今“あんていく”にトーカちゃんと二人で向かっている。
夕食はカツ丼だった。材料は、服を買いに行った際に買っておいた。カツ丼はトーカちゃんがレシピを調べて作った。
作ったのは初めてだったらしいが、カツはサクサク、卵もフワトロ、味もよく染みて、文句なしだった。
作っている姿もテキパキと要領良く動いており、瞬く間に作り上げていた。喫茶店でバイトしているからだろうか。おそらく、先の手順を把握して動いているのだろう。要領がよかった。
ヒナミちゃんはまだ食べることができないため、残念そうだった。今度また作ってもらえるよう、トーカちゃんと約束していた。
リョーコさんは何と言うか……うん。見ていて癒された。食べ始めの方こそヒナミちゃんに申し訳なさそうだったが、あんなに目を輝かせて、カツ丼を食べる人はそうはいないだろう。トーカちゃんもその様子を見て嬉しそうだった。満足げに頷いていた。そして、今度依子と一緒にやってみよーかな。なんて声を漏らしていた。
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あんていくの前に着いた。ドアには“close”の板が下げられている。中はまだ明るい。片付けや、明日の仕込みをしているのだろう。トーカちゃんに案内され、裏口の方に進み、中に入る。
「店長ー。こんばんはー。今来ました」
トーカちゃんが声を掛けると、奥から初老の男性が現れた。背筋がピンと張っており、制服も相まって、どことなく執事ように見える。
「やあ、トーカちゃん。こんばんは。
それと、はじめましてだね。金木君。あんていくの店長の芳村です。よろしく」
「こんばんは。お伺いに来るのが遅くなって、すみません。金木研です。よろしくお願いします」
「金木くんも忙しかっただろうから、大丈夫だよ。奥で話そうか」
「はい、お邪魔します」
「あっ店長。今日はすみません。休みにしてもらってありがとうございます」
「いや、トーカちゃんが元気そうでよかったよ」
二階の一室に案内される。芳村さんに促され、ソファーに腰を下ろした。芳村さんはコーヒーを淹れてくるよ、と言って一度部屋を出ていった。
「トーカちゃん、優しそうな人だね芳村さん」
「はい。…私がこうして生活できるのも店長のおかげなんです。本当にお世話になってます」
コンコンとノックが鳴る。トレーを片手に芳村さんが戻ってきた。コーヒーの香りが鼻を通り抜ける。
「さあ、熱いうちにどうぞ。砂糖、ミルクも自由にね」
「態々すみません。いただきます」
「店長、私まですみません」
まずは何も入れずに口を付ける。……美味しいな。コーヒーには詳しくないため、上手く表現はできないが、一流ってこういうことなんだろうなぁと思う。
「おいしいです」
「それはよかった」
芳村さんは柔らかく微笑んだ。
「さて、金木くん、まずはお礼をいうべきかな。笛口さんとヒナミちゃんを助けてくれてありがとう。今日のトーカちゃんのこともね」
「はい。でも、やりたいことをやっただけですので…」
「それでもだよ。君は元は人間で、その上での行動だ。本当に嬉しいんだよ。……実は、私は人間と共存できる道を探しているんだ」
共存の道か。その考えを否定はしないが、グールが、その食性から人間の敵対者である限り、難しいことだろう。
仮に共存できたとしても、差別問題が出てくることも考えられる。芳村さんはどこまで目指しているのだろうか。
「共存……」
トーカちゃんが呟いた。
「そう、そして金木くんの存在が希望になると考えている。君のその力も含めてね」
今日、トーカちゃんに起こったことも言うべきか。僕の推測も含めて。
「その力の話にもなるんですが、今日、実は⎯⎯」
「……驚いたよ。まさか、そんなこともとは……。……トーカちゃんには、詳しくは聞いていなかったからね。正直、信じられない。いや、金木君が嘘をついているとは思っていないよ。しかし……」
芳村さんの願いを聞いた後では、都合が良すぎる話だ。それ故に戸惑うこともあるのだろう。
「金木君。仮に、だが私もトーカちゃんの様になることができると思うかい?望む全てのグールを変えることは、可能なのかな」
……どうだろうか。合う合わないがあるかもしれない。それに仮に、全てのグールに適用できたとしても、僕は実行しないだろう。必ずどこかに、落とし穴がある。確かに、人間とグールが共存するという考えは素晴らしいと思う。だが、やはり大切なものを失ってまでしようとは思わない。考え過ぎであるとは思う。……でも、もう嫌なんだ。
