくらいの余裕があった。おそらく、夢でこれより酷い状況を経験したせいだ。正直、恐怖よりもショックの方が大きかった。
人生初デートがこんなのなんて、あんまりだ。そして、このままでは人生最後のデートにもなってしまうだろう。
「まってぇっ」
興奮した彼女の声がすぐ近くで聞こえる。あの変な触手を振り回している音が嫌でも耳に入ってくる。ああ、もう追い付かれたのか。今までは、遊んでいたのだろう。
目を向けると、すぐそこにいた。
「ふふ」
ドギョ
お腹から変な音がした。ああしぬのかな……。
あれ、前にもこんなことがあったような…いつだっけ……。
そうだ、たしか⎯⎯
■
「うぅ…ん」
あれ、ここどこだ。スティーブと相討ちで死んだはず…
いや、違う。グールに触手のようなものをうけて
頭痛が酷い。あたまがわれそうだ。
あ
■
入院してから数日が経つ。
病院での生活は思っていたよりもよかった。病室という静かな空間での読書は、どこか新鮮で心地よく、看護をしてくれる看護師は可愛いかった。
経過は今のところは順調。むしろ、順調過ぎて、当初の予定よりも早く退院できるだろうとも言われた。それでも、暫くは自宅で安静にしていなければいけないそうだが。
目覚めて直ぐにわかったことだが、今まさに僕は、よくある物語のような体験をしていた。まず、今まで見ていた夢は、僕の前世のようなものだった。違うかもしれないが、確めようがない。少なくともただの夢と言うには、はっきりとした記憶があった。
前世はダレン・シャンというバンパイアだった。いや、完全なバンパイアになる前に死んだため、半バンパイアというのが正しい。最期は生みの親⎯⎯思いたくもないが⎯⎯に、運命に逆らって死んだはずだ。その後はどうなったのだろう。戦いは終わったのだろうか。次々に疑問が増えていったが、どうしようもなかった。確めようがない。
今できることは、無事を祈ることくらいだ。
この金木研の人生もあの男によるものかもしれないと、考えはした。だが、前世にグールはいなかったはずだ。今世に、バンパイアがいると聞いたこともない。だから、無関係だと思うことにした。精神的にそちらが楽だ。もしそうだとしても、また運命に逆らってやるつもりだ。
問題は体の方だった。食事が不味い。病院食だからというわけではないはず。ダンボールを食べているみたいだった。
医者からの話があったときから嫌な予感がしていた。
曰く、鉄柱落下事故で即死だった女性の臓器を、まだ助かる余地のあった僕に移植したとのこと。
そう、グールの臓器をだ。同じ人間でも、臓器移植後は拒絶反応が起こったり、変化があるという。グールならば、なおさらではないのか。いや、味覚にしか変化がないことに安心するべきなのか。もしかすると、身体に変化が起こるのは、これからかもしれない。そう考えると、憂鬱な気分になった。
だが、食事は全部食べた。キレイに残さず、我慢して食べた。一度経験していたから耐えられたんだと思う。前世の、完全なバンパイアになるための純化の時にも食べ物は全てダンボール味だった。まあ、食べたあと、しばらくは気分が悪くなるのはどうしようもない。
それを知った看護師、医者からは、無理しないように言われた。そして、味覚の変化は精神的なものらしい。
「そんなわけあるか」
改めて思った。手術時に何も気がつかなかったのだろうか。そんなはずはないだろう。この医者は信用できない。
■
事前にあった通り、退院は予定よりも早くなった。検査にまた来るよう言われたが、正直もう来たくない。
自宅までの帰り道、携帯を見ると、ヒデからメールがきている。退院祝いに奢ってくれるそうだが、断ることにする。味覚は未だにおかしいままなので、気が乗らない。それに、ヒデは勘がいい。気づかれて心配をかけたくない。
少し返信に迷って、まだ食欲が湧かないことを理由に断ることにした。結局心配させることになってしまうが、まだマシだろう。続けて、一週間ほど大学に行けない、次に大学で会った時によろしくと打って返信した。
■
家に帰って数日後、体に変化がおきていた。
味覚が戻り、以前のように食事をとれるようになった。食べたあとに体調も悪くならなくなった。
一生このままかと、諦めかけていたので、一人でガッツポーズをしてしまうくらい嬉しかった。テレビで得た知識では、グールは普通の食べ物はすごく不味く感じて、栄養も摂取できないみたいだし。
そういえば、彼女は身体の後ろから触手が生えていたなと思い出した。すると突然腰の上辺りがムズムズしだした。すごく嫌な予感がしたため、考えることを止めると、それはおさまったが。他にもまだある。爪が硬くなって切れ味が凄い。感覚が鋭くなって力が強くなっていた。
一回目の純化後と似ている気がする。
そうとなると、不安要素は血だ。いや血ならまだいい。人肉を食べるよりはましだろう。
■
耐え難い空腹感が襲ってきている。久しぶりにコンビニに行った帰り道、中年の男に絡まれている、高校生くらいの女の子を一目見た時から。
柔らかそうな脚 青々とした血管が浮いて、透けてみえる血の流れ でも、それよりも露になっている首の後ろから、おいしそうな匂いが⎯⎯
気づいたら、中年の男の頭が宙を舞っていた。その瞬間、女の子の目が赤くなっているのが見えた。
「……欲しいの?」
え⎯⎯
「欲しいんじゃないの……これ?」
でも、いいのか。
「?」
女の子が近づいてくる。
「食べないの?」
ぷつんっ。と何かが切れたのがわかった。…そうだグールだったんだ。じゃあ、仕方ないよね。
「つーかアンタ片方だけ紅目なんて変わっガぁッ!!⁉」
ちゅー。
「なんッ⁉てめぇっ、あああっ……」
ちゅー。ちゅー。
「あっあぁぁぁあ」
ちゅー。ちゅー。
「あぁ⎯⎯⎯」
ちゅー。…ん、あれ?何だか震えて
「⎯⎯⎯あ⁉っこのっ!!」
「がふっ」
…完全に理性が飛んでいた。あと、殴り飛ばされたみたいだ。
「はぁはぁー……‼」
…あっ、やば。
全速力でそこから逃げ出した。
次は菫香sideからです