少し、冷えるな。
ドアを開け、流れ込んできた空気を受けて、そう感じた。トーカちゃんも同じように思ったのか、僕の後ろに身を置く。然り気無く動いたつもりだったのだろうが、僕は気づいてるよ。でも、その動作が少し可愛いかったので、何も言わない。
最後に、彼女が簡単な戸締まりをして、あんていくを後にする。
帰り道は、何か話す気分ではなく、暫く無言で歩く。先程の芳村さんの様子が思い出されるが、無粋に感じて、そこで考えることを止めた。
自宅まで残り半分ほどの距離になった頃、ふと思い出す。
「そう言えば、マスクもうできた頃かなぁ……」
「あ、そうだった。明日、行きますか?」
独り言のつもりだったが、トーカちゃんから返事があった。
「…いいのかな、明日予定なかった?」
「はい。元々バイト休みだし、大丈夫です。ヒナミのごはんも作らないと」
あ、そうだった。サンドウィッチだったかな。
「じゃあ、前と同じ夕方でいいかな。お願いします」
「はい」
本当は僕一人でもよかったのだが……いや、実は少し心細かったので彼女の気遣いは嬉しかった。
そして、夜はまた“あんていく”に行かないかと提案された。トーカちゃんも芳村さんの様子が気になっていたようだ。僕も同じ気持ちだったため、賛成だ。
では、それまでは何をするか。これはすでに決めていた。CCGに行く。もちろん、僕一人でだ。
これには彼女から、自分も行くと意見があったが、断った。中に入るつもりはない、様子を見てくるだけ。そう言えば、渋々納得してくれた。
目的はリョーコさん、ヒナミちゃんのことだ。
顔を見られているため、似顔絵くらいは出ているだろう。直ぐにその場を離れたヒナミちゃんは兎も角、リョーコさんは特に。予想は出来るが、確認だ。特徴が書かれていれば、その部分は変えた方がいいだろうし。
その後は、トーカちゃんの学校の話になった。最近、もう朝から昼休みが待ち遠しくなっているらしい。改めて、お礼を言われた。そして、私がお弁当を作って持っていって驚かせると嬉しそうに笑って言った。
お互いの話に盛り上がる中、暗い夜道にふと、道の脇から白いものが現れた。
すぐに、分かった。喰種捜査官だ。それも、前回会った(一方的にだが)あの二人組で、トーカちゃんが交戦した相手でもある。
ごめん、と言って道の端までトーカちゃんの手を引く。そして、彼女の顔が隠れるように向きを調整し、軽く抱きしめた。……背が、もっと高ければなぁ。
「っっ⁉金木、さん?」
「ごめん、トーカちゃん。白鳩だ。それも、あの二人組だ。僕に合わせて」
「っ!!…はい」
正直、やりすぎな気はする。やってしまったという気持ちもある。だが、相手は捜査官。僕はまだしも、トーカちゃんはマスクを着けていたとはいえ、交戦している。どこから正体に繋がってしまうかわからない。用心に越したことはないだろう。
距離が近づくにつれ、二人組の会話が聞き取れるようになった。……逃げるか隠れたほうがらよかったかな。恥ずかしくなってきた。いや、でも不自然になったかもしれないし…トーカちゃんは無言だ。落ち着いている。慌てているのは、僕だけだ。
「…それにしても、真戸さん。今日“ラビット”は現れませんでしたね」
「そうだな、亜門君。まだ、昨日のことだ。傷が癒えていないのかもしれない。他の理由があるとしても、所詮クズだ。大した理由はないだろう」
「やはり、今は情報を集めるしか…………ん、そこの二人」
ただこうしているだけでは、不自然かもしれない。どうするべきか。…………よし、覚悟はできた。恥を捨てるんだ、僕。
「…………本当に君が好きなんだ」
トーカちゃんがピクリ、と動いた。
「初めて会った時は、失礼なことをして本当にごめん。でも、もうあの時には惹かれていたんだ。(君の血に)……我慢できなかったんだ。自分の気持ちを押さえきれなかった。………今では、もう君なしでは僕は生きていけない。(色んな意味で危ない)……たまに聞く、少し乱暴な言葉とか本当に好きなんだ。だから、その……」
嘘はないと思う。何かが吹っ切れて言葉にできた。
「真戸さん……」
「ああ、引き続き情報を集めよう、亜門君」
