研、くん……私……
「う、あ……」
…いい、いや酷い夢を見た。やっぱり、昨日の夜のことが原因かな……。
昨夜、血を吸い唾液を塗り終えた後、リョーコさんには、眠りに就いてしまう前に、何とか服は着てもらった。
だが、問題はまだあった。これから寝る場所には、先ほどまでそこにリョーコさんの身体がその…直接触れていたことを意識してしまっていたから。まぁ結局、ぬくぬくとした暖かさから、直ぐに寝たが。
背伸びをして、深呼吸をする。ふと、柔らかな香りが鼻を通り抜けた。昨日買った…アロマディフューザーだったか。その香り。これは、女性二人と同居することになったため、匂いを気にしてのものだ。
まだ、二人は起きていない。僕が一番のようだ。トーカちゃんの事例を参考にすると、リョーコさんは夜中に一度起きたのかもしれない。…いや、トーカちゃんの時は一度効果切れていたか。どうなんだろう。
今日、トーカちゃん大丈夫かな。昨日の様子から、少し心配だ。夕方、寄ってみよう。
■
「なー。金木、これ見てみろよ」
「えっと、なになに……」
ヒデから渡された物は新聞。捜査官が殉職したという記事だった。犯人は兎の面。……トーカちゃんだ。
「それと、これ。ほら」
次に渡された物は手配書。リョーコさんとヒナミちゃんのものだった。なぜ、ヒデが。
「これ、つい最近のヤツなんだよ」
「…へ、へぇ。何でこれを?」
ヒデが新聞と手配書について簡単に説明してくれた。
「それで、ちょっと、分かんないことがあってな。…この、母娘の方。母親は似顔絵まで出て、捕まってないってことは、ギリギリで逃げられたとも取れるよな。因みに、この時は捜査官は殺されてない。で、ギリギリってことは、この母娘に逃げ切れる力が残ってたと思うか?」
「…別の仲間が?」
ここに本人がいる。
「…そう、それなんだよ。そこで、この“ラビット”だ。初めはこのグールが仲間かと思ったんだよなぁ。これ、実は同日に起きたことで、母娘の件は夕方らしいしな。……“ラビット”が母娘のために復讐をしたと考えると少し違うような気がするんだよなぁ。母娘は捕まってないし。まぁ、他にあるとしたら、“ラビット”はただの暴走。母娘を逃がしたのはまた、別のヤツとかなら何とか説明が……」
うわぁ。ヒデ、探偵とか成れるんじゃないか。背筋がヒヤッとした。ほとんど合っているんじゃないだろうか。
ボロを出さないように気をつけないといけない。それに、ヒデに危険なことに首を突っ込んでほしくはない。何とか話を逸らして…
「もうちょっと、調べてみるか。謝礼金も出るらしいし」
「…駄目だ」
「は?」
「だから、駄目だ」
「ちょっ、金木?」
思わずヒデに詰め寄る。「ちょ、近っ‼」リョーコさんとヒナミちゃんの安全。そして、ヒデもだ。
ヒデの性格からして、ここで止めないといけない。今はよくても、今後同じようなことをして、危険な目に合うかもしれない。
……自ら危険を欲した、前世の親友の記憶が甦る。
「…頼むから。危険なことは、しないでくれ……」
「おまっ泣くほどかっ⁉…つか、周り気にしろ。今、講義前だぜ」
「…え?」
■
夕方、トーカちゃんの家に向かうと、ドアの前に女の子がいた。トーカちゃんの友達だろうか。両手で鍋?を持っている。
「あの、トーカちゃんのお友達…依子さんですか?」
名字知らなかった。
「え⁉あ…もしかして、金木…研さんですか?」
彼女、小坂依子さんは学校でのトーカちゃんの様子から、心配になり、様子を見に来たらしい。鍋に入っているのは料理だそうだ。元気を出してもらうために、何が出来るか考えたらしい。だが、トーカちゃんは留守のようだ。
せっかく、作ったんだ。何とか…そうだ。
「トーカちゃんに連絡してみます。少し待ってて」
「あ…はい」
⎯電話を終える。
今日、バイトに入ることになったのか。だから留守。電話越しの声は元気そうだった。…でも、帰りに“あんていく”に寄ってみよう。
「すみません、待たせてしまって。トーカちゃん、入っていいって」
合鍵を取り出して、鍵を開ける。
「えっ⁉」
「あ…合鍵預かってたんです。鍋置いてきてもらえますか?…せっかく、作ったんだしね。トーカちゃんもありがとうって。」
「あ……はい」
小坂さんは直ぐに戻ってきた。…少し、頬を紅く染めている。何だろう?
「やっぱり、ト、トーカちゃんと…お、お付き合いしてたんですね…」
「??いや、違うけど……」
僕にとって、この年頃の子はちょっと苦手だ。前世の妹云々を思い出す。
「え?…でも…休みの日、トーカちゃん泊まったんですよね?」
「…うん」
なぜ、知っているんだ。
「…合鍵も」
「…はい」
小坂さんは、目をキッと音がするほど鋭くさせた。が、僕と目が合うと、直ぐに弱々しいものに戻った。終いには、泣き出してしまった。
「………トーカちゃん、最近よく笑うように…なったんです。たぶん、金木さんと会ってから…。……楽しそうに話してくれて。御飯もちゃんと、食べてくれるようになったんです……。なのに……遊びだったなんて……ひどい……ひどいよぉ……‼」
話の途中から嫌な予感はしていた。気づいた時にはもう遅かった。……リョーコさんとヒナミちゃんの事は話していないのだろう。勿論、話せない。そして、僕とトーカちゃんの関係も話せない。
小坂さんがそう思ってしまうのも仕方がない。しかし、何と言えばいいんだ。
トーカちゃんはもう、今となっては運命共同体。家族の様な存在だ。だが、やはり説明できない。そもそも、会ってそう日にちも経っていない。家族って何だ。事情を知らない場合、そっちの方が胡散臭い。
友達と言っても、小坂さんは納得しないだろう。だとすれば、一つしかない。頭を回転させ、慎重に言葉を選ぶ。
「……小坂さん、すみませんでした。小坂さんの言葉で目が覚めました。……僕は、トーカちゃんに甘えていました。何も言わずに受け入れてくれる彼女に甘えていた……。でも、それじゃ駄目なことは分かっていたんです。だから、彼女と真剣に向き合ってみます……」
「はいっ……はいっ……」
ああ、僕って最低だ。こんないい娘を騙すようなことをして。トーカちゃんには何て言おうか。…うん、上手く話を合わせてもらうことにしよう。
それにしても、トーカちゃんは幸せ者だ。真剣になってくれる、こんなにいい友達がいるんだから。まぁ、その点では僕もか。
僕にはヒデがいる。
■
あんていくに寄って、コーヒーを飲んだ後、ミックスサンドをテイクアウトした。家にいる二人へのお土産だ。
忙しそうだったため、トーカちゃんとはあまり話が出来なかったが、元気そうでよかった。……小坂さんとのことはまだ話していない。時間が無かったため、仕方がなかったのだ。先伸ばしにした訳ではない。
「ただいま」
「おかえりなさい、研くん……」
「あれ、ヒナミちゃんは?」
出迎えが無かった。読書しているのだろうか。……少し寂しくなったのは内緒だ。
「ヒナミは、その…」
何かあったのだろうか。心配になり、急いで靴を脱ぐ。
部屋に入ると、ヒナミちゃんはベットの上で小さく座っていた。一先ず、安心する。
「あ……お兄ちゃん、おかえり」
「ただいま。……どうしたの?」
「お父さんの、お父さんの匂いがしたの……」