夕刻。今日は一人、動物園を訪れていた。閉園まで数時間しかないが、目的を達するには十分だろう。もう、人もまばらで、続々と子ども連れの客の帰路についている姿が見える。
今日、動物園にきた目的は、テレパシーの精度の確認、そして向上のためだ。
受け取ったパンフレットに目を通し、目当ての動物のいる場所を探す。…少し、ここから遠いな。でも、まあ急ぐこともないか。折角だし、楽しもう。
しかし、動物園なんていつ以来だろう。小学生の時以来かな。ともかく、暫くは来ていない。ツンと鼻を刺激する匂いが懐かしく感じる。
平和だ。
最近は、一月ほど前からすると考えられない、非日常的なことばかりだった。状況に流されただけのようにも思えるが、一応の対処ができたのは、前世の経験からか。仮に、それがなかったら、今とは違っていたのかもしれない。そもそも、リゼさんと出会わなかったら。
どちらが……とは考えない。振り返ると反省すべきことはある。これから先の不安もある。
だけど今の生活に、僕は確かに幸福を感じているんだ。
⎯よし、ある程度の目処は立った。これならば、大丈夫だと思う。
目標を達成し、その結果に多少の満足感を覚えていた。
まだ、閉園まで時間はあったため、相手に無理を与えない程度にテレパシーを試していった。伝達の速度、強弱は動物によって違っていたし、全く反応のない動物もいた。当たり前だが、数を増やせば、その分より高い集中力を必要とした。
その集中している最中、パシャパシャっとどこか遠くで音がした。カメラのシャッターを切る音かな。…そうだ。折角だし、僕も写真を撮ろう。寧ろなぜ、今まで気づかなかったのか。……テレパシーに集中していかからかな。うん。家に帰ってヒナミちゃんに見せるのもいいだろう。
携帯電話を鞄から取り出す際、目の端に大きめのカメラが映った。……あれ。これ、僕に向けられていないか。
「あ、やっと気づいた。どうやってるの、それ」
冷や汗が流れるのがわかった。いや、まさか。
「……えっと。何が…かな」
カメラの向こうにいたのは、小さな女の子だった。それだけで何となくホッとする。中学…いや、小学生くらいか。首からは、その身体には少々大きめのカメラを下げている。その雰囲気からも、どことなくアンバランスな印象を受けた。
しかし、人が少ないからって油断していた。このまま、誤魔化すべきか。
「いや、見てたから。けっこー前からね。君、超能力者か何か?」
「……」
観念した僕は、もう超能力者で通した。というか、言われてみれば、あながちそれも間違っていない気がする。
「次は向こーに行こっか」
カメラを構えたまま言われても、どこを指しているのか分からない。目の前で写真を撮っている(時折、僕にもカメラを向けている)少女……間違えた女性は掘ちえさん。なんと、年上だった。
互いに自己紹介をした際、免許証も確認した。間違いないだろう。失礼なことをしたと思い謝罪をしたが、掘さんに気にした様子はなかった。よくあることらしい。年の割に幼い身体。僕も前世で経験した。…いや、これは少し違うか。
それから特に会話という会話はなく、彼女に連れ回される形になったが、不快感はなかった。これが理由になるかはあれだが、彼女のカメラを構えた姿というか、雰囲気が好きだったから。
例えば、動物を撮っているかと思えば、餌の魚を撮っている。なんでと聞けば、撮りたかったから。飄々とした言葉が返ってくる。それが心地よく感じた。…流石にカメラを向けられた時には微妙な心境だったが。ちなみに、僕が彼女に気づく前。テレパシーを使っている最中の僕は、良い被写体だったらしい。褒められたのかな。
まぁ、だからと言うわけではないが、手が自然と動いた。
パシャリ。
「ん?」
「あ、すみません。えっと…仕返し、と言うことで」
僕も撮られているし。誤魔化すように笑う。
「いいけど。でも何かあれだね、撮られるのは」
掘さんは一瞬不快そうな表情をしたが、直ぐに自分のカメラを前に向け直した。
■
掘さんのよく行くらしいカフェに向かっている。お詫び一杯奢ってくれるそうだ。悪いとか思っていたのか。そんな気は感じなかったが。何だかんだ僕も楽しかったし、気にしなくてもいいのに。その途中。
「やぁ掘‼奇遇だね‼」
背の高い、モデルのような青年が人波の向こうから声を掛けてきた。勾玉?みたいな髪形が特徴的だ。
「大学で会ったじゃん、月山君」
「ふぅん。金木君と言うのか。僕は、月山習」
粘ついた視線を感じる。というか、この人グールだ。今思い出した。たぶん、トーカちゃんが言っていた人だ。
堀さんは気づいているのか。チラリと見る。…パフェに夢中のようだ。しかし、知り合いみたいだけど、大丈夫なのか。…心配だ。掘さんとは連絡先を交換した仲だ。もし、この人に危害を加えるつもりならば、その時は……
「月山君。その気持ち悪い目やめなよ。金木君困ってるよ」
「はっ、はは!相変わらずジョークが上手いね!このリトルマウス!」
掘さんはそれを無視して、パフェを食べる作業に戻った。ちなみに、僕と月山さんの前にはコーヒーがある。好みの味ではなかったため、僕のはミルク多めだ。
「少々、席を外させてもらうよ」
月山さんが立ち上がった。トイレだろうか。肩が震えていたけど、我慢していたのかな。そして、彼の姿が見えなくなった頃。
「金木君。いくよ」
「え?」
いつの間にかパフェを完食していた掘さんが僕の手を取って小声で言った。…握られた際、手にべたっとクリームの感触がしたんだけど。
そのまま、月山さんを置いてカフェを後にした。
寝る所でした。