だから、共存を目指すにしても、慎重に。少なくとも、今は無理だ。
そう、伝える。
「…勿論、私も強制するつもりはないよ。…でも、不思議だね。まるで経験してきたかのようだ。…では、私にも試してもらえないかな?」
確かに、前世ではバンパイアとして、人間と関わった。そして、拒絶されたこともある。
「ええ、構いません。……今のところ、他言無用でお願いします。どこから漏れるか分かりません。……では、血をいただいてもいいですか」
僕の血を飲んでもらうことも考えたが、却下した。一度通った道を辿るほうがいいだろう。
「ああ、私もトーカちゃんと同じ羽赫だ。よろしくお願いするよ」
芳村さんが、上半身の服を全て脱いだ。……すごい身体だ。
かなり鍛えていることがわかる。トーカちゃんも目を丸くしている。
「では、失礼しま……?」
なんだ、これは。匂いの源がどれだけあるんだ。……赫包が多数あるということか。
「……芳村さん、赫包いくつありますか」
芳村さんも気づいたのか、ハッとした顔になった。
「正確には分からないが、少なくともトーカちゃんよりは多いね……」
吸血しながら、Rc細胞も同時に吸い、僕の細胞が侵食しやすい様にしている。…これ、できるのか。僕の細胞、すぐに消えると思う。
「…一度やってみます」
「ああ。それと、私が眠ってしまったら、そのままソファーに寝かせてくれると助かる。トーカちゃん。戸締まりを頼んでもいいかな?」
「はい、店長」
「では、改めて失礼します」
芳村さんの皮膚を深く切り裂く。そして直接、吸い始める。
駄目だった。
もう一度と、何回も挑戦したが結果は同じだった。……その度に血を飲むことができた僕としてはよかったが。味に深みがあった。他にもあるが、よそう。
「すみません。力に成ることができなくて。えっと、ここまできたら、僕の血を飲んでみますか?」
軽い気持ちで言ってしまった。
「ああ、よろしく頼むよ金木君。私も悔しく思っている。こうなれば、赫包をいくつか……と頭に浮かんだほどだ。
できることはしたい。」
怖いことが聞こえた。トーカちゃんは、芳村さんの様子に引いているようだ。
「……はい、わかりました。では」
芳村さんが大きめのグラスを貸してくれた。直接より、この方が助かる。爪で手首を切り裂き、グラスを血で満たす。
「どうぞ。芳村さん」
「いただくよ」
芳村さんは少しグラスを見つめた後、口をつけた。
「む……これは、中々」
…飲み終わったようだ。途中から、味わうように飲んでいたように見えたのは、気のせいじゃないと思う。
すると、トーカちゃんから一言あった。
“受け入れるように”と。
芳村さんは静かに目を閉じる。誰も何も喋らないまま、時間が過ぎていく。……芳村さんに変化があった。トーカちゃんの時と同じようだ。苦しそうに身体を丸める。
「店長っ!!」
……トーカちゃんよりは随分立ち直りが早かった。少し息を乱しているが、大丈夫なようだ。
「……トーカちゃん。悪いけど、下の冷蔵庫にサンドウィッチがあるんだ。お願いしていいかな」
「はいっ。すぐに持ってきます‼」
もしかしたらと期待して、予め用意していたそうだ。
トーカちゃんはバタバタと部屋を飛び出して行った。
「芳村さん。もしかすれば、ここまでして、やっと数日もつくらいかもしれません」
正直に言った。トーカちゃんの様にはいかないと思う。それこそ、赫包を減らさない限りは。
「いいんだ。金木君。私は一度でも食べることが出来たら、それで……」
そうだろうか。…トーカちゃんが戻ってきた。
「店長。……どうぞ」
トーカちゃんが緊張した様子で芳村さんに渡した。僕まで緊張してくる。
「ああ、いただくよ」
芳村さんはタマゴサンドを選び、一息に口に入れた。……食べ慣れているような食べ方だ。
「ぁ、……ああ」
芳村さんが小さく、消え入るような声を漏らした。何と言葉にすればいいかわからない、そんな心情が伝わってくる。
「…ああ、憂那……憂奈と一緒に、食べてみたかったなぁ……。…っ」
その言葉に、どんな思いが込められているのか僕にはわからない。だが、そんな芳村さんを見て、胸が苦しくなった。
「……トーカちゃん。今日はもう、おいとましようか」
芳村さんも今は独りになりたいだろう。
「…そうですね。店長、お疲れ様です」
「芳村さん。また近い内にお邪魔します。」
「……ありがとう、二人とも。…ありがとう、金木君」
閉ざしたドアの向こうから、啜り泣くような声が聞こえた気がした。