金木は、怯えているヒナミを前に、じっとしていることは出来なかった。そのため、以前より頼まれていた、笛口父の赫子に関してのことを実行する決断をしたのだった。
だが、それに対し、リョーコは言った。
「自分も娘も前に進みたい。だから、もういいんです。どうか、夫を楽にして下さい」と。
そして、結局のところ金木に頼ってしまうことに謝罪した。
リョーコには、分かっていた。自分が原因で娘を危険に晒してしまったこと、金木に迷惑をかけ続けていることに。そして、おそらくこれからも続いていくのだろう。だから、出来るだけ迷惑を掛けないように、金木の助けになれるように。そんな思いがあった。
金木に断る理由は無かった。素直に、リョーコとヒナミの力になりたい。そう思っていたからだ。それに今は、顔を隠すマスクもある。リョーコに編んでもらった目出し帽もある。隠蔽に問題はないだろうと考えていた。
現在金木は、ヒナミの示した方向に向かっている。
閑散とした通り、疎らにある建物の上を音も立てず、飛び回る。目的地に近づいてきたところで、金木の鼻が血の匂いに反応した。グール、そして人間の血の匂い。
人影を確認したところで、発する音を小さくし、気配を薄くする。加え、全身を黒一色に染めた姿だ。いくら捜査官と言えども、見つけることは、困難だろう。
顔を出し、金木の目に飛び込んで来たもの。それは、捜査官⎯真戸、亜門こ二人組。周りには、数体のグールの死体と一体の人間の死体。そして、追い詰められたグールは⎯西尾錦だった。
金木は錦に対して、もはや何の関心も持っていなかった。
ヒデへの仕打ちの借りはもう済んだ。寧ろ、あの時はやり過ぎたかなと思っていたほどだ。敢えて気になることを言うならば、錦の彼女が人間だったこと。それだけだった。今後関わるつもりはなかった。
そろそろか。
捜査官が錦を排除する、その瞬間を金木は狙っていた。隙が出来るとすれば、その時だろうと考えていたためだ。
「こいつも笛口については知らないか。…役に立たんクズだ。もういい、死ね」
その真戸の言葉を合図に、金木は意識を集中させた。その為か、普通は聞こえないだろう、消え入るような声を耳が拾った。
「貴未、ごめ、ん……」
ガァァン!‼
気づいた時には、金木の足は動いていた。錦を庇ってクインケの一撃を受け止めている。何故、こんな行動に出たのか金木には何となくわかった。
認めたくはないが、あの時…大切な人の死ぬ間際と重なったから。
「……キサマ、グールか」
金木は即座に次の行動に移った。当初の目的を果たし、逃走するために。ここまで来たら、ついでに錦も連れていくつもりだ。
ここで攻撃に移る際、金木には誤算があり、それには幾つかの原因があった。
一つは、瞬間的なフリットのコントロール、発動タイミングを予測出来なかったこと。
一つは、クインケの核となる部分に尖らせた爪を向けたこと。
一つは、今の自分の力の強さを完全に把握してしていなかったこと。
そして、一つは
「ぐぅ……ぅ……‼」
相手がグールではなく、人間だったことだ。
真戸が苦悶の呻き声を上げるまで、誰一人何が起こったか理解出来なかった。
金木の手が真戸の腹部に突き刺さっていることに。他は金木が突然、消えたことからだが。
その状況の中、いち早く動いたのは、攻撃を受けた真戸だった。
「このっ‼クズがぁ!‼」
真戸は固まって動かないままの金木を蹴り飛ばした。
金木の手が真戸の腹部から引き抜かれ、少ない量の血が流れ始める。
「まっ、真戸さん!‼大丈夫ですか⁉」
我に返った亜門が真戸に駆け寄る。
「ああ、それよりも……グ…」
口から血を吐き出した真戸が地面に倒れ伏す。
金木は蹴り飛ばされたまま、動くことが出来ずにいた。
目が自身の手から離れない。血に、濡れた手から。
僕が…やったのか。
「……おい、今の…内に、逃げるぞ……」
金木は錦の声でハッと我に返る。目を前方へ向ける。真戸は倒れ混み、亜門は此方を警戒しながらも、真戸の手当を優先しているようだ。その後方からは、別の捜査官が向かってきているのが見えた。
納得した金木は錦に駆け寄った。
「…悪い、動けない。まだ、死にたくない。……お願いします、助けて…下さい…」
錦は右足の膝から下を失っていた。
「……捕まって下さい」
金木は錦を担ぎ上げ、その場を後にした。
■
「ホント、助かった。…コーヒーしかないけど、飲んでくれ…」
錦はこれまでの人生で、かつてないほどに感謝していた。肉を摂らないことには、再生も儘ならないが。それでも、死なずに済んだ。
死を覚悟した錦の頭に浮かんだのは貴未だった。自分をグールと知りながらも、受け入れてくれた存在。彼女に何も言わずに死んでしまうこと。それだけが後悔だった。
だが、少なくとも明日、貴未が来るまでの時間くらいは生きることができる。今は、それだけで満足だった。
金木は錦の家に着いて、流されるままに入ってからも、心ここにあらずの状態だった。
手には、未だ温かい肉の感触が残っている。それが、気持ち悪い。なぜ、こんなに気にする。目の前の男にも同じことを、何度もしたはずなのに。
答えは次の錦の言葉にあった。
「…にしても、白鳩相手にやるな…。アイツなんか死んだんじゃねぇの」
死。
その言葉が金木に突き刺さる。
「…え?再生、は?」
「は?グールじゃねぇんだから……」
人間は再生しない。分かっていたことだ。だが、金木は考えないようにしていたのだ。
僕が……ころし、た?……人を?
…いや、待て。死んでしまったと決まった訳じゃない。
…でも、本当に、死んでしまったら?
「……ん?お前……」
そうだ…何でこんなに動揺しているんだっ
ボクはダレン・シャン
前世では、経験してきたことじゃないか
……僕が原因で、大切な友達も死んだ
初めては、バンパイアマウンテンでバンパニーズを殺した
最期には、親友も、この手で
西尾さんだってあんなに刺したんだ
リョーコさんとヒナミちゃんは殺されかけたんだ
だから、今更気にする必要は……
本当に?
いや、ぼくは金木研だ
殺人は人として駄目だろう
…あれ、でもころした
…いや、生きているかも
…いや、死んだかも
『傷つけるよりも、傷つけられる人に』
かあ…さん
……ああ、ぼくは間違っていたのか
でも、もう…ぼくはボクは僕はぼくはボクは僕が……ころ
⎯⎯ツンッ
ほぅ……面白いことになっているじゃないか
気晴らしのつもりで試みたことだが、これは中々
こうなると、直接見れないことが残念だ
しかし、このままでは壊れるかね
通常は同化していたとしても、所詮は“別もの”
やはり齟齬が生じるか……今回は手を加えるとしよう
ここで終わってはつまらん
次はないがね。自分でなんとかしたまえ
ぜひ、私が楽しめるものを期待しておるよ
金木研くん
見てます。