どこか、気まずげな様子で捜査官達は去っていった。真戸さんと呼ばれていた捜査官は去り際、こちらをチラリと見たが。少しドキッとした。
……よし、もういいだろう。トーカちゃんの後ろに回していた腕をほどく。そして、一歩下がろうとした。……あれ。彼女が何時の間にか、僕に腕を回していた。
「……トーカちゃん?もう、行ったよ。ごめん、いきなり」
「……」
返事がない。
「トーカちゃん……?」
「……あっ」
気づいたようで、離れてくれた。……目が潤んでいる。その表情がどこか、寂しそうに見える。
「えっと、ごめんね。いきなり」
「……あ、いや大丈夫です。最初はびっくりして、恥ずかしかったけど、途中からすごく安心して………何言ってんだろ、私……」
安心か……。そう言えば、彼女の家族構成はどうなっているのだろう。いや、込み入った事情があるかもしれない。聞かないほうがいいだろう。
「あ、あはは、えっともう一回する?なんて……」
「……はい」
……冗談で言ったつもりだったけど……まぁいいか。
■
「おかえり!お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「おかえりなさい。二人とも」
家に帰ると、ヒナミちゃんとリョーコさんが出迎えてくれた。
「ただいま」
「えっと、お邪魔します」
トーカちゃんは僕を見て、そう言った。
「ただいまでいいよ。ほら、二人に」
「…はい。ただいま」
トーカちゃんは照れくさそうに言った。
……本当は、僕も照れくさかった。でも、嬉しかった。
家に帰って“おかえり”なんて言われたのは、いつぶりだろうか。……同時に不安になる。失ってしまうことを想像してしまう。
「お兄ちゃん?」
玄関から動かない僕を不思議に思ったのか、ヒナミちゃんから声を掛けられる。
「あはは、何でもないよ。…ちょっとね」
ヒナミちゃんは首を傾げる。
「変なの。」
「そうかな。変かな。」
何故か、それだけの会話で気が楽になった。
「もう、寝る時間だね」
言葉に反して、ヒナミちゃんの声は弾んでいた。……そうか。ヒナミちゃんにとっては、待ちに待った、か。
「うん、僕はいいんだけど……」
問題が二つあった。
まず、一つ。匂いが二つに分かれている。芳村さんのように、数が多いという訳ではない。それぞれ、匂いが若干違う。二種類の赫子があるということなのか。
「ヒナミちゃん。赫子のタイプってわかる?」
「ううん。ヒナミ、赫子出したことないから…。お母さんが甲赫で……お父さんが鱗赫だったから、どっちかだと思うんだけど……」
知らなかったようだ。赫子を出したことがないのなら、仕方がないだろう。
「実は、両方あるみたいなんだ。甲赫と鱗赫が。」
「えっ⁉」
驚きながらも、どこか嬉しそうだ。リョーコさんとトーカちゃんも驚いている。聞けば、かなり珍しいらしい。その目で見たことはなかったそうだ。
「……それで、念のため両方から血を貰おうと思うんだけど…」
そう二つ目。場所が問題だ。トーカちゃんのように、服を着たままでは、血を吸うことができない。
「…うん。恥ずかしいけどお兄ちゃんなら、大丈夫だよ」
ヒナミは頬を赤らめてそう言った。場所だけに、トーカちゃんの時よりも緊張する。
「……ちょっと後ろ向いててね。……うん、もういいよ」
ヒナミちゃんは、ベッドにうつ伏せになっていた。
僕はなるべく、白い肌を視界に入れないようにして血を吸う準備をした。
あの後、ヒナミちゃんは気を失ったように眠りについた。今日もベッドにはリョーコさんもいる。申し訳なさそうにしていた。
……そう、まだ布団は予備の一枚しかなかった。今日はお金のこともあるが、時間がなかったため、買っていなかった。
すぐ横には、トーカちゃんが眠っている。僕はまだ、目が冴えて、眠れていなかった。なぜ、トーカちゃんはこんなに早く寝れるのだろう。疲れていたのだろうか。
……僕も寝よう。目を閉じていれば、何時の間にか寝ているはずだ。
そうしていると、段々と眠たくなってきた。そして、意識が落ちる寸前。
「おとう、さん」
どこか、安心したような声を耳が拾った。
zakkiのヒナミちゃんのイラストを思い出しました。エプロンかわいい。